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雨宿り

作者: 遠山枯野

 歩いて30分ほどかかる家路の半分を過ぎたあたりで、夕立に襲われた。勤務先の女子高を出たときにはすでに空模様が怪しかったが、願いもむなしく、間に合わなかったか。


 今朝は快晴だった空に日が傾くにつれて次第に雲が増えてきた。初夏の夕刻にしては外が薄暗いことに気付いて、窓を開けてみると湿り気を帯びた風が吹き込んできた。


 これはまずいと思い、残業を早めに切り上げたつもりだった。そういえば、登校時も傘を持っている生徒をちらほら見かけたが、天気予報を確認していなかった私は雨具の備えを持ち合わせていなかった。


 普段の私は雨の予報には敏感だ。雨が嫌いなわけではない。閉鎖的な空間を作ってくれる雨、穢れをすべて洗い流してくれる雨。むしろ好きなくらいだ。


 なんといっても、雨の日の女性は美しい。雨水を含んで艶の出た黒髪が玉のような白肌に吸い付いつく、あのコントラスト。びしょ濡れになって体に張り付いたセーラー服から透けて見える、ブラジャーと体のラインは裸体よりも艶めかしい。普段幼く見える女子高生たちが急に色気づいて見えるという、あのギャップもまたいい。美術教師の私は雨に濡れた彼女たちをモデルにしたことがある。


 そんなわけで、いつもなら毎朝、天気予報をチェックするのだが、多忙な日々が続いていたためか、今朝は、見逃していた。これから雨具を買うにしても、住んでいるアパートの近くまで行かないとコンビニもない。地方の学校ということもあり、何かと不便なのだ。帰り道に店が少なく、人通りも少ない。


 覚悟を決めて自宅まで走ろうと思い、顔を上げると、雨に霞んだ視界の向こうに小さな公園が見えた。砂場、滑り台、ブランコ、ジャングルジムが設置された小さな公園。その奥の角に屋根付きのベンチがある。普段なら見向きもしない団地横の公園だが、目につく範囲で、雨宿りできる場所といったら、この東屋ぐらいだった。しばらく、雨宿りさせてもらおう。私はとっさに駆け込んだ。


 コの字型のベンチの奥に腰を下ろした。屋根を叩く雨音だけが響いていた。雨は止む気配を見せなかった。ほとんど夜に近い暗さとなり、手前の道路に街灯が灯り始めた。


 数分間、そうしていただろうか。背後から突然、男性の声がした。

「あのー、すいません。良かったら、この傘使いますか?」

 私と同じぐらいの年齢だろか。傘を差したスーツ姿の中年男性がもう片方の手に持っていた傘を差しだした。自分の指している黒くて大きな傘とは対照的にピンク色のかわいらしい傘だった。

「娘に届けようとしてたんですが、学校で借りたみたいで。」

「いいんですか?」

「はい。明日の夕方までにこのベンチの下にでも置いといてもらえれば、取りに来ますから。」

「では遠慮なく。助かりました。ありがとうございます。」



 翌朝、目を覚ますと、雨はすっかり上がっていた。私は朝食の準備を済ませて、テレビをつけた。


「○○市の公園の茂みの中で若い女性の絞殺死体が発見されました。殺害されたのは近くに住む○○さん(18歳)とみられ、性的暴行を受けた痕跡があるということです。警察では昨年から県内で発生している連続女子高生暴行殺害事件との関連も含めて調査しています。」


 見覚えのある公園にロープが張られていた。世間を騒がせている連続殺人事件。犯人は雨の日を狙って、人目につかない野外で女子高生を暴行・殺害する。雨によって証拠が洗い流されるのを狙ったとされている。雨の日ゆえに目撃される可能性も少ない。ニュースは続けた。


「なお、現場には、財布等の貴重品は現場に残されており、窃盗目的ではないようです。また、女性が所持していたとみられるピンク色の傘がなくなっていることから、犯人につながる重要な手掛かりとして捜査しています。」


 昨夜、私が男から借りた傘の柄の部分にはご丁寧に被害者の名前が記入してあった。他の証拠がすべて雨で流されてしまった以上、現場からなくなったあの傘は重要な意味を持つ。あの男、連続殺人の容疑をすべて私に被せようということか。


 しかし、相手が悪かったようだな。あの傘はすでに処分してある。


 あのおしゃれな傘と柄に記してある名前を見て私は気付いた。私の教えているクラスにいた生徒だ。長い黒髪を持つ色白の美女の姿は私の記憶に残っている。あの傘にも見覚えがあった。いつかモデルにしたいと思っていた女性。彼女を汚したあの男を許せなかった。



 あの夜、疑念を持った私は、公園を出た後、物陰に隠れた。ほどなくして公園を出てきた男の後を付けた。男は10分ほど歩いたところで、住宅地の一角にあるアパートに入った。娘がいるなど嘘なのだろう。明らかに一人暮らしの安アパートだ。


 男がドアを閉めるのを確認した後、私はベランダの方に回った。窓の奥に明かりがつき、カーテンが引かれた。私はベランダの中にそっと傘を置いた。男に発見されないようにエアコンの室外機の後ろ側に隠すようにした。部屋が一階だったため、事は容易に運んだ。


 あとは事件報道後に匿名で目撃情報を伝えればいい。ピンクの傘を差した男が事件現場の公園から出てきたこと、帰宅方向が同じだったので後をつけると、このアパートのこの部屋に入っていったことを。



 翌日の帰り道、公園の前を通るとロープはすでに取り外されていた。殺害現場と思われる茂みの近くには花束が添えられていた。事件は決着したようだ。


 あの男、模倣犯のくせに余計なことをするからいけないのだ。被害者の傘なんて現場に残しておけばいいものを。


 そして、なぜ絞殺だけなのだ。なぜ、ナイフで肌を引き裂かなかったのか。雨が際立たせた、艶やかな黒髪と玉のような白い肌。そこに新鮮な赤を塗り付ければ、完璧ではないか。私なら、頬から腹部にかけて、セーラー服ごと深い裂け目を入れていただろう。私も目を付けていたあの子をこんな形で台無しにされるとは。


 それでも、男が逮捕されたこと自体は私にとって好都合だ。世間の警戒もゆるむことだろう。こちらとしては動きやすくなる。他にも気になっている生徒がいるのだ。次の雨が待ち遠しい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雨に濡れた彼女たちをモデルにしたことがある。は確実にアレですよねぇ~…。☆5&イイネ [気になる点] 歩いて30分の美術教師が徒歩… まぁ、全然あり得ますし、こいつの場合は道を見る目的もあ…
[良い点] 雨に降られてから傘を差し出される流れが自然かつ怖さを演出して、何が起こるのだろうかと身構えてしまいました。傘の持ち主を直ぐに特定出来るところも、主人公の「色気のある女生徒」を好む性質を表し…
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