人形師聖女アルテナは、希代の悪女として記事に取り上げられる
これは聖都と呼ばれる場所で起こった、事件の一部始終である。
「聖女を騙った罪、償っていただきますわよ!」
「ご丁寧な自己紹介、どうもありがとう」
そう私に勝ち誇って叫んだ女は豪奢な服を着ていて、見るからに地位の高い令嬢といった風貌だった。
対して私の方はみすぼらしい囚人服で、靴なんて履いておらず素足を晒している。
そして何より私は手足で埋め尽くされた処刑場で、木製の十字架に貼り付けられていた。
「アルテナ。あなた、立場と言うものを知らないの?」
「家の力だけで名誉を得てる相手に、敬意を払う気なんてないわ」
言い返せば女は不愉快だと顔を歪めるが、すぐにその顔に下卑た笑みが浮かぶ。
その手には魔法で作られた火種が握られていて、私の方へ近づいてきた。
「よほど死にたいようね」
「どうせ殺されるんなら、黙っているだけ損だもの」
「それは同意いたしますけれど」
処刑場を囲む衆目の中、誰もがその動向を見守っている。
これから起こることなど、誰にだって予想できた。
けれど私が怯むことはない。
「気が強いんですのね。ただの人形師が聖女に成り上がって、勘違いしてるのかしら」
「公爵令嬢様にとっては、人間と同じような人形を作れるだけの女ですものね」
私はこの国で一番の人形師で、人間と相違ないほどの完成度を誇る人形を作ることができる下位貴族の令嬢だった。
けれど、それだけだ。
一度はその功績を以て聖女として認められたものの、それに嫉妬した公爵令嬢様に罠にかけられてこの様だ。
「こんな手足だらけの場所で火炙りになるというのに、そんな口を聞いていいと思っているの?」
目の前に火の粉が迫ってきて、思わず目を瞑る。
熱さと痛みに苛まれるのだろうか、それとも一瞬で燃え尽きてしまうだろうか。
でもここで、私が泣き崩れるわけにはいかない。
「むしろ、その程度で泣きわめくと思ったの? この私が」
「そうでしたわ。卒業パーティを滅茶苦茶にした、稀代の悪女ですもの」
彼女が指を弾くだけで火の手は上がり、もう猶予はない。
それでもなお口を閉ざさない理由は、この女に虐げられた者が私だけではないからだ。
「パーティで食事に睡眠薬を混入したうえ、参加生徒の手足を欠損させた。おぞましくて、夜も眠れなくなりましたわ」
あの日の卒業パーティで私は動けなくなった参加者の手足を切断し、彼らを人質として扱った。
私はこの国で聖女として認められるほどの力を持った人形師で、人形のために人体への研究や魔法も習得している。
(だから生きたまま、彼らの手足をもぎり取るのは簡単だった)
校舎は巨大な檻と化し、私はその中心で学生達の恐怖に染まった表情を楽しんだ。
だが最後には泣き喚く彼らの手足を治し、謝罪とこの事件の黙認を条件に解放してやった。
けれど自由になった途端、彼らは私に牙を剥いた。
「でもちゃんと返したでしょ? 手足」
「不可思議なのはそこですの。私達はあの時、確かに手足を失った。そして両親に送りつけられたはずですのに」
生徒から奪った手足を、私は綺麗に包んで彼らの両親へ人形を使って郵送した。
これで聖都全体に私の復讐が伝わり、ようやく本気で話を聞いてもらえるようになったのだ。
けれど確かに、彼らにとっては不思議な状態になっているのだろう。
「あなたたちの手足はついていて、けれど送られた手足も残っている」
「鑑定結果はどちらも私達の、本物の手足と鑑定されましたわ」
彼らの親元には確かに子供の手足が送り届けられたが、返された子供にも確かに手足がついていた。
つまり送りつけた手足と元からあった手足、どちらも存在していることになるのだ。
「そうそう、新聞一面で大騒ぎだったわね!」
「こんな猟奇的な事件、想像したこともありませんもの」
事件後の混乱を思い出して喜ぶ私は、きっと世間からは狂っているように見えることだろう。
でも仕方がない、これは必要なことなのだから。
「手段を選ぶ悪女なんて、たかが知れているじゃない」
「私以上に趣味が悪い人がいるなんて、思いもしませんでしたわ。——でも、もういいんですの。全て燃やせばおしまいですもの!」
そういうと公爵令嬢様はついに、持っていた火種を落とす。
すると地面を埋め尽くしていた手足に燃え移り、瞬く間に炎は広がり始めた。
「あなたも、気味の悪い手足も、全て私の炎でなかったことにすればいいんですわ!そして悪女のあなたを殺して、聖女の座を私のものにいたしますわ!」
そう高らかに宣言した彼女は、本当に聖女を騙るつもりなのだろう。
けれどそれは長く続かない、私が消えても彼女に聖女の力などありはしないのだから。
「そうできればいいわね。焼き尽くすしか能のない、火刑の魔女」
「これ以上の口答えは見苦しいわよ、人形師聖女」
炎は私を縛り付けている木製の十字架にまで及ぶ、このまま何もしなければ燃え尽きてしまう。
でもそれだけだ、構いはしない。
この程度では私の魂には傷一つつかない。
けれどそんな私の態度を、彼女は自分が優位にいると確信したのか勝ち誇る。
「では、さようなら。可哀そうなアルテナ」
彼女の合図とともに、いよいよ火の手は首筋まで迫る。
けれど私は目を瞑ることもせずに彼女を見据え、不敵に笑った。
この身が燃え尽きて意識がなくなっていく、けれどその魂はここに留まらない。
(私の復讐は、これからよ)
あらかじめ用意していた新たな身体に向かって、私の魂が解けていく。
そして意識が完全に落ちる一瞬前、私は何かが輝いたのを確かに見た。
あの事件から数ヶ月後、ようやく聖都には平穏が訪れた。
記憶の片隅には残っていても話題には上がらなくなったことで、皆の事件に対する興味は失われた。
そう、思っていたのに。
「君が卒業パーティで暴れた人形師聖女だね? レディ・アルテナ」
私の隠れ家に現れたのは、顔も見たことがない同世代の青年だった。
首からは射影機を掛けていて、彼が新聞記者等に類する人物だと推察できる。
けれどどうして私を追ってこれたのだろうか、私の顔はもう前の面影など残っていないのに。
「……あの、人違いだと思いますけど。私、ただの聖女ですので」
「いや、君で合っているはずだよ。僕は新聞記者でね、事件の匂いには敏感なんだ」
「私もあの人の顔は新聞写真で見たことがあります、けれど私の顔とは全然違いましたよ」
私の魂は火刑に処された後、事前に作ってあった人形に移動させた。
造形も以前とは完全に違う、なのに目の前の青年がどうして自信満々に断定してくるのかが分からなかった。
「でもその体は、偽物だろう?」
「————っ」
まさか自身の肉体が人形であることを見抜かれているとは思っていなかったので、露骨に動揺してしまう。
そしてそれを肯定と捉えられたのか、彼はさらに確信を深めていった。
「本物と見間違う精巧さだけれどね。けれど生きていたら、髪も肌もそんな綺麗には保てないよ。例え上級貴族でもさ」
「……あなた、目的は?」
名前など聞いたところで意味がない、だから聞かなかった。
代わりに求めたのは、彼が何を欲しているかだ。
それによって敵味方の判断、及び対応方法が変わってくる。
だから話が長くなることを察した私は、手近な椅子に座り込む。
すると目の前の青年も、勧められていないが勝手に対面の椅子へと腰掛けた。
「君の暗躍に一枚噛ませて欲しい、具体的には君の起こす事件を事前に教えてほしい」
「そんな危ないこと、すると思っているの?」
事件を事前に教えれば妨害されたり、最悪嵌められることもある。
第一私に何の徳もないし、今さっき初めて会った彼にそんなことをする信頼などない。
すると彼は自分のズボンの裾を捲り上げ、美しい脚を私に見せつけた。
「僕はあの卒業パーティの参加者でもある、だから君に命を握られている側でもあるんだよ」
(確かに、私の作った足だわ)
青年が見せた白い足首は人間のそれと遜色なく、だが私には細かい差異が分かる。
パーティで奪った手足は元々の手足を複製して付け直したから、一から作った私の体と比べて違和感は感じにくい。
けれど真実を知っている彼には、それが偽物であることが看破できたのだろう。
「これで安心できるかい? 君が僕に協力してくれるなら、僕だって色々動いてあげるよ」
「分かったわ。で、どこまで知っているの?」
私は諦めて、彼との交渉に応じ始める。
まずは彼が、私のことをどれだけ知っているかだ。
「火刑の魔女の取り巻きが、君の婚約者の四肢を君に送り付けたってことは知ってる」
「正しいわ。彼はどこまでやれるか試されてしまったんでしょう、私が治したばっかりに」
彼は随分と、私の事を調べ上げたらしい。
そう、私には婚約者がいた。
「爵位は低いけど、優しくて、忍耐強い人だったわ。聖女である私と仲がいいことで公爵令嬢に虐められていたけど、文句なんて言わなかった」
「そこに惹かれて、君は婚約したんだね」
いつの間にか彼は魔法を使って、私の言葉を書き留めている。
不躾ではあるが今は構わない、いやむしろ好都合だった。
「えぇ、だから私は傷ついた彼を治し続けた。使い物にならなくなった手足を付け替えて、不自由のないようにした。けれどアイツは彼を、壊れないおもちゃだと言ったのよ!」
怒りが再燃し、口調が荒くなる。
この数ヶ月で少し落ち着いたと思っていたのに、彼の言葉でまた燃え上がってしまう。
けれどそんな私に怯むこともなく、彼は話を聞きながら頷いている。
「治すことはできても、力のない私は戦えなかった。そうこうしているうちに、彼は殺されてしまった。でもアイツの爵位は高いから、殺人すら簡単にもみ消されてしまった」
悔しかった。
彼が死ぬまでただ泣いていた自分が許せないし、彼の死に蓋をした周りにも腹が立った。
そして何より彼と私に死を与えた彼女が憎くて、その魂を永遠に苦しめてやりたいと思った。
「だから私は、復讐することにしたの」
「その手始めが、卒業パーティだった?」
話を聞き出しやすいように誘導する目の前の青年に、私はわざと乗ってやる。
だから私は、彼に包み隠さず吹き込んだ。
人形に命を移す時のように、新聞記事に意図を灯す時のように。
「えぇ、パーティで食事に睡眠薬を混入したうえで、参加生徒の手足を欠損させた。そして彼らの両親に送りつけたの。それで要求が通ったのを確認してから、再び眠らせて複製した手足をくっつけて帰したわ」
「あれ良かったよ、新聞めちゃくちゃ売れたし」
「そう」
青年が手を叩いて喜んでいるが、それはどうでもいい。
今重要なのは、彼が今後書く記事をどう煽らせるかだ。
「でもやっぱり卒業パーティで送り付けられた手足は本物だったんだね。あの魔女が燃やしちゃったみたいだけど」
「そうよ、だから彼らの手足は永遠に戻らないわ」
つまり彼の手足も戻らない訳だが、そこは気にしていないらしい。
まぁ今まで見ている限り彼はゴシップ記事を書いている記者だから、常識はあまり通用しないのかもしれない。
私としてはその方がいいので、特に指摘はせずに再び彼の質問に答えていく。
「ならどうして今、君は聖女として働いているんだい? 復讐は気が済んだ、って訳じゃないだろう?」
「あなた、今貴族の間で何が流行っているか知っていて?」
今度は逆に、私が彼に問いかけた。
もちろんこの仕事をしているなら、流行に疎いわけがない。
私の質問の意図に気付いたようで、目の前の彼も納得して大きくうなずいた。
「もちろん、不老不死だよね。……あぁ、そういうことか」
「あれを流行らせたの、私なのよ」
ここ最近聖都では謎の聖女による、魂の移し替えが連日貴族の口に上がっている。
そしてその聖女の正体は、姿を変えた私だ。
「体を不完全な肉体から、衰えない奇跡の素材に取り替えていく。金があっても叶えられなかった願いに、奴らは容易に飛びついたのよ」
「で、全員の体を作り替えたら破壊してやるってことか。君は人形師だから、作った四肢は自在に扱えるもんね」
彼は私の思惑を全て理解した上で、楽しげに笑っていた。
ゴシップ記事は倫理観が低ければ低いほど好まれる、私の話は彼にとってもさぞ魅力的なのだろう。
「そうよ、時が来たら奴らの体を狂わせる。不自由な体のまま、奴らは生きていく。簡単には殺させないわ」
そう言った私の声には、自分でも分かるほどの熱がこもる。
でも当然だ、私にとってこれは殺された彼に捧げる復讐でもあるのだから。
「許さないわ。彼を殺した奴らも、それをなかったことにした奴らも。だから復讐を終えたら、また顔を変えて、私は自由に生きてやるの」
そこまで言い切った私は、机に頬杖をついて聞いていた彼の顔を掴む。
彼は一瞬面食らったようだが、そのまま抵抗せず、ただ私を見つめていた。
「だからあなた、私を見ていなさい。そして書いて、彼らが何をしたのか、知らしめなさい」
名前も知らない彼に、私が主人なのだと言わんばかりに命じる。
すると青年は掴んでくる手を振り払わず、反対に首を傾げて擦り寄ってきた。
「どうせそれが、あなたの望みでもあるんでしょう」
「うん、君の事を希代の悪女に仕立て上げてあげるよ。僕は君みたいな人が、大好きなんだ」
そう言って彼は、そのまま私の手に口付ける。
これが私と彼の、始まりの約束だった。
数年後、不老不死を目指した聖都では奇妙な事件が起き始める。
それは奇跡の肉体に魂を移した貴族が、次々と原因不明の病に侵されていくと言うものだった。
ある者は心臓が止まり、ある者は不治の病にかかり、皆一様に何かに怯えながら緩やかに死んでいったという。
病を救うべき聖女は既に聖都にはおらず、だが遠くの地で射影機を持った青年といるのを見かけたという噂だけが、不自由な貴族たちの耳を掠めていった。
————そして四肢を全て失った公爵令嬢は自身の姿に耐えきれず、自らの炎で焼身自殺を果たしたという。
お読みいただきありがとうございました。
評価や感想など、いただけましたら幸いです。
■2022/09/25追記
誤字修正と、最後に公爵令嬢の末路を記載しました。
物語に大きな影響はありません。
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以下、おまけのざっくりした説明。
アルテナ
alternative(代替可能)を崩したものが名前になった。
魂を移して生きていけるほど人間に近い人形を作れる人形師であり、本来は手足を失った人達などを救う為に聖女として選出された。
そして優しい婚約者とも相思相愛になれたが、聖女の立場に嫉妬した公爵令嬢に婚約者を殺され、復讐鬼と化した。
新聞記者
アルテナと同じ学園に通っていた同級生。
卒業パーティーの事件に巻き込まれて足を失ったが、彼にとっては自分が事件に一番近い記者であることの方が大事だった。
アルテナが聖都を壊滅させ、それを彼が新聞記事にして売り飛ばした。
ちなみにアルテナ処刑時に意識を失う際、光って見えたのは彼が写真を撮った際のフラッシュ。