5話 始まり
冬の冷たい風が吹くたび体の芯から凍えてしまいそうになる。
今は、十二月の中旬。僕は長袖一枚しか着ていないのでとても寒い。
できればダウンを着たいのだが、親は買ってくれない。とても今年の寒さを凌げそうにない。
学校帰りなので風が吹くたび身体が震えた。
「はーっ、はあーっ」
口から出る息を手の平に吹きかける。白い息が手に掛かって暖かい。
僕は今、小学四年生だ。早く大人になって親の元から出たいのだがまだそれは叶わずにいる。
何故親の元から出たいのかというと親は依怙贔屓するからだ。
いつも妹だけを優遇するから気に食わない。欲しいものはすぐに買ってもらえるし、僕と喧嘩するといつも悪いのは僕になる。
だからこの家にはうんざりしているから早く出て行きたいと思ってる。
僕が将来、ろくでもない人生を送るのは目に見えていた。だから毎日、不安で仕方なかった。
「ヨミくん」
親への不満を募らせながら、 横断歩道を渡ったら聞き覚えのある声で自分の名前を呼ばれたから振り返った。
振り返ると渡った横断歩道の反対側に暖かそうな茶色い小さなコートを着ている子が僕に向けて手を振っている。
「アリサ!」
僕はその子の名前を呼び、手を振り返した。
彼女の名前は藤井アリサ。幼い頃からの幼馴染みで、近所にある大豪邸に住んでいる。
よくアリサの家にはお邪魔させてもらったが池に鯉が泳いでいる大きな邸宅で近代和風建築と言うらしい。
アリサとは昔から仲が良く家が近いのでよく一緒に登校することが多い。
僕はアリサと結婚したいと思うぐらいアリサは容姿が良く。年々、可愛さに磨きがかかっている。
他の男に取られないか心配になることは度々ある。今のうちに唾を付けておかなければと思うのだった。
アリサとこのまま結婚すればろくでもない人生を送るはめにならなずに済むと思っていたが、それは突然打ち砕かれるのであった。
アリサがいる方に車が突然突っ込んで行った。今でもそのときの光景がフラッシュバックする。アリサは血だらけになって息絶えた。
僕に何も力が無かったせいでアリサを助けることが出来なかった。僕は失意のどん底に落ちた。
あれから数日経った。僕はまだアリサが死んだのを実感できないままでいた。僕は神社に行き、石段に座り考え事をしていた。
「おい、ヨミどうした」
優麗な大人の女性の声で着物を着た女性が僕の耳元で囁いた。
この女性はこの神社に祀られている地主神だ。僕が神社に行くといつもちょっかいを出してくる。
「アリサが死んだ」
僕がそう言うとその地主神は後ろから僕を抱きしめた。
「あの小娘は死んだのか」
「ああ、死んだ」
「そうかそうか」
地主神は嬉しそうに頷いていた。
「そういえばおまえアリサのこと嫌いだったよな」
「そうじゃ。あの小娘、儂をお払い箱にしようとしてたんじゃ」
「儂が小娘を嫌ってるんじゃ無くて、小娘が儂を嫌うから儂も小娘が嫌いだったんじゃ。あの小娘め」
地主神は過去にアリサに何されたのか知らないが、相当恨んでいたようだ。
「また新しい女探せばいいじゃないか」
地主神は私に言った。人の気も知らずにデリカシーの欠片も無いやつめ。
「アリサは僕のすべてだったんだ。アリサのいない世界なんてもう。どこか遠くの世界に行きたい」
「連れて行ってやろうか」
「異世界に」
僕がそう言うと地主神はそう言った。
僕はこの先の人生なんてどうでも良かった。世界に失望し自暴自棄になっていた僕はこの地主神に異世界に連れて行かれた。
「ここは」
うつ伏せになっていた身体を起こした辺りを見回した。
どうやら僕は地主神に異世界に連れて来られたようだ。辺りを見回しても誰も居ないし地主神もいないようだった。 異世界に連れて行かれたときの間の記憶が無い。
辺りには何も無く、広大な草原と澄み切った青い空が広がっていた。
「とりあえず、散策でもするか」
歩こうとしたとき急に目眩がした。そのまま倒れ意識が再び飛んだ。
次に起きたときにはベッドで寝ていた。窓から夕日の光が差し込んでいた。
「起きたか」
部屋の扉を開け、赤髪でショートヘアの女性が部屋に入ってきて僕にそう言った。
「僕、何でここに」
「お前、道端で倒れてたからここまで運んだ。食事できてるから一緒に来な」
そう言われ、僕は赤髪の女性と部屋を出て階段を降りて食事を取ることにした。
テーブルには豪勢な食事が置かれていたので食事をいただくことにした。
テーブルの椅子にはもう座っている人がいた。僕と同じぐらいの年の子で、髪は赤くショートヘアだった。
この子は娘なのだろうか。母親が若くみえて姉妹に見えてならない。さすがに姉妹ではなさそうだ。
僕は「どうも」とその子に一礼し椅子に座った。
食事を取りながら三人で会話を始めた。
母親の名前はライラ・ローズブレイド、娘の名前はアリア・ローズブレイドと言うそうだ。この親子は二人で暮らしており、夫は早くに亡くしたらしい。
二人は毎日近くの森で修行をしているそうだ。修行する理由を聞いてみると、どうやら昔からそういう家系らしく、身体を鍛え上げ、森に潜む化け物を殺すことで日々鍛錬しているそうだ。
だからこの家は町外れにあるそうだ。過去にどんな化け物を殺したか聞いてみるとドラゴンを殺したことがあるらしい。まったくびっくりするような話だ。
この世には魔法というものがあるがローズブレイド家は代々、魔法を使えないらしい。
だが魔法が使えなくても生きてはいけるそうだ。この世界の全員が魔法を使える訳ではないそうだ。
僕は他に行く当てが無いので困っていたが、どうやらこの家にしばらく居ても良いらしい。
お言葉に甘えてこの家に居候させてもらうことにした。
僕は食事を終え、風呂に入り寝床についた。明日の朝、鍛錬に付き合わなければならなくなったので早めに寝ることにした。
次の日の朝になった。昨日はよく眠れた。ふかふかのベッドに寝そべっていたらいつのまにか寝ていた。
今日は鍛錬に付き合う日だ。僕は重い身体を上げ、部屋から出て一階に降りた。
外から声が聞こえたので僕は扉を開け外に出た。
外では、ライラとアリアの二人が剣の稽古をしていた。 真剣を使っているので見ているこっちがヒヤヒヤする。
アリアの鋭い斬撃がライラに向けられるがライラはその斬撃を剣で受け止め、アリアを力で吹き飛ばす。
吹き飛ばされたアリアは勢いをつけてライラに剣を振り下ろすがあっさりと剣だけが弾き飛ばされた。
勝負は決まったようだ。
アリアは不機嫌な面持ちでライラに弾き飛ばされた剣を拾った。ライラは僕に剣を渡すと近くの岩に座った。
僕が剣なんてものを持ったのはこれが初めてだ。アリアは僕に対して手加減をするつもりはなさそうだ。
「………っ」
アリアの左から来る斬撃を僕は見切り力を込めて剣で受ける。
「きぃっっ…」
アリアは剣に入れていた力を抜き、身体を勢いよく右からくるりと一転し、斬撃を繰り出してきた。透かさず僕はそれを受け止めた。
僕が一歩一歩後ずさりするほどの斬撃を繰り出された。僕は剣を捨て両手を上げ降参した。
こうしてライラとアリアの鍛錬に付き合うことになった。僕はあまり鍛錬は好きでは無いが、鍛錬で手に入れたものはある。
どうやら僕は魔法を使えるらしい。後日、風の魔法を実戦でうまく使えるようになった。
僕とアリアはよく話すようになった。アリアは寡黙な雰囲気だったが話してみるとよく話す子だった。
同年代に話す相手がいないから話すのは苦手と言っていたが、話すことは嫌いではないようだ。
ライラは僕が来てから変わったとアリアは言う。いつもライラは岩に座り、アリアと僕が稽古しているところをぼんやり眺めることが多くなった。
ライラはアリアと森で修行することはしなくなった。ライラは寡黙だ。
アリアからライラの事について聞いたが、ライラは黒十字騎士の一人だそうだ。黒十字騎士とは十一人からなる王の側近のことで毎月莫大な金額を貰えるそうだ。
ある日の朝、ライラは自殺した。薬での自殺だった。いつまでもライラが部屋から出てこないのでアリアが様子を見に行った。
冷たくなっていたライラをアリアが見つけ、アリアの悲痛な叫びが家に響き渡った。
原因は僕にあるのではないかと思っていたがアリアは違うと答えた。
ライラは莫大な金を残し、遺書を書き残していた。ライラが自殺した理由がわかった。
僕達はライラの部屋で遺書を見つけ読んだ。なぜライラが死んだのか書かれていた。
私の名はライラ・ローズブレイド。私はもう疲れた。幼い頃から何も疑問を持たず、最強の剣士になるため母と修行をしていた。
私はこの世界で最強の剣士となったが何の意味も無かった。夫とは小さい頃からの幼なじみで大人になったらいつのまにか結婚していた。
私は夫が亡くなった時、悲しくなかった。ヨミが来てからよく夢で昔の自分を思い出す。自分もよく夫に無理やり剣を持たせ修行に付き合わせていたものだ。あの頃は楽しかった…。
岩に座りアリアとヨミが剣の鍛錬を見ていて涙が自然と流れる。本当に大切なものに気がついた時にはもう遅かった。
世界で最強の剣士になっても何も意味は無かった。夫と過ごした何気ない一日がすごく幸せだった事に気がついた。
夫の居ない世界は私にはもう耐えられない。もしあの世があるなら私は夫とまた一緒になりたい。ヨミ、アリアを頼む。アリア…、愛してる。
僕とアリアは王都に住むため引っ越すことになった。
アリアは今の家には居たく無いらしい。アリアは母親が死んでトラウマになったのかいつも僕と一緒のベッドで寝るようになった。
あれから十年が経った…。
アリアと僕は二十歳になった。結婚をし子供ができた。アリアは髪を伸ばし、剣を捨てた。
僕は黒十字騎士のメンバーの一人となった。前に僕と別れた地主神の女も数年前に僕のところに訪ねてきてから、一緒に住むようになり、子供の面倒を見てくれるようになった。
六月のある日、僕は獣人の町アルカディアに武器を買いに行った。
さすが獣人の町、町には獣人がたくさんいる。武器を買いに来たがあまり良い武器がないし、お腹も空いたので売店でサンドイッチを買い食べ歩いていた。
デザートも食べたいのでアイスクリーム屋さんに寄ろうとしたら小さい獣耳の灰色の髪をした女の子がアイスクリームをもの欲しそうに店前で見ていた。
「お嬢ちゃんこれ食べたいの?」
僕は小さな女の子に聞いた。
「うん」
少女は答えた。
「何味が食べたい?」
「チョコ」
少女は答えた。
僕は店の人にアイスのチョコ味を二つ注文し、出てきたアイスを小さな女の子に渡した。
「お嬢ちゃんお母さんはどうしたの?」
僕は小さな女の子に聞いた。
「お母さんは仕事。お姉ちゃんと来た」
「お姉ちゃんはどこ?」
「わからない」
どうやらこの子は迷子のようだ。
「じゃあお兄ちゃんがお姉ちゃんを一緒に探してあげるよ」
僕は小さな女の子がまた迷子にならないように手をつないだ。
町をぐるぐる回ったがこの子のお姉ちゃんらしき人はいなかった。
前から灰色の髪をしたショートヘアの獣耳をした少女が歩いてきた。
顔立ちはきりっとして美しい目をしていたので思わず見惚れてしまった。
なぜか僕の目の前で止まったので避けようとしたら「待ちな」と言われた。
次の瞬間、僕の頭にめがけて灰色の髪の少女が回し蹴りしてきた。とっさの事で反応できなかった。
「あたしの妹になにしてくれてるのよ」
灰色の髪の少女は僕に言った。どうやらこの人がお姉ちゃんのようだ。
小さな女の子は灰色の髪の少女に僕が悪い人では無く、迷子だった自分と一緒にお姉さんを探してくれた事を伝えた。
「本当にごめんなさい」
灰色の髪の少女の謝罪が町に響き渡った。
僕はいいよと灰色の髪の少女に言った。
回し蹴りが効いたのか頭が痛い。僕はその灰色の髪の少女の家に行くことになった。
家は町外れのところにぽつんと建っていた。家で氷を袋に入れたものを貰い、頭を冷やしていた。
「頭の痛み大丈夫?」
灰色の髪の少女は僕に聞いてきた。
「大丈夫だと思う…」
僕はそう答えた。
妹から説教されたみたいで獣耳がしょぼんとしている。なんだか可愛い。
灰色の髪の少女に話を聞いたが、獣人の中で狼の血が入った獣人は珍しく、誘拐されることが多いそうだ。だから僕を勘違いして回し蹴りしてしまったらしい。
灰色の髪の少女の名前はエリナ・フローレスで妹の名前はエル・フローレスと言うそうだ。あと母親と弟が一人いるそうだ。
エリナと話していたらエリナの弟と母親が帰ってきた。エリナはエリナの弟と母親に事情を話して僕の元に戻ってきた。
もうすぐご飯の時間なので僕も一緒に食べて良いそうだ。僕はエリナの母親と弟に挨拶をし、ご飯を一緒に食べることになった。
僕がエルと話している内に、エリナとエリナの母親が料理をあっという間に作った。
料理ができたのでみんなでできた料理を運んだ。今日の料理はカレーだ。料理を並べ終えたのでカレーをみんなで頂くことにした。
「おいしい」
みんなでそう言いながらパクパク食べていた。
「お兄ちゃんってこの町に住んでいる人じゃないよね」
エルが唐突に聞いてきた。
「そうだよ。よくわかったね、王都から来たんだ」
僕はそう答えた。
「お兄ちゃん、すごくいい匂いするんだもん」
「香水つけてるからね」
狼の血が入っているからか、匂いに敏感らしい。
「お兄ちゃん今日泊まっていってよ」
エルが僕にそう言った。
「だめに決まってるでしょ」
エリナは透かさずそう言った。
「いいじゃない、泊まっていけば。お父さんの部屋空いてるし」
エリナの母親はそう言った。
僕は今日フローレス家に泊めてもらうことになった。僕は食事を終えるとエリナに部屋を案内してもらった。
今日はなんだか疲れた。僕は風呂入って歯磨きした。
明日はエルと買い物に付き合うと約束してしまったので早く寝ようと思った。僕はいつのまにか寝てしまった。
次の日になった。僕は朝食と昼食を取り、午後からエリナとエルと一緒に獣人の町アルカディアで買い物をしに来た。
エルは武器に興味があるようで色々な店を見て回った。
僕とエルとエリナが歩いていると前から親子連れで子供を肩車をして歩いている人がいた。エルはうらやましそうにそれを見ていた。
「肩車してやろうか」
僕はエルにそう言った。
「本当!?」
嬉しそうにエルは言った。
僕はしゃがみエルを乗せ肩車した。エルは凄く喜んでいた。どうやら初めて肩車してもらったらしい。
僕がエルを肩車をしているとエリナから視線を感じたのでエリナの目を見たらエリナは視線を逸らした。
しばらく歩いていたら福引きの抽選会をしているのを見つけた。
ガラガラ回す福引機で当たると何かがもらえるらしい。話を聞くと一人一回無料で回して良いらしい。
エリナ、エルの順番で回したがどれも外れだった。二人は落胆していた。
僕の番が来た僕が回すと金の玉がでてきた。カランカランとベルの音が鳴り響いた。大当たりだ。
僕は大当たりを引いたのでウエールズの高級チョコを六箱ゲットした。
僕はガッカリしたがエリナとエルは喜んでいた。理由をきくとなんでもウエールズのチョコレートはものすごい高級品らしく庶民には手が届かない代物らしい。
しかも一箱一箱大きい箱にチョコが入れられてるから沢山食べれるから喜んでいたらしい。
僕とエリナとエルは家に戻った。家族全員そろったのでチョコレートを食べることにした。
「ん、おいしい」
エリナはチョコを口に運びそう言った。
「おいしいー」
エルもそう言った。
「確かにおいしいわ。さすが高級品」
エリナの母もこのチョコレートを気に入ったようだ。
エリナうの弟は何も言わないが、チョコレートを食べているので気に入ってるようだ。
僕もウエールズのチョコレートを食べたがこれはうまいと思った。
僕は夕食を取り、寝支度を済ませた。寝ようと思ったが中々眠りにつくことができないのでエリナの部屋に向かった。
僕はエリナの部屋の扉をノックした。
「何?」
エリナは扉を少し開け聞いてきた。
「ちょっと話したいことあって。部屋に入っていいか?」
僕はエリナに聞いた。
「…、わかった。入っていいよ」
エリナは僕を警戒しているのか、じっと僕を見つめてきた。
僕はエリナの部屋に入った。
「何してたんだ?」
「うっ…、えっとね…。」
エリナがモジモジしてるから僕は察した。
「すまん、答えにくかったよな」
「えっ…何のこと?」
「だから自慰行為しているのかと」
そう言うとエリナの顔が真っ赤になった。
「違うに決まってるでしょ」
僕の顔面に向かってエリナの拳が飛んできた。
「じゃあ、なんだよ」
僕はエリナに殴られたのでそう言った。
「勉強よ、勉強」
エリナは僕に呆れながらそう言った。
「へえ、勉強か、えらいな。エリナって今、何歳だっけ?」
「十六歳」
「学校行ってるのか」
僕がそう言うとエリナはむっとした。
「学校にはいってない。行きたいんだけど試験に受からなくて」
「そっか」
僕は学校のことは深くは聞かないことにした。
「馬鹿みたいだよね、試験落ちたのに勉強して」
エリナは泣きそうな声でそう言った。
「馬鹿にはしないよ。それだけ自分の人生に真剣なんだろ」
「うん」
僕がそう言うとエリナは泣きそうになりながら頷いた。
「可愛いなエリナは…」
僕はエリナの頬を撫で髪を触った。エリナは恥ずかしそうに俯いた。
「僕はもう寝るよ」
「そう」
僕がそう言うとエリナは答えた。
「一緒に寝るかい?」
「寝ないよ」
僕が悪乗りしそう言うとエリナは頬を赤らめそう答えた。
僕は自分の部屋に戻り、眠りについた。