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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

きのう仔猫が。

作者: キタボン

誤字報告ありがとうございました(ぺこり)


 特別な日でなくても、亡くなった人を思い出すことが供養になるのだとか。

 思い出す対象が、人間とは限らない。俺はこの出来事を忘れることはないだろう。



 女の子を連れた奥さんがいた。横断歩道で立ち留まり、おろおろしていた。見下ろしたアスファルトの上には小さな黒い物がうねうね。ゴミ袋が風で舞ってるように見えたが外れた。それは苦痛にもがいてる仔猫だった。


 道は国道274号線。10メートルはありそうな中央分離帯にはコンクリートの橋脚。その上を高速道路が通っている。札幌新道と呼ばれる動脈だから、交通量がハンパない。奥さんは、3つある車線のど真ん中にいた。青信号で車が動き出す危険より、怪我をした猫のほうを心配しているのだ。


 彼女は、ガードフェンスの中で仕事してるオレ達に気づいた。すぐさま猛暑のアスファルトを走ってくると、涙を浮かべて言った。


「子猫が轢かれて苦しんでるの」


 なんでオレだよ。他にも人はいるのにと思ったが、感情に訴えられたら逃げられない。歩行者信号の青色が点滅し始め、迷ってる時間はない。横断報道まで急いで走った。信号には間に合った。仔猫の命には間に合わなかった。


 灯の消えた仔猫は、だらりと舌をたらしていた。目は片方が潰れ、顎の形もひしゃげていた。轢かれたのは頭のようだった。全部ではなく一部分。顎がひしゃげてるのはタイヤに巻き込まれたせいだろう。無残な頭部とは対照的に、身体はキレイに保たれてる。毛皮はふさふさ傷らしい傷がない。路上から抱き上げる。血が数滴だけぽたぽた落ちた。横断歩道の白はすこしだけ赤く滲んでいた。


 歩道へと場所を移した。奥さんは、涙を流して可愛そうを連発してる。女の子は静かだった。何も言わずただ仔猫をみつめている。小さな死にショックを受けていた。


 仕事は一人でだったわけではない。仕事の上司と、発注会社の監督が二人、立ち合っていた。女性の監督が電話をかけた。仔猫を引き取ってくれそうな機関をスマホで調べ、片っ端から問い合わせているのだ。電話はすべて断られた。


 昔の小鳥が死んだことを思い出した。庭に埋めて木の墓をたてたことだ。現場にはスコップがあるから、そこらに埋葬するのもアリと思った。けれどもここは国道脇。公共の花壇に墓は似つかわしくない。そばのフェンスの上にカラスが止った。


 そこに3人の男女がやってきた。近くで開業してる獣医師だという。仔猫が轢かれたと聞いて、わざわざ助けにきたのだ。死んだとわかって肩を落とす。


「 獣医さん、こういう場合の引き取り先ってどこですか 」

「 その場所を管理してる役所ですね。ここなら道路事務所です 」


 監督が道路事務所に電話。ほどなく仔猫の遺体は引き取られていった。


 生き物が轢かれるのは、そう珍しいことではない。運転していると、年に数度はでくわすものだ。”直後”ということもあるが、何度も轢かれて潰れされて原型を失くした”成れの果て”が多い。どんな動物も最後は、毛皮になる。


 亡骸に遭遇したときは両手を合わせてナンマイダブと唱える。そうして通り過ぎ、1時間後には、動物を忘れてしまう。多いのはキツネとネコ。犬はみたことがない。


 数を明らかにしてる栃木県では、毎年、約6000匹もの猫の死亡が届けられているそうだ。国内すべての犠牲者は分からないが、仮に10倍としても60000匹。相当な数に上る。


 奥さんは、可哀想だと悲しんだ、なにかをしたわけではない。電話をかけたのは、監督だし、治療にきたのは獣医師。抱き上げて道路から動かしたのはオレだ。

 けれども人を集めたのは奥さんの心だ。おかげで7名の人間が仔猫の死に立ち会えた。仔猫の死を悼むことができた。


 死んでもまもない温かさ、魂が去った頼りない軽さは、手の上にいまも残ってる。なにかのたびに思い出しそうだ。家族には話した。他の誰かに話すこともあるだろう。あの場にいた全員が間違いなくそうなる。


 誰にも知られず皮となり果てるはずの仔猫の運命が、最後の最後に変わったのだ。救われない変化だとしても、仔猫はみんなの思い出となった。ひとりの女性の優しい心がそうした。


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