第2-17話 幕間2
「可能性ね。まぁ、たしかに疑問点は多いね。私は武には明るくないからよくわからないけど……まず単純な疑問なんだけど、『土壁』のあとにどうやってこの少年はいきなり山岳地帯に行ったのかな?」
ここにいる誰もが話し方で誰だか察することができた。
オルファイト公爵はその言葉の主に対して不快げに顔を顰めた。
(珍しく元首の小僧までもがこの場にいるのか。元首になってから一度も顔を出しておらんやつがなぜ? 普段から碌なことをせん奴だが、何を考えている……?)
元首が言葉を発してから数秒、その言葉に答える者はいなかった。
というよりは答えれる者がほぼいないというべきか。
「……いまそれが大事なことでしょうか?」
代弁者が控えめにそう口にする。
「ん〜、重要じゃない? 私の単純な疑問には違いないけど、不正したかどうか語るのならあの少年が何をやったかなんてのは一番重要じゃない? むしろなんでそこを飛ばすのかわからないな。ああ、それとも皆わかっているからどうでもいいって感じ? みんなにとっては当たり前すぎたかな? でも申し訳ないけど私はわからないんだよね。特に魔法なんてのは私には専門外でね。だから誰か説明してくれる? 疑問を疑問のまま放って話を進めるのも気持ち悪いじゃない?」
その言葉に対しても誰からも返答がなかった。
「あれ? イエスかノーかくらいの返事はあるかと思ったけど、もしかして、ないとは思うけどわからない感じ? ああ、あと、ワイバーンに掴まったからってあの高さから落ちて死なないもんなの? 普通にあの高さから落ちたら死ぬと思うのだけど。それに、あの金剛魔人はなんで吹き飛んだの? 疑問ばっかりで申し訳ないんだけど分かるならその辺も誰か説明してほしいな」
捲し立てるかのようにその人物はそう言った。
だが申し訳ないとは言いつつも、そこに謝罪の意は皆無であることは誰であっても読み取れた。
「はぁ……、匿名もこれじゃあ意味を為さないさね。珍しく参加しているかと思ったら……、相も変わらず……。まぁ良いさね。あんたの疑問に答えるなら、ワイバーンの件は不可能ではないさね。生身じゃあ無理だが、熟練した魔法師なら衝撃を殺すことくらい出来るだろうさ。でも、あれは魔法というよりは元の体が頑丈っていうのもあるだろうね。体術試験の備考にラングラーの倅との戦いでそう書かれているよ。映像から読み取れることにも限度はあるから、所詮憶測にすぎないがね」
「推測だなんてまたまたご謙遜を。それに……、へぇ〜、ゲイツ君に一撃入れたのか。報告としては聞いてはいたけど、なかなか興味深いね」
「それと金剛魔人の件は殴られた瞬間におそらくは帝位魔法並みのマナを金剛魔人に注入したことで許容量を超えたことによる爆散だね」
なんてことないようにそう言ったが、それを理解できていた者はこの場にはこの者以外いなかったことである。
それに理論上それが可能であれ、することなどほぼ不可能。
それこそ莫大なまでの魔力量がなければ……。
「なるほど。ってことは凄まじい魔力量があることは間違いなさそうだね。それが本人のものかは置いといてね」
「最初の問いは……正直私にも断定はできないさね。転移、という可能性はあるけど……、流石に現実的ではないね。なにせあの距離だ。それこそ化け物じみた魔力がなきゃ不可能さね」
「ん〜、貴女でも出来ないの?」
「どうだろうね」
魔法という分野における“第一人者”という見栄からそう言ったが、実際にやれと言われれば不可能だろう。
いや、やるだけならば出来る。
ただ、それをした後の生命を度外視するならば。
その危険性は十分に理解していた。
如何に仮想的な空間とはいえ、他国の者がそれをすんなりと信じて死ぬ可能性があることをするとも思えない。
だからこそ、件の少年がそれをした可能性を考えつつも否定する。
それに、やるにしてもまずは術式が不可欠。
失われた古代魔法書でもなければ、常人がそんなものを発動できるはずもない。
貴族家の者ならばそういったものも持っているかもしれないが、大事な後継者ともなりえる自身の子供にそんな魔法を教えるなど正気の沙汰ではない。
そう考えればやはり現実的ではない。
「そっか、そっか〜。ありがとう、“学院長”」
「はぁ、まったく、やりたい放題さね。一国の代表者としての振る舞いくらいして欲しいもんさね」
学院長と呼ばれた者は呆れたようにそう言って、カリファに話を進めるように促す。
「では、一つずつ整理していくとしましょう」
学院長に促されたカリファはそう言った。
学術試験の解答内容に始まり、魔法試験とそれぞれ不明点や不可解なところが炙り出され、それについての議論が繰り返される。
といっても、話は平行線で決定打となるようなものはない。
「次に体術試験です。申し訳ありませんが、ゲイツ・ラングラー殿。もしこの場にいらっしゃるならば答えていただきたいのですが、アーノルド殿との戦いについて、覚えている限りで結構ですので所感をお聞かせ願えませんでしょうか?」
「あ、あ〜、これで聞こえてんのかね? あ〜、それで所感だったか。まぁ、俺の感覚で言うなら何かの不正って感じはまったくなかったな。身体強化も流れるように澱みがなかったし、一つ一つの動作も洗練されていた。ただ道具に頼っているだけのやつなら俺が一撃喰らうこともなかっただろうよ」
ゲイツはラングラー家の者としてではなく試験官の立場としてこの場に参加していた。
「ふん。青二歳とはいえ、お前が一撃喰らったことの方が疑わしいものだ。油断でもしていたのか?」
責めるというよりは呆れたような声色で誰かがそう述べる。
とはいえ、ゲイツにはそれが誰かはすぐに理解できた。
「あ〜、まぁ油断はしていただろうが、慢心していたつもりはなかったぞ? まぁ、喰らったのは俺の実力が足りてなかっただけだろうよ。ああ、そうだな。俺の意見を述べるならその指輪ってのはあいつの実力を隠すものなんじゃねぇか? あまりにもあいつを見た実力と本当の実力が乖離しているように感じた」
「ほう。その乖離が魔道具による実力の底上げだということなのではないのかね?」
別のところから疑問の声が発せられる。
「そこまでは知らねぇ……、です。あ〜、まぁおれは魔道具に詳しくないから知らねぇが、例えば魔法を無詠唱で放てるような魔道具や魔法を封じ込めるような魔法ってのは作れるんですかね?」
アーノルドの戦闘術でもう一つ特筆すべきことといえば、魔法の発動速度であった。
無詠唱というのは魔法師がその魔法を一定まで極めた末に辿り着けるとされる境地とされている。
それゆえ、ゲイツはもしかしたらあの指輪が魔法を封じたものなのかもしれないと考えた。
それならばランの術式を弾いた件はともかく、魔力量の説明はつく。
魔道具に詳しいのはヴァレンヌ家である。
それゆえ、皆がヴァレンヌ家の回答を待った。
「魔道具の第一人者として発言させていただこう。可能か不可能かで問われれば可能だ。エルフの武具などはまさにエルフの魔法を封じ込めたものである。それゆえ魔法を封じ込め、それを使っていたということは十分考えられることだ」
「あ〜、なら俺にはこれ以上はわからん。ただ、直接やった感じは魔道具なんぞじゃなくあいつ自身の実力って感じだったことは言っておくぜ。俺も最低限魔法の発動くらいは感知出来るからな。以上」
ゲイツはそう言って、発言を終えた。
「ありがとうございました。次は剣術試験です。まずは映像を見てみましょう」
そして粛々と映像が流される。
それはボルネイとアーノルドの試合。
その映像は試験官達のものではなかった。
「ふむ。まずなぜ試験官視点のものが一つもない?」
「試験官全員がオフにしていたようです。既に処分は下しております」
今回のあの騒動の後、あの場にいた試験官全員に査問をし、その末に懲罰が下されていた。
職務怠慢に私情の介入。
更には故意に試験の点数を捻じ曲げていた。
試験官としてはあってはならないことである。
星の剥奪すらされ、この学院の教師には二度と戻れない。
それだけでなく、もはやこの国では信用を失ったようなもの。
まともな職に就くことも難しいだろう。
ボルネイに至っては、予想通り死刑が求刑され、最終的には所謂奴隷落ちともいえる星の剥奪刑に処された。
二度と星が二つ以上になることはない。
もはや表の世界では生きていけないだろう。
「ふむ。ワシはこの映像を見る限りは不正などないように思うが、皆はどうだろうか」
その言葉に同意するような言葉が多数上がる。
見る者が見ればいくら隠されていようともアーノルドの動きが魔道具によるものなどではないく熟練者のそれであることがわかる。
だが、それに反対するような意見も出される。
「私はそうは思いません。一見ただ速いだけの一閃。それこそが魔道具のものによるものなどと言われれば、流石に私も同意はできません。どれほど隠そうともそこから滲み出る剣術の技量の高さは隠せておりませんからね。実力があることは間違いないでしょう。ですが、武術という面においては体術、魔法、剣術、今回はこの三点のみですが、可能性としてはこれ以外の武術も。それに学術の分野も加えるならばさらに数点。果たして、何の補助もなくこれほどの力を有することが出来るのか……やはりそこに疑問を持たざるを得ないでしょう」
言い分は分かるがやはりそこに同意することも難しい。
それに同意すれば、天才をすべて弾くことにも繋がる。
「それにハーメティア様の再戦の提案も断ったとか。もしや、すぐには再戦が出来ぬ理由があったとか? 例えば魔道具を使えるようになるまでのリキャストタイムなど。それに断った理由も陳腐極まりないでしょう。実力を見せる試験に付き合う義理などない? 受験生として自らの力を見せるなど当然。にもかかわらず、力を隠そうとする理由こそおかしいでしょう。ハーメティア様がなぜあのような理由で引き下がったのか私には理解できませんね。疑いがあるのならば晴らしておくべきでしょう?」
ハーメティアを非難するかのように嫌味ったらしくそう述べる。
「ああ、そう言えば今年度は試験問題の盗難という問題もありましたね? 犯人は既に捕まっておりますが、あれも不可解な点が多い事件でした。もしやこの少年に連なる者が盗んだという可能性もあるのでは? そうであるならば暗記が難しい魔法学や論述が多い戦術論の点数が低いことも説明ができましょう。とすれば、盗めるのは内部犯。この中にその事実を隠したい者でもいるのではないですかね?」
その言葉には幾人もの表情がピクリと動く。
ハーメティアにその矛先を向けようとしているのが誰であれわかった。
ガルフィード家は穏健派の重鎮。
この学院でも学院長と副学院長がガルフィード家。
その権威は七帝家の中でもヴァレンヌ家と並ぶほど高い。
「言い分はわかるが、それはもはや言い掛かりに近いのではないか? そんなことを言っていてはキリがあるまい。彼の者の剣術の腕は確かなものであるし、その試験盗難の件も既に終わった話であろう。今更蒸し返すとはどう言うつもりだ?」
「これは失礼致しました。ですが、此度の試験にはあまりにも例年とは違い、多くの不可解な出来事がありましょう」
試験盗難の犯人は既に捕まっている。
内部犯、新任の教師による犯行であり、それが渡された家門も既に判明している。
とはいえ、実際問題不可解なことも多い。
発覚から摘発までがあまりにもスムーズ過ぎた。
まるで全てがお膳立てされていたかのように。
他にも疑わしい者はいた。
オルファイト公爵に疑惑の目を向ける者は多い。
それは事件が解決した後でもそうであった。
とはいえ証拠もない。
それに、ヒュブリスよりも高得点となるアーノルドが出てきたことでその疑いも幾分かマシにはなっているし、ヒュブリスが優秀だということは周知の事実でもある。
だが、この学院でグランクロワ一の称号を、それもこれほど優秀な者が多い年で取れるかと問われれば首を傾げざるをえないだろう。
言っては悪いが、所詮凡人の域を出ないヒュブリスがあれほどの点数を取ったというのもやはり疑わしくはあるのだ。
オルファイト公爵が試験に細工をしたことを知っているのは過激派の者でもごく一部。
それゆえ、この者はあの点数が間違いなくヒュブリスの点数であると信じている。
だからこそ、この男はその矛先をより高得点を取ったアーノルドへとそして敵派閥のガルフィードへと向けようとしている。
そうすればオルファイト公爵への恩になると思って。
「それに身体検査をした際、最も怪しい指輪を調べないなど考えられるでしょうか?」
ハーメティアはアーノルドから差し出すと言われたにもかかわらず指輪を手に取りはしなかった。
ポジティブに解釈すれば、単純にハーメティアにとっては魔力の痕跡などなかったがゆえに調べるまでもなかったもの。
指輪を嵌めたまま試験を受ける貴族など沢山いる。
指輪だからと魔道具と疑う理由はない。
だが、否定的な者からすればただの茶番に見えなくもない。
ハーメティアはあれが魔道具だと知っていた。
それゆえに差し出すと形だけ応じる振りをしただけだと。
言い掛かりのレベルであるなど承知の上だが、事実などどうでもいい。
それが攻撃材料となるのだから。
が——
「くだらんな。貴様は何を言っておる。調査は正常に行われたもの。それを疑うことも自浄作用としては重要であろうが、後の追加の調査にてその話は既に結果が出ておる。そもハーメティア殿ならば貴様らのように“小細工”などせずとももっと容易に事を運んだであろう」
小細工、つまりはハーメティアやその他の人物を試験場から遠ざけたこと。
巧妙に細工されてはいたが、それもボルネイの失態によって気づいた者は気づいていた。
ハーメティアはあの日、来賓達とのパーティーに参加していた。
それゆえ元々ハーメティアはあの訓練場に行く予定もなかった。
偶然に偶然が“折り重なって”、ハーメティアはあの場に行くことになっただけ。
にもかかわらずアーノルドと組んで不正に加担しているなど言い掛かりも甚だしい。
オルファイト公爵は男のその場で思いついたかのような杜撰な物言いに気分を害したように舌打ちをした。
(馬鹿者が。繊細な問題を無遠慮に蒸し返すとは。それにその程度でどうにかなるなら既に押し付けておるわ。功を求める無能ほど度し難いものはないな。無能の分際でしゃしゃり出おって)
「で、ですが武術に関しての疑問は残っています。ほとんど者が生涯をかけて辿り着くほどの学力や、その歳にそぐわぬ武術の実力。どれを取っても一人が持つには手に余るほどの力でございましょう」
「だからどうした? 一般にあり得ぬからと誰もあり得ぬなどという論法なら、すぐにこの場から退出してもらうぞ? そのような愚鈍な者はこの場には要らぬ」
その言葉に対して返答が返ってくることはない。
それに反論するということはこの国を否定することにも繋がる。
所詮自国の者ならばありえるが、他国の者ならばありえないという考えが透けて見えている。
「ごほん、ここで一つ資料を提出させていただきます」
過激派の仲間を助けるためか、アーノルド側に傾きつつあるその場の空気を変えるためか代弁者がそう言うと、モニターの映像が一つの画像に切り替わる。
「こちらは教会より受け取った、彼の者の神眼の儀の鑑定結果でございます」
その言葉には自信が満ちているのがわかる。
最後の隠し玉のようなもの。
だが逆にオルファイト公爵はそれを見て不快げに鼻を鳴らした。
(教会がずいぶん渋るゆえに普段の一○倍もの値を出すはめになったが……まさかダンケルノ公爵家のガキだったとはな。だが、まぁ問題ない。むしろ、ダンケルノ公爵家のガキを引き摺り下ろせば私の名声も更に高まるというもの)
オルファイト公爵とてダンケルノ公爵家がどういう家か知っている。
知った上でダンケルノ公爵家など恐れるに足らずと考えている。
(しかしあの魔道具のヒビを見つけた者には褒美をくれてやらねばな。あんな些細なもの、何度見ても見逃していたわ。が……、魔道具の件ですんなり決着するはずもないのも予定通り。所詮憶測の域は出んからな)
オルファイト公爵にとってアーノルドが不正をしたしていないなどどうでもいい。
ただグランクロワ一の称号を自らの家門から出せればそれでいい。
(そもそもこのような状況に陥ったのも私の慢心が理由か。これまでの他国の連中からして最初から勝負になどならんと決めつけていたわ。よもやこの国の者ではなく他国の者ごときに追い詰められるとはな。とはいえ過ぎたことはどうしようもない。神眼の儀の結果を出すことは出来れば避けたくはあったが、あれがあれば不正を疑うには十分だ。不正をでっち上げるつもりであったが、実際問題、私自身でさえ奴が本当に不正をしているのか奴自身の実力なのか判断出来ん。とはいえ、もはや本当に不正をしていたかどうかなど瑣末な問題だ。どの道現行犯ではない時点で罰を下すのは難しいことなど分かりきっている。他の者どもは学院に入れるのすら嫌なのだろうが、私からすれば奴がグランクロワ一の称号さえ手に入れなければ問題ない。あれは我が公爵家のものでなければならん)
アーノルドの神眼の儀の結果が映し出され、皆が様々な反応をする。
過激派の者達はそれ見た事かと、罵詈雑言の嵐、穏健派や中立派の者達の中にも、これは……、と言葉を失う者も多い。
アーノルドの神眼の儀の結果は高くてEだ。
この学院に入れる者の平均はどれだけ悪くてもBはある。
ギリギリ入れる者であってもCは無ければ話にならない。
この神眼の儀の結果は主に下位五○名の合格を決めるために普段用いられるものである。
歳を経て、再測定することで変わることもあるにはあるが、それは稀であるし大きく変わる者もそうはいない。
この国が鎖国してからブーティカ教の権威も当時ほど無くなっているため、皆がこの結果を絶対視しているわけではないが、それでもいままでの経験からこの神眼の儀の鑑定結果が大きく外れているのを見たことがない。
それゆえ、絶対視しない者達もアーノルドの鑑定結果と成績の矛盾に口を噤んだ。
明らかに低すぎると。
口には出さないが神眼の儀の結果自体、過激派が捏造したものなのではないかと疑う者もいた。
「皆様もご存知の通り、神眼の儀の結果というものは絶対視こそされませんがその信憑性が高いこともまた事実なこと。こちらの結果は約五年前、つまりはあの少年が五歳の頃の結果。これほどの、言ってしまえば、“才無き者”があれほどの優秀な成績を残すことが果たして出来るのかどうか。私には到底自らの実力のみで為したとは思えないのです」
その言葉に反論する者はいなかった。
不正をしたという決定打に欠けるものの、その逆、不正をしていないという決定打にも欠けるのだ。
指輪とて、確実性に欠けるだけで魔道具であるという疑いの方が強い。
言う通り、疑わしい点が多すぎる。
どれだけ公平に見ようともやはり心証というものを完全に消し去ることは難しい。
特に魔法試験における魔道具の疑惑と神眼の儀の結果はかなり心揺さぶられる物証であった。
だがそもそもの話、現行犯でもない限り、不正の断言など出来ようはずもない。
それが未だアーノルドが不正者であると断じられぬ理由。
そんな中、ボックス席で事の成り行きを観ているだけの“誰か”は、結局は過激派の連中は最終的に多数決によりこの議題に対する決を取るつもりだろうと鼻を鳴らした。
純粋たる過激派だけならばともかく、温厚な過激派に属する者達やバルデバラン王の意に従い不正を偏執的にまで嫌う中立派や穏健派に属する者達はこうなれば不正の可能性があるアーノルドを学院に入れることを嫌うであろうことは想像に容易い。
少なくともアーノルドが首席の位置に戻ることはほぼ無いと思って間違いない。
このままではオルファイト公爵の思惑通りに話が流れるであろうことは想像できた。
だが、それに水を差し、わざわざ覆すほどのメリットも理由もこの者にはなかった。
優秀な者が学院に入ることは研究者として歓迎である。
だが、神眼の儀の結果はあまり信用していないのでどうでもいいが、ただ単にアーノルドのことが気に入らない。
たとえ、あの指輪が魔道具でなかったとしても、試験の実力通りの人物だとしても、戦闘試験だというのにアクセサリーのようなものを付けることも眉を顰めることであるし、試験の最中に疑われるようなことはすべきではない。
それに行動の端々から傲岸不遜な態度が滲み出ていた。
問題を起こすような者などたとえ優秀であってもいらない。
それがこの者の考えだ。
だが、一つ言うなれば、あれだけの教師がいてその場で不正を見破れなかったのならば、それは自国の教師達の怠慢であるとも言えるのではないかということである。
その場で見破れなかった時点でそれを論ずる意味もない。
後からこのように言うこともまたこの人物にとってはあまり好ましいとは思わなかった。
もし再度票を入れろと言われても、身に秘める感情はともかく、アーノルドがグランクロワ一の称号に相応しいと入れる。
それに魔道具の使用を禁ずるという試験の規則もまたどれほど正当なものなのかも甚だ疑問であった。
そもそもなぜ魔道具を使うことが不正に当たるのか。
自身の実力のみで試験をするべきだからと言うが、ならば現実問題、戦闘においてそんなものに意味があるのかと。
相手の武器と己の武器、相手の持つ武器の方が優れているからと文句を言うかと。
それは用意できなかった己の責任でしかない。
それら含めて自らの実力なのではないかと常々思うのである。
確かに学問におけるカンニングを可能にするような魔道具ならば取り締まるべきであろうが、自身の力を増大させるような魔道具を禁止する意味は果たしてあるのだろうかと。
誰もが手に入れられるものならばともかく、少なくともあの者や少数の者が自らの持ちうるものを使って手に入れたものならばそれは自身の実力なのではないかと。
それを認めぬというのならそもそも生まれによって受けれる教育が違う時点で不平等というものだ。
もちろん魔道具を使うべきではないという意見にも理があることはわかる。
だからこそ、魔道具を禁じるのではなく使っているかどうか分かった上で審査をすべきだと思う。
そもそも武術試験を三つなどに分けるのではなく統一してしまえばいい。
どれだけ分けようとも最終的な実力は総合力なのだから。
それについて議題として提出するも、あまり賛同が得られず拒否された経験を持つこの者はいま口々に話す者達の言葉を耳にしながら盛大にため息を吐いた。
くだらぬ時間だ、と。
「剣術の試験官の不正についてはともかく、ボルネイが星一○以上の武人であることは間違いない」
「そうだ! にもかかわらず、あのように余裕で倒すなど、果たしてこの少年は一体どれくらいの実力があるのか、いくら才があろうとも時間は有限だ」
「ハッ、余裕ともなると星一五はかたいのではないですかね? 十歳程度の少年がですよ⁈ 現実問題ありえるとお思いですか⁈」
「たしかに疑わしい点は多いですね……」
そうこうしているうちに過激派の者達が口々にアーノルドが如何に道理にあっていないか捲し立てる。
そして過激派の者以外も少しばかり難色を示す者が多くなってきていた。
代弁者がそろそろかと多数決を提案しようとするが、それよりも前にカリファが声を発する。
「静粛に!」
それによって次第にこの場がシンと静まり返る。
「議題すべき点をはっきりとさせましょう。まず、不合格か合格かということです。これは確固たる不正の証拠があるのか否かということになります。不正疑惑でしかないならば、もし仮にあの指輪が本人の力を増大させるような魔道具であったとしてもそれは当日に見抜くことが出来なかった我々の失態。その処分の議論はこの場でするようなことではございませんし、彼の少年に責を問うものでも既にございません。従って、ただの疑惑で処分などといったことをするつもりはありません。これは今回の試験統括を任されている私の決定です」
試験の責任者であると共に、この件についての権限だけならば元首よりも上のカリファの決定。
内心思うことは多々あれど、誰も異論を挟める者はいない。
「そして次に合格とする場合には現在の評価通りにシュヴァリエに入れるか、当初通りに首席とするかということです」
首席という言葉に反応したのか、過激派の中でも他国の者達を嫌っていると思わしき者達から声が上がる。
「あれが魔道具であることは映像をより分析すればわかるはずだ!」
「そうだ。たとえあれが不正に使われたものでなかったにせよ、持ち込んだ時点で規約に違反している。それに他にも魔道具を持っている可能性だってある。不合格にするには十分すぎる理由でしょう⁈」
「そうです! 栄えあるバルデバラン学院に不正入学者など出しては断じてなりません!」
「そもそも他国の者が学術試験であれほどの点数を取ったというのも怪しいものです! あれらは我々の数百年の知識の結晶。如何に開示して数年経ったからといって、理解し応用するにはやはり時間が足りないでしょう⁈ それにこれまでの他国の者の成績は散々たるもの。知識が解放されてから三、四年経ったからとはいえ突然このような者が現れるのもまたおかしいことです! この者だけでなく他の者達もです。国が後ろにいると考える必要もあるのではないですか⁈ 常識的に考えればわかるはずです!」
カリファはその言葉を聞き、呆れたように小さくため息を吐いた。
その論が正しいのならば、他国は既に自国よりも優れていると言っているも同然。
自分達は他国よりも優れていると言っている口で他国を持ち上げていることに気が付かぬとは。
なぜこのような愚者がこの場に紛れているのかと。
腐敗の進行。
他国よりも自国の浄化こそが今すべきことなのでは無いかと内心ため息を吐く。
そこに場違いなほどの笑い声が響き渡る。
「アハハハハハハハハハ」
ただただ響く無遠慮な哄笑を前に皆の言葉が止まる。
その哄笑は十数秒も続けられた。
その笑いをしている者が誰かなどすぐにわかる。
「ああ、おかしい……おかしすぎて腹が捩れそうだよ。常識的ね。常識的……、まだそんな言葉が出てくるとは……ハハ、ハハハハハハハ」
そう言う元首が再び笑い始めたことで一人の者が怒ったような口調で声を荒げる。
「何がおかしいと言うのです⁈ 国が主導で不正を犯しているのですよ⁈ それを放置するなど一国の代表者としてそれでいいとお思いですか⁈」
匿名性のもとではマナー違反ではあろうが、その者は隠す気がないのは元首の方だと詰め寄った。
だが元首は焦りもせずただ淡々と言葉を返す。
「ん? 君はまるでそれを事実のように語っているけれど、その言葉に一体どれだけの責任を持てるんだい?」
所詮全ては憶測の言葉。
「っ、誤魔化さないでください! 国が相手だからと臆するなど——」
「違う違う。君は、君達はありもしないことをさも事実であるかのように話す。それが違ったときの責任をどこまで果たすつもりだと問うたんだよ。この場は言いたいことを言うだけの場ではないだろう?」
その言葉を言った元首に対して皆がお前がそれを言うのかと呆れ気味であったが、言っていること自体は間違っていない。
国が主導しているなどそれこそ何の証拠もないただの妄想でしかない。
そも既にカリファが合格、不合格の基準を設けた。
にも関わらず未だ不正の“可能性”について論じるなどただの妨害行為に他ならない。
もう既に不正をしたかしていないかの議論など過ぎ去っている。
「一つ気になるんだけどさ。誰が神眼の儀の請求をしたのか知らないけど、この少年がどこの誰なのかはっきりさせた方がいいんじゃないかい? 神眼の儀の結果には名前も載ってただろう? わざわざ隠してくれたみたいだけど、“こういう場”なら見せるのが通例だろう?」
受験生の姓はそれこそ表向きいまこの場にいる誰も知らないと言っていい。
もちろんこの国の者の名前ならば姓がなくても顔を、そして名前を見れば大体は分かってしまうのだが、隠すのはいわば家門や親の影響を受けないようにする意味が込められている。
昔は受験者の番号だけで管理していたために成立していた制度であるが、所詮これもいまはもはや形骸化した制度ではある。
とはいえ一応はまだ機能させているし、制度である以上重要視する者も多い。
「で、ですが、それは……」
「そうです。まだ不正者と決まったわけでもないですし、それに匿名性の規則を破れば——」
バルデバラン王が決めたことゆえ盲目的に信じるといった者が多いことに元首は若干呆れたような笑みを浮かべる。
「匿名性ってのはその当人を色眼鏡ではなく、公平に見るために設けた制度だろう? なら、常識的、なんて世界の、君達の枠組みに当てはめるんじゃなく、公平に当人がその能力を持ち得るかで話すことこそ、公平性が成り立つってもんじゃないかい? 私達がいま話しているのはこの学院の首席、それも歴代一位の得点かもしれない人物だよ? 常識に当てはめてどうするのさ。それとも名前を公にされれば不都合なことでもあるのかな? 別に君達を疑うわけではないけど、なぜ君達がいまこの場で渋るのか私には理解できないね。ああ、勘違いされたら面倒だから言っておくと、匿名性は大事な制度だよ? いまの状態で意味があるのかな、なんて思うこともあるけれど、それでも重要な制度だ。ただ、時と場合によるってだけさ。その制度が持つ意味を履き違えた使い方にこだわる意味なんてないでしょ? ある考えに固執する愚を知らないとは言わせないよ?」
バルデバラン王の制度を否定するような言葉に反論したい気持ちが高まった者も多くいたが、それでも安易に反論はできなかった。
それもまたバルデバラン王を否定することになるが故に。
「そもそも勝手に神眼の儀の請求をするなんてね。越権行為なんじゃないの? それともあれを資料として出した君はそれが出せるだけの地位の者だったかな?」
当然誰もが神眼の儀の結果を出せるわけではない。
そも神眼の儀は基本的に他者に見せるものではない。
この国では当たり前に為されてきたことでも他国では違う。
それゆえ主に学院長、そして三人いる副学院長の許しなく神眼の儀の請求はしてはならないことになっている。
学院長はスリザーヌ・ガルフィード、副学院長はハーメティア・ガルフィード、カリファ・マーレ、デブザール・オルファイトだ。
もし越権行為でないならばそれを請求した者が誰かなど考えるまでもない。
能力値以外は黒塗りにされていたが、その原本を持つのはオルファイト公爵以外にない。
オルファイト公爵は苦虫を噛み殺したかのような表情でどこにいるとも知れぬ元首を思いギリっと歯を噛んだ。
オルファイト公爵もアーノルドの姓を言いたくはない。
いまこの場は神眼の儀の結果によって証拠はないが不正が濃厚という空気が漂っている。
過激派の者達はもとより、中立派の者達も事実はどうあれその心証はかなり悪くなっているはずだ。
不正と断じることは出来なくともそれがあれば首席合格を取り消すことはできる。
結局はどこまで行こうともその称号は“成績”ではなく“票”によって決められるのだから。
だがそれゆらも跳ね除ける可能性があるのがダンケルノという名だ。
数百年経とうともダンケルノがこの国に残した爪痕は未だに深い。
「……教会側から実名の公開は控えるようにと言伝されておりますゆえ」
代弁者は誰が開示したかは言わず、ただそう言った。
だがこれは嘘ではない。
アーノルドの神眼の儀の請求をした際に最終的に、普段の一○倍ものお布施を要求された。
元々アーノルドは神眼の儀の公開に許可を出していない。
それゆえ教会側も当初は神眼の儀の結果をオルファイト公爵に渡すことを渋ったのだ。
ただでさえダンケルノ公爵家の人間。
それも教会と確執あるアーノルド・ダンケルノ。
それゆえ教会側からの回答はNOであった。
だが今まで閉鎖されていただけのこの国の聖職者がその危険性を正確に測ることなど出来はしなかった。
この国のある聖職者が金の魔力に屈し、個人的にアーノルドの神眼の儀の結果を横流ししたのである。
これも厳密に言えばグレーを通り越した行いだ。
いくら不正疑惑があろうとも、本人の意志を無視した行為には違いない。
「ふ〜ん。いままで何も言わず情報を流していた教会が、注意を促すほどの人物だということか、それとも強引に情報を引き出したのかな?」
その言葉にオルファイト公爵の顔に皺が増える。
だが何も反応しはしない。
「まぁ……、名前から考えればアーノルド・ダンケルノってところかな?」
その言葉にその場にいた多くの者の体が電気でも走ったかのようにビクリと動く。
アーノルドという名前はたしかに珍しい名前というわけでもない。
だが果たして、なぜ自分は今の今までその可能性を“考えもしなかった”のだと。
数年前、この国が開国する直前に議会で話題にまで上ったというのに。
アーノルド・ダンケルノ、その名をなぜ“忘れていた”のか。
そこまで考え、怖気のようなものが体の芯を貫き駆け巡る。
そしてそれは一足先にアーノルドの正体が分かっていたオルファイト公爵も同様であった。
神眼の儀の結果で判明する前、なぜ自分は一度もアーノルドという名前を見て、そのダンケルノという名が“思い浮かばなかった”のかと。
あれほどの点数、不正したか否かに問わずただの貧民共には出来ぬこと。
ならば目ぼしいアーノルドと名の付く貴族を思い浮かべれば当然アーノルド・ダンケルノという名が思い浮かんだはず。
そもそもそれ以外のアーノルドなど知りもしない。
自らの頭を弄られでもしていたかのような不可解さと薄気味悪さにオルファイト公爵の表情が僅かに歪む。
「な、なるほど。かの悪名高きダンケルノ公爵家の一族ですか。確かに他の二人もそれらしき名が上位に連ねておりますね」
「ッ! それこそ公平性に欠ける物言いでしょう! 一族の他の者が優秀だからその者が優秀などという理屈は通じませぬ!」
「そこまでは言っていない! だが、彼の一族の異常さは皆も知っているだろう⁈」
「所詮そんなもの過去の無能な貴族達が大袈裟に騒いでいただけでしょう? 理解できぬ者が理解できぬことを大袈裟に書いただけ。そんなものを信用するなどそれこそこの場において価値なきこと。論じるべきは個人の力のみです!」
「ゴホンッ……」
荒げられた声が響く中、重厚な咳払いに場が静まる。
「さよう……。して、この少年の正体が判明したわけじゃが、それでどうするね? 時間をかけて調査でもするのかね?」
変声期をして言葉が宿す重厚感が消えぬ御仁の言葉。
「ふむ、噂に絶えぬ少年のようですが、それで判断するわけにもいきますまい。等級管理局のお方ならばもう既に調査しているのではないですかな?」
一時入国の者ならばともかく、長期間この国で過ごすならば他国の者とはいえ星を持たなければこの国での生活は不便である。
それゆえ、等級管理局は世界の情報を集め、学院に入学できそうな者達の情報を前もって集めて審査している。
これは何もそれだけが目的ではなく、単に有能な者の情報やこの国にとって危険になり得る人物の情報を集めることもかねている。
それゆえ、これほど有名な少年の情報ならば既に等級管理局が把握しているはず。
「……そうですねぇ。彼の少年の情報を調べるのは難儀しておりますがぁ」
その言葉に他の多数の者達が驚いた。
この独特な話し方は等級管理局のトップのもの。
普段、それぞれの局のトップが出張ってくることなどない。
それほど暇では無いからだ。
基本的には学院所属の者達が主に話し合い、外の者達はそれを見守るだけが通例。
今回のようにあらゆる者達が話し合うということもない。
淡々と学院の教師達が生徒の実力を見極めクラスを振り分けていくだけ。
だからこそ等級管理局のトップなど特に忙しいため基本的には話し合いだけを確認するための代理が参加している。
特に等級管理局のトップなどこの時期は特に忙しい。
「彼の少年の噂の中には、皆様もご存知の通り五歳で戦争に参加し、一万人あまりの犠牲者を叩き出したことに始まり、公式的な記録においては六歳にして騎士級との一騎打ち、七歳にして教会勢力との衝突や敵対する他国の貴族、自国の暗殺者ギルドの掃討、そして八歳で天災級に分類される魔物である黒龍の討伐、他にも様々とありますがぁ、まず個人で為したこととして確認が取れていることは騎士級との一騎打ち。これはとある貴族との衝突によって起こったことでございますがぁ、当時その屋敷で働いていた使用人から事実であるという確認が取れております。参考までに言っておきますと、この騎士級というのはこの国の星六から十相当だと考えていただければよろしいかと存じます」
この時点で唸る者が多数。
それが事実であるということは先ほど見たアーノルドの神眼の儀の結果はその真偽が怪しいものとなる。
ただの数値と事実ならば、当然事実が優先される。
オルファイト公爵は流れの悪さから舌打ちをする。
「ですが、他国の騎士級などの扱いはとても雑なものであるという情報を聞いたことがございます。貴族が見栄のためにその階級を金で買うとか。果たして本当にその戦ったという騎士級の者はそれに相応しい実力を持っていた者なのでしょうか?」
過激派の者による追及。
悪くはない質問である。
言う通り、この国のように階級自体に何らかの基準があるわけではなく、言ってしまえばただの任命制だ。
一応騎士級は身体強化が使えるだとか、大騎士級はオーラブレイドが使えるといった目に見える基準はあれ、その実、個人差はかなり大きい。
アーノルドが倒したという騎士級の者もただ騎士級を騙るだけの大したことはない者である可能性は当然ある。
それにアーノルドには臣下となる者もいる。
その者が相手に圧を掛ければ普段の動きができず、その実力が無いにも関わらず騎士級の者に見かけ上一騎打ちで勝つこともできるであろう。
「毎回質問に答えていては効率が悪いので、質問は最後に受け付けるといたしましょう。それでは他の調査結果を述べると、その他一切が未だ本人一人で為したものであるという確認は取れておりません。ただぁ、完全に否定されたというわけでもございません。情報統制という分野においてはこの上なく優秀なようですねぇ」
自らの仕事が為せていないにも関わらず心なしか嬉しげにも聞こえる言葉。
「少なくとも教会勢力との衝突は臣下も共にいたようで。ただ、黒龍の討伐は驚くべきことに嘘などではなく実際に討伐したようですがぁ」
それに対して会場のざわめいが大きくなる。
そのざわめきはアーノルドに対してではなく、少なくとも天災級という人類をも滅ぼせる可能性を秘めた超級の魔物を討伐した人間がダンケルノにはいるという事実にだ。
そしてそんな魔物が少なくとも外の世界にはいたという事実に。
だが驚いていない者達もいる。
「ただ、どのように討伐されたのか、そして件の少年がその討伐に関わっているのか、それはわかりません。少なくとも売買には関わっているそうですがぁ。また——」
粛々と語られるアーノルドの調査結果。
荒唐無稽。
十歳にも満たぬ子供が為したとは思えない功績の数々。
言葉が紡がれるたびに皆の眉間に皺が寄っていく。
「——調査結果は以上です。それでは先ほどの質問にまず答えましょう。相手の騎士級の者は身体強化が使えるだけで、実際に戦いなど経験したことがない者とのこと。とはいえ学院で魔物討伐は経験しているようですし、評判としては騎士学院を滞りなく卒業した秀才であった者ということです」
「他国の者の言う秀才など当てにはなりますまい」
「実戦を経験したことがないなど、絵空事を並べるだけの子供と同じではないか。そんな者に勝った程度では実力を測るというのも無理な話」
「ですが六歳という年齢で勝ったというのが事実であれば、いくら実力に劣ろうとも非凡な者であるというのは事実なのでは?」
「その程度で非凡などと……。この学院に集う者達ならばその程度は当然のこと」
「当然? 当然と仰いましたか? 本当にそうお思いで? 誰もが入学当初に星六相当などと、貴殿の目は相当曇っているのではないか?」
「ぐっ……。ラングラー殿のご子息も八歳という年齢で星八の騎士に勝っていた。驚くべきことではない!」
「上位の者と比較しても意味はないでしょう。それに、ならば尚更この者が不正をしたというのも疑わしいでしょう。ただの実力と言えるのでは?」
「だが、そのときとて魔道具を使った上での勝利かも知れないだろう⁈ 本人の実力かどうかなどわからない‼︎」
言い争いを続ける者達を尻目に他の者も語る。
「他の噂も聞くには聞くが、どれも荒唐無稽なものが多い。故意に自分を大きく見せているようにしか思えないものばかりだ」
「同意見ですな。成長もまだしていないこの時期にわざわざ自らを危険に曝すような暴挙ばかり。護衛がいることによる傲慢とも取れますが、どの道本人の実力ではないでしょう」
アーノルドの実力に肯定的な意見もあるが、それでもはやり否定的な意見の方が多い。
「教会との衝突とあったが、その詳細はどういったものだったかも気になりますね。如何でしょうか?」
その質問に等級管理局の局長が返答する。
「残念ながらぁ、詳細は不明でした。教会側が開示してくれませんでしたからね。誰と争ったのかぁ、なぜ争ったのかぁ。そしてそれを目撃したという者達も皆口を噤んで何も分かりませんでしたよ」
「そうですか……。お答えいただきありがとうございます」
「暗殺ギルドの掃討というのは?」
「アーノルド殿は幼き頃より幾度となくその命を狙われていたそうで。誰が依頼主だったのか、依頼主が複数いたのかは今となっては分かりませんが、ハルメニア王国にある全ての支部、そして最終的には本部をアーノルド殿とその臣下の者達が殺して回ったという件ですね。暗殺者達は既に殺されておりますし、逃げた者がいたとしても保身のために喋ることはないでしょうから実際の戦闘がどうだったのかなどは謎です。我々が把握しているのは結果のみです」
その後も幾つかの質問が為されるが、結局何一つアーノルドを断じれるような情報はなかった。
「う〜ん。結局何もわからないということだね。まず合格か、不合格か。それを決めようか。」
そう言う元首ももはや変声する気がないのか地声であった。
「不合格でしょう! 実力を示すものは何一つ無いにも関わらず、不正である指輪という映像証拠は確かにあるのですから!」
「そうかい? あれも不正と断じるには弱いって結論だったはずだけど。それとも“試験”に使われたという証拠でもあるのかな?」
軽い口調ではあるが、咎めるような圧が込められた言葉。
「不正はダメ。バルデバラン大王様は我々の神に等しき存在。君達のその考えは尊重しよう。大王様が最も憂いたのが当時の貴族達の不正、腐敗だ。それゆえ、不正というものはこの国でもっとも忌避される最悪の行為。国を貶める元凶。私もそれには同意するよ。だからこそ不正を見逃すことは神への冒涜とのいえよう。だが、それと同時に大王様は能力ある者には相応き環境を与えることに力を入れ従事したお方でもある。そして我々はその意志を継ぐ者。疑わしきは罰せよなどという態度ではダメなのですよ」
その言葉にオルファイト公爵は舌打ちをする。
(救世の神人などと持て囃されて調子に乗っておるだけの小僧が。大王の生まれ変わりなどと馬鹿げた迷信を信じる者共は頭がイカれているとしか思えんな。どの道その大王のせいで私の権力も失ったと思えば、奴を殺してもいいと思えるほどであるがな。とはいえ、あのガキを首席にすることはもはや不可能。不正も疑惑であるが、実力もまた疑惑。もう一押ししておけば十分であろう)
「ふむ。それでは元首様はこの者を合格にするべきだと仰りたいわけですな?」
「“公爵”。君は不合格にした方が良いと言いたいのかな?」
オルファイト公爵は元首のその言葉に僅かに表情を硬くした。
(迷いなく私だと断じるか。まったく“相変わらず”気味が悪い小僧だ)
「とんでもない。私はあくまでも不正をした者が間違ってでもこの学院に入ってこないか心配しているだけでございますよ。それに私は彼がグランクロワに相応しいと票を“入れた”方ですよ」
――∇∇――
それから、長時間の話し合いの末
「では、この者の処遇は合格とするが、クラスは最も下のシュヴァリエ。ただし、観察対象であるとともに一部グランフィシエの権限も与える、ということで異論はありませんね?」
カリファがそう言い、異論がないことを確認してからこの議題を締め括った。




