6話
いまアーノルドがいる第4試験場は東京ドームと同じかそれより大きいくらいの広さがあった。
十メートルほど離れたところにいる試験官のゲイツは自分から仕掛ける気がないのかジッとアーノルドの準備が整うのを腕を組んで待っていた。
体術試験。
武器や魔道具の使用は禁止、魔法は攻撃魔法は禁止であるが自分にかけるような強化魔法や身体強化ならばOKである。
相手の動きを妨害するような魔法は攻撃魔法と曖昧になりやすいのでこの試験では一応禁止されているが、所詮は戦いの中の出来事であり、試験官の裁量に任されていると言ってもいいルールである。
アーノルドはこの4年間、クレマンに教えを乞うて格闘術を習っている。
まだまともな技のようなものはそれほど習っていないが、並の者ならば倒せる自信はあった。
アーノルドはゲイツを試験官ではなく、ただ自分の武術がどこまで通用するかの試金石としか見ていなかった。
だが、それは舐めているわけではない。
目の前の男は一級品だ。
それは目の前の男が漂わせている雰囲気や佇まいから分かることだ。
だからこそ、適当に流すのではなくクレマンとの鍛錬の成果を試すと決めた。
それでも指輪によって制限された範囲でのみだが。
「お〜い! もういいか〜?」
ブンブンと手を振りながらゲイツは人懐っこい犬のように問いかけてきた。
アーノルドは声を出す代わりに大きく一回頷いた。
「よし! じゃあ始めだ!」
この試験内容は他の受験生や試験官も観客席から見ることができる。
この試験場で待っている受験生約30名、試験官5人に見守られながらアーノルドは初めて公の場で自身の戦闘術を披露すると言える。
だが、そこに気負いなどは一切ない。
ただ自身の目的のためだけに突き進むのみ。
アーノルドは始めと言われた瞬間、身体強化で身を包んだ。
この数年間ひたすら毎日のようにやっていることだ。
もはや意識する必要もないくらい淀みなく全身へと行き渡り、タイムラグなど無いに等しい。
それを見たゲイツは感心したように吐息を漏らし、笑みを深めた。
観客席からゲイツの動きを分析しようと見下ろしている受験生や他の試験官の視界からアーノルドが忽然と消え、踏み込んで出来たであろう地面の割れだけがその場に残った。
余裕そうな笑みを浮かべ完全に気を抜いていたゲイツは目を見開き驚いたような表情を浮かべたが、すぐに獰猛な笑みへと切り替わる。
予想以上の実力に胸が高まったからだ。
これならば少しは楽しめるだろうと。
アーノルドがゲイツを翻弄するように側面に回り込みそのままの速度で攻め込み拳打を放つ。
だがアーノルドが最初に放った拳打はゲイツの最低限とも言える動きで、元からそこにあったと言わんばかりのゲイツの手のひらによって弾かれ軌道を逸らされた。
その拳打の風圧によって地面が少しばかり抉れ、砂煙が立ちこめる。
アーノルドのあまりの踏み込みに一言も発すことができず固まっていた受験生達や、のんびりと頬杖をついて見ていた試験官達のざわめきが大きくなった。
この戦いを見ている受験生には実際何が起こっているのか分からなくとも拳打の風圧で地面を割るなど自身の常識に当てはめればありえない現象なのだ。
そこに貴族がいればまた違った反応もあったであろうが、ここにいる受験生は皆平民であった。
平民で武術指南などまともにされている者などほとんどいない。
忘れがちであるが、この世界で身体強化を使える者の方が稀なのである。
それゆえ、平民達は身体強化すら目にしたことがない者がほとんどであり、いま目の前で繰り広げられている戦いは既に見たこともないような異次元とも言えるものであった。
初手は難なく躱されたアーノルドであるが、初手が逸らされることなど織り込み済みだ。
アーノルドは薄く巻き上がる砂煙が晴れる前に、逸らされたことによって流れる体の勢いを利用してそのままゲイツの顔目掛けて回し蹴りを放った。
その一撃の脚圧で周りの砂煙が何かに切り裂かれたかのように吹き飛ぶ。
だが、ゲイツは軽くしゃがむことでそれを避けながらアーノルドの軸足を軽く払い、体勢を崩そうとする。
ゲイツからすればまだこの程度はなんてことはない日常のような感覚であった。
流れるような体捌き。
ゲイツに焦りなどは見えず、その動きはゆっくりと泰然としているように見えるにもかかわらず、その身のこなしは素早い。
完成された動きというものは無駄がないからこそ、まるで止まっているかのようにゆっくりに見えるのである。
だが、ここで予想外のことが起こる。
身体強化で固めたアーノルドの足をその程度で崩すことなどできず、ゲイツの足払いがアーノルドの足に当たりピタリと止まったのである。
その様を見ていた者にとっては、まるでゲイツが全く足に力を込めず、寸止めでもしてふざけているかのような不自然さであった。
確かにゲイツにとっては少し遊んでやろうと思って放った程度の足払いであったため、ある意味では力を入れてはいなかった。
だが、それでもアーノルドの足を確実に払えるくらいの力は込めていた。
断じて寸止めも、力を抜くなどという愚行もしてはいない。
それゆえ不発という予想外の出来事にゲイツが終始浮かべていた笑みにも陰りが生じ、思考が一瞬停止する。
瞬間的な出来事であるがその刹那をアーノルドは待ってはくれない。
ゲイツはハッとして上を見上げた。
そこにはアーノルドの足が迫ってきており、ゲイツ目掛けて踵落としが見舞われようとしていた。
「……はは!」
ゲイツは思わず嬉しそうな笑い声を漏らした。
そのまま慌てることなくアーノルドの振り下ろされた足を無造作に手で鷲掴みし、そのまま明後日の方向にアーノルドを投げ飛ばす。
「おらよ!」
手加減はした、受け身は取れるだろうと笑みを深め、次に起き上がってくるのをゆっくりと待つかと腰に手を当てる。
確かに今の一連は驚きはしたが、それでもゲイツを脅かすには到底至らない。
そしてアーノルドが次に向かってくるまでの少しの時間、ゲイツは先ほどの疑問、なぜアーノルドの足を払えなかったのかに意識を向けたが、それもすぐに中断させられることとなる。
なぜなら、投げ飛ばされたアーノルドが何もない空中に即座に『防御』を作り出し、それを足場にしてロケットのように蹴り込むことで再びゲイツへと迫ってきたからだ。
その魔法の使い方にゲイツの表情が驚嘆から一転、一段と楽しげなものへと変わった。
ゲイツは頭に浮かんでいた疑問をいまはどうでもいいと一旦頭の隅へと追いやり、キッパリと断ち切る。
アーノルドは魔法でさらに体を加速させ、そのまま回転を加えながら裏拳という名のもはやメイスを叩き込むに等しい威力を持った攻撃をゲイツの顔面に叩き込もうとしていた。
ゲイツはその攻撃を腕でガードすることによって難なく防いだが、魔法の威力が加算された攻撃の重さに思わず体が地面を擦りながら後退する。
「ひゅ〜、やるね〜」
口笛を吹き、感嘆の声を上げたゲイツは心底楽しそうな表情をしていた。
(ガキの攻撃でまさか俺の腕が痺れるとはな。いいじゃねぇか)
ゲイツは攻撃を喰らったことでビリビリとした感触のある腕を触りながら嬉しそうに笑みを深める。
「ふん。難なく防いでおきながら何を言ってやがる」
ゲイツの楽しそうな表情とは対照的に無表情と言ってもいいほど仏頂面なアーノルドは悪態を吐く。
ゲイツが本気を出していないことないことなど丸わかりである。
何せまだ身体強化すら使っていないのだから。
それどころか攻撃する気配すらない。
「ハハハ、子供にやられたとあっちゃ流石に試験官として立つ瀬ねぇからな。そう簡単にはやれねぇぜ?」
アーノルドの最初の言葉に対する意趣返しか、いい笑顔を浮かべたゲイツがそう言ってきた。
そしてゲイツは挑発的な視線を遣し、これ見よがしに拳を握る。
「だが、今度は俺も攻めるぜ? 攻めだけじゃねぇってところを見せてくれよ?」
そう言って、ゲイツは薄く笑みを浮かべたまま目を細め、獲物を前にした猛獣のような鋭い視線をアーノルドへと向けた。
今の一連の攻防を上から見ていた試験官達は感嘆の声を漏らしていた。
「やりますね。あの少年」
「選択科目は剣と魔法ですか。剣だけやっているような動きではないですね。ここ最近の他国の受験生は武器を使った武芸のみを磨いて、体術を疎かにしている者が多かっただけに、なかなか……」
「それにあの状態で咄嗟に魔法を巧みに操っていたな。それもおそらく無詠唱だろう。あれは相当戦い慣れているな。咄嗟にできる芸当ではあるまい。それになにより、あれほどの踏み込みをして『防御』が壊れていないのがまたすごいな。いや、それよりも『防御』を足場にしようなどという発想がそもそも私にはないものだ。いやはや勉強になった」
「確かにそうですね。『防御』なんてある程度力を込めれば簡単に割れてしまいますからね。それを足場にしようなどという発想は確かにないですね。それに、あのゲイツを後退させただけでもなかなか称賛ものでしょう」
そこに不機嫌そうに鼻を鳴らした試験官の1人が口を挟む。
「ですが、あの程度ならばまだ凡人の枠を出ませんね。ゲイツを後退させたといっても所詮は実力を1ミリも出していない状態でです。他国の人間にしてはやるようですが、そこまで称賛に値するようなことではないでしょう」
その言葉を聞いた他の試験官は苦笑いを浮かべたが、たしかにあの程度ならばこの国の子供にもいるため驚くほどでもない。
それにゲイツが実力を出していないことも違いはない。
だが、それでもあの年齢の子供がゲイツを動かしたということが称賛に値することには変わりなく、それをいまわざわざここで言うかは別問題であり、他の試験官達はその言葉を言った者に若干呆れたように吐息を漏らし、2人の戦いへと再び目を向けた。
「安心しろ。怪我をさせたりはしねぇよ」
ゲイツはアーノルドに向かってそう口にした。
もし仮に怪我をさせたとしても治癒できる魔法師が常在しているが、その加減を見誤るつもりなどゲイツには甚だなかった。
だが、アーノルドはゲイツのその言葉に顔を顰め、より一層不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「要らぬ配慮だ。加減はいらん。つまらんお遊びをしたいわけではないからな」
「はっ、よく言った‼︎」
ゲイツは嬉しそうにそう言うと、一気にアーノルドとの間合いを詰める。
常人ならば反応などできない速度であろう。
だが、ゲイツはアーノルドを高く買っていた。
この程度ならばギリギリ反応できるだろうと。
だがゲイツは嬉しそうにああ言ったが、それでもまだ全力を出すつもりなど微塵たりともなかった。
実力差は視れば分かる。
自身との差は歴然だ。
いまのアーノルドはゲイツが全力を出すには値しない。
ゲイツはそのままアーノルドへと攻撃を加える。
顔面への右ストレート、腹への膝蹴り、そのまま足を戻すことなく膝先からのバネだけで顔への蹴り。
ほんの1秒にも満たない超速で繰り出された3連撃。
ただの学生程度が防げる一撃ではない。
だが、アーノルドは正確にその3連撃を防いだ。
(おいおい、マジか⁉︎ 全部完璧に防ぎやがった!)
防がれるなどとは微塵たりとも思っていなかったゲイツは本気で驚愕の表情を浮かべる。
アーノルドの攻撃は見た。
防御は一つ目の攻撃で見れるだろう。
あとは二撃目以降に攻撃を喰らったあと、どれくらい戦闘への活力を保ち、即座に立て直せるか。
それを見るつもりで攻撃が当たってもそのダメージが試験の後に引かないように最小限の力ではあるが、本気で当てるつもりで放ったのだ。
だが、その全てが防がれた。
それも表情一つ変えずに。
その上、体勢一つ崩さずに。
初撃は顔への攻撃をわざと防がせることで、アーノルド自身が上げた腕によって視界が遮られることによる目眩しも兼ねていた。
その後、本来ならば胴体への膝蹴りが決まり、ガードが下がったところに顔へと蹴りを決め込むつもりであったのだ。
受験生のレベルなど考慮しない、当てるためだけの超速の蹴りであったというのにまさかという思いである。
ゲイツが攻撃した足を下げながらチラリとアーノルドの方を見ると、アーノルドが防御した腕の隙間からさながら獲物を前にした野獣のようなギラついた瞳が見えた。
その瞳を見たゲイツの体にゾクリと戦いへの暴威が迸る。
その瞳は雄弁に物語っていた。
『力を見せろ』と。
(いいぜいいぜ! 視た実力と実際の実力の乖離は気になるが、今はどうでもいい)
ゲイツの顔から自然と笑みが溢れる。
お互い間合いを測りながら次の一撃を探っていた。
ゲイツがニヤリと笑みを浮かべて攻撃を仕掛け、それに釣られるようにアーノルドが動いた、が——
(はは、流石に引っ掛かるか。まぁこれも勉強だ、ぜ!)
攻撃に見えた動きはゲイツが仕掛けたフェイントであった。
ゲイツレベルが繰り出すフェイントはあるはずもない幻影すら生み出すレベルである。
それを出しただけでもゲイツからすれば最大の賛辞。
本来いるはずのところに相手がいないことで前かがみとなったアーノルドに向かってゲイツはそのまま膝蹴りを入れた。
(これで終わりだ)
——が来るはずの衝撃が来ない。
それどころかアーノルドへと直撃したのにアーノルドが吹き飛ぶこともなかった。
ゲイツの膝がアーノルドの額でピタリと止まったのだ。
(なん、だと……⁈)
ゲイツの表情から真の意味で笑みが消え去った。
何の小細工もない額での受け。
それはその程度の攻撃ではアーノルドにはダメージ一つ負わせることなどできないということを意味する。
アーノルドとゲイツの両方が示し合わせたかのように互いに距離を取った。
(身体強化が異常に優れてやがんのか? いや、それをぶち抜くくらいの力は込めたつもりだ。さっきのこともある。普通以上には力を込めたぞ⁈ 俺がその加減を見誤るとは思えねぇ。一体何をしやがった?)
ゲイツは何が起こったのか理解できず、困惑に表情を険しくしていたが、アーノルドはアーノルドで内心舌打ちしていた。
(ッチ! しくじった。やはり見た目以上に強いな)
アーノルドとて最初に視た時にこの男の実力が高いことなど承知の上であった。
それに加え、実際に戦うことによってゲイツがいくらその実力を表に出さなくともアーノルドにはその実力のほどが大体わかってくる。
目の前のこの男は自分が思っていた遥か上の実力を持っていると。
今のアーノルドが体術だけで勝てるような相手ではないと。
だがクレマンよりは弱いだろうと。
だからこそ、たとえお互いが全力でなくとも、自分の武が一体どれほどのものなのか推し量りたかった。
だが、その気持ちがアーノルドの心に隙を生じさせたとも考えられる。
(ただのフェイントであれほどの錯覚を生み出せるか……。加減はいらん? はっ、クレマンとそこそこ戦えるようになったからと慢心でもしていたか。相手が本気だったなら今の一撃で終わっている可能性すらあった。やはり、何も使わずにやり過ごすには惜しい相手か……)
先ほどの攻撃は全くのノーダメージだったとはいえ、それは相手が手加減していたからだ。
慢心していたつもりはない。
だが、それでも心の奥底ではクレマンよりは弱いと舐めていたかもしれないと自戒した。
お互い力を抑えているがその内容は凄まじくレベルの高いものとなっていた。
ゲイツとしてもまさか1人目から、もよやもよやという実力者。
まだまだ荒削りであるし、実力も自身には遥かに及ばないが、それでも光るものがある。
磨けば自身にも届き得る牙に成長するだろうと。
それにまさか自身の攻撃を何度も防がれるなど夢にも思っていなかった。
もちろん全力で攻撃すればその防御をぶち抜けることに疑いなど持っていないが、それでも自身の攻撃で相手がダメージを喰らわなかったことはどう言い訳しようと自分の実力であることに変わりない。
相手が自身よりも上手だったと。
だが、もはや力は見た。
もうそろそろ終わりでいいだろう、とゲイツがそう考えたとき、アーノルドが纏っていた雰囲気が一変する。
慢心という名の楔を捨て、気を引き締めたことで先ほどまで抑えられていたアーノルドの雰囲気が冷たく鋭さを持つようになっていた。
それを感じ取ったゲイツは眉がピクリと疼き、表情を引き締める。
そしてほぼ無意識に棒立ちであったような体勢から一段階姿勢を低くし、動こうとする。
だが、ゲイツが動くよりも先に、もはや慢心という仮構を捨てたアーノルドが先に動いた。
最初の比ではない弾丸のような突撃。
だが——
(見えてんぞ。アーノルド君)
受験生達には上から見ても追えない速さでもゲイツにとってはなんてことはなかった。
ゲイツも一拍遅れてアーノルドへと迫る。
ゲイツは、力は最小限にスピードだけを込めてアーノルドが突っ込んで来るであろうところに拳を添えるように放った。
添えるとは言っても弾丸のような速度空間での話だ。
まともに喰らえば吹き飛ぶことは必至であろう。
(身の丈に見合わぬ強さは人を慢心させる。大人として、そして試験官として、上がいるということを教えてやるのもまた務めだ。悪く思うなよ?)
アーノルドが最初やる気なさそうに見えたのは自身の敵になるような相手が周囲にいない故の孤独からだろうとゲイツは思っていた。
飛び抜けた才能は人を孤独にする。
際立った者がいない他国ならば尚更だろうと。
避けられないタイミングでの絶妙な拳撃。
ゲイツは若い者の頭を叩くことに申し訳なさを感じながらも手は緩めなかった。
挫折もまた才能を伸ばす上では必要なのだから。
だが、アーノルドは違った。
その程度のパンチなど見慣れている。
それ以上の相手との模擬戦をいままで幾度となく続けて来ているのだから。
アーノルドの体とゲイツの拳がお互いの間合いに迫り切る。
ここでアーノルドは初めて本来ならば出す気がなかったクレマンに習った技を繰り出した。
——拳剛流第一章二節『指丸』
伸ばされてきたゲイツのパンチに対して、その腕を弾くように指突をゲイツの腕のある一点を狙いピンポイントで当てた。
クレマンによって教えられた簡単に人を硬直させられるツボのようなものである。
簡単にとはいえ、ピンポイントに狙わなければならない上、相手も動く中で正確に当てなければならない。
それゆえ見た目以上に神経と精細さを要求される技である。
だが、この技は言葉以上の効果を生み出す。
レベルの高い者同士の戦いにおいて刹那の硬直というのは黄金にも勝る至宝だ。
それに衝撃と共に放つこの技は相手に硬直していることを悟らせないという副次効果も存在する。
それゆえ、ゲイツはまだ自身の右腕が使い物にならなくなっていることに気がついていない。
ただ、拳を逸らされただけだと思っているだろう。
自分の感覚では避けられるはずなどないと思っていた拳を避けられただけに驚愕の表情を浮かべたゲイツは体勢を整えようとするが、既にアーノルドがゲイツの懐に入って来ている。
「ッチ‼︎」
さっきまでと明らかに動きが違うアーノルドに対して無意識に舌打ちをし、防御するために右腕を動かそうとしたことでやっと自身の右腕が思うように動かないことに気が付き、初めてゲイツの余裕の表情が崩れた。
ゲイツはほぼ無意識にバックステップをしながらアーノルドとの距離を取るために左腕で咄嗟にフックを放ったが、そんな破れかぶれの攻撃がアーノルドに通るはずもない。
アーノルドはほんの僅かな動作で下からの掌底を喰らわすことでその腕を上に弾き飛ばした。
瞬間、両腕が使い物にならなくなったゲイツの胴体はガラ空きであり、アーノルドはそのまま鳩尾に向かって拳撃を見舞う体勢を整える。
——拳剛流第一章三節『拳砲』
刹那、アーノルドの拳を薄く金色のオーラが覆う。
その攻撃の威力を察したのか、ゲイツは苦々しく口元を歪め、アーノルドの攻撃が当たる瞬間に初めてその身にオーラを纏う。
そしてアーノルドの攻撃を体の中で移動させ器用にもその衝撃を地面へと受け流した。
アーノルドの攻撃それ自体を自身のオーラで包み込んで体から排出したのである。
凄まじいほどの高度な芸等と言えよう。
アーノルドもクレマンが使っているのを見たことがなければ驚愕の表情を浮かべていただろう。
だがそれによってゲイツが立っている地面が粉砕され、ゲイツの片足が取られることとなる。
ゲイツとアーノルドの視線が刹那交差する。
アーノルドはその隙を逃さず、間髪入れずにそのままゲイツのあごを撃ち抜いた。
「ガハッ‼︎」
ゲイツは初めて攻撃をモロにくらい、口から血が混じった唾を吐きながら顔が天に向くことになる。
だが、アーノルドは顔を綻ばせるどころかより険しく目を細めた。
(ッチ! 手応えが薄いか)
アーノルドも倒せるなどとは思っていないが、それでも思ったほどの手応えが得られなかったことで内心舌打ちをした。
だが、目的は達成できたと言えよう。
しかしここで、ゲイツは顔が天を向いているのにも関わらず、自身の顎を撃ち抜いたアーノルドの右腕を正確に掴んできた。
腕を掴まれたことでアーノルドは初めて表情を顰める。
(っ⁈ びくともしないだと⁈)
アーノルドが咄嗟に引き抜こうとするが微塵たりともその腕が動かず、ゲイツが天を向いたままニヤッと笑うと、それを振り払うためにアーノルドがゲイツに攻撃するよりも前に、掴まれていることによってガラ空きとなっているアーノルドの右脇腹にゲイツの攻撃が迫る。
攻撃を中断し、咄嗟に体を丸めて防御しようとしたが間に合わず、アーノルドはその一撃をモロに喰らい吹き飛ばされることとなる。
だが、攻撃を喰らったことによる起こった鈍い衝撃音に対するダメージの予想に反し、アーノルドはそのまま何事もなかったかのように地面にヒラリと着地した。
そこに攻撃を喰らった者の様相は一切見られない。
膝を突き倒れることも表情が歪むことさえなく、ただゲイツを険しい顔で睨みつけているだけであった。
それに対しては流石のゲイツも乾いた笑いを漏らさざるを得なかった。
「……今のは結構力を入れたつもりだったんだがな。それでもぶち抜けねぇとは……。お前の体は一体どういう硬さしてんだ?」
ゲイツが眉を顰め、薄く笑みを浮かべながらそう問いかける。
だが、アーノルドはその問いには答えずに不遜なほどの態度で逆に問いかけた。
「やる気にはなったか?」
その問いに対し、ゲイツがニヤリと笑う。
「ああ、舐めていた非礼を詫びよう、アーノルド君。君には資格がある」
ゲイツが口の中にあった血をぺっと吐き出しながらそう言うと、その身に纏う雰囲気が一気に変わった。
それはアーノルドも体勢を低くし、警戒するほどの変化だ。
ゲイツもアーノルドが本気で戦うことを望んでいることに気がついた。
そして少なくとも自身が身体強化を使って戦う資格はあると。
ならばやることは一つとばかりに拳に力を込める。
この戦いが始まってから初めてゲイツがまともに構えたと言えよう。
アーノルドも知ってか知らずかその口元に僅かに笑みを見せる。
2人の間で砂塵が吹き荒れているかのような風が巻き起こり、両者がその拳にオーラを身に纏った。
だが——そのあとの戦いが実現することはなかった。
「ああ、じゃねぇよ‼︎ この馬鹿が」
観客席にいた試験官の1人が突然現れ、ゲイツの頭をグーで殴った。
それによって頭を押さえているゲイツはうおおぉぉぉと叫びながら地面をのたうち回っている。
アーノルドはそれを見て一瞬目を丸くし、興醒めだと言わんばかりにため息を吐き、オーラを引っ込める。
「試験ってことを忘れんじゃねぇ! もう十分だろうが!」
受験者も色々な場所にかなり分かれているとはいえそれでも待機が30人ほど。
1人に10分もかければ300分。
今いるのは先発隊であり、先に魔法や選択科目を受けている受験生も後に増える。
如何にこの試験場以外にも剣術の試験を見る試験官が多くいるとはいえ、テキパキと見ていかなければ今日中に全員終わらせるなど不可能である。
1人3分、長くても5分あれば資質を見るには十分である。
それも才あるものならばだ。
普通の者など1人1分程度で十分なのである。
試験など、攻撃、守備、その他少し見ればよい。
なんならゲイツならば相手を見るだけでもある程度その実力を推測できる。
ゲイツの興が乗ったからと、これ以上時間を使うことなどできない。
殴られた痛みで頭を押さえるゲイツを無視して、ゲイツを殴った試験官がアーノルドへと向き直り、一枚の紙を渡してくる。
「悪かったね、水をさしてしまって。だが、これは試験であり訓練ではない。分かってくれ。これで体術の試験は終わりだから次は魔法の試験場へと向かってくれ」
アーノルドは若干消化不良感を持ちながらも、言われていることは正論であるため文句を言うこともなく渡された紙に書いてある場所に向かっていった。
「上から見ていてどうだった?」
痛みから立ち直ったゲイツがアーノルドに殴られたことによって砕けた歯を吐き出しながら問うた。
「歯が砕けたのか? あの程度の攻撃でか?」
ゲイツが殴られた攻撃は何の変哲もないただの拳撃のように見えた。
「身体強化をしていなかったら今頃そこで伸びてたかもしれねぇな。ガキとは思えねぇ重さだったぜ。それにまだ実力を出し切ってねぇ。何せ途中までオーラの一つも出していなかったからな。ウォーミングアップで終わらせちまった。あいつには悪いことをしたなぁ。あれだけの実力があるってわかっていたら、最初からもっと全力を出したんだがなぁ」
カカカと歯を砕かれたことなど気にした様子もなくゲイツは嬉しそうに笑っていた。
「実力を見るには十分だろうが。しかし……上から見ていた限りそんな威力を持った攻撃には見えんかったが」
その試験官は独り言のようにぶつぶつとそう呟いた。
直前の攻撃とは違い、ゲイツのあごを撃ち抜いた攻撃は本当にただのアッパーにしか見えなかったのだ。
「まぁ上から見ていたお前がわからねぇのも無理はねぇよ。あのアゴを撃ち抜いた一撃、ただの攻撃に見せていたがありゃ相当威力が込められていやがった。身体強化していなければお陀仏だっただろうよ。おそらく前の一撃はあれを当てるための布石。さっさと本気を出せってこったな」
「手加減されていたと?」
「おうよ。最初から最後までな。まぁそれよりも気になるのがあの異常なほどの体の頑丈さだがな。防御をぶち抜くつもりで攻撃を当てたにも関わらずまったくと言っていいほどダメージがなかった。それに身体強化にもまったく淀みがない。相当訓練を積んでいるんだろうよ。それに異様なほど戦い慣れていやがる。あの歳であれほどとはまったく恐れ入るぜ。奴らの鼻っ柱を折ってくれそうな奴がいて安心ってもんだ」
そう言って、また豪快に笑ったゲイツに対して呆れたような顔をした試験官は最後の問いを尋ねた。
「お前の息子とどっちが強い?」
「さぁな。あいつの力の底は見てねぇから何とも言えねぇな。そもそも俺が相手の実力を読み違えるとはな。自分の実力を隠せるってこたぁ相当熟達した奴だぜ。てこたぁ、多分俺のバカ息子じゃ勝てねぇだろうな」
なんてことなさそうにそう述べて笑っているゲイツに試験官が驚愕の表情を浮かべた。
「何を驚いてやがる。上には上がいる。当然のことだ」
「だが、お前の息子は大人顔負けの実力だろう? たしかにお前に一撃入れたのはすごいことだが、それでも勝てるほどかと言われれば……」
「はっ、何も戦いは単純な力だけで決まるもんじゃねぇよ。それにお前がそう思うのは、あいつが強者が放つ独特の雰囲気を持っていなかったからだろう? だが断言してやる。あいつは意図的にそれを隠してやがる。要はそれが出来るほどの実力があるってことだ」
ゲイツは真剣な表情で試験官にそう告げた。
そしてニカっと笑い、自身の顎を指差した。
「現にそれに釣られて油断した結果がこの様だ。あまり見た目で判断しない方がいいだろうよ」
「はぁ、まぁいい。とりあえず試験内容としては文句なしの満点だな。初めから本気を出していなかった点が少々減点だがな。油断しているのならさっさと相手を叩くべきだからな。試験で手加減など舐めているとしか思えん」
棘のあるような声でゲイツにそう言い、その試験官は先ほどまでいた観覧席へと帰って行った。
そしていきなり先ほどのような戦いを見せられた受験生達はあれと比べられてはたまらないと萎縮してしまい、ゲイツもまた先ほどのような胸踊る戦いにならないだろうと気持ちがどんどんと沈んでいった。
ゲイツはアーノルドを基準と考えてしまえば他の受験生にも公平ではないだろうと結局歯を治してもらうという理由で他の試験官と交代した。
アーノルドが言った状況とは違うが、試験官が変わったことには変わりなかった。
そしてゲイツは治療室に行く最中、先ほどの戦いを頭の中で思い浮かべながらニヤニヤとした笑みを浮かべ、先ほどの試験官に止められたその先を思い浮かべその身に闘気を溢れ出させていた。
「まぁまたいつか戦ることもあるだろうさ。その時を楽しみにしておこうか。その時はちゃんと力の底を見せてほしいもんだな」
ゲイツは口の端を歪めながら戦いの時には浮かべなかった笑みを浮かべる。
次にアーノルドがやってきたのは第12試験場。
そこは体育館のようなドーム状の建物であった。
アーノルドがその敷地に一歩足を踏み入れると何かの境界を跨いだかのような感覚があり、その場で立ち止まり一瞬身構えた。
(魔術による干渉か。それも相当高度な術だな)
だが、アーノルドはこの程度で臆し、逃げるほどの人生を歩んできていない。
そのまま建物に記されている表示に従い廊下を進んでいった。
廊下には案内の者など誰一人いなく、どことなく薄暗い廊下である。
本当にここであっているのかと疑問を抱くほどだ。
そして遂に一つの部屋に辿り着いた。
その瞬間背後から突然声をかけられた。
「あら? ふ〜ん、ここまで来れるんだぁ」
アーノルドは即座に距離を取るように反転しながら前に飛び、臨戦態勢を取った。
一切の気配が読めなかった。
ここ最近ではありえぬことだ。
それだけでアーノルドの警戒心は最大限にまで上がっていた。
それに目の前にいる人物は奇異な見た目をしていた。
両目を眼帯で覆っており、腕には鎖のようなものが二重三重に巻き付いている。
その女性を改めて見ると、その口元にあるホクロ、そして何よりその大人の女性を醸し出す肩を露出した花魁のような服装が濃艶さを滲み出させていた。
だが、アーノルドは強大な敵を前にした緊張を強いられていた。
「君は魔力耐性がこの上なく高いんだね。まさかこの部屋まで自力で辿り着けるとは思っていなかったよ」
よくよく見てみると、この部屋にはかなりの数のカプセル状の機器のようなものが整列している。
それが何かは分からない。
それを察したのか目の前の女性が説明し始めた。
「ああ、あれらは魔法試験に使う機材さ。まぁ、あれの中に入ってもらうんだけど……みんな忌避感があるのかなかなか入ってくれないんだよね。だから、この建物全体に魔法で自動的にあの中に入るようにしていたんだけど……まさか、僕の魔術を弾く子がいるなんてね」
目元が見えないため感情が分かりにくいが、手を口元に当てて微笑みを浮かべる様子からは別段敵意のようなものは感じられない。
むしろクスクスと笑い、嬉しそうですらある。
「それで? 貴様は何だ」
“何者だ”でもなく“何だ”という問い。
「ん? 僕はここを任されている試験官さ。それとも……この子が見えているのかな?」
ジャラリと蠢く鎖。
だが、アーノルドには全く別のものに見えていた。
形のない黒いモヤの中からアーノルドのことを見つめる無数の赤い瞳。
それが目の前の女の体に蛇のように纏わりついているのだ。
そしてその瞳がアーノルドを射抜いている。
その瞳には別段害意のようなものは感じないが、奇怪な瞳に覗かれているという状態が気持ちいいなどということはない。
何も言わないアーノルドに少し残念そうな笑みを浮かべた女は口を開いた。
「まぁ、害意はないから安心してくれていいよ。それより試験を受けに来たんだろう? 入る入らないは自由だけど、空いているところに好きに入ってよ」
カプセル状の機器はパカリと蓋が空いているものと空いていないものがある。
今ちょうど一つ閉まっていたカプセルが音を立てながら開いた。
そしてその中にいた子供が幽鬼のようにふらりと立ち上がったかと思えば、そのままフラフラと歩き出し出口の方へと向かっていった。
「……何だあれは?」
アーノルドがボソリと呟いた。
明らかに意識があるようには見えなかった。
その言葉を拾ったのか眼帯の女性が面倒くさそうに説明をし始めた。
「あれが、私の魔法の効果に掛かった人間の行動。と言っても害はないよ。この建物に入ってからと出るまでを自動でやってくれるの。こうすれば面倒な言葉に煩わされることもないしね」
その言葉からはいままでかなり苦労してきたかのような忌避感が滲み出ていた。
しかし、それも道理であろう。
普通の人間ならば、あんな得体の知れぬカプセルになど絶対に入りたくないだろう。
身の安全すら分からないのだ。
試験と言われても、誰が好き好んで入るものか。
ただでさえ、この世界にはこういった物に関する忌避感が強いのだから。
アーノルドですら忌避感を持っている。
ここで襲撃に遭えば面倒なことになる。
そもそもこの中に入って何をするのかも分からない。
そのアーノルドの考えを察したのか、目の前の女性が口を開いた。
「これはRBシステムっていう……どう言えばいいのかな」
女性は首を捻りう〜う〜と唸り声を上げながら何やら迷っていた。
他国の者に対する説明というのは存外難しいのだろう。
これほど奇想天外なものだ。
それを説明するために更にその説明に出てくる用語を説明して、更にそれに出てくる用語の説明をして……。
とまぁ、何も知らない一般人に専門的なことを説明することほど難しいことはない。
だからこそ、おそらく目の前の女性は受験生達が自動的にこのカプセルに人が入っていくようにしたのだろう。
説明されたからと納得するも、理解できるも、それはまた別の話なのだから。
それに数千、数万という数にいちいち説明していてはキリがないだろう。
「細かい説明は良い。この中で何をするのかを言え」
未だに唸っている女性に対して、アーノルドは痺れを切らしてそう言った。
「ああ、やることは簡単だよ。魔法だけを使って生き残るサバイバルゲームさ」
楽し気にそう言い切った女性は自信満々な笑みを浮かべていた。
見た目の奇怪さに反して随分と感情が豊かそうである。
「魔法で戦う?」
だが、そう言われたアーノルドは女性とは逆に訝しげな表情を浮かべざるを得なかった。
あんな狭い空間で魔法で戦うなどと言われても意味がわかない。
だからこそアーノルドの表情はより険しいものとなっていった。
だが、やはりそれに対して目の前の女性は困ったような表情を浮かべるのであった。
アーノルドは話が進まぬと荒々しげに口を開いた。
「一度自由に説明してみろ」
「え? ああ……」
本当にいいのかな?といった様子でこちらを覗き見るように見てきた。
眼帯をしているため実際には分からないのだが。
「えっとね、これはRBシステムっていうものを利用して造られた機械で、ヴォルソリーノ理論に基づいて脳波を読み取ることで、中に入っている人物の意識に干渉して擬似的な戦闘訓練をすることが出来る機械なんだ。ラインベーグ宝珠則によって、脳へのダメージを減らすことによって実際に死ぬまでこの機械が見せる仮想領域で戦い続けることが出来る。ああでも——」
まだ尚言い募ろうとする女性の言葉を遮るように口を挟む。
「もういい。大体はわかった」
擬似的な戦闘訓練、仮想領域、これらの単語から大体は推測出来る。
「安全性は?」
アーノルドにとって1番大事なこと。
ただ寝るだけならば、襲撃があったとしても気配で起きるが、もし没入し現実世界で何が起きているのか分からないのであればそれはアーノルドにとってはかなり危険なことである。
「う〜ん、そこを突かれるのは中々痛いかな」
困ったように腕を組むとその胸にある二つの大きなものが強調された。
だが、アーノルドは見向きもしない。
「まぁ、有り体に言ってしまえば僕のことを信じてとしか言えないかな。機能的な面でも外的な面でもね」
眼帯で見えないにも関わらずウィンクをしたように感じた。
「この中にいる間に襲撃された場合どうなる?」
アーノルドはぶっきらぼうにそう尋ねた。
そう問われた女性はポリポリと頬を掻き引き攣った笑みを浮かべた。
「そんなこと心配するって、そんなに襲撃されることが多いの?」
「貴様には関係がないことだ」
アーノルドがそうキッパリと言い切ると、その女性はアハハと呆れたように笑った。
「……少なくともこの建物に害意を持つものが入った時点で全員の接続が切れるようにはなっているよ。この学院にも学院長の結界が掛けられているからそもそも害意ある者は入って来れないけどね。それに僕のこの魔法も君を除けば、まだ学院長にしか破られたことはない。まぁ、意識していれば抵抗はできるけどね。無意識でも弾くってことは君の魔力もおそらく学院長と同じで膨大なんだろうね。ああ、話を戻すと、もしそれら全てを潜り抜けてきたとしてもここで僕が見張っているから万が一もないよ。まぁ初対面の僕の実力なんて信用ならないだろうけどね」
女性にとってもここで断られればもうどうしようもない。
自分の魔術を拒絶できるだけの魔力量を持っているので試験を受けないというのは残念ではあるが、強制するつもりはないし、受けないなら受けないで仕方がない。
それにこの試験が0点であっても他で取れていれば受からないわけではない。
視たところ、目の前に立つ少年は異様な気を放っている。
モヤのようなものでそれを見通すことは出来ないが、実力者であるのは疑うまでもない。
だからこそもう諦め気味だったのだが、
「まぁ、良いだろう。適当な所に入れば良いのだな?」
アーノルドは先ほどの言葉をどう受け取ったのか試験を受けることを選んだようだった。
女性の沈んでいた口元もパアッと上がり、雰囲気全体で喜びを表していた。
「あ、ああ! そうだとも! どこでもいいんだよ⁉︎ 入った後の護衛は僕に任せておくといい!」
何が嬉しいのか、女性のテンションがかなり上がっていた。
アーノルドは特に反応することなく、そのままカプセルの中に入ると自動的にそのカプセルの蓋が閉じた。
「行っちゃった」
その女性は寂しそうに呟いた。
「……うん。分かっているよ」
その独り言のような言葉を残し、まるで最初からそこにいなかったかのようにその部屋から姿を消した。
試験官たちの部屋ではそれぞれが学生達をモニターのようなものでチェックしていた。
と言っても、全員が全員ちゃんと一から十までチェックされているわけではない。
この試験は内容というよりも最終的な結果しか点数には影響がない。
試験官達が見るのはそれぞれの才覚。
いまこの部屋のモニターには12人映されている。
アーノルドが体術の試験をやっている間に魔法試験を受けていた者の残りである。
既に未熟な者達は脱落し、残っているのは優秀な者達だけである。
そこにピコンと闇を映していたモニターに光がついた。
「お、第二陣がもう来たのか」
その男の元にデータが送られてきた。
「……おい、これ見てみろよ」
引き攣っていた笑みを浮かべている男が送られてきたデータを同僚に見せた。
同僚はそんな男の様子を訝しく思いながらもそのデータを見ると同僚も同じく引き攣った笑みを浮かべることとなる。
そこに書かれていたのは、昨日の学術試験と先ほどの体術試験の点数であった。
アーノルド
学術試験:魔言語学 800/1000
魔法学 597/1000
戦術論 708/1000
算術論 800+/1000
現象論 800+/1000
総合点 3705/5000
武術試験:体術 490/500
魔法 /500
剣術 /500
総合点 /1500
試験総合点 /6500
受験生の得点は専用のデバイスにてすぐに反映されるようになっている。
学問の+というのは最後の研究問題の採点はすぐには出来ないための措置である。
要はまだ点数が上がる可能性があるということだ。
「なんだ……これ……? バグってんのか?」
男がそう思うのも無理はない。
試験の大体の平均点は2割程度。
合格者の平均でも例年3、4割といったところ。
最高点でも5割を超えれば優秀、6割越えなどは滅多にお目にかかれないのだ。
「いや、そりゃねぇだろ。このシステム作ったのラン様だろう? 万に一つもねぇよ」
「ってこたぁ、これマジってことかよ。マジか……。いや、ありえねぇだろ」
同僚はもはや言葉にならないほどの驚き具合であった。
そしてもう1人の男の方に勢いよく振り返る。
「お前確か毎年試験官してんだろ? 最近だと最高得点者はどんなもんなんだ?」
「あの稀代の天才リーン様が学術試験が3313点、武術試験が974点で4287点で最高点だ」
「……お前、よくそんな細かく覚えてやがんな」
スラスラと点数を暗唱した男に対して聞いた男の方が若干引いていた。
「まぁ俺の趣味だからな」
男はニヤッと得意気な笑みを浮かべた。
毎年、優秀な者たちを発掘し、その者たちを観察することを趣味とするいわばオタクのようなもの。
「ラン様は?」
「ああ、ラン様は特化型だからな〜。点数は高いけど、科目の波があるからな。最高点になるほどじゃないんだよ」
男はランと呼ばれる人物の得点を頭に思い浮かべながらそう述べた。
「でも、こりゃ、越すんじゃねぇか?」
いまのアーノルドの点数は既に4195点である。
+という表記に加え、残りの武術の試験の点数を考慮すれば十分範疇である。
「……かもしれんな」
その言葉に対し、問いかけられた男は元気がなさそうな落ち込んだような声で返答した。
「なんだ? ああ、お前たしかリーン様のファンだったもんな! 何処の馬の骨ともわからぬ奴に抜かれるのは癪ってか? ならいっそ、この試験でも弄ってみるか?」
落ち込んだように声が小さくなった同僚に男は嘲るような笑みを浮かべそう提案した。
「やるわけねぇだろ‼︎ てか出来ねぇよ!」
「冗談に決まってんだろ。そんなこと出来たとしても、やれば物理的に首飛ぶっての」
男は手でスパッと首が斬られるジェスチャーをした後、アーノルドが映し出されているモニターを注視した。
システムを作ったのはランと呼ばれる者。
ただの試験官のこの男たちがシステムに干渉することなど出来はしない。
「だが、まぁそれなら見ておかないとな」
「……ああ、そうだな」
「後の世を賑やかす偉人の誕生か、はたまた英雄の誕生か、世を震撼させるような狂人の誕生か、それともただの凡人か。どれにせよ面白そうなことはたしかだしな!」




