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【書籍化】公爵家の三男に転生したので今度こそ間違えない 〜黯然の愚者が征く己の正道譚〜  作者: 虚妄公
トライデント魔導王国編

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1話

 あれから4年と少し。


 初秋になり、秋草が生え始めてきた頃。


 アーノルドも既に9歳にまで成長し、来年にはついに10歳になる。


 幼かったアーノルドも他者を寄せつけぬような険とした雰囲気は変わらずであるが、幼さゆえに見え隠れしていたあどけなさも影を潜め、艶やかな黒い髪に絢爛なる金色の瞳により美少年と言って良い風貌へと成長を遂げていた。




 虫の鳴き声一つ聞こえぬ静夜。


 いまアーノルドは公爵領の端の方にある爵位と共に褒美として貰った村にいた。


 その村の中にある自身の家の中に構築した、アーノルドとマードリーのための研究工房にここ数日ずっと籠って研究をしている。


 その家は豪邸というほどの大きさはないが、それでもこの村にあるどの家よりも大きい屋敷である。


 だが村の中心部からは外れた位置に立地しており、村人が近づいてくることはない。


 アーノルドが黙々と作業していると、カツカツと床を踏み鳴らし、屋敷の中にある研究工房に近づいてくる足音が一つ。


 だが、アーノルドはそれが誰だかわかっているのか気にした風もなくそのまま作業を続けている。


 結界が張られているこの工房に入って来れる者など限られているからだ。


 その足音が部屋の前で止まると、ガチャリとその部屋の扉が開けられた。


「あら、まだここに籠っているの? そろそろあの国に行かなきゃならないんでしょう?」


 部屋に入ってくるなり話しかけてきたのはマードリーであった。


 アーノルドの魔法の教師であり、『原罪の魔女(エルプズンヘックス)』の異名を持つ神人級(テオス)魔法師。


 4年経とうと一切変わらないその容貌は本当に魔女といっても良いかもしれないほどだ。


 現在、公爵領にある学院の初等部に在籍しているアーノルドであるが、もはや高等部の勉強も済ませているアーノルドが初等部で学ぶことなどなく、初日に学院に行き3年分のテストを全て受け、卒業資格を得てから一度たりとも通っていない。


 本来貴族であるならば人脈を構築するためにも王都にある学院に行くのが通例であるが、ダンケルノにそれは当てはまらない。


 中等部も初等部のように在籍するだけでいいかと数年前までは考えていたが、そんなアーノルドも中等部はトライデント魔導王国というところにある学院に通うことに決めていた。


「ああ、受験などと面倒なことだ。行くだけで相応の時間を取られるのが本当に面倒で仕方がない。こういう時にこそすぐに到着できるような魔法が欲しいものだ」


 アーノルドは冗談まじりに失笑を浮かべ、心の底から盛大なため息を吐いた。


 現状、馬車しか移動手段がないこの世界では移動というものが最も苦痛であった。


「流石にそれはいくらなんでも無理よ。物の移動ならともかく人体の移動なんて怖くて出来ないわよ。なんだったら別に行かなければいいじゃない。絶対に行かなければならないわけでもないんでしょ?」


 マードリーはアーノルドの近くの机の上にある乱雑に置かれた資料をまとめながら呆れたような声色でそう言った。


 その資料にはアーノルドとマードリーがここ最近していた研究について書かれている。


 決して外には出せないものだ。


 マードリーはその資料をひとしきり手に取ると、その資料が青白い炎に包まれ一瞬で灰となった。


 アーノルドもマードリーも既に頭に入っているものだ。


 誰に見せるわけでもないため、もはや必要がなかった。


 アーノルドもここを離れるとなった時点でこの工房にある資料は処分するつもりだったので、マードリーのその突然の行動に驚くこともなく、ここ数日ずっと作業をしていたことによる眠気とだるさのせいで不機嫌そうにマードリーの方をチラッと見た。


「だが、いまある知識だけではもはや手詰まりであるのは疑いようがない。それにあの国はそれだけということもない。少なくともこの国にいるよりは多くのことが学べるだろう。どの道学ぶ環境としては、いまのこの世でこれ以上ない場所であることは疑いようがないしな」


 マードリーは頷きながらアーノルドの言葉に同意した。


「まぁ、確かにね。私が教えれることは大体教えたし、今やっている研究ももうこれ以上進展はなさそうだしね」


 マードリーだけでなく、この公爵家に属する者達ですら教えられないような知識がいまの()の国にあるのは疑いようがない。


 だがそれゆえ、トライデント魔導王国の学院に入るためには凄まじい倍率の試験をクリアしなければならないのだが、アーノルドもマードリーも試験に落ちるなどとは微塵も考えていなかった。


 アーノルドは他者への興味のなさとこれまでに己自身が培った自らの力に対する自信から、マードリーは同年代という条件ならばもはやアーノルドの相手になるような者などいないことが分かっているからである。




 この4年間で様々なことが変化した。


 アーノルドだけでなく世界そのものが、だ。


 その際たる要因がいま話題に上がっているトライデント魔導王国によるものである。


 約4年前、アーノルドたちがいるハルメニア王国の隣の隣に位置する国であり、ここ350年も他国との交流を一切絶っていたトライデント魔導王国が国全体を覆っていた結界の一部を取り払い、その門戸を開いた。


 350年より前には魔導王国と名のついている通り魔法や学問はこの大陸でこの国が最先端を駆けていた。


 研究するならこの国、この国の研究者になれるのが研究者としての名誉である、とまで言わしめていたこの国にはあらゆる優秀な研究者が各国から労せずともやって来ていたのだ。


 そしてそこにある学院。


 その学院を卒業できた者はたとえ平民であろうと各国の中枢部で働くことができたと言われるほどのエリート校であった。


 世界中から優秀な者が受験し、その中でも選りすぐりの者達が通える学院。


 それがトライデント魔導王国の首都にある学院であった。


 しかし、トライデント魔導王国はある日突然、自国を閉鎖した。


 国全体が結界に覆われ、誰も入れず、誰も出ることができなくなったのだ。


 そのような兆候も一切なく、何の予告もなく行われた蛮行である。


 その理由は誰にもわからなかった。


 だが、トライデント魔導王国が鎖国する直前にその国内である問題が起こっていた。


 その当時、ダンケルノ公爵家の子供も当然のようにその学院に通っていた。


 だが、後継者全員が通っていたわけではなかった。


 その時トライデント魔導王国の高等部に通っていた後継者候補にハルメニア王国の高等部に通っていた後継者候補が戦いを仕掛けにいった。


 当時は後継者同士の争いが禁じられてはいなかったため起こり得たことである。


 だが、それでも直接仕掛けることは当時でも珍しいことではあった。


 当然トライデント魔導王国側も身内同士の争いだからと、ご勝手に、とはならない。


 すぐにトライデント魔導王国の騎士団が動いてダンケルノ同士の争いを止めに来たのだが、その悉くを仕掛けにいった生徒1人がうちのめした。


 その者はただの1人も従者を連れずに、たった1人でその国に乗り込んで、標的がいる学院までたどり着いたのである。


 結局、騎士団側の死者はゼロであったが、それはまだ15歳の子供に手加減をされた上で倒されたという不名誉なもの。


 そのうえ、トライデント魔導王国で学んでいたダンケルノ公爵家の後継者候補をハルメニア王国で学んでいた後継者候補が傷一つ負うことなく殺した。


 それは間接的に言えば、トライデント魔導王国の教育よりもハルメニア王国の教育の方が優れていたという証明。


 それも戦いを仕掛けた者は数多くいた後継者候補の中でも落ちこぼれとされていた者であり、悪く言えばトライデント魔導王国の者が試験で見込みなしと切り捨てた者だ。


 たとえ真実がどうであろうとも、自国の技術だけでなく、その技術を用いた武力も世界一であると豪語していたトライデント魔導王国はその出来事がきっかけで数多の国から嘲笑を受けることとなった。


 特にその手の分野で、毎度の如く馬鹿にされていた他国の外交官などはここぞとばかりに皮肉を込めた心痛の言葉を送った。


 だが、それに対するトライデント魔導王国の反応は予想外のものであった。


 校舎が壊れたため一時休校となり、すぐ後に長期の休み期間に入るということもあり一旦全ての生徒を自国へと帰らせていたが、次の学期が始まるより前にトライデント魔導王国は突然鎖国したのだ。


 その日は本当にいつもと変わらぬ日常であり、他国から入国していた者もいたという。


 当然、出入りしていた商人の家族などが抗議しようとしたが、結界に覆われていて中に入ることすらできないため、そもそも抗議をどこにしていいかすらわからず何もできることなどなかった。


 “世界で最先端をいくと自負していた国の騎士達が成人もしていない子供1人に敗北した“


 その事実が突然国を閉鎖し逃げた理由だと、何においても下であると見下され続け、この国を忌々しく思っていた他国の中位貴族などは、ここぞとばかりに楽しげにそう揶揄(やゆ)した。


 しかし、一国の王やそれに準ずる者達は、そのような者達とは対照的に険しい顔をせざるを得なかった。


 彼の国からの恩恵を受けていた国も多い。


 それゆえ、鎖国されたからと放置で良いなどという選択は当然できない。


 閉鎖された当初は開発していた何らかの兵器の実験をしていたか、もしくは何らかの事故があったのかと推察され、すぐに結界は取り除かれるだろうと高を括っていた。


 だが、数ヶ月経っても結界が取り払われる様子はなかったのだ。


 それから更に数ヶ月の調査の後、他国の貴族はただの一人もトライデント魔導王国にはいなかったという事実が判明した。


 他国の貴族が1人もトライデント魔導王国にいないなどということはその当時偶然ではありえないことだった。


 当時はあらゆる貴族の子息達が彼の国に研究室を持ち、そこで研究をしていたからだ。


 貴族達の所在から明らかに計画的なものであり、それゆえなんらかの意図があって行われたものであると断定された。


 だが、いくら考えても答えは出なかった。


 メリットがないのだ。


 あらゆる国から優秀な人材が挙って集まるからこそ、あの国は最先端の技術を有することができ、当時この大陸の三大国の一角とまで言われていたのだ。


 そのメリットを捨ててでも得たい何かがある。


 そう考えるしかなかった。


 だが数十年も経てば、どの国もトライデント魔導王国はもはやいない国として扱うようになっていた。


 周辺に住む者達にとっては見慣れた一種の巨大な建造物程度の認識。


 そこにあるだけの何の害もない巨大はドームのようなもの。


 そうやって何百年と過ぎている内にそこにあるのが当然のものとなっていた。


 しかしながら、350年経ったいま、あの国は再びこの世界に返り咲こうとしているのだ。


 そして鎖国を解いた4年前に発表されたのが、魔道具である。


 いや、発表したと言うよりは見せつけたというのが正確か。


 希少なものなどではなく、他国に売るほどある量産品だ。


 その魔道具によって全世界に激震が走った。


 なぜかと言うと、魔道具を造ることができた国や人など歴史上、確認出来ている中にはいままで誰一人いなかったからだ。


 数千年という歴史の中で魔道具製作を追い求めた国や人は数多くいるが、その結果はどれも何の成果も挙げられず挫折という結果に終わっていた。


 つまり、魔道具というものは人の手には余る神秘の道具のようなものだったのだ。


 それを製作したという事実に各国が慌てふためくのも無理はなかった。


 平安時代に牛車ではなく突然ガソリンで動く車が導入されたようなものだ。


 その利便性の向上は言うまでもない。


 誰もがそのトライデント魔導王国の魔道具を求めた。


 特に国が、そして貴族達が。


 ただの利便性のためだけに買い漁る者もいるが、ほとんどの者は別の用途でたくさん買わざるを得ない。


 研究しなければならないからだ。


 その魔道具の普及、そしてそれを買う資金力により国同士のバランス、そして世界の有り様、それら全てが変わった。


 いま世界の中心とも言える国がトライデント魔導王国である。


 ここ数年領土を破竹の勢いで拡大していたアルトティア帝国でもなく、ダンケルノ公爵家を抱えるハルメニア王国でもなく、皆がトライデント魔導王国の動向に注目している。


 それにトライデント魔導王国は魔道具だけでなく、あらゆる分野でその才覚を見せつけた。


 武力においても、ある一国で手に負えないところまできていた魔物暴走に対して、たった数人を派遣することでその鎮圧に成功し、世界に技術だけではないと見せつけた。


 それ以外にも様々な分野でその頭角を見せている。


 魔道具が流通し始めてから4年間、あらゆる国が魔道具の研究に取り組み始めたが、誰もが成果を挙げることができず、魔道具の分野は未だにトライデント魔導王国が独占している状態である。


 だが、それも当然だろう。


 たかが4年でどうにかなるならば数千年も誰もが造れない状況にはなっていなかっただろう。


 魔道具とは、ある特定のマナをエネルギーとして使い、何らかの効果を得ることができる道具の総称である。


 そこに刻まれているものとして魔術回路というものがある。


 魔術回路が見られるものは、魔道具に刻まれた魔法陣、魔術を発動する際に描く地雷魔法のような魔法陣、そして広義では魔法を発動する際に浮かび上がる魔法紋(サークル)にも見られる。


 4年前までこの世に現存する全ての魔道具は再現などできない古代の代物であった。


 それまで主に魔道具と呼ばれているものは2種類存在した。


 一つ目はエルフの宝具と呼ばれるもの。


 その中でもエルフの武具といえば、先の戦争で使われたものであり、比較的馴染み深いものであろう。


 あれはエルフ特有のマナを武具それ自体に保有させることで、誰もがエルフの力を使えるようにした魔道具の一種である。


 武具に蓄積されたエルフ特有のマナが切れぬ限りは誰であれ、その力を扱うことができる。


 嘗てあらゆる国が研究した際に資料として使われたのがこれである。


 そのせいで、いまこの世に現存するエルフの宝具の数が少なくなり、より価値が上がっているのである。


 そして二つ目が神具とよばれるものである。


 ロキの言っていた『エルフの武具は神具と呼ばれることもあるが所詮は紛い物』という言葉はこれから来ている。


 そしておそらくはエルフの宝具もこれを模したものだと思われる。


 だが神具の持つ効果はエルフの宝具の比ではないと言われている。


 そしてその数はこの世に百もないと言われているが、実際のところは不明である。


 しかし、いくつかの資料に記されている神具の記録を見ると、武器の形状をした神具はかなり少なくほとんどが何らかの道具であった。


 それらはどこで手に入るのか、またどこから出てきたものなのかすら分からないが、神具というものは決まってあるべきところに現れるのだと言われている。


 水が干涸び、魔法などでは到底水が賄えなくなった地に突如として現れた水が無限に噴き出る神具。


 魔物に侵され、国の壊滅の危機に平民が偶然手に入れた神槍。


 そして、トライデント魔導王国を覆っている結界も神具によるものであると確認が取れている。


 それらをどうやって手に入れたかの細かい記述などはなかったが、それらは全て必要な場所に現れるのではないかという仮説がその資料には記されていた。


 それゆえ魔道具としての価値は凄まじく高い。


 金を積んだからと手に入るものではないし、そもそも金で買えるほどの値がつく代物ではない。


 国一つ売ったとしても手に入らないだろう。


 これら2種類の魔道具はそれ自体に人間以外から生じたエネルギーが保有されて、それを人間が動作させることで使っている。


 この2つが主に魔道具と言われて思い浮かぶものである。


 これらの魔道具を模したものを長年、人間達は造ろうと邁進していたがついぞ造れた者はいないのである。


 だが、厳密にはもう一つ魔道具と呼ばれるものがあった。


 神具やエルフの道具などとは違い、エネルギーの保有などされていない、いわば空の状態の魔道具である。


 しかし、これは単にエネルギー切れというわけではなく、人間のマナを入れることで使うことができる魔道具である。


 ただし、魔道具にマナを貯蔵することができず、使うときには常にマナを吹き込まなければならないものであるため、使う人間の魔力量に左右され、長時間継続しての使用はすることができない。


 マナが保有できる魔道具と比べれば効果も使い勝手もかなり劣るとされている。


 だが、この形式の魔道具を作ったのは過去に1人しかいなかった。


 いや1人なのかどうかすらわからない。


 作者は不明、いつ作られたのかも正確な時期は不明。


 だが、その者の魔道具にはある決まったサインが刻まれている。


 調査の結果、少なくともエルフがまだこの世に存在した頃よりは後に造られたと言われているため、エルフではなく人かもしくは少数種族が造ったことは間違いない。


 だが、その魔道具が人間のマナにだけ反応することから、それを製作したのはおそらくは人であると見做されている。


 だが、実際のところはどうかわからないし、製作方法すら定かでないため、公式的には魔道具を造った人間とは見做されていない。


 現存数はもはや神具よりも少ないと言われているが、それでも魔道具が人間にも造れるという希望を与え続けたものであり、それゆえに嘗て各国を惑わした呪われた代物でもあると言えるものだった。


 4年前に売り出したトライデント魔導王国の魔道具もまたこのタイプである。


 したがって、神具やエルフの宝具のようなマナを保有できる魔道具は未だに作られてはいなかった。


 そこで、アーノルドとマードリーはそのマナを保有できる神具などと同じ形式の魔道具を製作する研究をここ2,3年の間していた。


 それは過去にあらゆる国が幾度となく挑み、誰もが為し得なかった閉ざされた研究だ。


 だが、当然何の勝算もなく始めたことではない。


 とある一冊の本を手に入れたことがきっかけになった。


 魔道具研究が最も盛えた時代であり、最後の時代。


 いまある国とは大きく異なるほどの大昔、その国々の仲は良くなく、均衡を保つように睨み合いが続いている最中、エルフの武具に代わる魔道具という兵器を造るために競うように研究が行われていた。


 当時エルフの武具は手に入れども、どの国もそれを持っているために戦いにおける決定打に欠けていた。


 戦争というものは勝てば良いというものではない。


 勝ったとしてもその損益がデカければ意味などないし、乱世の時代では他国全てが敵であるため、そのまま弱った自国に他の国が攻め込んでくることもあるだろう。


 そのため、自ら望む効果を持った魔道具を造りだし、戦争をより有利に運ぶことを目的とした新たなる凄まじい威力を誇った魔道具の研究というのはどの国も当たり前のように取り組んでいたのだ。


 だがその当時、どれだけエルフの武具を買い漁り研究すれども、一向に成果が見えてこなかった。


 魔術回路はマナの通り道である回路と神言(ルーン)文字と呼ばれる象形文字のようなものが刻まれている。


 回路の研究はともかく、その神言文字の法則性がいくら研究しようとも見えてこなかった。


 だが、この神言文字を扱えなければ魔道具を作ることは絶対に出来ないのだ。


 これまで誰も魔道具を作れなかった理由はこの神言文字にあると言って良い。


 魔術回路の中に組み込まれている、この文字こそがあらゆる魔道具としての効果を生み出すもの。


 望む効果を得るためにはこの神言文字が扱えなければ話にならなかった。


 しかし、この文字の複雑さやその種類の多さ、そしてどのような文法によって言葉が作られているのかなど、解明したかと思えば、その法則を使い他の文を作っても発動しない。


 そんなことの繰り返しであった。


 それゆえ、簡単な文章ならば作ることもできたが、その程度の文章では兵器になりえる魔道具など夢のまた夢状態であり、魔道具などと呼ぶには似ても似つかない低俗なおもちゃ程度でしかなかった。


 だがそんな中、とある国が魔術回路の謎を解き明かし、独自の魔道具を作ることに成功したと声高に(うそぶ)いた。


 それはどの国も研究に進捗が見られず、ちょうど研究を続けるか、諦めるかの選択を迫られている時期であった。


 いくら当時エルフの武具が潤沢にあれど、それを買う資金は有限だ。


 商人達もどこに行っても売れるものだからとオークションのように値段を吊り上げる。


 だが、周りは仮想敵国。


 もはや研究の継続は愚策であるところまで来ていたのだ。


 そんな中、その国は独自の魔道具が完成したと嘯いた。


 だが当時、その国の周辺国は、その国が魔道具を造ったなどという吹聴を嘘であると思っていた。


 わざわざ宣言するなど愚策であるからだ。


 牽制にはなるだろうが、そんなことをする必要などない。


 本当にそれが兵器に値するようなものならばそれを使い、さっさと攻め滅ぼせば良いのだから。


 だが、その国の王は愚王として知られていた。


 その愚王が顕示欲のために、各国へ発表したということも十分考えられるのだ。


 その王にはそのような前科があったから尚更である。


 だがそんな中、その国は実際に造ったという魔道具を民衆に見せるという名目の元、実演をし、自国に潜んでいるであろう他国のスパイ達に見せた。


 そしてこれ見よがしに、スパイ達に魔道具の情報を盗ませた。


 そこには魔道具を作る基礎となる理論が途中まで記されていた。


 王が愚王であっても、その家臣は有能であるということはよくあることだ。


 だからこそ、それを盗んだ国の者達はそこに記されている理論が本当のことなのかと思い始める。


 もちろんそう易々と情報を得れたことを訝しみ、その時点で研究を諦めた国もあったが、多くの国が研究の継続をすることに決めたのだ。


 それほどまでにその盗んだ理論は素晴らしい理論に見えていた。


 だが、その国が造ったと嘯いていた魔道具はただの科学を使ったトリックに過ぎなかった。


 すべては有能な家臣による策略。


 盗ませた魔道具の情報もこの国が昔研究し、最終的には不可能であると分かっている理論のさわりであった。


 だが、魔道具を造れなかったとしてもその者が優秀であることには変わりなかった。


 誰もが惑わされるような科学という理論を用いた道具を作ったのだから。


 世が世なら今頃、科学者として名前が残っていただろう。


 だが、その才は科学者としてではなく策略家としてしか発揮されなかった。


 その国は早々に魔道具を作ることなど諦めて、研究用として買っていたと思わせていたエルフの武具と科学兵器を武器として、研究を継続した他国へと戦争を仕掛けたのである。


 如何にエルフの武具同士では決定打にかけるとはいえ、ただの一兵卒ですらエルフの武器を持っていた国と、資金が乏しく将のみがエルフの武器を持っていた国。


 結果は火を見るより明らかであった。


 その国は破竹の勢いで隣国を瞬く間に2つ攻め落とした。


 圧倒的数量と質の高さによって押し潰したわけであるが、その中心部の戦いは他国のスパイが侵入するには難しく、他の国は新たな魔道具によって押し潰されたのだという懸念が生じ、容易に手を出すことができなかった。


 だが、勢いのまま2つの国を滅ぼしたその国は、調子に乗った王の失言をスパイに聞かれ、あれが魔道具ではないとバレてしまい、もはや恐れるものはないと当時その一帯で最も大きな大国によって攻め滅ぼされた。


 愚王のおかげで、2つの国の研究結果を手に入れたが、結局はその愚王によってその国の未来は閉じた。


 だがそれで全て元通りとはならなかった。


 一度疑心暗鬼になってしまえば、もはやそのまま研究を続けることなどできない。


 他の国も実は研究しているなど嘘で、武具を集めているだけなのかと。


 如何にエルフの武具では決定打にかけるとはいえ、何年、何十年とかけて集めた数量を持ってすれば簡単に攻め滅ぼせることがわかってしまった。


 それに完成の見込みがあると思われていた魔道具も結局は偽物であり、このまま続けたとしても先があるようには思えず、魔道具という分野は固く閉ざされたのである。


 それが千年以上も前の話。


 それ以降、国を挙げて魔道具の研究をしようとした王などほとんどいなかった。


 研究をし始めても、その無謀さにすぐに気がつくからだ。


 いまは亡き国々の研究結果もそれを受け継いでいる各国の宝物殿にでも眠っているか、もはや紛失している。


 研究するには魔術回路というものがいるだけに歴史の中でも個人で研究しようとした者などほとんどいない、というよりも出来ない。


 そのため魔道具関連の書籍は極端に少ない。


 有名な魔法陣そのものであれば学院で学ぶこともできるが、魔術回路そのものを自分で一から勉強するなど今のこの世ではそれこそ王族でもなければ到底不可能なのである。


 だが数年前、何の偶然か、その攻め滅ぼされた2つの国の研究結果が纏められた書籍と一つのとある武具を手に入れたアーノルドは、マードリーと共にそれを研究することに決めたのだ。


 その理由の一つにアーノルドが神言文字を読めるということも挙げられる。


 ワイルボード侯爵との戦争の前に、マイヤーとマードリーそれぞれに授業でその文字を見せられたときには確かに読むなどといったことは出来なかった。


 それ以降、特に神言文字を見ることもなかったために気が付かなかったが、たまたま見つけたその書籍に書いてある文字を見るとその意味が理解できてしまった。


 だが、全ての文字を読めるわけではない。


 いくつものエルフの宝具に記されていた神言文字を纏められたであろうページに書かれている数千文字の約10〜20パーセント。


 それゆえあの時見た言葉は読めない文字であった可能性も高いため、元から読めたのかはたまた何かが原因で読めるようになったのか、アーノルド本人にすらその理由はわからない。


 だが何にせよ、見たこともない文字の意味がスッと頭の中に入ってくるのはなかなか気持ちの悪い現象であった。


 しかし、読める理由などどうでもよかった。


 誰もが規則性すらつかめていなかった文字を読めるというのはたとえ少しといえど大きい。


 現にアーノルドとマードリーは誰もが成しえなかった神具と同等の効果を得られるかも知れぬ理論の構築に成功したのだから。


 歴史に名前が残るほどの偉業であることは間違いない。




「しっかし、あんだけちっちゃかったお坊ちゃんが随分と色男になったんじゃない? まぁ私からすればまだまだちっちゃいことには変わりないけどね。その剣呑な雰囲気をどうにかすれば、学院でもさぞかしモテるでしょうに」


 マードリーが幼い子供をあやすかのようにアーノルドの頭を撫でながらそう茶化してくる。


 アーノルドの身長は既に150cm程度まで伸びている。


 10歳の平均身長と比べれば少し大きい程度である。


 だが、この世界ではヴォルフやコルドーなどもそうだが、身長の高い者が多い。


 かく言うマードリーも180cm弱はあるだろう。


 アーノルドがまだまだ小さいことには変わりない。


 アーノルドはマードリーの手を煩わしそうに振り払いながら不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「くだらん。この私が色恋なぞに興味があるように見えるか? お前もそんな戯言を言うほど暇なら遊んでないで、これを作るのを手伝え」


 そう言われたマードリーは肩を竦めながらも、文句一つ言わず、言われた通りに作業し始めた。


 いまアーノルドが造っているのは暖房機である。


 正確には暖房機の中に組み込む魔術回路の基盤を作っている。


 ただの家電製品などではなく歴とした魔道具の暖房機であるのだ。


 そして、誰も成し遂げなれなかったマナの保有という技術を実際に取り入れた魔道具である。


 トライデント魔導王国の魔道具にはマナの保有機能はなかったため、いかに素晴らしいものであるとはいえ、使用する際には常にマナを使うことを要求された。


 だが、今回アーノルドとマードリーは二つの新しい理論を構築することで今まで誰も成し遂げなれなかったマナの保有、いわゆる神具に等しい効果を持たせられる魔道具の製作に成功したのだ。


 もちろん神具やエルフの宝具のように数千年もの間ずっと使えるようなマナを溜め込めるような機構を作れたわけではない。


 それゆえ、ある程度の頻度で暖房機自体にマナの充電が必要であるため、同じくマナを消費することには違いないが、1時間ほど充電すれば数日は使えるくらいのエネルギー効率は実現している。


 使っているときにも魔道具に触らなくても良いというのは暖房機に限らずあらゆる面で効果的であるのは間違いないだろう。


 マナの保有という理論は発想自体はそこまで難しいものではなかった。


 簡単に言えば、人間のマナで魔道具を造るならば空の魔道具は魔法陣が平面構造。


 マナの保有ができる機能は立体構造でなければならなかった。


 言葉で言うのは簡単であるが、その難易度は天と地ほども隔絶した理解度が要求される。


 立体にする枚数を増やせば増やすほどその効果は増すが、その構築難易度は指数関数的に難しくなるからだ。


 神言文字が理解できたからと、誰もが創れたわけではないだろう。


 だが今まで誰もが立体構造でなければならないと導けなかったのは、そもそも神具やエルフの武具に刻まれている魔法陣が平面構造であったからというのが最も大きい。


 それゆえ、そもそも立体などという考えが先入観からしてなかった。


 もちろんそれ以前に神言文字を理解できなかったから、それを考える段階にすらいなかったということでもあるのだが。


 人間が扱うマナはエルフ達のものとは違う。


 それゆえ理論を変えなければならないのは必定であった。


「でもどうするの? いつまでもこんなもの造ってられないでしょう? ずっとこんなものを造っていたら他の2人に置いていかれるわよ?」


 他の2人とはレイとザオルグのことである。


 アーノルドが各地で暴れているように、レイとザオルグもその名を世界に知らしめるような活躍をしていた。


 だが、アーノルドはいまの研究が佳境に入った1年くらい前から、訓練は欠かしていないがこれといった成果のようなものを挙げていない。


 ずっと研究に没頭しているからだ。


 その間にレイとザオルグもアーノルドと同様に公爵から男爵の位を得ている。


 つまりは爵位の差はもうない。


 だが、それは3人にとってただの飾りにすぎない。


 後継者争いにおいて爵位になんて意味がないからだ。


 爵位が上だからと次期公爵になれるわけではない。


 そもそも次期公爵に選ばれる基準が何かもわからない。



『誰にも屈せず、誰よりも強くあれ』



 それだけを各々の心に刻ませ、公爵は何も導かず、何も指示しない。


 進むべき道すら示さないことに一体なんの意味があるのかとアーノルドは思うが、自分自身の目的を持つアーノルドにとってはむしろありがたいことであるし、誰にも屈さぬ力を手に入れるというアーノルドの進むべき道とさして違わない。


 それに、アーノルドにとって後継者争いは然程重要ではない。


 権力も所詮は自身を飾りつけるための道具でしかないからだ。


 権力があろうと、力が無ければ死ぬことはアーノルドがその身をもってワイルボード侯爵に分からせたのだから知っている。


 もし本当に権力というものが無敵の代物であるならば、如何にダンケルノ公爵家の血筋とはいえ、当主でもないアーノルドが侯爵家の当主を殺して全くお咎めなしなどありえないはずだ。


 いまなお何一つ失っていないのはただ単にアーノルドが、そしてその背後にあるダンケルノ公爵家という威光がそれを凌駕するほど強かったからに他ならない。


 だが、その権力という飾りが絶対的なものではないからと容易に捨てれるものでもない。


 他者が歯向かう気すら起こらないような誰にも屈さぬような力を手に入れるためには、権力という飾りは便利である。


 それもこの世界で王族よりも恐れられているダンケルノ公爵家という権力ならば尚更だ。


 それだけで力なき平民や騎士達が無為に歯向かってくることはなくなる。


 それでも、他の全てを捨ててでも手に入れるほどのものでもない。


 アーノルドは自身のやりたいようにやり、自らが信じる道を生きるのみ。


 だからこそアーノルドは、レイとザオルグの2人と比べるようなマードリーの言葉を鼻で笑う。


「くだらないな。奴らなどどうでもよい」


 アーノルドは本当に心底くだらなさそうに吐き捨てた。


 この4年間、2人とは一度たりとも話したことはなかったし、レイとはそもそも生まれてから一度も話したことはない。


 アーノルドにとっては別段意識するようなことではないのだ。


 それに、もし仮にアーノルドが自由に動いた末にこの公爵家が手に入らぬというのならば、全てを排除し奪えばいいだけだ。


 それが出来ないならば、出来るまで突き進むだけ。


 既に己の命は天秤の上に乗っている。


 全てを手に入れるか、それとも手に入れれず死ぬか。


 諦めるなどという選択肢は二度目の生を受けたあのときから既に存在しない。


 一度目の生で感じたあのやるせなさと屈辱感を2度と感じてなるものかとアーノルドは歯を食いしばった。


 だが、いくらアーノルドがこれを今やるべきことだと思っていても、いつまでもこんなところで黙々と研究をし続ける気はないことには違いない。


 魔道具はあくまで本当の目的のための副産物。


「だが、お前の言うことも最もだ。こんなことをいつまでもするつもりはない。それにもうほとんど当初の目的は果たしたと言える。所詮こんなものはただの副次品だからな」


 アーノルドはそう言って、今しがた造り終わった魔術回路の基盤を目の前の机に放り投げ、ニヤリと笑みを浮かべた。


 マードリーもまたアーノルドのその言葉に、見る者を魅了するような妖艶なる笑みを浮かべる。


 アーノルドとマードリーが研究を始めたことによって得た力が素晴らしいものだったからだ。


 それを得れただけでも今回の研究は成功したと言える。


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