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1月は忙しいので投稿頻度遅めです。
トライデント魔導王国。
その国は約350年前に鎖国をした封鎖国家。
なんの前触れもなく突然に。
国の中にいた他国の者達さえ外に出すことなく自国を結界で覆い封鎖した。
トライデント魔導王国は当時、この大陸の三大国と言われていた国の一つだ。
三大国と呼ばれていたのは、トライデント魔導王国、ダンケルノ公爵家を抱えるハルメニア王国、そしてこの大陸で最も広い領土を持ち強大な武力を誇っていたアルトティア帝国であった。
トライデント魔導王国が三大国の一つに数えられていたのはその高い技術力によるものであった。
そしてその学問の先進性にあった。
だからこそ当時は貴族達もトライデント魔導王国に留学することが普通であったし、他国へ行くことに疑問など持っていなかった。
そして、あらゆる国から選りすぐりの者達が集まっていたからこそ、その高い水準を保てていたのだ。
だがそれも突然の鎖国ですべてが変わった。
鎖国した理由は不明であるが、その直前にあったダンケルノ公爵家とのいざこざが原因であると言う者もいる。
結界が張られたのが何かの誤作動かとすぐに開国するかと思いきや、何十年と開国されることはなく、関係を持っていた国ももう開国を待つことも無くなって随分と経ち、人々からはトライデント魔導王国という国はもはや名前すら上がらなくなっていた。
中央にある円卓を中心に扇形でひな壇のように椅子が並べ慣れている部屋。
数十名の人物がその場には集まっていた。
そしてその中心に5人の人物が円卓に座っている。
ひな壇に座っている者達から円卓に座る1人に向かって声が飛んできた。
「元首様、いい加減開国すべきではないでしょうか?」
「そうです。我らが遅れを取ったのはもはや過去のこと。いまの我が国ならば世界を支配下に置くことすら容易なことでございましょう。何を躊躇うことがあるのですか」
「もしや未だにダンケルノ公爵家について憂慮しておられるのですかな?」
その声はどこか小馬鹿にするような声色であった。
だが、元首は真面目に取り合うことはなく軽薄そうな声で返答した。
「当然だとも。僕はダンケルノが怖くて仕方がないよ。君達も僕が外の世界に諜報員を放っているのは知っているだろう?」
その顔には笑みが浮かんでいたが、なぜか笑っているようには見えなかった。
「ええ……、当然ですとも。その上で他国の力など恐れるに足らずと申し上げているのです。たしかに帝国の武力は少しばかり脅威になり得るところはありますが、まだまだ我が国の位置とは離れております。それに所詮は数だけです。今のうちに準備しなければ取り返しがつかなくなります。それにダンケルノなどもはや我が国では話題にすら上がらないではないですか。何をそんなに恐れるというのです」
「いま開国しなければこのまま周りが帝国の領土に囲われてしまう恐れもあるのですよ。ダンケルノなど所詮は個人です。いまの我が国の国力を持ってすれば、もはや恐れる必要などございませんでしょう?」
凄まじい剣幕で捲し立てる者達に対して元首はどこ吹く風であった。
「まぁ、落ち着きなよ君達」
にこやかな顔でそう言うが、その者達は止まらない。
「元首様。昔と今ではもはや比べるまでもないほど我が国は強大になっているのです。何をそれほど恐れることがありましょうか。いまこそ我が国の力を世に知らしめるべきではありませんか⁈」
「そうです。いまではもう武力でも我らの右に出る者などいません。技術と武力。もはや負ける要素が見当たらないではないですか」
凄まじい剣幕で捲し立てているが、ここ最近は毎度のこと。
だが、最初はすぐに引き下がっていた者達も徐々に引き下がらなくなってきていた。
(はぁ、我が国が国を閉ざした理由を武力が足りなかったからだとでも思っているのか。歴史が捻じ曲げられて真相を知る者が極少数しかいないとはいえ、難儀なことだ)
内心の呆れは表には出さず、元首は誰かを悼むように少しばかり悲しそうな顔を浮かべて口を開いた。
「諜報に出ていた僕の部下が2人死んだ」
その言葉に、ピタリと騒がしい声が止まり、その場にいた全員が驚愕の表情を浮かべた。
「……あの者達が、ですか?」
今まで黙っていた元首の近くにいる者がそう聞いてきた。
「そうだ。あの者達が死んだ」
ここにいる者ならば誰もが認める優秀な者達だ。
いくら2人とはいえ、今更他国の者にそう易々と遅れはとらないはずなのだ。
「恐れながら、間違いないのでしょうか?もしや、ただ不測の事態があり連絡が途絶えたということも……」
「それはない。彼らが死ねば僕に分かるようになっている。彼らが死んだのは残念ながら間違いないよ」
淡々と口にしているが、その悔しさとも怒りとも呼べる感情がその声からも窺えた。
元首にとってどれほど大切な者達か知っているが故に他の者達も口を噤んだ。
「……死んだ原因は分かっているのですか?」
「ああ。ダンケルノ公爵家の後継者候補の戦いに巻き、込まれた」
元首は少しだけ表情を崩しながらそう言った。
「彼の一門の騎士に殺されたということですかな?」
別の男性が目を細め冷静な口調でそう問うた。
「いいや、ダンケルノの子息本人に殺された」
元首はなんの迷いもなくそう断じた。
開国を迫っていた者の1人がそれを聞いて声を荒げた。
「馬鹿な‼︎ たしかまだ4、5歳のはずでは⁈ それとも我らの知らぬ他の候補者が現れたと言うのですか⁈」
そんな荒唐無稽なこと信じられなかった。
それこそ、開国をしないための理由作りにしか思えないほどであった。
男は鼻息を荒くしながらそう言ったが、元首は冷静に返答した。
「それならばまだ良かったんだけど、そうではないよ。いま5歳のアーノルド・ダンケルノが僕の部下2人を殺したんだ。それも街一つを吹き飛ばすような形でだ。信じられないとは思うがそれが事実だ」
神妙な顔でそう口にした元首に対して、それが嘘であると断じる罵声は一切なかった。
「……なるほどね。神具かあるいはそれが為せるほどの兵器を我々に悟られぬように開発していたか……」
ある男が口ずさんだ言葉に対して即座に別の男が否定の言葉を述べた。
「それはないだろう。あの家門は強いが、それは個人の強さだ。たとえいまの公爵がそのような兵器を開発していたとしてもそれを未だ後継者候補でしかない者に貸し与えるなど今までからすれば考えられん」
「はっ、流石はダンケルノに詳しいだけのことはありますね」
どこか嘲笑を孕んだような声色であるが、それを向けられた男は相手にすることはなかった。
その様子を面白くなさそうに鼻を鳴らしてから、その男は話を続けた。
「魔道具という線もあるのではないですか?」
ニヤリと、とある者に対してその者は笑みを浮かべると、向けられた当人はムッとした表情をした。
「外の者達がそれを造ったとでも仰りたいのですかな?」
「いやいや、ただの可能性の話ですよ。それに古代からある魔道具の可能性もあるではないですか。母方が良い家門の出ならば秘宝の一つや二つ持っていてもおかしくはないでしょう?」
ニヤニヤとそう口にするが、先ほどの男が口を挟んできた。
「貴様は覚えておらんようだが、アーノルドといえば母親は娼婦だ。そのようなものなど持っていないだろう」
「そうですか。私にとってはどうでもいいので記憶になかったですよ。ですが、神具ならばありえぬ話ではないですよね? あれはいつどこで手に入るやもわからぬ代物ですからね。持っていようとおかしくはない」
「だが、神具を手に入れるには試練を超える必要があるはず。5歳では不可能だろう」
だが、その会話はご老人の笑い声によって遮られた。
「フォフォフォ、なぜお主はそれほど自信を持って言えるのじゃ? 神具なぞ何も分からぬ神の産物であろう。いままでがそうであったからと、彼の者の神具もそうやって手に入れたとは限らんじゃろうて。じゃが……、戦場で使われたというものが果たして“道具”かどうかも怪しいものじゃ。のう?」
そのご老人は元首の方へその鋭い眼光を向けた。
「ええ、仰る通り。神具でも兵器でもなく彼個人の能力によるものです」
元首は少し困ったような表情をご老人に向けながらそう答えた。
その言葉にその会場がざわめきに満たされた。
「……っ。なら、まだ我々は閉じこもっているべきだと言うのですか?」
外は危ないから結界が張られている国内に閉じこもっておくべき。
男はそういう話の流れだと捉えて顔を顰めたが、元首は男の予想に反して首を横に振った。
「そうは言いませんよ。ただ、私が心配しているのは開国すれば先走る者がいるのではないかという不安です。そして貴方方が他国を下に見すぎているのではないかと憂慮しているのです」
その言葉に顔を顰める者が複数いた。
いまのこの国の人間は大きく分ければ3つの派閥に分かれている。
自国の技術や武力を他国に見せつけ、世界を自分たちの支配下に置くべきだと主張する過激派。
あくまで自国を発展させ、守ることに重きを置くべきだという穏健派。
そしてどちらでもない中立派。
ここ数年、過激派がその勢力を拡大し、その意見を無視できぬようになってきている。
それに開国しろという言葉が国民からも上がってきている。
それは鎖国してからずっとある要望であるが、ここ最近はその数が爆発的に増えてきていた。
それは穏健派からも出ている。
開国したからと他国に攻める必要などはないのだから、意味もなく鎖国する必要などないはずだと。
何にせよ至る所で不満が溜まっているのは確かなのだ。
だが、元首にも計画があった。
だからこそ、まだ引き延ばしていた。
その時が来るまでは。
ここ数年はありとあらゆる理由をつけて開国すべきという声を蹴っていた。
だが、ついにその時が来た。
元首は薄く笑みを浮かべながら口を開いた。
「ですが国民の意見も無視はできません。国民あっての我々ですからね」
国民の意見、つまりは開国しろという多数の要望のこと。
元首が開国を示唆するような言葉を放ったことで、穏健派の者達の表情がキョトンとしたようなものへと変化した。
一応元首は穏健派の人間だ。
それなのに、自分たちに何の報せもなく開国するつもりなのかと。
だが、それは過激派の者とて変わりなかった。
何を言おうとこれまで全く折れる様子がなかった元首がそんな兆候すらなく突然心変わりしたことに驚きを見せていた。
「そ、その通りですとも‼︎」
そして、過激派の1人が元首に追従するようにそう身を乗り出した。
だが、過激派の重鎮とも呼べる者はそんな餌には食いつかない。
「……何がお望みですかな?」
突然の意見の変更。
裏があるに決まっている。
「話が早い人は嫌いではないですよ。貴方方の意見を通すのです。その代わりと言ってはなんですが、いくつかの条件を呑んでいただきたいな、と」
「そのようにお願いしなくとも貴公の特権でも使えばよかろうに」
ご老人が元首に対してそう言うが、元首はその言葉を笑い飛ばした。
「あはは、特権というものはここぞというときに使うからこそ光り輝くもの。無闇矢鱈と使うつもりはありませんよ」
「ふっ、至極戯言よのう」
「ハハハ、これは手厳しいですね。では、しばしお付き合いください」
元首は今日1番の笑みを浮かべた。
「まったく、なぜあのような者が……」
会議が終わり、元首に聞こえるか聞こえないかといった声量でそう言った過激派の者達は自身の派閥の者達に伝えるべく足早に去っていった。
そんなことなど気にした様子もなく帰ろうとした元首のところに何名かの穏健派の者達が寄ってきた。
「元首様。よろしかったのでしょうか?」
「ん? ああ、大丈夫大丈夫。どうせ未来はなるようになるしかない。どう足掻こうが決まっているのさ。君達も急で悪いけど準備しておいてよ」
そう言って元首は紙の束をその者達に渡した。
そこに書かれているのは開国したことによる変更点や起こりうる問題点など、またこれからの予定がぎっしりと書かれていた。
明らかにここ最近で決めたことではなさそうである。
「あはは、そう険しい顔をしないでくれよ。開国するのは予定調和だったんだ。だからこそ前もって準備していただけのことだよ。ああ、でも今日そうなるかどうかは分からなかったんだよ? 本当だよ?」
「元首様。秘密主義も過ぎれば毒となりえます。重要なことは前もって我々にもお教えいただきたいものです」
「そんなんじゃないって。ただ、彼らの意見も一理あるじゃないか。このままでは帝国に囲まれてしまうだろう? そうなればこの国は永遠に開国できなくなる。だからこそ、開国するならば今が最適なことには違いない」
「確かにその通りですが、何もこんなに急じゃなくても……」
「急だからいいんだよ。彼らに時間を与えても面倒だしね。どうせすぐに彼らの自尊心も満たせるさ」
「本当に大人しくなるとは思えませんが……。しかし、他国から学生を募るなど正気ですか?」
「おかしいかい?」
「当然です。我々が持つ利を捨てるなんて」
「だが、そうやって嘗ての我が国は成長してきていたじゃないか。それに同じような者達が集まっても新たなものは生まれないのさ。この国はもはや同じ考えを持つ者達の集まりでしかない。それに君達だって今の腐り切ったこの国のことは分かっているだろう? ここらで新しい風を吹き込まないとね。何も馬鹿正直に一から十まで教えるつもりもないさ」
「ですが平民ならばともかく、貴族が来るとは思えませんが」
突然鎖国したという事実がある限りは、またもそれが起こらないとは限らない。
そんな国に自分達の子供を送るとは思えなかった。
いくら当時、他国の貴族達が誰一人この国にはいない状態での鎖国だったとはいえ、次もそうだと考えるほど楽観的な者などいないだろう。
「まぁ、数年は仕方ないさ。いきなり何もかも上手くいくと思っているのが間違っているのさ。それに来ざるを得なくなるさ。そうでなければならない」
そこにはいつも通りの胡散臭そうな笑みが浮かんでいた。
「……何を考えているのですか?」
「この国の未来さ」




