58話
「さて、俺もそろそろ遊びに行ってくるわ」
ヴォルフは入り乱れる戦場を見て大剣を手に取った。
半数が殺され、残りの奴らが殺されるのも時間の問題。
ヴォルフにはもはや結末が見えていた。
それならば時間のあるうちに自分の用事を済ませておこうと。
だが、当然焦る者がいる。
「お、おい、待て‼︎」
先ほどの言葉を聞いていなかった侯爵は、ヴォルフの突然の蛮行に驚き、静止の声を上げたがヴォルフは聞く耳など持っていなかった。
「ちゃんと危なくなったら戻ってきてやるよ‼︎」
そう吐き捨て、豪快に地を踏み抜いて侯爵がいる丘の上から去っていった。
――∇∇――
アーノルドは先ほどの場所にまだ留まっていた。
前方ではハンロットとボード達が戦いを繰り広げており、右翼ではダン達が既に敵を殺し、左翼も敵将は死んでその部下達を処理しているところである。
アーノルドはハンロット達が戦っている間に侯爵のところに行ってもよかったのだが、ハンロット達がボード達の対処に当たる分、他の騎士や民兵の相手をする者はいない。
そうなれば自ずとアーノルド達の周りを囲うように集まってきた。
だが、死ぬことを恐れているのか手を出してくる者はいない。
ただ囲って様子を見ているだけ。
アーノルド達の後ろを走っていた部隊の隊長であるシュジュも合流している。
正直突破するのは簡単だ。
クレマンやコルドーなどがその気になれば簡単に道を開けられるだろう。
だがそんな中、アーノルドはあることが気になって考え込んでいた。
(エルフに遭遇した後に大量のエルフの武具。・・・・・・偶然か?)
だが、到底偶然などとは思えなかった。
エルフの武具自体は珍しくはあるが、ないことはない。
だが、エルフに遭遇するなど天文学的な確率だと言ってもいいくらいありえない。
そのあとにこれだけのありえない武具。
結びつけるなという方が無理である。
(こいつらがあの子供達を使って武具を造らせていたなどということは・・・・・・ないか。エルフの子供達がどのくらいのことができるのかは知らんが、大人になるまではまだ魔法などは習わないという話だ。だからこそ子供は簡単に攫えると。まぁあの出来事のあとに、子供にも自衛できるくらいの力は与えているかもしれんが。ならばエルフの子供を人質にとってあの女エルフに無理矢理造らせていたとかか・・・・・・?そもそもあのエルフを侯爵が御せるのか?)
たとえエルフの子供を人質にトーカに服従するように迫ったとしても、侯爵や侯爵の部下がエルフの子供に手をかける前にトーカが侯爵を殺せるだろう。
ヴォルフという男には可能性があるかもしれないが、いくら強いと言っても大騎士級程度では難しいというのがクレマンの評価から考えた結論である。
(それにその場合はあのエルフが1人で救出に来ていた場合だ、あの残りの2人がエルフではなかった場合だな・・・・・・。可能性としては薄いか)
ハンロットが放った渾身の一撃の余波に慌てパニックになり近づいてきた敵兵がアーノルドの周りを囲う味方に斬り殺されるのを漠然と眺めながら、来る途中に出会ったエルフについて考えていた。
果たしてあのエルフはどちらから来たのかアーノルドと同じ方からか侯爵の領地の方から来たのか。
どこに向かうつもりなのか。
勘繰らずにはいられなかった。
(見逃したのはやっぱり早計だったか?・・・・・・まぁ、今更考えても仕方ないか。どっちにしろあの選択に後悔はないな。聞くことが増えるだけで別に殺す必要はどの道ないな。それよりも・・・・・・自分の戦争だというのに戦えないことが何とも歯痒いな)
皆が仕事をしているのに1人だけが休んでいるようなむず痒さを感じていた。
そのとき前方に隕石が衝突したかのような凄まじい爆音が響いた。
すぐさまコルドーとパラクがアーノルドの周りを固めた。
砂煙が晴れてくると巨大な大剣を携えた大男のシルエットが見えてきた。
徐々に姿が見えてきて、そこにはコルドーよりも更にでかく体格も大きいヴォルフが好戦的な笑みを浮かべ立っていた。
「よう。遅せぇから挨拶に来てやったぜ?」
ヴォルフは片手一本で大剣を担いだままこちらに向かって悠々と歩き出した。
だが、当然そんなことを許さない者達がここには集まっている。
ヴォルフは嬉しそうに野性味溢れた笑みを浮かべてピタリと足を止めた。
「いい気迫じゃねぇか!それ以上近づくなってか?」
ヴォルフは殺気を向けてくる筆頭のクレマンへと視線を向けた。
「当然です。私たちを無視して進もうなど随分舐めた真似を」
自分達など取るに足らないと思っているのなら後悔させてあげますよ、と鋭い目つきで睨みつけた。
しかし、返ってきたのは戦場に響き渡るかのような大きな笑い声だった。
「ハハハハハ、いいじゃねぇか‼︎爺さん、テメェか、ずっと肌にビリビリと来る鳥肌の正体は。テメェとも殺りあってみてぇが、言っただろう?俺は挨拶に来たって。今はそこのガキもテメェらも興味ねぇんだわ。どうせあとで殺り合う機会があるだろうよ」
ふん、とほくそ笑んでクレマンから視界を外し、アーノルドがいる方に視線を向けた。
「おい、コルドー、久しぶりじゃねぇか。そんなところで縮こまってねぇでとっとと出てこいよ。こんな奴らに睨まれながらじゃゆっくり話も出来ねぇだろ?」
戦う気満々といった様子闘気を溢れさしながらコルドーに対してさっさと着いてこいと指をクイっとした。
コルドーはこの状況でアーノルドから離れるべきかどうか迷ったが、当初の予定でもヴォルフの相手はコルドーがする手筈だった。
アーノルドの方をチラリと見て、頷くのを見てからヴォルフの方へと近づいていった。
アーノルド達から離れるように場所を移動したヴォルフとコルドーは邪魔する者がいない屍しか転がっていない場所で静かに向かいあっていた。
草原の草の匂いなどなく、血の匂いしかしないこの場が目の前のヴォルフにはこれ以上なく似合っていた。
野生の獣のような気迫。
気が弱い者ならば飲み込まれるだろう。
「どうした、黙っちまってよ?久しぶりすぎて俺のことなんざ忘れちまったか?」
コルドーは相変わらずの巨体にゴクリと喉を鳴らした。
身長は2mをゆうに超え、その体はまさに筋肉の塊。
だが、その筋肉もあくまで戦いに邪魔にならない程度に洗練されたもの。
その立ち姿だけでも圧倒される佇まいであった。
「いいえ、お久しぶりです、ヴォルフ先輩」
久しぶりの再開に緊張していたコルドーは少しばかり顔が険しくなっていた。
「ククク、どうした怖い顔をしてよ?昔ボコボコにしたのを根に持ってんのか?楽しい思い出だったのは俺だけか?」
ヴォルフは心底楽しい思い出だっただろうと、呵々と笑い声を上げた。
「いいえ、むしろあの件は感謝しておりますよ。あのおかげで騎士としての心構えが出来ましたよ」
それを聞いたヴォルフが口角をニヤリとあげた。
「そうかよ⁉︎そりゃボコボコにした甲斐もあるってもんだ!それで?昔話に花を咲かせて終わりじゃあねぇだろ?遊んでやるよ。だが、俺を失望させんなよ?」
ヴォルフが肩に担いでいた剣をブンと横に振るうと地面に触れていないのにその剣圧で地面が砕け、地に伏していた屍が宙を舞った。
「オラァ、来いよ‼︎あの時の続きをしようじゃねぇか‼︎」
ヴォルフは楽しげに白い歯を見せながら凶悪な笑みを浮かべた。
コルドーは顔をこわばらせ緊張したように剣を握る手に力を入れた。
「行きます‼︎」
コルドーが突っ込んできたのを見てヴォルフは笑みを深めた。
コルドーが振るってきた剣に対して合わせるかのようにして振られた大剣はいとも簡単にコルドーの剣を弾き飛ばした。
「おいおい、まさかその程度か?」
嬉しそうな表情から一転して、驚愕とも怪訝とも取れる表情になったヴォルフは大剣を片手で上に掲げそのまま無造作に勢いよく振り下ろした。
それだけで溜めなど一切ない『オーラブレイド』が放たれた。
そんな適当な『オーラブレイド』であるにもかかわらずハンロットが撃った一撃とは威力が桁違いであった。
コルドーはヴォルフが大剣を掲げた時点で動き出しており、ヴォルフの一撃を避けたあとすぐにそのままヴォルフへと肉薄したが——。
「おせぇよ」
その瞬間コルドーは右の頬を勢いよく蹴られて吹き飛ばされた。
ヴォルフは臨戦態勢を解き、剣を構えるのもやめた。
「・・・・・・舐めてんのか?」
怒るでも嘲るでもなく怪訝そうな顔を浮かべ、その程度なのかと悄然としていた。
「あのときの続きだと言ったのはあなたでしょう、先輩?」
コルドーは殴られた痛みで顔を少し歪め、口の中にある血を吐き出した後にニヤリと笑みを浮かべた。
そのときヴォルフの脳内に過去の戦いがフラッシュバックした。
「・・・・・・はっ、相変わらず律儀な野郎だ」
ヴォルフとコルドーの関係は騎士学院時代の先輩後輩の関係であった。
先輩後輩とはいえ特に交流があったなどということはなかったのであるが。
ヴォルフは学院時代から手のつけられない猛獣のような男であり、その学年で最も成績が良い、早い話が最も強い生徒であった。
だが、その騎士としての心構えなどクソ喰らえと言わんばかりの戦いぶりは教師陣の不況をよく買っていた。
それに対してコルドーは、品行方正で騎士として模範生のような生徒であり、コルドーの学年で最も強い生徒だった。
コルドーも入学してからヴォルフのことは何度も耳に入ってきていた。
よく教師があのような生徒にはならないようにと何度も言っていたからだ。
が、コルドーは模範生とは言えど、騎士道を振りかざしヴォルフの普段の行いを咎めるようなこともなかったため、2人の接点はしばらくの間全くなかった。
接点が初めて出来たのは騎士学院で年に一度行われる学年関係なしの闘技祭であった。
基本的に学年が上になればなるほど勝ち上がれる者も多くなっていき、準決勝や決勝は例年ほとんどが最終学年で埋め尽くされる。
だが、その年はそうはならなかった。
準決勝で2年のヴォルフと3年の首席が、1年のコルドーと3年の次席が戦うことになった。
コルドーは苦戦の末になんとか勝利し決勝への駒を進めたのであるが、ヴォルフはたった二手、たった二手で3年の首席を叩き潰し決勝に進んできた。
その例年とは違う3年生がいない決勝の異様な光景に会場は静まりかえっていた。
コルドーはそのとき初めてヴォルフの戦いぶりを見た。
そして衝撃を受けた。
あのような戦い方もあるのかと。
その戦い方に嫌悪を浮かべることはなくむしろ胸に浮かんでいたのは期待の感情であった。
そしてついに決勝の舞台。
嫉妬や羨望あらゆる感情が闘技場にいる2人へと叩き込まれた。
そんな中でもコルドーは気にした風もなく礼儀正しくヴォルフに挨拶し手を差し出した。
これから正々堂々と戦いましょうという戦いの前の恒例である。
「よろしくお願いします。ヴォルフ先輩」
それを見たヴォルフはチッと舌打ちして握手に応じることなく開始位置へと戻っていった。
それが初の絡みである。
結果は言うまでもなくコルドーの惨敗。
3手先手で攻撃した後、何をされたかもわからないまま気絶し、気づいたときには保健室であった。
気絶するその瞬間、こいつもか、というヴォルフの舌打ちまじりの言葉を聞いたような気がした。
コルドーはそれからヴォルフが戦うところを隠れて何度か観察した。
よく言えば豪快奔放、悪く言えば極悪非道。
そんな戦い方であった。
そして1年が経ちコルドーは待ちに待った闘技祭で再びヴォルフと相対した。
ヴォルフは相変わらずつまらなさそうにしており、剣を構えてすらいなかった。
始めの合図がなるか否かの間際にコルドーはヴォルフへと駆け出していった。
ドラッグカーのように曲がることなくただ真っ直ぐと最短最速で突っ込んだ。
品行方正なコルドーにしてはかなりグレーな行為であった。
ヴォルフが心なしか薄く笑みを浮かべたように思ったその時コルドーの視界からヴォルフが消えた。
コルドーは直感的に左のガードを固め、ヴォルフの迫りくる一撃をなんとか剣で防いだ。
「なんだよ。つまらん優等生かと思ってたが楽しませてくれそうじゃねぇか!」
今までコルドーが隠れて見てきたヴォルフは全く全力ではなかった。
何度もイメージトレーニングをしてきたが、いまのヴォルフの気迫は全くの別人。
苦悶の声すらあげることが許されないほどのギリギリの攻防。
いや、ギリギリなのはコルドーだけである。
それがわかりコルドーは唇を噛んだ。
だが、コルドーもこの1年間遊んでいたわけではない。
ヴォルフが感情を剥き出しにし襲いかかってくるのを紙一重でガードし、苦しいながらも徐々にヴォルフの攻撃に慣れてきていた。
いつも退屈そうな目をしているヴォルフがいまは力強い瞳でコルドーのことを見ている。
それが無性に嬉しくて、悔しさなどいまは必要ないと徐々に戦いに没頭していったのだ。
ずっとヴォルフの攻撃を耐えているだけであったコルドーがついに反撃の機会を得た。
コルドーは自然と笑みが溢れヴォルフとの戦いを心の底から愉しんでいた。
「いいじゃねぇか!いいじゃねぇか!このつまらん祭りに出るか、迷っていたが、テメェのおかげでちったぁ、マシになったぜ!だが・・・・・・、お前はまだなっちゃいねぇ。そんなお行儀のいい剣術じゃあ所詮通じるのはこの箱庭だけだ。ここからは俺も本気でいってやる。精々もたせろよ?」
コルドーの気迫に引きずられるように気分が上がったヴォルフは今までのような遊びをやめ、全力を出してやることにした。
本当の戦いとはどういうものなのか教えてやる、と。
それは自分に追い縋るコルドーが目障りだとか、いけ好かないから叩き潰してやるといった感情などではなく、むしろ、自身の空虚な心の中を満たしてくれと恋焦がれるような思いから来ているものであった。
その雰囲気の変化にはコルドーも気付き、より集中を高め観客のことなど目に入らずヴォルフしか見えないような極限の状態に没入していった。
その後の2人の戦いはただの生徒達ではもはや目で追えぬ領域の戦いであった。
生徒同士の戦いとはとても思えなかった。
稀に出てくる真の才能を持つ者。
それが2人同時に学院にいた奇跡。
両者ともに既に騎士級の上位の実力がある。
まだ『オーラブレイド』すら放てぬ未熟者ではあるが、剣技は間違いなく騎士級を凌駕していた。
剣戟の音だけが支配するその場にもいつか終わりが来る。
今まで見えなかった戦いもコルドーが吹き飛ばされたのを境に2人の姿が鮮明に見えるようになった。
吹き飛んでいったコルドーに追いつくとヴォルフは剣を振り下ろしたが体を捻り紙一重でそれを回避し、ヴォルフがそのまま放ってきた剣をコルドーは見てもいないのに振り向きざまに受け止めた。
これだけやりあえばヴォルフの呼吸もわかる。
しかしそこまでだった。
受け止めた剣はそれほど重くなかったが、コルドーの体の方が先に根を上げた。
体勢を崩したコルドーはそのまま放たれた回し蹴りに対処できずモロに喰らってしまった。
コルドーは体を仰け反らせられるもなんとか倒れないように耐えようとしたが、心底嬉しそうな笑みを浮かべたヴォルフの拳打によって頭から地面に叩きつけられてしまった。
だが、それでもコルドーの意識も闘志も失われてはいなかった。
頭から血を流しながらも好戦的な笑みを浮かべているコルドーを見て、ヴォルフは嬉しそうにニヤリと笑い、さぁ続きだと言わんばかりに来いよ、と指で挑発した。
そしてその後も結局はコルドーが一方的に殴る蹴ると攻撃を喰らいまくった。
もはや勝負は決した。
誰が見てもそうであった。
諦めていないのはコルドーだけ。
だが、そのとき2人の戦いに魅入ってしまい我を忘れていた教師陣から待ったがかけられた。
止められたことで怪訝な顔を浮かべ教師陣が何をするのか見ていたコルドーは教師の宣言により激昂し、気が抜けたことで気絶した。
ヴォルフの反則負けにより闘技祭の勝者はコルドーとなったのだ。
反則負けの理由は、騎士として剣以外を使うなど相応しくないから。
殴る蹴るは騎士の行いではないと。
ヴォルフは抗議することもなく心底くだらなさそうに闘技場を去っていった。
目が覚めたあと、コルドーは闘技祭のルールにそんな定めはないと到底納得できず、自分の勝ちではないと主張したが教師達には受け入れてもらえなかった。
教師達にとってはそんなことは当たり前のこと。
書くまでもないことだと。
後にヴォルフは教師3人を殺害しその学院を卒業することなく去っていった。
そして今、コルドーはそれまでの過程は違えど一発殴られた。
まるであのときの再現をするかのように。
ダメージの程は違うがコルドーなりのケジメのようなものだった。
「あの時とは違いお互い背負うものもありますが、それでも勝つのは私です」
コルドーは、本気でいきます、と自身のエーテルを可視化出来る程の高純度にまで凝縮し剣に纏わせた。
「来いよ‼︎お互いあのときはクソどものせいで消化不良だったんだ。ここで決着をつけてやるよ‼︎」
ヴォルフも同じく剣にオーラを纏わせた。
それぞれの性質を表すように、コルドーは緑色の穏やかで澄んだオーラが、ヴォルフはトゲトゲしい攻撃的なオーラを放っていた。
先に動いたのはコルドーであった。
弾丸のように素早くヴォルフへと迫ったコルドーは至近距離からの『オーラブレイド』を放った。
「はは、その程度でやられるかよ!」
ヴォルフはその斬撃を大剣で斬り、上段からの振り下ろしの一撃を放ってきたがコルドーはそれを受けることなく懐に入ってくようにそれを避けた。
しかし、そのヴォルフの攻撃によって地面が地割れし足を一瞬掬われたコルドーは一歩遅れヴォルフとの距離が出来てしまった。
ヴォルフは相変わらず余裕のある笑みを浮かべている。
あの余裕の笑みを崩したい。
結局学院時代には一度も余裕の笑みを消させることができなかったコルドーはいまこそ倒すと意気込んだ。
命を賭けた戦い。
あのときのような手加減などない本気の戦い。
そのままもう一度肉薄しようと駆けるとヴォルフがニヤリと笑って自身の下に転がっている民兵の死体をコルドーに向けて蹴り飛ばした。
その威力は凄まじく肉片や血が飛び散り目潰しのような効果を生んでいた。
コルドーは腕でそれらの肉片をガードせざるを得なかった。
「天下のダンケルノの騎士ならその程度避けろよ!」
当然ヴォルフから目を離すことなど許されるはずもなく逆に肉薄することを許してしまった。
ヴォルフは顔をガードをしているコルドーの胴体に拳打を放つ。
だが、コルドーはその拳がコルドーの体に当たるか否かの瞬間、冷静に体を逸らし逆にヴォルフの腕をそのまま掴み取った。
「あ?」
予想外の動きに驚いたヴォルフは、その驚きの声とは逆に嬉しそうな表情をしていた。
コルドーは片手1本でヴォルフの腕を掴んだまま、力を入れ投げ飛ばそうとその巨体を宙へと浮かび上がらせた。
しかしヴォルフが背中から落ちる瞬間、コルドーに掴まれていない腕1本でその叩きつけられる衝撃を受けとめ、倒立したような体勢で自身の体を支えていた。
腕が手首らへんまで地面にめり込み、血管がはちきれんばかりに浮き出た凄まじい筋肉が波打ったかと思うと、そのまま凄まじい勢いで放たれた膝蹴りをくらいコルドーはそのまま吹き飛ばされた。
凄まじい体幹力に腕力。
そして素早い身のこなし。
コルドーは体術でヴォルフに勝てる気がしなかった。
そしていつの間に投げていたのかわからないがヴォルフの大剣が宙から落ちてきてヴォルフの手に収まった。
「体技を覚えたか」
ヴォルフは余裕綽々たる佇まいでコルドーから視線を外したまま先ほどの腕に力を入れて腕の調子を確かめていた。
流石にあの衝撃を腕一本で支えるのは堪えたのかもしれない。
そんな隙だらけに見える立ち姿であったがコルドーは無闇にヴォルフの領域内に足を踏み入れることは出来なかった。
ヴォルフの雰囲気がさっきとは様変わりしていたからである。
コルドーの頬に汗が滴ってきた。
「当然です。それを教えてくれたのは他でもない貴方ですから」
「ハッ、そのわりにはお粗末な技だったがな!もっと練習しろよ!だが、あんなクソみたいな思想を捨てたのは褒めてやるよ」
ヴォルフは少し嬉しそうに口を緩めた。
「いえ、私は元々あんな思想など持っていませんでしたよ。ただあれしか知らなかっただけです。ヴォルフ先輩、あなたのおかげで戦いとは剣術だけではないと知れました。そこは感謝申し上げます。しかし・・・・・・、なぜ貴方は教師を殺したのですか?貴方は確かに教師からは嫌われていましたが生徒達からは人気がありました!貴方の考えに賛同する者も多かったじゃないですか。今まで何を言われようと無視していたのに・・・・・・なぜあんな最後の最後に・・・・・・」
殺された3人の教師は見るも無惨な状態で見つかった。
それも卒業をあと数日に控えたときであった。
コルドーは生まれてからずっと剣術を教え込まれてきたエリートである。
だが、エリートであるが故にその剣筋は小綺麗なものであった。
そういう剣術だけを学んだ者は同じ小綺麗な剣術を使う相手ならともかく、そうでない相手との対戦はダーティープレイへの経験不足と想像力の欠如によって予想だにしない泥臭い戦法に案外あっさりとやられてしまう。
それがコルドーが1年生のときにすぐにやられた理由だった。
もちろんヴォルフもまた世間一般では天才に位置する怪物である。
ヴォルフにはコルドーが使うような小綺麗な剣術は全て同じように見え単純に相手が何をするのか前もってわかって試合しているような感じだったのである。
相手の流派やクセなどヴォルフにとっては無いに等しかった。
どいつもこいつも見えすいた同じような剣術しか使ってこない。
その上、体術、魔法すら使わない。
勝つ気があるのかと。
だからこそヴォルフは飽いていた。
そしてそんな誰もがわかるような剣術に拘る馬鹿な教師や生徒どもを軽蔑していた。
強くなるために最善を尽くさない馬鹿共、そんなことを教えている馬鹿な教師共の信条などヴォルフには一切理解できなかった。
何が品行方正だ。何が正々堂々だ。そんなものは戦いの場において一切役に立たん、と。
だが、他人のことなどどうでもよかった。
自分さえ強ければ他人が弱かろうが問題などなかったのだ。
ヴォルフに必要だったのは学院の設備のみ。
「クソどもから人気があったなんてどうでもいいんだよ。むしろそのせいであいつらを殺すことになったんだからよ。まぁ奴らを殺したことは俺にとっちゃどうでもいいことだがな」
ヴォルフはさっきまで浮かべていた笑みを引っ込めて、当時を思い出しているのか不機嫌そうにしていた。
「あのクソ教師ども。俺のことを殺そうとしてきやがったんだぜ。何だったか・・・・・・、お前のせいで学院の風紀が乱れるだの、平民のくせにだの、この学校、この国のために死ね、などと言ってきたが、要はあいつらが俺のことを気に入らんから殺しに来ただけだろうが。小綺麗な言葉を着飾れば何をしてもいいと思ってやがる。だから殺した。もうそこまでいきゃ教師や生徒なんぞ関係ねぇからな。その品行方正な剣とやらがどこまで素晴らしいものか見てやろうとな。だが、あいつら正々堂々と戦うのが騎士だと言ったその口で3対1で来たんだぜ。馬鹿な奴らだったぜ、強さの前に余計な飾りなんざ意味ねぇのによ。貴族たる私が、とか、純粋なる騎士たる私が、なんて余計な言葉で強さの価値を捻じ曲げやがる。結局あいつらは最後まで自分がなぜ負けたのか理解できずに死んでいきやがった。くだらん精神論などクソほどの役にも立たんのにな。どう戦おうが生き残った奴が強いに決まっている。お前もそう思うだろう?」
ヴォルフは当時の教師共の滑稽さを思い出しせせら笑っていた。
「そうですね。あれは何の役にも立たない教えです。だからこそ私はあのとき貴方を真似たのです」
コルドーがずっとヴォルフを観察していた理由。
コルドーは品行方正な剣など本当に役に立つのかとヴォルフの戦いを見て疑問を覚えたのだ。
戦いに本当にそんな騎士道などという不純物を入れなければならないのかと。
「そうだったな。テメェだけがまだマシだったな、コルドー。平民共は貴族共を恐れあいつらの言いなりだ。貴族共は自身のやってきた剣術を否定されるのを怒り、そして今までの無意味さを自ら否定することを恐れて変わりやしねぇ。それどころか他のやつらがあいつらと違うことをしているだけで目くじら立てて潰しにいきやがる。あれはクソだ。あんなところに通うくらいならまだ自身で鍛錬したほうが強くなるだろうよ」
ヴォルフはこのように言うが、それはヴォルフに才能があるから出来ることであり、ただの何も知らない平民が学院に通わず強くなることなどそうそう出来ない。
だが、それも才能だけでも無理である。
飽くなきまでの力の渇望があったからこそいまのヴォルフがあるのだ。
ヴォルフは少し名残惜しそうにコルドーを見つめ、笑みを浮かべた。
「悪いがあんまり悠長に遊んでいると雇い主が煩くなりそうだからよ。もう遊びはいいだろう?」
途端ヴォルフの体から尋常ではない量のオーラが吹き上がった。
ただの放出ではない。
空間が軋むような、何かが書き変わっていくようなそんな感覚。
コルドーはこれを知っている。
一度だけ公爵直属の部下が使うのを見たことがある。
騎士達がそれぞれ使う小手先のような技ではなく周囲一帯に影響を与えるいわば騎士達にとっての目標点とも言える技『皇神抃拝』。
超越騎士級の者達が超越騎士と呼ばれる所以でもある一種の到達点。
「さぁ、決着をつけようぜ」
ヴォルフは真っ赤なオーラで辺りを塗り替えていきながら楽しそうに笑った。




