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53話

 丘の上ではアーノルドが地面に転がるのを見た侯爵が狂ったように歓喜の声をあげていた。


「素晴らしい!素晴らしい〜‼︎もう少しであの子供を殺せそうだったが・・・・・・、まぁ簡単に死なれては面白くない。あやつには苦しみという苦しみを味合わせてやらなければ・・・・・・。どうだ、ヴォルフ‼︎もしかしたらお前の出番はないかもしれんな‼︎ハハハハハハハ」


 侯爵はアーノルドが吹き飛んだのを見て快哉かいさいの声を上げ、もはや勝ったかのように浮かれきっていた。


「どうだかな」


 そんな侯爵とは対照的にヴォルフのテンションは全く上がっておらず依然として頬杖をつきつまらなさそうに戦場を見ていた。


 上機嫌な様子の侯爵にはヴォルフの言葉など耳に入っていなかった。


「素晴らしい。流石は神具と呼ばれるだけはある。いつも寄付をしろなどと厚かましい教会のクソ共も少しは役に立つではないか!まぁ対価は払ったのだ。文句は言わせんがな。如何にお前であってもあの軍勢の前には勝てんのではないか?ん?」


 調子に乗っていた侯爵は口が軽くなりいらぬことまで口にした。


 だが、侯爵はそんなことも気づかずその有頂天になって浮かれている顔をヴォルフへと向けていた。


「おい、俺が、この俺があんな雑魚どもに負けるって?ええ?・・・・・・口には気をつけろ。まだ死にたくねぇならな」


 ヴォルフは大剣を鳴らし、ギロリと侯爵を睨みつけた。


 その調子に乗った代償はヴォルフが放った得体の知れぬプレッシャーという恐怖の感情で払うこととなった。


「・・・・・・っ!ヒィぃぃぃぃぃ?」


 ヴォルフは大剣に触れただけで動かしてもいないにもかかわらず、侯爵は前から襲いくる圧のようなものとともに悪魔のようなオーラに斬られたような光景を幻視し悲鳴を上げながら尻餅をついた。


 さながら傲岸に座る王の前で死刑宣告を受ける罪人のような構図であった。


 どちらの身分が上か、いよいよわからなくなってきた。


「テメェはダンケルノを舐めすぎなんだよバカが。お前の保有している騎士なんざ籠の中で傷つかないように育てられているだけのペットにすぎねぇんだよ。それに比べてあそこの騎士どもは丸腰で猛獣がわんさかいる中で四六時中戦っているような連中だ。そもそもの技量、練度、精神、覚悟、経験が根本的に違うんだよ。弱者をいたぶって強い気になっている奴が自身よりも強いやつと戦い慣れている奴に勝てる道理なんてどこにもねぇんだよ。戦いはお遊びじゃねぇ。強さとは、努力し、才があり、勝ち進め、その末に手に入るものだ。武具なんてもんに頼っているだけのクズが勝てるのは同じクズだけだ。武具如きで実力差が埋まるのはそもそもそれほど実力差がないやつでしか成りたたねぇよ。・・・・・・ほらな、武具を過信した馬鹿が速攻でやられやがった」


 ヴォルフがあごでクイっと戦場の方を指し示したほうを見ると、ダンと戦っていた男の胴体と首が別れているのが侯爵にも見えた。


 侯爵は苦虫を噛み砕くような表情でアーノルドを睨みつけそれ以上何もいうことはなかった。


 ヴォルフもまた大きく息を吐き、またつまらなそうな表情で戦場を見つめた。


 ――∇∇――


 ラインベルトは苦戦していた。


「ッチ‼︎デブのくせに動けるじゃねぇか‼︎」


 ガボルが体格に見合わぬ素早い動きでラインベルトに迫ってきて、手に持つ棍棒を上から振りかぶった。


「ぬうぅん‼︎」


 ラインベルトは紙一重で避けたが叩きつけた棍棒が地面を割り、その土や石がすごい勢いでラインベルトに襲いかかった。


 そのうちの一つの石がラインベルトの足に直撃しバランスを崩した。


 その一瞬の隙を逃さずガボルが棍棒をラインベルトの胴体に叩つけた。


 くの字に折れ曲がったラインベルトは吹き飛ばされゴロゴロと地面を転がり動かなくなった。


「口ほどにもないのねん」


 ガボルは倒れているラインベルトにそう吐き捨てると、ラインベルトの部下達を殺しに行こうとした。


 ガボルはラインベルトの部下達を視界に捉えるとニヤリと口角をあげて楽しそうな笑みを浮かべたが後ろからかけられた声によってその笑みはすぐに引っ込んだ。


「おい・・・・・・。待ちやがれ、デブ野郎!」


 腹を押さえ肩で息をしながらラインベルトは立ち上がった。


 そんなラインベルトを見てガボルは綽然たる態度を取った。


「あれを喰らって立ち上がるタフネスと筋力は褒めてあげるのねん。でも、もう終わってるのねん」


 ラインベルトは棍棒で殴られるときに咄嗟に後ろにジャンプすることで威力を減衰することが出来ていた。


 それでもダメージはあったのだが、戦うのに支障が出るほどではない。


 問題はラインベルトがバランスを崩した要因である石。


 しかし身体強化をしているラインベルトがたかだか間接的に放たれた石の破片を喰らっただけでバランスを崩すなどありえない。


(足がいつもより重めぇ。体も重てぇ。剣も重てぇ。あの棍棒に触れたものの重さを増す能力か?あいつの厄介なところはあの体格に見合わねぇ速さだ。対してこっちは戦闘が長引けば長引くほど遅くなるってわけか。相性としては最高、こっちにとっては最悪か。攻撃はこれ以上受けれねぇ。そして何より厄介なのがあれが触れたものに触れてもアウトってことだ)


 今のラインベルトは最初に当たった石によって右足が重力2倍、砂に当たったことによって体にかかる重力がもはや何十倍というレベルとなっていた。


 剣も棍棒の攻撃を受けたことで重みを増していた。


 並の者ならば立つことすら不可能である。


 脳筋のラインベルトだからこそなんとか立てていると言ってもいい。


 身体強化もしていない常人ならばその重さに耐えきれず地面に押しつぶされ圧死するだろう。


 身体強化が未熟なものならばもはや指先一つ動かすことは出来ないだろう。


 だが、ラインベルトはまだ動けた。


 辛うじて動くことができた。


 ガボルが冷酷な笑みを浮かべてゆっくりと近づいて来た。


「お前ムカつくやつだけどあまり遊んでもいられないのねん。さっさと終わらせるのねん」


 ガボルが動けないラインベルトへトドメを刺そうと棍棒を振り上げた。


(流石に動くのはキツいな。チャンスは一度、その一回で決める)


 そしてガボルは渾身の力を込めてラインベルトに振りかぶった。


 しかし来るはずの衝撃が手に伝わってこなかったガボルは首を傾げた。


 ラインベルトを殴った感触がなかったのだ。


 その瞬間ガボルの右肩から血が勢いよく吹き出し、持っていた棍棒を地面に落とした。


「っ‼︎い、いた〜、痛いんだねん〜‼︎」


 ガボルは目に涙を浮かべながら肩を抑え蹲った。


 しかしラインベルトにはそんなガボルを攻撃するだけの余裕すら残されていなかった。


 先ほどの一撃がまさに全ての力を出し切った一撃だったのだ。


(はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!ッチ!重さのせいで手元が狂いやがった‼︎左右のバランスが違うだけでこんなにも体が言うことを聞かねぇのか)


「ん〜、許さないんだな〜」


 ラインベルトが何とか動こうと必死にもがいている間にガボルが立ち上がり棍棒を手に取った。


 ガボルの体から怒りのオーラが荒々しく吹き出した。


 理性を失ったような怒り狂った目でラインベルトを見ると、眉間に皺を寄せてそのデブ鼻を膨らませた。


「ぬん‼︎」


 ガボルは地団駄を踏むように地面を踏みつけた。


 踏みつけた地面が割れて砂煙と地面の石が浮かび上がった。


 そしてガボルはそれらを棍棒で思いっきり振り抜いた。


 ラインベルトは避けるのは無理だと判断して急所を守るために腕でガードした。


「ッグ‼︎・・・・・・っ‼︎」


 ラインベルトの防御を貫くような石礫の攻撃が無数に襲いかかりその痛みで顔を顰めた。


 ラインベルトが顔を上げるとガボルが目の前まで迫っていた。


 もう避けられるような距離ではないし、攻撃を喰らったことでさらに重くなった体では避けられる状態でもなかった。


「しまっ‼︎ガハっ⁉︎」


 ラインベルトはガボルに頭を思いっきり殴られて吹き飛ばされた。


 腕を上げることすら間に合わず一切の防御をすることなくモロに喰らってしまった。


 少し離れたところで様子を見ていた相手の民兵達の集団に勢いよく突っ込んだラインベルトは人をクッションにして薙ぎ倒しながらもなんとか止まることができた。


 いや、ただ単に勢いがなくなったから止まったと言った方が正しい。


 もはや動くことすらままならない。


 気をぬけばその付加されている重みに耐えきれず気絶し圧死する。


 だからこそ気を強く持たなければならなかった。


「っう・・・・・・ッグ」


 うめき声を上げてなんとか立とうとするラインベルトにガボルが近づいてくると民兵達はラインベルトから急いで離れるように散っていった。


 下敷きになっている民兵は何とか逃げようともがくがその重さをどうにか出来るはずもなく骨がミシリと音を立てなす術もなく悲鳴を上げていた。


「まだ意識があるのねん?まったくゴブリンのようにしぶとい生命力ねん。でも今度こそ終わりだよん」


 ガボルはラインベルトに近づいてくると、まだ意識のあるラインベルトに驚きの表情を浮かべた。


 ガボルは今度こそラインベルトを仕留めると棍棒を振り上げた。


 もう動くことすらままならぬラインベルトを殺すなど蟻を殺すのと同じくらい簡単なことであった。


 ただ踏みつけるだけ。


 ガボルが棍棒を思いっきり振り下ろすとその辺の地面一帯が震えるほどの衝撃が巻き起こった。


「・・・・・・ん?なんなのねん?」


 ガボルが首を傾げながら不満気な顔をした。


 ガボルが振り下ろした先にラインベルトの姿はなかった。


 だが蟻を殺すその簡単さも蟻に仲間がいれば違ってくる。


 無数の蟻が集団で襲いかかってこれば人でも殺されることはあるのだ。


 そしてその無数の蟻と同じ、いや比べ物にならないくらい強い一体の蟻が戦場に現れた。


「アハハ、ギリギリセーフってね」


 ロキが動くこともできないラインベルトを小脇に抱えながら何がおもしろいのか嗤っていた。


「お前誰なのね〜ん?」


 いきなり現れたロキに怪訝そうな顔を向けたのだが、ロキはガボルのことなど眼中に入れてなかった。


「ラインベルトちゃん、最初あんなにイキってたのに負けるなんてカッコ悪すぎるでしょ。アハハハハ」


 ロキは小馬鹿にするようにラインベルトに声をかけたがラインベルトはうめき声しかあげれなかった。


 ロキはそんなラインベルトを心配することもなく‘重すぎない?’と言ってラインベルトをそのまま地面に投げ捨てた。


「しっかし、一番危ないのは中央だと思ってたけど・・・・・・頭に血をのぼらせすぎでしょ。そんなんだからいつまで経っても騎士級止まりなんだよ、君はね。ああでもこんな雑魚相手に苦戦してるんじゃ騎士級どころか従騎士級からやり直しかな?ヒハハハハハ」


 ロキはふざけた態度でラインベルトを嘲笑っていた。


 腹を抱えてそれはもう盛大に。


「無視するななのねん‼︎」


 無視されたことでム〜と唸りながらガボルは地団駄を踏んだ。


 だがロキはそれでもなおガボルに言葉をかけることはなかった。


 ロキにとっていま大事なのはラインベルトを揶揄うことでありガボルの相手をすることではないのだ。


「ラインベルトちゃん、元々ミールちゃんの部隊だよね?今の君を見たらさぞや面白いことになりそうだね♪」


 ロキは底意地の悪い笑みを浮かべラインベルトにとっての死刑宣告をした。


「っぐ・・・・・・、それは勘弁・・・・・・して・・・・・・」


 ロキは芋虫のようにモゾモゾと動くラインベルトを見てアハハと余計に笑みを深めていた。


 ラインベルトは自らの上司であるミールの反応を想像し、腕の力でなんとか立ち上がろうとした。


 だが、ずっと無視されている人物もずっと大人しくしているしているわけはなかった。


「オデを無視するなんて許さないんだぞ〜‼︎」


 顔を真っ赤にしたガボルは痺れを切らしたようにロキに対して飛びかかった。


「お、おい・・・・・・‼︎」


 ガボルに背を向けるように立っているロキに対してラインベルトが声を上げた。


「もう遅いのねん‼︎」


 ガボルは飛び掛かりながら野球のスイングのように棍棒を勢いよく振りかぶった。


 ラインベルトはロキが完全に無防備に見え、そのまま吹っ飛ばされるだろうと思った。


 このデブの攻撃はそんな生易しいものではないと。


 ラインベルトは至近距離で起こった攻撃が当たったことによる爆音に思わず目を瞑った。


 そしてラインベルトがおそるおそる目を開けるとそこには棍棒が当たっているにも関わらず微動だにしていないロキが軽薄な笑みを浮かべて立っていた。


 ラインベルトもガボルも驚きに目を見開いた。


(受けるならまだわかる。だが、防御すらせずにあの攻撃を無傷でいられるか?いや・・・・・・、俺には無理だ・・・・・・)


 ラインベルトもたまにちょっかいを掛けてくるロキのことをミールを通してその性格と化け物ぶりは聞いていた。


 曰く、人を弄ぶのが大好きな男


 曰く、捉えどころがない男


 曰く、師匠でも叶わぬ男


 ラインベルトが手も足も出ないミールが勝ち目がないと言う存在。


 だが、今やっと本当の意味で自分などとは格の違う存在なのだと理解した。


「遅い?君の基準でしゃべらないで欲しいな。いまね、僕はとても不愉快だよ。僕の愉快な気持ちを邪魔されてとても不愉快だ。僕はつまらないものが嫌いなんだ。君は特につまらない。容姿もつまらなければ喋り方、戦い方何一つ興味をそそられない。そもそも避けるというのはその攻撃が脅威たり得るからする行動だ。君のその攻撃にそこまでの価値があるわけないじゃないか。実力差も測れないなら戦いなんてやめたほうがいいよ。戦場は子供の遊び場じゃあないんだ」


 ロキは薄く笑みを浮かべいつもより少し低い声を出した。


 そこに相手を嘲笑うかのようなふざけた雰囲気はなかった。


 むしろ底冷えするような冷たい雰囲気が辺りに満ちていた。


 子供が自身の遊びを邪魔されたような雰囲気が。


 そんなロキの雰囲気をラインベルトは今まで一度も見たことがなかった。


 ガボルは自身の渾身の攻撃が一切効いていない目の前の男が心の奥底では勝てるはずもない存在であると理解できているが、頭がそれを理解することを拒否していた。


 そしてロキの雰囲気に気圧された自分の心を奮い立たせるために大声を出した。


「お前はなんなんだえ‼︎・・・・・・でも、でも‼︎攻撃が効かないのなら・・・・・・‼︎」


 ガボルはそこから凄まじい速さでロキに対して棍棒を振り始めた。


 威力などなくただ当てるだけの攻撃。


 ガボルは雄叫びを上げながら何度もロキを棍棒で殴り続けているが、当のロキは何事もないかのようにその場に立ち続け、まるでガボルがいないかのようにラインベルトの方を見てニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


 ラインベルトはこの時点で嫌な予感がした。


「僕もアーノルド様にああ言った手前、面倒なことは下の者に押し付けようと思うんだ。おっと、違った。下の者に功績を挙げるチャンスを与えないとね」


 ロキは穏やかな口調でラインベルトにそう言うが、一方のラインベルトは何をされるのかと内心冷や汗をかいていた。


 ロキはラインベルトに言い終わると、その間もずっとロキに攻撃を当て続けて疲れてきているガボルに向き合った。


 ロキは疲れた様子のガボルを困ったような蔑むような目で見ていた。


「僕が君を殺すのは簡単だ。でもそれじゃあ下の者の成長の機会を奪ってしまうよね。だから君を殺すのはラインベルト君に任せようと思うんだ。それに中央もそろそろ大変そうだしね」


 ここから見えはしない中央の方を向きながらロキはそう述べた。


 そしてロキは首だけを動かし、


「出来るよね?出来ないならミールちゃんに告げ口しちゃうよ?」


 そうラインベルトに確認した。


 いや、確認というよりもはや脅迫の類であった。


 ラインベルトはミールと聞くとビクンと体が反応した。


 この男なら間違いなくする。


 そしてあの地獄の訓練を受けているラインベルトを見ながら大笑いする。


 そんな光景をまざまざと思い浮かべることができた。


「と、当然!」


 そんな様子のラインベルトを見てロキはラインベルトが‘ミールちゃんを怖がっていたよ’と告げ口することに決め・・・その反応を予想して面白がっていた。


 何を告げ口するとも言ってないし何を告げ口しないとも言ってない。


 結局はロキの気分次第なのである。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・、これでお前はもう動くことすらでき———」


 ロキがそんなことを考えていると、やっとガボルによるロキへの攻撃が止んだ。


 ロキは攻撃されていることすらもはや忘れていた。


 ガボルはロキへの攻撃で息切れし、手をその出っ張った腹に腕を乗せて肩で呼吸をしていた。


 ロキはまるでデコピンでもするかのように手を形作り、その出張った腹に近づけた。


「あはは、無駄な努力ご苦労様。僕にその棍棒の効果は効かないよ」


 初めてロキはガボルに対して心の底から馬鹿にするような笑みを浮かべた。


 しかしガボルはロキの言葉の意味を理解できなかった。


「ほへ?」


 息を乱して俯いていたガボルが顔を上げると三日月のように口元が歪んだ笑みを浮かべたロキが目の前に立っていて、ガボルにはその笑みが悪魔の笑みに見えた。


 その笑みに恐怖を感じてすぐに逃げようとしたが、まったく間に合っていなかった。


 ロキはそのまま本当に腹にデコピンをした。


 お腹に向けてポヨンと。


「へ?」


 最初はペチンという音だけで特に何も起こらなかった。


 だが次第にガボルのお腹が波のように揺れ動いたかと思うと、そのまま凄まじい勢いで吹っ飛ばされていった。


「アハハハ、まさかあそこまで飛ぶとはね。おっと、それじゃあ忘れないうちに君に餞別をあげよう」


 ロキはガボルが飛んでいった方を見ながら子供が玩具で遊ぶように楽しそうな声をあげていたが、すぐに振り返ってラインベルトへと触れた。


「まずは君のその体の重さを治してあげるよ」


 ニヤリと嫌な笑みを浮かべたかと思うとラインベルトに突然の不快感が襲ってきた。


 マナを扱うものならば一度は経験させられる他人のマナを体に入れられまさぐられる様な感覚。


「ッぐ・・・・・・‼︎」


 ラインベルトは準備すらしていなかった突然の不快感に顔を盛大に歪めることとなった。


「あはは、今の顔はなかなか面白かったよ!」


 ロキは苦しんでいるラインベルトの顔を見て楽しんでいた。


 マナを体に流されたラインベルトはその不快感にうめき声をあげていた。


 そしてその不快感が終わると、それをしたロキを鬼の形相で睨みつけた。


「そう睨まないでよ。もう体の重さは無くなっただろう?それと今のが奴の攻略法さ。極論言ってしまえばその重ささえなければあんなの少し素早いだけの木偶の棒でしょ?それともその程度の木偶の棒にも負けちゃう?アハハハ、まぁ頑張ってよ。あまり僕を失望させるなら・・・・・・もう助けてあげないよ?その前にミールちゃんに殺されちゃうかな?アハハハハ」


 ロキはそう言い残し消えていった。


「ッチ!あの野郎・・・・・・‼︎いつもいつも鬱陶しい野郎だぜ」


 ロキは来るたびにラインベルトをいじり倒していくのでラインベルトはロキが苦手だった。


 ラインベルトが悪態をつきながら立ち上がると重さだけでなく体の傷まで全て消えていて驚いた表情を浮かべて体の状態を軽くチェックした。


「治癒まで出来んのかよ・・・・・・⁈相変わらずよくわからん野郎だ。なんであんな奴が今回ついて来てんだよ。・・・・・・まぁ、そのおかげで命拾いしたのも腹立たしいがな」


 戦力としては申し分ないが、あの愉快犯的な性格は今回のような戦いではダメだろうと悪態をついたが、それでもロキがいなければやられていたことを思うと何とも言えない気持ちになった。


「ムガ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜‼︎」


 すでに冷静になったラインベルトは咆哮を上げるガボルを冷めた目で観察していた。


 ガボルは血走った目でラインベルトの方に迫ってきてラインベルトなんて眼中にないかのように辺りをキョロキョロと見渡した。


「おい、お前。あの男はどこにいった?」


 その態度は明らかにラインベルトを舐めたものであったがラインベルトは冷静であった。


「はっ‼︎これから死ぬやつがそんなこと気にしても無駄だぜ」


「・・・・・・お前生意気だで。さっきまでオデに殺される寸前だったことを忘れていないかえ?今すぐ殺してもいいんだぞ」


 さっきまで悠々とした様子ではなく今度はガボルの方が頭に血が上っている状態だった。


「御託はいい。そんなことはもう一度やれば分かるだろうぜ。俺が死ぬかお前が死ぬか」


 ラインベルトは歯を剥き出しにしながら獰猛に笑みを浮かべ剣を構えた。


「さっさとお前を殺してあの男を追うんだぞ〜」


「お前如きじゃあ、あいつの足元にも及ばねぇよ‼︎」


 ラインベルトは言葉を言い終えると同時にガボルに向かって駆け出した。


 あろうことか自ら攻撃を仕掛けた。


 今まで守勢でしかなかった鬱憤を晴らすかのように。


「オラ、オラ、オラ、オラ‼︎防戦一方なんてやっぱり俺の性には合わねぇ!攻めこそが・・・・・・勝利への活路だ!」


 ラインベルトは勢いよく攻めガボルをおしているが剣による攻撃は全て棍棒で防御された。


 力任せに剣を振るい勝てるほどガボルは甘い相手ではない。


「む〜、自分から当てに来るなんて馬鹿なんだな〜」


(む〜、でも心なしかさっきよりも疾くなっているんだな?・・・・・・気のせいか?)


 だが、ガボルは徐々にラインベルトの攻撃に遅れを見せるようになってきた。


「ハハハ、まだまだ行くぜ‼︎っしゃぁぁぁおら‼︎」


 ラインベルトが上から剣を叩き込み、その衝撃でガボルの立つ地面がひび割れた。


「っむ・・・・・・‼︎・・・・・・っく、うっとうしいんだな‼︎」


 どんどんラインベルトに押されはじめたガボルはその攻撃の苛烈さに苦しくなってきていた。


 ガボルは歯を食いしばり渾身の力を込めてラインベルトを弾き飛ばした。


「さっきまでの勢いはどこにいった?防戦一方じゃねぇか!」


 嘲るようにニヤニヤとした笑みを浮かべるラインベルトにガボルはより一層顔を赤くし怒りを露わにした。


 格下と思っていた相手に良いようにされている事実を受け入れられなかった。


 自分はいつでも相手を嬲る側。


 それが覆るなど断じて許せない。


 しかし焦れるような思いとは裏腹にガボルはそれほど今の状況を危機的状況だとは思っていなかった。


 あくまでさっさと倒してロキを自らの前に跪かせに行きたいというだけ。


 倒すまでの1分1秒待つことがめんどくさいだけ。


「うるさいんだな‼︎いつまでその剣を振れるか見ものなんだな。オデから攻めなくても馬鹿なお前が自滅してくれるのを待っていればいいんだな」


 ガボルからしてみればラインベルトの攻撃は受けるだけでも相手にダメージを与えているに等しい。


 その度に重さを付加していくのだから。


 しかし、ガボルは気づいていなかった。


 ラインベルトの攻撃が徐々に速くなっていたことの意味を。


「あ?なんだ、お前、気づいていなかったのかよ⁉︎」


 ラインベルトはその場で音が置き去りになるほどの高速の素振りをした。


 その衝撃で風が辺りを吹き荒らした。


 ガボルはその剣に一切の重みが感じられないラインベルトの姿を見て驚愕の表情を浮かべていた。


「な、なんで・・・・・・」


「ッチ!どんなものにも原理がある。それは例え古代のエルフが作った武具であっても一緒だ。この世の法則が通じねぇものなど、そうありはしねぇ。なら、テメェのその棍棒がどうやって相手に重さを課しているのか・・・・・・それを考えれば簡単な話だったぜ。他者への介入は大抵マナによって行われる。テメェのそれはテメェの魔力をその武具が重力系統のマナへと変更してそれを対象に付与することによって相手へ重さを与えるように干渉しているだけだろ?気づける箇所は多くあった・・・・・・。石一つで足が2倍ほどの重力を感じたというのにそれが付与された砂を大量に被っても言うほどの重みはなかった。法則を無視できるなら何に当たろうが当たるたびに2倍3倍と出来るはずだが、物体によってマナを蓄えられるのには限度がある、はずだ。ただそれだけの違いであり、それにさっさと気づけばマナによるものだと気づいていたはずなんだが・・・・・・」


 ——『お前はいつも頭に血をのぼらせすぎだバカが‼︎』『ぐべぇ‼︎』

 ——『単細胞が!少しは考えてから動け‼︎」『グホッ‼︎』

 ——『口で言ってもわからんならとりあえず死ね‼︎』『ゴァァッ‼︎』


(はぁ、何度ぶっ叩かれたか・・・・・・。あいつ・・・・・・まじで報告しねぇよな?流石に実戦で死にかけたとか報告されたら・・・・・・半殺しではすまねぇぞ⁈本当に殺されるかもしれん・・・・・・)


 ラインベルトは後のことを考えてぶるりと身を震わせた。


 だが、どのみち今回の戦いの詳細はある程度上の階級にいる者達には報告として知れ渡るのでロキが報告しようがしまいがバレるのは確定である。


 それに気づいていないのはラインベルトだけであり、さらにロキからの密告によってより苛烈さが増すことは確定しているのである。


「そ、それがわかったところで——」


 ガボルはプルプルと震えラインベルトを睨みつけた。


 それがわかっても重さを除けるはずがないと。


「あ?それさえわかりゃあとは簡単じゃねぇか。自分の体内にある自分以外のマナを排出するか、自分のマナかエーテルで塗りつぶしてしまえばいいだけだ」


「そんなこと——」


「出来るに決まってんだろ?テメェらのような三流騎士と一緒にすんじゃねぇよ。その程度出来なきゃうちで上に上がるなんて出来ねぇからな」


 ラインベルトはさも当然のようにそんなことも出来ねぇのかとガボルを嘲笑した。


(しかし、ほっっっっっっんとうに危なかったぜ。俺もマナを感じられるようになったのは実際最近だし。今回のやつは武具によって変換されているせいか個人の特色というか独特のクセってやつが全然なくて体内に入ってきてもわかりにくかったんだよな。そ、そうだよな。わかりにくかったんだからしょうがねぇよな。しょうがねぇ・・・・・・、はぁ、そんな言い訳通用しねぇよな〜。だが、自分から攻撃したことで注入される感覚とマナのクセは掴んだ。もう様子見する必要もねぇ。さっさと決めるぜ!)


 だが、ラインベルトが出来るようになったのもごく最近。


 死にかける寸前に地獄を見てくるような特訓の末に判別出来るようになった。


 ラインベルトは剣にオーラを集中させた。


「ムム、その程度オデにも出来るんだぞ」


 ガボルも棍棒にオーラを集中させた。


 それぞれのオーラが荒々しく迸り吹き出しては消えていった。


 先に動き出したのはまたもやラインベルトであった。


「ゥラ‼︎1回目‼︎」


 ラインベルトはガボルに飛びかかり上から勢いよく両手で振り下ろした。


「むっ、こんな程度っ‼︎」


 見え見えの大ぶりの一撃を万全の体勢で受け止めたガボルは予想以上の衝撃に苦悶の表情を浮かべ両手で棍棒を支えることでなんとか攻撃を受け止めた。


 しかしラインベルトの勢いはその程度では止まらなかった。


 ラインベルトはそのまま横なぎの攻撃を繰り出した。


「2回目‼︎」


「うぐぐぐぐ・・・・・・っ‼︎」


 ガボルは腕に痺れを感じながらも2度目の攻撃も何とか受け止めたが力に押し負けジリジリと地面を擦りながら後退していった。


「まだ、まだこれからなん——」


 ガボルが気力を振り絞り棍棒を持つ手に力を入れたとき


「ほらどうした‼︎3回目だぜ‼︎」


 3度目の攻撃が襲いかかった。


 袈裟斬り。


「うぐぐぐぐ、こんな攻撃なんてこと・・・・・・ないのねん。いくら力が強かろうと・・・・・・そんな遅い攻撃じゃあいくらやっても当たらないのねん!」


 ガボルはその巨体の重心を下げ、力を出すために声を張り上げてラインベルトの攻撃を押し返した。


 だが、攻撃を跳ね返されたラインベルトは楽しげにニヤリと笑みを浮かべた。


「やるじゃねぇか‼︎オラ!4回目‼︎」


 素早い身のこなしで体勢を立て直し息つく暇もない相手に攻撃する隙など与えない攻撃の猛攻。


 同じく袈裟斬りの一撃。


 だが、その攻撃を見たガボルはニヤリと笑みを浮かべた。


「馬鹿なのねん。そんな同じ軌道の攻撃なんてもう当たらないのねん」


 自らの武器であるその速さを活かしてラインベルトの攻撃をいなして懐へと入り込んでいった。


 巨体が揺れ、さながら暴走トラックのようにラインベルトへと突っ込んできた。


「もらったのねん!」


 ガボルは目の前の人物を見据え今度こそと棍棒を振り上げた。



「いいや、5回目だぜ」


 ガボルは聞こえるはずのないその声が耳元で聞こえると同時に反射的に棍棒を盾にした。


 そして次の瞬間とてつもない大きな衝撃音が戦場に鳴り響き、それぞれの武器がぶつかった衝撃で暴風が吹き荒れた。


「今のを防いだか。やるじゃねぇか、その素早さだけは褒めてやるぜ。だが、防ぐ程度で止められるほど俺の攻撃は甘くはねぇ」


 ラインベルトはそう言いながら倒れ伏すガボルのところへとゆっくりと歩いていった。


「な・・・・・・、なんで・・・・・・」


 ガボルが絶対的な自信を持っている速さ。


 その速さですら負けた。


 最後の一撃。


 視界に収めていたはずのラインベルトが消え、気づけばガボルの横まで移動されていた。


 力で負け、速さで負けガボルの心が折れるのは早かった。


 格上を相手にするときに大事なのは自らが何をしてでも勝つという精神。


 精神が負けた時点で勝ちはない。


 ラインベルトの攻撃を棍棒で受けたガボルは吹き飛ばされて血まみれとなっていた。


 ガボルの腕はひしゃげ足もあらぬ方向を向いていた。


 そして肝心の棍棒も折れ曲がっていた。


 身体中も傷だらけでありもはや勝負は決していた。


「はっ‼︎オーラはただ出すだけのもんじゃねぇ。テメェ、エーテルが何たるか知らねぇだろ。俺も詳しくは知らねぇが、出すだけがオーラじゃねぇっていうのは知っている。俺のオーラの特性は『力』を司る。攻撃を仕掛けるたびに全ての身体能力が向上すんだよ。5回目まで耐えたのは大したもんだ。そこは誇っていいぜ?だがやがては誰であってもその力の重みに耐えきれなくなる。じゃあな、テメェのおかげでまた一歩成長できたぜ」


 ラインベルトはそう言うとガボルにとどめを刺した。


 もちろんラインベルトの能力にもデメリットはあるためそこまで簡単な勝ちではなかった。


 しかし負けることを考えるようなギリギリの戦いでもなかった。


 一度でも攻撃を避けられるか外せばリセットがかかる上にペナルティも受ける。


 相手の速さは脅威だ。


 自身の速さが相手に追いつくまでに避けられればリセット。


 それを避けるために相手を動かさないようにした。


 ラインベルトはロキの助けがあったとはいえ死線をくぐり抜けたことでたしかに成長した。


「ッチ!あの野郎に借りが出来たかと思うとゾッとするぜ。・・・・・・戻るか、部下共死んでねぇだろうな。あ〜、帰るのも憂鬱だ〜」


 ラインベルトは吹き飛ばされたため元いた場所から大きく外れたところまで移動していたため急いで部下達のところへ向かっていった。


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