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【書籍化】公爵家の三男に転生したので今度こそ間違えない 〜黯然の愚者が征く己の正道譚〜  作者: 虚妄公
幼少期

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52話

アーノルド達よりも右翼に位置する小隊は銀の弓矢の襲撃の後すぐにエルフの鎧を身に纏った一団と接敵していた。


「ッチ!カール!カァァァァァル!返事をしろ!」


 その小隊の隊長であるダンは後ろで倒れているカールを背に庇いながら、前から嘲笑うかのようにニヤニヤと進んでくる銀鎧の騎士の一団を睨みつけていた。


 射線上に入っていたのは幸いにもカールだけであり、射抜かれたのは右肩の辺りだったため即死とまではいかなかったが、矢の衝撃波で右腕は消し飛び肩もえぐれてショックで完全に意識を失っていた。


 右肩からは夥しい量の血が流れ落ち、一見助からないように思うがこの世界の基準ではまだ助かる可能性がある。


 それに騎士や魔法師の生命力は強ければ強いほど高くなる。


 普通の者ならば死ぬような傷でも致命傷でなければ生き長らえることもある。


 なんとか後ろに下げたかったが目の前から迫る騎士達を無視して下がることなど出来なかった。


 一目でわかる銀装備の武具。


 ダンもダンケルノ家の騎士としてはそこそこベテランであるが、それでもエルフの武具を身に纏った相手との戦闘は初めてであった。


 予めもし相手がエルフの武具を身に纏っていると分かっている任務であるなら騎士級程度のダンには回ってこないからだ。


 エルフの武具は使い手や物にもよるが騎士の階級を最大2段階くらい挙げれるなどと言われている。


 それゆえどれだけ相手が弱くてもエルフの武具を有している人物を処理する任務は万全を期して大騎士級以上からしか任せられることはない。


 だからといってダンもエルフの武具について勉強をしていないわけではない。


 だが、エルフの武具は基本的にそれぞれが異なる能力を持っているので基本的にはその場その場での柔軟な対処が要求される。


 見た目から能力を推測することが出来なく、使用者が力尽きない限りエルフの施した付与によってほぼ無制限に威力を落とすことなく能力を発揮できるという点が人間が放つ魔法や技と違い厄介である。


 ダンがその武具を観察していると先頭に立つ騎士がおもむろに剣を振りかぶった。


「邪魔だ!」


「ギャァァァァァ‼︎」


 その男達は味方であるはずの民兵や騎士を躊躇いなく斬った。


 そして兜によってあまり顔は見えないが、その口元に薄汚れた笑みを浮かべてダン達とお互いあと数歩踏み込めば間合いだというくらいで立ち止まり向かい合った。


「ククク、全くお前らも馬鹿な奴らだよな⁉︎あんなクソガキのお遊戯に付き合わされて勝てるはずもない戦いに挑まされているんだからよ!見ろよこの装備!この威容!羨ましいか?嫉ましいか?全くそんなおもちゃのような武器しか準備出来ない弱い主人を持つと苦労するなぁ⁈だがまぁ、娼婦如きの子供にしてはよくやっている方か?同情するぜ?ハハハハハ」


 ダン達が纏う装備と自身の装備を引き合いに出し、ダン達の装備の貧相さ平凡さをこれでもかとバカにした。


 挑発の意味などなくただ自身の装備を自慢したいかのように思ったことをそのまま口にしただけであった。


 だが、騎士に対して口にしてはならぬことを口にした。


 主人を侮辱する。


 騎士としてそれだけは許せぬ。


 許してはならぬ。


 ダン達の怯んだ心、押さえつけられていた心が一気に吹き飛んだ。


 だが、いかに主人を侮辱されようと怒りにのまれてはならない。


 ダンは挑発だと分かっており、怒りにのまれるなと自身の精神を自制した。


 しかし騎士にとって主人を侮辱されることは何よりも度し難い。


 ダン達は理性を失うことなく静かに怒りの炎をその瞳に宿していた。


 敵なのだ。侮辱することは構わない。だが、その言葉の代償は軽くないぞ、とその対価の取り立てを心の中で主人たるアーノルドに誓った。


 だが男はそんなダン達の様子になど気づかずに話し続けた。


「ハハハ、見ろよ!この鎧、剣、足の鎧(サバトン)!いいものだろう?お前らの卑しいご主人様と違って我らが侯爵様は金だけは持っているからな!全く天下のダンケルノの騎士様の装備は随分貧相なもんだな〜。ハハハハハハハ」


 実際にはエルフの武具は金だけで揃えれるようなものではないのだが、そんなことをこの男達は知らないのである。


 普通これだけのエルフの武具を揃えるとなると、等級がすべて下級だとしても一国の所有量と変わらない。


 対して、ダンケルノ家の騎士達が装備している剣は基本的に支給品。


 だが、支給品とはいえ一級品であることは間違いない。


 下手に自らの武器を持つよりも支給品の方が優れている場合の方が多いため大半の者は支給品で済ませていた。


 これらの支給品はダンケルノ公爵家がいや、公爵個人が契約しているドワーフ製の剣や鎧だからだ。


 得意気に武具を自慢していた男は最も目立っているダンに狙いを定めた。


「テメェは騎士級か?」


「だったらなんだ?」


 突然の問い。


 ダンは意図が分からず怪訝そうな顔を浮かべた。


「いいや?」


 男はダンの返答を聞くとニヤリと相手を馬鹿にするような笑みを浮かべた。


 ダンは首元にチリリと熱のようなものを感じた。


 長年の経験から危険な香りを感じ取って咄嗟に上体を最大限後ろに逸らした。


 その瞬間首の辺りに何かが通りぬけたような感覚があり、ニヤニヤとしていた男が先ほどまで鞘に入っていた剣を振り抜き切りダンのすぐ近くにいるのが目に入った。


 ダンの首が薄皮一枚切れ、血が流れてきた。


 ダンは舌打ちをしながら距離を取るように後ろに飛び退いた。


「今のを躱すかよ!だが、そうじゃなくちゃな!ダンケルノの騎士様は強いって噂が嘘じゃなくて良かったぜ⁈1発で死んじまったらせっかくのこの武器を試す機会が失われちまうからよ‼︎もっともっと試させてくれよ?」


 男は驚きと嬉しさが混じったような声で叫ぶとわざわざ振り抜いていた剣をもう一度鞘に戻した。


 それを見たダンは目を細めた。


(わざわざ抜いた剣を鞘に戻すか。わかりやすいな。抜剣特化の武具か。わかりやすいが、俺の眼では追えんほどの速度。それにあの足の武具が機動力をカバーしているのか?この距離だろう、とっ⁉︎)


 ダンは肌がピリピリするような直感に従い大きく避ける動作を取った。


 2度目ともなるとダンにも余裕が出てきたので、自分が元居た場所を振り抜いている男を冷静にしっかりと観察することができた。


(なるほどな。・・・・・・カールも後ろに下げれたか。あとの奴らも苦戦はしているようだが放っておいても問題ないな)


 ダンと相手の集団の長の戦いの火蓋が切られるとそれに釣られるかのようにダンの部下と相手の部下の戦いも始まった。


 そしてその最中にダンの部下が負傷していたカールを戦線離脱させることに成功していた。


 もはや後顧の憂いはない。


 おそらく男の部下達に与えられているような武具は身体能力を少し向上させるような汎用性の武具だと推測していた。


 ダンの隊の者達も簡単には倒せてはいないようだが、それでも押されているような気配はない。


 身体能力をいくら上げようと剣術が疎かであればダン達にとっては物の数ではない。


 ダンは部下達のことは意識の外に追いやり目の前の男に集中することにした。


「お前達残りの奴らを1人残らず始末しろ!こいつは俺が殺る」


 ダンは闘気を高まらせ目の前の男を睨みながら部下達に叫んだ。


 下卑た笑みを浮かべている目の前の男を確実に殺すために動き出した。


 その当の本人は浮かべている余裕の笑みとは違い、内心焦っていた。


(ッチ‼︎なんでこれが避けれる⁈ 神速の抜剣だぞ⁈ ありえねぇだろ‼︎ 俺も同じ騎士級なんだぞ⁉︎ それも神具を身に纏っているんだ‼︎ 同じ騎士級風情になぜ勝てん!なぜ決めきれん‼︎)


 男は最初の余裕の笑みなど微塵もなくなり内心の焦りを顔に出さないようにするのに苦労していた。


 何度攻撃しようが間一髪で避けられ、喰らったとしても一皮斬れる程度しかダメージを負わせられない。


 少し、あと少しなのだが、そのあと少しが蜃気楼のように掴めそうで掴めない。


「ッチ・・・・・・、よく避けるじゃねぇか。神具は階級を1〜2階級上げると言われているのを知っているか?俺の階級は騎士級!これだけの神具を身につけた俺にもはや敵はいねぇ!超越騎士級だろうと目じゃねぇよ!絶望したか?力の差を理解したならさっさと死ね!」


 本人はそんなことまったく自覚などしていないが、自身の思い描く理想を口にしなければ心が砕けてしまいそうであった。


 いまこの男の口から出た言葉は相手への挑発でも、心を折ろうとした発言でもない。


 ただの自己逃避。


 ダンはこの男は自身の力に慢心しているタイプだとすぐにわかった。


 強い力を持つとそれを過信し考えが疎かになるタイプ。


 その手のタイプは自信の源を崩してやれば驚くぐらい脆く崩れていく。


 ダンが避けるたびに焦りが顔を出し、動きの精細さが欠けていっているのがその証拠だ。


「よく言うぜ三下風情が。お前が超越騎士級だと?寝言は寝てから言うもんだぜ?」


 ダンは男の言葉を鼻で笑った。


 三下などと言われるとは夢にも思っていなかったのか、鼻で笑われた男はプライドが傷つけられたとばかりにプルプルと震え顔を真っ赤にしていた。


「貴さ——」


 男がダンに叫ぼうとした言葉など聞くまでもないとばかりにダンは男の言葉を強引に遮った。


「騎士級程度のこの私を仕留められん時点でお前の実力など知れている。わからぬか?それとも分かっていてわからぬふりをしているのか?それを身に着けて私と同じということは・・・・・・お前の元々の階級は小姓級程度だったということだぞ?」


 ダンが小馬鹿にするようにその男を挑発すると、その男は顔を真っ赤にして血走った眼でダンを睨みつけて乱暴に剣を鞘に戻した。


 それがダンとこの男の違いでもある。


 戦闘中に感情を露わにするなど忌避すべきことだ。


 頭に血が昇った状態では正常にものが考えられない。


 どれだけ強かろうが冷静さが欠ければそれだけ視野が狭まる。


 勝てる勝負も勝てなくなるのだ。


 もちろんメリットもある。


 怒りというのは時に普段以上の力を出せることがある。


 しかしそれも自身の元の力があってこそ。


 ただ挑発に乗らされただけのこの男と、男の挑発に対しても自身を自制出来たダンとの力の差が埋まるほどではない。


「死ねぇぇ‼︎雑魚風情がぁぁぁ‼︎」


 男は頭に血が昇ったまま全力で剣を抜き放った。


 が、その攻撃もダンの霞を斬っただけに過ぎなかった。


「うぜぇ‼︎ちょこまかすっ・・・・・・‼︎」


 避けられたことで更にプライドが刺激された男が連続で攻撃しようとダンが避けた方に振り返ろうとするが何故か体は反転したのにその目が映し出す視界は変わらなかった。


 その後突然地面が目の前に迫ってきたことでいよいよ何が起こっているのか理解できず、


「へ・・・・・・?」


 その間抜けな声を最後に男は絶命した。


 ダンが男の抜剣を避けるときにすれ違いざまに寸前違わぬ鎧の隙間から首を静かに斬り飛ばした。


 抜剣など無くとも、能力など使わなくとも簡単に殺せるのだというお手本のような綺麗な剣筋であった。


 男はダンの力を引き出すこともなく呆気なくその命を散らせた。


「流石に眼で追えない攻撃を避けるのはなかなか怖かったな。少し冷や汗かいちまったぜ。だが、速過ぎて腕の方が剣に振られて決まったところにしか打てないのならせめて視線でのフェイントくらいしろよ。お前がどこ狙ってんのかバレバレだっての。剣を振り抜いた後もその速さについていけずに剣に振らされているから隙がデカ過ぎだな。何度も見せられりゃ十分過ぎたぜ。扱えない武器など戦場では役に立たん。・・・・・・アーノルド様を侮辱した件はお前の命で償ったことにしてやるよ。さて、では残りを片付けるか・・・・・・」


 ダンは部下達の元へ向かおうとしたが自らが斬った男の首の方を振り返り、敵に回収される前に武具を回収するべきかと思い悩んだ。


 ――∇∇――


 アーノルド達がいる中央部よりも左翼の小隊の隊長であるラインベルトはドシドシと兵達を掻き分けてこちらに来ている手に食べかけの骨付き肉を持ったデブの男を観察していた。


「ム〜、誰も死んでないんだな〜。お前役立たずなんだな〜」


 お腹にも顔にも贅肉が溜まり、瓢箪のような体型をしている男はラインベルト達の部隊を見渡した後、矢を放ったらしき部下に自分が食っていた肉の骨を投げつけた。


 肉がついた骨が部下の頭へと当たり、べちゃっと地面に落ちた。


 その部下は当たったところを拭うこともなく地に手をついて謝罪の姿勢をとった。


「も、申し訳ありません、ガボル様」


「2度はないんだな」


 低く鋭い声で自身の部下を叱咤している男はまたもや肉を取り出し食べ始めた。


「は、はいっ!必ずや挽回致します!」


 部下は地面に額を擦り付けて謝罪をしていたが、ここは戦場である。


 それも敵を前にして土下座をするなどラインベルトを舐めているとしか思えなかった。


 舐められる。


 それはラインベルトが最も嫌いなことであった。


 ラインベルトは勃然と怒りを露わにした。


「おいデブ!たかが少し強い武器を手に入れたぐらいで調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


 そう言われたガボルは周りを見渡し首を傾げた。


「まさかデブっていうのはオデのことかえ〜?」


「お前以外に誰がいるんだよ?あ?」


 ラインベルトは唾を吐きかけガボルを睨みつけた。


 今回同行している小隊長達は志願してきた者の中から優秀な者を選びその中でもさらに優秀だと判断されている者達なので皆実力的には大騎士級といっても差し支えない人物達なのである。


 しかし何度試験を受けても落とされているのには理由がある。


 それぞれ克服すべき弱点とも言えるものがあり、それを直せていないため階級を上げることを許されていないのである。


 ラインベルトは舐められるという一点においてだけ異常に沸点が低くすぐに頭に血が昇るのが玉に瑕であり、一向に治る気配がないため未だに騎士級止まりなのである。


 実力的には大騎士級といってもいいが、まだ経験も浅く大騎士級相当の任務を任せられるほどではなかった。


 ダンケルノの騎士でなければ騎士団の団長を任せられるほどの実力はあるのだ。


 実力だけは。


「おい、お前?」


 ガボルはラインベルトではなく近くにいた自らの部下に声をかけた。


「は、はい、何でしょう?」


 突然声をかけられた部下は震え声でなんとか返答した。


 ガボルの部下達にとってこの男は恐怖の対象でしかないらしい。


 その瞳には尊敬も崇拝も敬意も何もなくただ恐怖だけを映し出していた。


「オデはデブか?」


 濁った目を向けられた部下は今にも泣きそうなほど震え出した。


 しかし何か答えなければ間違いなく悲惨な未来が待っているとその部下は気力を振り絞った。


「い、いいえ。滅相もございません。そのお体は洗練されており誰もが羨むほどの美ボディでごじゃ・・・・・・、ご、ございます」


 部下の男は噛みながらもなんとかお世辞を言うことができて安堵した。


「ふんふん。そうである。そうである。全く失礼な奴である。おい、お前、殺すことは元々確定であるだが、念入りに痛めつけて殺してやるえ〜」


 上から見下すように顔を上げ太った腹を前へ出すような尊大な態度でガボルはラインベルトに言った。


「・・・・・・やってみろよ、デブ風情が!」


 キレたラインベルトは理性を失った獣のように白い歯を剥き出しにしながらガボルに吠えた。


 ――∇∇――


 魔法師の一団を暗殺したシーザーの部隊はそのまま近くの兵を根こそぎ蹴散らしながら侯爵のいる方へと進んでいた。


「シーザー様〜、この後どうするんですか〜?」


 どこか間延びしたような声で話しかけてきたのは元々ダンケルノの騎士として任務を受けていた時にシーザーと同じ部隊であり直属の部下であったミルキであった。


 これまでは侯爵がいる方に向かって兵を蹴散らしながら1人たりとも逃さぬように殲滅していたが、アーノルド達が完全に歩を止めてしまったのでこのまま侯爵の方に進むのか、はたまた挟撃になるようにアーノルド達がいる方に向かっていくのか選択の時であった。


 シーザーは目を閉じゆったりとした様子で思案していた。


 そんな様子にミルキもいつものことと慣れているので近づいてこようとする者、逃げようとする者を他の者とともに次々と殺していっていた。


 しかしほとんどは作業のように殺戮を繰り返すシーザー達を見て逃げていくため、それを追う方が大変であった。


「・・・・・・挟撃する。それがアーノルド様のご指示だ」


 考えがまとめ終わったのかゆっくり目を開け今後の指針を示した。


「か、しこまり〜」


 ミルキも戦場とは思えないようなふざけた口調で返事をした。


 方針が決まり部隊が動こうとしたときそれを止めるように大声が響き渡った。


「その必要はない‼︎貴様らの命運はここまでだからな‼︎」


 仁王立ちで腕を組みながら大声でシーザー達に声をかけてきたのは銀鎧に身に纏った如何にも体育会系といった暑苦しそうな男であった。


 シーザーは何の感情もない様子でその男を見ていた。


 ――∇∇――


 1人だけ馬に乗っている男が馬上から飛び降り優雅な礼をした。


「私は由緒正しきワイルボード侯爵家に長年仕えるラーイン家の当主ボード・ラーインと申します」


 アーノルド達よりも前方にいた中央のハンロットの小隊。


 アーノルドを狙って放たれた弓矢が多いため被害が出たのもこのハンロットの小隊が最も多かった。


 そして敵方も銀武具を持った騎士達をもっとも多くこの小隊にぶつけていた。


 戦力差は10倍などでは効かない。


 相手が雑魚であるのなら傷ついた味方を庇いながらも戦えるであろうが、全力でやってもおそらくきつい相手である。


 だが、ハンロットは傷ついた味方を捨てる決断をすることが出来なかった。


 傷ついた仲間をこの戦場から運び出すほどの余裕はないにもかかわらず。


 だが、ある意味アーノルドの命令を忠実に守っているとも言えるが、ハンロットのそれはそういうものではない。


「・・・・・・私が名を名乗ったのです。いくら敵対する者同志とはいえ、礼儀くらいは弁えてはいかがですか?」


 ボードは名を名乗ったにもかかわらず無視されたことで矜持でも傷ついたのか一気に不機嫌そうな顔となった。


 そう言われて改めてハンロットはその男を見た。


 鎧を着ているためわかりにくくはあるが、武官より文官と言われた方がしっくりくるような細身の男。


 しかしその醸し出す雰囲気は武人のそれであった。


「ダンケルノ公爵家に仕える臨時小隊部隊長ハンロットだ」


 ハンロットは簡潔に答えた。


 わざわざ敵とおしゃべりをするつもりもなく別に名前とてどうでも良かった。


 しかし礼儀と言われてはそれを返さないのはダンケルノ公爵家の騎士の品位を落とすことにも繋がりかねないため所属と名前を義理として答えたのだ。


 しかしボードはその返答をお気に召さなかったのか眉を寄せた。


「・・・・・・姓はどうしましたか?」


 怪訝そうな顔を浮かべながらボードは問いかけたが、ハンロットはめんどそうに答えるだけであった。


「ない」


 ハンロットはボードを睨みつけながら短く言い切った。


 ハンロットは次に出てくる言葉が想像し、内心ため息を吐いた。


「部隊長なのに平民だと?全く・・・・・・ダンケルノ公爵家は随分人手不足なようですね。お前のような平民が部隊長を任されるなど・・・・・・ダンケルノは貴族としてなっていませんな。いや、それともあのような卑しい血筋の子供には平民しかついてこないということですかね」


 先ほどまでの優美な様子から一転してこちらを人とも思わぬ見下すような視線を送ってきた。


 貴族の中には平民をまるで奴隷のように扱うものや、人扱いすらしないような者もいる。


 だからこそこの反応は予想できたが、ハンロットにはボードのその言動が滑稽なものに映っていた。


「貴様こそ家名があるだけのエセ貴族だろう?俺らは職務上全ての貴族を覚えさせられるがルーインなんて家名聞いたことないぞ?所詮は俺と同じ平民だろうが。エセ貴族の分際で我が主人を侮辱してんじゃねぇよ」


 顔は冷静であったが、公爵家を、そしてアーノルドを侮辱されたハンロットは語気が少し強くなるくらいには静かにキレていた。


 だが頭に血が昇るほどではなくハンロットの頭の中は今後の展開をどうするかに思いを馳せていた。


「私は騎士爵だ‼︎貴様のような凡俗と一緒にするな‼︎」


 ボードはヒステリックを起こしたかのように甲高い声で怒鳴りつけてきた。


 それに対してハンロットはその怒鳴り声に萎縮することもなく、むしろ挑発するように鼻で笑った。


「騎士爵?聞いたことねぇな。おままごとなら他所でやってくれよ、騎士爵様よ」


 ハンロットは虚仮にするように冷笑を浮かべた。


 実際にはハンロットはその情報をしっかりと知っていたが相手を怒らせた方が都合がいいため挑発を繰り返していた。


 単純に公爵家を侮辱された腹いせという面もあるのだが今は少しでも時間を稼ぎたかった。


 ボードの言う騎士爵というのはワイルボード侯爵が優れた騎士の家系に与えている称号のようなもの。


 実際に爵位をもった貴族などではなくこの侯爵領でのみ準貴族のような振る舞いを許される程度の権力を有しているだけである。


 当然この領から出てしまえば効力などない。


 だが、長年この領では騎士爵というものが定着し、貴族として振る舞い平民を虐げてきた者にとってはそんなことは知ったことではないし、たとえ平民を虐げていようが侯爵家の者はそれを当然のようにしか思わないため何も言わない。


 何も言わないということはそれをすることが許されているということ。


 この領から出ることなどほとんどないし、出たとしても侯爵に付いていくためこの領以外で例え平民を殺そうが大抵は侯爵がどうにかしてしまう。


 侯爵がどうにかできない相手にはそもそもこのような者を連れてはいかないのである。


 侯爵にもそのくらいの分別はあった。


 そうした何代にも渡った積み重ねがいつしか自らが本当に貴族の一員であると誤解させていた。


 自身の騎士爵というのはこの王国に、王に認められている爵位であると。


 いつからねじ曲がったのかはわからない。


 だが、親が傲慢に振る舞えば子もそれを真似するのが道理。


 わざわざ自身の権力がこの領だけのまやかしのものなど言わないだろう。


 そうしてどんどん増長していったのがルーイン一族である。


 今まで虐げるだけの平民に馬鹿にされたとあってボードのその怒りは怒髪天をついていた。


 そんなことは絶対にあってはならないとばかりに。


 ただのまやかしであろうと本人が思い込んでいれば虚もまた真実。


「流石は貴族の血を汚した娼婦の血が混じるガキが従えている騎士ですね。そのようなクズにはあなたのような平民がとてもお似合いです。ですが、少しばかり口の利き方というものを教えなければなりませんね。いかに娼婦の子といえど教育くらいは受けているでしょうに。それとも娼婦の子だから頭の方も残念なのでしょうかね?侯爵様にお連れする前にこの私が少々教育を施した方が良さそうですね」


 ボードは下品な笑みを浮かべながらそう言った。


 要は、騎士の教育すらまともに出来ていないのはその主人の頭が悪いからだとそう言っているのだ。


「その臭い口をいい加減閉じやがれ、貴族気取りのエセ野郎が。その言葉、私が仕える公爵家を、そして主人を侮辱するその言葉・・・・・・お前の命で償ってもらうぞ。楽に死ねると思うな」


 ボードとのやり取りが続いている間にハンロットの時間稼ぎは成功し負傷者を後ろに下げることに成功した。


 だが、これからいざ戦おうというときにボードの聞き捨てならない言葉を耳にし、もはや表情を取り繕うこともなく怒気を剥き出しにしてハンロットは殺意を滲ませた。


 これからは遠慮する必要はないと。


 狂うことなく冷静にその赤い瞳がボードに臆することなく静かに燃え上がった。


「はぁ〜・・・・・・。平民風情が身の程を弁えて欲しいものです。戦争だからといって身分差が覆るわけではないのですよ?あなたのような平民は私に逆らわず地を這いずり回るのがお似合いだというのに。そこのお前達は他の者を片付けてしまいなさい。あのゴミは私が教育を施してあげます」


 ボードは部下達にハンロットの小隊の生き残り達を殲滅するように指示し、自らは残りの部下を引き連れハンロットへと向かい合った。


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