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51話

ハンロットが放った一撃はワイルボード侯爵家の騎士達の陣形に大きな穴を開けた。


「な、なんだ・・・・・・、あれは・・・・・・⁈」


 ワイルボード侯爵は大きく口を開けたままワナワナと狼狽えていた。


 本当にこの世の光景なのかと信じられないと言わんばかりに。


「何って、属性もついていねぇただの基礎技じゃねぇか」


 ヴォルフは当たり前のようにそう言うが、エーテルを放出する技は並の者が簡単に扱える技ではないし放てる者がそもそも少ないため一般の者が見れる機会も少ない。


 侯爵も知識では知っているが誰かが使っているところを見るのは初めてなので侯爵の想像上の威力と現実の威力があまりにも乖離していたため『オーラブレイド』であると思い至らなかったのである。


 侯爵は焦りながらヴォルフの側に駆け寄りヴォルフに縋りついた。


「き、貴様ならば勝てるのだろうな?」


 ヴォルフは煩わしそうに侯爵の手を振り解くとギロリと侯爵を睨みつけた。


「誰にもの言ってやがる。あの程度の騎士なら相手にもならねぇよ。貴様の軟弱な騎士基準で話すんじゃねぇよ」


 ヴォルフは不機嫌そうに侯爵を威圧し、もはや話す気はないと言わんばかりに前を向いた。


(あの程度もわからん分際でよくもあれだけの大口を叩けるもんだ。馬鹿というのはどうしてこうも・・・・・・いや、知らんからこそ大口を叩けるのか?馬鹿というのは見ている分には笑えると思っていたが、行き過ぎた馬鹿は案外イラつくな。まぁ所詮は雇われだし金払いはいいからな。貰った金の分くらいは働いてやるよ)


 ヴォルフはまだ戦場に出る気はないのか、椅子にどっかりと深く座り直しアーノルド達が突撃しているのを丘の上から退屈そうに見物していた。


 ――∇∇――


 緊迫感がない。


 戦争が始まって少し経ったアーノルドの心の中を占めるのはそんな感情であった。


 戦場でそれだけの余裕があるというのは良いことであるが、緊張感がなさすぎるのも良くはない。


 流石にこれだけの数が入り乱れる戦場ではたとえ周りに強い味方がいようが自身に少しは危険が迫るものだと思っていた。


 だが、蓋を開けてみればアーノルドはまるで安全な車の中から動物を眺めるサファリパークにいるような状況であった。


 敵が弱すぎる、というのがアーノルドが抱いた感想であった。


 ダンケルノ公爵家の騎士のただの訓練なんじゃないかと思うくらい相手は何もできずに次々と斬られていた。


 アーノルドの横を並走しているパラクも同じような感想を抱いていた。


 普段ダンケルノ家の訓練を受けているパラクからしたらいま突撃してきている相手の動きは素人同然であった。


 もちろん中には明らかに民が駆り出されて急いで作ったような粗末な皮の鎧を着ているだけの者もいる。


 だが、アーノルドを狙ってくる者の大半は鉄製の鎧を着ている正規の騎士達である。


 たしかにアーノルドを囲う布陣は鉄壁も鉄壁。


 それを躱してアーノルドまで辿り着くのは並大抵ではない。


 だが、そもそもその鉄壁の壁にすら辿り着ける者がほとんどいない。


 あれだけの数的有利があるにもかかわらず全く抜けてこないのである。


 これにはアーノルドも内心驚いた。


 ここまで、ここまで、想定よりも弱いのかと。


 もしくは侯爵が臆病風を吹かせ強い者たちはまだ侯爵の側にいるのだろうと。


 パラクもまた同じことを考えていた。


 だがそれならば、こんな作業によって死んでいくこの者たちにはどんな意味があるのだろうとパラクは顔を顰めながら侯爵がいる方を睨んだ。


 どうせ殺す者達だ。


 同情や憐憫することなどはあってはならない。


 だが、それも覚悟を決めてこの戦いに赴いているならばだ。


 騎士ならば当然死ぬ覚悟は出来ているはずだ。


 志願兵達も何かを対価に死の可能性を受け入れているはずだ。


 だが、あれはないだろうと。


 立っているのも限界そうに震えて盾を持っているだけの爺さん。


 武器すら持たせてもらえなかったのか後ろにも人がいるため逃げることすらできず素手で武器を掴もうとしている青年。


 ただの肉壁にもなっていない無意味な死。


 消耗品どころかただ打ち捨てられるだけの存在。


 人をこんな無意味に死なせるためだけに民を駆り出させている侯爵に心底軽蔑の念が浮かび上がってきた。


 パラクはまた1人また1人と何の成果もなく斬り殺されるだけの民を見て、クッと苦悶の声を漏らした。


 目を逸らしたいが逸らすわけにはいかないとばかりに歯を食いしばっているパラクを見てアーノルドはパラクの気持ちに同意するように、は〜、と呆れたような息を吐いた。


「馬鹿が権力を持つと碌なことにならんな」


 その悲惨な光景に憐憫や憤怒の念を覚えることはなかったが、それでも皮肉の一つでも言いたくなる光景であった。


 それほどこの戦場では人の命が簡単に散っていっていた。


 魔法が発動しなかったことによりそれからは絶え間なく戦場に矢が降り注いでいたがこちらにそれに刺さるような者はいない。


 結局その攻撃は少しの間続いていたが、当たったのは相手側の兵のみであり無意味な死はこの戦場の至る所で繰り広げられていた。


 ――∇∇――


 侯爵は騎士や民達が為す術もなく斬られていくのを何の感慨もなく見ていた。


 侯爵の心にあったのはただただ役に立たない家畜共への怒り。


 権力も、金も、武力も、兵すらも持っている者は生まれながらに持っており、生まれながらに持たない者はどれだけ努力しようが持てないという世の中の不条理への怒り。


 自身が有する兵はなぜこんなにも弱いのか。


 相手はあれだけの少数しかいないのに一人一人がなぜあれほど強いのか。


 そしてそんな強い者達がなぜあんな子供ガキに付き従うのか。


 たかが生まれが違っただけでここまで違うのかと。


 侯爵は世の理不尽さを地獄から這い上がってきた亡者のような形相で呪っていた。


 しかし侯爵は持って生まれた側である。


 権力を持ち、金も持ち、武力も兵も持っている。


 真に持っていない平民などと比べれば、それどころか他の貴族達と比べても持っている側の人間である。


 だが、侯爵にとって生まれながらにして持っているものは享受して当たり前のもの。


 だからこそ、自身が持っていないものを有している者を見て熱望し、嫉妬するのである。


「お〜い、もうそろそろあいつらの首がここまでくるんじゃねぇか?まぁ・・・・・・来るのは首だけじゃなさそうだがな?」


 侯爵は小馬鹿にしたように自らの首を指差し笑っているヴォルフにかまっている余裕などなかった。


 憎い、殺したいほど憎いあの子供がこのままでは五体満足でここまで辿り着いてしまう。


 それも必死に命を乞い跪くのではなく、自らを追い詰める形で。


 自身の身の安全を図り出し惜しみなどしている場合ではなかった。


「・・・・・・あやつらを今すぐ出せ」


 苦虫を噛み殺したかのような表情で近くの騎士に命令した。


 侯爵は強い者ほど自身の側に置いていた。


 その者達が離れることに心が騒いでいたが、出し渋っている余裕は侯爵でもないと理解できた。


「そいつらがダメなら俺も出るぜ?どの道そこまでいきゃテメェを守る意味もないからな」


 その者達が負けた場合、もうアーノルド達を止めれる者はいない。


 そうなれば、もはや侯爵を守る意味はなくなる。


 ヴォルフでは全員を相手取り侯爵を守り抜くなど不可能だからだ。


 というより、するつもりもない。


 侯爵から貰った金はあれほどの強者から守るくらいには釣り合っていなかった。


 せめてクレマン達がいなければどうにかなったかもしれないが、そんな仮定の話をしても意味はない。


 だからヴォルフはそうなれば自身の戦闘欲を満たすために出ていくつもりだった。


 こんな馬鹿と心中するつもりはないと。


 だが、丘の上から憎々し気にアーノルドを睨んでいる侯爵の耳にはもはやヴォルフの言葉など届いてはいなかった。


「紛い物の貴族の分際で純然たる貴族のこの私を煩わせるなど万死に値する!いや、そもそも私のかわいい娘を殺すなどという大罪を犯した時点で万死に値するな。なぜどいつもこいつもあのような紛い物の肩を持つのか理解できない。半分汚れた血の貴族など貴族にあらず。あの子供と私など比べるまでもないことだろう。そんなことすらわからないからこの国の王族はダメなんだ。私がこの間違ったこの国を正してやらなければ。フフフ」


 他の貴族達も別にアーノルドの肩を持ったわけではないが、侯爵にとっては自分に協力しない者はアーノルドの肩を持ったと見做していた。


 普段ならばありえない考えに支配されるくらいに侯爵は壊れてしまっていた。


 ヴォルフはそんな侯爵をつまらなさそうな目で見た後、あくびをしながら今もなお進むアーノルド達をつまらなさそうに見下ろしていた。


 ――∇∇――


 アーノルド達は一切止まることはなく順調に進軍していた。


 まさしく計画通り、いや、計画していた以上に順調だった。


 だが、まだ遥か前方、丘の上から銀色に輝く一際目立った鎧一式に身を包んだ数多くの集団が目視できた。


 そしてその一団の中からあからさまに目立つ銀色の弓矢で矢を引いている者がいた。


 太陽の光が反射し真珠色に光り輝いていた。


 アーノルドも先ほどまで無意味に放っていた矢とは違うものだろうと思っていた。


 それがまともなものではないだろうと警戒もした。


 だが、アーノルドの認識はまだまだ足りていなかった。


 たかが弓矢と心の奥では思い、前世での弓矢とこの世界にある普通ではない弓矢を同じであると考えてしまっていた。


 まだ遠く離れた先、そして前には騎士達がいっぱいいる。


 矢などここまで来るはずがないと心の奥で思い、真の意味で警戒など出来ていなかった。


 アーノルドが次に認識したのは吹き飛ばされて体が宙に浮いていることであった。


 地面にワンバウンドしたアーノルドを即座にコルドーが腕全体で包み込むようにキャッチした。


 アーノルドはコルドーの腕から抜けて体が軋むような痛みを我慢し歯を食いしばりながら身体を起こして目に入ったのは数メートル先、おそらくアーノルドが先ほどまで走っていたであろう場所でロキが素手で矢のシャフト部分を掴んでいる姿であった。


 その近くではクレマンが拳を突き出した状態で静止していた。


 その足元には矢の残骸らしきものが転がっていた。


 そこを起点とし扇状に広がる地面の破壊痕を見てアーノルドは何が起こったのか大体理解した。


 アーノルドが認識すら出来ない速度で矢が穿たれたのだと。


「ん・・・・・・」


 うめき声がして初めてアーノルドは隣にいたパラクも吹き飛ばされていたことに気づいた。


 パラクも身体を起こして何が起こったのか把握したのだろう。


 そして突然慌てたようにキョロキョロと周りを見てアーノルドを見つけると駆け寄ってきた。


「ッ、アーノルド様‼︎ご無事ですか⁈」


 パラクはそう言うとアーノルドの全身をチェックした。


 だがアーノルドにそれほど大きな傷は無く、飛ばされた際にできたかすり傷程度であった。


 パラクはその傷を見つけると表情を翳らせた。


 パラクの方がアーノルドより傷を負っているというのに。


 アーノルドがそんなパラクに呆れたようにため息を吐いていると、ロキが少しばかり決まりが悪そうに近づいてきた。


「その傷は君のせいではないよ。君はあの攻撃を迎撃できぬとみるや自らが盾になろうとしたじゃないか。それだけでも立派なものだよ?たとえ間に合ってなくてもね」


 アーノルドに傷をつくってしまうなど護衛を任されていた者としてあるまじき行為であると謝罪しようとしたパラクに対して先ほどの矢を持ったままロキが近づいてきて慰めのような皮肉のようなよくわからないフォローをした。


 だが、いつものような嘲るようなキレはなかった。


「今回アーノルド様を傷つけてしまったのは私の責任です。申し訳ありませんでした、アーノルド様」


 ロキ曰く音速を遥かに超えて放たれた矢による攻撃は矢自身を止めただけでは止まらず、その衝撃波でアーノルドとその近くにいたパラクを軽々と吹き飛ばした。


 ロキがその衝撃を殺すように掴み方を考えていれば起こらなかった事故だと謝罪してきた。


 事実、ロキは気を抜いていた。


 アーノルドの勇姿が見たくて付いてきたというのに、なんだこのつまらない戦いは、と。


 その一瞬の油断が今回の事故へと繋がった。


 当然だが、ロキが矢を止める前までの直線上にいた相手の兵やこちらの騎士にも被害が出ている。


 相手が放ってきたのはエルフの武具と呼ばれる古代の武器。


 遥か昔にエルフが造ったとされるものである。


 今では現存数も少なく矢一本でも個人が所有するには過ぎたる額がオークションにてつくこともあるほどのものだ。


 そんなものが数本放たれ、そしてあの鎧に剣などその身に一式身につけている者や武器だけを持っている者が見えるだけでもかなりの数いる。


 それら全てがエルフの武具である。


 一つ二つならともかくとてもではないが侯爵個人で賄える量ではない。


 明らかに第三者の誰かが手を貸している。


「しかしパラク君はよくあれが見えたね?よほど良い目をしているのかな〜?」


 アーノルドがロキの失態など気にしていないと分かると、一切あとを引きずることなくいつものロキの雰囲気に戻っていた。


 そしてロキがパラクに興味を持ったみたいだが一方のパラクは俯き気味で反応がなかった。


 自身の力不足を悔いているのか歯を噛み締めているパラクにアーノルドは声をかけた。


「パラク」


「は、はい‼︎」


「お前の実力が足りていないのは主人たる私がまだ弱いせいでもある。まだ先は長いのだこれから共に力をつけていけばいい。それよりも今は命を賭して私を守ろうとしたそのお前の勇気を誇れ。それだけで十分だ。よくやった」


 アーノルド自身は全く見えず反応もできなかったし、たとえパラクが間に合ったとしても助かったかはわからない。


 ロキやクレマンは簡単に防いでいるが、逆を言えばあのレベルの人物でなければ防げなかったということだ。


 それほどの速度、そして威力を持った攻撃の間に1人入ってきた程度では止まりはしなかっただろう。


 現にアーノルド達よりも前にいる騎士達にも被害が出ているのだ。


 誰かに当たった程度では止まらない可能性が高い。


 だが、まだ臣下になって日が浅く、付き合いも然程ない者が自らのためにその命を賭して助けようとしてくれたのは純粋に嬉しかった。


 前世では誰も助けてなどくれなかった。


 臣下として口だけではなく行動で示したパラクに対してアーノルドのパラクへの心証もかなりよくなった。


 アーノルドが臣下という意味を初めて実感したのは今このときだった。


「臣下として当然のことをしようとしただけです。ですが・・・・・・」


「その当然がどれほど難しいか知っているか?それに今回のことはお前だけの責任ではない。私の見通しが甘かったから起こったことでもある。まぁ、今は気にするな。今回の件は何があろうと私の責任なのだから」


 他者のために命を投げ出すことを当然のように出来る者などそうそういないだろう。


 アーノルドがそう言ったがパラクはやはり納得はできないといった様子で自分を責めていた。


 流石に主君の言葉に対して反論してくることはない。


 あとは自身で折り合いを付けるだけなのでアーノルドもこれ以上は何も言うつもりはなかった。


 一段落したのを見計らったかのようにロキが口を開いた。


「いや〜、しかし危なかったですね。流石にヒヤっとしたんじゃないですか?まぁ、あれだけの布陣がいる中で万が一なんて考えなくていいですよ?僕がいうのもなんですけどね」


 ロキは自分が言った言葉が面白かったのかアハハと笑っていた。


 そして一息吐いてからにっこりと笑みを浮かべアーノルドを見て


「パラク君が護れないなら私が、私が無理ならばクレマン様が、それでも無理ならばメイリス様が貴方様を助けてくれるでしょう。アーノルド様は自由気ままに我が道を突き進めば良いんですよ。それ以外の雑事は私共にお任せあれ」


 軽い口調で少しばかり楽しそうな様子でアーノルドに笑いかけて恭しく一礼した。


 今回ロキは失態をしたが、それは防ぐのがギリギリになったわけではない。


 ただ単に他への影響など考えなかったからだ。


 ロキは護衛をするようなたちではない。


 油断していたから普段することなどない守るなどという発想を完璧に忘れていただけなのである。


 アーノルドはロキのコロコロと変わる態度に苦笑した。


「・・・・・・そういえば助かったぞ。感謝する」


 ロキが助けていなければ確実に死んでいた。


 それゆえ当然のようにお礼を言ったのだが、ロキは少しばかり面食らったような顔となってニヤリと笑った。


「いまは一時的な主人とはいえ、主人を助けるのが従者の務めなのでお礼は不要ですよ。それでどう致しますか?今は相手の方にも被害が出ているから小康状態になっていますけど、あの鎧を身を纏った騎士達はやる気満々みたいですよ?」


 アーノルド達の行く手を阻止しようとしていた騎士や民から徴兵された者達は味方から放たれた攻撃によって死者が出たため恐慌状態となっており、またアーノルド達も先ほどの攻撃によって完全に足が止まってしまった。


 アーノルドが動いていない以上他の隊も進めないというのもあるが、それよりも主な原因は他の小隊でも被害が出たためだ。


「その前に今のは何だ?エーテルを纏った攻撃には見えんかったぞ?」


 大騎士級ならば『オーラブレイド』のように弓自体にエーテルを付与し飛ばすことができるのだが、奴らが撃つ前にアーノルドが見ていた限りエーテルらしきものは確認出来なかった。


 エーテルを込めたことによって放たれるオーラが出ていなかったのはアーノルドも確認していた。


 が、先ほどの攻撃は並大抵の威力ではない。


 その衝撃により矢が通ったところがクッキリとわかり、一つの道のようになっていた。


「太古のエルフが人類にもたらした兵器とでもいうものですよ。人によっては神具なんて言ったりもしますが、紛い物もいいところですね」


 ロキはくだらなさそうに銀の武具に身を包んだ一団を見ながらそう吐き捨てた。


「あれがそうか」


 アーノルドは改めて騎士達が身につけている武具をじっと目を凝らして見つめた。


 アーノルドも歴史の勉強において幾度も出てきたエルフの武器については知っていた。


 その中でも一騎当千の威力を持ったものは歴史を何度も改変するだけの威力があった。


 時の英雄と持て囃される者達の幾ばくかはエルフの武具のおかげといってもいい功績であった。


「なるほど。少しは面白くなりそうだ。それでは殲滅しに行くぞ」


 アーノルドは殺る気満々だった。


 騎士達が傷つき、戦局が動いたいま、アーノルド達が突破するときだと。


 あの者達を退ければあとは侯爵のいるところのみ。


 クレマンのあの凄まじい闘気、エルフの醸し出していた強者としての風格。


 あれらを見てからアーノルドは滾っていた。


 戦いたかった。


 戦う場が欲しかった。


 そして1歩踏み出そうとしたとき前から声をかけられた。


「アーノルド様、どこに行かれるおつもりですかな?」


 クレマンが笑みを浮かべながら立っていた。


「当然殺りにいく」


 アーノルドは即答したが、クレマンによって止められた。


「なりません。アーノルド様は此度の戦争では侯爵に専念なされる計画では?それに失礼を承知でお聞きいたしますが勝算はお有りですか?」


「知らん。戦ってみればわかることだ」


「なりません。アーノルド様、貴方様のその勇猛さは長所でもございますが、上に立つ者としての自覚が全くございません。それに強くなりたいという気持ちはわかりますが我武者羅に戦えばいいというわけではありません。戦うにしてもそれなりの準備というものが必要になります。勉学と同じです。基礎がしっかりしていれば多少のイレギュラーに対応することもできますが、いきなり応用問題から学ぼうとする馬鹿はいません。今のアーノルド様は悪く言えば所詮付け焼き刃の状態です。今までは上手いことことが進んでいましたし戦う相手もアーノルド様が十分戦える相手でした。しかし今は違います。もしアーノルド様が傷つけば敵味方の士気にも関わりますし、何よりアーノルド様にはあのような者と戦うよりも大事なことがお有りでしょう。それに大将がそう易々と敵の雑兵などと戦ってはなりません。いいですね?」


 クレマンは諫言を繰り返した。


「・・・・・・ああ、わかった」


 不満ながらもクレマンの言うことは理解できた。


 正直、上に立場になればそれだけしがらみも増えるのでめんどくさいというのが本音にあった。


 前にクレマンにその愚痴を溢すとそのような柵など気にする必要もないくらい上の立場になれば良いのですと言われた。


 そのときは道理であるとは思ったが、今はその道理が煩わしい。


 道理など捨ててただただ思うがままに戦いたかった。


 そんな気分であった。


 アーノルドが少しばかり遠い目をしていると不満に思っていると感じたのかクレマンがさらに諌めようとした。


「その戦いたいという気持ちが悪いということではございません。しかし時と場合は——」


「クレマン、大丈夫だ。理解した」


 アーノルドは長くなりそうだと思い途中で止めた。


 心の底では理解できているのだ。


 だが、理解と気持ちは別物であった。


 アーノルドも侯爵を殺すことの重要性と自信が傷つくことの危険性は理解していた。


「差し出口を致しました」


 クレマンはキュッと口を閉じると一礼した。


「かまわん。私が頼んだことだ」


 アーノルドは前世があるため根っこの部分がまだ庶民としての感覚が残っている。


 だが、その庶民としての感覚は貴族としては邪魔なものである。


 それゆえクレマンに対し何かあれば遠慮なく意見を言えと命令した。


 今のアーノルドに必要なのはただ言うことを聞くだけの従順な臣下ではなく、間違いを正し導いてくれる臣下であった。


 クレマンは正確にはまだ臣下ではないが、それでもアーノルドを教え導く役割を担っているのでいいだろうと考えた。


 それゆえあれ以来色々と口出ししてくれるようになったクレマンとコルドーには感謝していた。


「アハハ、戦いたい気持ちもわかりますが、どうせこれからの人生で何度も戦うことになるんですから大丈夫ですよ。力を早くつけなければと焦れば焦るほど結果というものはなぜか付いてこないんです。どっしりと構えているくらいがちょうど良いんですよ。それに何もかもアーノルド様がやってしまったらあいつら下の者が功を挙げる機会もないでしょう?たまには譲ってやるのも上の務めですよ」


 ロキは相変わらずふざけた態度でニヤニヤとしていた。


 だが、確かにその通りである。


 今回ついてきてくれた者はアーノルドの臣下ではなく、あくまでアーノルドの面倒ごとに善意でついてきてくれた者である。


 そんな者達に対して戦場で功績を挙げる機会もやらないのは確かに不満も溜まるだろうと思った。


 ただでさえ野盗のときはアーノルドが頭を叩きのめすという功績を奪い取っているのだから。


「そうだな。付いてきてもらった者たちにも出番はいるか」


 今のところ他の者達に功績らしい功績など皆無である。


 アーノルドも下の者から徴収するだけのクズ野郎になどなりたくなかったのでロキの言葉を受け入れ綺麗さっぱり戦いたいという未練を捨てた。


 だが、その一方でクレマンやコルドーはこのアーノルドの猪突猛進さをどうしたものかと頭を悩ませていた。


 普通の者なら取るはずの安全マージンを取らない。


 一歩踏み込めば死ぬかもしれない、そこで引けば助かるその一線。


 アーノルドは普通の者ならば踏み留まるその一線を躊躇無く踏み越える。


 安全マージンを取りすぎて臆病になるのもまたダメなことであるが、死を恐れるのは当然のこと。


 自分の実力を把握しその擦り合わせを行えば大抵の場合改善することができる。


 だが、その安全マージンを取らないというのはどう改善すべきか迷っていた。


 その一線というものは目に見えるものではない。


 言ってみればそれぞれが持っているただの感覚である。


 人それぞれ違うものに対して、このくらいで戦いなさい、と無責任に力を抑えることなどできなかった。


 アーノルドは今回の『傀儡士』やエルフとの邂逅で今の実力では到底及ばぬ領域をその目で見て、肌で体感した。


 クレマンやコルドーはそれで改善されるのではないかと思っていた。


 アーノルドが無謀な行いを繰り返すのは死というものを実感できておらず、なまじ力があるため死を感じることもなかったからだと考えていた。


 自分は死なないだから何をしてもいいのだ、と。


 だが、それは違った。


 クレマンが放ち、あのエルフが醸し出した死の気配を感じてなおアーノルドは引かない。


 クレマン達が頭を悩ませる横でロキだけが必死に口角が上がりそうになるのを抑えていた。


(死にたがり?狂人?ここまでぶっ飛んだ思考は初めて見たよ。いや、戦闘狂の思考に近いか?でも他者の言葉を聞いてその道理を理解できるということは死へのリミッターが生まれながらに外れているってことだろう?ただ単に強くなりたいと思っているだけの馬鹿なら他者の言葉なんか聞き入れやしないからねぇ〜。そういう奴は強くなるということ以外全てが雑事。それ以外のことに目を向けるはずがないからね。いいね、いいね!ゾクゾクしちゃうよ!ブッとんでる人間ってのはどうしてこんなにも秀麗で甘美なのだろうか?ああ、目が離せないよ。このままただの凡人のように教育していくなんてもったいないんじゃないか?僕に任せてくれたらこれ以上ないくらいに育てれるのにな〜)


 ロキは必死に顔がニヤけ過ぎないように整えていたがクレマンはそれを見逃しはしなかった。


 そもそもクレマンはロキならばアーノルドを守れるだろうと思い、あちらの矢を任せたというのに失敗した。


 その失態をクレマンは許してはいなかった。


「ロキ、あなたはカバーに入りなさい」


「うぇ?」


 クレマンの有無を言わさぬ圧力を前にロキは文句を言うこともなく渋々ながら前線へと向かっていった。


 ロキは戦場を駆けながら歪に嗤っていた。


 まるで愉悦を感じているかのように。


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