42話
次の日の朝になり、騎士達も今まである程度簡易的であった装備を本格的なものに変えた。
アーノルド達にとってはここからが本番である。
「さて貴様ら。この退屈な日々にもそろそろ飽きてきただろう?少なくとも私は飽きてきたぞ。今日、明日には何らかの戦闘があるものと予想される。ダンケルノの騎士が襲撃者ごときに後れを取るとは思わんが油断はするなよ?立ち塞がる者は女だろうが子供だろうが遠慮はいらん!全て殲滅せよ‼︎」
「「「おおー‼︎」」」
そして進軍を開始した。
休んだ時間が長かったためか、やっと敵地に入るからなのか皆の士気は高いように見える。
1時間ほど進むとフォグルの森が遠くに見えてきた。
もう少し行くと遠回りとなる街道沿いの道と森への道に分かれる。
フォグルの森周辺には遮蔽物がほとんどないため多くの人が待ち伏せしているのならわかる。
相手側の唯一の大騎士級は隠密が得意ではないとわかっているためアーノルドを囲っているコルドーやクレマンに気づかれずに近づくのは不可能である。
ここで手札を切ってくることはないだろう。
そして徐々に最も襲撃の可能性が高いフォグルの森の入り口に近づいてきた。
アーノルド達はフォグルの森に近づくにつれ進軍速度を少し落とし周辺の警戒をしていた。
残り300〜400mほどになったときに案の定森の中から複数の弓矢が放たれてきた。
馬に乗っている者達は馬を止めた。
流石にこの距離だと当たっても威力が低くなりすぎて鎧を着ている騎士達が傷を負うことはないためおそらくこちらの馬を狙ったものなのだろう。
馬にでも当たればこちらの機動力を奪える。
そうなれば歩兵しかいない小姓級や従騎士級ならばあとは弓矢や魔法を浴びせればほとんど削れる。
そして数的有利となった状態で残りを殲滅する。
そういう作戦なのだろう。
だが、こちらにいるのは全員が身体強化を使える騎士級相当の者達ばかりである。
弓矢如きに遅れを取ることはない。
もしくはこちらの戦力を把握した上で襲ってきているのであれば、こちらの食糧や機動力を奪う目的なのかもしれない。
どちらにせよこちらの戦力はすぐにバレる。
一撃離脱で逃げられる前に即座にケリをつけなければならない。
「クレマン。監視らしき者はいるか?」
アーノルドは馬を別の者に預けて、走りながらクレマンに尋ねた。
この襲撃がアーノルドの軍の実際の連携を見るための捨て駒という役割もあるのならば、どこかにこの戦闘を覗き見る監視者がいるはずである。
流石にそれを放置することはできない。
「2人ほど」
「では、予定通り2人に任せるぞ」
「「お任せ下さい」」
襲撃の際にその監視がいる場合にはクレマンとメイリスが処理する手筈になっていた。
この2人の戦闘力も一体どれだけ高いのかは分からないが、コルドーと同等かそれ以上なのは間違いないだろう。
二人はアーノルドを置き去りにどんどん加速していき、アーノルドには認識できていない監視している者のところに向かっていった。
走っている最中にも弓矢が飛んでくるが、誰も避けようとする素振りを見せずそのまま突っ込んでいた。
そして弓矢を避けぬということは身体強化が使えることを意味していた。
身体強化を使える者にマナやオーラを宿さぬただの弓矢が貫通するようなことはないからだ。
「こいつら全員騎士級以上だ‼︎全員退け‼︎退けー‼︎」
敵の大将らしき人物がこちらの戦力を看破し撤退するように指示していた。
その者は40代くらいのどっしりとした男であった。
森の木陰から出てきた盗賊は総勢でざっと150人程度。
こちらは80人程度が攻めているわけだが、その実際の戦力差は大騎士級2人をいれればもはや千や万にも匹敵するだろう。
相手の野盗の集団には勝ち目などなかった。
「誰一人逃がすな‼︎総員、殲滅せよ‼︎」
アーノルドがそう叫ぶと騎士達が野盗の集団へと斬り込んでいった。
森の中にバラバラに逃げていっているが、身体強化を使える騎士を巻くことなど出来はしない。
野盗達の悲鳴が上がるなかアーノルドは野盗の頭と相対していた。
「あのクソ野郎め!何が簡単な仕事だ⁉︎ふざけやがって‼︎」
逃げようとしていた野盗の頭は目の前に現れたアーノルドを見て急停止し、この男に今回のことを依頼したであろう人物に対して悪態をついた。
「物事の選択は慎重になった方がいいぞ?一つのミスが自らの死へ繋がっていることもある」
アーノルドは静かにそう言った。
「ガハハ、この歳になってまさかお前のような子供に諭されるとはな。が、全くもってお前の言う通りだな!人生とは選択の連続だ。だが、選ぶ前から成功が約束された選択なんてないんだぜ?それと同様に失敗かどうかも最後までわからねぇもんだ。・・・・・・坊主、なぜ俺の前にわざわざ出てきた?これだけの騎士がいるのならわざわざ自分から出てくる必要もないだろうに。貴族の子供ならば大人しく守られておけばいいだろう?」
男はまるで目の前のアーノルドこそが自分の選択を正解へと導くものだとでも言わんばかりにニヤニヤと余裕のある笑みを浮かべていた。
だが、実際にはアーノルドに即座に手を出せるほど余裕があったわけではない。
お守りの騎士もなく自分の目の前にこれほど無防備に立たれては罠を警戒し手を出すことも無視することもできなくなっていた。
それゆえ男はアーノルドの方を向きながらも周囲を常に警戒していた。
「守られる?そんなことに意味などないだろう。この世で最後に役に立つのは自分の力だけだ。他人任せの奴ほど先に死んでいくのさ」
「ハハハ、違えねぇ‼︎この世で最後に頼れる存在があるとしたらそりゃ自分だけだわな!よく分かってんじゃねぇか⁈仲間も友達も親ですら逆らえん存在を前にすれば我が身が1番可愛いんだからよ!友情や愛情なんざ権力や財力を前にすりゃ無いも同然よ! 権力?財力?そんなもんは抗えんほどの武力を前にすれば紙屑同然よ!お前らがそうであるようにな!権力も財力も持っているやつに逆らえん理由なんぞ所詮はそいつらが何者にも負けぬ武力を持っているからに過ぎねぇ!結局この世でまともに生きていこうと思ったら自身で全てを手に入れるしかねぇ!権力も財力も武力も全て自らが持つべきもんだわな!」
男はアーノルドの言葉に気を良くしたのが上機嫌に声高にそう言った。
「それで貴様は手に入れることに失敗したのか?」
アーノルドからすればこの男は権力、財力、武力その全てを手に入れているようには思えなかった。
「はっ!最初から全てを持っている奴に何がわかる。権力なんざこの世に産まれた時点で既に持っているかどうか決まってるものよ!なんとも羨ましいことだな!少しばかりその運を恵んで欲しいもんだぜ」
少しばかり口を歪ませてアーノルドにそう言った。
「家の名で勝つことほど虚しいことはないがな」
最近のアーノルドはどこに行こうがダンケルノが持つ名前の影響力に左右されて嫌気がさしていた。
それゆえ吐き捨てるようにそう言った。
「そりゃ、お前、贅沢言っちゃいけねぇよ。持っていることのありがたみはそれを持たない者か無くなって始めて気付くもんだぜ?家の名前だろうがなんだろうがこの世は強さこそ正義だ。そんなくだらねぇことに拘って死ねば元も子もあるまい?持たざる者は使うかどうかの選択肢すらねぇんだ。使えるものは使ってこそだろ?そうだろ?」
アーノルドはその言葉を聞き、眉がピクリと動いた。
アーノルドとてこの世に転生してきたときは武力だけでなく権力をも手に入れると考えていた。
だが、やはり環境というものは毒にも薬にもなるのだろう。
たった5年、5年間今の生活を繰り返しているだけで今の環境が当たり前になり、権力欲というものが他に比べて薄れていたような気がする。
たしかに権力は別段即座に手に入れなければならないものではないし望んだからと手に入るものでもない。
だが、蔑ろにしていいものでもないのである。
そして武力というものはそれほど甘美なものなのである。
圧倒的な武力というものは時に権力すら寄せ付けない。
現に王家の使者ですらただの子供であるアーノルドに下手にでなければならなかったのである。
意図せず優越感に浸っていたのかもしれない。
そしてその武力や権力が心の中で自らのものではないと思っていたからこそ、その矛盾に腹を立てていたのかもしれない。
自らではなくダンケルノという武力と権力に服従しているだけだと。
そこに自らの力など全く関係ないのだと。
「なるほどな。ククク・・・・・・」
アーノルドは男の言葉で自身の目的をいま一度思い出したような気になった。
「あ?どうした、突然笑い出しやがって?いかれちまったのか?」
男は突然笑い出したアーノルドを警戒するように少し身構えた。
「いや、貴様の言葉が至極真っ当な言葉だと思ってな。今の環境に慣れすぎて知らず知らずのうちに甘えていたようだ。そして今一度私のするべきことを再認識できた。礼を言うぞ?」
そう言ってアーノルドは歯を噛み締めた。
アーノルドは今の環境に無意識に甘えていたことを反省した。
権力による屈服も自らが望んでいたことであるのだ。
何者にも屈服せぬほどの権力を手に入れるという目標。
今の自分が持っている権力が他者のもので仮初の権力という意識であった。
いつから他者に慮るようになってしまったのか。
たとえ本当に他者のものだとしてもそれを自身のものとするほどの気概がなければ一度きりの人生で自らの目標にたどり着くなどとてもではないが出来ない。
最近のアーノルドは武力に注視しすぎて自らの力だけで他者を屈服させようとしていた。
力に囚われすぎていたのだと反省した。
いつ何時死ぬかわからぬのだ。
そうなる前に死に物狂いであらゆる力をつけなければ・・・・・・。
たとえ他者の武力や権力を利用しようとも。
そして人事を尽くしたならば、その結果どうなろうとも納得できるかもしれない。
少なくともあのように後悔しながら死んでいくようなことはないだろうと思った。
「ガハハハ、その歳なら甘えるのも当然の歳だろう。そう背伸びせず年相応に成長していけばいいのさ。そら、そこをどいてくれないか?お前も無駄に死ぬこともなく俺も逃げれてお互いwin-winだろ?それとも俺のためにわざわざ人質にでもなってくれるのか?」
その男はこれぞ名案といった感じでアーノルドに歯を見せニヤリと笑いかけてきた。
だが、その言葉を聞いたアーノルドは今まで浮かべていた自然な笑みを引っ込めて男に対して鼻で笑った。
「何を勘違いしている。私はお前と戦うためにわざわざここに来たのだぞ?それを放棄するはずなかろう。何か交渉にでも来たと思っていたのか?」
男の顔からも笑みが消え、視線や声が一段と鋭くなった。
「お前が俺を戦うだと?馬鹿も休み休み言え。そのくらいの歳で身体強化が使えりゃ気が大きくなるのもわからなくないが、俺に勝てると思うってのは少しばかり驕りがすぎるんじゃねぇか?」
男にとってもそれは予想の外であった。
アーノルドが身体強化を使えるのは見たが、どう考えても訓練を始めて数年程度の子供である。
騎士達の見張りもなく自分と戦わせようなんて正気とは思えなかった。
「勝てるかどうかで挑むわけじゃない。私にとって意味がある戦いかどうかだ。貴様は間違いなく私よりは強いだろう。だが、だからこそ戦う意味があるのだ。自身よりも弱い奴とやって何になる。得られるものなど勝利したという慢心だけだろう?強くなるために死を恐れてなんになる」
「それで?強くなるために死んだならそれも本望ってか?」
男は睨みつけるようにアーノルドを見た。
「私にはそれしかないのでな。強くなれない人生になど意味はない。必要なことならばやるだけだ」
「はぁ〜・・・・・・、お前の人生だ。好きにすればいいが・・・・・・、その歳でなんて窮屈な生き方をしていやがる」
男は歯を食いしばりながら嫌悪感を露わにして唾を吐き捨てた。
「・・・・・・私の生き方が窮屈だと?」
「そうだろ?自身の死すら厭わねぇ生き方のどこに自由がある⁉︎選択肢があるだけまだ俺の方が自由ってもんだ‼︎お前はその生き方を自由だと思っているのかもしれんが、俺からしたらお前なんぞ強者という生き方の偶像に縛られているだけのただの死にたがりでしかないわ!憐れみすら感じるぜ。・・・・・・強くなるために自身より強き者と戦うのは間違っちゃいねぇよ。お前の言う通り弱い奴とだけ戦うだけで真に強くなることなんて出来やしねぇからな。だがな、本当に強い奴と戦うだけでしか強くなれねぇならこの世に本当に強い奴なんざ存在しやしねぇよ。周りの大人がお前を導かなかったのも悪かったのだろうが・・・・・・、死を乗り越えれる可能性なんざ万に一つあるかどうかだ。お前はそれを毎回乗り越えれるとでも言うのか?」
「は!そんなことはわかっている。だがな、万人と同じことをしていてそれで果たして本当に強くなれるのか・・・・・・。私が求めるものは誰もが私にひれ伏すほどの圧倒的な力だ。死を恐れていて手に入るものではない。余人がやっているようなことをやった程度では到底辿り着けぬのだ。貴様らが無理だと思うことこそやることに意味があるってもんだ」
男はその言葉を聞きとても痛ましげにアーノルドを見て奥歯を噛み締めた。
「・・・・・・それはお前がダンケルノだからか?」
「いいや、関係ない」
アーノルドは男の問いに対して即答した。
「・・・・・・そうか。ならば、一つ忠告しておいてやる。強い奴との戦いだけじゃあダメだ。弱い奴や同格との戦いにもそれぞれ強い奴との戦いでは得ることのできないものがある。強くなりたいのならば弱い奴との戦いも大事にするんだな」
男はアーノルドから目を逸らしながら吐き捨てるようにそう言った。
「忠告は感謝しよう。だが・・・・・・、今から殺し合う相手に対して助言とは・・・・・・」
アーノルドは目を細めて男を睨みつけた。
舐めているのか?とアーノルドは言いたかったが、どうにもこの男はそういった感じではない。
むしろ先ほどから憐れみの視線を感じるのだ。
それがアーノルドの癇に障っていた。
「この後に及んで逃げられるとでも思っているのか?ダンケルノに手を出したのだ。代償もなしに逃げようなんて虫が良すぎるだろう?」
この男はアーノルドと戦うのを明らかに避けようとしていた。
最初は警戒しているだけかとも思ったが、どうにも闘志というものをこの男から感じなかった。
「それはあれよ。ガセ情報を摑まされたのさ。俺が教えられていた戦力は騎士級が数人程度にあとは雑魚だって話だったんだがな。金持ちのボンボンが調子に乗って悪さをしているから捕らえてこいとな。それに前金もたんまりで馬や人を仕留めるたびに大金が貰えるとなれば受けねぇほうが不思議ってもんだぜ。ダンケルノだなんて知らなければな」
男は吐き捨てるようにそう言った。
「私たちは紋章を掲げていたはずであるが?気づいた時点で襲撃をやめれば良かろう。それにワイルボード侯爵家と私たちが事を構えていることくらい知っているだろう」
「そんなもんあの距離からちゃんと見えるかよ。遠見用の道具なんざ俺らのような野盗崩れが持っているわけねぇだろ?次からはもっとデカデカと掲げてくれ。言っても信じねぇかもしれねぇが依頼主がワイルボード侯爵家ってのも知らなかったんだよ。この森を通るはずの集団に騎士に守られている子供がいるはずだからそいつをその男に引き渡すか首を持ってこいって依頼だったからな。今なら侯爵家の領地なら問題が起こってもおかしくないからなんて言われてな。それにわざわざ依頼主の素性なんざ探らねぇよ。知らなゃなんとでもなるが、知るとそうもいかないことが多いからな。だが、ダンケルノの子供だなんて、いやそもそもテメェみたいなガキだと知っていたなら絶対受けなかったさ。なぁ、知らなかったってことで見逃しちゃくれねぇか?」
周りではその男の仲間が倒される悲鳴が響き渡るなかでも飄々と余裕を見せる態度でそう言ってきた。
「それは出来ん相談だな。調べることくらいできたであろう?それを怠ったお前のミスだ。ミス一つが命取りになることをやっているんだ。諦めるんだな」
アーノルドはにべもなく断った。
「まぁそうだわな。まさしくその通りだな。ぐうの音も出ねぇよ。だが、俺はこれでもそこそこ強いんだぜ?」
騎士級がいると聞いているにも関わらずこの依頼を受けたということはこの集団の中には騎士級に相当する者が何人かいるのだろう。
頭となるこの男もおそらくは騎士級なのだろう。
「貴様も学ばんやつだな・・・・・・。だからどうしたというのだ。例えお前が私より強くて私が敗れたのなら私の判断ミスでありその程度の人間だったというだけであろう。その程度で臆するならそもそもここに来ておらん。何を躊躇うことがある。生きたければ目の前の敵を殺せばいいだけであろう。今までもそうしてきたのであろう?何を今更躊躇う」
アーノルドはなぜ目の前の男が戦いに応じようとしないのか不思議であった。
野盗なぞ人を傷つけることを躊躇うような人種ではない。
この世は殺すか殺されるかである。
それを一番分かっているであろうに。
「まぁそれはわかっているんだが・・・・・・。俺も野盗なんぞに落ちぶれたが、これでも昔は騎士だったんでな。子供を嬉々として殺すほど外道に堕ちたつもりはねぇんだがな・・・・・・」
この男も自分で言いながらもはや諦めているかのようであった。
いかにアーノルドを警戒していたとはいえ時間をかけすぎである。
逃げるにしても戦うにしてももはやどうにもならないほど時間が過ぎた。
この男が自身の信条を貫きたかったのならアーノルドが現れた時点で即断即決をするべきだったのである。
「騎士道というやつか?それとも神への信仰心ゆえか?くだらんな。・・・・・・そもそも騎士級なんぞがなぜ野盗なんぞやっている」
アーノルドにとっては単純に疑問であった。
騎士級ともなればこの世界では大騎士級ほどではないが、それでもかなり重宝されるはずである。
それこそ野盗になどならずとも簡単にどこかで雇ってもらえるはずである。
戦争などになればそれこそ騎士級など引く手数多である。
たとえ犯罪者であろうと雇う貴族はいるだろう。
「騎士道や信仰なんて崇高なもんじゃねぇよ。俺の中にある超えちゃならねぇ倫理観ってやつさ」
自分でも可笑しいのはわかっているのか自嘲気味の笑みを浮かべながらそう言った。
「獣風情が人の道理を語るか。だが、信念なき人間よりかはよほど好感が持てるぞ?それで?」
アーノルドは男の言葉のおかしさに口角を少し上げ、先ほどの質問の答えを促した。
アーノルドに答えを促された男は一度鼻で笑ってから話し始めた。
「世の中にはな、そこらじゅうに不条理というものが溢れているのさ。その不条理に抗った末がこの結末ってわけだ」
やけに芝居がかった口調で男はそう言った。
アーノルドは特に表情を変えることもなく無言で続きを促した。
「なに、大した話じゃねぇさ。お貴族様に嵌められたのさ。優秀な平民の騎士なんぞ貴族からしたら目障りでしかないんだろうよ。そしてやってもいねぇ罪を被せられたのさ。罪自体は処刑されるほどではなかったが、それでも騎士としては終わりだった」
男は最初こそ語気を荒くしていたが、それほど貴族を憎んでいるといった様子ではなかった。
表情には出していなかったがアーノルドが訝しんでいるのがわかったのかその男は話を続けた。
「ハハ、何も泣き寝入りしたわけじゃねぇ。嵌めてきた貴族を殺したのさ!それが俺が野盗に身をやつしている理由ってわけだ。こんな話どこにでもあるんだぜ?温室育ちのお坊ちゃんには想像も出来ないか?」
男は貴族を殺したときのことを思い出しているのかニヤニヤと笑って楽しげに話していた。
「いいや。よく知っているさ。よくな・・・・・・」
アーノルドの声は重たくまるでどす黒いオーラが出ているかと錯覚させるほどであった。
そんな様子のアーノルドに男は少しばかり気圧された。
「そうか?その歳でなんともまぁ随分苦労してんだな?だが、そうでなきゃテメェみたいなイカれたガキが出来上がるわきゃねぇか?」
そう言って男は笑い声を上げた。
アーノルドはそんな様子の男には取り合わず話を続けた。
「だが、よく逃げ切れたもんだな」
貴族にも面子がある。
殺されたというのならその貴族の親族が是が非でもその犯人を探して殺しに来るだろう。
例え国を跨ごうとも。
「ん?ああ、当然追っ手は来たさ。だが、これでも騎士としては有望株だったんでね。騎士級数人を返り討ちにして大騎士級が来る前に身を隠したのさ。大騎士級には流石に勝てんからな。まぁそのあとは流石に顔が割れてるからまともに働くことなんざ出来ねぇからな。で、気づいたらこうなってたってわけさ」
自嘲気味の笑みを浮かべながら、だがその声色は楽しげであった。
実際には大騎士級相手にも真正面から戦って倒すことまでは出来ていないが逃げ勝っているし、そこいらの騎士級程度ならば同時に数人いようと勝てるだけの実力がある。
実際にかなりの数をこれまで殺して逃げている。
これから戦うであろうアーノルドに親切に教えるほどこの男も優しくはなかった。
「その貴族を殺したことを後悔でもしているのか?」
アーノルドはそれだけは聞いておきたかった。
自身と似たような境遇。
破滅するとわかった上で行動した者がその末にどう思っているのか。
それを聞いてみたかった。
「まさか!殺す瞬間のあの野郎共の顔だけで酒が進むってもんだ!貴族ってだけであれだけ俺を見下していたあいつらが懇願するように命乞いするんだぜ?いや〜、今まで生きてきてあれほどスカッとした瞬間はなかったぜ。むしろもっと時間をかけて殺すんだったな。後悔していることがあるとしたら一撃で殺したことだな!」
男は嬉々としてアーノルドに対してそう話し邪悪な笑みを浮かべていた。
そしてアーノルドはこの男の生き方を少しばかり羨ましくも思った。
まさしく何者にも憚らずやりたいようにやっている人生である。
アーノルドの望むような人生には程遠いが、それでも前の人生よりは余程羨ましい人生である。
行動に移せているだけでも称賛ものだろう。
力のない今のアーノルドが果たしてこの者ほど絶対的な強者に対して本当に死を覚悟してまで自身を貫き通せるのか。
この男との戦いを通せば少しはその答えが見えるかもしれないと思い、アーノルドは薄く笑みを浮かべもはや言葉ではなく剣を構えた。
「まぁ、仕方ねぇよな・・・・・・。わざわざ死ににくる者に救済を与えるほど俺は信心深くないのでな。恨むならこんなクソみたいな世を作った神とやらを恨みな!」
男もまた自身が持っていた剣を構えた。




