40話
結局魔法というものは便利であることには変わりがないが、出来るかどうかわからないものを実戦でいきなり使うといったことは出来ない。
どの道訓練が必要なことには変わりがないためマードリーの言うことが全て正しくなかったとしてもアーノルドがやることに特に変化はなかった。
だが、少し気になることは教会によって定められている魔法と自由に作った魔法。
この2つにも違いがあるのか、またなぜ教会は魔法を規制するのか。
なぜ教会の魔法は詠唱が必要なのか、これは魔法を使いにくくする意図にしか思えないが教会は特に無詠唱を制限しているような様子は見られない。
教会に真意を聞いてみたいところではあるが、答えてなどくれないだろう。
アーノルドの今回の遠征では剣術主体の戦い方になるだろう。
アーノルドは魔法に馴染みがなかったためか咄嗟の場面や何かを考えるときにまず体を動かす剣術を考えてしまう。
そのため魔法を使うとなるとどうしてもワンテンポ遅れてしまうのである。
それに魔法は流石にこの短期間では使えるようになるのが関の山で実戦的なレベルにまで昇華するのは出来ていなかった。
そこいらの新人相手ならばそれでもいいだろうが、これから戦う相手は何年何十年と訓練を重ねている敵である。
未熟なアーノルドが更に未熟な技を使うほど余裕があるわけではない。
だが、マードリーとの訓練の末にアーノルドは戦闘に使えそうな魔法をいくつか編み出していた。
まだ使うにはリスクがある魔法ではあるが、ここぞというときにはかなり有用な魔法である。
今は何十もの役に立たない魔法よりも少数の役に立つ魔法でいいのである。
そして遂に出発の日となった。
向こうに着くまでにおおよそ1週間ほどかけていく予定だ。
その間に2つの領地を抜けないといけないので、そこで何らかの襲撃があることも考慮にいれなければならない。
いかに盗賊といえどダンケルノの紋章をみれば普通は襲いなどしてこないのだが、盗賊などやっているのだ。紋章がわからなかったなどと言われればただの馬鹿なのか誰かの差金なのか判断するのは時間がかかるだろう。
拷問でもすれば吐くのであろうが、その程度の小競り合いに時間を使うのも馬鹿らしい。
ワイルボード侯爵からと見せかけた他の領地からのちょっかいの可能性もあるがその程度のことに毎回構っているほどアーノルドも暇ではない。
今回の遠征中に襲ってきた盗賊はワイルボード侯爵家からの刺客として処理するつもりであった。
ちょっかい程度ならばいくらでもかけられると聞いているし、度を越さぬものを一々相手にしていたらキリがない。
度を越したときにまとめて処理すればよいのである。
襲撃があるにしてもこちらを本気で殺しにくるのかただの威力偵察のための捨て駒なのかも分からない。
騎士級が100人もいる集団を襲うのだ。
本気で潰す気ならば同程度かそれ以上の戦力を、アーノルドだけを暗殺するにしても相当な手練れを捨て駒同然で使わなければいけない。
そういう意味でも襲撃の有無はどの程度相手がこちらの戦力を把握しているかそしてどの程度こちらを脅威と見做しているかの試金石ともなると考えている。
メイリスが先行して襲撃がないかの様子見のために先に出発しているようで、アーノルドは残りの者と共に進んでいくことになる。
だが、数日前に商団に偽装した食糧を乗せた馬車を数台だけ先回りさせている。
今回の遠征における心配点の一つとして食糧の有無があげられる。
アーノルドは村や街からの略奪を禁じた。
それゆえワイルボード侯爵領内では食糧の補給に一抹の不安を抱えることになる。
村が売らないとなれば食糧の補給が出来ないからだ。
そして相手とて死ぬ気で襲いに来ればこちらの食糧を焼くくらいはできるだろう。
そうなれば戦いの場において食糧の心配が出来ることになる。
いかに強かろうと人間が動くためには食べ物が必須である。
そして空腹な人間は動きが鈍る。
もし相手が戦力を把握しているのなら真正面から挑むより余程賢いやり方だろう。
向こうは自分の領地での戦いになるので、食糧の心配は相当長期化しない限りないだろう。
なのでアーノルドはもしものために相手の領内にこちらの食糧を偽装して運ぶように指示したのである。
だが、それはあくまで可能性の話でありアーノルドもそう長々と戦いをするつもりもなかった。
どれだけ時間をかけても2日、できる限り1日で終わらせるつもりであった。
そのために徐々に相手の人数を減らすのではなく強行突破の策を用意したのだ。
今回の戦いは長引けば長引くほど、そうでなくても戦力以外はどれもアーノルドに不利な戦いであった。
そもそも地力で劣るアーノルドに長期戦を選ぶ理由などなかった。
アーノルドは屋敷の入り口で馬と共に立っていた。
そして屋敷の使用人と母親が総出でお見送りをするために屋敷の前まで出てきていた。
アーノルドの目が向かったのはリリーとランの姿であった。
前とは違い綺麗な所作で深々と頭を下げているのがアーノルドの目に入った。
まだまだ細部は甘いがそれでも本気で取り組もうという意志は見える。
一時的なものなのか永続的なものなのかはわからないが最初から挫けるほど軽い気持ちではないのだろう。
ただ単にアーノルドが怖いだけという可能性もあるが。
アーノルドはほんの少しだけ2人を見た後に自身の母親に視線を向けた。
「それでは行ってまいります、母上」
「ええ、気をつけて」
言葉は少ないがお互いにとってはこれで十分なのである。
言葉は帰ってきてから交わせばいいのである。
アーノルドは馬に乗り、パラクは食料を運搬する馬車を引いて遂に屋敷を出発したのであった。
他にも武具を乗せる馬車などもあるため騎士達も全員が全員走るということではなく、ある程度交代しながら走ることで少しばかりの休憩をすることが出来ることとなった。
予定では公爵領を抜けるのに大体1日半から2日、次の領を抜けるのに1日ほど、そしてその次の領を抜けるのに2日ほどかかり、そこから目的のワイルボード領に入り警戒しながら進んでいくことになる。
馬のことを考えると1日中走れるわけでもないため、ある程度は余裕をもって辿り着けるようにしている。
この日に到着しなければならないというわけではないが、アーノルドはできる限りさっさとこのつまらない茶番劇を終わらせたかった。
ーー∇∇――
流石に公爵領では特に何の襲撃もなく予定通り進軍していくことが出来ていた。
コルドーやクレマンなども全く疲れの色が見えず、本当に誰も脱落することなく皆涼しげな顔で付いてきていた。
むしろ馬に乗っているアーノルドの方が、まだ慣れているとは言えない乗馬に力が入ってしまい疲れているかもしれないと思えるほどであった。
「アーノルド様。この辺りからカーライン子爵領となります」
コルドーがアーノルドに対してそう言ってきた。
別に国境というわけではないので特に明確な境目といったものがわかるわけではなく、ただただ平原が広がっている場所であった。
だが、街道の方にはちらほらと人が行き来しているのが見えるため、ダンケルノ公爵領とカーライン子爵領を行き来する人はそこそこいるのだろう。
流石に100人規模での進軍なので人の目を集めてしまうが、ダンケルノ公爵家の紋章を目にすると皆が目を合わせないようにしているのがわかった。
こちらを見ることで変に疑われたくなどないのだろう。
今日は夕方あたりまで進軍した後にカーライン子爵が居る街の近くで野営をすることとなった。
野営の準備をしているとカーライン子爵の使者と名乗る男がアーノルドを歓待させてくれと夕食を誘ってきたが、アーノルドはその誘いを丁重に断った。
使者の男は特にアーノルドを見下すといった態度でもなく、断られても別段気にした様子もなく去っていった。
断られることも想定済みだったのだろう。
「よろしかったのですか?アーノルド様」
敵か味方かもわからぬ相手である。
背後からの挟撃を許さぬという意味でも歓待に応じて間接的に牽制をするといった選択肢もあった。
それに相手が敵対するか迷っている場合などは友好的になっておけばその可能性も下がると考えられる。
そして何より隣の領地である。
邪険な関係より友好的な関係を築いておいて損はない相手である。
だが、アーノルドはその全てを蹴った。
相手の顔色を窺うなどアーノルドがやることではない。
「明確に敵対していないのであれば友好などはいつでも築こうと思えば築ける・・・・・・、それに別に築けなくても問題はない。友好的な相手かどうかを決めるのは私であってあやつらではない。歓待を断った程度で敵となるならば殺せばいいだけだ。友好的になる価値もない愚物でしかないのだからな。それに、これから共に戦おうとする者たちの士気は今なくてはならんものだ。誰もがその行動の意図がわかるわけではない。士気が落ちる可能性があるのならば今はそちらを避けるだけだ」
騎士達も馬鹿ではない。
公爵家では主人に付き従うにはそれ相応の頭脳がいる。
ただ強いだけでは側近などにはなることが出来ぬため、訓練の他に智を学ぶことを強制される。
いかに強くても強さだけでは公爵家使用人として上位の階級になっていくことは出来ない。
もちろん騎士級ともなれば生きていくのに困らない給金をもらえるため、皆が皆そこまで使用人としての階級を気にしているわけではないのだが・・・・・・。
それゆえ裏の意味を考えず表面だけから物事を判断する者がいる可能性があった。
そしてそのような短慮な者がこの世にいることをアーノルドは嫌というほど知っていた。
1つの綻びが全体の綻びになることもあるのでそこまでのリスクを犯してまで歓待に応じることにそれほどの魅力を感じなかった。
こちらがわざわざ顔色を窺うような相手ではないのだ。
死にたいと言うのなら死なせてやればよいし、害のない虫をわざわざ殺すほどアーノルドも酔狂ではない。
ここにいる騎士が全員アーノルドの臣下であるのならば、また話は違ったのであろうが今回はいわば寄せ集めである。
大体の戦力や出来ることはわかっているが全員の性格や知力まで頭に入れているわけではないのである。
またアーノルドには入れるつもりもなかった。
自らの臣下ならば少しは相手の性格も考慮するが、そうでない者にアーノルドがそこまでの配慮をする謂れなどないからだ。
共についてきてくれた礼として最低限の礼節は示すがそれだけである。
騎士達が自ら志願したことには変わりない。
アーノルドが来てくれと頼んだわけではないのだ。
ならば、戦力として最低限の働きをするのは当然のことである。
アーノルドがするべきは騎士達がしっかりと動ける場を作ることであって騎士達の接待をすることではないのだ。
本来であるならばアーノルドがそのようなことを考える必要すらないのである。
そのような馬鹿な行為をする者など切り捨ててしまえばいいのだがら。
味方に対してそこまで冷徹になれないのはまだアーノルドの甘さなのだろう。
結局その日の野営でも特に襲撃などなく、次の日も何の襲撃もなくカーライン子爵領を抜けることが出来た。
そしてワイルボード侯爵領の一つ手前の領である、ボンボレー伯爵領に入った。
この領はさほど大きいとは言えないが縦に長い領地のため通り抜けるのに少しばかり時間がかかる。
そしてさっきまでのカーライル子爵領と比べると街道が整備されているように感じられた。
こういったところからもそれぞれの発展具合や何に重きを置いているのか分かるなとアーノルドは考えていた。
最初の街に近くなるとまた伯爵の使者を名乗る男が来たが同じように丁重に断った。
そもそも伯爵のいるところはこの進軍を逸らさなければならないし、まだ先である。
なので行くわけがないのであるが、子爵が誘っているのに伯爵が誘わないわけにはいかないのだろう。
敵対するなら別であるが、なんともめんどくさいことだ。
その日はそのまま何事もなく進み、人の気配がない見晴らしのいい草原での野営となった。
そしてここらで一度街に寄り消費した分の食料を少し買い足しておくことにした。
今のところ襲撃はないが、もし襲撃してくるとしたらこれより先が最も可能性が高い。
そのため食糧が狙われるのを避けるためにできるだけそれぞれの馬車に分割して運んでいきたかった。
だが、実際他領で雇われた者が盗賊に扮してそういった行為に及ぶ場合、たとえその集団がワイルボード侯爵家と表向き関係のない集団であるとしても後々のボンボレー伯爵からの印象は悪くなってしまうだろう。
今この時期にダンケルノ公爵家の紋章を掲げた集団を襲うなど普通の盗賊などであればありえないことである。
ただでさえたかだか野盗くずれの集まりごときが騎士100人あまりの集団を襲うなどするわけがない。
普通もっと簡単に襲える集団を狙うからだ。
なので、そんな集団が現れた時点でワイルボード侯爵家の仕業であるという疑いは免れない。
たとえどれだけ証拠がなくとも。
だが、そうは言っても伯爵にとっては自身の領で起こった不始末である。
盗賊の処理をしていないのかと非難されれば、領地の経営すらまともに出来ていないとボンボレー伯爵の領地経営の手腕への謗りを免れないだろう。
それゆえ侯爵が後々の他領との関係のことも考えているのなら仕掛けてくるとしてもグレーゾーンとなる領地の境目辺りであるとアーノルドは考えていた。
またこの街がワイルボード侯爵領に入る前の最後の街となる。
それゆえ、これより先は食糧の補給も出来るかわからないため今しか食糧補給の機会はないのである。
このまま進めば今日にはワイルボード侯爵領とボンボレー伯爵領の境目辺りに近づく。
なので、今日はそれより更に手前で一旦進軍をやめ、休んでから明日駆け抜けていくことになる。
ワイルボード領に入ると数時間後にはフォグルの森に入っていしまう。
もはや一瞬たりとも気が抜けない地帯への突入となる。
ここで休んでおかないともうしっかりと休める場所はない。
騎士達も顔には出ていないが、流石に少しばかりの疲れが見えてきているように見える。
それゆえ今日は街の近くで野営をし、昼から休憩を取って休むように厳命している。
疲れのひどい者は街で休むことも許可しており、ただ問題だけは起こすなと言ってある。
もちろん仕掛けられたらな別であるが。
この街でメイリスも合流したのでアーノルドはクレマンとメイリスを連れて情報収集を兼ねて街へと入っていった。
貴族用の検問所から入ったのでそれほど時間もかからなかったが、案の定この街の代官を名乗る者が挨拶に来て、食糧の無償提供を申し出てきたがアーノルドはその申し出を断った。
無償ほど怖いものはないからだ。
他者が介入する余地を残すと後々面倒である。
アーノルドは服の下に簡易的な防具を仕込んではいるが、今は戦衣装というわけではなかった。
それゆえ、店で買い物がてら世間話をしながら情報を集めていくことにした。
アーノルドの年齢的に酒場へは出入りできない。
なので次点で情報が集まるであろう場所を回った。
「いらっしゃい‼︎」
野菜屋を覗き込んでいたら恰幅のいいおばちゃんが声をかけてきた。
「お母さんとおじいちゃんとお買い物かい?何か欲しいものでもあるのかい?」
「今のオススメは何だろうか?」
アーノルド的には少し抑えた口調で話したつもりであったが、おばちゃんは少しびっくりしたように目を一瞬だけ見開き少し苦笑い的に言葉を発した。
「なんだい、ませた喋り方をするね。そうだねぇ〜、今ならきゅうりやアスパラなんて美味しいよ!」
おばちゃんはきゅうりとアスパラを指し示しながら満面の笑みを浮かべた。
「ならそれを5本ずつくれ」
「あいよ」
アーノルドは子供らしく5本と指を開いて言った。
そして、メイリスに目配せをした。
メイリスはお金を出しながらおばちゃんに対して世間話を持ちかけた。
「これから、ワイルボード侯爵領の方に向かうつもりなのですが、最近物騒な噂や盗賊などの情報はありますでしょうか?」
「なんだい、そんな方に向かうのかい?悪いこと言わないからやめときな。これからダンケルノ公爵家とワイルボード侯爵家で戦争があるって聞いたことないかい?そのおかげでここいらでも物価が上がったしいい迷惑だよ全く・・・・・・。だから巻き込まれたくなきゃやめときな。それに街道にも何だかよくわからない怪しい風体の者達も増えているってこの前取引した商団も言ってたよ。襲われたって話は聞かないけど、それでもわざわざ今の時期にそんなところに向かうなんて自殺行為だよ」
辟易とした様子でおばちゃんはそう言ってきた。
「そうなのですか。教えていただきありがとうございます」
メイリスはそう言って野菜の代金をおばちゃんに渡した。
「子供もいるんだし、どこか別のところに向かうんだね。坊ちゃんも気をつけなよ」
おばちゃんは心配そうにアーノルドを見て、見送ってくれた。
その後もいくつかの店で情報を集めたが、どこも似たような話であった。




