39話
アーノルドにとって遠征前の最後の訓練日。
昨日は剣術による訓練に費やしたので今日は魔法に関する訓練に一日を費やすつもりである。
マードリーは正確には公爵家の者ではにないため今回の遠征について来させる気はないしマードリー自身もついて来る気はないと言っている。
最初にやることは相手が使ってくるであろう魔法の復習である。
マードリーやアーノルドは教会が強いる制約に縛られず様々な魔法を使うことができるが、一般の者は教会によって認められている魔法しか使ってこないため何があるか知っていればある程度の対策を考えることはできる。
だが、それらの魔法でもアレンジすることは出来る。
例えば土属性の中位魔法『岩弾丸』は拳くらいの岩を生み出しそれを相手にぶつける技である。
普通ならば、そこいらの岩を全力で投げた程度のダメージであり、痛くはあるが致命傷というほどにはならない。
だが、人によって、打ち出す岩に回転を加えたり、打ち出す速度を上げたり、岩自体を大きくするなどを訓練によって出来るようにすることで他者との違いが生まれている。
なので、一般の者達にとっての魔法とはベースとなる魔法をいかに変化させ、自らの魔法に昇華していけるかというものになってくる。
発動までの速度や威力など個人の力量によってかなり変わる。
そして元の魔法と変わりすぎた魔法は教会の規制対象になったりすることで秩序が守られている。
魔法自体の階級は下位、中位、上位、王位、帝位、神位というものがあり、攻撃魔法だけでなく補助魔法や治癒魔法なども存在する。
どの属性にも当てはまらぬ補助魔法のような魔法は無属性魔法と言われている。
一般的に魔法の階級は習得難易度とその規模や威力によってそれぞれの階級に割り当てられている。
下位魔法は別名『生活魔法』とも呼ばれる殺傷能力のない魔法群である。
初等部にいけば誰でも教えられるもので、魔法が全く使えない者を除けば皆習得することができるものであり、習得すれば平人級に位置付けられる。
中位魔法は人を傷つけることができる魔法の中でも最も威力の弱いもので、基本的には小規模な魔法でしかない。
もちろん攻撃することを目的としない補助の魔法もあり、大抵はこの中位魔法に位置付けられている。
上位魔法は小規模なものから大規模なものまであり、基本的にその枠は威力によって当てはめられている。
中位魔法が少しばかりのダメージを与えるものであるのに対し、上位魔法は直撃すれば人を吹き飛ばせれるが、必ずしも死をもらたせれるとは限らない程度の威力と定義されている。
いかに命を奪われないとはいえ、直撃すればある程度のダメージは避けられないため魔術師同士の戦いにおいて実戦的な決め手として最もよく使われる魔法と言ってもいい。
だが、その分詠唱も長くなるため、その対策をいかにしていくのかが魔術師としての腕となる。
王位魔法以上は広範囲破壊魔法と定義されるものである。
王位、帝位、神位。
位階が上がるごとに威力が上がり、地形が変形するほどの威力をもった魔法となる。
聖人級と定義される魔術師はこの王位魔法が使えるようになるか、もしくは上位魔法をある程度習得し極めることによって魔術師教会によって認定される。
それゆえ、聖人級以上の人間がいるのなら広範囲の魔法に対して警戒しなければならない。
だが、実際に王位魔法が使える聖人級の者は聖人級全体の人数に比べたら少ない方である。
上位魔法までは対人魔法であり、王位魔法以上が対軍魔法になる。
なので多数が戦う場においては王位魔法が使える者は重宝される。
アーノルドが警戒しているのもこの位階以上の魔法である。
そして神位魔法ともなれば都市そのものを破壊できるほどの威力となる。
だが、帝位魔法以上ともなればそもそもほとんどが一族の秘伝魔法扱いであり、その魔法自体を知ることが出来なくなるためそうそう修得できるようなものではないのである。
神人級に分類されているマードリーなどは1人で都市そのものを跡形もなく消すほどの魔法を放てると魔術師教会に認められているということなのである。
「それで?魔法に対してはどうやって対処すればいいんだ?」
アーノルドは今まで魔法を使う訓練はしていたが、相手の魔法に対してどう対処するのかは訓練していなかった。
「そうね〜。一般的な戦いでは、詠唱時間の少ない中位魔法の撃ち合いになることが多いわ。
だからまずは中位魔法からいきましょう。中位魔法の対処方法はいくつかあるわ。一つは避けることね。まぁ大体がこう対処するんじゃないかしら。次は同じ威力以上の魔法を撃つことによって相殺することね。そもそも撃たせる前に攻撃するってのも一つの手ね。中位魔法程度なら短い詠唱ですむけどそれでも刹那の戦いにおいては詠唱の時間すら隙になりえるわ」
「無詠唱で魔法を使えるやつはいないのか?」
アーノルドは書物で無詠唱の存在は知っていた。
だが、実際にどれくらい使える者がいるのか知らなかった。
「いるわよ。簡単な魔法程度なら無詠唱で使える者は多いし、そこそこ訓練している者なら中位魔法や上位魔法でも無詠唱を使っている者はいるわ。ただ無詠唱でできる者はそこまで多くはないわ。一度詠唱で覚えた者が詠唱なしでするのは難しいみたいね」
「無詠唱ができる者でも詠唱をしてるやつはいそうだな・・・・・・」
「いるわよ。詠唱した方が楽って思ったり、無詠唱が使えないと思わせておいて、いざというときに使うとかね。まぁある程度の境地になればなんとなく魔法を使ってくるかわかるようになってくるけどね。それで最後は根性で耐えるというものね。中位魔法程度なら当たりどころが悪くなければ、耐えることができるわ。でもアレンジの仕方次第では中位魔法の威力を超えたものもありえるからこれは本当に最後の手段ね。身体強化が使えるのならさらにダメージを軽減できるから、いざというときは急所だけ外れるようにして受けてしまいなさい。無理に避けて体勢を崩す方が危ないこともあるわ。でもあくまで最終手段よ」
マードリーは真剣な表情でそう言った。
アーノルドは無言で頷いて答えた。
「魔法というのはどれくらい飛ばせれるものだ?」
「う〜ん、それは人によるとしか言えないわね〜。飛距離が伸びるほど威力も下がるでしょうけど、上に撃ち上げれば重力の効果で威力を補うこともできるから、戦争なんかでは空一面に魔法が打ち上がるなんてこともあるわよ。まぁさっき言ったみたいに身体強化で防いだり、忘れていたけど魔法で防御膜を張ったりして防ぐのが一般的ね」
「防御膜?」
アーノルドは聞いたことがない単語が出てきたため聞き返した。
「別に難しいことじゃないわよ。自身の周りを何かで遮断するようにイメージすればいいだけ。遮断するものは何でもいいけどできるだけ透明な物のほうがいいわよ。こんな感じね。ただの中位魔法だから簡単に出来るわよ」
そう言ってマードリーは自身の周りに球状の透明な膜を作り出した。
「何か撃ってみなさい」
マードリーが自身満々にそう言ってきた。
アーノルドは少し迷った末に水滴を弾丸のように撃ち出した。
どうせ阻まれるのだろうと思っていたアーノルドは油断していた。
アーノルドが撃った水弾がマードリーの防御膜に当たった瞬間その水弾がそのままアーノルドの方へ跳ね返ってきた。
油断していたアーノルドは目を見開き咄嗟にガードしようとした。
すぐさま顔のところにだけ防御膜を生じさせ、そこに水弾が当たったことでなんとか防ぐことができた。
本当に簡単に使うことができた。
本気で祈ったからこそ出来たのだろう。
「まぁこんな感じで色々アレンジは出来るのよね。でも、私は基本的にこれ使わないのよね。
まず発動させたまま動きずらいのよね。それにある程度の威力に対してはあまり意味ないのよ。所詮は中位魔法だからそれほどの強度はないわ。色々試してみたけど、私たちレベルになると無いのと変わらないのよね。それなら最初から別の方法で対処しておいたほうが考えることが少なくなるし、私はそっちの方が慣れているのよね。まぁ何を使うかは自分で考えるといいわ。自分に合ったスタイルを見つけるのが1番いいからね」
アーノルドにとって魔法はまだ全くもってわからないものであった。
たしかに想像することによって様々な魔法を発動することは出来るようになっている。
普通の人は詠唱をして決められた魔法しか発動できないという状態に比べれば、詠唱もいらずある程度自由に魔法を使うことができるというのはかなりいいだろう。
だが、アーノルドには不可解だと思う部分が多くあった。
そもそも想像することによって自然の摂理に反しない魔法であるなら大抵どんな魔法でも発動することができるというのがマードリーの教えであった。
そしてより強力な魔法を発動するためには生み出すものについてより詳細に知らなければならないと。
今のところアーノルドの魔法に対する認識はこんなところである。
しかし本当にそうなのか?という疑問がアーノルドの頭に浮かんでいた。
そもそも何をもってその事象や物について詳しくなったと見做されより強力な魔法となるのか。
土一つとっても際限なく考えられる。
土そのものにすら様々な種類があるし、それを構成するものを突き詰めていけば、分子、原子、そして素粒子にまで遡れるだろう。
果たしてそんなことを考えることが必要なのか。
そしてそこまで考えている者と考えていない者でそれほど差が出るのか。
アーノルドは本当にそんなことを考えて魔法が強くなるのだろうかと疑問を禁じえなかった。
アーノルドは昨日火炎魔法を無意識に使った。
火とは何なのか、そんなものは知らないし、そもそも燃えない火など詳しく想像できるようなものではなかった。
にもかかわらず燃えない火は再現されていたのだ。
なら、マードリーの言っていることは間違っているのだろうか。
そうとも言い切れない。
アーノルドは実際に詳しくなればなるほど威力が上がるといった経験をしたのである。
もちろん詳しくなったからではなく単純に何度も使い慣れてきたからということも考えられるだろうが、そもそも本当に想像だけで全てが決まるのなら威力すら思いのままのはずなのである。
それが成立していない時点で何か外的な要因が加わると考えるのが当然の帰結となる。
今ある要素だけでは考えられないからだ。
なら、あとはその外的な要素が何かを考えるだけである。
そういったことをマードリーにぶつけてみたのだが
「もちろん今の時点で魔法についてわかっていることも多くあるけど、あくまで仮説の域を出ないものや、理論すらわかっていないことも多くあるわ。私が最初にここに来た時に言ったように、私の目的は魔法の発展よ。まだまだ考える余地なんていくらでもあるわ。だから、君が違うと思ったのなら君は君の理論を確立すればいいのよ。今わかっていることも実験によってわかっていることに理論を追加しただけで、まだまだ考える余地はいくらでもあるし、実はその理論が間違っていましたなんていうこともあるかもしれないしね」
そうマードリーは言った。
一般の者は決められた魔法しか使えないが、実際には魔法は想像によってどんなことでもできる。
これは部分的に正しかったのである。
確かにアーノルドは教会が認めている魔法ではなく自身が思い描いた魔法を使うことが出来ていた。
その点では想像によって魔法を生み出せるという点に間違いはないだろう。
だが、違うのは想像によって全ての現象を再現することはできないということと威力が最初から自身の思い描いているものとは違う場合があるということだ。
アーノルドは当てはまることばかりに着目し無意識のうちに全てが正しいものだと思い込んでいた。
だが、考えてみれば当然のことであった。
マードリーは最初から目的は魔法の発展だと言っていた。
もし魔法がただ自由に発動できるものなのであれば魔法の発展など意味をなさないだろう。
既に何でもできるのだから発展の余地などない。
だが、マードリーの教え方は紛らわしいものであったと思い問い詰めると
「中には本当に魔法を自由に使う人がいるのよ。まぁ私の師匠なんだけどね。私は最初に詠唱ありの魔法から入ってしまったからなのか、師匠ほど自在に扱うことが出来ないの。それで魔法を全く知らなくて教会の意思が介入していない者ならば、同じように自在に操れると思ったんだけど」
「私で人体実験をしたというわけか」
「人聞きが悪いわね。でも実際に使えていたらそれこそ君にとっては有益なことだし、使えなかったとしても無駄ではなかったでしょう?」
マードリーは悪びれもせず頬を少しぷくっと膨らませてそう言ってきた。
ある意味アーノルドを洗脳していたわけであるが、生粋の魔術師であるマードリーはその程度では罪悪感など持たない。
しっかりとアーノルドに対してメリットを供給しているのだから責められる謂れはないという考えだ。
「ハァ〜・・・・・・、まぁ確かに決められた魔法を使うことになるよりは全然有益であったが・・・・・・」
「私が教えたことも別に間違ってはいないでしょ?ただ全てを説明することは出来ないのよね。だからこそその説明できないことを含めて説明できる理論を作っていくのが私の目的。強くなるためだけなら、今分かっていることから出来ることを極めていけばいいんだろうけど、誰も知らない正しい理論を一人だけ知っているってのも強くなるための近道だと思わない?」
そう言って目を輝かせながらアーノルドを見てきた。
「お前の師匠はマナという概念をもたず自在に魔法が使えるのであったな。それはマナが知覚できないほど膨大にあるからとかじゃないのか?」
アーノルドは今のところたしかにマナというものを認識することなく魔法を使っているが、魔法をずっと使っていたことはない。
それゆえアーノルドは単純にマナの総量が多いだけで、ずっと使っていればマナの減りを感じることもあるのではないかと思っていた。
そもそもアーノルドは魔法についてほとんど知らないと言っていい。
それゆえ自分がマナを知覚できていないだけという可能性もあると考えていた。
マードリーの言うとおり、この世界では想像したことが現実《魔法》になるということをアーノルドも訓練を通して経験している。
だが、それと同様に想像したことが現実《魔法》にならないことも経験しているのだ。
単純に想像したことが現実になるというわけではないのは明らかだろう。
そしておそらくそれはマードリーもわかっていたのだろう。
いや、今回のことで分かったのかもしれない。
だがこれで、想像することである程度自在に魔法を現実にすることはできるが、思い込みだけで全てが決まる世界というわけではないというのがわかったことになる。
魔法の世界はまだまだ複雑であるということである。
むしろそれほど簡単ならば今頃魔法の達人が世界に溢れかえっているだろう。
その程度のことにすらアーノルドは気づいていなかった。
いや気づかないようにされていたのである。
そしてマードリーの返答は否だった。




