34話
初めての臣下を得たアーノルドではあったが、正直能力的には居ても居なくても変わらないレベルである。
したがって、当然能力アップさせていく必要がある。
だが、その前に一仕事してもらうことにした。
そのためにしばらくの間は臣下となった事実を伏せるように2人には指示していた。
そして、この屋敷の使用人達を上手くいけばもう少し早く掌握できる可能性が出てきた。
オードリーが言った『家族がどうなっても知らないわよ』という言葉。
むしろなぜ今まで気づかなかったのかアーノルドは自身の考えの浅さに眩暈がするほど怒り狂っていた。
人望がない者が、人の心を持っていない者が他者に言うことを聞かせる手段など限られている。
まだ道徳心のあるものならば金で縛る程度であり、貴族相手ならばヴィンテールという後ろ盾があればある程度強制もできるだろう。
だが、道徳心がない、いや、善悪など考えない人間がすることといえば、最も簡単なことは脅迫だろう。命を握られている人間はそう易々と裏切ることができない。抗う術のない者の家族を人質に取ったなら、その者を意のままに操ることなど造作もないだろう。
だが、逆に言えばそこを解決してしまえば恩を感じ、より強固に縛ることができるかもしれない。
なので2人にはザオルグ陣営の者で家族を人質に取られている者がいないか、またいるならばその人物の一覧を作るように頼んだ。
ただの敵なのか脅されている者かを見た目で判断することはできないので慎重に進めなければいけないが、出来ればオードリーが公爵によってなんらかの処罰を受けている間に事を済ませたかった。
そしてそれが成功すればかなり味方が増えるだろう。
現状ユリーを殺したからか使用人達にそこまで大きな動きはないが、この好機を逃す手はない。
レイ陣営が全く動きがないのも不気味ではあるが、今動かれるよりはマシであろう。
そしてなんとなく思っていたが、母上の陣営の使用人もいそうな雰囲気がある。
5歳まで母上と会うことはなかった。
それはこの家のしきたり的なものだと思っていたが、少なくともザオルグはそれより前から母親と会っている節があった。
私は母上が娼婦であること以外何も知らないのである。
そもそも本当に娼婦なのかすら本人から聞いたことがない。
そしてそれを聞いても答えてはくれないだろう。
自身のことを話すことを避けている節があるのは今までの会話からなんとなくわかっていた。そしてそれを追求することもなかった。
今はまだ関係を構築する段階なのだ。
母上の望みすらわからない現状では何も出来はしないだろう。
――∇∇――
アーノルドはコルドーが騎士を連れてくるまで書斎にいた。
そしてついに今度の遠征に同行するメンバーが決定する。
流石にアーノルドもどれだけの数が集まるかは想像できなかったので知らず知らずの内に少し額に汗をかいていた。
そして書斎のイスに座って微動だにせず目を瞑って瞑想していると、書斎の扉がノックされた。
「入れ」
アーノルドはいつもより少し低い声が出た。
「失礼いたします」
そう言って入ってきたのはクレマンだった。
「アーノルド様、コルドーの準備が整ったそうです。すぐに中庭に参りますか?」
「ああ」
アーノルドはクレマンと共に書斎を出て中庭に向かった。
アーノルドが建物の角を曲がり中庭に来ると目に入ったのは、100名あまりの騎士が跪いて整列している姿であった。
それを見たアーノルドは自身でも気付かぬうちに安堵の息を吐いた。
アーノルドが騎士達の前に立つとコルドーが代表して話しかけてきた。
「大騎士級2名、騎士級97名、従騎士級1名、御身と共に戦いたく参上いたしました」
アーノルドは嬉しく思う反面、この人数を如何にするか迷っていた。
その表情が面に出ていたのかコルドーが話しかけてきた。
「お考え中失礼いたします。戦費については聞き及んでおります。ここにいる者は皆、馬など乗らなくても身体強化により数日走ったくらいでは体力が途絶えることはございません。それゆえ、勝手ながら金庫番と相談し馬に使う戦費を人に回すことが出来るのではと思いご用意させていただきました。もちろん当初の予定通り50名まで減らしていただいても構いません。勝手をして申し訳ございませんでした」
そう言ってコルドーは深々と頭を下げた。
「いや、私のためを考えてそうしてくれたのなら嬉しく思うことはあっても怒りはせん。よくやった」
「は、恐れ入ります」
騎士級以上になれば身体強化が使えるため、馬に乗って戦うより断然機動力が上がる。
それゆえ馬にこだわる必要はなくなったのである。
もちろんアーノルドや食料を運ぶための馬はいるが、微々たるものである。
「それで・・・・・・」
アーノルドが見た先に居たのはパラクであった。
パラクはザオルグに斬られた傷も治っているみたいでピンピンしていた。
「元々名乗りを上げた騎士達は500名あまりいました。そして全員を騎士級以上で固めようと思った際に強く志願したのがパラクだったのです。これより先はパラクよりお聞きください」
アーノルドはパラクの元に歩み寄り前に立ち止まった。
「パラクよ面を上げよ」
「は」
顔を上げたパラクはアーノルドを真剣な眼差しで見ていた。
試験前の弱々しい顔つきとは違い、覚悟を決めた者の顔つきであった。
「強く志願したと聞いたがその理由はなんだ?此度の遠征の件を聞いているのならお前には少し荷が重かろう」
アーノルド自身も黒いオーラがあれば別であろうが、今の段階で大多数の乱戦は荷が重いものである。
それゆえ、アーノルドとそれほど実力が変わらなかったパラクには厳しいのではないかというアーノルドの配慮であった。
そう言われたパラクは唾を飲み込み一層顔を引き締めて口を開いた。
「私を貴方様の臣下としていただきたく参加の意を表明させていただきました。一度失ったはずの命、使うならば救ってくださった貴方様のために使いたく思います。そしてアーノルド様と共に戦わしていただきたく存じます」
あのときパラクは瀕死の傷で死の間際までいっていた。
騎士達にも後継者争いの中で適用されるいくつかのルールがある、少なくとも治癒魔法を使える騎士がそのルールを破ってまでパラクを助けることはなかっただろう。
それゆえ。あの場でパラクを助けることができたのはそのルールに縛られない一部の者たち、もしくはその者たちに命を下された者だけであった。
そして結局パラクを助けたのはアーノルドであった。
パラクはよくわからない黒いオーラに包まれたと思ったら全ての傷が治っていた。
流れた血は戻らないしすぐに動くことはできなかったが、今までの古傷すら治っており、むしろ体に力が溢れている状態となっていた。
そして死の運命を免れたのである。
命を救ったのはアーノルドで間違いないだろう。
そしてパラクの言った臣下にして欲しいという表明。
つまりは忠誠を誓うということだ。
「その表明嬉しく思う・・・・・・が、一つ聞かせろ。お前にとって忠誠とはなんだ?」
アーノルドにとって忠誠というものがよくわからなかった。
前世では部下すら持ったことがなく、なぜ他者のために動こうと思えるのかが本気でわからなかった。
それゆえ忠誠を誓う者の考えを聞いてみたかったのだ。
パラクは一瞬面食らったような顔になったが、すぐに顔を引き締めて言葉を口にした。
「自らの主君に魅せられ、どこまでも付き従うことです。そして主君の夢と理想を叶えるために共に同じ方向を向き、同じ道を歩き、成し遂げるまでお供することが忠誠だと思っております」
アーノルドは続けて、お前にとって大事なものと私への忠誠どちらか片方を選ばなければならぬとしたらどちらを選ぶか、という問いをしようと思ったが踏みとどまった。
アーノルドはもしそのような状況になれば、それはそんな状況を作った自身の不明を恥じるべきであろうと思った。
臣下の夢を全て叶えてこそ君主である。
それがこの数年間で思い描いていた自身の理想とする君主像のうちの一つであった。
自らに付き従う者に我慢を強いて何が君主か、と。
真の君主ならば諸人を魅せ、臣下の夢すら背負うものだろうと。
そして臣下を背に従え、自らは後ろを振り返ることなく自らの道を突き進む。
それこそがアーノルドが目指す道の一つであると考えていた。
だが、これは結局他者などどうでもいいと考えているアーノルドの考えとは真っ向からぶつかっている。
自らに付き従う者に何かを失わせる選択を取らせるのはアーノルドの根底にある部分が絶対に許さなかった。
今のアーノルドはこの2つの矛盾にすら気づかないのである。
他者を気にかける気はないにも関わらず、臣下の行く末は気にかける。
表面上で考えていることと深層心理の考えが一致していない。
深層心理では敵とそれ以外で分かれている考えが表面上では自分と他者で分けられている。
それにアーノルド自身が気付くのはまだ先になるだろう。
パラクの答えを聞いたアーノルドは特に何の反応もせずに口を開いた。
「いいだろう。好きにするといい。だが、お前はお前の道をいけ。それが私と重なるのならついて来るといい」
アーノルドはそう言い、コルドーに剣を借り、剣の平でパラクの肩を叩くことによって忠誠の儀を終えた。
そしてアーノルドは再度、騎士達が整列する真ん前に戻ってきた。
アーノルドがコルドーに目配せをした。
「総員、傾注せよ!」
コルドーの一喝で元々アーノルドに向いていた皆の意識が意志を伴ったかのようにアーノルドに叩つけられた。
そしてアーノルドは騎士達に向けて演説を始めた。
「皆の者!今日は集まってくれて感謝する。知っての通り、我らは約1週間後にワイルボード侯爵家を殲滅しに行く。私を見極めるために参加する者、ただ戦いたいがために参加する者。参加理由は人それぞれあろうが、ただ一つだけは守ってもらう。此度の戦で殺すのは敵のみである。言うまでもないことであろうが、無抵抗の民を虐殺、略奪行為などそれら一切を認めん。貴様らのその力は相手の領軍を殺すことだけに全力を注げ!そして私自らが侯爵家の者どもを殺す。そのために貴様らには邪魔が入らぬように露払いをしてもらうことになるだろう。敵に遠慮はいらん。一人残らず殺し尽くせ! 以上だ」
アーノルドがそういうと騎士達が歓声を上げアーノルドの言葉に答えた。
アーノルドが騎士達の前から去ろうとするとコルドーが話しかけてきた。
「アーノルド様、最終的な標的はどこまでを想定されておりますでしょうか?」
「どこまでとは?」
「ワイルボード侯爵家に連なるもの全てか、今現在籍がある者だけを標的となさいますか?」
「そうだな・・・・・・。とりあえず今現在籍がある者だけだ。他所に嫁いで籍が変わっている者などは対象には含めん」
「よろしいのですか?」
「ああ。もしそれで何かして来ると言うのであればそのときに叩き潰せばいい。ビクビクと臆病風に吹かれて先に手を打つ必要もあるまい。今は確実に侯爵を殺す。それでクレマンよ。今現在籍があるものは何人いる?」
「3人でございます。現侯爵、侯爵夫人、そして侯爵家の御息女がお一人でございます」
「前侯爵と侯爵夫人はいないのか?」
「そのお二人は7年前に貴族籍を抜いて平民になっております」
アーノルドはここで一つの可能性に気がついた。
侯爵領から逃げていた場合どうしたものかと。
監視を送るべきだったのだろうが、そもそも監視を送るような人員も居なかった。
考えるべきことではあったが、考えても仕方がないことであったのである。
「勝手ながら、ローズとロキの二人を監視役として先行させております」
クレマンがそう言ってきた。
ローズとロキとは自ら参加すると表明してくれた離れの屋敷の使用人2人である。
「助かる」
アーノルドはピンポイントで考えていたことなので少し驚いたが素直に感謝の言葉が口から出た。
「今日のうちにある程度今後の動きと戦場での動きを詰めておきたい。隊を任せられる水準の者を5人ほど連れてきてくれ」
「は、かしこまりました」
コルドーは迷うことなくある人物のところまで走っていった。




