29話 幕間2/幕間3
バレリーは一瞬帰ろうとしたが、周りの囁き声を聞いて再び立ち止まった。
「なんだ?試験官はとどめまでやらせるつもりか?」
「いや、まだアーノルド様が諦めていないからだろう」
「おいおい、諦めていないったってもはや動ける状態じゃないだろう⁈もはや精神論じゃないだろ⁉︎エーテル切れだぞ?」
バレリーは驚いたようにコルドーに振り向いた。
「ねぇ、まだ続けさせるつもりなの?」
コルドーが振り返ると、そこには心配そうな表情で立っているマードリーがいた。
「・・・・・・もしもの時は私が止めるから、まだじっとしておけ」
コルドーはアーノルドの方を見たままマードリーにそう言った。
「・・・・・・私もいざというときは動くわよ」
「好きにしろ」
アーノルドは地面にうつ伏せになっているが、呼吸により体が動いていることから気絶しているわけではないことはわかった。
「ありゃもう無理だろう。いくらなんでもエーテルが底をついて動ける奴なんていねぇよ。んで、その美女は誰だ?」
バレリーはそう尋ねたが誰もバレリーに反応することはなかった。
皆、アーノルドの動きを見逃すまいと見ていた。
ずっとうつ伏せだったアーノルドが顔を上げた。
それを見た騎士の幾人かが歓声を上げた。
だが真正面から見ていたコルドー達はわかってしまった。
アーノルドの目は焦点が合っておらずもうこれ以上戦うことは不可能であるだろうと・・・・・・。
しかしその予想とは裏腹にアーノルドはフラフラと立ち上がった。
「ッ‼︎」
バレリーは身を乗り出して驚き、シュジュやコルドーでさえ目を見開いて驚いた。
エーテル切れの辛さは騎士ならば皆知っているものである。
コルドーは流石にこれ以上は無理だと判断し、試験官に進言しようと思い1歩踏み出そうとした。
しかし、そのときコルドーの視界の端に金色の光が見えた。
「なっ!」
コルドーはアーノルドを見て驚くこととなった。
「ば、ばかな。エーテルの不足は意志だけでどうこうできるもんじゃねぇんだぞ⁈それをどうやって・・・・・・‼︎」
バレリーは信じられないものを見たと言わんばかりに叫んだ。
この世界ではエーテルが切れた場合、少なくとも数時間はまともに動けなくなる。
それが立ち上がって動くどころか体から溢れるほどのオーラを見てバレリーが叫んでしまうのも当然のことだろう。
「黄色・・・・・・いや金色のオーラか・・・・・・。珍しい色だな」
シュジュは冷静にアーノルドのオーラを見てそう述べた。
「たしかにな。少なくとも俺は見たことねぇな」
バレリーもまだ興奮が冷めぬといった様子ではあるが、その声色は冷静に戻っていた。
アーノルドが金色のオーラを剣に纏わせた。
「ほう、騎士級の技を扱うか・・・・・・。コルドー、あれもお前が教えたのか?」
シュジュは目を細め先程よりも更に真剣にアーノルドを見ていた。
「いや、エーテルの扱いはまだ身体強化しか教えたことはない」
「そうか。では、あれは天性のものか・・・・・・。止めたほうがいいやもしれんな」
シュジュは顎に手を当てながら深く考え込んでいる様子であった。
「ん?なんでだ?別にエーテルが復活したなら枯渇ほどの危険はないだろう?」
シュジュは一瞬目線だけバレリーに向けてすぐにアーノルドに視線を戻した。
「・・・・・・もしかしたら、生命力を削ってエーテルを絞り出しているかもしれん」
エーテルについての研究は当然至る所で為されている。
そしてシュジュはそれらの論文をよく読んでおり、その中のひとつにエーテル枯渇からの急激な回復に関する論文を見たことがあった。
「なんだ?最近のお前の研究内容か?」
「・・・・・・いや、そうではないが・・・・・・」
シュジュのなんとも言えない態度を見てコルドーとバレリーは首を傾げたが言葉を発する前に事態が動いた。
「——パラク‼︎左だ‼︎」
1人の騎士がそう叫んだ。
幾許かの騎士達が叫んだ騎士に厳しい視線を向けた。
(まぁもはや従騎士級昇級試験の枠を逸脱している。今更そのようなことに目くじらを立ててもしかたあるまい。むしろ重要なのはここからだ)
コルドーは真剣な目でアーノルド達の行く末を見守った。
アーノルドの動きは大騎士級のコルドーでさえ外から見ていて何とか目で追える速さであった。
パラクが反射的に左を向くとパラクの剣にたまたまアーノルドの剣が当たり、その瞬間に衝撃波が生じパラクが弾き飛ばされた。
(パラクの剣が折れていないのは奇跡に近いな。それともまだ不完全だから折れていないのか?いや、だがあの速さは・・・・・・)
その間アーノルドは何故かその場から動いていなかったが、大騎士級以上の者は何かあったときに即座に動けるように準備していた。
これはあくまで試験であり死人など出すつもりはないのである。
だが、それでも尚、誰も今すぐ止めるという選択肢を取ることはなかった。
騎士達はアーノルドだけでなくパラクをも見極めようとしていた。
この状況、普通の騎士ならばとてもではないが勝てる状況ではない。
そもそもエーテルの扱いを極めた騎士級とエーテルを扱うことが出来ない従騎士級ではたった1つの階級の違いではあるが、そこには見えないほどの大きな壁が存在する。
それは騎士にとっては常識であった。
パラクがどのような行動を取るのか、それは騎士達にとってはパラクの才覚を確かめるには絶好の機会であった。
騎士達の誰もが固唾を呑んでその状況を見守り、その場の空気が停滞しているかの如く一切の音がなくなったように思えた。
するとそこにパラクが立ち上がる音だけが響いた。
その場の空気が熱を持ち始めたように思えた。
(これでパラクの覚悟は見せてもらった。あとはあいつもエーテルを発現出来れば騎士級になれるだろう)
ほとんどの者は若者の輝かんばかりの才覚を目の当たりにし、期待の感情を浮かべていたが、中には顔を顰めている者もいた。
「うぉおおおおおお」
パラクがアーノルドに雄叫びを上げながら立ち向かっていった。
流石に無謀ではあるが、その勇気と覚悟は騎士達に高く評価されたのだった。
———∇Δ∇Δ———
ところ変わって王城では・・・・・・
「皆集まったようだな。それでは始めるとしよう」
そこは王城の会議室。主だった貴族達と王族が皆一同に集結し深刻そうな顔で向かい合っていた。
「ラントン・ドラゴノート公、報告を」
「は、サーキスト第2王子殿下のお言葉、確かにお伝えいたしました」
ラントンがそう言うとサーキスト第2王子の体がビクりと反応した。
「そうか。ご苦労であった。それで返答はどうであった?」
「は、此度の殿下のお言葉に対してアーノルド・ダンケルノ様は拒絶の意を示されました」
その場にいる貴族達がざわめきだした。
「静まれ」
王がそう言うと次第にその場は静寂に包まれた。
「して、何故断られたのかはわかったか?」
「いえ、わかりませんでした。しかし、即答ではございませんでした。まだそこに付け入る隙はあるかと」
「そうか・・・・・・。我らの思惑を読み取ったのかはわからんが、まだ我らとの交渉を考えるだけの余地はあるか・・・・・・。時間を与えずに決断を迫れる状況を作り出せれば・・・・・・あるいは・・・・・・」
王は独り言のように小さな声で呟いた。
「ラントンよ。もしアーノルドとワイルボードが戦った場合どちらが勝つと其方は見る?」
鋭い視線で王はラントンに問うた。
「わかりませぬ」
「な、なに⁈わからないだと?」
「は、私には推し測ることができませんでした」
王が目に見えて狼狽えていたので、それを見た貴族達は怪訝に思った。
ラントンは特に武闘派で名を馳せていると言うわけではない。それゆえ、見ただけで戦力を推し測れぬことなど別に気にするほどでもないと思ったからである。
ただでさえ5歳の子供相手である。読み取りにくくて当然であろう。
「娼婦の子ごときを気にする必要などあるのでしょうか⁈」
そう発言したのは、とある貴族至上主義の貴族であった。
「そもそも本当にワイルボード侯爵領に攻めていくのでしょうか?まだ邪君戦が始まって2週間ほど、それも宣戦布告をしたのはまだ数日しか経っていないときでございます。攻めたとしても勝てるとは思えませんが?」
何とも鼻につく話し方でその男は大きな声でそう言った。
「・・・・・・一つ訂正しておくが、宣戦布告をしたのはワイルボード侯爵家のほうである」
ラントンが静かな声で訂正の言葉を上げた。
「そんなもの建前でしょう!」
その男は声を荒げてラントンに言い返した。
「それで?貴様は何が言いたい」
王が厳しい視線でその貴族に次の言を促した。
「は?」
その男は素っ頓狂な声を上げた。
「なんだ?いまので終わりか?」
王はもはや不機嫌そうな声を隠そうともしなかった。
「い、いえ・・・・・・」
(このようなバカな貴族ですら切り捨てられんとは・・・・・・。ふとしたときに自由気ままに振る舞えるダンケルノ公が羨ましくなるわ。娼婦の子ごときだと?むしろ3人の中で1番警戒すべき存在であろうが。その程度も分からんとは・・・・・・)
王は当然であるが公爵家の情報、それも特に公爵夫人に関する情報は特に熱心に集めていた。そしてその中には当然第3公爵夫人のメイローズに関する情報もあった。
幼き頃に親に捨てられ孤児となり、娼館の見習いとして住み込みで働きそのまま娼婦となったとある。そして実際に働いているところを見た者や客からの聞き込みもある。何も不自然なことはない。だが、果たしてあの公爵が娼館などに行くのだろうか。王はそこにずっと答えの見つからぬ疑問を抱いていた。だが、こんなものはただの想像でしかなく、もし公爵が本気で隠蔽するのならそれこそ誰にも知られずに娼館に行くことも可能であろう。
それよりも重要なのは公爵が本当の意味で自ら選んだ公爵夫人だということだろう。あの公爵がだ。もはや娼婦だ貴族だなぞ意味がない。確かに公爵夫人を選ぶ方法は王家とダンケルノ公爵家の条約によって定められているものゆえ他の貴族達は知らないだろう。だが、少し調べれば公爵自らが選んだことくらいすぐに判明することである。それすらせずに、ただ身分だけで判断する貴族に王は唾棄したくなるほどの不快感を示していた。
すると、エールリヒ第一王子が手を挙げた。
「陛下、発言をお許しください」
エールリヒ第一王子は現在9歳であるが、ことダンケルノ公爵家に関する会議においてのみ、たとえ子供であっても5歳を超えたのならば参加することが義務付けられる。
基本的には静観しているのが常であるが、何か意見があるときは発言することが許されている。
「なんだ。申してみよ」
「ありがとうございます。私はワイルボード侯爵家を見捨てることに反対です。むしろこちらの方が圧倒的に有利なのです。増援を送り、支援すべきではないでしょうか!」
「お前はダンケルノ公爵家と王家との間で交わされた不可侵条約の内容を知らんのか?」
「いえ、知っております。ですが、我らは王家でございます!何故一臣下ごときの言いなりにならなければならないのです。それに不可侵条約を結んだのはご先祖様であり、私達には関係ありません‼︎今こそ我々王家の権威を取り戻すときでしょう!」
エールリヒがそう言い切った瞬間、轟音が鳴り皆の前にある巨大な楕円のテーブルが真っ二つに割れた。
皆が目を見開き、音がした方を見ると王がテーブルを叩き割ったことがわかった。
そして自分に向けられているわけではないが、怒りの波動により王が激怒していることが見てとれた。
「貴様・・・・・・、今、何と言った」
今までも国王である父親には何度か叱られたことがあるが、これほどまでの殺気を伴った怒りになど触れたことがなかったエールリヒは恐怖で何も言うことができなかった。
「王の役割とはなんだ」
「・・・・・・」
エールリヒは問われた内容を考えたが即座に答えることができなかった。
「王とはな自らの国を富ませ、正しき治世をし、我が国の民を導いていく者のことである。民はな、王の言動、王の姿を通して法を学び、今後の世を嘱目するのである。それを貴様は王族自らが交わした約束すら破ろうとし、あまつさえそれが自分には関係ないことだと⁉︎貴様は王族をなんたると心得ておる‼︎・・・・・・それで? 貴様は再びダンケルノ公爵家と事を構える戦乱の世にしようというのか?それが何を意味するのか当然わかった上で言っているのだろうな⁈ たしかに王とはな綺麗ごとだけではやってはいけぬ。ときには清濁併せ呑み我慢せねばならぬ場面もあるだろう。だが、当然全てを我慢して耐えることもまた王たる者のすることではない。常に最善の策を練りその結果何が起こるか考えた上で勇気を持ち実行せねばならぬときもある。お前はダンケルノ公爵家が一臣下の分際で王族にでかい顔をしているのが気に入らんと。だから、不可侵条約など無視し排除に動くべきだと言うのであるな?確かに王家が全力で支援すれば此度の戦いは勝てるかもしれぬ。だが、その後はどうだ?そこまで貴様は考えて発言したというのか?ならば、その結果をどこまで想い描き、自らの理想を成し遂げる策を練ってきたというのだ?今この場で申してみよ‼︎」
「も、申し訳ございません・・・・・・。そこまで考えておりませんでした」
目に涙を浮かべながら俯きがちにエールリヒは言った。
「フン、その程度の考えでどうにかなっているのならば、今頃このような会議の場で考えてなどおらんわ。下がれ。不愉快だ。しばらくの間部屋で謹慎しておれ」
エールリヒはそのまま肩を落として退出していった。
シンと静まり返った会議室に、真っ二つに割れたテーブル。
もはや会議ができる状況ではなかった。
「皆の衆、見苦しいところを見せた。今日はこれでお開きとしよう。追って別日を連絡する」
王はそう言って不機嫌そうに会議室を出ていった。
――∇∇――
「クソ!ダンケルノごときが・・・・・・。僕は王族だぞ!なぜ僕が遜らなければならないんだ・・・・・・。ククク、僕がやったとばれなければいいんだろ。それなら・・・・・・」




