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19話

「それじゃあ、今日の授業はこれでおしまいです。それでは今日の毒を渡しておきますね」

 昨日アーノルドは夜に規定量の毒を飲んだのだが、その後嘔吐に下痢に襲われあまり寝ることができなかった。

 それゆえアーノルドがその毒を見る目は死んでいた。

(だが、この程度で投げ出すわけにはいかないな・・・)

 表情とは裏腹に強さに対する強靭な精神力で既に覚悟は決めていた。

(しかし、昨日はあの毒のせいであれ以降考えられずあの答えが何なのか何も思い浮かばなかった)

「クレマン、昼食後に金庫番を呼べ」

「は、かしこまりました」

 アーノルドは遠征費についても早急に話し合わないといけなかった。


 ――∇∇――

「お初にお目にかかります。この離れの金庫番を務めさせていただいておりますボルドーと申します。若き幼主様に、公爵家の一員になられましたこと遅ればせながらお祝い申し上げます」

 昼食を食べ終えたアーノルドは書斎のイスに座りながら目の前で跪いている男を見ていた。


「ああ。早速だが、今度ワイルボード領に遠征に行くことになったことは知っているな?1ヶ月遠征に行った場合にどれくらい費用がかかるのか教えてくれ」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 そうしてあらかじめ用意していたのか紙を取り出した。

「いくつか質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ」

「ありがとうございます。それでは、まず遠征に行く人数は何人くらいを想定しておられますか?」

「50人だ」

「かしこまりました。50人全て乗馬にてワイルボード領までいかれますか?」

 アーノルドはここで移動手段を考えてなかったことに気づいた。

 アーノルドはまだ乗馬の練習をしていないので乗ることが出来ない。

 しかし戦場において馬車で行くなど考えられない。

 それゆえ、早急に練習する必要が出てきたのである。

「ア、アーノルド様?」

「ああ、すまない。とりあえず馬50頭に人が50人で考えてくれ。食料を運ぶ馬などは後で考える」

「かしこまりました。寝泊まりは野営でしょうか?宿泊施設をご利用ですか?」

「野営だ」

「かしこまりました。まず、大体1ヶ月の遠征と仮定しまして備品などを抜いた食費などにかかる費用が約780万ドラ、そこに怪我をした場合の治療費や、武具の貸し出し代金、破損した場合の賠償金、誰かが殉職した場合には見舞金などが発生いたします。また騎士への戦功費なども挙げられますので、少なければ2000万ドラ、多ければ1億ドラといったところでしょうか」

「そうか。わかった。いつでも出せるように準備しておいてくれ。もう下がって良いぞ」

 アーノルドは頬杖をついたままその男を見ることなく下がらせた。

(表面上はこちらを敬っているように見えていたが、時折こちらを見下す目を隠しきれてなかった。単に私が気に入らないだけならばどうとでもなるが、敵であるならば対処をしなければならない。・・・はぁ〜、面倒なことになった。あの女の一件のせいであからさまな視線が減ってしまった。中には怖気付いて問題を起こすことなく働くやつも増えるだろう。そうなると、味方で固めるのに時間がかかる・・・。それに予想以上に出費が多いな・・・・・・)

 アーノルドは心の中でため息をついていた。

「アーノルド様、そろそろお時間でございます」

「ああ、わかった」


 ――∇∇――

「さぁさぁアーノルド君!昨日の宿題の答え合わせをしようではないか!」

 アーノルドが学習室の扉を開けると、昨日とは違っておちゃらけた雰囲気でマードリーが扉の前にいた。

(こ、こいつ・・・私が答えがわかっていないことに気づいていやがるな?)

「あれ〜、どうしたんだい?そんなに固まっちゃって」

 ニマニマしながらアーノルドの頬をツンツンと突いてきた。

「うぉ、予想以上にプニプニだ(ボソッ)。ごほん、まさかわからなかった・・・なんてことはないよね〜?」

 マードリーはそう言いながらもアーノルドの両頬を伸ばしていた。

「・・・ええい!鬱陶しいわ!」

 バッと腕を振り払うとマードリーはヒョイと空中に避けた。

「それで?本当に何も思いつかなかったの?」

 空中で寝そべった姿勢でマードリーは聞いてきた。

「は!そもそもマナやエーテルなどなければいい」

 アーノルドは吐き捨てるように適当に言った。

「あら?わかってるんじゃない」

 なぁんだ、と口を尖らせながらマードリーは黒板の前までふわりと飛んでいった。

「こっちにいらっしゃい」

 アーノルドは渋々ながらイスに座った。

「さて、それじゃあ答え合わせをするわね」

 アーノルドはわかっていなかったがマードリーの優等生を見るような目を見て今更言い出せる雰囲気でもなく、内心もやもやとしながら聞いていた。

「マナやエーテルは概念的なものであり想像でどうとでもなるの。もちろん、大気全体をマナやエーテルの貯蔵庫とみなしてそこから無限に使うというようなものでもまぁ枯渇をイメージするほど使うことはないと思うから永遠に使うことも出来るとは思うわ。でもねもっと良いのは、そもそもマナやエーテルなんて存在しないと思うことよ。そもそもマナやエーテルを媒介しないと使えないなんて考える必要ないじゃない?魔法というものは自由なものなの。ただそれを発動するために皆はマナが必要であると思っているだけ。そもそもマナなんていう架空のものが無くとも魔法なんていくらでも発動できるのよ?」

「だが、私はこの前エーテルの使いすぎで倒れたと聞いたぞ?それはどう説明する?」

「プラシーボ効果って知っているかしら?本当でないことを思い込みによって本当にする・・・。そういう呪いみたいなものがこの世界全体にかかっているのよ。エーテルが存在していると認識している人にはエーテルが存在している前提でこの世界の法則に従うことになるのよ」

「じゃあ、この世界にはそれぞれ異なる法則で皆が動いているというのか?」

「いいえ。残念ながらこの世界の99.9%はある一つの法則で動いているわ」

「?それは何故だ?」

「本当に呪いなのよ。教会の連中は祝福だ、なんていうでしょうけどね。神眼の儀、あれはね概念の強制的な植え付け儀式なのよ。あれはこの世界の人間が5歳になれば必ず受けるもの。孤児には無料で受けさせ、表向きは貧民への寄り添いなどと言っているけれど、単にお金を取るとこの世界の例外を作ってしまうから無料でやっているだけよ。あなたが抜け出せたのはそもそもあなたが神眼の儀を受けてなかったから。あの神官はダンケルノも教会すらも敵に回したんだから、少しのお金のために自らの命を危険に晒すなんてバカよね」

 アーノルドはザオルグの母親が仕掛けた罠によってちゃんとした神眼の儀を受けていなかった。それゆえ概念の強制を免れていたのだ。

「もう殺されたのか?」

「いいえ、何故だか知らないけどまだ生きているわよ」

「そうか・・・」

「それであなたは奇跡的に神眼の儀を受けていなかったから、自分で思い至ることもできると思ったのよ!」

 嬉しそうにそう言うマードリーを見るといた堪れないくてしっかりと見ることが出来なかった。

「普通に神眼の儀を受けたやつに今の話をしたら概念を上書きすることは出来ないのか?」

「いいえ、ダメだったのよ。相当強い呪いなのか、その考えを拒絶して受け入れてもらえなかったの。心から信じることが出来なければ実現することは出来ないのよ」

「心から信じれたらなんでもできるのか?」

「いいえ。出来ないことも当然あるわ。例えば死んだ人を蘇らせるとか、生命を作り出すとかね。そういった・・・申し訳ないんだけどこれ以上は話せないわ。もし知りたければ自分で試してみるのね」

「?」

 心なしかマードリーの顔色が悪くなっている気がした。


「まぁとりあえず、魔法の原理は説明したわ。あとは自由に色々やってみなさい。あ、そういえば属性ってのがあるけど、これはどこまで知ってる?」

「火は火力に特化した魔法が多く、水は防御に適している魔法が多く、風は補助系の魔法が多く、土は相手を拘束させる魔法に強く、光は回復させる魔法が多く、闇は相手を弱体化させる魔法が多い」

「それはもう忘れていいわよ。そんな枠にはめた魔法なんてなんの役にも立たないもの」

「それも自由だってことだろ?」

「そうよ。教会は光魔法でしか回復出来ないなんて言っているけど真っ赤な嘘。火だろうが、水だろうが、闇だろうがどれでも回復しようと思えば出来るのよ」

 教会は治癒魔法の使い手を教会で囲い込み、治癒魔法を神聖魔法と命名し負傷者にお布施を貰うことによって回復を施している。

「教会は表向きは民に対して慈悲深い姿勢を見せて信仰を集めているけど、その実態は自分達のいいように扱っているに過ぎないわ」

「教会の末端どもはそれを知っているのか?」

「いいえ。知っているのは、司教や大司教といった幹部連中だけよ。まぁ何人か腐敗に気づいて正そうとした人がいるけれど、みんな口封じされてしまったわ・・・・・・」

 マードリーは知り合いがそうなったのか悲しそうな表情でそう言った。

 アーノルドはそれを聞き頭の中が真っ黒に埋め尽くされた。

 上の立場の者が不正を正そうとした下の立場の者を排除する。

 これはまさにアーノルドが前世で経験した構図である。

「落ち着け、馬鹿者‼︎」

 マードリーの声が聞こえてきてアーノルドの意識が闇の中から戻ってきた。

 そしてアーノルドの目に飛び込んできたのは真っ黒に塗りつぶされた部屋であった。

「な、なんだ?これは・・・」

 あまりの光景に少し声を震わせながらアーノルドは声を絞り出した。

「あなたがやったのよ。上に立つ者になるのならもう少し感情を抑える(すべ)を学びなさい。毎回こんな風に暴走していたらいつか大事な者まで巻き込むことになるわよ」

 その時扉が勢いよく開けられた。

「アーノルド様!ご無事ですか!」

 騎士とメイドが部屋に雪崩れ込んできた。

「「「っん!!」」」

 真っ黒になった部屋を見た騎士とメイド達の息を飲む音が聞こえてきた。

 アーノルドはこの事態をどうしたものかと思わずため息を吐いた。


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