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※第2-30話

 案の定とでも言うべきか、騎馬に乗る者達は馬車ではなくアーノルド達の方へと向かってくる。


「やはり狙いは私の方か。都市を出るのと待っていたということか?」


 実際ただの賊であれ、動く馬車よりも動かぬアーノルド達に向かって来るのも自然と言えるが、アーノルドの直感がそれを否定していた。


 そもそもクジャンなどという無法の街に行くような馬車に乗る者達よりも、まともな街に行く馬車を狙う方が、あらゆる意味で効率が良いだろう。


 賊に目を向けているアーノルドのもとにゆっくりと後ろから歩いてきたパラクが並び立ち、目を凝らし賊を注視する。


「誰の差し金ですかね。アルトティア帝国か、ヴァレンヌ家か、アノッソファミリーか……。姿だけではわかりませんね」


「何を当然なことを」


 わざわざ身を明かして襲い来る刺客などいないだろうとアーノルドは呆れたようにそう吐き捨てる。


「だが……、生者は答えなくとも、死者は雄弁に語ってくれるだろうよ」


 少なくともアノッソファミリーの者ならばその体のどこかに刺青が入っているだろう。


 帝国の刺客ならば、それこそ生半可な者は遣してこないはず。


 老いたとはいえ英雄と称されていたバルトラーを一騎打ちで倒しているのだ。


 生かして帰したのだから、アーノルドの強さもある程度は伝わっているはずだ。


 使えぬ者をいくら揃えようとも使えぬことに変わりないことを、あの帝国は一番よくわかっているはずだ。


「……騎乗している者は騎士級相当といったところでしょうか。それにどうやら、魔法師もいるようですね。ですが、大物がいるような気配はございませんね。全員殺してしまっても構わないですか?」


 コルドーが剣を携え、そう尋ねてくる。


「ああ、問題ない」


 徐々に馬の蹄が地を踏み締める音が大きくなり、その姿も点在する建物に遮られることもなく鮮明に見えてくる。


 隊列でも組んでいるのか、ピラミッド型に広がり迫ってくるフードを被った者達は特にその

 身を明かすことも、声を張り上げることもなく、それぞれがそれぞれ自身の得物を抜き放つ。


 ()る気満々といったところだろう。


 アーノルドもそれを見ながらゆっくりと剣を引き抜いた。


 騎馬は十人と少し。


 まだ距離がかなり離れているが、早速とばかりに隊列の後方の両翼を担う魔法師三人の側に魔法陣が浮かび上がる。


 そして赫赫と輝く一つの魔法陣から紅焔(こうえん)が数本、勢いよく放たれ、逆巻きながら地を駆ける。


 アーノルドはその場から動かず、パラクとコルドーはその場から飛び退いた。


 肌を焼くような熱さを伴った紅焔がアーノルドの両側を猛然と駆け抜けるのを横目に、その熱さゆえに僅かばかり表情を顰めるが、見据えるのは正面。


 時間差で連続して迫り来る複数の岩の弾丸に目を遣り、それを最小限の動きで避けた。


 横を盗み見れば、先ほど放たれた炎が依然として轟々と燃え盛り、まるで敵を通さんとする門番のように三人を別っている。


「分断が狙いか……。無駄な真似を」


 そして避けられたためか、牽制か、すぐに魔法師が次の岩弾丸の魔法陣を浮かべる。


 だが殺すためというよりは当てることに重点を置いているのか、極端なほど速度に偏重した性能になっているようである。


 当たったとしてもよろめき倒れる程度で大したダメージにはならないだろうが、立て直すには時間がかかるのは間違いない。


 その一時で、迫り来る騎馬が追撃に来るという寸法だろう。


 ただでさえ歩兵と騎馬では騎馬に軍配が上がる。


 決まれば必中であろう。


 だが——決まれば、だ。


 アーノルドはくだらなさそうに鼻を鳴らし、魔法陣から打ち出されると同時、亜音速で迫る弾丸を当たり前かのように剣で斬り裂いた。


「「「ッ⁈」」」


 亜音速の見切りという離れ業をやってのけたにも関わらず、さも当然のことかのように平然としているアーノルドに、迫り来る騎手達が驚きによるものか体を僅かに強張らせたのが伝わってくる。


 だが、それでも騎手達の隊列の動きが乱れることはなく、すぐに鋭く研ぎ澄まされたような気配へと戻っていった。


「なかなか優秀だな」


 動揺の小ささもさることながら、あれほどの速度ともなれば精度が相当落ちるはず。


 にもかかわらず、あの魔法はアーノルドの眉間ど真ん中へと飛来してきていた。


 手練れの魔法師と言っていいだろう。


 そしてすぐ、騎手達は分断した各々のもとへと行くためか、炎の隙間を縫ってそれぞれ左右へと散っていく。


 アーノルドへと向かい来るのは隊列の先頭にいた三人。


 悠然と構えるアーノルド目掛けて、騎馬がそのまま一直線に走り向かってくる。


 アーノルドはその馬の雄々しい脚が徐々に迫り来くるのを冷厳と見つつ、再度剣を正面に構え直した。


 狙うは一撃必殺。


 臨戦体勢に入ったためか、アーノルドの周りに漂う空気が濃密なまでの重量を伴い始め、周囲で揺れ動く炎もまた押し潰され逃げるように遠ざかっていく。


 その変化を察したか、馬の挙動が僅かに乱れるが、流石は騎馬として育てられただけはあるのかそれとも騎手の腕がいいのか、そのまま臆することなく走り向かってくる。


 そして先頭の騎馬がアーノルドの間合いに入る僅か手前、アーノルドが地を踏み締め、衝撃波を伴うくらい勢いよく駆け出した。


 そして馬の正面に躊躇なく飛び込み、剣を居合のごとく振るい行く。


 一瞬の交差の最中(さなか)、剣閃が交わり、火花が散る。


 瞬間、背後から聞こえるのは襲撃者のクッという苦悶の声。


 だがアーノルドもまた舌打ち一つ溢し、体を襲撃者の方へと反転させる。


 アーノルドと剣を交えた襲撃者は、馬から飛び降り、そのままスタッと地に降り立った。


 そして左手に握る千切れた馬の手綱を僅かに盗み見て、ぞんざいに放り捨てる。


 そんな襲撃者にアーノルドは僅かばかり口端を下げ、剣についた血を打ち払った。


「いまのを防ぐか。なかなかやるな」


 アーノルドがそう言うや否や、すぐに迫ってこようとした襲撃者の傍らに、突如空からボトッと何か物体が落ちてき、思わずといった様子で襲撃者は動きを止めた。


 落ちてきたのは先ほどアーノルドが刎ね飛ばした騎馬の首だった。


 予定では馬の首ごと襲撃者の胴体を真っ二つにするつもりであったのだが、間一髪剣を差し込み防がれ、襲撃者自身に傷を負わすまでには至らなかった。


 第二、第三の騎手達はそれを見てか、軌道を変え、一旦アーノルドから距離をとるように旋回していた。


「騎馬相手にはなかなか決まる妙手だったのだが……、流石はこの国の賊といったところか? なかなかレベルが高いではないか。まぁだが、機動力を奪えたのは良しとするか。騎馬というのもまともにやり合えばぞんがい面倒だからな。しかし……、私が三人に、コルドーが三人、そしてパラクが六人か」


 それは炎により分断された後にそれぞれが相対している敵の数だ。


 この中で見るからに一番強いであろうコルドーや最も弱そうで標的になりやすいアーノルドに偏るならともかく、貴族の護衛に過ぎないパラクに人数が偏っているのは明らかに不自然と言える。


「狙いはパラクか? ならば貴様らは、パラクに殺された仲間の恨みでも晴らしにきたアノッソの下っ端共か? それとも、パラクを狙うヴァレンヌの小娘の手下共か?」


 そう問おうとも答えが返ってくるはずもなく、返答の変わりとばかりに聞こえ来るのは、馬の嘶きであった。


 それが合図か、歩兵となった者が先駆けとばかりに動き出し、そして後を追うように騎馬の者達がアーノルドへと向かってくる。


(徹底しているな。探りにも動揺はないか。それにこの練度、マフィアの下っ端共ではないな。ヴァレンヌか、帝国か、それとも王妃(あの女)の奸計ということもあるか)


 そんなことを考えている間に、アーノルドをその場に縛り付けるように、三人の連携攻撃が迫り来る。


「面倒だな」


 そう呟くアーノルドの傍に魔法陣が浮かび上がる。


 それを見て、それぞれがそれぞれ警戒の色を見せ、言葉を発することもなしに見事に陣形を組み変えるが、アーノルドは進む向きを変えた騎馬達の間に飛び込むように駆け出す。


 すぐに応戦すべく騎手達は馬の手綱を引っ張るが、突如、馬が“何か”を嫌がったのかのようにヒヒーンと嘶きをあげて騎手を落とさんばかりに前脚を蹴り上げる。


「ッ⁈」「くっ⁉︎」


 騎手達は想定外の挙動に馬の制御を要求され、刹那、アーノルドから視線を外さざるをえなくなった。


 その瞬間を狙い、アーノルドは騎手二人の命をいとも容易く刈り取った。


 迫り来ていた残る一人はクッと苦悶の声を漏らし、一旦距離を取るためか大きく飛び退いた。


 互いに揺れ動く炎の壁を背に抱える形になる。


 一対一。


 勝敗などもはや火を見るよりも明らかである。


 だがそれでもこの場から退く気はないのか、ジリジリとにじり寄りながらまたしても剣を構える。


「退かぬか……。実力差がわからんわけでもないだろう。それとも単に退けぬだけか? ……だが貴様、少なくとも暗殺者の類ではないな? 奴ら独特の動きが垣間見えないな」


 良く言えば、行動の端々に人間臭さが見えるのだ。


 暗殺者は大抵個を殺した、目的達成のためのスペシャリスト集団だ。


 自身の矜持のもと、その命すらも(なげう)つことを厭わない。


 だがその気概がいまの三人には見えなかった。


 しかしこれで王妃が他国に出たアーノルドに刺客を差し向けたという線はほぼ消えただろう。


 暗殺者でないならば、雇われた傭兵という可能性もあるが、傭兵はここまで義理高くはない。


 命が危うくなれば、早々に逃げの一手に転じるだろう。


 仲間をやられた復讐などといった雰囲気もなく、未だにじり寄る襲撃者が傭兵ということはないに等しい。


 だがいまだ誰の差し金か、はっきりとは見えない。


「口が利けんか? それとも利く気がないのか? 貴様らは誰の命で動いている? 目的はなんだ」


 そう問いかけるも、フードの者は答える気がないという意志表示かアーノルド目掛けて駆け出してくるだけであった。


 そして愚直にも剣を振ってくる。


 だがそれは騎馬に乗っていた時の動きと比べればお粗末もお粗末。


 その実力の乖離に少しばかり違和感を覚えるも、アーノルドはその一撃を片腕で難なく往なし、続けざまに蹴り飛ばす。


 襲撃者はザザッと勢いよく転がり飛び、フードが脱げ落ちて顔が露わになる。


 どこにでもいそうな三十代くらいの男だ。


 だが薬でもやっているのか、目の下には凄まじい隈があり、お世辞にも顔色が良いとは言えなかった。


「……解せんな。騎馬専門に育て上げられた殺手か何かか? そうだとしても、随分それ以外の技術がお粗末だが……」


 騎馬専門などとそんなものがあるのかは知らないが、そう思えるほど男の実力は不可解に満ちていた。


 蹴られた痛みも相当あるであろうに男は立ち上がったかと思えば、またしても馬鹿の一つ覚えのように猛然と迫ってくる。


 喋る気配もなく、もう得れるものもなさそうなのでアーノルドは小さなため息と共に男を斬るべく握る手に力を込めるが、向かい来る男が突然口をガバッと開け、その舌を出した。


 何かと刹那、警戒に注視すると、そこに刻まれていたのは魔法陣であった。


「っ⁉︎」


 それも奴隷印の魔法陣。


 しかもそれだけでなく“細工”までしてある。


 そして案の定とでも言うべきか、その魔法陣が煌々と輝きを発する。


「ッチ‼︎」


 舌打ちをしたアーノルドは後ろに跳びながら咄嗟にバリアを張り、腕を上げ、防御の姿勢を取る。


 その瞬間、辺り一面に凄まじい爆音が響き渡る。


 中規模爆弾くらいの威力があり、地形を少しばかり変える威力の爆発であった。


 アーノルドは立ち昇る爆煙から飛び退き、口に入った砂か、それとも別の何かか、ぺっと吐き捨てた。


「チッ……、そういうことか。胸糞悪い……」


 見据える先、男は原型すら留めておらず、もはや肉片すら見当たらない。


 最後に見た男の目には涙が垣間見えていた。


 暗殺者のように矜持があってやっているのではなく、強制的にやらされている者達ということだろう。


「手動型の魔法陣か。こういうタイプはどこかで盗み見ていそうだが……こうも遮蔽物があるとどこにいるかまではわからんな」


 ここはいまは誰も住んでいなさそうな廃墟が転々と立ち並んでいるゴーストタウンとでもいうところ。


 一つ一つ探している内に簡単に逃げられてしまうだろう。


 ――∇∇――


 アーノルドがいるところから数十キロメートルは離れたところ。


 とある一室で、アーノルドが言った言葉に反応を返す者が一人。


「せ・い・か・い・よ♪」


 鼻歌まじりに上機嫌でそう言い、フフッと笑みを溢す。


「お嬢様、そのように窓から身を乗り出されては危険でございます。それと、どうか表情を整えてください。淑女としての体面は保ってくださいませ」


 自身で造った遠見の魔道具を使い、遠く離れた廃墟からアーノルドを見るその少女の顔は非道(ひど)く愉快げに歪んでいた。


(じい)、大丈夫よ。この距離だもの。それと、そんなことを私が気にする必要などなくてよ」


 少しばかりズレた返答をする少女に対して爺は困ったように眉を寄せる。


「それにしてもあの花火は何度見ても綺麗よね。妻のため、子のため、そういう悲しき運命(さだめ)の果てに流れる涙。実に甘美で芸術的だわぁ? ねぇ……、貴方達もそう思わない?」


 悪魔のごとく裂かれた笑みを浮かべる少女が振り返りながらそう問いかけるのは、後ろ手に縛られ、身動きが取れないアーノルド達がいま相対している者達の大事な者達。


 妻やその子、親や恋人、果ては友達といった親しいという理由だけで連れてこられた者まで。


 怯え、震える者たちに愛嬌を振り撒く少女はいやらしく目を細め、甘美な笑みを浮かべる。


「あら? 貴女、泣いているのかしら? 嬉し涙かしら、それとも悲し涙かしら。うふふ、まだ泣くのは早い者もいるのではなくて? 劇はまだ始まったばかりよ?」


 泣いている者に向けるにしては考えられない醜悪極まる愉しげな笑みを浮かべている少女は、ふとその視線を別のところへと向ける。


「あら貴女、随分良い目をしているわね?」


 今し方、死んだ男の娘である幼き少女は恨みを募らせた瞳で涙を流しながらもその人の心を理解せぬ怪物を睨みつけていた。


「うふふ、恨みが込められた良い瞳ね。いいわね。いいわ? 私が憎いのかしら? 私に憎悪を募らせているのかしら?」


 あからさまな敵意を向けられているというのに心底嬉しげに嗤う少女は、睨んできている幼き少女に嘲笑うかのような視線を向ける。


「——でもね、こうなったのも、これから貴女に起こることも、そのすべては私の目に留まった彼らの責任。そして彼らが私の意に添わなかったから。ほら、ね? 私は何も悪くないでしょ? 彼らが目立たなければ、そして私の言うことを最初から聞いていればこんなことにはなっていないのだもの。それに最高の待遇に最高の主を得て、そこの私の騎士達のように幸せに暮らしていける可能性もあったのよ? それを蹴ったのも彼ら自身だもの。だから、そうやって私を恨むのはお門違いなのよ? 劣等人種は劣等人種らしく謙虚に生きなきゃダメじゃない? それを怠った責任をこちらに押し付けられても、ね?」


 まったく困るわねと心底呆れたように肩をすくめ、嘲るようにクスクスと笑う。


 猿轡をされているためウーウーとしか唸ることができないその少女は、殺さんばかりの勢いで憎き敵を睨みつけながら、床を芋虫のようにクネクネと捻り動き、迫っていく。


 だが辿り着く前に護衛の騎士の一人に、虫でも殺すかのごとく勢いよく足を踏みつけられ、声にもならぬ甲高い悲鳴を上げた。


 ポキリなどとは生易しい、バキッと、何かが粉々に砕けたかのようなはっきりと乾いた音が鳴り響いたことからも確実に折れていることがわかる。


 悲鳴を上げ終えた後も少女は涙を流しながら、足を押さえるようにか縮こまっていた。


 後ろに固まり控える人質達はその少女を見ていられないのか顔を背けている。


「あら……、別に良かったのに。可愛らしくウネウネと動いていたのよ? 観察のしがいがあったじゃないの」


 どこか責めるような、それでいてつまらなさそうな物言いと冷めた視線に、少女の足を踏みつけた騎士は頭を地に擦り下げ、許しを乞う。


「……まぁいいわ」


 下げる騎士の頭を足で軽く踏みつけ、顔を地面に擦り付けながらそう言うと、人質達の方へと優雅な足取りで歩いていった。


 そして先程までの表情が嘘かのように愛嬌のある子供のような自然な微笑みを浮かべた。


「ねぇ、貴女達。あそこで戦っている彼ら。貴女達にとって大事な大事な彼らにはあの戦いに赴けば、貴女達を解放するという条件で出てもらっているのは、貴女達も知っているわよね? 彼らにはちゃ〜んと貴女達に説明しておきなさいって言ったのだもの。……ところで、彼らが誰と戦っているのか知っているかしら?」


 そう問うが、当然知らないことなどわかっている。


 何せ向かわせている襲撃者達にすら相手が誰かは言っていないのだから。


 伝えているのは人数や容姿、そして簡単な戦闘力など。


 それから最も重要なことである彼らが何をすれば良いか。


 それも伝えたのは出る直前だ。


 だからこそ、問われ、彼女達が少し思考が止まるであろう数秒だけ置いて、少女はすぐに口を開く。


「アーノルド・ダンケルノ。ダンケルノって言えば、いくら劣等人種にすぎない貴女達であっても名前くらいは聞き覚えがあるでしょう? この大陸最強とも言われているあの一族よ」


 そう言いながら、一人俯く人物の前にしゃがみこみ、顎を掴んで無理やり視線を合わせる。


 まるで私の話をちゃんと聞きなさいとばかりに。


 口元は微笑んでいるが、その目は明らかに笑ってはいなかった。


 その人物が恐々とした表情で頷くと、少女は何事もなかったように立ち上がる。


「それでね、その一族の者に襲撃しに行ってもらったわけだけど……、果たして彼らは生きて帰って来れるのかしらね?」


 向かわせたのは自分であるにもかかわらず、どこまでも他人事のように悪辣な笑みを浮かべている少女の歪さは常軌を逸していると言えるだろう。


「貴女達は知らないでしょうけど、彼はまだ十歳にして、その化け物ぶりは既に天下に響いているのよ? 五歳で自国の貴族相手に戦争を仕掛け、二万人近くもの人物を殺害。教会との衝突の果てに、あの強欲な教会から妥協を引き摺り出す。はたまた黒龍と戦い、逃げ帰り生還するのでなく、あまつさえ屠り倒す。どれも到底信じられないような偉勲よね」


 そう言う少女の表情はまるで知り合いが偉業を成し遂げたかのような、そうであれば良いといった曇りのないものだった。


 とても襲わせにいっている者が浮かべるような表情には見えなく、人質達は僅かに困惑げな表情を浮かべる。


 だが目の前の少女の歪さからして、単純に自分たちへの嫌がらせ、そして襲わせている相手への嫌がらせということも考えられるため、その表情もどんどん敵意に満ちたものへとなっていく。


 だがそれもまた絶望や希望といった相反する感情の濁流により、何とも言えない表情を皆が浮かべ始める。


 その様子を見ながら微笑みを浮かべる少女は、さらに嬉しげに陶然と口角をあげる。


「私だって信じ難いのよ? でも、入ってくる情報がそれを否定するの。彼は正真正銘の化け物よって」


 人質の反応を楽しむかのように、そして彼女達が言葉を噛み締められるようにゆっくりとそう言い、僅かに表情を曇らせる。


「でも、唯一否定材料があるとすれば……彼、シュヴァリエなのよね。伝え聞く武勇が本物ならもっと上でもいいと思うのだけど、それだけ頭の出来は悪いってことなのかしらね。でもそれならそれでいいわよね。武力だけは備えた馬鹿ほど扱いやすいってのはこの世の常識だものね。そういうタイプはプライドを刺激してあげれば面白いほど予想通りの動きをするのよ?」


 少女はクスクスと嗤い声を漏らすが、それをピタっと止める。


「話が逸れたわね。それで、何だったかしら……ああ、彼らがどうなるかだったかしら。ねぇ、彼らの中には貴女達の夫、息子、恋人、親もいるのかしら? 彼らは優秀な優秀な私の奴兵だったわ。他の愚図共と違って最後まで訓練に耐え、生き抜いた。だからこそ褒美として貴女達の解放の条件も与えてあげたの」


 その言葉は本心なのだろう。


 そこに嘲りの声色はなかった。


 だがすぐ後、少女はクスクスと嘲けるような笑みを隠すためか口元に手を当てる。


「貴女達も彼らの帰りが待ち遠しいでしょう? 貴女なんて、彼らが出発する前に必ず一緒に帰るって誓い合っていたものね? ……でもね、優秀であっても所詮は凡人なだけの彼らが果たして本当にあんな化け物相手に勝てるのかしらね? 私が与えた最期の任務を達成して生還できるのかしらね? あは、あはははは、そんなわけないわよね? 所詮彼らは捨て駒だもの。彼らもそのことはわかっているはずよ? わかっていないのは貴女達だけ。彼らはただ死ぬために行っただけ。貴女達を救うためにね? 貴女との誓いもただ貴女を心配させないようにというだけでしょうね。健気よね〜。健気だわ〜? 見ていて涙が出てきそうだったわ〜? 美しき親愛、純愛、友愛、そうした彼らの犠牲の上で貴女達は解放される」


 さも美談でも話したかのように慈愛の笑みを浮かべ、パチパチと手を叩く少女に対し、皆の目が僅かながらに細くなる。


 どの口がと怒りや憎しみを抱くのも無理はないだろう。


 だが拍手をやめた少女は一転、その双眸を蔑むかのように細め、ここ一番の陋劣なる笑みを浮かべる。


「——でもそれは叶わない。だっておかしいでしょ? 何の役にも立っていないのに、なんで貴女達を解放しなといけないのかしら。 約束? ああ約束ね? あははははははは、笑わせないで。約束なんてものは対等な立場でするものよ? 奴隷とするのは約束じゃなくてお遊戯や縛るための制約でしょう? それに契約書の一つもないただの口約束を真に受けるだなんて……流石は劣等人種といったところかしらね。そんなのだからこうも惨めな人生にしかならないのだろうけど」


 フフフと優越感に満ちたような()みを溢す。


「まぁそんな彼らでも美談の一つや二つにはなるかと思ったのだけど、美談の結末としてハッピーエンドってのもありきたりじゃない? だからわたしは貴女達を殺すことにしたの。その方が結末としては刺激的でしょう? それに、それこそトゥルーエンドってやつでしょう? 彼らと共に生き、彼らと共に散る。それが真の愛し合う者同士のハッピーエンドってやつよね。ありきたりなハッピーエンドなんてつまらないじゃない? わたしって本当に脚本家としての才能もあるわよね。それに本当に優しいわ。無慈悲になるのって難しいわよね。……ああ、でもよく考えたらハッピーエンドになっちゃってるわね。でもトゥルーエンドでありハッピーエンドなのかしら? まぁどうでもいいわよね。そんなことどっちでもいいのだから。貴女達が死ぬという結末に変わりないのだもの」


 事もなげに、日常会話でもしているかのようにそう告げ、純粋な笑みを浮かべる少女に皆が何を言っているのだと悍ましい化け物を前にした者のように嫌悪をその顔に浮かべる。


 そしていまだ絶望に染まらない彼女達の表情が気に入らないのか、少女は僅かに眉を寄せ、トドメでも刺すかのように愉しげな声色を出す。


「それと期待するのはやめておきなさい。彼ね、敵対した者には容赦がないの。たった一人を殺すためだけに、あのアノッソファミリーですら躊躇することなく敵に回すのよ? そんな者が彼らを見逃すはずがないもの。始まる前なら彼の実力次第では面白いことになるかもと思ったけれど……、その可能性もなさそうね。本当の実力はまだわからないけれど、少なくとも貴女達のために行った彼らが勝てる相手ではないわ。彼らが死ねば、貴女達も死ぬ。うふふ、どれくらい持つか楽しみね?」


 そしてくるりと体の向きを変えた少女は一歩一歩とまるで恋する乙女のように後ろで手を組みながらステップでも踏むかのように歩き、立ち止まる。


「でもね、貴女にはチャンスをあげるわ」


 そう言い、微笑みを投げかけたのは、まだ脚の痛みに喘いでいる少女であった。


「貴女がここにいる彼女達全員を殺すのなら……貴女は解放してあげるわ。もちろんその足も治してあげる。そしてその後、私に復讐しようと、どこで何をしようと、貴女の自由よ。たとえ貴女が襲ってこようとも今後一切、私は貴女に手を出さないと約束してあげるわ」


 ここにはその少女の母親すらもいる。


 助かりたければ、復讐したければ自身の母親すらも殺せという宣告だ。


 それを言った当人は、心底愉快そうに、自身の母親の方を見つめる少女を見て、クスクスと口角を上げている。


「さぁ、どうするのかしら?」


 催促でもするようにそう問われた少女はキッと睨みつけ、お前の言う通りになどするかと聞こえんばかりに決意を秘めた目でこれでもかと首を横に振り、ウーウーと唸りがながら怒りをぶつけている。


 それを少しの間黙って見ていた少女は、浮かべている笑みはそのままに、まるで害虫でも見るかのようにその瞳を冷めたものへと変化させ、小さなため息を吐いた。


「……断る、ということね? 残念ね。少しは使えるかと思ったのだけど……。使えない者に用はないの」


 少女は淡々とそう言うと、突如手を高くあげ、天使のような微笑みをその少女に向けたかと思えば、手をぞんざいに振り下ろした。


 そしてそれに呼応するように少女の側面に立つ騎士が手に持つ刃を振り落とした。


 鮮血がその場に舞い散り、刹那シンと静まりかえるその場に、今度は少女の母親らしき人物が絶叫でもしているのか猿轡越しに唸り散らすようなくぐもった悲痛な声が響いてくる。


「ああ……、間違えたわ? 貴女にも聞いておくべきだったかしら。娘を殺せば助けてあげるわよ、と……、いえ、ここは娘を助けたければ全員を殺せ、かしら。……聞こえてもいなさそうね。でも、もう今更ね」


 少女は泣き喚くその女性に微笑みを浮かべ、他にも三名の人物に視線を向けると——首を斬るジェスチャーをした。


「空気も読まずうるさい人って嫌いなのよね」


 自分が気分を害しているのだから、物音立てないのが当然でしょとでもいうのかそう吐き捨て、ため息を吐いた。


 数瞬の後、悲鳴一つなくシンっと静まり変える場には、液体がポタポタと落ちる音と恐怖ゆえか震え啜り泣くような声だけが響いていた。


 そんな中でもそれを指示した当の少女だけは、スンスンと鼻を鳴らしながら良い香りねと、まるでピクニックにでも行くかのように軽快な足取りでまたしても窓へと向かっていく。


「さ〜て、次は誰かしらね。見逃してなければいいんだけど。それに……反応が楽しみね。ちゃ〜んと踊ってくれるかしら? 今度こそ、ね?」


 黒い髪を揺らしながら少女はそう微笑みを浮かべた。


 ――∇∇――


 炎により分断されたパラクが相対しているのは騎乗している騎士級相当四人と実力不明の魔法師が二人。


 アーノルドのところではなく自分のところにこれだけ来るとなれば、やはり頭に浮かぶのはあの黒髪の少女の顔であった。


 そしてそれを後押しするかのような言葉が耳に入る。


「オマエ、ツイテクル。モシクハ、シヌ。オマエ、ツイテクル? モシクハ、シヌ?」


 まるで機械のようにカタコトな言葉を繰り返す一際大柄な者。


 深くフードを被っているため、どんな人物かすらわからないが、まともでは無さそうなのは間違いない。


 そしてそうこうしている間に、他の者達はパラクを炎の壁に追いやるように陣を展開していた。


 アーノルドに向かった者達とは違い、問答無用で襲ってくるというわけではないようであった。


「狙いは僕ですか……。アーノルド様が狙いじゃないだけ良かったのかどうなのか……」


 状況だけを見れば圧倒的不利な状況と言えるだろう。


 パラクの実力は騎士級でも上位といえるが、相手は騎馬の上、魔法師までもいる。


 魔法師に関しても、いまも揺れ動き消えぬ炎の様子からして聖人級以上であることは間違いなさそうであった。


 謂わば同格相手に一対六で戦わなくてはならないのだ。


「——ですが、舐めてもらっては困ります。僕もダンケルノ公爵家の騎士であり、アーノルド様の臣下なのですから!」


 パラクがそう叫び、駆け出すと、まるで見計らっていたかのように全員が一斉に動き出す。


(魔法師が厄介だ。まずは魔法師から叩く!)


 魔法師は単体では大した脅威ではないが、集団戦においては厄介極まりない。


 水色のオーラを体に纏わせたパラクは迫り来る騎馬の間を縫うかのように駆け抜け、後ろに隠れる魔法師の二人へと迫る。


 一人はまだ詠唱が完成していないのか馬を操り離れていくが、一人は詠唱が完成していたか、パラク目掛けて魔法を打ち込んでくる。


 ——『岩弾丸』


 距離が近いため発射と着弾までのタイムラグが限りなく短く、それに加え、魔法そのものも相当の速さで撃たれているため、並の者ならば気づいたときには訳もわからず着弾しているだろう。


 だがパラクはそれをものともせず斬り裂いた。


「無駄です。その程度の魔法、もう見慣れていますのでッ!」


 騎馬を操り、逃げようとする魔法師の腕をパラクはその一刀で斬り落とし、返す剣にて悲鳴すら上げさせず斬り捨てた。


 そしてそのまま身を翻し、距離を取った二人目の魔法師へと迫る。


 だが遮るように二人の騎手達が割り込んできて、パラクの眼前に突如、大太刀と長刀がそれぞれ迫りくる。


「っ……ぅぐッ‼︎」


 咄嗟に剣で受けるも、駆け抜けていく騎馬の勢いとオーラにより強化された二撃の衝撃がパラクの脳を揺らすように叩きつけられ、体が宙を浮き、勢いそのまま後方へ弾き飛ばされる。


 そのパラクと並走するように迫る騎手達の第二の太刀をパラクはどうにか体を無理やり捻ることで弾いた。


 そして着地と同時に膝をついたパラクであるが、ハッと気配を感じ、すぐにそこを飛び退いた。


 反転し、そこに視線を向ければ、背後から迫ってきていた者の刃が勢いよくそこに振り下ろされている。


「コロスナ。イケドリ、ノゾマシ」


 指示役なのか、一人だけ喋る男がパラクを殺そうとした騎手に対してそう言っていた。


「ウデ、アシ、ネラエ。イキテサエイレバ、アトハイイ」


 そう言うや否や、魔法師が唱えていた詠唱が完成したのか、パラクの足元に魔法陣が浮かび上がる。


 すぐに飛び退くが、その魔法陣が発動する方が早く数本の火柱が立ち昇る。


 ジュっと焦げるような音と共に焼けるような痛みが左足に湧き起こる。


「いっ……!」


 思わず痛みに声を漏らし、顔を顰める。


(でも動けないほどのダメージではない。あのまま留まっていたら今頃あの炎の檻に閉じ込められていたな。やっぱり魔法師は先に叩かないと厄介だ)


 先ほどの炎とは違い、天に伸びる炎は次第にドームのように閉じていき、炎のカーテンのようにゆらゆらと揺れていた。


 魔法陣が浮かび、発動するまで一瞬のタイムラグがあるとはいえ、それが戦いの最中であれば自由に動けるとも限らない。


 相手の連携がもう少し上手ければ、今頃パラクとてあの炎の檻に囚われていただろう。


 だからこそ乱戦では魔法師から叩くのが常道。


 パラクは改めて剣を構え、オーラを剣に纏わせた。


 だが動き出そうとしたその瞬間、魔法師の背後にある炎が突如割れ、そこから出てきた斬撃が魔法師を二枚へとおろし、絶命させた。


 その斬撃はそれでも尚止まることなく、今度はその直線上に偶々いた騎馬に迫り、咄嗟に動こうとするも避けきれず、騎馬ごと騎手を斬り裂いた。


 そして割れた炎の先から聞き慣れた声が聞こえてくる。


「——いつまで油を売っているつもりだ、パラク」


 不機嫌そうな声色と共に現れたのはアーノルドであった。


 ――∇∇――


 あれからすぐ、炎を放った魔法師を殺したためかアーノルド達を分断していた炎も消え、コルドーも合流し、一分も経たないうちに残りの全員を始末した。


 死体を調べたいところであったが、奴隷であればその死後もその主人のもの。


 いつ爆発させられるかわからないため、じっくりと調べることはできなかった。


 特にパラクの言うカタコトの言葉を喋る大柄の男だけは他の者とどこか違うので調べれれば何かわかりそうなものだが、十中八九罠であろう。


 だがおそらくヴァレンヌ家からの刺客であろうとアーノルドは思っている。


 しかしそれも確信には至らず、現状推測の域は出ていない。


 ミスリードさせようという狙いがあるとも考えられるからだ。


 実際、アーノルドもコルドーも刺客の割には殺意があまり感じられなかったように思えていた。


 奴隷ゆえかもしれないが、それでもアルトティア帝国の者がわざとアーノルドに勘違いするような情報を与え、アーノルドを操ろうとしている線も否定できない。


 それにアルトティア帝国といえど、必ずしも皇族が仕掛けてくるわけではないだろう。


 馬鹿な貴族や野心ある貴族ならば、皇帝にアーノルドの首を捧げようと考えるかもしれない。


 アルトティア帝国の貴族にとってアーノルドの首の価値はかなり高いのだから。


 それならばあの程度の実力の者を遣してきたのも納得がいく。


 とはいえ、こんなことは考えていてもキリがない。


「お前達、周りに誰か覗き見ている気配は感じたか?」


「いいえ、感じませんでした」


 コルドーがそう言い、パラクも首を振る。


 アーノルドが少し離れたところにある死体へと目を向けるとコルドーが残念そうに口を開く。


「調べるのはやはり危険を伴うでしょう。私の方でも一人自爆した者がおりましたゆえ」


 良く見れば、少しばかり髪に焦げた跡がある。


 おそらくアーノルドよりも至近距離で喰らったのだろう。


 とはいえ、ダメージを受けた形跡はない。


「だが……少なくともアノッソという線は消えたか」


「下っ端の暴走ということもあるとは思いますが、おそらく今回は可能性が低いでしょうね」


 アノッソのようなマフィア達が奴隷の殺手を使うというのはあまり考えられない。


 痕跡を消すために幹部クラスの者がやったということも考えられるだろうが、影からの情報を見る限りその線は限りなく低いと考えて良い。


「帝国の刺客にしては実力が粗い。少なくとも皇族共からの刺客ではないだろう。だが私達とわかって、それも奴隷共が襲ってきた時点でただの賊ということもない」


 奴隷は一般的に多くの国が禁じている。


 だが禁じているからと誰もが持っていないことにはならない。


「王妃様の線もまだありますか……」


「どうだろうな。もしそうだとしても、やはりパラクを狙ってきたというのが解せんな。私たちに内通者がいるか、もしくはヴァレンヌ家(向こう)の情報規制がザルでないのならば、王妃がこの短期間で奴らをパラクを攫うために送り込めるとは思えん。単純に私の側にいる人間を減らす作戦に切り替えたのだとしてもやはり解せん。いまの奴にそこまでして私を削る理由も余力もないはずだ」


 王位を自身の息子に確実に齎すための地盤固めに勤しんでいる今の王妃がここ一年以上も放置していたアーノルドに今更余力を割くとも思えない。


「確かに使い捨てにするには我々の国の者とするならば少々腕が立つ者達でしたし……、王妃様が我々のことを見誤っていないのならば、あの程度の者で到底殺れるなどとは思わないでしょう」


 どれだけの数を用意しようとも、質を上げようとも、誰もアーノルドの暗殺に成功していないことは王妃自身が一番よくわかっているはずだ。


 今更あの程度の者達を王妃が送る意味もない。


 そんなことをするのならば第二王子の地盤固めのための裏工作員として使ったほうが余程有用な使い方だ。


 騎士級にあれほどの魔法師ともなれば一貴族程度の軍ならば倒せる戦力となりうるだろう。


「となれば、やはりヴァレンヌ家からの刺客という線が濃厚か……」


 パラクが聞いた襲撃者の言葉もある。


 現状、やはりそれが一番可能性が高いだろう。


「とりあえず……あの馬、どう致しますか?」


 数匹の馬は殺すことなく騎手だけを殺しているため乗り手が不在だ。


 ここからクジャンまではまだ十キロメートル以上ある。


 馬車は先に行ってしまっているので、この馬に乗ってもいいのだが……。


「いや……、何が仕掛けられているかわからぬ以上は乗れんだろうな」


「そうですね。かわいそうですが、処分するしかないでしょう」


 そう言うと、コルドーが素早く馬に近づき、気づかせることもなく苦痛なく逝かせてやっていた。


「ん? 足を怪我したのか?」


 パラクの足運びに若干違和感を覚えたアーノルドがそう問う。


「申し訳ございません。少し敵の魔法に当たりまして……。ですが、少し服が焦げた程度で動きに支障が出るほどではございません」


「……そうか」


 実際、極限の戦いの中でならともかく、日常生活の中で動きが阻害されるほどではなさそうであった。


「まぁいい。まだ時間はあるとはいえ、少し急ぐとするか」


 アーノルドは去っていった馬車の車輪が刻んだ轍を見ながら、そう言葉を溢した。


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