第2-29話
「で、結局要約すれば、話し合いの場を設けるから、そいつらの主催する三週間後の違法オークションに来いと」
流石になにが仕込まれているかもわからぬため、封筒を開けたのはコルドーであった。
特に毒やその他の何かが仕込まれているといったことはなかったが、向こうはアーノルドが“一人”で来るようにとふざけたことを書いてあるようだった。
「断じてなりません」
「……まだ何も言っていないぞ?」
険しげな視線を向けてくるコルドーに、アーノルドもまた億劫げに視線を返す。
「お一人で行くつもりでしょう?」
「……流石に私もそこまで馬鹿ではない。それに相手の言い分を聞く道理もないからな」
少しばかり不機嫌そうに眉を寄せたアーノルドがそう言うと、コルドーは安堵したように吐息を吐き出す。
「安心致しました。それで……、どうなさるおつもりですか?」
無視するのもありだろう。
動向を気にしてはいたが、だからといってわざわざ出向く必要などない。
少なくともコルドーはわざわざ敵地に踏み込むのは危険であると考えていた。
行くにしても情報を得てからだろうと。
だが——
「今から行く」
「い、今からですか⁈」
アーノルドの予想外の返答に、コルドーは思わず素っ頓狂な声をあげてしまうが、アーノルドは気にした風もなく真面目な声色でそのまま続ける。
「ああ、今から行けば、明日の夜の競売には間に合うだろう。たしか奴らは毎週何かしらやっていただろう。面倒ごとはさっさと片付けるに限る。この屋敷の工房もさっさと完成させたいからな」
研究工房がなければアーノルドの魔法陣に関する研究を深く進めることができない。
学院で研究室を貰えれば別であろうが、グランクロワならばまだしもシュヴァリエが個人の研究室など与えてもらえるわけもない。
マードリーがやってくるまでまだ時間はあるだろうが、帰ってくるまでにも魔法に関する魔法陣の研究は進めておきたかった。
「無視してはダメなのですか?」
慌てるコルドーの代わりに、憂いを帯びた表情でパラクがそう問うてくるが、アーノルドはめんどそうに目を細めるだけだ。
「相手が筋を通してきた以上はこちらも筋を通す。一度はこちらから出向いてやろう」
別にアノッソの連中に負い目があるわけではないが、対外的には明らかにアーノルドがアノッソファミリーに喧嘩を売った形だ。
もちろんアーノルドにとってそんなことなど知ったことではないのだが、相手が話し合いの場を設けたいと言ってきた以上、それがたとえ罠だとしても一度は筋を通すのがアーノルドの道理。
現にこれまで一ヶ月弱経とうとも誰一人襲撃をしてこなかったということもある。
理性なき人間ならばともかく、理性ある人間であるならばアーノルドとて聞く耳くらいは持つ。
少なくともあの規模の組織を何も考えず潰そうと思うほど、アーノルドも驕ってはいない。
「まだ指定の日時までは時間もありますし、シーザーの帰りを待ってからでも良いのではないでしょうか」
「いつ帰ってくるかもわからん者を待っていても仕方がないだろう。今いる者達も別の任を与えているしな」
そのときタイミング良くとでも言うべきか、シュタっと一つの影がアーノルドの傍らへと降り立つ。
「——アーノルド様。どうか私めにお命じください」
忽然と姿を現したのは黒いコートに全身を包んだ者。
この者はこの国に残している数少ないアーノルドの影の一人だ。
「戻ったか。それで、終わったのか?」
この者にはエルテミスとの商談の後、本格的に彼女の情報を集めるように命じていた。
「こちらでございます」
そう言うと、一歩前に進み出て、書類を差し出してくる。
情報が纏められたその書類を受け取ったアーノルドは、早速それをペラペラとめくる。
纏められている情報はこれまでエルテミスが商談してきた相手とその詳細。
そしてエルテミスがどういった人物かという評判などだ。
「正式な商談の詳細は流石に厳しいか……。だが、個人的な方はだいぶ詳細だな」
莫大な金額や権利等と共に嬉々として品を渡した者も多いが、中にはアーノルド同様断っているような者もいる。
要求された品としては、配偶者の遺品や大事な者からの贈り物であったり、本人自身、そして単純に偏屈であるがゆえに商談に応じなかった老人といった者もいる。
だがその結末はほとんどが悲惨の一言だ。
暴漢に襲われ、その遺品を奪われた者。
その大事な者が事故に遭い、その過程でいつの間にかその品自体が無くなっていた者。
そして行方不明となり、後日帰らぬ者となって発見された者など、そのほとんどが何らかの不幸な目にあっている。
偶然と片付けるには少々その数が異常だ。
エルテミスとの取引を断った者の九割以上が、後日、彼女に求められたものを最終的には手放す結果となっている。
悪評が立つのも仕方がないと言えるほどだ。
そしてそんなエルテミス自身の評価も二極化している。
優しく慈愛に溢れた女の子だという者もいれば、極悪極まりない稀代の悪女だという者もいる。
どちらが多いかと言えば、圧倒的に前者ではある。
そして魔法具の天才としての名の方が圧倒的に悪女の代名詞よりも上回っている。
そういった者達に悪女に関する噂を聞くと、才能を妬んだ誰かの戯言だろうと言う者までいた。
エルテミスが悪事をしたなどとは全くもって疑いすらしてない様子であった。
だがその情報源のほとんどが、表向きにしか知らない者、実際の被害を受けた者の知り合い、噂を鵜呑みにして心の中で虚像をどんどんと大きくしていく者など、所詮エルテミス本人を深く知らない者が口々に言った適当な言葉によるものだ。
どれもこれも信じるには値しない。
それに誰かにはいい顔をし、誰かには別の顔をする二面性を持つ人間など無数にいる。
どちらが正しいなんてこともなく、両方が正しいということもあるだろう。
影が集めてくるのはあくまでも情報であり、正解ではない。
それらの散らばる情報を掬い上げ、繋げていくのがアーノルドのやることだ。
「しかし、なるほどな。これが事実だとするのならばなかなかの奸物ぶりだな」
「直接商談にて接したことがある、もしくは接した者と知り合いであった者ほど標的をそのように評価する者が多くいる傾向にはありました」
アーノルドの言葉を受け、影はそのように補足する。
「調べる際の妨害は?」
「特にございませんでした」
そう言われたアーノルドはしばらく黙り込む。
シンと静まり返る部屋でアーノルドが指でトントンと座る椅子の肘掛けを叩く音だけが響く。
「……まぁいいだろう。ならばお前に命じよう。だが期限は一週間だ。それまでにどういう裏があるのか調べよ。それと、その後でいいが、もう一度奴との商談を蹴って生き残っている者の情報を詳細に調べろ」
そう言い、送られてきた招待状を影へと投げ渡す。
「御下命賜りました」
影はそう言うと、空間に同化するかの如く消えていった。
アーノルドは再度手元の書類に目を落とす。
「ふむ……、お前達は特に変わりないか?」
書類をめくりながら問いかける先は、壁に並び、待機しているこの屋敷で働く使用人達だ。
「特にございません」
代表して、この屋敷のメイド長が淡々と応じる。
前の屋敷にいたメイド長はすでに“処分”されている。
いまここにいるメイド長はその後任だ。
そんな中、一人のメイドがおずおずと手を挙げていた。
「どうした」
「か、関係ないかもしれませんが……、この前街に出かけた時に、その……、少々絡まれるということがありまして……、その時に絡まれた者達を倒し、警備隊に渡すという出来事がございました……」
最後は怯え、尻すぼみになりながらもそう言ったメイドに対して、メイド長が驚いたように目を見開き、そして僅かに睨み見る。
「そのような報告は受けておりませんが?」
詰問するかのような硬く鋭い口調にそのメイドがアワアワと縮こまる。
「も、申し訳ございません。そのときは、ただゴロツキが絡んできただけだと思っていたので……。それに休日でしたし……」
言い訳のようにそう述べるメイドにメイド長は怒りからかその額に青筋を浮かべる。
「怪我は?」
メイド長の怒りは尤もであるが、無駄な時間は後で取れとばかりにアーノルドがそう問うと、そのメイドは体をビシッと直立させた。
「は、はい! 相手は武の字も知らぬような者達だったので、余裕でした!」
いくら下っ端の新人とはいえダンケルノ公爵家の使用人である。
貴族上がりの使用人ならばともかく、平民出身の使用人は最低限の知識と能力を得て初めて下級使用人に分類される。
このメイドもまだ下級使用人でこそあれ、武力だけならば騎士級に及ばずとも、騎士級に限りなく近い従騎士級並みの力はもっている。
そこいらのチンピラ崩れでは相手にもならないだろう。
問題はその出来事が偶然によるものか必然によるものかということだ。
エルテミスについて書かれた報告書の中には、近しい者たちを襲っていき徐々に精神を参らせていくような手段を用いているものもあった。
まずは小手調べにアーノルドにそれほど近くはないメイドを襲わせたということも考えられる。
真相を探るために今更拘留場に行こうとも、ゴロツキ共はもはや解放されているか、消されているだろう。
いまから影に探らせようと、大した情報は出てこないことは明白だ。
「次からは些細なことでも報告を怠らぬように。それと、後でその件を報告書に纏めておけ」
アーノルドが声色硬くそう言うと、そのメイドが肩を跳ねさせ、はいっと返事をした。
その返事を聞いたアーノルドは目を走らせていた書類から僅かに視線をあげ、使用人達に険しげな視線を向ける。
「それと、言うまでもないことだが、全員当分の間は身辺には気をつけておけ」
「「「はっ‼︎」」」
幾重にも重なった返事が返され、アーノルドは一度鼻を鳴らし、再度書類へ目を戻した。
――∇∇――
早くも一週間が経過して、いまアーノルドはマフィアの闇オークション会場があるクジャンに向かう馬車の中にいる。
バスのように多人数が乗れる広々とした乗り合い馬車であるが、向かうところが向かうとこだけに乗っている者達はほとんどいない。
「アーノルド様、大丈夫ですか?」
パラクが小声でそう尋ねてくるほどアーノルドのいまの顔色は芳しくない。
原因はわかっている。
あれから毎夜の如く見る悪夢のせいだ。
その悪夢を見る度にアーノルドは夢の中で殺されている。
いくら実際に死ぬわけでなくとも、死の経験というものは想像以上に精神を磨耗させていた。
「……問題ない。それよりもコルドー、一つ聞くが、お前は『能力』を得る過程で悪夢を見るといったことはあったか?」
問題ないとは言いつつ明らかに顔色が悪いアーノルドをコルドーは心配しながらも、何のことだと訝しむように眉を寄せ、確かめるように口を開く。
「悪夢……ですか?」
その反応から容易に心当たりがないとわかったアーノルドは思わず息を吐く。
「いや……、何でもない。いまの言葉は忘れろ」
あのアーノルドの姿をした何かは、しきりにアーノルドが弱いと非難してくる。
そして口癖のようにわかっていねぇと吐き捨てるように言う。
何度も言われすぎて、耳にこびり付き離れぬほどだ。
だがそれをただの戯言と聞き流すことは出来なかった。
なぜならそれはコルドーも口にしていたことだ。
次に必要なのは理解することだと。
だがその理解は人から伝え聞くようなものでもないと。
たしかにコルドーはそう言っていた。
あのアーノルドの形をした何かは、何がわかっていないと主語を言いはしないが、だからこそあの悪夢が次のステップへと至る何かに関係しているのではと思ったのである。
だがコルドーの反応からはそんな様子は窺えなく梯子を外された思いであった。
もちろん誰もが同じような現象を経験するとは限らないだろうし、あれがアーノルドの焦りから生み出された幻夢だという可能性もまだ捨て切れてはいない。
毎夜の如くとは言ったが、実際に毎日見るわけではないのだ。
「もしお辛いようでしたら、一度教会に出向き悪魔祓いをしてもらうのも……」
コルドーがアーノルドの顔色を窺うかのようにおずおずとそう申し出てくる。
悪夢というのはこの世界ではある種、悪魔を象徴する単語だ。
渋るように言うのはアーノルドと教会の関係が良くないのをコルドーも当然知っているからだろう。
教会とは一度、戦い争うまでに発展しているのだから。
当然であるが、そのときコルドーも共に戦っている。
一応、教会側に責があったという形で収束した戦いであるが、何かあった時においそれと頼るような間柄ではないのは間違いない。
コルドーもそれを分かった上で尚教会の名を口にするということは、それだけアーノルドの顔色が悪いということだろう。
だがアーノルドは、ある種小馬鹿にするように鼻で笑い飛ばす。
「はっ、悪魔祓いなどと……。そのようなくだらぬことをほざくとはな」
この世に悪魔という魔物は実際に存在するが、悪魔に憑かれるなどというのはただの迷信にすぎない。
教会が発狂でもした人間に悪魔が憑いたなどと騒ぎ立て、悪魔祓いなどと称して何も知らぬ平民、豪家から金を巻き上げているだけのこと。
コルドーとてそんな戯言など信じていないであろうに、心配のしすぎである。
コルドー自身も栓なきことを申したと気付いたのか、気まずように視線を逸らし、頬を朱に染めていた。
そのとき、アーノルド達以外に唯一この馬車に乗っている人物が少し離れたところから声をかけてくる。
「——ねぇ坊や。アタイが診てあげようか?」
全身を緑のコートで覆い、フードを深く被っているため、年齢などはわからないが、声から女であるとわかる。
訝しむアーノルド達にその女はコートの中に手を入れ、首から掛けられているであろうロザリオを提示してくる。
教会の者だということが言いたいのだろう。
だがクジャンなどという不法地帯にわざわざ一人で行くような人物がまともなどとは到底思えない。
「なんだい。急に黙り込んでどうしたのさ。アタイは悪魔祓いなんてちんけなことは言わないよ」
さっきの会話を聞いていたのか、どこか嘲笑うかのように若干声を弾ませ、そう言ってくる女にアーノルドは厳然と言葉を返す。
「断る。このようなところに一人でいる聖職者がまともであると思えと? 破門でもされた破戒僧とでも言う方が正しいのではないか?」
気位の高い神官などであれば、侮辱されたと憤慨するところであるが、フードの女は何が面白いのかむしろ快活に笑い声を上げる。
「あはははは、当たらずとも遠からずだね」
そう言うと女は席を立ち、アーノルドの方へと近づいて来ようとする。
安物の馬車ゆえ、少しの地面の凹凸でも揺れるその上でさえ体幹のブレがなく、その立ち振る舞いから武術の方もそれなりにやることがわかる。
「——そこで止まれ」
不審者を易々と近づけないためか、コルドーが剣の柄に手を掛けながら鋭い剣幕でそう命じると女はその場でピタリと止まり、肩をすくめる。
「あら、怖い。こっちは善意で申し入れてるってのに、やんなっちゃうわね」
フードで目元は見えないが、コルドーに顔を向け、嘲るようにそう言う女の言葉を、アーノルドもまた鼻で笑う。
「善意か。貴様らの言う善意とやらはどうやら私の知る言葉とは随分違うようだがな」
「なんさね、坊や? 善意と奉仕をごっちゃにしているタイプかい? 無償の善意なんてものを信じているとはね。あはっ、随分と可愛い坊やだこと」
嘲るような乾いた笑いを溢したフードの女にアーノルドは変わらず言葉を返す。
「神に縋る聖職者が無償の善意を否定するか」
「当然さね。この世に真なる救いなんてものは存在しないのさ。信じられるのは金と力だけってね」
臆面もなくそんなことを宣う女にコルドー達が思わずギョッとしたような表情を浮かべる。
これまで相対してきた聖職者は裏で何をしていようと外面だけは敬虔なる信徒だったのだ。
ここまであけすけにものを言う女に驚くのも無理はないだろう。
アーノルドはそんな女に薄く笑みを浮かべ、興味深げな視線を向ける。
「聖職者が神を否定するか」
「いんや? ラーマー様はそのお力を貸してくださるだけさね。そして力を貸してくださる代わりに私達は信仰をもって応えるのさ。感謝はしているし、信仰心も正真正銘偽りなき本物さ。主のために、主のためだけに、アタイ達は恪勤と動く。主が為せと命じたのならば、何であれ成し遂げる。それこそがアタイ達の信仰心」
他者の言葉を聞き入れぬような狂信者の気配を若干纏っているフードの女にコルドーとパラクが警戒を強くする。
「だがね、そこにあるのはどこまでも等価な契約なのさ。得たいものがあるのなら、そこから先はすべて自分自身で切り拓かなければならない。そのためには力がいるってだけさね。もちろん金もね。祈りは決して万能じゃあない。でも当然さね。世界の救済を願う者と世界の破滅を願う者。両者が存在し、両者が共に神に祈りを捧げたときに、果たして神は両者の願いを叶えるのか、なんてのは考えるだけ時間の無駄さね」
挑発的な物言いに、これまで見たことがない聖職者のタイプ。
神を信じるというその口で神の奇跡を否定する。
こんなところに一人でいるのも納得だろう。
「信者共の中には信じるだけで救われるなんて言う者もいるけどね、あんなのはただの馬鹿さ。馬鹿が馬鹿らしく食い物にされるなんてのは、主がお創りになられた当然の摂理なのさ」
「……なるほどな。貴様が破戒僧然としているのも納得だな」
呆れと嘲りが混じったように鼻を鳴らしたアーノルドに、女はフードの隙間からニヤリと獰猛な犬歯を覗かせる。
「あら失礼ね。アタイほど聖職者然としている者も珍しいわよ? ラーマ様はアタシのことをこんなにも愛してくれているのだもの」
そう言い、フフッと笑う女にアーノルド達の表情がより一層険しくなる。
だがそれに反してその女は口元を綻ばせる。
「でもよかったわ。少しは顔色も良くなったみたいね」
突然そんなことを言ってくる女に訝しむような視線を向けるが、アーノルドは先ほどまで感じていた頭と体の怠さが消えていることに気がついた。
反射的に何かしたのかとフードの女を睨み見るも、アーノルド自身何かをされた感触などなかった。
もし女がアーノルドに何かをしたというのならば、ここにいる三人の誰にも気づかれずにしたということになる。
聖職者の能力はまだよくわかっていないのも事実であるが、流石に現実的ではないだろう。
少なくとも、実際何かされたのならば当人であるアーノルドがまず気づくはずだ。
「……貴様のおかげなどではこれっぽっちもないがな」
「そうかしら? アタイと話したことによって治ったのなら、それはアタイのおかげってもんじゃない?」
表情は見えなくとも、得意げに笑みを深めていることがわかる声色でそう嘯く女にアーノルドが忌々しげに鼻を鳴らす。
「図々しい奴だ」
そう言われた女はフードで顔は見えないが口元が愉快げに笑みを浮かべているのだけはわかった。
「ところで——」
だがその女が口を開いてすぐ、この場にいる全員の表情が同時に険しく引き締まる。
「……どうやら招かれざる客が来たみたいね。アンタのお客かい?」
一瞬放った鋭い気配を引っ込めた女の問いに、アーノルドは厳粛とはぐらかす。
「さぁな。心当たりが多すぎてな。だが、断言できぬということは貴様の客という可能性もあるというわけか」
アーノルドがそう言うと、女は戯けたように肩を上げる。
「それはないね。だってアタイ、誰かに恨まれるような生き方なんてしていないもの」
図々しくもそう広言する女をコルドーもパラクも胡乱な目で見ていたが、アーノルドは馬車の後方へと目を遣っていた。
「騎馬か。この国の盗賊は随分と豊かなようだな」
後方からフードを深く被った複数の者達がこの馬車目掛けて馬を走らせている。
まだまだ遠く離れているがこの馬車の速度では追いつかれるのも時間の問題だろう。
「そうさね。それだけ誰かさんを仕留めたいという誰ぞの意志の表れなのかしらね。……それで、どうするのさ? 馬車を止めるのかい?」
ここからクジャンまで、まだ短くない距離離れている。
付き合ってもいいとでも言うのか、愉しげな雰囲気すら纏わせているフードの女を一瞥したアーノルドは、女に背を向け馬車の縁に手を掛ける。
「いいや、私たちはここで降りるとしよう」
「えっ……?」
女は予想外の答えであったのか、一瞬呆けたような声を出すが、アーノルドはお構いなしに馬車の後ろから飛び降りた。
そしてすぐ後を追うようにコルドーとパラクも飛び降りてくる。
徐々に遠ざかっていく馬車では何やら女が叫んでいるようであるが、何を言っているかは馬車の車輪が地を刻む音で聞こえなかった。




