8 婚約者とエリオ
言いたいことは言おう。
頭だけでなく、体も鍛え、力をつけよう。
いつか、もう一度ラウラに会える日が来るなら、今度こそ最後まで守ってみせる。
そう決意した日に、あの最悪の婚約者、ロレッタと顔を合わせることになっていたのだ。
会う前から、そういう女だと決めつけていた。
しかし、一目見た彼女は、以前とは違い、派手派手しさがなく、謙虚で、大人しそうに見えた。
睨むエリオにしゅんとロレッタは元気をなくし、俯いていた。
初めだけだ。すぐに化けの皮が剥がれる。
そう思って警戒を解くことはなかった。
王妃教育に通うロレッタは、常に真面目で、前向きだった。
登城し、部屋に向かう途中でエリオを見かけるとそっと手を振り、にっこりと微笑む。まるで自分に好意を抱いているかのように見えた。
同じ人生を歩んでいても、自分も変わっている。剣を学び、体を鍛え、かつてのようなひ弱な良い子ではない。
ロレッタもまた、あの時のロレッタとは違うのかもしれない。
大事なことは、「ロレッタ」か「ラウラ」かじゃない。自分が愛せる者かどうか、だ。
ロレッタに向ける目を変えなければいけない。かつての印象ではなく、今の自分で見極めなければ。
一緒に語学の講義を受け、教えあい、意見を交わし、一人では味わえない楽しさを覚えた。張り合われるのさえ、悪くない。
お茶の時間を持ち、日々の取るに足らない話題でも笑顔で聞いてくれるロレッタ。
好物のマロンパイを取り置いた時の嬉しそうな顔。
話をすればするほど、惹かれない訳がなかった。
自分が共に生きるのは、ロレッタだ。ロレッタでいいのだ。
そう思うようになるのに、さほど時間はかからなかった。
王立学園に行くことになり、入学してきた聖女ラウラもまた、あの時とはずいぶん印象が違った。
かつてのラウラは聖女もどきと呼ばれ、いつも一人で、周りとなじめず、他の学生とは距離を置いて過ごしていた。
今のラウラは聖女としての力を既に持っていて、それを人に示せることから周囲から一目置かれていた。そのせいだろう、自分に自信を持っていた。その一方で目に野心を秘め、少し不自然に人を周りに集め、時々トラブルも起こしていたが、聖女と言うことで大目に見られていた。
あのラウラじゃない。かつて自分が愛した、あのラウラとは違う。別人だ。
今の自分が愛するのはロレッタだ。そしてロレッタは自分の婚約者。堂々とそばにいることができる。愛することができる。この巡り合わせに感謝するしかなかった。
ロレッタが友人を、ひいては聖女をおもんばかって注意をしたことが、聖女の逆鱗に触れてしまったらしい。
聖女をいじめる侯爵令嬢に仕立てられ、ロレッタは追い詰められていった。
二週間、学園を休んで少し冷却期間を置く、と言った。
その間に、ラウラが執拗にそばに寄ってきた。
それまではそばに近づいて来ようが面倒なだけだったのが、どういうわけか頭がぼんやりとし、次第にラウラに従わなければいけないような、焦がれるような思いに捕らわれるようになってきた。
自然と視線がラウラに向けられる。ラウラの喜ぶことをしなければいけない。
王子ではあったけれど、自分の自由になる宝石などは持ち合わせていなかった。手ぶらで来るエリオに露骨に眉をひそめ、次に来る時には身を飾る物を持ってきて欲しい、と無心された。
何か用意しなければいけない。
そう思っていたところに、ロレッタと話す機会があった。
そばにいるだけで、濁っていた思考が澄んでいき、自分が冷静になっていくのを感じた。ラウラへの作られた思いが消えていく。
かつての人生で、ラウラが植えた花のそばにいた時のように、心が安らいでいった。
ロレッタは、ラウラと懇意になっているエリオに傷つき、それでもその思いを言えなくなっていることが判った。
避けられても仕方がない。どうしてそうなってしまったのかは自分でも判らないが、自分がしでかしたことだ。自分達もまた、冷却期間が必要なのだろう、そう思った。
その間に、この心の変化を調べる必要があった。
勝手な言い分だが、不自然な執着心はラウラの力なのではないか思われた。
もしかしたら、ラウラの周りにいる者達も、あの力に縛り付けられているだけかもしれない。
今は学園の学生がターゲットになっているが、力を持つ者の心を自由に操るようになれば、それは国にとって脅威にしかならない。
大聖堂の司祭に相談し、調査が行われることになった。
大聖堂でも、ラウラの事で少し問題があるようだった。
できるだけ卒業するまでに、聖女が王城へ上がる前に対策を取らなければいけない。
一度心がすれ違うと、ロレッタとの距離を縮めるのは思ったより難しかった。
あんなに遠慮する子だっただろうか。
王城で手を振り、笑いかけてくれたあの頃、素直な好意を向けられ、それを独り占めしていた自分は、なんて幸せ者だったのだろう。
必ずこの件を解決し、国にも、ロレッタとも平穏を取り戻さなければいけない。
卒業パーティは心配だった。かつての人生でラウラが打ちのめされた場だ。
状況からすると、何かあるとすれば、次はロレッタがやり玉に挙がるだろう。
行かせない方がいい。そう思う気持ちと、共に参加したいと言う気持ちで揺れていた。
そこへ、エスコートして欲しい、と言う申し出。
ロレッタの勇気に、即答できなかった。
絶望するように諦める目と、数日後に届いた断りと詫びの手紙。
どうしてもロレッタの本当の希望を叶えたくなり、欠席と決めた彼女にドレスを送った。
それは、ロレッタだけの希望ではなかった。




