6 最期のロレッタ
大広間の扉が閉まると、私は廊下を走り、外へと飛び出した。
涙が止まらなかった。
結局今世でも、私のしたことは何の意味もなかった。全ては無意味だった。どんな努力も実ることはなく、あとは殺されるだけ。
それでも…、それでもかつての私より幸せだった。絶望しかなかったあの人生より、私は愛を知っている。
愛することを知っている。愛されたことを知っている。
知っているからこそ、余計に辛くても…。エリオ様!
玄関ホールの階段から足を踏み外し、大きく転倒するところだったのを、誰かの手が支え、転倒を免れた。
私の腕を握っていたのは、エリオ様だった。
「何故、違うと言わない。自分は卑劣なことはしていないと」
一度も見たことのない、恐い顔をしていた。
「だ…、って…。聖女様を否定するなんて…」
玄関前には馬車が横付けされていて、聖堂の衛兵と思われる者が私の腕を掴むと、無理矢理馬車に引っ張っていこうとした。なんて準備がいいのか。こうなることはもう決まっていたのだ。かつての私と何も変わらない。
「私が連れて行く。…この者に触れるな!」
エリオ様の一声で、衛兵は私の腕から手を離し、私とエリオ様に道を空けた。
エリオ様は私を馬車に乗せると、ご自身も同乗し、うろたえる私をよそに馬車はどこかに向かって走り出した。
西の森へ向かっているのだろうか。
エリオ様は私の隣に座ると、私の手をしっかりと握った。
「…陛下は…、父は、あんなことを言う予定はなかった。今日は祝辞を述べるだけだったんだ。どうやら、魅了の力に捕らわれてしまったようだ。私も、君がいてくれた時は何もなかったが、二週間、君と会わない間に心を奪われ、操られていた。でも、君がそばにいるだけで元に戻ることができた。もう間違うことはない」
握る手が強くなる。
「もう二度と、君を手放さない。父には王位継承権を返上してきた。聖女が王子の婚約者になる約束なら、弟が果たしてくれるだろう。私が指名された訳じゃない」
「エリオ様、それはいけません。エリオ様は王になるためにあんなに頑張って…」
「王になど、ならなくていい。今度こそ君を守る。剣さえもろくに持ち上げられなかったあの時とは違う。今度こそ、君と共に生きるんだ」
その言葉で、思い出せなかったかつての結末が一気に心に蘇った。
西の森へ行くまでもなく、その途中、王都に魔物が現れたのだ。移動する馬車が魔物に襲われ、その時も私は一人じゃなかった。
あの時も、そばにエリオ様がいてくださった。
馬車が発車する前、突然エリオ様が駆け込んできて、私の横に座った。息を切らして、そのまま進むよう御者に伝えると、侯爵家の馬車は私とエリオ様を乗せたまま西の森へと向かった。
その途中の道で、突如現れた魔物…
馭者が喰われ、馬車がきしんで傾き、逃げ出した私とエリオ様。
エリオ様は、私をかばって魔物の爪に引き裂かれた。とどめと突き刺された鋭い刃のような腕は、エリオ様を突き抜け、私の心臓にも突き刺さった。
エリオ様の消えていく命に私は…
今の馭者の悲鳴がして、馬車が止まった。
「君はこの中にいるんだ。決してドアを開けてはいけない」
そう言うと、エリオ様は私の唇に軽く唇を当て、剣を手に外へ飛び出した。
閉じられた扉。
いけない。エリオ様が死んでしまう。
言い残された言葉に逆らい、私も馬車の外へ出ると、三匹の熊のような大きな魔物がエリオ様の前に立ち塞がっていた。
一人で三匹を相手にするのはあまりに分が悪い。一匹を倒し、一匹の腕を切り落とすも、剣が跳ね飛ばされ、魔物の爪が振り下ろされようとしたその時、
「だめっ!」
エリオ様の首にしがみつき、その爪を代わって受けようとした私の背後から、猛烈な光が発せられた。
その光にひるみ、動きを止めた魔物が、続く光の波を受けて影となり、吹き飛ばされるように砕け、光に溶け、ちりぢりになって消えてしまった。
ゆっくりと収まっていく光…。
元の闇が戻った時、そこに魔物はいなかった。
馭者も命を落とすことなく、服は肩が切り裂かれていたけれど、幸い怪我はなかった。馭者は「あれ? 傷は??」と目をぱちくりさせていた。
ほっと安心して、ふと背中に力を感じた。
見ると、私はエリオ様を押し倒し、その上に覆い被さっていた。そして私の背中には、エリオ様の腕があった。
「押し倒されるなら、土の上じゃない方が嬉しいな」
少し顔を赤くしてそう言ったエリオ様は、確かに生きていた。そして私も。
私達は、魔物に襲われたけれど、死んでない。生きている。
「怪我は…ない?」
「あったはずだけど、…なくなってる」
エリオ様は自分の右腕を見たけれど、服は切れ、血の跡が残るにもかかわらず、傷はなかった。
あの光が、助けてくれた…?
「エリオ様…。ずっとあなたと生きていたい。今度こそ、あなたと、生きていたいんです」
不思議な光の奇蹟をくださったのが何かは判らない。
でも今はただ、エリオ様と共にいられることを喜び、共にいられる未来を願わずにはいられなかった。
「私は君と生きていく。…もう離さない」
エリオ様の腕に力が入り、抱きしめられているのだと、私は愛されているのだと感じた。




