10 聖女がいない世界
卒業パーティが一転、断罪の場となった。
王から侯爵令嬢ロレッタに向けられた判決のような言葉。
それに逆らうことなく、言われるままこの場からいなくなったロレッタ。
「私は王子をやめます。王位継承権も返上しましょう。幸い王子はまだ二人いる。父と話し合って、好ましい方を選ぶといい」
そう言って絡みついていた聖女ラウラの腕を払い、今出て行ったばかりのロレッタの後を追ったエリオに、場内は騒然としていた。
狂言のような騒ぎにあきれる者もいれば、エリオを応援する者も少なくなかった。
ラウラは忌々しげにエリオが出て行ったドアを見つめてはいたが、善人面で聖女である自分に説教しようとしたロレッタに一泡吹かせられただけでも充分満足だった。
別にエリオが好きだった訳ではない。人のものだったから興味があっただけ。あの生意気なロレッタのものだったから奪い取っただけだ。
王位継承権をなくした男にいつまでもしがみついている必要はない。
それならば、二人の王子のうち、どちらかを選べば…
しかし、その場にいた王子は二人とも自分から距離を保ち、自分に好意を持っているようには見えなかった。むしろしかめた顔がラウラを「はずれ」だと思っているように見えた。
自分は聖女なのだ。もっと敬うべきだ。
聖女だからこそ、何なら両方の王子の寵を受け、やがてはこの国の王妃となって悠々自適に暮らすことを思い浮かべたりもしたが、全てを変えたのは、突然の閃光だった。
どこから発せられたのかも判らない光は壁をすり抜け、広間全体を照らし、一瞬そこにいた全ての人の目をくらませた。
やがて元の室内の明かりに戻ると、王をはじめ、聖女を崇拝していた男達が皆、呆然とした顔つきに変わっていた。
甘えた声でお願いをすれば、誰もが聖女である自分の願いを叶えるのが当たり前だと思っていたのに、誰もラウラを見向きもしない。
王は顔をしかめ、頭痛を訴えると、二人の王子と共に広間から去った。
王は聖女ラウラを王子の婚約者にすると言ったことも、ロレッタに婚約解消を伝えたことも、エリオが王位継承権を返上すると言ったことも、全く覚えていなかった。
フェデリカの婚約者であるジュスティーノが機転を利かし、王が立ち去る時、
「王様、余興にご協力いただき、ありがとうございました。エリオ様とロレッタ様が無事仲直りできますことを皆で祈りましょう!」
と言ったことで、全ては一時の余興として済まされる段取りが組まれ、裏では急ぎ事態の修復が謀られた。
卒業パーティはその後ももうしばらく続けられたが、ラウラに話しかける者は誰もいなかった。
ずっと取り巻きをしていた男達は、本来の婚約者・恋人の元に戻ったが、許される者もいれば、受け入れられなかった者もいた。
ラウラは卒業後、王城に行くことは許されず、大聖堂の施錠された部屋で謹慎を命じられた。
あの光を浴びた後、ラウラは、周囲に仕掛けていた力だけでなく、その身にあった力全てを失っていた。
ささやかながらもあった治癒の力は学園にいる間に消えていた。手をかざすだけで育っていた植物は反応しなくなり、当初は人々の心を慰めていたその声は、人々の心を惑わす力に変わり、多くの人を呪った挙げ句、あの光に滅ぼされていた。
魅了の力でしか人の心を引きつけられなかった聖女を敬愛する者はいなかった。
王の心を乱したことは大きな問題となったが、証拠は得られなかった。しかしあの光で心酔する呪いの全てが解除され、その力は発せられなくなっていることが確認されたため、調査は打ち切られた。
王の他にも多くの者の心を惑わせ、寄進されたものを自分の物にし、聖堂に納めなかったことは、聖堂の司祭や信者達からも厳しい追及を受けた。
ラウラは財産を没収され、聖女の身分を剥奪され、故郷に戻されることになった。
父母もいなくなり、一度魔物に襲われた街は、8年以上の歳月が過ぎていたにもかかわらず、まだ元の姿を取り戻すには至っていなかった。
聖女が戻れば、街も活気づくだろう。
本当に聖女なら。
真実を語る、本物の聖女であれば。
その後、故郷の街にラウラが姿を現すことはなかった。
◆
聖女がいなくなった後も、時々恵みはもたらされた。
人々が水を乞う時には雨が降り、流行病は小さな流行で廃れ、他国との争いは減り、大地は実りを忘れなかった。それは完璧ではなく、目に見えて判るものは少なかったが、確かに恵みはあり、自分達は守られていると誰もが感じていた。
聖女のいない世界で、ロレッタは聖女に代わり、王城の聖堂で自分とエリオを助けてくれたであろう女神に祈りを捧げた。
ロレッタがそうするように、人々は皆、聖堂の女神の像に日々の平和を感謝し、祈りを捧げた。
ロレッタがエリオのそばで心に愛と平穏を持ち続けている間、奇蹟に近い恵みはもたらされたが、己を知らぬ聖女を面と向かって崇める者はいなかった。
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