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二日目:東神楽町図書館

憲法二十一条

集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 かつてガックンは、この町の東神楽中学校で教鞭を取っていたという。期間は1995年4月から2001年3月までだった。


 図書館には、中学校が発行する紙誌が多数収蔵されているはずだった。恐らく、毎年寄贈しているのであろう。専用の検索機で検索すると、年代を絞り込んだ。それでも一度に依頼出来る冊数ではなかった。レシートのようなものは発行されないようで、取り敢えず数冊だけ選んでメモすると、カウンターの女性に書庫から出してもらった。


 生徒会誌、文集、そして研究授業の冊子などに、ガックンの名前がしっかり出ていた。

 担任にしても、バスケットボール部にしても、当時は生徒さんたちにも慕われていた様子が伺える。小さな町の小さな中学校で、いじめなどもなかったのであろう。


 早速、カウンターの女性に複写の依頼をした。

 通常は、氏名住所を書かされたりするものだが、どうもそういった手続きは必要ないらしい。


 しかしコピーをしている気配が全くない。しかも時間がかかっている。

 改めてカウンターの方を見ると、女性が言った。

「内容が個人情報を含むものなので、ちょっと書類を作っています。もう少々お待ちください」

 何やら雲行きが怪しくなってきた。

 何食わぬ顔をして新刊コーナーを眺めていたが、実は結構動揺していた。こちらの意図を見抜かれたのであろうか。誓約書でも書かされるのか。


 しかし女性が差し出した書類とは、A4用紙の半分くらいのサイズで、氏名住所を書く欄があるだけだった。どう考えても、複写する際の通常の申込用紙で、今作ったとは到底思えない。

 偽名を使うことも考えたが、流石にマズいだろうと思い、本名を記入した。住所は埼玉県某市。何故か三枚記入した。通常は一枚で済むはずだった。


 これでコピーしてもらえるのかと思いきや、今度は上司らしき男性が、事務室から出てきて言った。見上げるような大男だった。ザカリ並みだった。

「あの、こちらは、どういった目的でコピーされるんですかね」

「どういった。まあ調査ですかね」

「調査って、どういった内容の調査ですか」

「いや、それは、今はちょっと言えないですね」

「ああ、そうですか。今ちょっとね、役場の方にも確認したんですけど、個人の名前とかも含まれてるんでね、今個人情報の漏洩とか、そういうのがありますんでね。複写の方はちょっとご遠慮頂きたいんですよ」

 役場に確認した、だと?どういうことだ?


 しかし、ここでストップがかかるとは思わなかった。何か適当な偽装を用意しておくべきだったか。

「いや、別にネットに上げるとか、そういうつもりはないんですけどね」

 実はそうとも言い切れない。

「まあ今名簿の業者とかもいるし、同窓会の名簿作るとか、そういったことならまあ問題ないんですけどね」

「ああ成程。まあ生徒さんの名前とかは確かにマズイですよね。先生とか、公務員の方は問題ないんじゃないですかね」

「まあ、そうなんですけど、それでも個人情報の漏洩とかありますんでね。ちょっともう一回、役場の方に確認してみますね」

 そう言うと男性職員は事務所に引っ込んだ。その間、女性職員に、用紙に電話番号を記入させられた。携帯の番号を記入した。


 しばらくして、男性職員が出て来た。

「まあやっぱりね、ちょっと複写は出来ないということで、申し訳ないんですけどね。まあ名前だけ黒塗りするとかなら、いや、でも黒塗りでもマズイかな」

 結局、個人名がない部分だけを複写してもらった。


 バスの時間も迫っていたので、資料に一通り目を通すと、後ろ髪引かれる思いで辞去することにした。

 カウンターの女性に声を掛けた。

「すいませんね、何かお騒がせして」

「いいえ」

「何か、今はあれですかね、図書館は全国的に厳しい感じですかね。こういう個人情報とかは」

「いや、うちだけですね」

「ああ、そうですか」

 成程。あくまで東神楽町独自の判断らしい。タイミングと資料の内容からして、旭川の事件が関係しているとしか思えない。それとも他の事案があるのか。


 東神楽町の方でも、今回の事態を相当程度警戒しているのかもしれない。

『オッパブが昔うちにいたってよ。やばくね。ネットの変なYou Tuberとか来たらどうすんのよ』


 あそこで雑誌社の名刺でも出して『抗議する』とでも凄めば、また違ってくるのだろうが、こちらは素人だし、悪用しないかと言われれば、そりゃしないとも言い切れないので、そこで強く出るガッツはなかった。実は私も全くのホワイトという訳でもないのだ。


 しかし、利用者側が資料をどう使おうと、それは利用者側の責任であり、図書館側に責任はない。明確な理由もなく、複写を拒否して門前払いすることは問題ではないのか。

 下手をすれば『国民の知る権利』を侵害したということで、憲法違反にもなりかねない。


 とは言え、拒否されたのは複写だけだった。資料の閲覧自体が可能なら違法とまでは言えないのかもしれない。


 しかし、問題は他にもある。

 男性職員は『役場の方に確認した』と言った。図書館での複写を役場が妨害するという行為が果たして許されるのか。中学校の資料だとすると、発行者側に権限があるということになるのであろうか。しかし、図書館に資料が収蔵されている以上は、誰でも制限なく閲覧可能であると解釈されて然るべきであろう。筆者だけが拒否される謂れはないはずだ。


 まあ元々大した資料ではないし、ネットで公表して、地元の方に見に行ってもらえばいいだろう。そう思っていた。それが甘かったことが後に判明する。

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