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聖夜の行進

作者: 徳井紘子
掲載日:2021/07/06

 ――クリスマスなんて嫌いだ。



 雨は12月22日の夜からずっと降り続いて、今日23日の5時間目…時間で言うと午後1時半を回ってもまだ降っていた。

「じゃあ次のページを…熊谷君、読んで」

「…はぁい」

 午後一発目の授業はただでさえ眠くなるというのに、科目が国語とは追い討ちだ。

 その上ずっと窓の外の雨を見ていたから、現実に戻ってくるまでに時間がかかる。

 そもそも、あんまり戻る気はないが。


「えーっと…」

 立ち上がって教科書のページをめくり、指定された箇所を探す…が当然見つからない。


「39ページ」


 後ろの席から小声で助け舟が入る。

 俺が授業に集中していないことは、コイツにはお見通しだ…いつも。


「いつも悪いな、松下」

 授業が終わってから助け舟の主、松下比佐子に声をかける。

「毎度。誠人がまともに授業受けないのはホンット毎度」

 手元の雑誌をパラパラとめくりながら軽く手を上げて彼女は答えた。

「しょうがないだろ、この時期は憂鬱なんだ」

「あんた、7月もそんなこと言ってたわよね? 『じめじめした時期はしょうがないだろ』って」

 …確かに言った。

 だけど、気候の問題とは別にこの時期は憂鬱になる。

「悪かったよ。少しずつちゃんと授業受けるよう善処する…つもりだ」

「少しずつってどんくらい?」

「半年に1回ペース」

「アホか!」



 ――雨はまだやまない。



「じゃあ、明日は午後から教会堂でミサがあるからネクタイ、リボンを忘れないように。解散」

 帰りのホームルームで担任が告げた。

 普段は強制されていないネクタイ、リボンも式典の時は強制される。

 俺たちの高校はカトリックで、敷地内には教会堂がある。毎年クリスマスイヴにはそこでミサをするのだ。まぁ正式なミサではなく簡略的なものだけど。

「はぁ…」

 自然とため息も出る。

「なんでそんなに凹んでんのよ?」

 鞄に教科書をしまいながら松下が声をかけてきた。

「あのさぁ…お前、俺の誕生日知ってんだろ?」

 何を隠そう俺の誕生日は12月24日だ。

「…あぁ。ってか、何? 未だに誕生日とクリスマスの合同プレゼントが嫌なの?」

「なっ! そうじゃ…ないっつーか、あぁ…いや、その…」

「ハハッ! いい年こいてプレゼント! かわいい所あるじゃん」

「まて! コラ!」

 あ~かわいいかわいい、といいながら松下は教室を出て行った。

 悔しい思いのまま、俺も帰路につく。


 もちろん未だにプレゼントが一緒になることを嫌がっているわけではない。さすがにそういう歳じゃない。

 が、なんというか…引きずっている。

 兄貴と二人兄弟の俺は、小さい頃から兄貴がうらやましかった。

 世の中の家庭がどうかは知らない。ただ俺の家では毎年クリスマスと誕生日のプレゼントが合同だった。

 当然兄貴も一緒というわけではない。誕生日がクリスマスイヴの俺だけだ。

 毎年ちゃんと2回プレゼントをもらえる兄貴と、1回の俺。

 よくグレずにちゃんと成長したもんだと自分でも誇りに思う。

 

 そんな事が響いて、プレゼントがもらえなくてもいいと思う歳になっても、この時期になると気鬱になってしまうのだ。トラウマと言ったら大げさになるかもしれないが、まぁトラウマなんだろう。



 ――夜になっても雨はやまなかった。

 


 夕飯も入浴も済ませて、自室でのんびり本を開く。

 窓の外からは小さく雨の音が聞こえていた。

 一番落ち着く時間。雨の音も心地い…

「♪~♪~♪~」

「ぬあっ!!」

 ゆったりした気持ちを脳天から破壊すべく、携帯電話のメール着信音が響いた。

 おかげで4、5センチ跳ね上がった。俺の体が。

『タイトル:明日

 本文:午後からミサだぞ! 忘れるな~!』

 …松下からのメールだった。

 ミサの事はしっかり忘れていた。

 松下とは高校に入学してからのクラスメイトで今年は2年目になる。

 相変わらず俺のことを把握しているようで、いいタイミングでメールが来た。

『タイトル:そうだった

 本文:しっかり忘れてた! 助かった。いつも悪いな』

 返信メールを送信して、そのまましばらく待つ。

「♪~♪~♪~」

 松下はいつもすぐに返信が来る。

『タイトル:(なし)

 本文:どーいたしまして!』

 内容を確認してから携帯を閉じた。

 ネクタイの準備をしてから、再び本に目を落とす。

 俺は本を読み出すと時間を忘れて読み込む上に、内容によっては周りを遮断して本の世界にトリップしてしまう。

 


 ――雨が雪に変わる。



 いつもの通り、あと少しと思ってやはり読み込んでしまったようで、気がつくと時計は午前1時を指すところだ。

 夢中になって読んでいたため、部屋の気温が下がっていたことにも気づかなかった。

「そうだ、雨…」

 いつの間にか外から聞こえていた雨の音が消えている。

 厚手のフリースを羽織り、カーテンを開けてみた。

 どうりで音が消えているわけだ。雨は雪に変わっている。

 かの有名な「♪雨は夜更けすぎに、雪へと変わるだろう」ってところだ。

 リアルにこの体験をしたことがなかった俺にとって、テンションが上がるには十分の景色だった。

 部屋もどうせ寒いし、外も変わらん! と思い、窓を開ける。

 眼下に広がる一面の雪景色とはいかないものの、家の前の道路はうっすらと白くなり、庭先の木もほんのり雪化粧をしていた。息も白い。

 クリスマス生まれと言うこともあるのか、俺は雪が好きだ。

 その上自分の誕生日に雪とくれば、昼間感じていた憂鬱な気持ちも軽くなる。

 ダークグレーの空から舞い落ちる雪を仰いだ…その時…


 ――ヵシャン…ヵシャン…ヵシャン…


 小さな足音…機械音? というような音が聞こえた。

 が、道を歩いている人影は見当たらない。


 ――ヵシャン…ヵシャン…ヵシャン…


 よく耳をすませて聞いてみると、鈴の音に聞こえなくもない。

 (まさか、リアルサンタクロース…?)

 もう一度空を見上げる…が

 (さすがにんなわけねぇか)

 相変わらずダークグレーの空から雪が降っているだけで、赤鼻のトナカイも、ソリも、白ひげサンタもいなかった。


 ――ヵシャン…ヵシャン…ヵシャン…


 音はやまない。

 もう一度家の前の道に目を落とすと、うっすらと色づいた道に小さな足跡のようなものがあるのに気がついた。

 何か物体がしっかりと見えているわけではない。

 それなのに、何かふんわりとしたような白いモノが動いているように見える。

 (なんだあれ?)

 俺は何か気になることがあると確認しないといられない性格だった。

 部屋の窓を閉め、マフラーをつかんで静かに家を抜け出した。



 ――雪は少しずつ積もっていく。



 家の前の道には、微かに足跡のような小さな跡が残っている。

 雪は降り始めよりも強くなってきているのか、さっきよりも明るく感じる程度に積もっていた。

 そのせいか、周りの音もだんだんと消え、周囲の音がすべて吸い込まれている。

 頑張って耳を澄ます。


 ――シャン…シャン…


 微かに、本当に微かにだが聞こえた。音は高校がある方向の道から聞こえる。

 どんどん遠くなる音を急いで追いかけた。

 

 ――ヵシャン…ヵシャン…

 

 近づいている。音は近づいてみると不思議な機械音のように聞こえる。


 ――カシャン…カシャン…


 しっかりと音が聞こえた時には、高校のすぐ近くに来ていた。

 どこから音がしているのかと周りを見回してみるが、どうやら正門近くではないらしい。

 うちの高校の隣は、児童養護施設がある。

 音は施設のほうから聞こえているようだ。

 音を立てている根源が何かわらからないので、とりあえずそーっと、そーっと隠れながら近づいた。

 塀の影に隠れて、ゆっくり施設の入り口を除くと…あった。というより『いた』と表現したほうがいいのだろうか。

 施設の入り口には俺の身長より高い…大体2mくらいの大きさの、もみの木が植えてある。

 その木の根元に、白くぼやけた小さなもの達が木をぐるりと囲んでいた。小さな霧の塊がロボットを形づくっている感じだ。ソレらが小さく跳ねている。


 ――カシャン…カシャン…カシャン…


「……なんだコレ…」


 ――カシャッ……


 思わず声が出てしまった。

 すると俺の声が聞こえたのか、霧状のロボットは一斉に動きを止め、その後シャカシャカとあたりを見回した。

 そのうちのひとつが俺に気づいた。

 再びカシャンカシャンと音を立ててこっちに飛び寄ってくる。

 とても不思議なものをみているはずなのに、恐怖は感じなかった。

 だが、かなり驚いたのは間違いなかったようで、一歩も動くことが出来なかった。

 俺の足元に近づくと、今度は俺の周りを囲んでカシャンカシャンと飛び跳ねている。

 大きさは500mlの牛乳パックくらい。半透明の白いもやではあるものの、形は小さなてるてる坊主に手と足をくっつけたような…やっぱりロボットのように見えた。

 恐怖を感じないのはこの形のせいだろうか。


 足元で一通り動き回ると、俺のズボンの裾をつまんで施設の入り口のほうに引っ張り出した。

 ただでさえ小さいものが足元でちょこまか動いていると、うっかり踏みそうになる。

 なされるがままに歩いていくと、もみの木の前止まり、また根元で小さく跳ね始めた。

「なぁ、なにやってるんだ?」

 しゃがみこんで聞いてみるが、当然答えるわけはなく、飛び跳ね続けている。

「ここになんかあるのかよ…」

 ――カシャッ…

 霧状ロボットは飛び跳ねるのをやめて俺をチラ見すると…一瞬ふわっと笑ったように見えた。

 そして地面から湯気が立ち上るように足元から舞い上がって消えてしまった。

 何が起きたのか理解できない。

 しばらく…10分くらいその場に立ち尽くしていただろうか。

 施設の敷地内ということを思い出して、俺はあわてて家に帰った。



 ――雪は朝まで降り続いた。



「ふぁ~~~ぁぁぁあ…あ~ねみぃ…」

 結局昨夜の出来事はなんだったのか。そんなことを知るすべもなく、あっという間にミサの時間を迎えた。

 適当に締めたネクタイが首もとでふてくされている。

 我慢しろ、俺の手に渡ったのが運のつきだ。

 教会堂の前方では、合唱部がパイプオルガンに合わせて聖歌を歌っている。

 マリア像の周りには何本もキャンドルが立てられていて、教会堂の中はほんのりオレンジ色だ。

 おお、なんとすばらしい睡眠タイム。

 幸いかなり後方に座っている俺はちょっと寝たところで誰にも気付かれない。

 そう思い、首を垂れた時


 ――ビシッ!


「ぬおっ!?」


 俺を中心に半径1メートルのやつ等がいっせいに俺を見た。

 軽く手を上げて「スマン」と合図…してから俺のわき腹に『ビシッ』の犯人に向き直る。

 犯人、松下比佐子は必死に声を殺して笑っていた。

「ックックック…」

「お前、後で覚えてろよ」

「ぬおっ! って!! ぬおっ! って!!」

「………」

 おかげで一気に眠気が覚めてしまった。


 そして、また昨夜の出来事を考える。

 俺が見たのは幽霊か? いや、それとも精霊か?

 実に不思議な現象だった。確かに霧状ロボットはいた。だが、まさに霧が消えるようにいなくなった。

 帰りにあの木を見に行ってみよう…そんな気になった。


 今日はクリスマスイヴ。世の中のカップルは『ホワイトクリスマスだ』なんていいながらいちゃつくんだろう。

 ネクタイとともにふてくされながら帰宅の準備をした。

 今日は俺の誕生日。知るか、そんなこと。

「あーそうだ、誠人ー」

 あぁ、クリスマスケーキを売るバイトでもすれば良かったんだ。

「誠人?」

 落としたフリしてケーキぶつけてやる。

「まーこーとー?」

 どうせそういうバイトは単発バイトなんだ。いきなりクビとか言われたって怖かねーや!

「おい! 熊谷!」

「うあっ!?」

 …またやられた。まったく松下は俺を驚かせるのが趣味なのか? 悪趣味極まりない。

「お前なぁ…」

「ほら、コレ」

 机の上に小さな紙袋をパコッと置いて

「あんた誕生日でしょ。ま、読みなよ」

 紙袋を開けると、探していた文庫小説が入っていた。

「お前よく覚えてたな」

「ん~まぁね~」

「サンキュ!」

 こちらを振り返ることなく、手をピラピラさせて松下は教室を出て行った。

 本を裏返すと、古本屋のシールが貼ってあって…あいつらしい…。



 ――雪を鳴らしながら歩いた。



 昨夜とはまったく違う景色に見えた。

 …なんとか、あのもみの木をもう一度みたい。

 児童養護施設の敷地内には、小学生くらいの子供たちが7、8人で雪合戦をしていた。

 このまま勝手に敷地内に入っては、かなり怪しい人物になってしまう。

 近頃は変な輩が多いから、各学校や施設では警備が厳しくなっている。

 …そういえばどうして昨日は簡単に敷地内に入れたのだろう。

 ここの施設だって、夜になれば頑丈な門を閉めていたはずだ。

 子供たちが生活しているのだから、当然のことだろう。


「何か御用…ですか?」

 門のところで立っていると、中年の女性が声をかけてきた。

 施設の人だろうか。買い物から帰ってきたようで、手には大きなスーパーの袋があった。

「あの…すみません。あそこに見えるもみの木がすごく綺麗だったんで…つい立ち止まって見てしまいました」

 ちょうど雪化粧を施されたもみの木を見てとっさに言った。

 まぁ、半分は嘘じゃない。

 雲間から覗いた太陽の薄光を浴びて、雪が輝いて見えた。

「あぁ、あの木ね。10年以上前に枝わけしてもらって…うまくいくとは思っていなかったんだけれど、不思議と根付いたんですよ。どうぞ、良かったら中で見てください」

 やさしい笑みを浮かべると俺を施設の中に促してくれた。

「ありがとうございます」


「あー。先生おかえりなさーい」

「おにーちゃん、だれー?」

「遊んで~遊んで~」

 小学校3年生くらいの子たちが駆け寄ってきた。

「気安く知らない人に近寄るのやめな」

 中学生もいたようだ。

 紺色のブレザーを着た女の子二人と、学ランの男の子が一人、集団の後ろのほうから声をかける。

 小さい子たちの面倒を見ているのだろう。

「このお兄さんは、もみの木が綺麗って言ってくれたのよ。だからここで見てもらおうと思って来てもらったの。みんな、『こんにちは』は?」

「「「こんにちは~」」」

 小さい子たちが声をそろえて挨拶をくれる。

「こんにちは」

「あんな木、見たいなんて…きしょい」

「やめなよ、変な事言うと殺されるかもしれないよ?」

 ひどい言われようだった。

 だが、まぁ仕方ない。嫌な世の中だ。

「いいんじゃねーの。どうせ明日には伐られるんだからさ」

「え?」

 ――伐られる? この木が伐られる?

「そうなんですよね…」

 先生が寂しそうに口を開いた。

「子供たちに任せて植えさせたもんだから、こんな入り口近くに植えちゃってね。その時はこんなに成長するなんて思ってなかったから、気にしてなかったんだけれど…もみの木ってすごく大きくなるんですって。だからここじゃ邪魔になってしまうって言うのと、古くなった入り口の工事が入る事が重なって伐ることになったんです。子供たちの希望で明日までは待ってもらうことになったんですけどね。」

「もったいない…別の場所に植え替えることは考えてないんですか? これだけ広い庭があるんだし…」

 植え替える場所に困るほど狭い敷地じゃなかった。

「森にあるような大きな木に成長するって聞いたんですよ。さすがにご近所にも迷惑になるだろうしね…」

「そうだったんですか…。あ、あの突然すみませんでした。失礼します」

 なんとなくその場にいづらくなって、施設を後にした。



 ――雪はやんで空には星が広がっていた。



 俺は家に帰ってからずっと、もみの木のことと霧状ロボットのことを考えていた。

 霊体験や怪奇現象に遭遇したことなどないが、決して悪いものではない気がする。

 (もしかしたら、今夜もアイツら出てくるかな…)

 出てくるかな、というよりは出てきてほしいという気持ちが強かった。

 今まで存在を知っていたわけでもないが、あのもみの木に対して愛着がわいた。


 色んな事を考えながら、昨夜と同じ時間を待つ。

 昨日はたまたま窓を開けたからあの音が聞こえたが、たぶん窓を閉めた状態じゃ聞こえないだろう。

 午前1時くらいから外を見ているしかないと思い、いつでも外に出られるように準備をしてからその時を待った。


 が…


 不覚だ。部屋の暖房を効かせ、かなり温かい状態で待っていたため、うとうとしてしまった。

 時計を見ると午前1時半を少し回ったところだった。

 あわてて窓を開けてあたりを見回す。

 が、霧状ロボットはいなかった。

 道も除雪がされているため、足跡らしきものも見ることが出来ない。

 耳を澄ましてみても音は聞こえなかった。


 ――行ってみるしかない。

 昨夜と同じように静かに家を抜け出した。


 雪がやんだ後の夜道は、昼間乾ききらないとこが凍って滑りやすい。

 走っていこうにも転んでしまいそうだった。

 気持ちだけが先走って体がなかなかついていかない。

 高校までたどり着くと…聞こえた。

 あの不思議な機械音に似た音。


 ――ヵシャン…ヵシャン…ヵシャン…


 施設の前まで行くと、やっぱり閉まっているはずの門は開いていて、昨日と同じようにもみの木の根元には白くぼやけたものが飛び跳ねていた。

 そっと近づいてしゃがみこみ、しばらくその行動を見る。

 この不思議なものはいったい何なんだろう。

「なぁ、お前たちもしかしてこの木が伐られるの嫌なのか?」

 返事をするわけがないのはわかっているのに、聞いてみた。


 ――カシャッ…

 

 動きが止まる。

 そして、今までのように飛び跳ねるのではなく、今度はゆっくりと木の周りをぽつぽつと歩いた。

 寂しいんだろうな…と想像できるような動きだった。

 表情を見せるわけではないのに、そいつらの寂しい気持ちが直接俺の心に入ってきたような気がした。

「かわいそうにな…何とか…できたらいいんだけどな…」

 すると昨夜と同じようにまた、ふわりと消えてしまった。


 出来ることなら何とかしてやりたい。

 でも、この木とも、施設とも何のかかわりもない俺にはどうにかできる術がなかった。



 ――少しずつ雪が溶けていく。



 12月25日。クリスマス。

 高校では終業式だった。

 だけど、俺の心はずっともみの木のことでいっぱいになっている。

 講堂で行われた終業式での校長の話も、教室に戻ってからの担任の話も、まったく聞いていなかった。

 素に戻るはずの通知表を渡される時ですら上の空。

「熊谷! もっとがんばれよ…」

 若干哀れむような目をむけられたのに

「あ、はい…」

 上の空なまま席に戻り、ろくに中身も見ず鞄にしまいこむ。

 クラスメイト達は成績を見せるだ、見せないだで騒いでいたが当然そんな声も耳を通り抜けていた。


「誠人? なんか朝からずっとぼけーッとしてるけど、なんかあったの?」

 松下が不思議そうな顔をして声をかけてきた。いつもわりとぼけっとしてるが、今日はいつも以上だったのだろう。

 いや、ちゃんと自覚はある。

「なぁ、松下さー」

「ん?」

「お前、木に愛着わいたりする?」

「…へ?」

「…だよなぁ…うん…」

「は? 何? 木?」

「いや、いいんだ。そんじゃ、よいお年を」

「え? ちょ、ちょっと誠人―、渡したい物が…」


 松下の話もあまり聞かずに教室を出た。

 向かう先は…養護施設。


 施設の門の前まで行くと、中では庭師らしい若い男と中年の男が、もみの木の幹を測定していた。

 入り口のところでは、昨日見た小学生くらいの子供たちが先生の近くで寂しそうな目をしてその様子を見ている。

 測定がおわったのか、庭師は先生に声をかけた。

「この大きさだったら、これから2時間もあれば終わります」

 今? 今伐るというのか? 

「そうですか。それじゃ…」

「ちょっと待ってください」

 後先考えずに俺は施設に入っていった。

「あ…昨日の…」

「すみません、勝手に入ってきてしまって」

 先生に一言謝ってから俺は庭師に聞いた。

「あの、その木伐っちゃうんですか?」

 突然入ってきた俺を不振な目で見ながら

「あぁ、そうだよ」

 無愛想に庭師は答えた。

「どこかに植え替えることはできないんですか?」

「君、知らないんだと思うけどね。もみの木ってのは、地面に植えているとどんどん成長して何十メートルにもなるんだ。まぁそうなるにはかなりの時間がかかるが、それにしたって成長はしていくんだよ。ここの敷地に植えてあったら大変だろう」

 確かにそれは昨日も聞いた。だけど…だけど、この木は…

「じゃあ、鉢植えに植え替えることはできないんですか?」

「え?」

 先生が驚いた目で俺を見る。俺自身も驚いていた。

 ずっと考えていたわけでもない、突発的にそんな発想が出てくるなんて。

「ああ、確かに鉢植えにすれば、これ以上は大きくなりませんからね」

 若い方の庭師が言った。

 そんなことがあるのか。当然俺にそんな知識は無い。

「植え替えられないこともないが…そうなるとちょっと一手間だな」

 オヤジ庭師は渋い顔をする。

「じゃあ、そうしてもらえませんか? この木を伐らないで欲しいんです」

「そうは言ってもな…君お金はあるのかい?」

「え? お金?」

「そうだよ。植え替えるなら、この木用の大きい鉢植えも必要だし、買い取ってもらわないといけなくなる。この施設からは伐採の依頼しか受けていないからな。その分の費用はあるのか? ってことだよ」

 浅はかだった。お金がかかることなど想像がつきそうなものなのに。

 先生は残念そうにうつむいていた。

 このご時勢だ。施設をやっているだけでも大変なんだろう。

 それなのにさらにお金がかかるようなことは出来ないだろう。

「…費用って、いくらですか?」

 恐る恐る聞いた。

 何十万もしたら、当然無理だ。

「そうだな、鉢植え含めて…2万5千ってとこか」

 ん? そんなもんなのか?

 いや、もちろん俺にとって2万5千円が安いわけではない。

 ただ、もっと高額を叩きつけられるだろうと思っていた俺は拍子抜けした。

 そのくらいだったら、今まであまり手をつけていない貯金がある。

「2万5千円? それでこの木を鉢植えに移して、売ってくれるんですか?」

「あぁ。伐採費用は施設のほうからもらってるし…鉢植えと木を売却する予想金額からするとそのくらいだな」

「俺が買います」

 即答だった。

 どうしてここまでこの木にこだわるのかは本当にわからなかった。

 でも、どうしてもこのまま伐ってしまうことだけはいけない気がした。

「あ、あの…」

 この事態を見ていた先生が

「そんな事して大丈夫なんですか? 気に入ってくれていたのは嬉しいですが、突然買うだなんて…」

 当然だろう。昨日いきなり現れて、木を気に入ったといって、次の日には買い取るだ。

 しかも、社会人ならまだしも、そこらの男子高校生がだ。

「すみません。でもどうしても伐らないで欲しいんです。いいですか?」

 施設の所有物をいきなり見知らぬ人間が買おうというのだ。

 言ってから、ずいぶん勝手なことを言ってしまったと思った。ちゃんと施設側の了承を得ないと。

「ええ、それはいいんですが…」

「僕がそうしたいんです」

 きっぱりと、目を見て、わかってもらえるように伝える。


 少しの沈黙の後、先生は

「わかりました。大切にしてあげてくださいね」

 そう言ってくれた。

「ありがとうございます。じゃあ、すみません、お願いします」

 庭師に伝えると

「わかりました。じゃ、事務所から鉢植え持ってきてくれ。こっちは根の周りを先に掘っていくから」

「はい」

 若い方の庭師がトラックに乗り、出て行った。


「勝手を言ってすみません。でも譲っていただいてありがとうございます」

 先生にお辞儀をしてお礼を言う。

「いえ…あの…大切にしてあげてくださいね。子供たちが大好きだった木なので」

 ――そうか…。

「あ、あの…はい。じゃ、僕お金取ってきたりしなきゃいけないので、また後で来ます」

 それだけ言い残して急いで自宅に帰った。

 そうだ。木を買うというだけでその先のことは考えていなかった。

 家に持って帰ってくるわけにもいかない。

 だったらあの木をそのまま施設にプレゼントすればいいんだ、と。


 急いで家に帰り、通帳を持って銀行へ向かう。

 2万5千円を引きだし、一度家へ。

 制服から私服に着替えて、出かける準備をする。

 それでも、作業が終わる時間まではたっぷりあり、また色々と考えてしまった。

 

 ただでさえいきなり木を譲って欲しいと言い出し、その上鉢植えになったもみの木をもらってくれと言ったら、もっと不振に思われてしまう。

 どうしたら、受け取ってもらえるだろうか。

 しかし、考えても考えてもいい案は浮かばなかった。

 


 ――クリスマスがもうすぐ終わる。



 そろそろ作業が終わると思われるころ、施設に向かった。

 着くと、庭師がちょうど鉢植えに移し替えて、土を入れているところだった。

「終わったよ。で、これはどこまで運ぶんだ?」

 そう聞かれ、結局いい案は浮かばないまま俺は言った。

「いえ、運ばなくていいんです。ここに置いておいてください」

「は?」

「この施設にある、木を見ていたいんです。だから運ばないで、ここに置いておいてください」

「いや、あんたが木を買うんだろ? なのにここに置いてくのか?」

 かなり驚いた表情でオヤジ庭師が聞いてきたが

「はい。あの…不審に思われるかも知れないですが、ただ伐らないで欲しかったんです。それに小さい子たちが好きな木だっていうし。だからこのままここにあってほしいんです」

「そんな!」

 さすがに施設の先生が驚いて駆け寄ってきた。

「いただけません。お金を出していただいて、さらにいただくなんて、出来ません」

「お願いします」

「できません、ご自分で管理できないようなことをどうしてするんですか?」

 図星だ。

 後先考えずに突発的に行動しすぎた。

 結果的にプレゼントはいいものだと思ったが、どうやって受け取ってもらうかばかり考えていて、施設側が不要だと思うかもしれないというところまでの考えも及ばなかった。

「そうですよね」

 素直に認めるしかない。

「後先考えず、勝手なことをして本当にごめんなさい。でも…なんでか解らないんですが。この木はここの方にとって大切なものなんじゃないかという気がしたって言うのと…」

 そこで言葉が詰まった。

 が、もうなにを言ってもすでにおかしいと思われていることには間違いない。

 そう思って、つたないながらも伝えた。

「生きてると思うんです。当然の事ですが、でもそうじゃなくてこの木はもっと…生きているんです。うまく言えないけど、生きている。だから、その命を絶ちたくない。不審に思われてもいいです。そうとしか言えない…」

 そこまで言って、胸がつまった。

 どうしてかわからないが、涙があふれそうになるのを必死にこらえた。

 先生も何を言っていいのかわからないのか、黙ってしまった。


「わかったよ」


 しばしの沈黙を解いたのはオヤジ庭師だった。

「金は要らない、それで解決だろ」

「え?」

「ったく、とんだ若いのに会ったもんだ。だけど、その気持ちは嫌いじゃない。これは俺からのクリスマスプレゼントだよ。まったく、とんだクリスマスだ」

 そういうと、オヤジ庭師はトラックに戻り、若い庭師を運転席に乗せ行ってしまった。


「ありがとう」

 先生は笑顔で

「あなたと庭師さんからステキなプレゼントをいただいてしまったわね」

 と言われ、俺も自然と顔がほころんだ。

「でも、勝手なことをしてすみません」

 何も考えずにしたことは決して良い事ではない。俺は頭を下げた。

「そうですね」

 え? と思い顔を上げると、先生は笑顔のまま

「じゃあ、今から子供たちとクリスマスツリーを飾るの手伝ってください。一晩だけでもこの木を飾りましょう」

 そういうと、子供たちは騒ぎながら施設の中へ戻り、飾りつけの入ったダンボールを持ってきた。

「子供たちは高いところが届かないですから、つけてあげてください」

「わかりました」

 俺も笑顔で答え

「おにーちゃん、コレ上のほうね」と子供たちが差し出す飾りを木の枝にかけていった。

「おにーちゃん、コレてっぺんに乗せてー」

 女の子が、木のてっぺんにかぶせる飾りを手渡してきた。

「…え? コレ…」

 白いてるてる坊主のような形に小さなコロ助のような手足。

 背中からは二枚の大きな翼。

 きっと天使をかたどっているのだろうが、ややロボットのような形。

 

 ――俺が二日間遭遇した…アレにそっくりなもの。


「あのっ! すみません」

 入り口の近くで飾り付けを見守っている先生のところへ駆け寄った。

「これなんですけど…」

「あぁ、これね。ちょうどあの木を枝わけした時に、この施設にいた子が『ツリーに飾るんだ』って町で見つけたのを買ったんです」

「その人、今どこにいるんですか?」

 その人に会えば、霧ロボットの真相がわかるかもしれない。

 そう思ってたずねると、先生は寂しそうに笑った。

「亡くなったんですよ。去年事故で」

「…え?」

 時が止まった。

「…なんで?」

「高校のころから勉強とアルバイトを頑張っていて、大学に入ったんです。成績もよかったから奨学金を受けられてね。それでここを出て一人暮らしをしていたんですけど」

 そこで先生はうつむいた。

「アルバイトの帰りに車に撥ねられたんです。飲酒運転ですって…。明るくて、優しくて、元気で。すごくいい子だったんですよ」

 うっすらと涙を浮かべながら話した。

「ごめんなさい。まだ受け入れたくなくてね…それはその子が気に入ってた飾りなんです」

「そうだったんですか…すみません、余計なこと聞いてしまって」

「いいえ。てっぺんに飾ってあげてください。あの子も喜ぶと思います」

 俺はツリーのてっぺんにそっと、その飾りを乗せた。


「本当に色々とありがとうございました。たまに木に会いに来てくださいね」

「はい。こちらこそ色々とお騒がせをしてすみませんでした、では…」

 綺麗に飾られたツリーを背に、俺は施設を出ようとした。

「あ、そういえば…」

「はい?」

 呼び止められて振り返る。

「お名前教えてください。聞いていませんでしたよね」

 そうだった。ここまで色々と施設にかかわるとは思っていなかったから、当然自己紹介なんてしていない。

「熊谷誠人といいます」

「まこと…君?」

「はい」

「そう…」

 ふわりと先生は笑った。

「あの…何か?」

「さっき話したてっぺんの飾りを気に入ってた子。その子もまこと君って言う名前だったんです」

「…え?」

「あ、ごめんなさい。気分を悪くさせちゃうわよね、あんな話の後で」

「あ…いえ…」

「また来てくださいね。熊谷君」

「はい。失礼します」

 先生は気を使ったのか、俺のことを『熊谷君』と呼んだ。

 だが、不思議と嫌な気分にはならなかった。

 逆に心の中で痞えていたものがすっと通った気がした。



 ――そして…



 家に帰りつくと、携帯にメールと不在着信が残されていることに気がついた。

 それまでまったく気付かなかった。

 メールも不在着信も松下からのものだった。

『タイトル:もー!

 本文 : 帰るの早すぎ! 誠人に渡すものがあるんだけど!』

『タイトル:(なし)

 本文 : ちょっとー。気がついたら連絡してよねー!』


 メールが送られてから1時間後、今から約10分前くらいに着信が残されていた。

 履歴から松下の番号を開き、通話ボタンを押す。


 ――トゥルルルル…トゥルル…ピッ…

『もしもしぃ?』

 2コールで松下の声が聞こえる。

「悪い、取り込んでて気付かなかった」

『あーもう、昼間はぼけーっとしてるし、メールしても電話しても反応ないし。大丈夫なの?』

「あ、うん。大丈夫。返事遅くなってごめんな。で、どうした? 渡したいモンってなんだ?」

『え、えーっと、もういいや!』

「よくねーだろ、気になる」

『忘れて~』

「そりゃ無理だ。今からそっち行こうか?」

『いや! いい! あーじゃあ、、えーっと、、、』

 松下は電話口で一人、どうしようどうしようと悩んでいた。

「じゃあ、夜10時頃、高校の前まで来られる?」

 その頃に出れば、その『渡すもの』とやらを受け取ってから、もしかしたらまたあの霧ロボットに会えるかもしれないと思った。

『え? 学校? あーうん、わかった。じゃあそれで来てもらっていい?』

「うん、遅くて悪いな」

『それは全然平気。んじゃねー』

 

 雨は降りそうにないものの、空は曇ってきていた。

 待ち合わせの午後10時には早い午後9時半頃に施設の前に着く。

 今日は家の前を通る音も聞こえなければ、鉢植えに移された木の周りにも霧状ロボットはいなかった。

 それでも、不思議と門が開いていた。

 静かにもみの木に近づく。

「よかったな、ばっさり伐られないで」

 小さな声で語りかける。当然返事を求めているわけではない。

 自然と笑みが浮かんでくる。



 すると、その時。

 足元が青白く光った。

 ゆっくりと霧のようなものが、あのロボットのようなものを形作る。

 ふわりと浮かび上がると、俺の前まで来て…そして優しく笑った。

 表情はもちろんない。それは前と変わらない。

 だけど、今回はしっかりと「笑った」ということがわかった。

「…やっぱり、君は…」

 すると、また煙のように広がり、もみの木の枝にまとわりつくように、木に吸い込まれるように、消えた。

「やっぱり『まこと君』なんだな…」

 よくわからないけど、涙が溢れた。

 でも、もちろん悲しい涙ではなく、温かい涙だと思った。

「…よかったな」

 ずっとこの場所にいてもいい気がした。

 それくらい温かい気持ちが胸の中を満たしていた。

 時計を見ると、あと5分で午後10時になろうとしている。

「また来るよ」

 枝に軽くふれて、施設を後にした。


 高校の前に行くと、松下は手のひらに息をあてて暖めながら立っていた。

「早く着いてたんだな。悪い、待たせて」

「ううん、大丈夫―」

 10分以上は待たせてしまったんだろう。頬が赤くなっていた。

「んで? 渡したいものって?」

 そう聞くと、手に持っていた紙袋をずいっと俺に差し出した。

「んっ!」

「え? これ?」

「そ。クリスマスプレゼント。誕生日と別にもらってないんでしょ?」

 恥ずかしそうに横を向く松下。

「あ、ありがとう。わざわざ持ってこさせちゃって悪かったな」

「いいよ。クリスマスだし。中身ね、ケーキ。焼いた。食べて。まずいかも。あ、胃の薬一緒に包んどいた」

「ぶっ」

「ちょっ、笑わないでよ。せっかくクリスマスプレゼントあげるんだから!」

「お前のそういうところ好きだよ」

「はっ? ちょ、何言ってんの? バカじゃないの!」

 何の気なしに言った言葉。

 それで、寒さで赤くなる頬をさらに赤くして横を向く松下。

 初めて松下をかわいいと思った。

「送ってくよ。遅いし」

 松下は驚いた顔をしてこっちを向くと

「え? いや、大丈夫だよ。一人で帰…」

「送ってく」

 顔の前でぶんぶんと手を振って断る松下の言葉をさえぎって伝える。

「…ぉ、おぅ」


 並んで歩くクリスマスの夜道。

 昼間の青空からは想像できなかったような、真っ白な雪が再び空からちらちらと舞い降りてきた。

 たった二日間で驚くほど色々な体験をした。

 おかげで来年からは…



 ――クリスマスが好きになれそうだ。


END

&Happy New Year♪


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