王女モドキが読んだ景色~月をうつして~
王女モドキが見た景色~月をうつして~
ある夜、犬の集団が在りました。
彼らは、協力して狩りをし、生きていました。
晴れた夏の夜その犬の集団の中で一番若い雄が、好奇心で空を見上げました。
すると彼は、見つけました。月を……
彼にとって、それは、産まれて初めて見た物でした。今まで、空に興味などなかったのですが、ほんのきまぐれ、空に興味を向けたのです。
月は、美しく、優しく、心を照らしました。
次の日の夜、彼は、前足を空に伸ばし、月を手にいれようとしました。
そう、彼は、月を好きになったのです。
毎日、彼は、月に向かって足を上げ続けました。
必死にあれを手に入れようと……
あれが、彼にとって、初めて美しいという思いを感じさせたものだったから。
だけど、時を重ね彼は気づきました。あれは、自分の手に入ることはないと。
どれほど、その気づきが、残酷だとしても、受け入れるしかありませんでした。
犬の彼は、うつむきました。すると、湖が目に入り、湖にも月があることに気づきました。
これを見て、空の月じゃないけど、空の月ほど、美しくないけど、これなら、手に入るかもしれない、そう思いました。
そっと足を伸ばし、水に触れる。
ですが、彼の足では、水を掻いて歪ませることは、出来ても、手にいれることは、できません。
なにせ、そこに、本当に月があるわけでは、ないのですから。
彼は、とぼとぼと、落ち込みながら、群れのみんなのところに、戻ることにしました。
すると、何やら、群れのみんなが、もめていました。
どうやら、群れの中で前々から起きていた問題、誰が上で誰が下かで争っていました。
争いは、激しさを増し、傷を負うような、戦いへなりました。
一番若く、子犬でしかない、彼は、戦いを止めようと、前に出ます。
けれど、戦いは、止まらず、巻き込まれ、彼はいたるところに、傷を負いました。
彼は、逃げ出しました。
あれから、夜通しあてもなく歩きつづけ、心も弱っていくそんな感覚を感じながらよろよろ足を動かしました。
彼は、自分で狩りができません。群れで住んでいた洞窟で、自分で、何もせず、ただ、周りがエサをもって来るのを待っていました。
だから、ただ、弱って行くことしかできませんでした。
そんな彼が、自分の意思で何かに押し付けられず、行動し初めて求めたのが、あの月でした。
彼は、そんなことを歩きながら、思いだし、手に入らないと、わかっていながら、水溜まりや、捨てられていた鏡なんかに、写る月をあおぎました。
何も食べず、毎夜いろいろな場所の月を、めいっぱい、前足であおぎ続けました。
体が重い、苦しい。
彼の心と体は、ついに限界を迎えました。
痩せ細り際立った目には、最後に月だけが
うつっていました。
【おしまい】