第六話 街の外へ
「チエ、準備はいいか?」
3日目の朝7時半。
食堂でバージルさんと朝ご飯を食べながら最終確認をする。
「はい、8時に商業ギルドへ。買取が終わり次第すぐに乗合馬車でオリーヴァー神聖国国境の街ディヴォチュアリへ。そこから徒歩で国境を越えて、トワイランドへ行きます!」
「おう、しっかり覚えてるな! よしよし」
何度も何度も確認したため、しっかりと頭に入っている。バージルさんのおかげで旅の準備もばっちりだし、本当に足を向けて眠れない。
そういえば、旅の途中は乾物ばかりになると嘆くバージルさんから教えてもらい、異世界召喚仕様のアイテムボックスは時間経過が無く、ヘレトピアの住人のアイテムボックスは時間経過があると知った。
異世界仕様の有り難さを感じたのは、秘密だ。
料理が得意な私としては、それで喜んでもらえるならと料理を請け負ったけど、喜んだバージルさんに抱えられて振り回される事になったのは、ときめいていいのか怒っていいのか分からずに、曖昧な笑みを浮かべる事になったけども。
持ち運び出来る魔導コンロなる物も売っていたが、小さいサイズでも金貨200枚とびっくりするような値段だったので、サイバーモールでカセットコンロを3つ、ガスを6本、鍋類や調理器具、調味料や食材も買い込んだ。
マルシェで食材を見ると、新鮮さや育て方で品質が変わるのか、野菜は軒並み10〜40、魚は10〜30、肉は10〜70とバラ付きが凄かったため、品質100で固定のサイバーモールで食材を買う事にした。
バージルさんが、俺の好物! と言っていたビッグマーモットとゴールデンホーンブルのお肉だけは、なるべく品質が良い物を買ってアイテムボックスに入れてある。
「よし、7時40分だな。商業ギルドに向かおう」
「はい! 緊張しますね!」
「まぁ、悪いことはしてないんだがなんか緊張するな」
ふふっと笑いながら話しかけると、バージルさんも緊張してるのか笑顔でそう答えてくれた。
おばちゃんには、今日でバージルさんと旅に出ると伝えてあったためか、「馬車で食べな!」とホットサンドを2人手渡してくれる。
ぎゅっとおばちゃんに抱き付くと、優しく背中を撫でてくれて、すぐに離された。
「また食べにおいで! 行って来な!」
「はい、絶対また来ますね! 行ってきます!」
ホットサンドをアイテムボックスにしまい、バージルさんと並んで歩き出す。
バージルさんは鎧を着込んでいて、背中に盾、腰に剣を差しているザ・冒険者な服装で、私は動きやすい綿の上下に柔らかい革のブーツを履いて、腰には小さな鉈を下げている。
冒険者には見えないけど、一応これがヘレトピアの旅人の服装らしい。
予定通り7時55分に商業ギルドに着いたので入り口が開くのを待つ。
あまりにソワソワしすぎたのか、バージルさんが落ち着けと言わんばかりに肩を叩いてきた。
自分でも落ち着きないと思うけど、不安で仕方ないので、バージルさんのマントの裾を掴まえながら深呼吸を繰り返す。
大丈夫、強い冒険者が一緒だし大丈夫。
少しすると商業ギルドの扉が開けられたので、バージルさんとウェスタン扉を抜けて中に入る。
「いらっしゃいませ、ようこそ商業ギルドへ。こちらの窓口までお願い致します」
声を掛けられた窓口に行くと、前回対応してくれたアデラさんだった。
「本日は私アデラが対応させて頂きますね。ご用件はなんでしょうか?」
「高級品買取をお願いしたいです」
何度も脳内で練習したおかげで噛まずに言うことが出来たのでホッとする。第一関門突破!
「かしこまりました。別室にて対応させて頂きますので、向かって左側のお部屋の中でお待ち下さい」
そう言って頭を下げたアデラさんは、立ち上がって私たちに頭を下げた後、一番奥にいた偉そうな人に耳打ちをする。
じーっと一連の動きを見ていたら、バージルさんに後頭部を指で突かれてしまった。
「行くぞ」
「はい、行きましょう」
別室の中に入ってから、バージルさんと肩を並べて座っていると、さっきの偉そうな人とアデラさんが部屋に入ってきて頭を下げる。
偉そうな人は虫眼鏡の様な物を持ったままこちらに近づいてきて、ソファに座った。
「私はトゥインドルの商業ギルドの支部長のマーカスと申します。本日は何をお売りいただけますか?」
「あ、はい。あの、これです」
机の上に50kgずつ砂糖の入った麻袋を2つ出すと、マーカスさんとアデラさんはびっくりした顔をする。
が、すぐに立ち上がると麻袋の中を覗き込んだ後、静かに息を吐いた。若干興奮しているようで……ちょっと引いている。
「これは……砂糖、しかもこんなに白いなんて……!」
感動に震えるマーカスさんに対して、バージルさんは気にした風も無く言葉を投げかけた。
「馬車の時間があるのでな。早めに検品して欲しいんだが」
「申し訳ございません、すぐに行わせて頂きます」
それから色んな人が出入りして感動に震えたり、重さを測ったり、光を当ててみたりしながら1時間程すると、出て行ったままだったマーカスさんとアデラさんが、屈強な男性を2人連れて戻ってくる。
屈強な男性2人はパンパンになった麻袋を持っており、ソファに再度腰掛けたマーカスさんの後ろに立った。
「お待たせ致しました。あんな品質の砂糖は見た事がございませんでしたので、時間がかかってしまいました。砂糖100kgを1kg金貨9枚にて購入させて頂きます」
「はい、お願いします」
「ではこちら金貨900枚になります」
屈強な男性が机の上に麻袋をどんっ! と乗せる。一瞬机が跳ねた気がした、まぁ、多分本当に弾んでいたけど。
大きな麻袋2つをアイテムボックスにしまう。
本当は中身を確認した方がいいんだろうけど、ここでサイバーモールは使えないし、人気が無くなったらチャージするしか無い。
「お忙しいところ申し訳御座いませんが、あの砂糖を定期的に持ち込んで頂くことは可能でしょうか」
「それは……」
やっぱり言われたなぁと思い、お断りをしようと口を開くが、バージルさんが私を隠すように立つと先に断りを入れてくれた。
「それが可能なら持ち込まずに貴族様に直接売ってるな。時間が無いので失礼する」
「失礼致しました。またのお越しをお待ちしております」
「あぁ、また何かあれば頼むよ」
深々と頭を下げるマーカスさんを一瞥すると、作り笑いを浮かべたバージルさんは私の腕を掴んで商業ギルドから早足で立ち去る。
建物の外に出ても早足のまま、乗合馬車まで急いで進んでいく。
正直何度か完全に引きずられる状態になったけど、バージルさんはそれでも急いで離れるのを優先している。
何度も何度も後ろや横を振り返って警戒していたバージルさんは、警戒するものが無いためか一旦止まって周りを確認してから肩の力を抜いた。
「まだ付けられては無いな」
ふぅっと息を吐いたバージルさんは、また歩き出したけたれど、ずっと速度を落として私の歩幅に合わせて歩いてくれる。
そんなバージルさんを見て、不安に襲われる。
「やっぱり砂糖はまずかったですか?」
「いや、問題なのは砂糖じゃないな。仕入れ先を見つけようと後をつけられて、チエのスキルがバレたらチエが監禁される。そっちの方が心配だ」
「はい、バージルさん以外の前では使いません」
「ケイタには見せて大丈夫じゃないか?」
笑いながらそう言うバージルさんに、私も釣られて笑ってしまう。きっと不安そうな顔をしていたから、笑わせてくれてるんだろうな。
そう思って、胸が暖かくなる。
「そうですね、ケイタさんも大丈夫かも。そう言えばケイタさんは何で塩を作ってるんですか?」
「何だったかな、調味料が欲しいとか言ってたな……。ソウユとミト?」
「醤油と味噌作ろうとしてたんですか!?」
よくそんなの作ろうと思ったなぁと、ケイタさんのアグレッシブさにびっくりしてしまう。
当時高校生なら今は26歳〜28歳くらいかな。
作り方を知らないで始めたならものすごい気の長い挑戦の気がする。
「バージルさん」
「うん?」
「秘境に家が出来たら、バージルさんにお味噌と醤油お渡しするんで、ケイタさんに届けてあげて下さい」
「お、有難いな! 因みに俺も食べてみたいぞ! ミト汁と肉ジャガ!」
「分かりました、時間に余裕が出来たら作りますね」
そんな話をしながら歩いていると、馬車乗り場に辿り着いた。
バージルさんは油断せずに周りをしっかりと確認しているけれど、問題ないと判断したのかお金を払うと馬車の荷台に足をかけて颯爽と上がって行く。
「チエ、掴まれ」
「バージルさん、ありがとうございます」
差し出された手に掴まると、軽くもないのに軽々と引き上げてくれるバージルさん。
少しキュンとしてしまった。ちょっとだけ!
先に一番端に腰を下ろしたバージルさんが、隣をトントンと叩いて私に着席を促す。
「寒くないなら尻の下にマントを引いた方がいいぞ。ケイタは最初尻の皮が剥けて泣きべそをかいてたからな」
「痛そう……! マント敷いときます」
買っておいたマントをアイテムボックスから取り出すと、畳んでから座席に置いてバージルさんの隣に腰掛ける。
乗客は少し少なめで空席もチラホラ目立つ。
バージルさんと同じような冒険者が多くて、あとは3人家族と背負子を抱えた商人のような人が居るだけだ。
乗り込んで少しすると、馬車がゴトゴトと音を立てながら動き出す。
確かにこれはお尻が痛くなるかも知れない……。走り始めたばかりなのに、既にそんな予感がする。
馬車の上でバランスを取ろうと四苦八苦していると、バージルさんは楽しそうに私を見ていた。
「慣れるまで大変だな」
「早く慣れたい……」
「このまま夕方まで馬車だからな、嫌でもそのうち慣れる」
苦笑いながらそう言ったバージルさんに、私も苦笑いするしかない。こればかりは本当に慣れるしか無さそうだ。
少しの間、お互いに無言で馬車に揺られていると、ふとバージルさんと話すきっかけになった国家情勢の事を思い出した。
「そう言えば、バージルさんって教えてもらった4つ以外の国には行った事ないんですか?」
「あっ! そうだな、そう言えば途中のままだったな。街を出る事で頭がいっぱいだった」
「私もです。良かったら続きを教えてもらってもいいですか?」
「ああ、時間もあるしな」
バージルさんが続きを教えてくれるとの事なので、地図とクリップボードを取り出す。
地図をバージルさんに手渡して、クリップボードにルーズリーフを挟んでいると、バージルさんも世界地図を手に話したところを指差し確認している。
「じゃあ次はここだな。コラシュトローム。人魚達の楽園だ」
フルールブランシュから更に南西の海の上を指差して、バージルさんが口を開く。
「え! 行ったことあるんですか!?」
「ああ、ケイタがクラーケンを討伐した時に一緒にな。南西の海に沈む美しい珊瑚礁からなる国だったぞ。代々女王が統治している」
「海の中にあるのにどうやって行ったんですか?」
「人魚の錬金薬に水の中で呼吸できるようになる薬があるんだ。2日くらい持つし安全だったぞ。コラシュトロームは外敵からの侵入を阻むため国の周りに結界が張り巡らされててな、許可されていない者が領内に侵入すると国全体が大渦で覆い隠されて侵入した者を溺死させる。だから人魚に案内されないと辿り着けないんだ」
バージルさんの説明に、見てわかるくらいガッカリと肩を落とす。人魚見てみたかったなぁ。
せっかくのファンタジー世界なのに……。
「首都はブラウトローフェ。人魚達は深海の魔物、レヴィアタンを信仰しているから仲良くしたいなら殺さない様に注意してくれ。美しい珊瑚細工と貝殻細工、大粒の真珠が特産品で、フルールブランシュのクラメールにたくさん売られているぞ」
「魔物は殺せないので大丈夫かと思いますけど、人魚は見れないんですね……」
ふぅ、と溜息を吐いて意気消沈する私に、バージルさんは苦笑いしながらフォロー(?)をしてくれる。
「人魚は泳ぎも速いしな。ただ、奴隷としてたまに捕まってしまう人魚も居るから、見るだけなら見れるんじゃないか?」
「え、なら一生見れなくていいです!」
「チエが優しい子で良かったよ」
なんか釈然としない子供扱いを受けたため、少し首を捻る事になった私を気にする様子もなく、バージルさんは地図で北北東にある山岳地帯を指差した。
「次はここ。ヴルエーラだ。俺やケイタが拠点にしてる地域でもあるな」
「バージルさんとケイタさんの拠点なんですね」
「火山のある鉱山地帯でな、主にドワーフとドラゴニュート、冒険者が暮らしている。険しい山々に色んなドラゴンの巣があるし、500年に一度目覚めるエンシェントドラゴンや眷属のワイバーンやハーピー、高難易度ダンジョンが6つもあるから高ランク冒険者からは人気なんだ」
楽しそうにそう話すバージルさんに、私は若干引き気味で話を聞く。色んなドラゴンの巣って何? 複数居るの? 怖すぎない?
冒険者は別にドラゴンくらいワンパンで倒せちゃうくらい強いとか?
「ドワーフ製の武器、甲冑、革鎧、彫金などの装備が有名だし、冒険者ギルド、商業ギルド、魔導ギルドの本部が揃ってて魔道具もそれなりに安く出回っているぞ」
「なんでギルド本部が全部あるんですか? 険しい山々なんですよね?」
「ああ、ドワーフとドラゴニュートが信仰するのはエンシェントドラゴンでな、500年に一度目覚める時は祭壇に貢物を捧げている。知能の高いエンシェントドラゴンはヴルエーラの街を襲うことはないからギルド本部はヴルエーラに置かれているんだ」
「他は襲われるんですか!?」
あまりに衝撃的な話に、ギョッとして立ち上がってしまい、慌てて座席に座り直すと、バージルさんにおかしそうに笑われてしまった。
「だからエンシェントドラゴンが目覚める兆候があれば、各国から軍隊や冒険者が集められて討伐するんだ」
笑顔でそう言いながら剣を撫でるバージルさんは、安心させるように私に微笑んでくれる。
綺麗な金髪が微風で柔らかそうに揺れるのに、一瞬心臓が止まるような感覚を覚えた。
バージルさんに対して胸がキュンとしてしまった事にしどろもどろになりながら、話の続きを促して誤魔化す。
「ほっ、他の国はどうなんでしょう?」
「後は名前しか知らないが、幻想郷ドルムーンと、魔族の国シュテルトローンだな」
「幻想郷、ですか?」
幻想郷という言葉に、首を傾げる。
フルールブランシュも綺麗なところだけど、それ以上に幻想的な場所なのかな?
「場所は詳しく知らないが、精霊や幻獣、神獣が暮らしているらしい。行けるのは精霊に選ばれた奴だけだと言われてるな」
「そうなんですね、どんなところなんでしょう……。いつか行けたらいいなぁ」
「そうだなぁ、俺も行ってみたいな」
森と畑に囲まれた街道を、そんな話をしながらのんびりと通り過ぎていく。
ディヴォチュアリまで、まだまだかかると言われ、私はお尻を心配するしかなかった。