第五話 Aランク冒険者
「初めまして、千会です。わざわざありがとうございます」
「はい、初めまして。俺はバージル。とりあえず座ったらどうだ」
椅子に座ってる30代半ばくらいの男性に頭を下げると、笑いながら自己紹介をしてくれて席を勧められる。
確かにいきなり過ぎたかも、と思ったので、頷いてから正面に腰掛けた。
金髪に所々茶色のメッシュが入った短髪で、笑った顔がすごく犬っぽいイケメンはバージルさんと言うらしい。
「腹減ってないか? なんか頼むか?」
「いえ、さっき頂いたばかりなので大丈夫です。ありがとうございます」
気を遣ってそう尋ねてくれるバージルさん。
だけど、お昼を食べてからまだ1時間くらい経ってないし、まだお腹はすいていないので辞退させてもらう。
辞退を気にした様子もないバージルさんは、そのまま足を組むと話し出した。
「なら良かった。で、各国の事と住みやすい場所が知りたいんだって?」
「はい、地図は買ったんですけど字が読めないので、分かる範囲で教えてもらえたらと思って」
「俺で分かる範囲なら答えるぞ。何が聞きたいんだ?」
「国の名前と首都、どんな国かって言うのをまずは教えてほしいです」
「ああ、じゃあ人間の国から行くか」
バージルさんはそう言うと、世界地図の北を指差しながら説明を始める。
「まずはここだな。オキュレイド帝国。大陸北方にある人間至上主義の帝国だ。寒冷地の上土地が痩せているせいで作物が育ちにくくてな。他種族を奴隷として扱い、売り払う事で経済を回している。首都はアルグレード。周りを湖に囲まれた難攻不落の要塞都市で、あまり観光に向く国ではないな」
少し渋い顔をしたバージルさんが、首都の辺りをトントンと指で叩く。
「石炭がよく掘れるせいか、機械と呼ばれる技術に最近は力を入れてるらしい。首都から北西に死の荒野と呼ばれる場所があり、塩害のある枯れた土地が広がっている。首都より南に、世界最大の奴隷市場スレイドがある。奴隷商は人間の男以外は拐うもんだと思って気を付けてくれ」
「オキュレイド帝国……住みにくそうですね……」
「まぁ、そうだな。住みにくい上に危険の多い国だ」
寒冷地で土地も痩せているのは同情するけれど、奴隷商が経済を回しているなんて。
鳩尾の辺りがすごくモヤモヤする。
絶対に行きたくないと思いながら、ルーズリーフにメモを取っていく。
「他に質問は? 無ければ次に行こう」
「はい、お願いします」
「次はここ。今居るオリーヴァー神聖国だ」
指差されたのは大陸中央にある大きな国。
「大陸中央にあるオリーヴァー神を信仰する宗教国家だ。首都はトゥインドル。大理石と彫刻、ステンドグラスで作られた絢爛な教会本部がある。代々教皇が国を治めていてな、過去には宗教戦争を何度も起こしている。これを信仰しているのは人間のみだな。異世界の勇者や聖女が10年に一度現れてこの世界を守ってくれるって謳われてるが、胡散臭くてなぁ。俺は信仰してないんだ」
苦笑いしながらそう言ったバージルさんは、口に水を含むと一息吐く。
普通なら胡散臭いって思うよね。私も異世界から来たとは言えない。頭おかしい人みたいだよね。
頷きながらバージルさんに同意する。
「そうですねぇ、胡散臭いですね」
「だろ? そもそも人間が優れた種族だと言う思い込みが気に入らん」
フンッと鼻息を荒くするバージルさん。
きっと嫌な物をたくさん見てきたんだろうなぁと思って、少しの間愚痴に付き合った。
奴隷商という人達を早めに知れて良かったと思う。
「っと、すまん。話が逸れたな。次はここだ。フルールブランシュ。大陸の南西にある美しい山々と花の溢れる草原に囲まれたエルフの国家だ」
オリーヴァー神聖国より南西を指差しながら、説明するバージルさんに、エルフと聞いた私が思わずにやけてしまうのを見られなくて本当に良かったと思う。
「領内の木々は色とりどりの花で彩られ、観光地として有名な首都ヴィフタルがある。世界樹を守護・信仰しながら木の上に暮らしているな。エルフは唯一人魚族と取引していて、人魚が訪れる海辺の街クラメールに入るには審査が厳しいんだが、それ以外は普通に出入りできるぞ。俺が今まで訪ねた中で一番美しかったのはフルールブランシュだと自信を持って言えるな」
「そうなんですね! 一回見てみたいです。想像するだけで楽しいですね!」
エルフというファンタジーの生き物と、美しい都と聞いて、妄想が止まらない。
どんな都なんだろう、どうやって木に街を作ってるんだろう。
思わずニコニコしてしまう私を見て、バージルさんも楽しそうに笑っている。
「んじゃ次はここ。トワイランドだな。大陸の南東にある肥沃した大地と黄金の畑が広がる獣人達の国だ。獣人達にも派閥があってな、様々な生き方をしている。王や代表は居ない。トワイランドの首都ラオージュを中心として、主に北東方面に傭兵や冒険者のブレサルトが、南西方面に遊牧民や農民のシーゴートがいるな。収穫時期の一面黄金の畑は圧巻だったぞ!」
「へー! 凄そうですね! 一面全部畑なんて見たことないです!」
「南は土が肥えてるから作物が実りやすいし、年中気候が良くて過ごしやすいしな。機会があれば行ってみるといい」
バージルさんの話を聞きながら、移住するなら南の方がいいかな、と少し考えた。
肥沃した土地に過ごしやすい気候、農業に適してる気がする! 素人の考えだけども!
でも寒いのは苦手なので、暖かい方がいい。
「あ、そう言えば…」
フルールブランシュとトワイランドの地図を見ていたバージルさんが、世界地図の一点を指差しながら口を開く。
「ここ。フルールブランシュとトワイランドの国境でな、プレミリューって街があるんだ」
「国境の街、プレミリューですか?」
フルールブランシュとトワイランドの国境、地図で見ると国境が重なる少し南辺りに、プレミリューの街があるらしい。
バージルさんはそのまま指を南南西の方に動かして行く。
「そうだ。で、プレミリューから南南西に向かって1日くらい歩くとな、秘境があるんだ。まぁ、迷子になった時にたまたま見つけたんだけどな!」
「秘境、ですか?」
「そう、崖から滝が流れててな、その向こうに広大な平地と綺麗な川が流れててたぞ。更に向こうには海が見えたな。崖の向こうだから守りにも適しているし、村や街が無いのが不思議なくらいだったな。フルールブランシュにあるだけあって手付かずでもとても美しい場所だった」
地図の何もないところを指差しながら、大体の平地の広さと川の流れを指でなぞって、そのまま海へと指が動いて行く。
そんな絶賛されるところなら是非住みたいけれど、崖の下と言うことと街まで徒歩1日というのが気になる。
人が居ない、肥沃した大地、安定した気候という条件はクリアしているけれど。
「崖の下ですか……。すごく住んでみたいですけど、崖だと登り降りが出来なさそうですね……」
「多分市販の魔導昇降機で降りれると思うぞ?」
「魔導昇降機ってなんですか……?」
謎の単語に首を傾げると、バージルさんも首を傾げている。若干意思の疎通が出来ていない。
「魔導昇降機、知らないのか」
「すみません、物知らずで……」
「いや、俺こそ悪かった。魔導昇降機っていうのは魔道具でな、城壁の修理や建築の際に使うんだ」
手で垂直の面を作りながら、バージルさんが説明してくれる。
「垂直の面に対して軸を固定すると、周囲の魔素を取り込んで、軸に取り付けた足場が動いて昇降出来る様になる。市販品でも50mまで対応してるから多分崖で問題なく使えるぞ。マスター権限で使用出来る相手を限定出来るしな」
「誰でも簡単に使えるんですか?」
「ああ。障害物のない垂直の面があれば誰でも設置出来るぞ。値段も魔道具にしては金貨50枚かそこらで買えた気がするな」
値段を聞いて目を見開くところだったのを必死で我慢する。
砂糖追加で10kgかぁ。でもあったら確実にそこに住めるって言うし悩んでしまう。
「結構しますねぇ……」
「まぁ、腐っても魔道具だしな」
私の呟きに、バージルさんも苦笑いを浮かべる。
そんなバージルさんに向き直った私は、頭を下げてお願いをしてみる。移動手段の確保だ。
説明だけじゃ場所分からないし。
「バージルさん、お忙しいとは思いますが、そこまで案内してもらう事は出来ますか?」
「構わないが、チエは戦えるのか?」
「いえ、戦えません」
戦えないとやっぱり厳しいかなぁ。そう思いながら不安げな顔でバージルさんを見ると、安心させるかのように微笑んでくれた。
「そうか。まぁ、乗合の馬車があるし大丈夫だ。任せてくれ。これでもAランクだからな」
「ありがとうございます!」
自分の胸をドンッと叩いたバージルさんが自信有り気にそう言ってくれたので、安心してお任せする。
「基本的にプレミリューまでは徒歩と乗合馬車を使って4日程で着くはずだ。旅の支度は分かるか?」
「ごめんなさい、分かりません」
「謝らなくてもいい。野宿の予定は無いが、一応毛布は準備しといてくれ。他には動きやすい服と靴、着替え、マント、食料、水、ナイフか鉈、後はそうだな、小さな切り傷や肉刺に対応出来るものがあるといいな」
言われた物を一つずつルーズリーフにメモしていく。やっぱり事前準備にもお金かかりそうだし、砂糖一択で持ち込むことにしよう。
「やっぱり、ニホンゴだな……」
「えっ……!?」
一心不乱にメモしていると、バージルさんが衝撃的な言葉を呟いた。
思わず放心して顔を見つめていると、ハッとしたバージルさんが慌てて謝罪をしてくる。
「すまん、驚かせるつもりは無かったんだ! 昔異世界の奴と友達になってな、その時に教えてもらったんだ」
「え、えー……どういう」
「あまり人目がある場所で話す事ではないだろ? チエの部屋に行っても構わないか?」
申し訳なさそうな顔をするバージルさんに、小さく何度か頷くと、バージルさんも頷き返してくれたので、荷物を纏めて席を立つ。
「おばちゃん、明日まとめて払うからツケといてくれ!」
「あいよ! また来とくれ!」
私もおばちゃんに会釈だけすると、バージルさんに腕を掴まれながら宿まで引きずられていくことになった。
頭が完全に混乱している。バージルさんは日本を知ってるし、異世界召喚を知っている?
バージルさんの顔をボーッと見つめていると、宿の玄関で立ち止まったバージルさんが苦笑いをする。
「流石にチエの部屋までは分からんぞ」
「あ、はい! めんなさい、こっちです」
気を取り直してバージルさんの前を歩く。
お互いに無言で少し居心地が悪い。
部屋の鍵を開けると、扉を開けてバージルさんに先に入ってもらう。
「どうぞ」
「悪いな、チエはベッドに座ってくれ。俺はこっちに立つよ。納得できるまで信用出来ないだろうからな」
バツの悪そうなバージルさんがそう言って、鍵をかけるようにジェスチャーしてきたので、鍵をかけてからベッドに腰掛ける。
「信用出来ないというか、何で知ってるんだろうっていう気持ちでいっぱいです……」
「そうか。ちょっと昔話をさせてくれるか?」
「はい」
私が頷くと、バージルさんがゆっくり過去を語り出した。けれど、その内容にまたびっくりしてしまう。
「10年前、オリーヴァー教が異世界召喚をした時にな、スキルが思ってたのと違うって教会から追い出されたケイタって言うコウコウセイを拾ったんだ」
「えっ……10年前にもあったんですね……」
10年前にあった事と同じ事を体験していることに、オリーヴァーさんに対してちょっと苛つきを覚えた。
この世界の人間全然成長してないじゃん!
私が1人でプンプンしてるのを横目に、バージルさんの話は続いている。
「あぁ。ケイタは食いしん坊っていうスキルしかなくてな、追い出されたんだ」
「食いしん坊ってどんなスキルなんですか?」
「食べた魔物のステータスやスキルの一部を自分の物として取り込む力みたいだな」
「え、それってめちゃくちゃ強いのでは?」
「そうだな、ケイタは今世界に4人しか居ないSランク冒険者だしな」
衝撃の事実に、また思考が停止しそうになってしまう。世界に4人しか居ない内の1人って。
言葉に詰まる私に、バージルさんはその場に屈むと微笑みながら尋ねてきた。
「チエも、きっと同じだろ? スキルが役に立たないって追い出されたんじゃないのか?」
バージルさんのその言葉に、鼻の奥がツンとして、じわじわと視界が歪んでくる。
泣いたら負けだと思って我慢してたのに。
家に帰れない、異世界でいきなり1人ぼっちで逃げることだけ考えて、誰にも相談出来ない状態に心が限界だったのかもしれない。
「わた、し……、お金、だけ……渡されて……」
「うん、追い出されたんだな」
「この世界の事、なんも、わかんなく、て……」
「うん、怖かったな」
バージルさんの言葉に、涙が一気に溢れてくる。1人で怖かった。
不安だし、誰にも話せないし、誰が信用出来るか分からない。
何も知らない世界でお金を稼いで行かなくちゃいけなくて、心配ばかりだった。
「ごめんなさ、っい、泣く、つもりはなかっ……!」
「女の子だし泣いてもいいだろ。もう大丈夫だからな」
バージルさんが立ち上がって、私の背中に手を回すと肩に顔を引き寄せる。
泣かないようにしようと思っても、次から次に涙が溢れてきて、しゃくり上げてしまうため言葉も上手く繋がらない。
何も言わないバージルさんは、ただ背中をトントンと優しく叩いてくれて、私を安心させようとしてくれる。
10分程泣いただろうか。バージルさんからそっと離れると、背中の手がスッと離れていった。
「ごめんなさい、私……」
「謝らなくてもいい。チエが嫌じゃなかったらチエのスキルの事教えてくれるか?」
バージルさんにそう言われて、開花の手とサイバーモールと言うスキルがあることを話した。
サイバーモール内のスキルで土地を買って、家を建てて人里離れて暮らそうと思ったこと。
サイバーモールで日本にあったものなら大体取り寄せられること。
サイバーモールを使う為にはヘレトピアのお金が必要になるため、サイバーモールで取り寄せた物を商業ギルドに売るつもりだったこと。
自給自足を行い、サイバーモールの買取でヘレトピアのお金を手に入れようと思ったことを1つずつ説明する。
「そうか、話してくれてありがとう」
説明を終えた私の頭を、バージルさんが優しく撫でてくれた。
「高級品買取で売り逃げするのは俺も賛成だな。逃げないと継続的に売れってしつこいし、嫌な貴族にバレると脅されるしな」
「そうなんですか。砂糖ばっかりでも大丈夫ですかね?」
「砂糖自体が品薄だし、仮に500kg売りに出しても相場は崩れないから大丈夫だと思うぞ。塩はケイタが作り始めてから安定供給されるせいでちょっと価格が落ちたけどな」
ケイタさん、Sランク冒険者の傍ら塩作りをしてるらしい。新情報だ。ならあまり塩は流さない方が良いかも。同胞と揉めたくないし。
「チエ、宿は何日取ってるんだ?」
「今日と明日の2日ですね」
「じゃあ3日目の朝だな。乗合馬車が10時半に出発するから、8時に商業ギルドが開いたら砂糖を売りに行って街を出よう。俺もついていく」
1人でやるつもりだったけど、バージルさんのその言葉に心底ほっとした。
けれど、たまたま立ち寄っただけなのに巻き込む形になってしまって申し訳なくて、胸がチクチクと痛む。
「バージルさんを巻き込むみたいになっちゃってすみません」
「気にしなくていいさ、俺もオリーヴァー教の奴らは好きじゃないし、ケイタから同胞を見つけたら保護するよう頼まれてるしな。じゃあ今日、明日で荷造りだな。チエ、先に砂糖を用意してくれ。残りの金額で何がどれだけ買えるか確認したい」
「はい! サイバーモール」
呼びかけるとウィンドウが開いてサイバーモールが現れる。バージルさんは一瞬目を見開いたがすぐに元の顔に戻って、私の後ろに回り込んだ。
私の真似をして画面に触ろうとしたけれど、触れなかったために諦めた様で、じっと後ろから見ている。
「砂糖を30個……と」
銅貨30枚の上白糖を30個カートに入れると、合計金額が銀貨9枚と表示された。
「チエ、100個にしておいた方がいい。換金はなるべく一回で済ませた方がいいぞ。顔を覚えられる」
「は、はい……!」
追加で70個カートに入れて、合計金額が銀貨30枚。単純計算で金貨500枚以上になる。
ドキドキしながら注文をすると目の前に大きな段ボールが現れて、ご注文ありがとうございました、と表示された。
「チエ、これはどうやって開けるんだ?」
「あ、開けます!」
段ボールを開封し、中から砂糖を1つ取り出してからバージルさんに渡す。
砂糖を受け取ったバージルさんは、ビニール袋を不思議そうに引っ張っている。
「しまった、入れ物がいるな」
「麻袋で大丈夫ですかね?」
「ああ、塩も麻袋に入れてるし大丈夫じゃないか?」
そう言われたため、サイバーモールで麻袋を探す。1000mm×600mmのお米60kg用麻袋があったため、銅貨60枚で2枚購入する。
「これに50個ずつ分けましょうか」
「そうだな、半分ずつ開けるか」
バージルさんと並びあって、麻袋に砂糖を移し替えていく。空袋は段ボールに戻してもらいつつ黙々と作業を行う。
無言のバージルさんが砂糖をつまみ食いして、最大級に目を見開いたのは吹き出しそうになってしまったが見ない事にしておいた。
1時間くらいかけて詰め替え終えると、麻袋2つをアイテムボックスにしまう。結構時間かかっちゃったなぁ。
これで残金は金貨11枚銀貨6枚銅貨22枚になった。
「残金あと金貨11枚ちょっとですね」
「なら魔導昇降機は当日までに俺が買って立て替えておこう」
「すみません、砂糖売ったらお返しします」
「ああ。じゃあこのまま他の物も買いに行くか」
「はい、お願いします」
売り逃げのための準備が、バージルさんのお陰で着々と進み始める。慢心せずに私もしっかりしなくては!
バージルさんの背中に一度頭を下げると、追いつくために小走りで大きな背中を追いかけた。