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第四十七話 豊穣祭最終日後編

一週間に1回いきなり出来なかった上にめっちゃ長いです。

「ここは……何処、だろう……」



 チュンチュンと、鳥が囀んでいる声が聞こえる。もう朝なのかな、起きてご飯作らなきゃ。

 そう思いながら目覚めた私は、鈍い痛みを訴えてくるこめかみを押さえた。

 物凄く頭と身体が痛いんだけど、風邪でもひいたのかな?

 ゆっくりと身体を起こすと、目に入った見知らぬ部屋に、頭が疑問符で埋め尽くされる。どうして私、こんな所で寝てたんだろう。


 痛む頭を押さえながら、何があったのかを思い返してみる。

 どんどん意識がはっきりとしてくると、少しずつ何があったのかを思い出してきた。

 冒険者ギルドの中で、プードルみたいな少年に誘拐されたんだ!



「メロディちゃん、テオくん……!」



 ギルドに置き去りにされてるであろう、お腹を空かせた2人が心配で、何とか脱出して帰らなければと、部屋中に視線を彷徨わせた。

 4畳程しかない狭い室内。埃が光に反射して舞っているのが見える。

 窓は換気の為か、木枠で出来た物が届かない位置にあるだけ。

 扉も1ヶ所しかないけれど、簡単な作りの木の扉だ。私の力で壊せるかは不安しかないけど、出入り口はある。

 床には、整頓されていない掃除道具や毛布が置かれているので、倉庫かもしれないと思ったけれど、それ以外の情報が得られず、ここが何処の倉庫なのかは全く分からない。


 どうしよう。

 途方に暮れるとはこう言う事を言うんだなぁと、気分が沈む。ナーバスになりすぎて、もう笑いたいくらいだ。

 そもそも、何で私は誘拐されたんだろう?

 床に座り込んだ私は、理由は何だろうと、必死に思い返していく。


 プレミリューに来てからは、一度も人前でスキルを使った事は無いから、スキルが人にバレた訳では無いと思いたい。

 スキルに関して可能性があるとすれば、秘境で暮らす前のプレミリューで、急に現れたプルメリアを誰かが覚えていたのかも知れないけど、それ以外にも居ない筈のソウルイータースパイダーに噛まれて死にかけた事、ギルドから見舞金をたくさん貰った事、夜中にギルドに押し掛けた事。

 プレミリューで目立った所を上げて行けば、キリが無いくらいに目立ってるし……。


 けれど、プードルくんはわざわざバージルの名前を出してきて、最初は穏便に済ませようとしてたような気がするので、いきなりギルドで攫うつもりは無かったのかも知れない。

 バージルが揉めてる相手で、私が思い当たるのは”高貴な王国(ノーブル・キングダム)”しかないけど。



「駄目……全然分からない……」



 私を攫うメリットが全く分からないけれど、鑑定道具なんかでスキルを調べられたりでもしたら、秘境に隠れてる意味が無くなってしまうので、何としてもここから逃げなければ。


 逃げるとすれば、届かない位置にある窓かな。脚立を使えば、届きそうだけど。

 問題は、あの窓を開ける若しくは外す事が出来るかどうかと、開いた窓から私が出られるかどうかになってくる。

 まずは、外がどうなってるか確認しよう。


 そう思って立ち上がり、窓の方へ1歩足を踏み出した所で、扉からガチガチャッと金属が擦り合う音が聞こえた。どうしよう、扉から誰か入ってくる。

 隠れる場所なんて無いので、私は震えながら扉を振り返る。

 手が震えてるのに気付かれたくなくて、必死に拳を握りしめた。



「何だ、もう起きてるじゃないか」

「はい、薬が、切れる頃なので……すみません……」



 扉から現れたのは、”高貴な王国(ノーブル・キングダム)”のマシューさんと、プードルくんだ。

 やっぱりプードルくんは、バージルの仲間じゃなかったんだな、そう納得する気持ちと、怖くてすぐにでも泣いてしまいたい気持ちが入り混じって、何も言葉が発せない。



「泣きもしないし、媚びる訳でもなく、何の可愛気も無い。顔も身体も平凡そのもの。バージルはコレの何がいいんだろうね。僕みたいな高貴な人間には理解できないよ。ギデオン、お前もそう思うだろう?」

「はい、マシュー様は、高貴なお方、なので、理解、出来なくても……しょうがない、です」

「まぁ、本当の事を言われても嬉しくとも何とも無いんだけどね。今頃、自分の女を攫われたバージルが、泣いているかと思うと、本当に、くく、愉快で仕方ない……!」



 ギデオン。

 そう呼ばれたプードルくんは、俯きながらマシューさんにそう答えた。

 私を攫うように命令したのは、マシューさんだったんだ。じゃあ、子供達を誘拐してるのも、やっぱり”高貴な王国(ノーブル・キングダム)”?

 ここには私しか居ないけれど、他の部屋にでも集められてるんだろうか。


 自分の思い描く通りに、物事が運んでいるのが嬉しいのか、マシューさんは身体を震わせて、笑いを堪えながら、喜びが抑えられないのか落ち着きなく視線を彷徨わせている。

 ギデオンくんは、死んだ魚のような目をして、ずっと床を見つめていた。

 どういう関係なのか分からないけど、マシューさんに様を付けていたから、主従関係とか、マシューさんの方が立場が上なのが伺えた。



「子供達も、貴方達が攫ったの……?」



 意を決して、私がそう尋ねると、先程まで嬉しそうに身体を震わせていたマシューさんが、顔を顰めながら私を睨みつける。



「下賤な民が、高貴な僕にそんな態度は許されないよ。頭を垂れて、跪き、僕の許しを得てから、初めて口を開きなよ。バージルは許しても、僕は許さないよ」



 言ってしまいたい言葉は、たくさんある。

 ”高貴な王国(ノーブル・キングダム)”は「継承権がない貴族の冒険者ごっこ」と、バージルは言っていた。全員がそうなら、マシューさんも、継承権は無いだろう。

 貴族、というのに対する拘り方が異常に見えるのは、全ての貴族がそうなのか、それとも継承権の無さから来る物なのかまでは分からない。


 けれど、それを指摘してしまえば、きっと激昂するのは分かりきっている。

 私は強い訳では無いので、怒らせてしまえばきっと命が危ない。

 正直に言えば、まだ死にたくないし、人相手に戦う覚悟なんて全然無い。

 何が正解なのか分からなくて、怖い。

 人の悪意に対応出来る術を、何も持ち合わせていない事が怖かった。



「バージルは、関係無いでしょ……」

「関係があるに決まってるだろう。ああ、もしかして聞いてないのか?」

「何を……」



 何か言い返さなくては。そう思ったけれど、確かに何も聞いていない。

 私、バージルの事、全然知らないんだ。マシューさんより、もっと知らない。

 気付いた事実に、思わず口を閉じてしまう。そんな私を見て、マシューさんは加虐心が刺激されたのか、笑みを濃くする。



「バージルも、貴族だよ。元、だけれどね」



 だから、何だと言うんだろう。何か言い返さなければ。

 そう思い、口を開こうとした所で、マシューさんの後ろから高揚の無い声が聞こえて来た。



「何をしている。どうして子供以外がここに居るのだ」

「あ……ッ! ノエル様、これは……」



 マシューさんとギデオンくんの後ろから現れたのは、ノエルさんだ。

 路地裏で会った時と同じ、黒いコートに身を包んでいて、音も無く静かに廊下を歩いてこちらに近付いてくる。

 ノエルさんが近づいて来るのに比例して、マシューさんの顔色はどんどん悪くなっていく。



「今回の作戦では、子供だけを攫うのでは無かったのか?」

「いえ、その、これは……」

「貴様の勝手な判断か? 随分役に立たん護衛だな」

「も、申し訳ありません……。ですが、この女は”運命(フェイト)”の副クランマスターの弱点でして……」

「だから何だ? わざわざ明確な敵対行動を取る事に何の意味がある? 相手が死に物狂いになったらどうするのだ?」

「それ、は……その、何と言うか……」



 一気にしどろもどろになるマシューさん。

 青くなったまま、落ち着きなく視線を彷徨わせて、言い訳を模索しているように見える。ノエルさんもそれに気付いているだろうけど、マシューさんに興味を無くしたのか、私の方に視線を向けた。

 ギデオンくんは、ずっと俯いたまま、何も話そうとはせずに、マシューさんの後ろでただ立ち尽くしているように見える。置物にでもなってしまったみたいだ。



「……女、ついて来い。話がある」

「え、あの……」

「いいから来い」



 倉庫に入って来たノエルさんは、無理やり私の腕を掴むと、マシューさんやギデオンくんに視線を向ける事もなく、そのまま引き摺って歩き出した。

 何も話さないまま歩き続けるノエルさんに、今は話しかけない方がいいのかなと思ったので、私は大人しく後ろをついていくしかない。


 途中、階段を登っていると、子供の泣き声が聞こえて来たので、攫われてしまった子達もここに居る事に気が付いたけれど、今はどうする事も出来なくて、ただノエルさんの後に続く。

 2階の一番奥の部屋まで誘導されると、扉を開けたノエルさんが身を引いて、先に入るよう促してきたので、そっと室内に足を踏み入れた。

 質素に見えた建物内で、ここだけは少し豪華に見える。


 ついてきたけど、どうしたらいいんだろう。

 扉を振り返ると、扉に鍵を掛けたノエルさんが、そのまま歩いてソファに腰を下ろした。



「チエ、座ってくれ」

「あ、はい……」



 大人しく、ノエルさんと向かい合うようにソファに座る。

 お互いに無言で、少し居心地が悪い。

 ノエルさん、カーバンクルの飼い主だから、勝手に良い人だと思い込んでいたけれど、さっきの会話からも子供を攫ったのは、ノエルさんの指示であるようにも受け取れた。



「チエ、話をする前に俺の事を話そう」

「はい」



 急に口を開いたノエルさんに、私は返事をしてから頷く。

 何か、会話の糸口になるかもしれない。



「俺はオキュレイド帝国第三皇子ノエル・エルムズ・オキュレイドだ」

「え、オキュレイド帝国の皇子……?」

「皇位継承権は12位。15人兄弟で、上から4番目の産まれだ」



 上から4番目なのに、それにしては皇位継承権が低いような……?

 年功序列では無いのかなと、ぼんやり考えながら、話しの続きを促した。



「俺の母親は、エルフの奴隷。現皇帝トリスタン・アーロン・オキュレイドが、余興として家臣の前で母を犯した。それで出来た子供が俺だ」

「え……!?」

「奴隷の子供だから、皇位継承権は低い。皇位継承権に関しては興味が無いのでどうでもいいが」

「なら、どうして人攫いなんか……」



 自分のお母さんがそんな目に遭ってるのに、どうして人攫いを止めさせないのか。

 少しだけ、自分勝手な怒りのようなものを感じたけれど、続いたノエルさんの言葉に、私は背中が冷える思いをする。



「俺が役に立たなければ、母を魔物に食わせるそうだ」

「なん、で……」

「家臣への余興だそうだ」

「余興って……人の命をなんだと……」

「知らん。俺だって好きでこんな事をしている訳では無い。母をあの男から買い戻すには金貨20,000枚要るが、国庫から盗む訳にもいかぬ」



 無表情だけど、声だけ少し不機嫌そうなノエルさん。

 この無表情も、生まれた環境のせいなんだろうか。

 役に立つ所を見せる為に、人攫いの仕事をして、国に貢献する事を見せながら、個人で金貨20,000枚を貯めるのは、大変どころの話ではなさそうだ。

 そう思って眺めていると、何もない空中からカーバンクルが現れた。私に気付いたカーバンクルは、不思議そうな顔をした後に、尻尾をふりふりと可愛らしく動かしながら寄ってくる。

 ゆっくり手を伸ばしてみると、触れる事を嫌がるどころか、頭を差し出してきたカーバンクル。撫でろという催促なのかなと思い、優しく撫でてみると満足気な顔を浮かべた。

 包帯はもう巻かれていなくて、傷口は乾燥してかさぶたになっている。



「カーバンクルが、懐いてるのに、悪い人なんだって思ってました」

「悪いか悪くないかで言えば、悪いだろう。自分の目的の為に他者を虐げているのだぞ」

「それは、そうなんですけど……。でも、何で子供だけを?」

「俺は今回、仕事が滞りなく進んでいるか視察に来ただけで、攫う対象までは知らぬ。だが、エルフの子供、特に女と、獣人の子供は最近需要が高い」



 奴隷にも需要があるんだなぁ。ぼんやりとそう考える。

 さっきまで感じていた、自分勝手な怒りも萎んでしまっていた。

 私だって、死にたくないからって、マシューさんに口を噤んだのに。自分が出来なかった事を、人に対して求めるのは、おかしな事だと気付いてしまったのもあるけれど。



「じゃあ、私が攫われたのは、マシューさんが勝手にやっただけなんですね」

「そうだ。俺もオキュレイド帝国も関与はしてない。カーバンクルの恩人には何もせぬ」



 その言葉に、大きく息を吐いた。

 良かった、スキルがバレたとかでは無さそうだ。

 安心して力を抜く私に対して、ノエルさんは無表情に話を続ける。



「ただ、来月からオキュレイド帝国の奴隷商に対して、布告がある」

「はい?」

「黒髪黒目で、サイバーモールというスキルのある15歳前後の女を、異世界英雄が金貨2000枚で買う」

「え……?」

「サイバーモールは異世界の品を手に入れる事が出来るかもしれぬ」

「あ、なん……で」

「黒髪黒目は、異世界の者しか持たぬから、身を隠した方がいい。あの包帯は異世界の物だろう」



 断言する形で、ノエルさんはそう言うと頬杖をついて私を見た。

 なんて答えればいいんだろう。どう答えるのが正解なのか分からない。

 言葉に詰まってしまった私に、ノエルさんは大きく息を吐くのが聞こえて、私は小さく身を竦ませてしまう。



「腹芸が出来るようになれとは言わんが、少し感情を隠せ」

「捕まえ、ますか……?」

「捕まえん。さっきも言ったが、カーバンクルの恩人には何もせぬ」

「でも、あの、お母さんはいいんですか?」

「良くはないが……。何だ、俺に捕まりたいのか?」



 少しだけ片眉を上げたノエルさんは、からかうような口調でそう言うので、慌てて首を横に振った。捕まりたくはないけど、お母さんの事を聞いた後だと、少しだけ見逃したらお母さんはどうなるんだろう、と心配になってしまう。

 余計なお世話かもしれないけど。



「そういう訳じゃないんですけど……」

「お人好しも過ぎるな。まぁ、ただで見逃されるのが嫌だと言うなら、交換条件でも良いが」

「交換条件、ですか?」



 ノエルさんの言葉を不思議に思って、私は首を傾げた。

 交換条件、それに何かノエルさんから利点があるんだろうか?

 不思議そうな顔をしている私を見ていたノエルさんは、少しだけ口角をあげると話を続ける。



「そのサイバーモールというスキルで、何か高く売れる物はあるか? オリーヴァー神聖国から出回った、純白の砂糖のような物だ」

「あ、はい。あります」

「俺はそれを売って、金貨に替えて母を買い戻した後、母を連れて国を出る。チエは、このまま身を隠す。チエを解放する際に、此処の場所と、今後の予定、奴隷商の住処、奴隷商が通るルートを教えるから、子供達も助かる。これでどうだ?」

「私の方が、条件が良い様に聞こえますけど、いいんですか?」



 どう聞いても、圧倒的に私の方が有利だ。

 ちゃんと、子供達の事も考えてくれている。

 ノエルさんも奴隷が何か知っているなら、子供達の話を持ち出してくる現在では、まだ焼き印は押されていない可能性の方が高そうだ。



「構わん。元々、国に対して忠誠心も、愛国心も無い」

「ノエルさんとお母さんは、安全に国から逃げれますか?」

「1師団くらいなら俺だけで潰せる。それに逃げた後は、落ち着くまで幻想郷ドルムーンへ滞在する事を妖精女王ティターニアと約束しているから、問題無い」



 ドルムーンという名前に、私は思わずノエルさんの顔を見つめてしまう。

 バージルが前に言っていた、精霊に選ばれた人しか行けないという妖精の国ではないんだろうか。ノエルさんは、その場所を知っているんだろうか。

 妖精や精霊といった、ファンタジーな生き物に思わず前のめりになってノエルさんに尋ねる。



「え、ドルムーンの場所を知っているんですか……?」

「妖精女王ティターニアの許可が下りれば招待しよう。場所は俺も知らぬが、精霊が作った道を通ればすぐに着く」

「でも、よく滞在の許可が下りましたね」

「母はエルフと精霊の間に産まれている。帝国の人間から見ればただのエルフだが、妖精女王ティターニアから見れば、母は人間に虐げられている保護すべき精霊の子だ」



 精霊が作った道、というのが何かは分からないけれど、ノエルさんの口ぶりから、1度以上は行った事があるように聞こえたので、実在するんだと思わず感心してしまった。

 招待して貰えたらいいなと考えて、今はそんな場合で無かった事を思い出す。

 子供達を助けて、メロディちゃんとテオくんの所に帰らなければ。



「分かりました。でも、金貨20,000枚分の砂糖となると結構な量になりますけど、大丈夫ですか?」

「ああ、俺のアイテムボックスは普通より大分広いから問題無い。砂糖以外にも何かあるか?」

「胡椒や、塩なんかもあります。あと、品質の良い物とか、葉巻とか……」

「なら、色々貰おう。異世界の物を取り寄せるのに必要な物はあるか?」

「お金が掛かりますが、こちらで買うより大分安く買えます」

「そうか、これだけあれば足りるか? 金貨250枚ある」



 机の上にドンと置かれた革袋の中は、金貨がたくさん詰まっていた。

 この世界の人は、金貨をたくさん詰める風習でもあるんだろうか。

 でも、銀行なんて物はないから、お金持ちになってくるとこうなるのかな……。ケイタさんもパンパンに金貨を詰めてたし。

 そう思いながらも、さすがにこれは多すぎると思い、首を振る。



「多すぎます……」

「手間賃と迷惑料だ。受け取ってくれ」



 譲る気が全く無さそうな、強い視線で射抜かれた。

 ここで押し問答をしてても仕方ないし、金貨の入った袋を受け取る事にする。



「ありがとうございます。売れる物以外に、何か欲しい物はありますか?」

「特には無い。チエ、急いだほうがいい。祭りの終わりに合わせ、行商人が街を出るのに紛れて、子供達は街の外に連れて行かれ、安全が確認され次第焼き印を押される」

「わ、分かりました! すぐに用意します!」



 ノエルさんの言葉に、私は大慌てでサイバーモールを開いた。

 時計が無いので、現在の時間は分からないけれど、攫われた時間がお昼ご飯が近かった事から、祭りはもう終わっていて、行商人が帰り支度を始めている頃だと推測する。

 さっきまで聞こえていた子供達の泣き声も聞こえない。急がないと。


 前に商業ギルドで売った時は、砂糖100kgで金貨900枚だった。

 金貨20,000枚分の高級品が要る。

 考えてる暇があまりないので、砂糖を2000袋、胡椒を1000袋、塩を500袋購入した。

 次々に届くダンボールを、不思議そうに見つめながらも、ノエルさんは自分のアイテムボックスにどんどんしまっていく。



「ごめんなさい、中の品物は更に梱包されてるので、包みを剥がしてから売って下さい」

「ああ、分かった」

「あと、出たゴミはどこかで焼却処分して下さい!」

「証拠の隠滅だな。分かった」

「あと」

「まだ移動までには1時間ある。落ち着け」



 急いで伝える私に、ノエルさんは苦笑いを浮かべながらそう言った。

 ここまで大きく表情が動いてるの、初めて見た気がする。そう思って、ぼんやりとノエルさんの顔を眺めてしまう。



「いいか、よく聞け。1時間後に、街の外にある隠れ家まで子供達を移送する。方角はプレミリューからトワイランドのシートプラ村から見て南東、ハニービーの森の川沿いにある。一番早いのは、街の入り口で検問を行う事だが、通り抜けた場合はそこに向かってくれ」

「は、はい!」

「積み荷は怪しまれないように他の物も混ぜられているが、奴隷を乗せた積み荷には、側面に緑色で5㎝程マークが付けられている」

「分かりました、緑色ですね」



 ノエルさんの言葉を、必死に頭の中で反復する。絶対に間違えられない。

 取り合えず、情報を持って、冒険者ギルドまで走らなきゃ。

 それで、誰かに伝えて、街の入り口で検問して貰わないと。



「大通りまで送ろう。付いて来い」

「ありがとうございます」



 荷物を全部アイテムボックスにしまい終えたノエルさんが、扉の鍵を開けて部屋から出たので急いで追いかけた。

 階段の下には、まだマシューさんが立っていて、ノエルさんの姿が見えるとすぐに近づいて来る。

 マシューさんは、ノエルさんの後ろに私が居る事に気付いて、忌々しそうな目で睨みつけたけれど、私には構わずにノエルさんへと一気に話しかけた。



「ノエル様、その女を処分するなら僕が……」

「これ以上、”運命(フェイト)”に目を付けられろと? 女はこのまま返す」

「しかし、それでは此処がバレてしまうのでは……」

「そうだな。誰かが勝手に攫ってきたからな。ここは放棄する」

「ですが、その、女を殺せば……」

「くどい。道を開けろ」



 ノエルさんが冷たくそう言うと、唇を噛みしめたマシューさんが道を譲る。

 噛みすぎて血が滲みだしているのも構わず、ずっと私を睨みつけてくるマシューさんに、恐ろしさを感じてしまうけれど、今はそれよりも子供達を優先しなければ。

 少しだけ震える手を自分で握りしめていると、ノエルさんがそっと寄り添ってくれた。

 安心させようとしてくれてるんだろうか。



「付いて来い」



 歩き出すノエルさんの後ろを、置いて行かれないように小走りで追いかける。

 細くて、薄暗い、綺麗ではない裏路地。

 何度も道を曲がってる内に、何処を歩いているのか分からなくなってしまったけれど、10分程で大通りまで戻ってくる事が出来た。



「ここを右に行けば冒険者ギルドがある。気を付けて戻れ」

「ノエルさん、ありがとうございました」

「良い、早く行け」



 それだけ言うと、すぐに道を戻り始めるノエルさん。

 少しだけその背中を見送って、私は全力で道を駆けだした。まだ人通りもある、何人か肩もぶつかってしまったけれど、それでも必死に走り続ける。


 息が上がって苦しくなってきた頃に、冒険者ギルドが見えて来た。

 ああ、バージルとグレンが居る。

 誰かの胸倉を掴んで、今にも殴りかかりそうなバージルと、メロディちゃんとテオくんを抱き締めながら、その相手を睨みつけているグレン。


 ギルドの前で止まろうと思ったけれど、疲れからか勢いが殺せずに、足をもつれさせながらバージルに抱き着いた。



「バー、ジル……!」

「チエ……!?」



 少しだけふらついたバージルだけど、すぐに男の人から手を離して、私を抱きしめ返してくれる。

 息が落ち着くのを待ってられず、私はバージルの胸から顔を上げて、ノエルさんから聞いた事をバージルに伝える事にした。



「バージル! 1時間後に、街の外にある隠れ家まで子供達が移されちゃうの! 街の入り口で検問して! 緑色のマークがついてる木箱に子供達が閉じ込められてるの……!」

「なん、ああ、分かった。詳しい事は後で聞くからな。 セドリック聞こえたな、検問を兵士に依頼してくれ!」

「もし、検問を通りすぎたら、トワイランドのシートプラ村から見て南東、ハニービーの森の川沿いに奴隷商の隠れ家があるから、そっちに!」

「嬢ちゃんよく情報を持ってきてくれた! A班B班C班は奴隷商の隠れ家を探してくれ! 俺は兵士の詰め所に行く! D班と残りは街の入り口で緑のマークが入った木箱を探してくれ! バージルは嬢ちゃんを休ませてやんな!」



 一気に喋ったせいか、頭がクラクラしてしゃがみ込んだ私を、バージルはそっと抱き上げてくれる。

 ああ、ちゃんと帰って来れたんだ。良かった。

 言いたい事がたくさんあるのに、何も言えずにただバージルの首に額を寄せる。


 バージルに抱えられて移動しながら、私は静かに涙を溢した。

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