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第四十六話 豊穣祭最終日中編

「何か、皆慌ててない……?」



 冒険者ギルドに近付いて行くと、有志で見回りをしていた冒険者の人達や、トーナメントに出場していた冒険者の人、更にそのパーティーの人達などが慌ただしそうに動いているのが見える。

 話し声までは聞こえないけれど、皆険しい顔をしているので、少しだけ狼狽えてしまう。何かあったんだろうか。

 不思議に思いながらも、そのまま進んでいくと、左目に眼帯をした大柄な男の人が、大きな声で指示を出しているのが聞こえてくる。

 大きな声を出す男性の周りでは、涙を流しているエルフや、抱き合って震えている獣人の姿が見えた。数人の人間の姿は見えるけれど、圧倒的にエルフと獣人の方が数が多い。

 嫌な予感を募らせていると、集まっている冒険者に対して、眼帯の男の人は指示を飛ばし始める。



「A班、B班は裏路地に行ってくれ! C班D班は街の外で人目に付きにくい辺りを重点的に探せ!」

「マスター、人手が足りないわ。人間の冒険者の殆どは探索要請に否定的だもの」

「んな事は分かってる! 今巡回兵にも協力の要請を出してるが時間との勝負なんだ!」



 私の解毒をしてくれたエルフのお姉さんが、眼帯の男性にそう言うけれど、男性は取り合わずに次々と指示を出しながら頭を抱えているのが見えて、私は思わずバージルの手を強く握り直した。

 バージルは眉を顰めながらも、離れない様にと私やメロディちゃんの手をきつく握り直してから、眼帯の男の人に大きめの声で話掛ける。



「セドリック! 何かあったのか!?」

「バージルか!? いい時に来てくれた、依頼をしたい!!」



 セドリックと呼ばれた眼帯の男の人は、バージルが目に入った途端安心したように顔を緩ませた。近付くにつれて、その男性が汗だくになっていて、必死に何かをしていたのが分かる。

 依頼と言う言葉に怪訝そうな顔をしたバージルは、繋いでいた手を離すと、私とメロディちゃんの手を握らせてから、セドリックさんに近付いて行く。

 優しく、安心させるかのように、私とメロディちゃんの頭を撫でるのも忘れない。



「緊急依頼か?」

「ギルドとしては緊急で出したい所だが、魔物じゃないんだ。今日の朝からエルフと獣人の子供ばかりが、21人行方不明になってる」

「21人!? 流石に多すぎるだろ!?」



 メロディちゃんとはぐれないように、しっかりと肩を抱いていると、聞こえて来た言葉に私も思わずぎょっとしてしまう。グレンも、テオくんを肩から下ろして腕に抱えながら、私とメロディちゃんの側に来ると、はぐれないようにか空いている方の手でしっかりと私を抱き寄せた。

 不安そうにしているメロディちゃんを抱き締めながらも、私は邪魔にならないように息を潜めて会話に耳を立てる。



「どこに行ったのか見当もつかねぇんだ……。冒険者にも声を掛けてんだが、何故か今年に限って”ノーブル・キングダム”が街に居るせいか、人間の冒険者の動きも鈍い」

「ああ、エルフと獣人を助けたって騒ぎ立てるからな……」

「もし攫われてんなら時間との勝負なんだ。悪いんだが、協力を頼めないか……!」



 申し訳無さを前面に押し出しながら、セドリックさんはバージルに頭を下げた。

 バージルは、一瞬こちらを振り返りながら、返答に詰まったように口を開けて閉じてしまう。きっと、私達に何かあったらどうしようかって迷っているんだと、すぐに気付くくらい迷っている。

 けれど、迷いを見せたのは一瞬で、すぐに気持ちを切り替えたのか、大きく頷いた。



「分かった。手伝おう。ただ、条件と言うか頼みがある」

「ああ、何でも言ってくれ。出来る範囲でなら、何とでもしてみせる」

「俺の連れが戦えないんだ。俺が戻るまでギルドで保護してくれないか?」

「それくらいならお安い御用だぞ!」



 セドリックさんと約束を取り付けたバージルは、急いで私達の許へ戻ってくると、グレンと私の顔を交互に見ながら口を開く。



「すまない、聞こえてたと思うが」

「構わねぇ、俺も行く」



 謝罪から入ったバージルに対して、グレンはそれだけ言うとテオくんを地面に降ろしてから、武器の確認を始めた。最初からついて行くつもりだったんだろう。

 グレンのその言葉に、バージルも少しだけ顔を顰めながら息を吐く。

 きっと、私達のところにグレンを置いていく安全性と、子供達の緊急性を天秤にかけたのかも知れない。

 テオくんも抱き寄せながら、そう思った。



「悪いな、正直助かる。チエ、メロとテオと一緒に、ギルドの中で待っててくれないか?」

「うん、大丈夫。ちゃんと中で待ってるよ」

「本当に悪い……。埋め合わせは必ず」

「バージルは何も悪くないでしょ! 早く行ってあげて!」



 埋め合わせなんて、考えなくてもいいのに。

 こんな時でも、私達の心配をしてくれる事に、むず痒さやもどかしさを感じてしまう。バージルが謝る必要なんて無いんだ。子供を攫った人達が居るなら、絶対にその人が悪い。


 悲痛そうな顔で私を見るバージルを、安心させたい一心で思い切り笑顔を浮かべた。

 少しだけ引きつりそうな、そんな下手くそな作り笑いで、バージルが納得してくれるかは分からなかったけれど、バージルは一度私を思い切り抱き締める。

 いつもより早いバージルの鼓動が伝わってきて、思わず胸が締め付けられた。



「何かあれば、これを飛ばしてくれ」

「魔導伝書鳩……?」

「ああ、魔力を籠めれば、俺の許に飛んでくる」



 そっと手渡された紙は、何度かバージルが使っていた魔導伝書鳩で、2枚差し出されたそれを受け取って、私はアイテムボックスにしまう。

 魔力を籠めると、マーキングした人のところに飛んでいくんだっけ。

 何も無いのが一番だけど、これがあればバージルに連絡が取れる。そう思うと、少しだけ心強かった。


 何度か私の頭を撫でてから、メロディちゃんとテオくんの頭を撫でたバージルは、名残惜しそうにしながらもグレンを連れてセドリックさんの方に向かっていく。

 地図を広げながら、難しそうな話をし始めたセドリックさんと、バージルとグレン。

 ここに立っていても邪魔になってしまうかも知れないと思い、道の端へ避けようとした所、解毒をしてくれたギルドのお姉さんが近づいてきた。



「バージルの連れって、貴女だったわよね。チエさんだったかしら?」

「あ、はい! そうです」

「ギルドの中に案内するわね。今少し散らかってるけど、中にどうぞ」

「メロディちゃん、テオくん、中で待たせて貰おっか」

「うん、メロも中がいいな……」

「うん、ここはいやだ……」



 少しだけ暗い顔でそう言う2人は、周りで涙を流している人達を見て、居心地が悪そうにしている。想像でしかないけれど、もしかしたら両親と離れ離れになった時を思い出したのかも知れない。

 そんな2人の手をしっかりと握りしめて、私はお姉さんの後に続いてギルドの中に入っていく。

 私がしっかりしないと。この子達が頼れるのは、今私しか居ないんだ。

 不安で震えそうになる自分を叱咤激励しながら中へ進むと、確かに前に来た時よりかは少し散らかっているし、カウンターの中に居るギルド職員の人達は疲れた顔をしていた。



「そういえば、自己紹介してなかったわね。私はプレミリュー冒険者ギルドのサブマスターのラウラよ」

「あ、すみません。この子達はメロディちゃんとテオくんです」

「貴女達不思議なパーティーよね。人間にエルフの子供、獣人の集まりだもの。ここだと落ち着かないでしょうから、客室まで案内するわ」



 勝手に、この人はバージルの事好きなんだってもやもやしていたけれど、ラウラさんは私を覚えていたけど気にする様子は見られなくて、自分の心の狭さに少し苦笑いをしてしまう。

 これが、大人の余裕なのかなぁ……。


 そう思いながらも後ろについて行くと、ギルドの出入り口近く、左側の個室へと通される。

 中は3人掛けのソファと、1人掛けのソファが3つ、テーブルを挟んで向かい合わせに置かれている、こじんまりとした応接室のような場所だった。

 扉には鍵が掛けられるようになっているので、安全面も考えられているのだろうか。



「ギルド内で何かあるとは思わないけれど、私が出て行ったら鍵をかけて貰えるかしら。バージルが自分から弱点は貴女達だって言ってしまったもの」



 少しだけ困った顔をしたラウラさんは、そう言いながら頬に手を当てる。

 確かに、戦えない連れが居ますって、皆の前で宣言したのと同じだもんね。

 ギルドの前には色んな人が集まっていたし、マシューさんのように、バージルと敵対してる人達やそれに近い相手も居るかも知れないし、油断しない方がいいかもしれない。



「分かりました、ありがとうございます」

「ギルドの入り口から右手には、飲食やテイクアウトが出来る酒場があるの。食事はそちらでお願いね。悪いけど、ギルドの外には出ないで頂戴」

「はい、気を付けます」

「うるさく言ってごめんなさいね。じゃあまた様子を見に来るわ」



 注意事項を伝えると、ラウラさんは静かに応接室を出て行く。

 それを見送ってから、鍵をかけて、ちゃんとかかっているか確認するために何度かドアノブを回してみる。しっかりと鍵が掛かっていたので、3人掛けのソファに、メロディちゃんとテオくんと腰を下ろした。

 2人とも少し元気が無いままで、下を向いて俯いてしまっている。

 心の傷を抉られてしまったのなら、言葉は余計に傷つけてしまうかもしれない。


 無責任に、両親は大丈夫だよ、とか、そんな事を言われたら、もっと苦しませてしまうんじゃないか。何と言葉をかけていいか分からなくて、私はぎゅうっと2人を抱き締めた。



「チエ姉ちゃん……」

「メロディちゃん、どうしたの?」

「ありがと……」

「ううん、いいんだよ」



 何も声を掛けて上げられないのに、ありがとうなんて。

 なんて優しい子なんだろう。いつも誰かを気遣ってるし、人の心を読むのが上手い。

 思わず胸が詰まって、涙が出そうになったので、慌てて上を向いた。

 こんな所で私が泣いてしまったら、もっと不安を煽ってしまう。



「テオくん、お腹すいてない? 大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。チエ姉ちゃん、何かお話して」

「え、お話?」

「うん、チエ姉ちゃんの知ってるお話」



 不安そうな、迷子になってしまったかのような、そんな表情のテオくんに頼まれて、断れる人類はこの世に居るんだろうか。いや、居ないと思う。


 けれど、お話って童話みたいな物でもいいんだろうか……。

 そう思ったけれど、童話で全員が嫌な目に遭わない物って少なくない……?

 楽しい気分になる童話って何かあっただろうか。

 少し悩んでみたけれど私の記憶では思い浮かばなかったので、扉に鍵が掛かっている事もあり、サイバーモールで童話の絵本を探してみた。


 メロディちゃんでもテオくんでも、2人とも楽しめるって難しいなぁと思いながらも、皆がよく知ってるシンデレラや白雪姫なんかの絵本を数点購入する。

 誰か来たら、アイテムボックスにしまえばいいよね。

 そう思って、袋から本を取り出して机の上に広げて見せた。


 日本語で書かれている為、一番上にあった白雪姫の絵本を手に取って、2人に見えるように机の上に広げて見せる。



「すごい! こんな綺麗な本初めて見た!」

「お姫さまの絵がかいてあるよ!」

「白雪姫っていう、お姫様のおとぎ話だよ。読んで行くね」



 1枚ずつ、ぺらりとページをめくりながら、白雪姫の話を声に出しながら読んで行く。

 少しだけ気恥ずかしさもあるけれど、話しの続きを期待する2人の、楽しそうな笑顔を見ていると、羞恥心は無くなっていって、段々と読み聞かせに力が入っていった。



「「カガミよカガミよ、この世で一番美しいのはだれ?」お妃様がそう鏡に尋ねると、鏡はこう答えました。「山を越えたその向こうに、七人の小人と住んでいる白雪姫です」」

「鏡教えちゃ駄目!」

「なんで言っちゃうの!」



 話の内容に夢中になる2人は、「早く逃げて!」とか「食べちゃ駄目!」と、シーン毎に大きなリアクションを見せながら、物語を楽しんでいるように見える。

 私も子供の頃は、結末を知ってても「食べちゃ駄目!」とか言って、お母さんに笑われてたなぁ。その頃を思い出しながら、最後まで話を読み聞かせていく。

 最後に王子様と幸せになったシーンでは、2人でハイタッチをしながら喜んでいた。


 楽しそうなその姿に少し安心をしていると、白雪姫を読み終えた頃にはいい時間になっていたせいか、テオくんのお腹が大きな音で鳴るのが聞こえてくる。



「お腹すいた……」

「そうだね、もうそろそろお昼時だね。何か買いに行かないと怪しまれちゃうかも知れないから、私買ってくるね」

「うん、チエ姉ちゃんありがとう!」

「ぼく、お肉がいい!」

「うん、分かったよ! 私が出たら、メロディちゃん鍵をかけてくれるかな?」

「はーい! 戻って来たらまた開けるね!」

「うん、お願いします」



 そう伝えて、本をアイテムボックスにしまうと、ソファから立ち上がって扉に向かう。

 後ろからメロディちゃんも付いてきて、しっかりと扉の前で待っててくれた。



「じゃあ、お願いね」

「気を付けてね!」



 扉から出て、鍵が掛かるのを確認すると、そのまま正面に歩き出した。

 右側にあるって言ってたし、多分あのウエスタン扉の向こうかな?

 そっと中を覗くと食堂のような場所だったので、安心して中に入る。


 あー、でも私、字が読めないんだった。

 どうしようかと悩みながら、書かれているメニューを前に立ち尽くしていると、後ろから誰かにぶつかられてしまう。

 つんのめりそうになるのを必死に堪えて振り向くと、14、5歳くらいの男の子が立っていた。

 くりくりの目に、焦げ茶色の天然パーマ。プードルみたいだなぁとぼんやり眺めていると、私と視線が合ったその子は勢いよく頭を下げた。

 


「ご、ごめんなさい!!」

「いえ、私の方こそぼーっとしてて……」

「あ、あの、チエさん? ですよ、ね?」

「はい、そうですが……」



 相手の顔を見ても、誰か分からずに疑問符を飛ばす。

 私が忘れてるだけかと思って、何度も思い返してみたけれど、どこかで会った事、無いよね……?

 プードルの知り合いは居ない。いや、プードルじゃなくて、人間なんだけど。


 挙動不審気味のその男の子は、うろうろオロオロと落ち着きの無い様子を見せながら、口を開けたり閉じたり、赤くなったり青くなったりと忙しそうだ。

 どうしたものだろうと眺めていると、意を決したように男の子が口を開いた。



「あ、あの、バージルさんから伝言を貰ってて、探してた、んです」

「え、バージルから?」

「は、い。あの、あんまり人に、聞かれたく、ないので、あの、ちょっと、裏まで来てもらっても、いいですか? ごめんなさい!」



 何か伝え忘れたのかな? と、疑問に思う気持ちと、え、何か怪しいな? と、いう気持ちが半分ずつあるので、即答が出来ずにじっとその子を見つめる。

 ただ、罠にかけるつもりなら、こんな挙動不審な相手を選ぶものだろうか。いい子そうだしなぁ……。そう思ってしまう自分が居るので、やっぱり危機意識が足りないんだろうか。


 返事を出来ずに唸っていると、男の子は不安そうな表情を更に濃くして、何度も小声で謝って来た。



「すみません、でも、怒られちゃうんです。すみません……」



 バージルも、同じ冒険者相手には怒る事があるんだろうか。

 マシューさんに怒ってるのは見た事あるけど。

 本当に、害は無さそうなんだよなぁ。


 そう思っていると、その男の子はとんでもない事を言い出した。



「一緒に、来て貰えない、なら、あの子達は、もう、家に帰れないです」

「え……?」

「子供が、心配なら、一緒に来て下さい。ごめん、なさい」



 子供達って誰だろう。メロディちゃんとテオくん?

 でも、さっきしっかり鍵を掛けてたし、扉をこじあけてたら、大きな音がするのではないか。なら、メロディちゃんとテオくん以外の人の事……?


 そう思い当たって、ぞっとする。

 これだけ気が弱そうなのに、誘拐犯の一味なんだろうか。誰か呼ばなくては。

 大きな声を出そうと口を開けたのと同じタイミングで、手首にビリっとした痛みを感じた。

 何か刺された!?

 そう気付いても、もう口も上手く動かせずに、1人で立つ事も難しいくらい、視界が周り始めている。



「気分、悪くなりました、か。ちょっと、外の空気、吸いましょう……。すみません……」



 横から肩を抱かれるような感覚がするけれど、足元がおぼつかなくて、相手に凭れ掛かるしか出来ない。

 逃げなくちゃ。

 強く思うけれど、動かない身体を引き摺られている内に、私の意識は無くなっていった。

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