第四十五話 豊穣祭最終日前編
「今日は祭りの最終日だし、欲しい物があればお昼までに用意した方がいいんだよね?」
私がそう尋ねると、おにぎりを頬張っていたバージルは、口の中の物を飲み込んでから頷いた。まだ3日しか経ってないのに、お米お米と言っていたので、今後の食生活が少し心配だけども。
気に入ってもらえるのは、とても嬉しかった。
今日の朝ご飯は、サイバーモールで買ったおにぎりとお惣菜だ。
晩御飯時には街から離れている筈なので、夜には皆が食べたいと口を揃えて言っていた、和食でも作ろうかな。
久しぶりに、肉じゃがでも作ろうかな? でも、鯖の味噌煮もいいなぁ。
だけど、そうすると煮物と煮魚になっちゃうっし、あんまり良くないかも。どうしよう。
そんな事を考えていると、おにぎりを食べ終えたバージルが口を開いた。
「今年の遠的の優勝者がソルランドに扮して、神の国に戻るのを見送れば豊穣祭は終わりだな。大体いつも昼前の筈だ」
「お昼前には終わっちゃうんだね」
「後片付けもあるからな」
「んじゃ、祭りが終わった後はあんま店やってねぇのか?」
「ああ。どの店も後片付けに入るから、ギルド以外はやってないんじゃないか」
たくさんの祭りを見て来たバージルが言うなら、きっとそうなんだろうな。
私はそう思いながら、皆が食べ終わったおにぎりのゴミをせっせとビニール袋につめていく。
まさか、置いていく訳には行かないしね。
ゴミはきちんと、アイテムボックスにいれて消去しなければ。
でも、この消去したゴミって一体どこに行ってるんだろう? しまわれてる物もそうだけど、本当に謎の多いスキルだなぁ……。
お店が午後からやってないのなら、ジェラルドとケイタさんにお土産を買って、香草とか調味料を見て、グレンを冒険者登録する為に冒険者ギルドに寄ってから帰るのがいいのかな?
お店の並び方が分からないから、いまいち何とも言えないけど。
冒険者ギルドは、街の大通りの中間から少し行った辺りにあった気がする。
「昨日、あのまま寝ちまったから、ギルドで冒険者登録してぇな……」
「そっか。したいって言ってたもんね。メロちゃんとテオくんは、何か欲しい物はある?」
「んー、メロは特にないかなぁ……」
「ぼくはねー、お家でジェントルアパルカを育てたいなぁ」
「ああ、ジェントルア”ルパ”カな」
テオくんの言い間違いを訂正したグレンは、そういうと頬杖をついて考え込んでしまう。
アルパカっていうくらいだし、テレビとかでたまに見かける、あのモコモコとした体毛を持つ、クリクリした目の可愛い生き物なのかな?
そう思ったけれど、家畜に詳しいグレンが渋るって、すごい大きくなるのかな?
実は、可愛いのは見掛けだけで、物凄い狂暴とか? それはちょっと困るかも。
あれ、でもジェントルって言ってなかった?
頭に疑問符を浮かべながらグレンを見つめると、大きく息を吐いたグレンが口を開いて話し始める。
「世話の仕方も知ってっし、性格も”ジェントル”の名前の通り温厚で礼儀正しいから、家でも飼えねぇ事もねぇけどよ……」
「他に何か問題があるの?」
「毛刈りがな……。すぐに毛が伸びるから、月1で毛刈りしねぇといけねぇんだ」
「何だ、苦手なのか?」
嫌そうに目を細めたまま口をへの字にするグレンに、少し以外そうな表情を向けるバージル。
私も、グレンなら、羊でもアルパカでも、軽々持ち上げながらすぐに毛刈り出来そうなのにと、少し以外に思って見つめた。
たくさんの目に見つめられるせいか、居心地が悪そうなグレンは視線を逸らしながら話を続ける。
「苦手っつうかよ、毛刈りしても紡績がな……」
「ぼうせきってなぁに?」
「糸車で、糸を紡いだりする事だな。お母さんがやってるのを見た事無いか?」
「ある! お婆ちゃんも作ってたよ!」
「紡績が、苦手なの?」
「ちまちました作業がよ……あんま好きじゃねぇ。食える訳でもねぇし」
紡績って言うんだ。初めて知ったなぁ。
1つ賢くなった事を喜んでいたけれど、グレンの発した「食える訳ではない」と言う言葉に、なるほどなぁと少しだけ悲しい気持ちになる。
村に住まずに、離れた場所で1人暮らしだと言っていたグレン。
食べていく事を優先しててもおかしくはないし、実際にそうだったのかもしれない。
開花の手があっても、毎日皆でやってる作業を1人で1日でこなしながら、家畜の放牧をしていたら時間なんていくらあっても足りないんだろうなぁ。
皆が居てくれる事に感謝しなきゃ。
そう思いながら、私も話を続ける。
糸車を使った事はないけれど、すごく興味を惹かれたからだ。
「糸車を使って、紡績するのって私にも出来るのかな?」
「慣れれば出来るんじゃないか? 一回試してみてもいいかもな」
「試せるところ、かぁ」
そういえば、テナントに手芸・裁縫の糸巻ってあったような……?
家に帰ったら、テナントに入れて確認してもみようと思っていると、テオくんが嬉しそうに立ち上がっって笑顔を見せる。
「じゃあ、アパルカ飼ってもいいの!?」
「アルパカな。まぁ、紡績してくれんだったら、シープとアルパカは増やしてもいいぜ」
「チエ姉ちゃん、頑張ってね!」
「う、うん……出来るだけ頑張るね……!」
純真無垢な瞳でそう言われて、断れる人が居るんだろうか……。
テオくんの為にも、出来るように頑張ろう。
自分で紡いだ糸で、編み物とか出来たら楽しそうだなぁ。
まだ出来るとも決まっていないのに、私の中で色々と考えが膨らんでしまう。
顔がにやけてしまいそうなのを我慢していると、メロディちゃんが可愛らしく首を傾げて私を見つめているのに気付いたので、慌てて笑顔で取り繕ろった。
危ない、ただの怪しい人になっちゃうところだった。
「じゃあ、今日はお土産買って、グレン兄ちゃんの冒険者登録して家に帰るの?」
「そうだね、お土産や調味料、香草を見て、まだ時間あるなら魔導ギルドに行きたいんだけど……」
「そっか、じゃあメロも一緒に探してあげるね!」
「うん、ありがとう! お願いね!」
「チエは、魔導ギルドで何を買うんだ?」
不思議そうな顔を浮かべたバージルにそう尋ねられて、一瞬何と答えようか悩んでしまったけれど、誤魔化す事でも、恥ずかしい事をする訳でも無いので、自分が思った事を話す事にして、ゆっくりと話し始める。
「魔導書が、欲しいと思って」
「魔導書? 何か使いたい魔法でもあるのか?」
「初級回復と状態異常回復が、使えるようになればいいなって思ったんだ」
「そうなのか。初級回復と状態異常回復なら、銀貨50枚ぐらいで買えるし、使える魔法が増えるのは良い事だし、俺は反対しないぞ」
駄目って言われたら、どうしよう。
そんな気持ちが顔に出てしまい、不安そうにバージルを見ていた私を安心させるかのように、優しく目を細めたバージルは、皆に見せるかのように大きく頷いてくれた。
「ただ、回復魔法を覚えたからと言って、いきなり無茶はしないよう約束してくれ」
「うん! 魔法を覚えたからって、いきなり強くなる訳じゃないからね」
「ああ。分かってくれてるなら良いんだ。さすがチエだな」
微笑むバージルが、私の頭を優しく撫でる。
それが、恥ずかしいけれど、褒められて嬉しい私は、はにかみながらバージルを見上げて、更に気恥ずかしくなって、両手をお腹の前で握りしめながらモジモジとしてしまう。
こうやって否定せずに話をしっかり聞いてくれるだけで、もっと好きになる。初めて出会ってから何も変わっていない、こういう優しさがすごく好きだ。
きっと、バージルから見たら、私は子供と何も変わらないかも知れないけど……。
ときめきで一気に胸が熱くなったり、急にナーバスになって鳩尾が重くなったり、恋をすると本当に心が忙しくなる。そんな自分が少し面白くて、つい笑ってしまった。
まさに、一喜一憂。言葉通りだもんね。
「あー……のよ、2人の世界繰り広げてるところ悪ィんだけどよ、店が閉まっちまうならそろそろ行かねぇか?」
少し言い淀みながら、グレンにそう声を掛けられて思わず肩が跳ねる。
2人の世界を作った覚えは無いけれど、確かに時間が限られてるなら早く行動した方がいい。そっと時計を確認すると、もう9時を回っていたので、屋台や店も開いている頃だった。
「もうこんな時間なんだ。待たせてごめんね! じゃあ行こっか!」
「なら、道沿いを歩きながら、土産や調味料、香草を見て行こう。そのまま歩くと、先に冒険者ギルドがある筈だから、グレンはそこで冒険者登録をするか。少し時間が掛かるから、グレンにはそのまま残って貰って、登録が終わる前に魔導ギルドで魔導書を買おう。その後迎えに行くから、グレンは冒険者ギルドで待っててくれ」
バージルがそう言いながらグレンを見ると、グレンは頷いてから口を開く。
冒険者登録が楽しみなのか、少し口元が緩んでいるのが微笑ましい。
「おう、分かった」
「ぼく、ギルドにつくまでグレン兄ちゃんに肩車してほしい!」
「なら、メロとチエは俺と手を繋いで行くか」
「うん! メロちゃんとついていくね!」
「ああ。はぐれないようにな」
グレンに肩車をされて嬉しそうに笑っているテオくん。身長がすごく大きいグレンの肩に乗ったら、大分視線が高くなってしまうけど、肩車は大丈夫なんだろうか。
高いところが実は苦手じゃないのかな? グレンだから大丈夫なのかな?
謎が尽きないけれど、嬉しそうにはしゃいでいる顔を見ていると、まぁいいかと疑問も吹き飛んで行ってしまった。
全員で街の入り口を抜けて、屋台を見ながら歩いていると、香草や調味料を売ってる屋台が結構目に入ってくるけれど、そんなに時間がある訳では無いので、他よりも少し大きめの屋台の前で足を止める。
日本でも見かけた事があるようなハーブや、一体どんな効果があるか分からない乾燥させた草花がたくさん並べられていた。
ローズヒップのような物もあって、店主に断ってから匂いを嗅いでみたけれど、やっぱりローズヒップのような匂いがするので、思わず首を捻る。
やっぱり、見た目も色も日本にある物と変わらない物が多いよね?
何でだろう? 本当にヘレトピアの植物には謎が多いなぁ……。
疑問に思いながらも、調理に使える香草を銀貨50枚分店主のオススメで選んでもらい、後はハーブティーに使える、レモングラスやローズヒップ、ラベンダーやカモミールなど、自分にも馴染みが深い物も数点一緒に購入していく。
カレーのルーになる、ターメリックやコリアンダー、クミンを粉末にした香辛料も売っていたので、思わず購入してしまった。まだ皆にはカレーを作った事は無いので、この香辛料でカレーも作りたい!
畑が安定してきたら、ハーブとか香草、スパイスも自作してみてもいいかもしれないけど、今の人数のままでは少し厳しいものがあるので、もっと効率が上がらないと無理だけど……。
家に帰ったら、久しぶりにハーブティーでもいれようかな。
そう思っただけで心が弾んでくるのが、すごく現金に思えて笑ってしまう。
「チエ姉ちゃん、どうしたの?」
「メロディちゃんも、家に帰ったらハーブティー飲む?」
「ハーブティーってなぁに?」
「香草やハーブをお湯で煮だして、お茶にするのよ」
「メロ、そんなの飲んだ事ない……!」
「じゃあ、家に帰ったら一緒に飲んでみよっか」
「うん! 楽しみだね!」
バージルを挟んで会話しながら、店主にお金を手渡して、購入した物はアイテムボックスにしまっていく。あとはお土産と光苔を購入したらまずは冒険者ギルドだっけ。
メロディちゃんとハーブの効能について話していると、薬草学スキルのあるグレンが興味を持ったのか会話に加わって来た。
テオくんとバージルは、カレーなる未知の食べ物の方に興味があるらしく、家に帰ったら絶対に食べたいと言っていたので、しっかりと作る約束をする。
嬉しそうに顔を綻ばせて、カレーがどんな味がするのか想像しているのを見ていると、思わず口元が緩んでしまうのを抑えきれなかった。
そんなに楽しみにしてもらえるなら、張り切って作るしかない。
ジェラルドとケイタさんへのお土産は、結局何が良いかは決められなかったので、プレミリュー特産のフルーツをたくさん買って行って、家でフルーツタルトを作る事にした。
プルメリアには、海辺の街クラメールで仕入れて来たという、ブラックパールが3つ連なったチョーカーに決めたので購入する。プルメリアは、身体が白いからきっとブラックパールも映えると思う。
購入した物を頭の中でリストアップしていると、全員を見渡しながらバージルが口を開いた。
「光苔が売ってる道具屋は反対の道にあるから、このまま冒険者ギルドに向かおうか」
「そうだね、まだ道が仕切られてるから反対側いけないし」
「じゃあ行こう。グレン、絡まれても喧嘩は買わないようにな」
「わーってるよ!」
「ならいいんだが……」
その件については、あまり信用が無いのか、バージルが苦笑いを浮かべていたので、つい笑ってしまう。グレンも自覚はあるのか、気まずそうに顎をしゃくれさせながら、そっぽを向いている。
「ふふ、じゃあ行こう?」
そう声をかけると、少し遠くに見える冒険者ギルドまで全員で歩き出した。




