第四十一話 豊穣祭2日目中編
「今日は本選だっけ。予選で勝ち抜いた人達が1人ずつ戦うんだよね?」
トーナメントの会場に向かいながら、私がそうバージルに声を掛けると、大きく頷いたバージルは、器用に人を避けながら口を開いた。
いつもの様に、私とバージルの手はしっかりと繋がれているので、バージルの動きに合わせて私も人を避けて行く。
「ああ、昨日の予選で勝ち抜いた16人が、1試合20分で戦うんだ。冒険者も結構残ったみたいだな」
街のあちこちで、誰が優勝するか賭けてみないかと、大きな声が上がっている。
やっぱり、強さが物を言う世界では、戦いを観戦するのは燃え上がるのかだろうか。
娯楽があまり無いせいなのか、それとも日本でいうところの、プロレスみたいな物なのかな。
よく分からないけれど、昨日の祭りが始まる興奮とは打って変わって、皆が熱狂的なまでに興奮しているのが手に取るように分かってしまうので、少し怖い。
また、誰かが喧嘩してるのには、出会いたくないなと、思いながらゆっくりと会場へ向かう。
バージルやメロディちゃんはそう興奮した様子は無いけど、グレンとテオくんは物凄く盛り上がっているので、それをグレンの後ろを歩きながら眺めた。
興奮気味のグレンだけど、皆に歩幅を合わせてくれているので、まだ理性は残ってるのかもしれない。
「何か、興奮がすごいね」
「まぁ、祭りの目玉だって言っても過言では無いからな。はぐれるなよ」
「うん、気を付ける」
はぐれたらもう合流出来なさそうなので、繋がれた手をしっかりと握り直した。
バージルもそれに気付いたのか、微笑んでから私に声を掛けてくる。
「もう少ししっかり繋いでおくか?」
「う、うん」
これ以上、どうやってしっかり手を繋ぐんだろう。
私がそう思っていると、バージルは繋がれた手を一度解いてから、再度私の手を握る。
それはもう絶対離れないくらいに、しっかりと手を握り直してくれたんだけど。その繋ぎ方が所謂カップル繋ぎという繋ぎ方で、私は羞恥心のあまり口を開けて言葉を発しようとしたけれど、何も言葉が出て来ずに口をぱくぱくをさせるだけになってしまった。
怪しくないかな、大丈夫かな。いや、怪しさしかないよね。どうしよう。
嬉しいけど、すごい恥ずかしい。
でも、ヘレトピアにはカップル繋ぎなんて文化はなくて、ただ手をしっかり繋いでくれてるだけなら、私ただの意識しすぎな痛い子だよね。落ち着こう私。
混乱して言葉が出てこないけれど、頭の中では高速で言葉が飛び交っている。
深呼吸して落ち着こうと思ったけれど、吐き出した息が震えているせいでつまってしまい、ふ、ふふーんみたいな、変な息の抜き方をしてしまう。
それをバージルに笑われてしまったので、緊張してるのはバレたかもしれない……。
もう、何も考えずに歩こうと、無心になろうとしながら歩いていると、前を歩いていたグレンが後ろを振り返る。
どうしたんだろうと首を傾げると、グレンは屋台を指差しながら口を開いた。
「食うモン買ってった方がいいか?」
「そうだな……。中で買えない事も無いが、少し高いからな」
ヘレトピアでも、イベント会場で買う物は高いんだ。
バージルとグレンの会話を聞きながら、私はそんな事を考えた。
やっぱり、人がたくさん集まるところでは、財布の紐も緩むのかも知れない。街中を見渡しても、全体的に昨日より高くなっている気がする。
安く仕入れて高く売るのは、商売の基本だしね……。しょうがない事だけど、少し残念な気持ちになった。
中で買うのが一番高いという話だったので、皆で屋台で食べ物を買いながら歩いていると、大きな会場が見えて来た。
木が絡み合って作られた会場に、思わず驚いて立ち止まってしまう。
魔法って、こんな複雑な事も出来るんだ…?
しかも、ジェラルドが洞窟を元に戻してたって事は、この木も元に戻るのかな。すごい再利用に向いた建物かも知れない。
自然魔法に無限の可能性を感じていると、バージルに優しく手を引かれた。
「チエ、そんな所で立ち止まってないで、もっと近くに行こう」
「うん! 凄いねぇ……。こんなに大きな建物も作れるんだ」
「そうだな。これだけ大きな建物になると、魔力消費がすごそうだな」
テオくんも、わくわくが抑えられないのか、グレンと手を繋ぎながら、カエルの様にジャンプしながら歩いている。それを、メロディちゃんに叱られて、恥ずかしそうに笑っていた。
その光景に気持ちが温かくなって、つい笑ってしまう。
バージルもグレンも、メロディちゃんとテオくんを見て微笑んでいる。
子供ってすごいなぁ。ちょっとした事で、人を笑顔にする事が出来るし。
可愛くてぎゅーっとしたい衝動を我慢していると、メロディちゃんとテオくんを両手で抱えたグレンが振り返った。
「んじゃ行くか。最前列空いてっかなぁ」
「そうだね、前で見れるといいね」
「中はどうなってるんだろうね!」
「まずは、入り口でチケットを買わないといけないから、並ぼうか」
入口には、もう既に列が出来始めていたので、最後尾に5人で並んだ。
30人程並んでいるようだったけど、比較的早い時間の為か、まだそこまで行列は出来ていない事に安堵する。並ぶのは大変だもんね。
並ばずに中に入っていく人達も居たけど、出場者とその付き添いみたいで、色んな人から応援の言葉を掛けられていた。
エルフの女の人、獣人の男の人、人間の男の人、色んな人が出場してるんだなぁと、ぼんやり眺めていると、少し離れた所に”ノーブル・キングダム”のマシューさんが見えたので、思わず顔を顰めてしまう。
誰かの護衛をしている様で、黒いローブを被った人を中心に、大きな声で周りを威嚇しながら歩いていた。
「退け! 薄汚い獣人とエルフが! 僕達は貴族だぞ!!」
「また、あいつ等は……こんな所で問題を起こして……」
大きな溜息を吐いて、バージルがそう呟く。
老弱男女関係なく、偉そうな態度を取って道を譲らせているのが見えて、私は少しムッとしてしまう。自分から喧嘩を売りに行ったりしないけど、人に対してあんな態度は駄目じゃないのかな。
人間だというだけで、そんなに偉いんだろうか。
ここで問題を起こしたくなくて顔を顰めて黙りこくる私と、相手をする気がないのか、頭を抱えるバージル。
エルフも獣人も、そういう横暴な態度に慣れているのか、何も言わずに道を譲っていた。
護衛されてる人も、同じようなタイプの人なのかな。止めもしないし。
「退けよ! 邪魔だって言ってるだろう!?」
「あっ……!」
「お婆ちゃん!」
まさか往来で手を上げる事は無いだろうと思っていたら、ゆっくりと歩きながら道を譲ろうとしていた獣人のお婆さんを、マシューさんは蹴り飛ばした。
お婆さんを庇おうとした子供は、庇いきれずに一緒に転んでしまう。
転んでしまったお婆さんと子供を追撃するように、マシューさんが足を上げたのを見た私は、一瞬で頭に血が上ってしまい口を開こうとしたけれど、それよりも早く、繋いでいた手が離されてバージルが走っていった。
「マシュー!!」
「な……ッ!」
普段のバージルからは考えられないくらい、低い怒鳴り声に、私の肩が思わず跳ねる。
自分がカッとなった事を忘れるくらい、バージルの怒鳴り声に驚いてしまった。
怒鳴られたマシューさんも、大きく肩を跳ねさせて、顔を青褪めさせたけれど、怒鳴ったのがバージルだと気付くと、すぐに気を取り直したのか、忌々しそうにバージルを睨みつける。
「道を譲ろうとしていたじゃないか!! 蹴る必要なんて無いだろう!?」
「獣に対する躾じゃないか! 君にそんな事を言われる筋合いはないね!!」
バージルとマシューさんが言い争いをしているので、私はお婆さんと子供に駆け寄った。
向こうはバージルに任せよう。もっと怒られてしまえ。
もうだめだ、マシューさんの事、心の底から嫌いになってしまった。
お婆さんは子供を抱き締めたまま、喧嘩を始めてしまった2人を見て、オロオロとしている。
出来るだけ怖がらせないようにしようと思って、私は中腰になりながらお婆さんに声を掛けた。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
「ええ、ありがとう。でも、あの坊やは貴族様にあんな事を言ってしまって……」
「前から、仲が良くないみたいなので……多分、大丈夫ですよ。掴まって下さい」
手を差し出すと、お婆さんは私の手を握ってくれた。立ち上がるのを手伝おうと、もう片方の手を添えたところで、横から大きな衝撃を受けてバランスを崩してしまう。
「お婆ちゃんに触らないで!」
「これ、なんて事を!」
会話を聞く限り、一緒に居た子供に突き飛ばされてしまったのかな。
でも、人間の貴族に酷い事をされたんだから、人間に敵意があって当たり前だよね……。
あんまり怒らないであげて欲しいな。今のはきっと私が悪かったと思う。
このまま転ぶんだろうか。痛そうだな。
受け身の取り方も分からず、目を瞑って転ぶ覚悟を決めた所で、がっしりとした腕に抱き留められた。
バージルか、グレンが助けてくれたのかな?
そう思ってうっすら目を開くと、助けてくれたのは黒いローブを被っていた人だったので、私は驚いて相手を見つめてしまう。
何で、この人が助けてくれたんだろう?
疑問符が頭を埋め尽くしていると、強い風が吹きつけて、被っていたフードが捲れた。
さらりと、フードの中に隠されていた金髪が、私の頬を擽る。
私の目を見つめる、ペリドットの瞳。表情がぴくりとも動かない顔。
昨日、私に声を掛けてくれたノエルさんだ。
「な、んで……?」
「俺にも、事情がある。怪我は無いか?」
「は、い……」
カーバンクルの飼い主、なのに。
何で? こんな人達に護衛をされてるんだろう。ショック過ぎて、何も考えられない。
勝手に、神獣と契約出来るのは、いい人だけだと思ってたせいだけど。
呆然とする私に気付いたのか、ノエルさんは何も言わずに私を地面に座らせて、フードを被って歩き出してしまう。
苦い気持ちのままノエルさんを見ていると、ノエルさんは並んでいた位置から少し手前にある扉を潜って中に入って行ってしまい、その後ろを慌てて”ノーブル・キングダム”が追いかけて行く。
並ばなくても入れる貴族用の入り口のようだ。
「お嬢ちゃん、私の孫がごめんなさいね……。怪我は無かったかしら」
「え、あ……はい、大丈夫、です」
「お姉ちゃん、ごめんなさい……」
「チエ、すまない。大丈夫か?」
「うん……」
呆然としていると、私の傍に来たバージルが手を貸してくれたので、ゆっくりと立ちあがる。
ノエルさんに庇われたので怪我も無いし、足を捻ったりもしていない。
何度も何度も、謝罪とお礼を繰り返す獣人のお婆さんと子供に別れを告げて、私はバージルに手を引かれて列に戻った。
お婆さんの怪我は、有志で見回りをしていた冒険者が治してくれるらしい。
けれど、その話を聞いても私の心は、疑問符が更に大きくなっていたので、上手く耳に入って来なかった。
「朝から嫌なモン見たな……」
「メル、あの人嫌い!」
大きな溜息を吐いたグレンがそう言うと、メロディちゃんが同調するようにそう言って、”ノーブル・キングダム”が入っていった扉に舌を出す。
「ヴルエーラに戻ったら、一応報告としてあげて置こう」
「チエ姉ちゃん? 大丈夫?」
「どうしたの? どこかいたい?」
「ううん、ごめんね。大丈夫だよ」
心配そうに私を見上げるメロディちゃんとテオくんに、私はハッとして笑顔を向ける。
呆然としてたら、もっと心配をかけてしまいそうだ。しっかりしないと。
でも、事情ってなんだろう。いけない、また考えてしまう。
「おら、開場したみたいだぜ」
「…………」
「おい、チエ?」
「え、なに!?」
「だから、開いたから行こうぜ?」
グレンにそう言われて周りを見ると、皆心配そうに私を見ていた。
このまま考えてもしょうがないので、私は無理やり笑顔を浮かべると、バージルに手を差し出す。
「ごめんね、ぼーっとしちゃった! 行こう?」
「ああ、行こうか。チエ、何処も痛く無いんだな?」
「うん、大丈夫だよ」
凄い心配をかけてしまった様で、とても申し訳ない気持ちになる。
ぼんやりと考え事をする癖、直さないといけないなぁ。
そう考えていると、10分程で入り口まで辿り着いた。
人数分のチケット代と座席代を支払ってから中に入ると、中はスタジアムの様になっていて、階段を上った先から客席に入れるようになっていたので、全員で階段を上がっていく。
会場内には椅子は無くて、色々な大きさの段差がついた床がたくさん並べられていた。
座布団の無い升席みたいだなと思っていると、グレンが一番前の座席に座り込んだ。
そこで見るらしい。
「ここには、貴族とか来ないのかな……?」
「貴族席は上だな」
バージルが上を指差しながらそう答えてくれたので、つられるように上を見ると、少しだけ出っ張った階がある事に気付く。
下からでは床部分の木しか見えないけれど、貴族席には椅子とテーブルがセットされているらしい。
ビュッフェスタイルで、使用人がご飯を取ってきて、ワインを飲みながら観戦できるようになっているとの事で、間の抜けた返事を返してしまう。
食べ放題、飲み放題でお値段は何と、金貨100枚!!
一般席はチケットが1人銀貨1枚で、座席代が1つ銀貨10枚。升席で座って観戦するらしい。
席は早い物勝ちで、空きがある場合は相席したりするそうだ。
「じゃあ、そこに座ろうね。敷物出した方がいいかな?」
「目立つから止めておいた方がいいかも知れないな……」
「そっか、じゃあ食べ物だけだしておくね」
駄目だなぁ。全然頭が上手く回ってないのに、自分で苦笑いをしてしまう。
靴は脱がないでそのまま上がるという事だったので、恐る恐る座席に足を踏み入れた。
しっかりとした木で出来ている為か、滑ったりしないし安定感もあるので、ほっと息を吐いてから座り込んだ。
どんどん人が増えて来て、賑やかになっていくのを眺めていると、横に座っていたバージルが静かに口を開く。
「さっきの、あいつ」
「うん?」
「金髪の、あいつ。知り合い、か?」
「あ、知り合いというか……カーバンクルの、飼い主さん……」
「ああ!? あいつがか!?」
小さな声でそう答えたけれど、グレンにも聞こえていたようで大きな声で返された。
そうだよね、祀り神だって言ってたのに、飼い主が貴族と思われる人だったら吃驚しちゃうよね。
自分だけでは無かった事に安心して、大きく息を吐き出す。
1人でショックを受けてるみたいで、少し情けない気持ちになってしまっていたけれど、他にも同じ感覚の人が居て良かったな。
「あいつが……? カーバンクルが、懐く貴族、か……」
「ノエルさんっていうんだって。昨日、話してた人が貴族っぽかったから、吃驚しちゃって」
「そうか、それで元気が無かったんだな」
そう言うと、バージルも安堵したように大きく息を吐きだした。
私が変な態度だったから、知り合いだと思われたのかな。全然知らない人だけど。
バージルが笑顔になって、良かったと繰り返し呟いていると、ステージの上に司会の人が現れる。線の細いエルフの女の人だ。美形すぎて眩しい。
マイクのような道具を手に持っていて、それに向かって口を開くと、会場内に女の人に声が響く。
「では、只今から本選を開始させて頂きます! まずは、選手の皆さんに登場して頂きましょう!!」
エルフの女性がそう言うと、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が響いて、耳が痛い程だ。
それだけこのトーナメントが人気なんだろうなと思うと同時に、人の戦い方を間近で見れるチャンスはなかなか無いので、気分が盛り上がってくる。
私も試合に集中しようと、ノエルさんの事を頭から追い出しながら、大きな拍手で選手を出迎えた。




