第四十話 豊穣祭2日目前編
「あ、チエ姉ちゃん、おはよう」
皆より少しだけ早く目を覚ましたので、テントの外で朝ご飯の支度をしていると、テントの入り口からメロディちゃんが挨拶をしてくれた。
気恥ずかしさがあるのか、テントに顔を半分くらい隠してしまっているし、目は腫れぼったくなってしまっているけど、すごくスッキリとした表情を浮かべている。
きっと、心を占めてした一番大きな不安が解消されたからだと思う。
私もそれが嬉しくて、しっかりと笑みを浮かべて挨拶を返した。
「おはよう、メロディちゃん。朝は何が食べたい?」
「メロ、甘いパンが食べたいな」
「そっか、じゃあ朝はパンとスープにしよっか」
ベーカリーでパンを買って、お湯を入れるだけのスープにしようかな。人が多い場所では、あまり調理はしたくないし。
そう思いながら、私はメロディちゃんにタオルを差し出した。
アイテムボックスに入れてきた、しっかりと洗ってある綺麗なタオルだ。
「そこの川で、顔を洗っておいで」
「うん! ありがとうチエ姉ちゃん」
タオルを受け取ったメロディちゃんは、小走りで川に向かう。
泣いたまま寝ちゃったから、きっと顔がパリパリになってて気持ち悪かったんじゃないかな。
メロディちゃんを見送ってから、私は空を見上げる。
もう太陽が昇り始めていて、少しずつテントの外に出て活動する人達が増えてきていた。
プレミリューに居る間は魔物に襲われる事も無いからと、バージルとグレンはまだ気持ちよさそうにテントの中で休んでいる。
一度目が覚めてしまうとなかなか寝付けなくて、何度か寝ようと試みたけれど眠れず、来る時に見張りをしてくれていた2人を起こすのも悪いと感じたので、外に出て星空から朝焼けに変わるのを眺めていた。
ただ、綺麗だなと空を眺めているだけで、結構な時間が経ってしまったらしい。
メロディちゃんが戻って来たら、皆を起こしてご飯にしよう。
その場で少し待っていると、タオルで顔を拭きながらメロディちゃんが戻って来た。
「あ、チエ姉ちゃん! 待っててくれたの?」
「おかえりなさい! さっぱりしたみたいだね」
「うん! ありがとう!」
しっかりと畳んでタオルを返してくれたメロディちゃん。
受け取ったタオルはアイテムボックスにしまっておく。ヘレトピアにはこんなタオルないしね。手ぬぐいというか、布を使いまわしてる人が多いそうだ。
昨日、ノエルさんに包帯の事を突っ込まれたばかりだし、もっと管理に気を付けないと。
メロディちゃんと手を繋いでテントに戻ると、テントの中では、バージルが起きていたけれど、眠そうに何度も瞬きをしているので、まだ疲れが抜けていないのかも知れない。
昨日もいっぱい頑張ってくれてたし、走り回らせちゃったしなぁ。
少し反省しながらも、バージルに近付いて声を掛ける。
「おはよう、バージル」
「バージル兄ちゃん、おはよう!」
「チエ、メロ、おはよう……」
「まだ眠そうだね?」
私がそう声を掛けると、バージルは目を細めながら苦笑いをしてから、大きな欠伸をしてからゆっくりと立ちあがった。
結構すっきり目覚めてるバージルばかり見てたので、眠そうな顔のバージルが続けてみる事が出来て少し得した気分になる。
ちょっと、可愛いなって思ってしまうので、恋は盲目なんだろう。
「少しな……。悪い、ちょっと顔を洗ってくる」
「はい、タオル」
「ああ、ありがとなチエ」
タオルを受け取ったバージルは、そのままブーツを足に引っかけて外に出て行く。
バージルを見送った私は、ぐっすり眠っているグレンと、グレンの腕を枕にして眠っているテオくんの身体を揺する。気持ちよさそうに眠ってるけど、朝ご飯食べないと、これから歩き回るから力が入らなさそうだ。
「おーい、グレン、テオくーん、朝ですよー」
「ん……?」
「あさぁ……?」
「起きて美味しいパンでも食べよう?」
私がそう言うと、グレンはしっかりと目を見開いて、がばっと勢いよく起き上がった。それにつられるように、テオくんも覚醒してない状態のまま座る姿勢になってしまう。
大丈夫なんだろうかと少し心配になってしまうけど、テオくんは座った状態のままグレンに凭れ掛かって再度寝入ろうとしていた。逞しい。
「おはようグレン。テオくんはまだ起きてないかな……?」
「グレン兄ちゃん、テオ、おはよう!」
「おはよ……もしかして俺、寝すぎたか?」
「大丈夫だよ、朝ご飯も今から用意するし。顔洗ってきたら?」
「んだな、テオ連れて行ってくるわ」
そう言うとグレンはすぐに立ち上がって、まだ眠そうに顔を顰めているテオくんを抱える。
抱えられたテオくんは、嫌々するようにグレンの肩に顔を押し付けていた。きっと、昨日の夜に泣いたせいで、眠さがいつもより強いのかもしれない。
まだ眠らせておいてあげたいけど、ご飯を食べれないのも悲しいだろうし、頑張って起きてもらおう。
「んー、ぼくまだねむい……」
「今日の朝ご飯は甘いパンだよ」
「甘いパン!?」
「一気に起きたね、おはよう」
あれだけ眠そうにぐずっていたのに、甘いパンという言葉だけでテオくんはしっかり覚醒している。グレンもテオくんも食いしん坊だなぁと、思わず笑ってしまった。
「お姉ちゃん、チエ姉ちゃんおはよう! ぼくも顔洗ってくるね!」
「うんうん、行ってらっしゃい」
グレンとテオくんにもタオルを手渡して見送ると、入れ替わりでバージルが戻って来たので、使い終わったタオルを受け取る。
顔を洗って目が覚めたのか、いつものバージルだった。
ちょっと残念なような、いつも通り恰好いいような……。
そんな事を考えながらバージルの顔を眺めていると、不思議そうに首を傾げられる。
「チエ、どうかしたのか?」
「ごめんね、何でもないの。朝はパンでいいかな?」
「ああ、大丈夫だぞ」
「じゃあ、お湯だけ沸かせちゃうね」
テントの中でガスコンロを出して、ミネラルウォーターを入れたヤカンをセットしてから、サイバーモールを開く。あんまり中で火は使わない方がいいんだろうけど、見る人が見たら魔導コンロじゃないのがバレちゃうといけないしなぁ。
昨日の出来事は衝撃的だったけど、自分の危機感の無さも痛感する出来事だったので、もっと気を引き締めようという気になった。
あの、ノエルさんというカーバンクルの飼い主さんが、怪しいとは思っても恩義を優先してくれるようないい人だから、見逃されて助かっただけだ。
サイバーモールでパンを選びながら、そんな事をぼんやりと考えた。
「メロ、このパン食べてみたい!」
「チョココロネ? いいよ、他には何かある?」
「ううん、一個ずつ全部のパンを食べるのよ!」
「そっか、じゃあまた今度のお楽しみだね」
「うん!」
ぼーっと画面を流していると、横からメロディちゃんに声を掛けられてハッとする。
慌ててご希望のチョココロネをカートに入れると、嬉しそうにはにかんだメロディちゃんが、壮大な目標を教えてくれたので、少しだけ気が楽になった。
考えすぎも良くないだろうし、今後の抱負としてこれ以上自分を責めるのは止めよう。
そう思いながら、私はバージルを振り返る。
「バージルは、何か食べたいパンある?」
「俺は、腹が膨れるやつがいいな」
「お腹が膨れるパンね」
メニューに載っている物を1つずつ見て行くと、色んな種類のベーグルサンドを見付けた。
ベーグルは腹持ちもいいし、具も入ってるから更にお腹が膨れるかな。でも、色んな種類があるのでどれにしようか少し迷ってしまう。
「この、ベーグルサンドとかいいと思うんだけど、これが食べたいとか希望ある?」
「そうだな……。この、肉が入ってるやつと、野菜が多いやつがいいな」
バージルが指差したのは、照り焼きチキンのベーグルと、BLTベーグルだったので、頷いてカートに入れる。美味しそうだったので、私もエビアボカドとスモークサーモンのクリームチーズベーグルをカートに入れた。
他にも、ベーグル自体にバナナが入っていたり、ナッツが入ってるベーグルもあって、すごく美味しそうだったので、家に帰ったらジェラルドやケイタさん、プルメリアとベーグルパーティーをしたいな。
色んなベーグルを用意して、中身も自分で好きな物をサンド出来るようにしたら楽しめそうだ。それなら、火も使わないし、メロディちゃんとテオくんも安心して楽しめる。
お留守番になってしまった3人の事を考えていると、グレンとテオくんが戻って来た。
皆と同じように希望を聞くと、グレンもチーズと肉が入ったベーグルを3つと、大雑把な希望を出されたので、ローストビーフと、ベーコンと生ハムとカマンベール、ハンバーグとチェダーチーズの3種類をカートに入れる。
テオくんはウサギの顔を模したチョコパンがいいとの事だったので、それもカートに入れてからスープを見て行く。
ベーカリーではパンしかなかったので、エビビスクスープの素をカートに入れて決済した。
お湯もいい感じに沸騰していたので、マグカップにスープの粉末を入れていると、バージルが声を掛けて来る。
「お湯を入れるだけなら俺でも出来るから、代わるぞ」
「ありがとう! じゃあ、私は他の物用意するね」
手伝ってくれるとの事なので、スープはバージルに任せて、私はパンを紙皿の上に取り出していった。美味しそうな匂いが漂ってるけど、まぁこれくらいなら大丈夫かな?
温めてる訳じゃないし、そんなに遠くまで匂いもしない筈だ。
お茶をコップに入れていると、メロディちゃんが皆にコップを配ってくれる。何も言わなくても、率先して手伝ってくれるのがすごく助かるし、嬉しい。
「ありがとね、メロディちゃん」
「どういたしまして!」
ニコニコと笑顔を浮かべているメロディちゃんの頭を撫でると、くすぐったそうに肩を竦めて笑顔を浮かべていた。もう、何でこの子達はこんなに可愛いんだろう。可愛すぎてどうしようかと思うくらい、可愛い。
グレンも皆が座れるように寝袋を畳んでくれているし、テオくんもパンの乗ったお皿をゆっくりと運んでくれている。
皆のお陰ですぐに準備が出来たので、パンを中心に輪になって座ると、全員でパンに手を伸ばした。
モチモチのベーグルを口に含むと、クリームチーズの酸味と、スモークサーモンの香りが口に広がっていく。アボカドの甘味や、エボの風味や食感も感じて、思わず笑みを浮かべてしまう。
「美味いな。と、言うかすごいモチモチだな。噛み応えがある」
「でも硬い訳じゃねぇな。なんだこれ」
「ベーグルっていうパンだよ。普通のパンと違って、焼く前に茹でるの」
「へぇ、茹でるだけでこんなに食感が変わるんだな」
メロディちゃんもテオくんも、口の端にチョコレートを付けたまま、美味しそうにパンを食んでいる。皆が美味しそうに食べてるのを見て、私が作った物ではないけれど、それでもとても幸せな気持ちになった。
「メロ、このチョココロロ? 大好き!」
「ぼくも! このパン大好き!」
「そっか、良かった! おかわりが欲しかったら言ってね!」
エビのビスクも、濃厚で美味しいし、朝からとても幸せだなぁ。
そう思いながら、最後のひとかけらを口に放り込んで噛んでいると、テントの外が何やら騒がしくなっている事に気付く。
何だろう? 揉めてる訳ではなさそうだけど。
不思議に思っていると、バージルとグレンも気になったのか、ベーグルを銜えながらテントから顔だけ出して外を覗く。
私も四つん這いでテントから顔を出すと、街の入り口の辺りに人が集まっているのが見えた。
後ろからついてきたメロディちゃんとテオくんも、そっとテントから顔を出す。
「どうしたんだろう?」
「揉めてる訳じゃ無さそうだが……」
「何か、聖女とか勇者とか聞こえんな」
「ああ、オリーヴァー教の勧誘か……」
そう言うと、バージルは興味が無さそうにテントの中に戻っていった。
見た事が無いくらい淡泊で、少し驚いた。
グレンは少し興味があるのか、角の横にある耳をひょこひょこと動かしながら、遠くの会話を聞き取ろうとしていた。
私も、興味はあるけれど、オリーヴァー教と聞いて嫌な気持ちになった為、大人しくテントに戻る。
「トゥインドルからわざわざ勧誘に来たのかな?」
「豊穣祭前に、各村や街に司祭が出向いてるな。昨日トゥインドルで発表があった筈だから、それに合わせて今日発表したんだろう」
「でも、他の種族を奴隷にしてもいいなんて言ってるのに、よく脅されたりしないね?」
「護衛が付いてるからな。後、司祭は貴族じゃないとなれないから、手を出したら問題になる」
バージルの話を聞きながら、私は一緒に召喚された2人の事を思い出す。
どちらも大人しそうな外見をしていたけど、他種族を見下して奴隷にしてるようなところで上手くやっているのだろうか。
でも、女の人の方にはちょっと馬鹿にするような事言われたしなぁ。
少しモヤモヤした物を抱えていると、渋い顔をしたグレンがテントに戻って来た。
「何か、勧誘じゃないみたいだぜ」
「え?」
「どういう事だ?」
「いや、勧誘もしてるみたいなんだけどよ、何か、勇者が魔族討伐の為に魔大陸に向かうから、パーティーメンバーを、種族を問わず探してるってよ。トゥインドルに集まってくれとか言ってたぜ」
「……どういう事だ?」
グレンの言葉に、疑問が深まったのか、バージルは同じ質問を繰り返す。同じ言葉だけど、質問の意味は違うんだろうなぁ。
私は、魔族ってバージルが前に言ってたやつだっけ? と、思い返していた。
トゥインドルからディヴォチュアリに向かう馬車の中で、バージルが話してた気がする。
魔族の国、シュテルトローンだっけ?
思い返してみたら、その話をしてる時、初めてバージルにときめいた気がするけど、その頃にはもう好きになっていたんだろうか……。
余計な事まで思い出してしまったので、慌てて首を振って考えを打ち消した。
「知らねぇよ。魔族って、魔物を使役して俺等を襲わせてるとかいうアレだろ?」
「そういう風に聞いているな」
「前にバージルが言ってたシュテルトローンってところが、魔大陸?」
「ああ、どこにあるかは知らないが、シュテルトローンを魔大陸と呼ぶんだ」
私の質問に、バージルは頷いて答えてくれる
冒険者歴の長いバージルも、行った事がない、どこにあるか分からないような場所に行けるんだろうか。オリーヴァー教の人達は、魔大陸がどこにあるか知ってるのかな?
疑問ばかりが浮かんでくるけれど、グレンが渋い顔を見せていた理由もよく分からない。
魔物を操ってるなら、倒せるに越した事は無いんじゃないかな。違うのかな。
「オリーヴァー教の人達は、魔大陸がどこにあるか知ってるのかな?」
「あんだけ自信満々に魔大陸に行くっつってんなら、知ってんじゃねぇのか?つうか、そもそも魔物が襲ってくるのは、別に魔族のせいじゃねぇ気がすんだけどな。そもそも人間以外の奴集めたって、どうせ奴隷扱いなんだろ、誰も集まらねぇって」
「そうだな。ただ、少し気になる。今までの英雄達の時にはそんな話は無かったし」
「不思議だね? そんなに強いのかな……」
スキルは強いみたいだけど、使いこなせなければ戦いで命を落としてしまうかも知れないのに、自分達から撃って出るくらい、スキルを使いこなしているのかも知れない。
まだ1月しか経ってないのに、もうそんなにスキルを使いこなしているなら、凄く努力をしているのかも。憶測だけでああだこうだ言うのは、頑張ってる人には失礼だろう。
「チエ」
何度か首を傾げながらそう考えていると、バージルに声を掛けられたので視線を上げた。
真剣な顔をしたバージルと目が合って、胸が大きく一度跳ねる。
「大丈夫か?」
「え、あ……うん、大丈夫だよ!」
私が気にしてるかもと思ったのかな。
優しい声で、そう尋ねてくれたバージルに、精一杯の笑みを返す。
確かに嫌な思いはしたけど、追い出されてないとバージルに会ってないもんね。
あの時間、あの場所で追い出されて無ければ、あの姉弟とも会わずに、草屋根の宿に泊まってなかった。そうしたら、バージルにだって出会えていない筈だから、今はオリーヴァー教から追い出された事に少しだけ感謝してもいいかも。
きっと、あのままオリーヴァー教に居ても、奴隷を見て気が沈んでいたと思う。
「まぁ、気にする事は無いだろ。俺達には関係が無い事だしな」
「んだな」
「そういえば、魔族って誰も見た事が無いの?」
「どうだろうな、そういう文献は見た事が無いな」
「俺も知らねぇ」
「じゃあ、良い人なのか悪い人なのかも、分からないんだね」
私の言葉に、バージルもグレンも頷いてくれた。
どんな相手か分からない以上、気を抜かないようにしないと。でも、誰も会った事が無いなら、居るかどうかも分からないんだよね。
居るかどうかすらも分からない相手を警戒するのもなぁ。どうなんだろう。
そう思いながらも、皆が食べ終わったお皿やコップを片付けて行く。
「まぁ、ここで俺達が考えても仕方無いし、今は祭りを楽しもう」
「そうだね。今日はトーナメントの本選を見に行くんだっけ?」
「ああ。なるべく早く出て、いい場所を取らないとな」
「じゃあ、私先にコップとか洗ってくるから、皆準備しといてくれる?」
「メロも一緒に行く!」
「ありがとう。じゃあ、一緒に行こっか」
メロディちゃんが手伝ってくれるとの事だったので、コップやマグカップを布の切れ端で拭ってから、メロディちゃんと川に向かって歩き出す。
川をあんまり汚したくないよね。人間以外も住んでるし。綺麗な川だから飲み水にしてる生き物だって居る筈だ。
洗い物を済ませてテントに戻ると、もう皆準備が出来ていたので、トーナメントの説明をバージルに受けながら、皆で会場まで歩き出した。




