第三十六話 豊穣祭1日目前編
「宿、やっぱり駄目だったなぁ……」
プレミリューの宿屋を全部回った私達は、街の入り口で大きな溜息を吐いた。
早朝から宿を探したけど、前日入りする人達が多くて、結局どこも空いていなかったからだ。
あとは外泊をするか、善良そうな人に家を借りるかになるけれど、中々大人3人、子供2人が泊まれるような民家もない。野宿するしかなさそうだ。
野宿だと、お店でテイクアウトしたりとか、祭りに合わせて出店される屋台で買って食べるか、の2択になる事が多いらしい。
作っても構わないけれど、わざわざ自分から目立つ事をする必要もないので、今回は止めておこうという話になったので、のんびりと豊穣祭を楽しもうと思う。
誰かと揉めたい訳でもないしね。
「そのうち外も人で溢れかえるし、早いうちにテントの場所を取っておこう」
「んだな。なるべく近い方がいいな」
バージルのその言葉に、皆頷いてから街の外に向けて歩き出した。
祭りに合わせて警備が増えるという話だけど、やっぱり街に近い方が人目に付きやすいから安心感がある。
メロディちゃんとテオくんは目を輝かせて周りを見渡してるし、迷子にならないように2人の手をしっかりと握っておく。まだ祭りは始まってないのに、歩くのが大変なくらいの人通りがあるからだ。
エルフや獣人だけでなく、冒険者のような人や、護衛をつけた貴族のような人も見かけるので、国境の街だし色んな人が見物に訪れるのかもしれない。
既に迷子になったのか、泣いている子供の相手をしている警備の兵士の姿も見える。
こんな人込みではぐれてしまったら、探し出すのも大変だろう。
迷子センターとかあるのかな? と、疑問に思っていると、何度も後ろを振り返りながらも、しっかりと人を避けて歩いているバージルが声を掛けてきた。
「危ないからはぐれるんじゃないぞ」
「はーい!」
「ちゃんと手を繋いでおこうね」
「うん!」
両手でしっかりと私の手を握り返してくれる2人に、思わず顔が崩れてしまう。
私、絶対この手を離さないからね! 人に押されそうになるのを、2人を誘導しながら避けていく。
満員電車に比べれば、動けるだけで天国みたいなものだしね……。
ただ、私もお祭りには興味があるので、思わず飾り付けられた大通りをきょろきょろと見回してしまう。久しぶりのお祭りが異世界だもんね。興味が湧いて仕方がない。
辺りを見渡していると、5人で集まって駆けて行く子供達を見かける。
子供だけでも参加できるくらい、平和なお祭りなのかな?
そう思って更に見渡してみるけれど、子供だけで集まってるのは人間の子供ばかりで、エルフや獣人の子供は親と一緒に居るばかりで、子供だけでは参加してなかった。
「ねぇ、バージル」
「どうした?」
「子供だけで参加してるのが人間だけなのは、攫われちゃうから?」
「ああ、人通りが多いところは安全でも、裏路地は危ないからな。皆気を付けるんだぞ」
ああ、やっぱり攫われちゃうからなんだ……。
こういう時くらい、嫌な事が無ければいいのにな。こんなに綺麗なのに。
派手な色の鳥の羽や、白で統一された花で編まれた飾りの中を、笑顔で歩いてる人が居る裏で、誘拐される事もあるんだ。
嫌だな、と思いながらも、こんな人込みでははぐれるなと言う方が難しいかもしれない。
今の内に集合場所を決めておいた方がいいかと思って、続けるようにバージルに話しかけた。
「じゃあ、こういう所ではぐれちゃったら、どうしたらいいのかな?」
「迷子が居た場合は、巡回兵が詰め所で預かる事になってるな」
「迷子センターあるんだ……」
思わず、そう呟いてしまった。
はぐれたら此処で集合ね! とかではなく、巡回の兵士や、市民が協力して迷子を詰め所で預かってくれるらしい。迎えに行って、お互いに確認が取れれば引き渡しを行うらしい。
そうだよね、家族じゃないのに家族だって迎えに来て実は……。とか、あるかも知れないし。
巡回兵が預かってくれるっていうのは、預かるは大変だけど、身の安全を守るという点ではとても心強い。
「兵士の詰め所って、あのでっけぇ建物か?」
グレンが指差す方を見ると、木々が溢れる街の一か所に、白い石で組まれた大きな建物が見えた。目立たせる為か、一番派手に飾られているその建物からは、忙しそうな兵士が何人も出入りしている。
「ああ、あれが詰め所だな。詰め所には盾の看板がついてるから目印になるぞ」
「目印……?」
「商業ギルドは秤、魔導ギルドは炎、冒険者ギルドは剣みたいに、字が読めなくても分かるように、主要な建物には看板がついてるんだ」
「そうなんだ、商業ギルド以外見た事なかった……」
「宿屋はベッド、食料品店はリンゴ、武器屋は槍と弓、防具屋は鎧、道具屋はポーション瓶とかな」
バージルにそう言われて辺りをもう一度見渡してみると、確かに店の入り口には看板が設置されていた。これを見れば、買い物の時も困らずに済むんだ!
ポーションというのは見た事がないけど、フラスコの様な形の看板があったので、きっとあそこが道具屋なのかな?
教えてもらった事を飲み込むように、辺りを見渡している私の横で、メロディちゃんとテオくんは準備中の屋台に目を奪われていた。
確かに、朝ご飯は食べたけど、お肉が焼ける匂いや、何かのスープの匂いはお腹がすく気がする……。
「お昼になったら、いっぱい食べようね」
「うん! ぼくシープの串焼きがいいな!」
「メロは、ビッグマーモット!」
人はもっと増えそうだし、昼食は早く済ませた方がいいのかな? それとも、どこかに座って食べられる場所があるのだろうか。
初めてのお祭りにソワソワと逸るした気持ちを抑えられず、落ち着きがないまま街の入り口まで歩いてくると、入り口から見えるところにもテントがもう既に建ち始めていた。
やっぱり皆近い方がいいよね。
考える事は同じだったようで、警備員の指示に従いながらテントを建てているのは、冒険者のような風貌の人が多い。
「全部、冒険者の人達のテントなのかな?」
「どうだろうな。この時期は護衛や設営の仕事も多いからな」
「ああ、人のテントを金貰って組み立ててんのか」
ざっと数えただけで30以上のテントが建てられている。
私達も早くテントの場所取りしないとなぁ。そう思って辺りを見渡していると、バージルと同じように剣を腰に挿し、盾を背中に担いだ男性がこちらに気付いて近付いてくるのが見えた。
珍しく露骨に顔を顰めたバージルは、私と子供達を庇うように前に立つ。
バージル、こんな顔をするなんて珍しいな。普段は優しい顔が多いのに。
不思議に思いながらもその男性に視線を向けると、ばっちり視線がかみ合ってしまう。
逸らすのも失礼かと思って、そのまま困っていると、男性は鼻で笑ってバージルへと視線を逸らすと口を開いた。
「噂の”フェイト”の副マスターが何故こんなところに? そいつらもご自慢の脱走奴隷か?」
男性のその言葉に、メロディちゃんとテオくんの手に力が入る。
いくら保護されてると言っても、ここにはバージルとグレンしか居ない。多勢に無勢で押し切られて、奴隷商のところに戻される事があるかもしれない。
グレンも不快そうに顔を歪めているけれど、バージルの背中に居る私でも怒ってると気付くくらい、バージルは機嫌が悪そうな声色で返事をした。
「マシュー、俺が嫌いならそれで構わないが、他人に絡むのは止めろ」
「何で”ノーブル・キングダム”の副クランマスターの僕が、奴隷しか相手に出来ないクランの副マスターを嫌うと? 自意識過剰なんじゃないのか?」
嫌味を言っているのは、マシューさん、というらしい。
”ノーブル・キングダム”という名前を聞いて、グレンは更に顔を顰めた。名前を知っていたらしい。
いつでも武器が取りだせるようにか、グレンの手がマチェットにかかる。
私は、よく知らない相手からいきなり罵倒されるという経験がないので、どうしていいのかわからずに、メロディちゃんとテオくんを後ろに隠して、手を握り直した。
「そこのエルフの子供も、角折れ獣人も大した値段も付かないだろうに、よく身を挺して庇う気になるね。全く、君の悪趣味に付き合わされる、僕達のような崇高な貴族の気持ちを考えた事があるかい?」
よく回る口だなぁ。
知らない人にいきなりそんな事を言われれば不快にもなる。
グレンやメロディちゃん、テオくんがどんな相手かも知らない癖に。
私がムッとしたところで、更に追撃がくる。
「その平凡そうな女だって、若いという以外に特に価値もないだろう? 鈍くさそうだし」
確かに、平凡だし、鈍くさいけど、流石にひどくないだろうか。
この人は私の何を知ってるんだろう。初対面なのに。
どうしようかと思っていると、何かがバージルの怒りに触れたのか、その場の空気が一瞬で重くなった。
「失せろ。目障りだ」
「……くっ、いいさ。僕は君達に構ってる程暇じゃないからね。今日もこれから護衛の仕事なんだ! 失礼するよ!」
バージルの強い言葉に、大きく身体を震わせたマシューさんは、震える声でそういうと街の中に入っていく。その後ろを、同じクランメンバーのような冒険者の人達が、彼を追うようについて行った。
何人かは、バージルに対して頭を下げるような仕草も見える。
仲が、悪いんだろうか。でも、それなら頭を下げるのはおかしいよね?
そう思って、恐る恐るバージルのマントを引っ張ると、バージルが振り返った。
けれど、いつもの様な優しい顔で、申し訳無さそうな苦笑いを浮かべている。
「吃驚させただろ? 悪かったな」
「ううん、それはいいんだけど。あの人達は?」
「”ノーブル・キングダム”か? 継承権のない貴族の冒険者ごっこ、だな。自分の家の私兵に魔物を討伐させて、ランクを上げてる。冒険者ギルドに多額の寄付もしているから、大きな顔をしてるんだ」
「噂では俺も知ってんな。冒険者になっても、貴族のルールを他人に押し付けて嫌われてんだってな」
「まぁ、他の冒険者との揉め事は多いな……」
高貴な王国とは、よく自分で言えたなぁ。
私はそこに着目してしまう。プライドも高そうだったし、あんまり関わり合いになりたくない人種だ。
ふぅ、と大きな溜息を吐いたバージルは、気持ちを切り替えるように全員の顔を見渡すと、奴隷と言われた為か、元気が無くなってしまったメロディちゃんとテオくんの頭を優しく撫でる。
「あいつの言った事は気にするな。ちゃんと守ってやるからな」
「うん……。メロのせいで嫌な事言われて、ごめんね」
「気にするな。いつも絡んでくるから今更だしな。メロとテオのせいじゃないさ」
「バージル兄ちゃん、ありがとう!」
「つうか何だよあのボンボン。盾にも鎧にも一切傷もねぇし、まじで戦った事無ぇんじゃね?」
「だろうな。あいつ、装備はいいんだが、めちゃくちゃ弱いぞ」
何かを思い出したのか、バージルが思い出し笑いをしていた。
「昔、決闘を挑まれたんだが、開始早々転んで骨折してたからな」
「あー……」
グレンは何も言わないけれど、顔全体で「あいつならやりそうだ」と語っている。
その一件で嫌われたのかな? でも、決闘してる時点で嫌ってるよね?
バージルとマシューさんの謎の関係に、首を傾げてしまう。
「ほら、あいつ等はもういいだろ。テントの場所を探そう」
「そうだね、早くしないと場所無くなっちゃうし」
「テントを設営したら、パレードを見る場所も探さないとな」
「パレード?」
「ああ。豊穣の神ソルランドを模した神輿と、楽器の演奏を行う騎馬隊のパレードだ」
街の入り口に立っている兵士の人に、近場にテントを建てると伝えると、木札を3枚渡してくれた。
1つは、設営したテントにぶらさげておくための物で、もう1つはテントのおおよその位置を人数を兵士の人に伝える時に渡す物、もう1つは自分達で保管しておいて、人のテントと間違えないようにするための物らしい。
代表してバージルに木札を持っててもらっている。
豊穣の神ソルランドさんなんて、あそこに居たかな?
いや、居なかったよね。不思議に思ったけど、あそこに全部の神様が居た訳じゃないかもしれないので、何も言わずに話の続きを促した。
架空の神様なのか、あそこ以外にも神様が居るところがあるのかは、私には分からないけれど、ソルランドに扮した人を乗せた神輿と一緒に、騎馬隊が大通りを練り歩くと祭りがスタートするらしい。
どこの地域でも、祭りのスタートは必ずこれから始まって、あとは地域の特色によって祭りの内容が変わってくるとバージルが説明をしてくれた。
獣人の国トワイランドでは、パレードの後に家畜コンテストと、武力を競うトーナメントがあるそうで、コンテストで優勝すれば1年は作物や家畜などが飛ぶように売れて、トーナメントでいい成績を残すと、各部族の族長の護衛に選ばれたりする。
エルフの国フルールブランシュでは、弓の腕前を競う遠的や、自然魔法で造られたアスレチック、一番大きな獲物を獲ってきた人が優勝する狩りのコンテストなんかが多いらしい。
プレミリューは国境の街という事で、トーナメントと遠的が今日予選、明日本選で行われる。
前回泊った宿の近くにアスレチックもある筈との事を聞いて、メロディちゃんとテオくんは嬉しそうな顔を浮かべた。
「メロ、大きな街のお祭り、初めて! あとでアスレチック見に行きたいな」
「ああ、後で遊びに行こうか」
「やったー!!」
「俺は、トーナメントが見てぇな……」
「ああ、予選は今日の午前からずっと行われるぞ。本選は明日の午後からだ」
「本選だけでいいな」
「チエは、何か見てみたい物はあるか?」
テントの間を縫うように5人で歩きながら、見てみたい物や、やってみたい事の希望を口にする。
バージルにそう尋ねられて、私は、見たい物何かあるかな? と、考えてみたけれど、結局ハーブや調味料しか思い浮かばなかった。
でも、わざわざ祭りで見なくてもいいような気もするけど……。
調理関係しか思い浮かばなかったので、思わず苦笑いをしてしまう。
「そうだねぇ。時間がある時に調味料とか、ハーブとか、ジェラルドとケイタさんのお土産を見てみたいかな?」
「じゃあ、明日の午前中にでも見に行くか」
「お、この辺いいんじゃねぇか?」
「そうだな、じゃあここにテントを設営しようか」
街の入り口から300mくらいの場所に、小川を見付けたので、そこにテントを張る事になった。
周りにテントはチラホラあるけれど、冒険者にテントを設営してもらった一般の人といった無害そうな人達ばかりだったので安心する。さっきの人達、あんまり近くに居ても嫌だしね。
作業自体はすぐに完了してしまったので、また歩いて街に戻る事にする。
他人にテントを盗られないか心配になったけど、巡回兵の人が怪しいと思ったら木札の確認をしてくれるそうだ。
悪い事しようとする人は、怪しいからすぐにバレると、バージルは笑いながら教えてくれた。
街の入り口で、兵士の人にテントの場所と木札を渡した後、バージルが全員に声を掛ける。
「はぐれたら、詰め所まで集合。裏路地には入らない。知らない人についていかない。これだけは守ってくれよ」
「おう」
「はーい!」
「分かった!」
「はい!」
皆で元気良く返事をする。せっかくのお祭りなんだし、楽しまないと!
そう意気込んでいると、バージルが私の頭を撫でる。
不思議に思ってバージルの顔を見上げると、悲しそうな顔をしたバージルと目が合った。
「うん?」
何でそんな顔をしてるんだろう? 私何かした?
そう思って口を開こうとすると、バージルは私より先に口を開いた。
「チエは、鈍くさくないからな」
「え?」
「若いだけじゃない」
「う、うん……?」
「料理は美味いし、いつも頑張ってる。人に文句も言わない」
何故か、いきなり公開処刑が始まった。
あ、これさっきの出来事を慰めてくれてるんだ……?
そう思ったけど、褒められ慣れてないせいか、一気に顔が赤くなってしまい思わず俯いてしまう。
俯いた私に、バージルはやっぱり傷付いてたと思ったのか、更に追撃をしてくる。
「他人の為に心を痛める優しさもあるし、人の事ばかり心配してる」
「バージル、わかった、分かったから……」
「それに、その……なんだ」
「うん、ありがとうバージル、すごい気持ちは伝わったから……」
「俺は、可愛いと思うぞ」
ヒュウと、誰かの口笛のような音が聞こえた。
確かに言われた事にちょっとは傷付いたけど、この公開処刑も別の意味で辛い。
慰める為に言われたと分かってる可愛い、という言葉に、期待してしまうのも辛かった。
「た、たくさん褒めてくれて、ありがとう。バージルのお陰で楽になったよ」
現在進行形で公開処刑の真っ最中だけども。
慰めようと思ってくれた気持ちは、すごく嬉しい。
「こ、ここに居ると、道塞いじゃうし、行かないと! ね!」
挙動不審になりながら、出来るだけ周りを見ないように皆に声をかけた。
周りに居る兵士の人や、一般の人がニヤニヤしてるのが雰囲気で伝わってくる。
気持ちが通じたのか、口元を隠したバージルが視線を逸らした。恥ずかしい事に気付いたのかもしれない。
「確かにそうだな。じゃあ行こうか」
すごく自然に左手を掴まれて、更に心臓がバクバクし始める。
何だろう、私今日このまま死ぬんだろうか。
いきなり罵倒されたけど、バージルに可愛いとか言われたし、結果良い事しか起きてない気がする。
いい笑顔のメロディちゃんに右手を繋がれながら、私は震える足で場所取りに歩き出した。




