第三十二話 閑話 ~オリーヴァー神聖国教皇 モーガン・サムソン・クロックフォード~
暴力表現があります。胸糞注意。
「もうすぐ、豊穣祭だな」
私邸のリビングで、私が誰に話しかける訳でもなく発した言葉に、奴隷の獣人が肩を跳ねさせる。
それに腹が立って、飲んでいたワインのグラスを投げつけた。
奴隷にぶつかって割れたグレスは、肌を切り裂いて血が滴り落ちていく。
ああ、この絨毯は遠い海の向こうから仕入れた高級品だと言うのに。それを汚すなんて。忌々しい獣の分際で。
顔を押さえて蹲る獣人の髪を掴んで、床に散らばるガラスの上へ叩きつけた。
「お、お許しくださ、い……」
「この絨毯は、替えの利くお前と違って高価な物なんだぞ!」
「か、片付けます、片付けさせて下さい……!」
「お前の獣臭い血の臭いは洗っても取れないだろう! ふざけるな!」
これは、獣に対する躾だ。
どちらの方が上なのか、ハッキリと覚えさせなくてはいけない。
私は、エルフの奴隷は持たない。あれは躾をするとすぐに弱って死んでしまう。
長命だと言う理由で高く売り買いされているが、あんなに脆くては不良品と変わらん。
その分、獣はとても頑丈だ。多少殴る蹴るの躾を行っても、1週間餌を取り上げても余程死んだりはしない。
反抗的な目を向けてくる獣を、足で踏みつける。私は、教皇だぞ。何だその目は。
オリーヴァー神聖国という大国で、最も権力と富を持っている!
他の国も一目置いて接してくる、この大国の主に対する態度ではない!
何度も何度も拳を振り下ろす。忌々しい。反抗的な目を向けてくるなんて!
気の済むまで、獣に躾を行ってから、私は椅子へと腰掛けた。
興奮したせいか、息が切れる。
指輪についた獣の血を布で拭った後、呻き声を上げて動かない獣を睨みつけた。
「その獣を檻に入れて、早くここを片付けろ!!」
傍に控えていた何匹もの獣が、私の言葉に怯えて動き出す。
何が、人間よりも身体能力が高いんだ。こんな怯えた獣の、一体何が。
ふぅ、と息を吐いて、葉巻を取り出した。
椅子の後ろに控えている執事が、それに火を点ける。
これも奴隷として買った人間の雄だが、やはり知性の低い獣とは違うな。
私は満足して、煙を口に含んで味わう。
豊穣祭で、異世界から召喚したあの2人のお披露目がある。
500年前から教皇にのみ伝えられる、神との交信と、異世界召喚の方法。
門外不出のその秘儀は、口頭でのみ継承されてきた。
私はまだ56歳。あの異世界の者達が役に立てば、それだけで私の任期も延びる。
あれは役に立つのだろうかと、私は異世界の者の事を思い出す。
女はなんと言ったか。
確か、伊東縁。22歳だと言っていた。
自分に自信が無いのかすぐに謝り、俯いて人と視線が合わせられない。
口から出てくる言葉は常に謝罪から始まる。一緒に居ると腹立たしくて敵わなかった。
気が弱く、自分の意見を人に伝えられず、何かに怯えて過ごしていたが……。
そんな役立たず、私が相手をするまでもない。
部下に、壊れかけていた自尊心を埋めるように、お前は特別で選ばれた人間だと、何度も何度も言い聞かせるよう命じたが、今まで満たされる事の無かった自尊心を埋めるように、感情が暴走していると報告があった。
様子を見に行くと、そこに居たのはもう気の弱かった女ではなく、自分の立場を利用して欲しい言葉を言わせ、立場が低い者に対して、どちらが強者が言い包め恥をかかせる。
男を侍らせて、立場を利用して関係を迫っていく。そして、飽きたら捨てて次を探す。
醜い馬鹿な女が出来上がっていた。
よくも1月でここまで馬鹿になれたものだな。溜息を吐くしかない。
男の方は、宮川晴彦。17歳。
身体検査で、体中に殴られた痣や、煙草の火を押し付けられたような痕があると報告があり、わざわざ私が出向き優しく訊ねると、同じ年頃の男女に寄って集って虐められていたと、情けない事を言い出した。
こんな者が勇者になんてなれるものか。精々使い捨ての駒だろう。
私は、教えられた通りに召喚したのに。何故失敗したのかと、少しだけオリーヴァー神を恨んだ。
しかし、こちらは馬鹿女と違って、時間が経つと見所が出て来た。
自分は凄い、何でも出来ると言う万能感に包まれ、猫背だった姿勢は伸び、魔法の訓練も怠らない。
人間と獣をきちんと区別し、躾を行う事が出来る。
人間には優しく、まさしく勇者のようなオーラを身に纏い、人の話を聞いて、自分と意見が違っても、臆する事なく意見を言う事が出来るようになった。
ただ、エルフの女、特に子供が好きなようで、夜の相手はもっぱらエルフの子供なのはどうかと思うが。
まぁ、このままこの男が1年生き残るのであれば、私の娘と結婚させればいい。
跡継ぎを作れば、私の地位は更に安定し、仮に教皇を降りたとしても異世界英雄の義父として政治に口も出せるだろう。
男が生まれれば、好きなだけエルフを集めてハーレムを作らせてもいい。
私にも息子が3人、娘が2人居るが、息子の内次男と三男は全く役に立たないであろう事は容易に想像出来る。
次男は、奴隷の獣と交尾をし、孕ませ連れて逃げた。獣を孕ませるなんて。汚らわしい!!
親子の縁を切り、もうどこに居るかは知らぬ。獣と共に野垂れ死ねばいいのだ。
三男も勝手に家を飛び出したまま帰って来ない。どこで何をしているのやら。あれは正妻に似て、顔だけはいいので男娼にでもなっているのかもしれぬ。
長男は、オリーヴァー教の熱心な信者だが、些か頭と身体が弱い。娘2人もオリーヴァー教の信者で、何度か私邸で夕食を共にした英雄に頬を染めていたので、結婚に反対はせんだろう。
立ち上がって、窓から教会を見る。
豊穣祭の為に飾られた、美しき私だけの城。
明後日の豊穣祭で、教会のバルコニーからこの2人を世界中へ紹介するのだ。
教皇である! この私が!
「観衆の中、喝采を浴びながら、英雄を紹介するのだ……。教皇として!」
笑いが止まらない。
この、世界で私だけだという、特別さ。優越感に満たされる。
前の教皇に無実の罪を被せて排し、信者達に救済という名目で金をばら撒いた甲斐があるというものだ。
思い出すだけで歓喜に震える。
罪を知らぬと言い張る、あの愚鈍な爺を追い詰めていく快感。
1つずつ罪状と証拠を突き付ける内に、震えが止まらなくなる爺と、それを疑惑の目で見る司祭達。そして、それを突き止めた私に対する羨望の眼差し!
「はぁ……」
興奮を抑えるように息を吐く。
勃起した物を教皇服の袖で隠しながら、私は立ち上がった。
教皇のみが知る事が出来るヘレトピアの真実。
ヘレトピアの創造神は、オリーヴァー神ではなく、グースヒルシュ神である事。
異世界の英雄の召喚方法を教皇に教えたのは、グースヒルシュ神自身であり、グースヒルシュ神は人間の繁栄を望んでいる事。オリーヴァー神は只の信託を下すための存在でしかない事。
何故そんな事をしているかは知らないが、神も私にとっては只の踏み台でしかない。
私が、人間だけが栄える世界を作っていくのだ。オリーヴァー神聖国の教皇として。
自分の考えに悦に浸っていると、ふと思い出した。
そう言えば、もう1人居たな。異世界からの召喚者。使え無さそうな女を1人追い出したぞ。
金貨10枚なんていう子供の小遣いにもならんような金額で追い出したが、街ではそのような噂は一切聞かく事はないので、どこかに逃げたのか、死んだのか。まぁ死んだんだろうな。
全く戦闘スキルを持っていなかった、役立たずの顔を思い出そうとする。
しかし、顔が思い出せなかった為、すぐに思考から消した。
考えるだけ無駄だ。特徴のない顔をした異世界人。見分けがつかん。
「教皇様、オキュレイド帝国第三皇子ノエル・エルムズ・オキュレイド様が面会にお見えになりました」
「叱られに来るとは殊勝だな。しかし末っ子ではないか……。まぁ良い、通せ」
オキュレイド帝国と銘打っては居るが、オリーヴァー神聖国の属国でしかない。
奴隷を売った金額の30%はオリーヴァー神聖国に流れてきている。
その分、商業ギルドに噛ませて、他国から巻き上げた税金をオキュレイド帝国に流してやっているのだから、向こうに損もない筈だ。
前年度の奴隷の売上金が、24%しか無かった事を書面に認め苦情を申し出たので、皇子が出てきているのならば、きっとその謝罪だろう。
第三皇子、というのが気に入らないが。第三皇子なのに皇位継承権が12位という微妙な位置付け。
母親が、奴隷だったエルフのせいだろう。
現皇帝、トリスタン・アーロン・オキュレイドを思い出す。
好色家で、正妻1人、妾が10人、子供が15人。
呆れて、物が言えない。只の助平爺ではないか。
貴族が妾を持つ事は珍しくない。私にだって居るが、流石に多すぎるのではないのか。
椅子に座って待っていると、執事に連れられて第三皇子が室内へとやってくる。
恐ろしく整った顔立ち。エルフとの子供だが、中性的な感じは一切見当たらない。
美しい男の顔だった。一種の彫刻のようにも見える。
透き通りそうな程に美しい、金糸のような艶やかな髪は、輝きを主張しながら腰まで伸びていた。
エルフだから髪に魔力でも宿っているのだろうか。その為に伸ばしているのかも知れない。
漆黒に輝く甲冑に身を包み、ぴくりと動く事もない表情は、出来の良い人形のようだ。
「お時間を頂いて有難う御座います。オキュレイド帝国第三皇子ノエル・エルムズ・オキュレイドと申します」
「よく来てくれたね。私はモーガン・サムソン・クロックフォード。教皇になってからオキュレイド帝国の方とお会いするのは初めてですな」
「ええ。此度は支払いの事でご相談がありまして、教皇様にお目通りを、と思いまして」
「まぁ、お掛け下さい。おい、客人に茶を出してくれるか」
声まで美しいのか。一種の芸術品だな。
身を持て余した貴夫人の玩具に良さそうだ。売ったら白金貨10枚は付くだろう。
値踏みをしてから、鼻で笑う。執事に持って来させる茶すら勿体ない。
相談? 値切り交渉だろう。馬鹿々々しい。
「それで、相談と言うのは?」
「最近、奴隷商が魔物に襲われる被害が増えており、売り上げが少し落ちております。残り6%の支払いを、2月程お待ち頂けないかと思いまして、相談に参りました」
「そんなに魔物に襲われているのですか? 痛ましいですね……。奴隷商に怪我はありませんか?」
「奴隷商も襲われて、少し数が減っております。国で発行する奴隷商の資格を、少し緩めてはいるのですが、爆発的に数が増えている訳ではありません」
痛ましい訳無いだろう。役立たずは死ねばいい。無能を生かして何になるんだ。
そう思いながらも、優しい言葉を掛ける。
奴隷商の売り上げは、私の国の軍事費に当てられているのだから。
値切らせる訳にはいかない。私が無能だと思われてしまう。
奴隷商の資格か。短剣にオキュレイド帝国の紋を刻んであるだけではないか。
金勘定が出来て、相手を生き物だと思わない冷酷さを持つ者に資格を発行しているだけだろう。
何が資格発行を緩めているだ。私を誰だと思っている。
「2月待って頂けたら、お約束通り6%の支払いと、利子として更に2%上乗せした8%をお支払いさせて頂きます」
「……そうですね、お困りの様ですし、良いでしょう。ただし、約束を違える事の無いよう」
「それは重々承知しております。教皇様の慈悲で寛大な措置を頂き、胸が震える思いです」
全く表情を変えずに、よくもまぁそんな事が言えたものだな!
しかし、私は教皇。この国で一番偉く、神の教えを説き、人を許す立場にあるのだ。
少しぐらいの無礼は見逃してやろう。
「この後はご予定はあるのですか?」
「ええ。豊穣祭に紛れて、プレミリューにある奴隷商の隠れ家を訪問し、様子を見て参ります」
「そうですか。大変でしょうが身体にはお気をつけて」
「お時間を頂き有難う御座いました。失礼致します」
最後まで無表情を貫いた第三皇子は、茶に手を付ける事もなく足早に立ち去って行った。
私は教皇だぞ! 失礼すぎるのではないか!?
近くにあったカップを掴んで、茶を片付ける為に入室してきた奴隷に投げつける。
どいつもいこいつも! 私の役に立ちそうもない!
腹を立たせるし、足を引っ張る無能しか居ないのか!!
温い茶を被った奴隷は、私の機嫌が悪い事に気付いたのか、顔に絶望を浮かべて震えた。
ああ、そうだ。獣はそうやって主人の顔色を伺っていればいい!!
引きずり倒して何度も足で踏みつける。
ああ、腹立たしい! 何で私が! どうして! こんなに苛つかねばならんのだ!!
新しい客人が訪ねてくるまで、私は獣の躾を続ける。
その場に居る誰もが、私の機嫌を損ねないよう、目を閉じ耳を塞ぐ事に優越感を覚えながら。




