第二十五話 閑話 ~ケイタ~
「ケイタ、いいお土産があるんだ」
オリーヴァー教を調べに行かせたら、全然帰って来ないバージルが心配になって探索を出そうかと思ってた時。アンニュイな顔をしたバージルが帰ってきて、そう言いながら俺に差し出した物。
梅干しおにぎり、味噌汁、ゴールデンホーンブルの焼肉のタレ焼き。
何で!? 食うけど!! どうして!? 俺が! これを! 求めていると!!
「好き……結婚しよ……?」
「絶対に嫌だ」
バージルから帰ってこない間に何があったのか聞くと、日本人を見付けたのに! しかもすげぇスキルがあんのに! 俺の醤油と味噌を! 秘境に置いてきたとかバカじゃねぇのかと思う事を話し始めた。
でも話を聞いている内に、段々俺は恥ずかしくて死にそうになっていく。
あれ、バージルって……、え? なにこの蕩けるような笑顔……。気持ち悪い……。
ねぇ、好きなんでしょ? そのチエさんって人大好きなんでしょ?
話してる時の表情に出るくらい感情が駄々洩れのバージルなんて珍しい。
普段から特別冷たい訳ではないし、皆に優しいけど、もう一歩踏み込ませないというか、誰にでも距離があるというか。仲間は大事にするし、他人を思いやるけど、緩やかに拒絶をしている雰囲気があるのに。
そんなバージルが、たった1人の女の事を話すだけでこの蕩けるような表情。
チエさんの事を話してる時だけ、目元も崩れて少し皺が寄る。優しい顔だ。
俺が女だったらその顔だけできゅんとしてたかもしれない。
一体どんなモテテクを持った女なんだろうと思って話を聞いていたけど、あれが美味かった、これが美味かった、飯を褒めると可愛い笑顔で喜んだ……etcetc。
あれ、これ胃袋掴まれてるだけなのでは……。
「だからな、俺はその時チエの作ったミト汁を飲んで、味の違いに気付いたんだ。そしたらチエが」
「バージルはそのチエさんが死ぬ程好きなんだな……」
俺がそう呟いた途端、言葉に詰まって一気に真っ赤になるバージル。
え、なにそれ本当に気持ち悪いんだけど……。人間ってそんなに赤くなるの?
真っ赤になって口をパクパクさせているバージルが、昔学校で飼ってた金魚みたいで笑った。
ちなみに俺、飼育委員。
「え、マジで淡い恋心を抱いてたのにお別れしてきたの? 味噌と醤油を俺から取り上げるし、バージルってバカなんじゃないの?」
「う、うるさいな。大体俺はチエに好きだとか言う資格は……」
「あーもういいから! そういうのいいから! 34歳おっさんの甘酸っぺぇ恋の葛藤とかいらねぇから!」
バージルの甘酸っぱい恋の葛藤に俺の鳥肌がMAXでやばい。
自分以外の男2人と共同生活させるとか頭の螺子飛びまくってるし、好きなら一緒に居ればいいのに。
どうせクソ真面目にクランの責任が~とか仲間が~とか、くっだらねぇ事考えてるんだろうなぁ。俺に賛同してくれんのは嬉しいけど、それで縛り付ける気なんて無いのにな。
イケメンでリア充とかマジで消し飛べばいいのに。
バージルの作ったおにぎりと味噌汁とステーキは、普通に美味かった。
と言うか、美味すぎて一瞬で食いつくした。
もう調味料を俺に寄越してくれ。あ、俺が金を払ってチエさんに買ってもらえばいいのか。そうしよ。
バージルの心をガッチリ掴んだ手料理も食べてみたい。
「というか? 俺もそのチエさんに会ってみたいんだけど?」
「何故会わせなくては行けないんだ?」
「え、何その嫌そうな顔おかしくない? 仲間に向ける視線じゃないよね?」
「チエに何をするつもりだ」
「俺の信用無さ過ぎて笑うしかねぇんだけど」
人は恋をするとバカになるんだな。知ってたけど再確認する。
と言うか、俺異世界に召喚されて、初めてバージルに会ってさ? 結構これでも慕っててね? 兄貴とか居たらこんな感じなのかなぁとか思ってたこともあるのに、この態度。
流石に泣きそうだわ。泣かないけど。
「俺も!! 調味料が!! 欲しい!!」
「うるさいな。お前そんな性格だったか? 10年一緒に居て初めて見るんだが」
「バージルに! この! 味噌と醤油が傍にあるのに届かない俺の気持ちが分かってたまるものか!」
「ちょっとマスターうるさいんだけど!」
「あ、ごめんねぇリタちゃん、静かにするね」
扉の向こうから、脱走奴隷のリタちゃんにそう言われたので声のトーンを落とす。
めっちゃ可愛いうさ耳の獣人の子で、プリプリのお尻に丸い尻尾が愛らしい可愛い子だ。はっきり言って好きだ。結婚したい。
まぁ、リタちゃんはバージルにお熱なんですけど。
”優しいのに人を寄せ付けない感じがミステリアスでたまらないの!”とか言ってたけど、今のデレデレのバージルを見て幻滅して欲しい。それで俺と結婚しよ。
「俺との態度が違いすぎないか」
「お前が言うな」
本当におまいう案件だわ。
帰って来た時のあのアンニュイな顔で、また世の女性を虜にしたんだろうなぁこいつ。
本当に癪だけど、バージル居ないと秘境の場所が分からないし、話が本当なら俺は家にすら入れないので外でチエさんを出待ちするしか会う方法が無い。
同じ日本人同士意気投合して仲良くなってバージルを嫉妬させてやりたいけど、それにはまずバージルに連れていってもらうという最大の難関が待ち受けている。
「いや、でも真面目な話さ? 秘境暮らしが嫌になったら、ヴルエーラに来て貰ったりする可能性もあるし? 俺も会っといた方がいいんじゃないのか?」
「それならその時に会わせる」
「いやお前どんだけ俺の事信用してないんだよ。いい加減泣くぞ」
俺がそう言うと、バージルは俯いてモジモジし始めた。
え、何にそんなにモジモジしてんの? と思った俺に、バージルは視線を彷徨わせながらとんでもない事を言い出す。
「だって、嫌じゃないか」
「何が?」
「同じニホンジン同士で、チエがケイタを好きになったら嫌だ」
「もー! おっさんの恋バナで鳥肌が本当に凄い! 勘弁して下さい!!」
この日本人らしい醤油顔の俺と? イケメンのお前を並べて? 俺を好きになるとか、喧嘩売ってんのか? 一発本当にぶん殴ろうかと思ったけど、凄い真剣な顔をしていたので止めておく。
本当に好きなんだろうなぁ。心配の着眼点がおかしいけど。
男2人と3人暮らしとか、もっと疑問に思えよ。違うだろ。何でピンポイントで俺だけ狙ってくるんだ。
もう、決めた。取り敢えずチエさんに会いに行こう。
で、どんな子か確かめて、悪女じゃないならバージルの好きにしたらいい。
あと、秘境がどんな所か知りたい。ここ、塩が作れるけどちょっと危険が多いんだよね。
この間も塩作りの最中に、1人ハーピーに攫われかけたし。
本当はもっと安全な場所で働かせてやりたいけど、貴族とか奴隷商が嫌がって来ないの、こういう土地しか無いからなぁ……。秘境が安全なら、塩作りはそっちでしてもらう方が皆も安全なんじゃないのか。
一応、俺だって”フェイト”のマスターなんだ。仲間の事をちゃんと考えてる。
「そうだ、秘境に行こう」
「急にどうした?」
「伝わらないのは分かってたから俺は泣かない……。とにかく、バージルは休み無しになるけど、明日出発するからな!」
「いや、待ってくれ。どんな顔をしてチエに会ったらいいか分からないんだが!」
「もう俺の肌が限界だから止めて!」
そんなバージルを連れて、街道をひたすら早足で歩く。馬車に乗ってる時と野営の時以外ほぼ早足だ。
宿になんか泊まらない。行けるとこまで行って、アイテムボックスからテント出して杭を打って寝るだけ。それ以外は常に移動している。
バージルは野営の度に、味噌を見つめて溜息を吐いていた。
知らない奴が見たら、頭がおかしいんじゃないかと思われる行動だと思う。
事情を知ってる俺でも、お前の中のチエさんは味噌なのか? と思ったぐらいだ。
「チエと同じように作ってるのに、同じ味にならない……」
「そりゃあれでしょ。料理は愛情って言うし……」
「愛情……」
俺の言葉に、味噌を見つめるバージル。怖いから止めて欲しい。
普通に歩くと2週間以上かかる行程を1週間まで短縮して辿りついた秘境は、確かに秘境を呼ぶべき場所だった。10年各地を旅した俺が知らない景色が広がっている。
「バージル、早く魔導昇降機降ろしてくれない?」
理由は違うけど俺もバージルも、秘境に着くのが待ちきれ無さすぎて、プレミリューから半分くらいで野営をした後に、ここまで2時間でやって来た。夜中の2時に起きだしてソワソワしてるバージルのせいでめちゃくちゃ眠たい。
やってきたのはいいけど、今度は魔導昇降機の前でモジモジするバージル。
俺じゃ動かせないから早くしてほしい。雨降ってるんだけど。
それでも深呼吸したり、うろうろ歩き回ったり、本当に落ち着きがない。
何なの? 初恋なの?
ムカついたので、バージルの手を掴んで魔導昇降機に押し当てる。
魔導ギルドのグランドマスターの爺さんに、この状態で俺が魔力を流してもバージルの判定になって動作するってお茶目な感じで教えてもらったし。
魔力を流してみると、機械のような稼働音と共に昇降機が動き始める。
へ~、マジだったんだ。人に知られないようにしないと、手を盗むとかが流行りそう。
「ケイタ!!」
「いつもみたいにすりゃいいっしょ」
「だから、それがどんなだったか思い出してる途中だったんだ!」
憤慨するバージル。だけど気にせず流して置いた。
あのままだと2時間くらい雨の中佇む事になりそうだったし。
魔導昇降機から下を眺める。
ソーラーパネルのついた石造りの家。門や柵に金属が使われているせいで、貴族の別宅にも見えない事はないくらい立派だし、なかなかの広さの牧草地や畑が広がっていた。
「結構、しっかり作ってるんだな……良かった」
そう言って、優しい顔をするバージル。さっきまで憤慨してたのが嘘のような落ち着きっぷりだ。
逆に怖い。
なんて言って自己紹介しようかな、と考えながら魔導昇降機を降りて歩き出す。
段々雨足が強くなってきたし、早く家に入りたい。鎧が金属のせいで結構体温を奪われる。
考え事をしながら歩いていたせいか、門を潜ったバージルについて歩こうとしたせいで、思いっきり見えない壁に顔から突っ込んでしまった。
歯が折れるかと思ったんですけど……。
バージルに気付かれてない事だけが唯一の救いだ。バレてたら絶対後で弄られるわ。
もうチエさんしか見えないみたいで、顔を綻ばせているから俺の事なんて見てないけど。
でも、この見えない壁まじで安全なんじゃない? バージルが見てない隙に一瞬ドラゴンブレスをしてみたけど、焼けたり溶けたりすることもない。
玄関を開けて中に入っていったバージルの背中から、女性がチラッと見えた。
あれがチエさんか~大人しそうだな。後ろの羊の獣人はツンデレのグレンだっけか?
そんな事をぼんやり考えてると、バージルが俺に声を掛けて来た。
「ケイタ、もう入れるぞ!」
おっしゃ! 自己紹介タイム!
ここでガッチリチエさんに好印象を与えて、バージルを嫉妬させてやるんだ。
そう意気込んで俺は自己紹介をする。
「おー! ありがとうチエさん! 初めまして! 俺は榊 圭太28歳! 北海道出身の独身! 趣味は「ケイタ緊急事態だ、自己紹介は後にしてくれ!」
思い切りバージルに自己紹介を阻まれた。
だけど、緊急事態と言う言葉に、何かあったのかと玄関まで急いで行く事にした。
バージル嫉妬させてリア充爆発作戦はまた今度か。
少しだけ、残念な思いを抱えながら。




