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第二十一話 閑話 ~バージル~

「もう10年経つしそろそろだろ?」

「何がだ?」

「オリーヴァー教の異世界召喚」



 ケイタのその言葉に、10年前のトゥインドルでの事を思い出す。

 ガクランとかいう服を着たケイタがマルシェに泣きながら現れて、一人で俯いてた。

 もう10年経つのか。そうか、早いな。昔は素直だったケイタが捻くれて、もうそんなに経ってるのか。

 その頃の俺はまだBランクになったばかりの冒険者で、困っていたケイタを見捨てられず自分の家に連れ帰ったな。

 1人で感慨深い気持ちになっていると、ケイタはジロッと俺を睨む。



「言いたい事あんだったら言えばいいべや?」



 イラッとした顔をしたケイタの言葉が崩れる。ホウゲンというらしい。



「昔のケイタは素直で可愛かったと思ってな」

「それが余計なんだって! お前俺の親戚のおっさんか!」



 憤慨するケイタを笑いながら流していると、真面目な顔をしたケイタが話を続ける。



「いや、それはどうでもいいわ。そろそろ時期だから、また俺と同じ目に遭う奴居るんじゃねぇの?」

「可能性は高いな」



 ケイタは自分が冒険者になってから、異世界召喚をするオリーヴァー教の事と、神様の事を調べ始めた。

 調べがついたのは、異世界召喚をすると常に2~3人召喚される事、ほぼ毎回一人は意味が分からないスキルがあるという理由で金を握らせて異世界であるヘレトピアに放り出されている事。

 ここ50年で5回行われた異世界召喚、全てニホンジンと呼ばれる人達が巻き込まれている事。召喚された人数は12人。そのうち異世界で見捨てられた人数は4人。生きているのは2人だけだった。

 ケイタと、もう一人90歳近い魔導ギルド本部のグランドマスターしか、既に生きていない。

 他の人達は奴隷として売られて死んでしまったり、外に出て魔物に襲われたりしている。

 召喚された英雄と祭り上げられてる人達も、既に1人しか生きてはいなかった。

 戦闘スキルがあるというだけで魔物との闘いに引きずりだされ、英雄として殺されていく。


 今年1年の豊穣を願う為に行われる豊穣祭、それの前に異世界召喚が行われていた。

 豊穣祭で国内外問わず大々的に英雄が現れたと広めるためだ。



「俺が行きたいんだけどさ、仕事立て込んでるんだよな……」



 書類の山を前に、遠い目をしたケイタがそう呟く。

 お前が自分で溜め込んだんだぞ、そう言おうと思ったが口を噤む。

 ”フェイト”としての仕事に忙殺されてストレスが溜まると、ケイタは一人でダンジョンに潜る癖があった。今ケイタの目の前にある書類は、その間に溜まってしまった仕事なので自業自得。

 そう思うが、確かにこんな所に籠って字ばかり追いかけてると気が滅入る気持ちも分かる。



「じゃあ、里帰りついでにトゥインドルを見てくるかな」

「おーおーいいご身分だ! 俺の分まで楽しんできてくれや!」

「手伝ってやろうかと思ったが要らないようだな」

「あぁ! 嘘ですバージル様ごめんなさい! 手伝って下さい!」



 必死に書類を俺の方へ押し遣りながら、何度も懇願して頭を下げるケイタ。

 仕方ないので、俺も椅子に座って処理を分別していく。緊急案件、期限間近、猶予のある物、いつでも良い物。


 俺の生まれ故郷でもあるトゥインドル。実家は裕福で食べる物に困る事も寒さに震える事もない。

 ただ、両親はオリーヴァー教の信者で他種族を見下すのが常だった。家には獣人の奴隷が居て、機嫌が悪いと言うだけで折檻されるのを見て育った。それが嫌で家を飛び出し、冒険者になってからもう20年経つ。

 その間、仕事の依頼や通り道だと言う以外でトゥインドルに立ち寄る事はしていない。両親を尊敬するという気持ちはこの歳になっても一切無かった。



「実家あるじゃん? 大丈夫なのか?」

「別に、立ち寄らなければいいだけだからな。通り道としては毎年と言って良い程立ち寄ってる」

「まぁ、バージルがいいならいいんだけどさ」

「心配してくれてるんだろ? ありがとな」



 トゥインドルの街中を歩きながら、1週間以上前に話した会話を思い出す。

 ケイタはちゃんと仕事を終えたんだろうか。また1人でダンジョンに潜ってないといいんだが。

 街を見回ってみたけれど、異世界の勇者や聖女という話題は一切無かった為、まだ召喚されてないのか、もしくは追い出された人が居ないのか。

 魔導ギルドグランドマスターの爺さんみたいに、身の危険を感じて誰にも喋らずにトゥインドルを離れてる可能性もあるが……。


 腹が減ったし飯でも食うかな、と冒険者になってすぐから世話になっていた食堂へと足を運ぶ。

 ここに来るのは1年ぶりくらいだろうか。金の無い駆けだしの頃に、出世したら払ってくれればいいと美味い物を何度も食べさせてくれた夫婦とその娘2人の4人でやっている食堂だ。

 宿も併設されていて、いつも清潔なシーツが干されている。


 開けっ放しの扉から中に入ると、女将さんが俺に気付いて近付いてきた。

 変わり無さそうで、少し安心する。



「バージルちゃん、久しぶりだね!」

「もういい歳なんだ、ちゃんは勘弁してくれ」

「ごめんよ、駆け出しの頃の印象が強くてねぇ」

「いや、いいさ。銀貨1枚の定食を頼む」

「あいよ、好きなとこ座って待ってておくれ」



 いつもの窓際、一番奥のこぢんまりとした席に腰掛けた。

 昼時を過ぎた為か、店内に人は疎らだった。



「そういえばバージルちゃん。最近田舎から出て来たって子が今うちに泊まってるんだけどねぇ。ちょっと変わった格好してるんだけど、色んな事知りたがってるんだ。時間あるなら相手してやってくんないかい?」



 出来上がった定食を持ってきた女将さんにそう言われて、一瞬考え込む。

 豊穣祭前のこの時期に田舎から出てくるのは、別に珍しい事じゃない。ただ、変わった格好が引っかかる。

 召喚されたニホンジンだろうか。何となくそう思った。



「ああ、俺で良ければいくらでも。どんな子なんだ?」

「15、6歳くらいの女の子でね、頭の低いいい子なんだよ。この辺では見ない綺麗な黒髪だったよ」



 やはりニホンジンなんじゃないのか。黒い髪はケイタくらいしか見た事がない。

 了承すると女将さんは扉から出て宿の方へ向かう。きっとその子を呼びに行ったんだろう。

 その前に飯を食ってしまおうと、ブレイブチキンの骨付き肉にかぶりついた。

 

 食事を終えて少しすると、女将さんが戻ってきて、そのすぐ後から黒髪の女の子もやってくる。

 綺麗に肩で切り揃えられた髪の毛は艶があり、丁寧に手入れされているのが遠目でも分かった。

 少し幼いような顔をしているけど、当時13歳くらいかと思ったケイタも18歳だと言っていたので、きっと15歳よりは年上なんだろうな、と漠然と思う。



「初めまして、千会です。わざわざありがとうございます」

「はい、初めまして。俺はバージル。とりあえず座ったらどうだ」



 確かに頭が低い。ケイタよりも低い。いい子そうだな。女将さんの言ってた通りだ。

 席を勧めると大人しく腰を下ろす。動く度に、黒い髪がサラサラと流れるように揺れる。


 各国の情勢や、首都の話を物凄く真剣に聞きながら、必死に何かにメモを取っているチエ。

 紙や鉛筆は魔導ギルドグランドマスターのお陰でそこまで高価では無くなったけれど、彼女の持っている物は出回っている物と全く違う物だった。

 純白で厚さが均一、しかも薄い。書く為の鉛筆も先が無くなる事なく、同じ太さで書き続けられる。

 その道具で、一心不乱にメモを取っていた。


 人が居ないところを探しているのか、秘境に行きたいと言い出したチエに、俺は確信を深める。

 やはり、異世界召喚されたニホンジンなのではないか?

 なら、保護してヴルエーラに連れて行った方がいいのではないか。

 ただ、筋力も無さそうだし、戦う術を持たなそうな彼女をヴルエーラまで連れて行く為には、ケイタにヘルプを出して護衛出来る人数を揃えなくてはいけないかもしれない。北に行けば行く程、魔物は強くなっていく。

 どうして秘境に行きたいんだろう。

 そんなところに行っては、一人ぼっちになってしまうのではないのか。

 1人が好きなのか、1人にならなくてはいけない理由があるのか。ここではそこまで深い話が出来ないと思った為、俺はカマを掛けてみる事にした。



「やっぱり、ニホンゴだな……」

「えっ……!?」



 ぎょっとするような表情のチエは、持っていた板を自分の胸に抱き締める。

 カマ掛けは成功したが、少し怖がらせてしまったかも知れない。しまったな。

 どうした物かと思ったので、ケイタの名前を使う事にした。



「すまん、驚かせるつもりは無かったんだ! 昔異世界の奴と友達になってな、その時に教えてもらったんだ」

「え、えー……どういう」

「あまり人目がある場所で話す事ではないだろ? チエの部屋に行っても構わないか?」



 そう言えば、チエはゆっくりと頷いて部屋まで案内してくれる。

 何か考え込んでいるのか動きが止まってしまう事はあったが、部屋の中でケイタの話を聞かせると、警戒心が薄れたのか、何があったのかを話してくれた。


 昨日、召喚されたばかりなのに、どうやって生きて行くか必死に考えていたと、チエは話す。

 やはり、オリーヴァー教から追い出されていたのか。あいつ等本当にまともな事した試しがないな。神から信託を下されたとか言いまわって、ここ300年の間に6つの国を滅ぼして、大陸中央の殆どを手中に収めている。

 泣きながら声を押し殺して泣くチエを、こんな事に巻き込まれて可哀想だと思った。



「ごめんなさ、っい、泣く、つもりはなかっ……!」

「女の子だし泣いてもいいだろ。もう大丈夫だからな」



 そう言って、抱き寄せる。

 チエが落ち着いたらスキルを教えてもらって、それからヴルエーラに連れて行くかどうか判断しよう。

 あそこは”フェイト”があるけれど、それ以外は危険しかない土地だ。

 危険が無く過ごせるなら、その方がいいのかも知れない。


 少しして泣き止んだチエが、スキルを説明してくれた。

 サイバーモールという、聞いた事のないスキルを一生懸命に説明してくれる。

 スキルで土地を買って、家を建てて人里離れて暮らそうと思ったこと。スキルで日本にあったものなら大体取り寄せられること。スキルを使う為にはヘレトピアのお金が必要になるから、商業ギルドに高級品を売るつもりだったこと。

 砂糖の換金率の話を聞いて、目玉が飛び出るかと思った。

 こんなスキル、悪い奴に見つかったらただでは済まないだろう。

 人の居ないところに行きたがる理由がよく分かった。


 ”フェイト”に連れて行ったとしても、何かの弾みで誰かにバレてしまったら?

 戦闘員は誰かしら常駐するようにしてはいるが、守りきれるのか?

 他の脱走奴隷達にも危険が及ぶのではないのか?

 なら、秘境に連れて行って、スキルで安全に暮らせるなら、たまに様子を見に行った方が危険が少ないのではないだろうか。

 可哀想だけど、そう思った。


 スキルで砂糖を購入して、その砂糖を見て更に驚いた。

 このスキルは人に知られてはいけない。チエが危険だ。身を護る事すら出来なさそうな彼女に少し同情する。

 神様とやらは、異世界の住人に一体何をさせたいのか。

 こんなスキルを与えてしまったら、危険がある事ぐらい分からないのだろうか。

 会った事も無い神に対して、苛立ちを覚えた。


 大人しそうだと思ったチエの印象は、一緒に旅をしている内に少しずつ変わっていった。

 あまり良い事ではないが我慢強い事、料理が好きなのか褒めると蕩けるような笑顔を浮かべる事。

 男慣れしていないのか、こんなおっさんに対してまで真っ赤になってしまう事。


 他人の事で自分の事のように心を痛めてしまう事。

 それを弱いと切って捨てる奴も居るだろうけど、俺はそれを好ましく思った。

 何だろうか、この気持ちは。雛の成長を見守る親の気持ちだろうか。

 ケイタと同じような、でもそれ以上にくすぐったさがあるそれは、俺の腹の中でくすぶる。



「まぁ、俺も子供が居ても不思議じゃない歳なんだが……」

「バージルさん、どうかしましたか?」

「いや、独り言だ。悪いな」



 不思議そうな顔で俺を見るチエ。

 その顔を見ると、ああ、守ってやりたいなと純粋に思うようになっていた。

 ”フェイト”の仲間が居なければ、きっと俺はチエと一緒に暮らしていたかもしれない。


 森の中で脱走奴隷のジェラルドとグレンに会った時、チエは自分のスキルが人にバレたら危ないという事を理解して、それでも使うと宣言した。

 他人の為に、そこまでするのか。そう感心した。

 危険には変わりない。だけどこの2人なら大丈夫と言う、無責任なチエの言葉を。

 俺も信じてみたくなった。


 森の中を進んでいる途中で、ソウルイータースパイダーに噛まれて死にかけたチエ。

 グレンと俺で交互に背負い続けて、ジェラルドが出てくる魔物を全て一矢で貫いて、ただプレミリューまで走り続けたあの夜。

 このまま死んでしまうのではないか。ギルドについても毒消しは間に合うだろうか。

 疲れを凌駕するほどの不安、焦り、気付かなかった自分への怒り。

 容態が安定するまで、身体の震えが止まらない程の恐怖。


 容態が安定したと言われ、安心した途端気を失うように眠りについてから、小さな泣き声で目を覚ました。

 声を噛み殺しながら泣いて、俺に謝罪するチエを見て。


 ああ、そうか。

 俺は、いつの間にかこんなにも、チエが好きだったのか。

 気付いても良かったのか、気付かない方が良かったのか。

 最初はただの同情で、ヴルエーラの仲間の安全を意識して、保護の話を持ち出さずに秘境行きを了承したのに。

 今更、好きだなんて、都合が良すぎるんじゃないのか。


 女に口説かれてるのを見られた時に、チエに視線を逸らされて傷付く自分を嘲笑する。

 そんな資格なんて無いだろう、と。

 一体、どの面下げて傷付くなんて言えるのか。


 それでも頭の中は、チエの事でいっぱいだった。


 秘境に家が完成した時に、今まで生きて来た中で俺は一番後悔した。

 そうだ、俺の役目はここまでなのか。

 現実を認めたくなくて、必死に働いた。チエに少しでも必要とされたかったからだ。


 虚しさと寂しさと、下らないプライドが邪魔をする”戻る”という言葉を、酒の力を借りてやっと口にする。



「なぁ、チエ」

「はい、なんですか」

「俺、明後日ヴルエーラに戻るな」



 明日じゃないのは、もう少しだけ傍に居たいから。



「俺の事、忘れないでくれ」

「え?」

「また、ここに来てもいいか?」



 好きだと伝える資格がないなら、せめてもう少しだけ一緒に時間を過ごさせてほしい。

 また、元気な顔が見たい。そう思う。


 最後の夜、酒に酔ったふりをしてチエを抱き締めた。

 ああ、この思い出だけで生きていけそうな気がするな。絶対すぐに会いたくなるけど。

 何度か抜け出そうとするチエを、今日は絶対に離さないでおこうと、強く抱きしめ直す。


 諦めたのか力を抜いたチエの、バクバクと激しく脈打つ鼓動を聞いて笑ってしまった。

 こんなおっさん相手に、最初の頃と変わらず胸を高鳴らせてくれるのか。

 眠りについたチエの瞼に、そっと触れるだけのキスをした。

 艶やかな黒い髪を指でいじりながら、聞こえないような声で囁く。



「やっぱり好きだな。ごめんな」



 見送りはいいと言って、玄関を出て歩いて魔導昇降機に向かう。

 俺の事を使用者登録してくれたのは、チエは俺を仲間だと思ってくれてるからなんだろうな。

 人を疑うけれど、疑いが足りなくて危なっかしいチエを思い出して、魔導昇降機を起動する。


 少しずつ上昇していくせいで、どんどん家が小さくなっていく。

 俺は、どちらかを選ばなければいけなくなったら、どうするんだろう。



「あー……もう既に会いたいな……」



 俯いてそう呟くと、涙が一粒だけ零れて、滝に混ざって見えなくなる。

 上に到着した魔導昇降機を降りると、自分の気持ちを誤魔化すように、俺は振り返る事無く歩き出した。

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