第二十話 別れの朝
「チエおはよう。そんなに俺と離れたくなかったのか?」
顔に明るい陽射しがかかったのが眩しくて目を覚ますと、目の前にバージルの顔があった。
思考が一瞬停止するけど、どういう状態か気付いて勢いよく起き上がる。
バージルの腕を枕にして、バージルの服を掴んで爆睡していたのだ。
まるで、私が寂しくてくっついて寝たとでも言わんばかりの状態だった。
「ちが……! これは! その! 昨日! っ……バージルのせいでしょ!」
混乱して真っ赤になる私を、バージルは楽しそうに見つめている。
あ、これからかう時の顔だ。
そう思っても羞恥心が勝ってしまい、バージルから視線を逸らした。
もう恥ずかしすぎて地面に埋まってしまいたい。
昨日、全員お風呂に入ってないけど肉臭くなかったかな、大丈夫かな。バージルは何かいい匂いがしたな。いや、私は何の心配をして何を考えてるんだろう。そうじゃない。
私が頭を抱えていると、笑いながら起き上がったバージルに頭を撫でられる。
「悪い。俺が捕まえたんだよな。覚えてるよ」
「それも恥ずかしい!」
「じゃあチエが俺に抱き着いて眠ってた事にしとくな」
「それも駄目!」
からかわれてるのは分かってるけど、熱を持った頬はなかなか元に戻らない。
バージルにからかわれている私の声で目を覚ましたのか、呻き声を上げながらジェラルドが毛布から出て来ようと四苦八苦していた。多分目がちゃんと開いてないんだろうな。
そのまま観察していると、ゆっくりと毛布から頭を出したジェラルドは周りを見渡す。
完全に顔色が悪いし二日酔いなんじゃないだろうか。
「おはよう、ジェラルド。大丈夫?」
「おはようございます……大丈夫じゃないです……」
「昨日あれだけ飲んでたしな」
「何で僕の倍以上飲んだのに、そんなに元気なんですか……」
「何でだろうな。俺にも分からん」
気持ち悪そうなジェラルドに、冷蔵庫からスポーツドリンクを出してコップに入れると手渡した。
コップを受け取ったジェラルドは中身を一気に半分程飲み干すと、気合を入れるように起き上がり頭痛に顔を歪める。
「ウッ……」
「はい、二日酔い止め」
「ありがとうございます……」
昨日買った薬を1包手渡すと、ジェラルドは薬を飲んでじっと頭痛に耐えていた。
ご飯食べられそうにないなぁ。大丈夫かな。
そう思ったけど、一度確認してみる事にして声を掛ける。
「ご飯食べれそう?」
「ああ、食えるぞ」
「ごめんなさい、厳しいです……」
「グレンはまだ夢の中だね」
簡単に食べれそうな物でも作るかな。
顔を顰めながら毛布にしがみ付いて寝てるグレンを見ながら、私はそう呟いた。
何で顔を顰めながら寝てるんだろう、夢見が悪いのかな。寝てても二日酔いなのかな。
そう思いながらキッチンへ向かう。昨日結構飲んでたし、ご飯が出来るまでは寝かせておいてあげようかなと思ったからだ。
私の気遣いを全く知らないグレンが、プルメリアの尻尾でグレンの足の裏をこちょばしていたけど見ないふりをした。
グレンは足を毛布の中に隠すように丸まったけど、起きる気配は無い。
「バージルは何食べたい?」
「昨日のが残ってればそれでいいぞ。何でも食べる」
「じゃあそうするね、ありがとう!ジェラルドとグレンには簡単に食べられるおかゆでも作るね」
「ありがとうございます……」
昨日の野菜とお肉で野菜炒めでいいかな?ちょっとお肉多めだけど、バージルなら大丈夫だろうし。
グレンとジェラルドには梅干しのおかゆでいいかなぁ。きっとそんなに食べられないよね。
そう考えて、炊飯器にご飯をセットしてスイッチを入れる。
キャベツが結構余ってるし回鍋肉でも作ろうかな、とサイバーモールで炒めて混ぜるだけのタレを購入した。これなら簡単に作れるし、何より美味しい。
私は昨日のバーベキューで結構胃がもたれてるので、おかゆでいいや。
野菜と肉はもう切り分けてあるので、サッと炒めて回鍋肉を作る。
冷めると美味しくなくなるため、お皿に盛ってアイテムボックスにしまっておいた。
時間経過が無いので、こういう使い方も出来てありがたい。
後はバージルの好きな味噌汁でも作るかな、と考えて鍋を準備する。今日は豆腐とネギとワカメにしよう。
冷蔵庫から材料を取り出して、鍋で出汁を取りながら切っていると、ご飯が炊けたのでお米を鍋によそって水を入れて煮立たせていく。
水分がある程度飛んだところで、また水を少量足しながら白だしで味を整える。あんまり濃いと食べにくいだろうしな、と薄味にした。
味噌汁用の鍋も煮えたところで出汁を取り出して、味を整えてから材料を入れて火を切り余熱で火を通す。
はちみつ梅干しを冷蔵庫から取り出すと、種を抜いて叩いてピューレにしていく。
後はおかゆの上に乗せたら完成だ。
「ごめんねバージル、グレン起こしてくれる?」
「ああ、いいぞ」
バージルにそうお願いをして、私はご飯の準備をする。
全部の準備が終わって振り返ると、目が殆ど開いてないグレンが胡坐をかいて床に座っていた。
プルメリアが一生懸命グレンの服を噛んで引っ張っている。立たせようとしてくれてるのかな?
「おはよう、グレン」
「……はよ……」
「食べやすい物作ったけど食べれそうかな?」
「ああ……食う……」
のそのそと起き上がったグレンが、頭を抱えながらダイニングまで歩いてくる。
スポーツドリンクと酔い止めを机の上に置くと、しっかりと自分で飲んでいた。
ジェラルドもゆっくりとした動きでイスに座ったので、プルメリアにも餌を上げて、皆で朝食を食べ始める。
「美味しいですね、染み渡ります……」
「すっぺぇけどうめぇ……」
「梅だけに……」
「あん?」
「何でも無いです……」
「美味い! 流石チエの飯だな!」
「んであんなに飲んだのにこんな元気なんだよおかしいだろ……」
元気よく回鍋肉を頬張るバージルに、グレンが愚痴を零した。
二日酔いになった事無いって言ってたし、肝臓が強いんだろうなぁとバージルを見る。
周りの二日酔いを気にする事ないバージルは、もりもりご飯や味噌汁を頬張ってあっと言う間に完食していた。
「あー、美味かった。ありがとなチエ」
「良かった! どういたしまして」
いつもと変わらないけど今日居なくなってしまうバージルに、寂しさを堪えて話しかける。
「そう言えばバージル、おにぎりマスターって言ってたしお米とかも持っていく?」
「そうだな、ケイタに自慢してやらないとな!」
楽しそうに笑ってそう言うバージルに、心臓がズキリと一度だけ痛む。
あーもう、本当に私こんなに寂しがりだっけ?そう思って、自分の女々しさに少しだけへこんだ。
けど、それを隠すように会話を続ける。
「ご飯の炊き方わかる? 何かにメモしてく?」
「何回か見たから大丈夫だぞ。ハウスに戻れば魔導コンロもあるしな」
「じゃあ、お米、醤油、味噌、砂糖……あとは味噌汁自分で作る?」
「そうだな、同じ味が出来るかは分からないけどな」
「なら乾燥昆布と出汁パックも渡しとこうかな?」
サイバーモールを開いて、何がいいかと選び始めた。何かしてないと、泣いてしまいそうだったから。
ケイタさんは会った事ないけど、きっとお米とか和食調味料に飢えてる気がする。日本人だし、缶詰とかカップ麺とかいいんじゃないかな?あと梅干しとかも腐りにくいし入れとこうかな。バージルは歩いて帰るもんね。
そう考えながら、次々にカートに商品を入れていく。
出す時に簡単に出せるように、バックに小分けにした方がいいかな?そう思って、何種類かのエコバックと、10kg入る米びつもカートに入れた。
お米10kgを何袋か渡しておけば、これに入れて小分けにして使えるしね。
全て購入すると、大きなダンボールが届く。
エコバックを広げて、こっちには調味料、こっちはカップ麺と袋麺、この袋は缶詰とご飯のおかず、そうやって仕分けをして、お米30kgを詰んでローテーブルに置いた。
結構な量になってしまったけど、後はケイタさんと一緒に仕分けして食べて欲しい。
「いっぱいあるな、ありがとうチエ」
「食べ方分からないのは、ケイタさんに聞いてね」
「ああ、そうする。ありがとな」
優しく頭を撫でられて、泣きそうになってしまったので下を向いて誤魔化した。
泣かずに送り出せるかな……。
そんな心配をしながら振り向くと、プルメリアが自分の胸元に嘴を突っ込んで羽根を1枚抜いているのを見てぎょっとしてしまう。
「どうしたのプルメリア!」
「ピィ!」
自分の羽根を銜えてバージルの足元にお座りしたプルメリア。
バージルは床に屈むと、プルメリアの頭を優しく撫で続ける。
「痛かっただろ。グリフィンの羽根はお守りになるから、俺にくれるんだろ?」
「ピィィ!」
「ありがとなプルメリア。大事にする」
プルメリアから羽根を受け取ると、バージルはそれをアイテムボックスにしまう。
グリフィンの羽根がお守りになるとは知らなかったので、プルメリアが自分で羽根を毟っていたのに驚いてしまった。
確かに、生えてる羽根を抜くなんて痛かっただろうな。
こんなに小さい子もバージルをしっかりと見送ろうとしてるんだから、私もしっかりしなくちゃ。
「いい子だねプルメリア。ありがとね」
「ピィ!」
バージルの横に屈んだ私はプルメリアを抱き締める。
プルメリアもすりすりと私の頬に自分の顔を寄せてくれた。
「じゃあ、そろそろ準備するかな」
時計を見たバージルはそう言うと、アイテムボックスから鎧を取り出して装着し始めた。
お弁当を作ろうと思った私は、キッチンに向かう。
グレンとジェラルドは気分が悪そうにしながらも、寂しそうにバージルを眺めているので、皆同じ気持ちなんだなぁ、と嬉しく思った。
おにぎりを握りながら、私は一人キッチンで微笑んだ。
30分程で鎧を着こんだバージルは、何度も剣と盾を確認すると立ち上がる。
もう時間なんだ。もう、行っちゃうんだ。
出るのが遅くなると、野宿もあるしバージルが危険だからしょうがないよね。そう自分を納得させる。
危険に晒してまで、もうちょっと居てだなんて言えない。
「うん、よし」
そう呟いたバージルは、全員の顔を見渡した。
最初に視線が止まったのはジェラルドで、ジェラルドの顔をじっと見つめたバージルはゆっくり口を開く。
「ジェラルド」
「はい、何ですか?」
「グレンとチエの事、頼んだ」
「ええ、任されました。けど、僕だけだと手に負えないので、たまには戻ってきて下さい」
「ああ、必ず」
次に視線が向いたのはグレン。
寂しい!と顔全体で訴えているグレンは、バージルと視線を合わせようとしなかった。
「グレン」
「あんだよ……」
「食べ物に関しては、グレンの知識だけが頼りだからな。2人を頼んだぞ」
「おう……。次来る時は美味いモン食わせてやっから」
「ああ」
「なるべく、早く来いよ……」
「絶対また来るから心配するな」
そう言うと、バージルはしゃがみ込んで足元のプルメリアを撫でる。
何度も何度も毛並みを確かめるように、優しく撫でてから言葉を紡いだ。
「プルメリア、チエの事守ってくれ」
「ピィ!」
「多分お前が一番強くなるんだからな」
「ピィィィ!!」
「本当に頼むぞ。約束だ」
「ピィピィ!!」
何度もプルメリアを撫でたバージルは、立ち上がると私を見た。
綺麗なブルーの瞳が、ゆっくり瞬きをしている。
「チエ」
「うん」
名前を呼ばれただけで泣きそうだったけど、俯くことはせずに見つめ返した。
「また来るから、待っててくれ」
「うん、待ってるね」
「怪我するなよ」
「バージルこそドラゴンと戦うなら気を付けてね」
「ああ、ありがとう」
「うん」
「じゃあ、行ってきます」
その言葉で、涙が一筋だけ流れてしまったけど、私は笑顔を浮かべながら返事をする。
「行ってらっしゃい、バージル」
「外まで見送られると泣きそうだから、ここでいい」
「うん、分かった。はい、お弁当」
「ありがとな」
せめて玄関まで、そう思って全員で玄関まで見送るためについていく。
ブーツを履くバージルの背中をじっと見る。
怪我しないといいな。一人で大丈夫なのかな。一人だと大変だろうな。
そう思ったけど、どれも口にせずに飲み込んだ。
「じゃ、またな!」
ブーツを履き終えたバージルが、笑顔で振り返る。
またな、って言ってるんだから、その言葉を信じよう。
「またねバージル!」
「気を付けて行ってきてくださいね」
「ピィィ!!」
「怪我すんなよ」
そのまま振り返らずに玄関から出て行くバージルを見送る。
バタンと音を立てて閉まった玄関に出そうになる涙を堪えていると、ドスンと座り込む音がしたので何だろうと思って振り返ったら、グレンが座り込んで泣いていた。
仲間がいなくなっちゃうんだから、寂しいよね。大きな角がついた頭が何度も揺れている。
我慢しようと思ったけど、私までつられて涙がぽろぽろと零れてしまった。
「泣かないでよ~グレン……」
「チエだって、泣いてるじゃねぇか……」
「あー、もうほら既に僕の手に負えないじゃないですか……」
「ピィィ……」
私が泣いてるグレンの頭を抱き締めると、横からジェラルドが私とグレンを抱き締めてくれた。
プルメリアもグレンの顔を舐めて、必死に慰めようとしている。
わんわんと声を上げて泣く私とグレンを、ジェラルドが優しく背中を擦って落ち着かせようとしてくれるけど、全然涙が止まりそうになかった。
「ほら、今日はバージルを見送ったら畑に種を撒くんでしょう?」
「言われねぇでも、っする、し……」
「チエさんも。獣舎の周りを柵で囲うんですよ」
「ちゃんと、する、もん……」
しょうがないと言いた気に溜息を吐いたジェラルドとプルメリアは、私とグレンが泣き止むまでずっと抱き締めてくれる。
「次にバージルが来るまでに、立派な畑や牧草地を作って驚かせてあげましょう?」
「うん……」
「ほら、もう泣かないで下さい」
「泣いて、ねぇしっ……」
「めちゃくちゃ泣いてるのにどの口で強がってるんですか」
ジェラルドの突っ込みに、私は思わず笑ってしまう。
笑ってしまって冷静になったせいか、羞恥心がすごい事になってしまって俯いた。
こんなに泣くつもり、無かったんだけどなぁ。グレンも落ち着いたのか、涙で濡れたままの顔をあげる。
なんかもう、全力でやる気が漲っているような、そんな表情だった。
「絶対ぇここ、すげぇとこにすっから」
「うん」
「バージルの事後悔させてやろうぜ」
「そうだね」
「ピィ!」
グレンの言葉に、私も頷く。
ここで、色々やろう。畑を作って、家畜を飼って、美味しい物を作って、バージルが心配にならないように、強くなろう。
川に水車小屋を作って、小麦の製粉とかしてみたいな。養蜂もしなきゃ。貯蔵庫と加工室も作って、自給自足のプロになろう。スキルなんてなくてもここの秘境はすごい!って思ってもらえるように頑張ろう。
そう思って、私は立ち上がった。
「よし、畑に行こう! 何植えよっか」
「切り替え早すぎんだろ」
「グレンも行くよ! 私何も分からないんだからね! 自慢じゃないけど!」
「ほんと自慢になんねぇな」
私に手を引かれて立ち上がったグレンも、鼻を啜ると前を向く。
ジェラルドが背中を押してくれたので、靴に履き替えて家の外に出ると、眩しい陽射しが秘境に降り注いでいた。
次回バージル視点の話を1話挟んで本編に戻ります。




