第十九話 送別会
「俺、明日の朝ヴルエーラに戻るから、グレンもジェラルドもチエの事頼んだぞ」
獣舎を作り終わった後、満足気にやりとげた顔をしていたグレンと、のんびり見ていたジェラルドにバージルはそう声を掛けた。
一瞬きょとんとしたグレンと、納得したのか頷くジェラルド。
段々と意味を理解したのか、不満そうに唇を尖らせたグレンが小さな声で呟いた。
「ずっとここに居りゃいいじゃねぇか……」
「やらなくちゃいけない事があるからな。頼んだぞ、グレン」
「別に、頼まれなくてもやっけどよ……。もう来ねぇのか?」
「いや、また来るぞ?」
「いつだよ」
不満を口にするグレンを、微笑ましいものを見るような顔をしながらバージルが答えている。
私は事前に聞いていたから驚きはないけれど、聞いてなかったらきっとここで泣いてしまってたんだろうな、とグレンを見ながら思う。
その為に先に教えてくれたのかな、とぼんやり見ていると、グレンはバージルに詰め寄っていた。
「そうだな、戻ってどれくらい仕事が溜まってるかにもよるから、いつとは言い難いな」
「1月くらいか?」
「それぐらいで仕事が終わればいいな。こっちの事も心配だから」
「だったらこっちに仕事持って来て、こっちでやりゃいいじゃねぇか」
何度も質問を繰り返すグレンに、大きな溜息を吐いたジェラルドがグレンの肩を掴むと喋りだす。
「貴方バージルの彼女なんですか?しつこいですよ」
「はぁ!? ちっげぇ、だってよ……」
「チエさんを助けて僕達と一緒にここまで連れてきてくれたんですから、笑顔で見送ってあげたらいいじゃないですか?また来るって言ってるんですし」
ジェラルドにそう言われても、不満そうな顔のグレン。
バージルは優しい顔をして2人のやり取りを見ていた。お母さんかな。
そう思いながら私もグレンに近付いて、声を掛ける事にした。
寂しいんだよね、きっと。群れを大事にするんだもんね。
「今日の夜はバージルの送別会しよっか」
「ソウベツカイってなんだ?」
「仲間で集まって、別れを見送るっていう口実で美味しい物を食べるんだよ」
「その説明には少し語弊がある気がしますが……」
私の説明に苦笑いを浮かべるジェラルド。
そのジェラルドの肩を抱いたバージルが、嬉しそうな顔を浮かべながら答えてくれた。
「まぁ確かに美味い物を食えば、すぐに戻って来たくなるけどな」
「ね! だから夜は庭でバーベキューしよっか!」
バージルもそう言ってくれたので、私はグレンの顔を覗き込んだ。
唇を何度か突き出したり噛んだりを繰り返した後、納得したのか諦めたのかは分からないけれど、グレンも小さく頷いてくれる。
「……分かった。いいぜ」
「美味しいお肉と野菜いっぱい用意するからね!」
「お、楽しみだな!ほら、家に戻るぞグレン」
「んだよ、しゃあねぇな……」
グレンを腕を掴んたバージルは、歩きにくそうにしながら家に戻り始めた。
ジェラルドとグレンも歩きにくいと文句を言っているけれど、バージルの腕を振り払う事なく歩いている。
仲良しだなぁと微笑ましい気持ちになりながら、私も後ろを笑いながら歩いた。
そのままの状態で家に着くと、庭でロープを振り回していたプルメリアが、皆に気付いて出迎えてくれる。
「ただいま、プルメリア」
「ピィ!」
皆でプルメリアを撫でた後、全員で家の中に入ると手を洗う。
プルメリアの足もしっかりと雑巾で拭いて家の中に入ってもらった。
ソファに座り込んだ3人にプルメリアが飛び乗って行くのを見ながら、私は洗濯物を先に取り込んでからソファに腰を下ろす。
バーベキューの用意をするため、アウトドア・スポーツのメニューを開いてバーベキューコンロと木炭、着火剤とライターを見て行くと、結構な種類があった。
皆結構食べるしなぁと思い、5~6人用の少し大きめのコンロ、キャンプ用のテーブルや椅子、他に必要な物もカートに入れると、先にコンロを組み立ててから食材を切ろうと思ったので、購入ボタンを押すと目の前に大きなダンバールが数個現れた。
コンロや炭などを外に運んでしまおうと立ち上がると、それよりも早くグレンが立ち上がってコンロを持ち上げてくれる。
「どこ持ってきゃいい?」
「庭までお願いしてもいいかな」
「おう」
あれだけ動いてたのに元気だなぁと思ったけど、結構重そうだったのでありがたくお願いした。
ジェラルドも炭などを外に運び出してくれて、私が他の物を持っていこうとするとバージルが立ち上がったので慌てて声を掛けた。
「バージルは今日の主役だからね! 私が持つよ!」
「重いし俺が持つさ」
「……ありがとう」
他の物を軽く持ち上げたバージルも庭に向かってしまう。
主役なのになぁと釈然としない気持ちはあるけど、バージルの性格的に人が働いてるのに自分だけじっとしてるのが嫌なのかもしれない。
まぁいいかと思い直して、私もプルメリアと小さな物を抱えて庭へと向かうと、日本語で書いてあるバーベキューコンロの説明書を見ながら、3人はああでもない、こうでもないと言いながら組み立てを行っていた。
「大丈夫? 手伝おうか?」
「図面が描いてあるので何とかなりますよ」
「おう、肉の準備しといてくれ」
「はーい、じゃあお願いね」
プルメリアを庭に降ろすと、プルメリアはコンロの組み立てを興味深々で眺めている。
行ってくるねと声を掛けて、私はキッチンへと向かう。
サイバーモールを開きながら、バーベキューで何を焼こうか考えた。
お肉でしょ、あと魚介類、鉄板もあるからお野菜に、焼きそばでも焼く?でもそれなら肉の方がいいのかな?
頭を悩ませたけど、せっかくだし肉多めにしようと決めた。
せっかくだから美味しいお肉を食べて欲しいな、と思いながらページを進めていると、国産牛のA5ランク200gステーキ4枚で銀貨60枚というのを発見した。
6万円とか絶対普段なら買わない。そう思ったけど、今日くらいは奮発するかとカートに入れる。
別にバージルを食べ物で釣る気はないけど、美味しい物を食べたら戻ってきたくなるって言ってたし……。
いや、これが食べ物で釣るって言うのかな。
「でも、居ないと寂しい、な……」
誰も居ないキッチンの中、小さな声で呟いた私の気持ちは、外から聞こえてくる楽しそうな声で掻き消された。
ステーキ以外のお肉や野菜、魚介類やバーベキューソース、紙皿や飲み物を揃えてカートに入れると購入ボタンを押す。
届いた物を食べやすい大きさに切り分けてトレーに乗せていると、グレンがキッチンに戻って来た。
顔に炭がついたのか少し黒くなっている。
「グレン、顔に炭が付いてるよ」
「バージルがふざけて付けたんだよ……! それよりこれ、どうやんだ?」
手に持った着火剤とライターを私に突き出すグレン。
何が外で起こっているの分からないけど、楽しそうだなと思いながら使い方を説明する。
納得したのか着火剤とライターを持ったグレンは、走って庭に向かっていった。
顔に炭を付けるって何してるんだろ?思わず一人で笑ってしまう。
材料を切り分け終えたので、食材にラップをかけて重ねて持つ。
落とさないようにゆっくりと外に出ると、完成したコンロはちゃんと火が点いていて、3人とも地面に座っていた。
バージルの悪戯にあったのか、ジェラルドの顔にも炭が付いている。
「お待たせ! ジェラルドも悪戯されたの?」
「ええ、本当にもう……。大きなピクシーですね、バージルは」
「んな可愛い生き物かよ……」
「最初にやりだしたのはグレンだろ」
笑っているバージルの顔にもしっかり炭が付いていたので、皆で炭を塗り付けていたのかも知れない。
しっかりと組み立ててあったテーブルの上に食材を置くと、紙皿を何個か取り出してソースを入れる。
ジェラルドは私の横に来ると、飲み物をコップに注いでくれていた。
「お酒も出そうか?」
「僕は少しだけ貰います」
「俺はいっぱい飲むぞ!」
「あんま飲むとつれぇかんな……」
バージル以外はあまり飲まないという事だったので、ビール6本パックを1つだけ購入する。
私は今日は飲まなくていいかな。後片付けもあるし。
各々自分が食べたい物を網の上に乗せて焼き始めてから、全員で乾杯をする。
ジュウジュウと焼ける音がして、すぐに肉が出来上がっていく。
火力が結構あるからすぐに焦げそうかな?そう思ったので、火の番をする事にした。
「あー、やっぱりチエの世界の肉はめちゃくちゃ美味いな……!」
「本当ですね、焼いても硬くなりにくいですし」
「肉もうめぇけどタレもうめぇ!!」
「喜んでもらえて良かった!」
結構な勢いでお肉が無くなっていく。
ジェラルド以外は野菜を食べてない気がするなぁ。
そう思ったけど、まぁ今日くらいはいいかな。特にバージル。
残った野菜を中心に食べながら網の上に肉を乗せていると、バージルが噛んでた物を飲み込んでから口を開いた。
「ここでこの肉育てられないのか?」
「うーん、サイバーモールでこの牛売ってないから出来ないと思う」
「味はブルのような気がしますね。深みが違いますけど」
「じゃあブルをこの味に近付ける事が出来るって事か?」
そう言ってグレンを見るバージル。
自分に話を振られたと気付いたグレンは、噛んでた物を飲み込んだあと腕を組んで唸る。
「厳しい気がすんな。種類、飼料、水とか味を決める要素が違いすぎっからな」
「じゃあ、頑張って金を稼いでから食べにくるかな」
買うのに金がいるしな、と笑うバージル。
その言葉に、私以外も皆嬉しそうに笑った。
足元をウロウロするプルメリアに焼いたトウモロコシをあげていると、ジェラルドがテーブルの上を見て首を傾げる。
「この肉だけ他の物と違いますね?」
「あ、私の住んでる所は肉質とか枝肉の食べれる量によってランク分けされてるんだけど、その中でも最高品質のA5ランクのお肉だよ。4枚で銀貨60枚」
「たっけぇ……」
「今食べてる肉とは違うのか?」
「食べてみたら分かると思う。焼こうか?」
「そうですね、お願いします」
ジェラルドからお肉を受け取って網の上に置く。
3人は興味深そうに肉が焼けるのを見つめているので、焦がすわけにはいかない妙なプレッシャーを感じる。
肉が焼ける匂いがして脂が滴り落ちてきたので、ひっくり返すと良い色に焼けていた。
良かった、焦げてない。
「腹が減る匂いだな」
「え、もう結構食べてるよね?」
「美味そうだから仕方ないな!」
もういいかなと、皆のお皿にお肉を乗せていく。
じゅわっと脂が滲み出るお肉に、タレを付けるとバージルはそのままかぶりついた。
その後にグレンとジェラルドも同じようにかぶりつく。
「なん、だ……この柔らかさ……」
「やっべぇ、うめぇぞこれ……」
「口の中で蕩けますね……すごい美味しいですよ」
「ピィ!!」
「プルメリアには私のをあげるよ」
私にも頂戴!とプルメリアが体当たりをしてくるので、私の分のお肉を分けてあげる。
上手に前足で肉を押さえて噛み千切ったプルメリアは、一瞬首を傾げた後に勢いよく食べ始めた。
美味しかったんだろうなぁとプルメリアを見ながら、私もお肉を口に含む。
噛んだ瞬間、口の中にじわじわと脂の旨味が広がっていく。
「俺、もう帰るの止めようかな……」
肉を食べながら、バージルがぼそっと呟いた。
思わず笑ってしまいそうになって、肉が気管に詰まりかける。
「気持ちは分かりますけど、仕事して下さい」
「あー、帰ったらチエのご飯が食べられない……!」
「残念だったな。俺は毎日食うわ」
「クソ! 何で俺は”フェイト”で副クランマスターなんてしてるんだ!」
文句を言いながらも、バージルは食べるのを止めない。
さっきまで手を付けなかった野菜もモリモリ食べているし、ビールも結構な勢いで消費している。
バージルも離れるのを寂しいと思ってくれてるのが分かるから、皆優しい顔をしていた。
「お酒とお肉おかわりいる?」
「いる! 1週間分くらい食ってから帰るからな!」
そう宣言したバージルに、つい噴き出してしまった。
私が笑いながらお酒やお肉を追加すると、結局ジェラルドとグレンもお酒を大量に飲み始めてしまう。
今日は少なめ宣言とは一体なんだったのか。酒盛りに突入してしまった3人を見て、私は笑った。
「今日は、バージルを酔い潰したいと思います」
「おーいいな。おら飲めよ」
「何でだよ! 俺が潰れる訳無いだろ?」
「程々にしとかないとまた二日酔いになるよ」
「構わねぇ! ぜってぇバージル潰すかんな」
「いいのか? そんな事言って」
これ、今日はバージルも酔い潰れるんじゃないの?というくらいのペースでお酒もお肉も無くなっていく。
あんまり強くないのかなと思っていたグレンとジェラルドもどんどんお酒を飲んでいた。
その倍以上をバージルに飲ませてるけど。
急性アルコール中毒が心配になる勢いで飲んでるので、大丈夫かと思いながら肉を焼き続けていたけれど、最終的に、バージルが一番最初に酔い潰れてリビングに転がった。
酔い潰した事に満足したのか、ジェラルドとグレンも限界を迎えて3人仲良くリビングで転がっている。
3人に毛布を掛けてから後片付けを済ませて、私はプルメリアを抱えながら3人を見つめた。
明日から、バージルが居ないのがまだ信じられない。
グレンとジェラルドが頼りにならない訳じゃないのにな。
何でこんなにバージルが心配でどうしたらいいのか分からない気持ちになるのか、一生会えない訳じゃないのにここまで寂しく感じるのか、自分でも理解出来ずにいる。
自分自身の気持ちがよく分からなかった。
「寂しくなるね……」
「ピィ……」
プルメリアには伝えてないけど、きっと居なくなる事がわかってるのかな。
寂しそうな顔で、プルメリアもバージルを見ていた。
暢気に寝ているバージルに、プルメリアは不満そうだ。
あ、グレン涎垂れてる。
皆の顔を見渡していると、口を開けて寝ていたグレンが涎を垂らしていたので、ティッシュで口元を拭いておく。
開いた口を戻そうとしたけど閉まらなかったので、閉める事は諦めた。
「プルメリア。今日はここで皆一緒に寝ようか」
「ピィ!」
私がそう言うと、プルメリアは寝床にしていたサンルームから自分の毛布を銜えて引きずって来た。
バージルの足元に毛布を置くと、何度も踏み慣らして自分の寝床を作っている。
私も自分の部屋から毛布を持ってくると、皆に並んで横になった。
また来るって言ってたけど、やっぱり寂しい。
次に会えるのはいつかな。ヴルエーラまでどれくらいかかるか分からないけど、きっと当分会えないんだろうな。
もっと教えて欲しい事、話したい事、いっぱいあるから、次に会えたら話してみよう。
でもドラゴン倒すとか言ってなかった?大丈夫なのかな。怪我とかしないといいな。ダンジョンってどんな所なんだろう。
眠ろうと思っても、色んな事が頭に浮かんできて寝付けずにいる。
一回水でも飲むかと起き上がろうとすると、うっすらと目を開けたバージルと目が合った。
寝ぼけているのか酔っているのか、焦点が定まらないバージルは私に気付いて手招きをする。
「どうしたの? お水飲む?」
声をかけながら膝立ちで近付くと、腕を掴まれて引っ張られてバランスを崩す。
あ、やばい転ぶ!そう思ったけれど、バージルにそのまま抱き締められた。
何が起きたか分からず、一瞬きょとんとしてしまったけど、抱き締められてる事に気付くとジワジワと羞恥心が身体を駆け巡る。
なにこれ!恥ずかしい!久しぶりに恥ずかしい!
そう思って見悶えながら、バージルに声を掛けた。
「え? あの、バージル……?」
「ああ」
「寝ぼけてる?」
「うん」
「どうしたの?」
「どうもしない。ただくっつきたかった」
そう言われても、そっか~じゃあいいよ!とは言えない私は、何とか抜け出そうと藻掻いてみる。
だけど基本的なスペックが違いすぎるのか、バージルの腕から脱出が出来ない。
私の耳がバージルの胸に押し当てられているせいで、ゆっくりとした心臓の鼓動が鼓膜に響く。
これ、私の心臓バクバクしてるの伝わってないかな、大丈夫かな。恥ずかしいのバレてないかな。でも、温かくて気持ちいいな。心臓の音落ち着くな。このままがいいな。
そう思ったところで、自分の思考にびっくりした。
あまりに混乱しすぎて、脳が考える事を放棄し始めている。
「あの、バージルさん?」
「うん?」
「恥ずかしいので離して頂けるとありがたいんですけど……」
「このままがいい」
「あ、はい……」
駄目だ。相手はただの酔っ払いだ。
私が諦めて力を抜いたら、更に抱きしめる力が強くなった。
「チエ」
「どうしたの?」
「おやすみ」
あ、このまま寝る気だ。私はぬいぐるみか何かだろうか。
でも、このままなんて恥ずかしすぎて絶対眠れないし、力が緩んだら抜け出そう。
そう思って、私も返事をした。
「おやすみ、バージル」
恥ずかしさから目を閉じる。早く寝てくれ。
そう思っていたけど、心臓の鼓動につられて結局眠ってしまう私は、起きてから羞恥心で見悶える事になった。




