第十五話 秘境で家を建てる
「全員の準備が終わったら出発するか」
洞窟で一夜を明かした後、朝食を終えたところでバージルさんがそう言った。
土地を購入したり家を建てたりすることを考えると、早く秘境に辿り着くのは私も賛成のため頷く。
グレンさんもジェラルドさんも異論はなく、全員で出発のための準備を行う。
プルメリアも出発の準備のためか、自分が寝床にしていた毛布を銜えて私のところまで引きずってきた。
頭を撫でると嬉しそうにグルグルを回り始める。
最終チェックを全員で行い洞窟から出ると、ジェラルドさんがまた洞窟を消していく。
何回見ても慣れそうにない、CGのような魔法に思わず瞬きを忘れてしまう。
「大丈夫です。行きましょうか」
地面から手を離したジェラルドさんがそう言うと、全員で川沿いを歩き出した。
このまま川沿いを歩いていけば3時間程で秘境に着くと昨日の夜バージルさんから説明があったので、逸る気持ちを抑えながら森の中を歩いて行く。
気持ちのままに行動して怪我でもしたら目も当てられない。
「秘境、どんなところなんですかねぇ」
「きっと気に入ると思うぞ」
私の横を歩くバージルさんにそう言われて、もっと気分が盛り上がってくる。
早く行きたいな。そしたら家を建てて、家具を揃えて新生活が始まるんだ。
期待に胸を膨らませている私を、微笑ましそうに見ているバージルさん。
「ゴールデンホーンブルの乳で加工品が作ってみてぇな」
「高級品じゃないですか。僕は釣りが趣味なので、落ち着いたら釣りがしたいですね」
「ジジくせぇ」
「落ち着きのない筋肉バカには苦痛でしょうね、釣りは」
「じゃあ俺はそれを買いにくるかな」
皆で、秘境に着いたらあれを育てたいとか、こんな事してみたいなど話しながら歩く。
農作業や畜産なんかはグレンさんが詳しいし、ジェラルドさんは釣りが得意だという話をしていると、バージルさんの買いに来ると言う言葉で、バージルさんは秘境に着いたらそこでお別れだという事を思い出した。
そうだ、秘境に着いたらもうバージルさんと別れなくちゃいけないんだ……。
楽しそうに俺もそれは食べてみたい、と話しているバージルさんの顔を見つめる。
何で私は、バージルさんがこのまま一緒に居てくれるって思ってたんだろう。
みぞおちがモヤモヤして、まだ秘境に着いても居ないのに、寂しくて泣きそうだった。
楽しみにしてた気分も、一瞬で盛り下がってしまう。
そんな私の顔を、プルメリアが心配そうに下から見上げてくる。
「大丈夫、ちょっとはしゃぎ過ぎて疲れただけだよ」
「ピィ……」
本当に大丈夫? と言いたげなプルメリアに、心配をかけないように微笑む。
どんなに私が寂しくても、バージルさんの事を待ってる人達も居るし、バージルさん自身の気持ちもあるんだから、寂しいなんてだだを捏ねる事は出来ない。
ここまで戦えない私を連れてきてくれた事に感謝しないと。
そう思うけれど、やっぱり寂しさが尾を引いてしまってる。
なんだろうこれ、刷り込みみたいな物なのかな。
この世界で初めて信用出来て、色々教えてくれた人だから、親鳥みたいな感じなのかもしれない。
「私、養蜂と果樹園がやりたいです!」
「いいですね、近くにハニービーも居ましたし、グレンにテイムしてもらいましょう」
「だから刺されるっつうの」
「小麦を作って、蜂蜜を作って、ミルクとバターが出来たら秘境特産パンケーキ作りたいです! グレンさんはミルクとバター作って下さいね!」
落ち込んだ気持ちを隠す様に、話しに入っていく。
そんな会話をしながら歩き続けていると、木が少なくなってどんどん明るくなってきた。
「もう森を抜けるぞ」
バージルさんのその言葉で、プルメリアがバタバタと走り出して先に行ってしまう。
崖から落ちたら危ないのでは!?
そう思って、私も慌ててプルメリアを追いかけた。
「待って! 危ないよ!」
「ピィピィ!」
木々を抜けたところでプルメリアを捕まえるためにしゃがみ込んだ。
「もー! 落ちたらどうするの?」
「ピィィ!!」
「どうしたのプルメリア」
向こうを見て!と言わんばかりに崖の方を向いて鳴くプルメリア。
抱えたまま視線を上げて、私は言葉を無くした。
崖から流れ落ちる水で、たくさんの虹が出来ているのが最初に目に入る。
それに目を奪われたけれど、すぐに3mくらいはありそうな鮮やかな花がいくつも宙に浮かんだまま咲いていて、その花からは更に枝垂れながら他の種類の小さな花がいくつも咲いているのが見えた。
プルメリアから手を離して立ち上がると崖の下まで見える。
地面には芝のような草と、色んな種類の花が咲き誇っており、樹齢何百年もありそうな大きな樹木が1本だけ滝の横に鎮座していた。
平地が広がりながらも、海まで崖で覆われるそこはまさに秘境。
今まで誰にも知られる事はなく、ただひっそりとそこにある楽園のような場所だった。
「すごい……綺麗……」
口を開けたまま動きが止まってしまう私の横で、同じように動きが止まっているジェラルドさんとグレンさん。
バージルさんはそんな私達を見ると、満足そうに何度も頷いている。
「すっげぇな……」
「こんなところが、あったんですね……」
「たまには迷子になってみるのもいいもんだろ?」
そう言いながら笑うバージルさん。
皆で満足するまで感動した後、アイテムボックスからバージルさんが魔導昇降機を取り出した。
逆L字型のそれを引っかかり部分を崖の上に固定して、長い部分を崖の下に出た形でバージルさんが設置してくれる。
その後に手招きをされたので崖のギリギリまで近付いたけど、結構な高さのせいで一瞬くらっとしたせいで、落ちる前に慌ててしゃがみ込んだ。
「ここの赤い部分に、チエが魔力を込めるとマスター登録される」
「魔力ってどう込めるんですか?」
「そうだな、ちょっといいか?」
魔力の込め方が分からない私に、バージルさんは私の手を取ると目を閉じる。
少しすると、繋がれた手から何か暖かい物が流れ込んでくるのを感じた。
ゆっくりと私の手から腕に流れていくそれは、胸の辺りまでくると、全身に広がっていく。
「今、俺の魔力をチエに流したんだが何か感じたか?」
「はい、暖かい物がゆっくり流れる感じがありました」
「その流れを意識しながら赤い部分に流し込む感じでやってみてくれ」
「はい」
赤いガラスのようなところに手で触れながら、今のゆっくりとした流れを意識する。
すると、赤いところが少しずつ光り始めて、どんどん光が灯っていった。
1分程で光が収まると、エンジンがかかったような音がし始めたので驚いて魔導昇降機を見る。
固定したところからどんどん大きくなっていって、崖下に向けてあった部分が伸びていく。
そのまま地面にぶつかると、ガシャン! と下から固定されたような音が響いてきた。
魔導伝書鳩もそうだったけど、コンパクトサイズにするのに魔法は特化しているんだろうか。
地面への固定が終わると、柵の着いた足場が昇降機に急に現れて固定されるとエンジン音のような物は止まって静かになった。
10人以上乗れそうなぐらいしっかりした足場だ。
城壁の修繕とかに使うと言っていたし、物が乗せられるように出来ているのかもしれない。
どういう原理なのか理解出来ずににぽかんとした表情で見ている私に、バージルさんが声をかけた。
「それじゃあ次は使用者登録だな。使ってもいいと思う相手の顔と名前を思い浮かべながら魔力を流してくれ」
「は、はい……」
バージルさんにそう言われて、バージルさん、グレンさん、ジェラルドさん、3人の顔と名前を思い浮かべながらさっきのように魔力を込めると、赤い部分が3回点滅して光が消える。
「これで全員使えるようになったな。下に降りてみるか?」
「はい、これ落ちたりしませんよね?」
「大丈夫だ。重大な破壊以外は魔素で自己修復が出来るからな」
そう言われたので、乗り場部分に全員で乗る。
グラグラすることもなく、しっかりと固定されているようだったので安心して息を吐く。
プルメリアは落ちてしまうといけないので、私が抱っこをしたまま一緒に乗った。
興味深そうにキョロキョロしているプルメリアは、嫌がる事もなく大人しく抱っこされたままだ。
グレンさんは私が落ちないようにか、背中の辺りの服をつまんでいる。
「怖いんですか?」
「は!? ち、ちげぇし……チエが落ちるといけねぇから……」
私の服をつまんでいるグレンさんに気付いたジェラルドさんがそう言うと、グレンさんは不服そうに顔を歪めていくが、そっぽを向いてしまう。
落ちないようにつまんで居たのではなくて、怖かったらしい。
ジェラルドさんが乗り場に付けられていた赤いガラスに触ると、またエンジンのような音がし始めて、ロックが外れるような音と共にゆっくりと動き始る。
大きく揺れる事もなく、少しずつ崖の下に近づいていく。
5分程かけて崖下に到着すると、魔導昇降機はまた静かになった。
「下から見るとまたすげぇな…」
グレンさんが上を見ながらそう呟いたため、つられるように視線を上げる。
勢いよく流れ落ちる水の雫が霧を作り出していて、太陽の光に反射してキラキラと輝いていた。
上を向きすぎて頭が重くなってきたので、正面を向く。
広大な土地が広がっていて、どこにでも好きに家を建てていいのかと思うと興奮もしたけれど、あまりに広すぎて逆に迷ってしまう。
「どこに家を建てましょう……」
「プルメリアが大きくなったら外に住む事になりますからね……。崖の壁面に僕が巣を作れますから、水辺と崖が近い方がいいのではないでしょうか」
「んだな。ついでに家畜用の獣舎も崖に作れっか?」
「ええ、ご希望の形になるべく沿うように作れますよ」
「なら滝から少し離れた辺りに家を建てればいいんじゃないか?」
「そうですね、ならもう少し奥にしますね!」
そう言われて、水しぶきが飛んで来ない辺りまで移動してからプルメリアを地面に降ろした。
プルメリアは川辺まで走っていくと、泳ぐ魚を興味深そう眺めている。
サイバーモールを開いて、土地・住宅・生活カテゴリーから土地購入を選ぶと、画面がカメラに切り替わって、範囲を選択してくださいと表示されたので、崖に近くて狭いかな? と思って後ろに下がっていく。
私が後ろに下がると、画面に映る景気も広がっていったためある程度離れたところで画面に触れる。
1㎡を1マスとして押した部分の色が変わり画面の右上に選択した土地の広さと値段が表示されていた。
そのまま指をスライドして150㎡を選択すると購入ボタンを押す。
購入完了、と出たため一度サイバーモールを閉じて購入した土地に近づいてみるが、特に変化はない。
「これ、本当に大丈夫なのかな……?」
不安になってそう呟くと、どうしたの? とプルメリアが私の方に駆けてくるが、途中で見えない壁に阻まれて尻もちをついた。
壁にぶつかったプルメリアは、何故先に進めないのか不思議そうに壁に前足で触れている。
「購入した土地へは購入者の許可が無ければ立ち入りが出来ず、攻撃も届かない安全地帯となる、か。すごいな」
「ええ、これなら何かあっても家に逃げ込めば問題ないですね」
「害獣に作物食い荒らされる心配もねぇな」
「すごい! これなら戦えなくても大丈夫ですね!」
「ピィィ……」
「あ、ごめんねプルメリア!」
どうして先に進めないの? と悲しそうな顔をして鳴いているプルメリア。
慌ててサイバーモールを開いて、土地購入のメニューから権限を選ぶ。
権限を与える対象者をカメラで撮影してください、と表示されたので、バージルさん、グレンさん、ジェラルドさん、プルメリアを順番にカメラで撮影していくと、権限メンバー一覧という部分に皆の名前が載る。
「多分もう入れると思います」
「ピィ!」
私がそう言うと、ご機嫌に走り出すプルメリアは壁に阻まれる事なく足元まで駆けてきた。
3人も順番に足を踏み入れて、周りを見渡している。
「どこからどこまでが範囲か分かりにくいな」
「そうですね、家の周りを柵で覆った方がいいですね。チエさんはどこまで範囲か見えるんですか?」
「サイバーモールの画面を通さないとわからないですね……」
「ここに家建てんのか?」
「はい、そうします。何があるか分からないので一回離れましょう」
全員で範囲の外に出た後に、住宅カテゴリーを開いてモデル販売を開いた。
3人で住むなら、予定していたより大きな家にしなくてはいけない。
皆も私の後ろから、モデル販売の家を一緒になって眺めている。
「これがチエの世界の家か。色んな家があるんだな」
バージルさんにそう言われて、ヘレトピアの建築物は石造りか、木造でも日本の住宅とは形が違う物が多かったな、と思い返した。
あんまり奇抜だと、ジェラルドさんとグレンさんの気が休まらないかもしれない。
そう思って、石造りの家を中心に見ていくことにした。
2階建ての石造りの家を開いてみる。外は石造りだけど、中は白い木製の床が広がっている。
リビングに暖炉が備え付けられていて、サンルーム付きの家だ。
家の横には薪を収納しておけるための倉庫も併設されていて、リビングから扉で繋がれていた。
キッチンはアイランド型オープン対面式で、IHクッキングヒーターと、キッチンとお揃いの白と黒を基調にした収納もついている。
居室が1階に一部屋、2階に四部屋あり、1階には大きなジェットバス付きの浴室、トイレも1階と2階両方備えられていた。
大きなガラス窓がたくさんある光が入りやすい5LDKの広々とした家。
お値段は金貨180枚。なかなかいい値段だけど、今なら問題なく払う事が出来る。
「この家でいいですか?」
「ええ、僕は問題ありませんよ。とても綺麗ですし」
「俺も問題ねぇ」
「じゃあこの家にしますね!」
購入ボタンを押すと、土地の範囲の中に家のシルエットが映し出される。
家を建てる場所を選択して下さい、と出たため、少し滝側に寄せてから決定を押すと、一瞬で家が出来上がった。
「すごい、一瞬で家が建ちましたね……」
「大工が廃業しそうだな……」
「すっげぇ……どうなってんだ……」
そのまま生活カテゴリーから上下水道、ソーラーパネル、発電機器、蓄電池を購入して設置する。
これで、もう生活が出来る状態になったはず。
あとは室内に入ってから家電や家具を揃えれば大丈夫なので、住宅の注文販売から家の外観と同じような見た目の石と鉄で組み上げられた柵や門で家の周りを囲う。
畑の分はまた別に土地を購入するつもりなので、全部囲ってしまった。
「なぁ、中入っていいか?」
ソワソワしたグレンさんがそういうので、皆で家の門を潜って庭へ入っていく。
玄関を開けると新しい家の匂いがして、白い木材の廊下が続いていた。
しっかりとした靴箱や収納があり、靴を脱ぎ履きしやすいようにイスが備え付けられていた。
「あ、ここ靴脱がなくちゃ駄目なんだ……」
「靴を脱いであがるのか?」
「まぁ、脱いでても安全地帯ですから問題無さそうですね」
「スリッパ用意するのでちょっと待って下さいね」
サイバーモールでスリッパを4足と、白のシューズラックとプルメリアの足ふき雑巾を購入して、玄関に設置した。
先に私がブーツを脱いでからスリッパを履くと、ジェラルドさんが見様見真似でスリッパを履く。
何度かその場で足踏みしたジェラルドさんは、感心したように呟いた。
「これ、物凄く楽ですね……」
「楽だと思ってくれるなら良かったです! 玄関で靴を脱ぐ習慣ないですもんね」
「おー! 本当にすげぇ楽だわ」
「確かに足が楽だな、ケイタが言ってたのはこういう事か……」
全員スリッパを履いて、プルメリアの足を雑巾で拭ってからリビングに入る。
キッチン以外何もない広い空間に、プルメリアがバタバタと駆けだした。
「こんな綺麗な家、貴族も住んでねぇな」
「そうですね、ガラスの製造はオリーヴァー教が秘匿していますし」
「そうだな、俺が住んでる家よりも快適だな」
「もう住める状態なので、あとは家具を購入するだけでいいですね」
「なぁ、これ何だ?」
壁についてる電気のスイッチを指差したグレンさんが、私にそう尋ねてくる。
キッチン近くにあった電気量を見ると少し増えていたため、スイッチに近付いて切り替えたら、全員びっくりして動きが止まってしまった。
「電灯と言う物のスイッチで、これで暗くなっても明るいままなんです」
「なんだこれ!?」
「電気というもので光を灯してるんです」
「便利ですね、何を元に動いてるんですか?」
「太陽の光をエネルギーに変えて動いてるんです。ここのモニターでどれくらエネルギーが溜まってるかもわかりますよ」
「魔素を変換して動く魔道具みたいなものか……」
興味深そうに電灯を見るバージルさん。
ジェラルドさんは考える素振りをしていて、グレンさんは面白そうに何度も電気を点けたり消したりしている。
電気が点くたびに、プルメリアが楽しそうにジャンプしていた。
「あとは家具や家電を購入するだけなので、ちょっと休憩しますか?」
「そうですね、ちょっと驚きすぎて頭が痛くなってきました……」
そう言って床に座り込んだジェラルドさんに、プルメリアが心配そうに近づく。
全員が床にしゃがみ込んだところで、バージルさんが口を開いた。
「家具が設置出来たら、今日はそこまでにするか?」
「そうですね、畑の位置や果樹園、養蜂箱の場所なんかは皆で相談した方がいいと思いますし」
「んだな。場所作った後に植え付けもあるしよ、明日のがいいんじゃねぇか」
「じゃあそうするか」
バージルさんとグレンさんが話しているのを聞きながら、作り置きの昼食を床に並べていく。
私は、いつバージルさんがじゃあ俺はここまでだな、って言うのかをビクビクしながら待っている。
離れなくちゃいけない不安と、新生活への期待で板挟みになりながら、私は静かにその言葉を待つしかなかった。




