第十二話 森の道
「では洞窟を消しますね」
次の日の早朝。
洞窟の前にジェラルドさんが立つと、膝をついてしゃがみ込み地面に手をついて何かを呟いた。
自然魔法を使う為にはエルフの古い言葉で自然に話しかけると説明はされていたけど、何を呟いているかまでは分からない。
すると、少しずつ洞窟が揺らぎだしてぽっかりと開いていた洞窟の入り口がみるみる無くなっていく。
感心したように見ているバージルさんと、この世界で初めて魔法を見て感動に震える私。
グレンさんは二度目の為か木に凭れ掛かりながら周囲を警戒していた。
3分程で洞窟は無くなり、ただの急な斜面に戻る。
洞窟をそのまま残しておかないのは、強い魔物の巣になるのを防ぐためだと言ってたので残念だけれど仕方がない。
「これで大丈夫です」
「お疲れさん。行けるか?」
「殆ど魔力も使ってないですし大丈夫ですよ」
「ジェラルドさん凄いです! こんなすぐに洞窟が無くなるなんて!」
「フフ、ありがとうございます」
「じゃあ行くか。取り敢えずこのまま南西に向かって道に出よう」
そう言って斜面を駆け上がるバージルさん。
ジェラルドさんも身軽に斜面を登っていくと、二人で私に手を伸ばしてくれる。
一人で登れる気がしなかったので大人しく掴まると、グレンさんが下から押し上げてくれて無事に登れた。
すぐにグレンさんも駆け上がって来たので、全員で歩き出す。
私の疲労軽減と歩幅に合わせて大分ゆっくりとした進行だけど、何かから逃げている訳ではないために前回程の疲れや息切れなんかはなく、皆で話をしながら歩く余裕がある。
「そういえば、街道のオーガ騒ぎはどうなったんですかねぇ」
「ああ、そう言えば討伐されたとロジャーから返事が来ていたな」
「そうなんですね! 良かった!」
「オーガをテイムしていたのが盗賊団だったのは驚きましたけどね」
「オーガをテイム出来るくらいの腕があんのに、道を外しちゃあな……」
残念そうにそう言うグレンさんに、ジェラルドさんが尋ねた。
「そういえば、グレンもテイムが出来るようですけど家畜化以外はしなかったんですか?」
「村から離れたところに一人で住んでたかんな……。なんかあっても世話できねぇと死んじまうし、家畜以外はテイムした事がねぇ」
「口も態度も頭も悪いですけど、本当に誠実ですね……」
「あん? なんだ喧嘩売ってんのか?」
「はいはい、そこまで。そういえばチエのスキルで魔物を買う事が出来たよな?」
思い出したかのようにそう呟いたバージルさん。
私もそう言われて思い返してみると、確かに家畜以外にも愛玩用や戦闘用のペットに魔物が居た事を思い出す。
「そういえば売ってましたね。何が居るかまでは覚えてないですけど、結構ページ数はあった気がします」
「チエさんのサイバーモルでしたっけ。謎の多いスキルですね」
「生まれつきなのか?」
グレンさんにそう尋ねられて、一瞬言葉に詰まった。
だけど、すぐにこの二人なら話しても大丈夫じゃないかと考えて、バージルさんを見る。
一緒に暮らしていくなら、知っておいてもらわないと困る事が出てくるかもしれない。
バージルさんもしっかりと頷いてくれたので、二人に説明をする事にした。
「私、あの……なんて言うか、オリーヴァー教の人達に異世界から召喚されたんです」
「え?」
「あん?」
きょとんとする二人に構わずに、説明を続ける。
喋っていないと、二人がどんな顔をしてるか分からずに不安になるからだ。
「異世界召喚される時に神様にスキルを貰えるんです。その特別なスキルの人を集めるために召喚してるみたいで……。でも実際召喚されてみたら意味が分からないスキルだったせいで、お金だけ渡されて追い出されました。そこでバージルさんに会って、スキルで色んなことが出来るので、土地を買って秘境に住んで、それで、あの……」
「チエのスキルで土地を購入すると、許可された者以外は立ち入れない安全地帯になるらしくてな。スキルで物の売買が出来るから、スキルが人にバレない様な安全なところで自給自足して暮らしていくために秘境に行きたいそうだ」
説明に四苦八苦してると、バージルさんが前を歩きながら補足を入れてくれた。
二人がどんな顔をしているか分からない私はそのまま俯いてしまい、確認が出来ずにいる。
全員で無言になっていると、横からいきなりグレンさんに抱きしめられた。
抱きしめるというか、もう殆ど絞め殺される一歩手前くらいの全力のハグ。
ときめきも何もあったものではなく、命の危機を感じる。
「こんなちっちぇのに可哀想に……! 辛かったな!」
そう言いながら全力で抱きしめてくるグレンさん。
腕をタップするけれど、全然気付く気配がない。
タップする力がどんどん強くなっていったところで、バージルさんがグレンさんに声をかける。
「そりゃグレンに比べればみんな小さいだろうな。あんまり締めるとチエが死ぬから程々にしておいてくれ」
「チエさんは、そんな目に遭ったのにどうして僕を助けてくれたんですか?」
バージルさんの言葉に、グレンさんの腕の力が少し弱まったところでジェラルドさんにそう尋ねられた。
その言葉の意味が分からずに、グレンさんの腕の隙間からジェラルドさんの顔を見る。
悲しそうな顔をしたジェラルドさんと目が合って、言葉に詰まってしまう。
何で助けたか、なんて。
「だって、私に酷いことをしたのはジェラルドさんでもグレンさんでもないじゃないですか」
私がそう言うと、ジェラルドさんも私を抱きしめてきた。
え、何この団子状態。
普段ならこんなイケメンに団子にされたらきっとときめきで死んでしまっているのに、あまりの展開に脳がついて行かずに疑問符ばかりが浮かんでくる。
「絶対、もう辛い目に遭わせません!!」
「え、はい。お願いします?」
二人の歩みが止まってしまったのでバージルさんも立ち止まって、この団子を面白そうに見ていた。
いや、暢気に見てないで助けて下さいよ。
そう思ったけど、私の頭に温かい物が一つ、二つと落ちて来て、グレンさんが泣いている事に気付いた。
私の為に泣いてくれてるのか。
そう気付くと抵抗する気もなくなって、ただ二人の温もりをじっと感じる事にした。
「俺、今度オリーヴァー教の奴見かけたらぶん殴るわ」
「奇遇ですね。僕も殴りたいと思ってました」
少しして落ち着いたのか、二人はそんな事を言い出したのでぎょっとする。
絶対に大事になるから切実にやめて欲しい。
「ほら、もう少し進んだら飯にするぞ」
バージルさんのその言葉で、グレンさんとジェラルドさんが私から離れる。
何故かそのまま二人に手を繋がれると、また歩き出す事になった。
いや、手を繋いでくれるのは山歩きに慣れてないから全然ありがたいけれど、両手が塞がってると歩きにくし、どうして急にこうなったのか分からない私は途方に暮れるしかない。
そのままの状態で2時間くらい歩くと、森の道に出ることが出来た。
少し疲れはあるけれど動けなくなる程でもなく、どちらかというと精神的な疲労の方が強い。
開けた場所で立ち止まったバージルさんが、ここでの休憩を提案したので、皆でそこに座る。
レジャーシートの上に、昨日の夜に作って置いたサンドイッチを並べていると、バージルさんに声を掛けられた。
「そういえばチエ」
「はい?」
「さっき話してた魔物、ちょっと見せてくれるか? ジェラルド、誰かいるか?」
「周りに人の気配はありません、大丈夫ですよ」
「いいですよ。サイバーモル」
すぐにペットショップを開くと、メニューを見ながら口を開く。
「家畜、愛玩、戦闘とありますけどどこを開きますか?」
「戦闘で頼む」
「はい」
戦闘用ペットのページを開くと、強そうな魔物が並んでいる。
どういう基準で値段がつけられているかは不明だけど、大体が金貨が必要な値段だった。
「どれでもいいから詳しく見る事は出来るか?」
「えっと、じゃあこれで」
たまたま目に付いたベヒモスを選択する。
買うつもりはないので、RPGとかでよく見かけるやつだくらいのノリでしかない。
「これは……」
「ベヒモスベビーって書いてありますね」
「ベヒモス!?」
「”今年の春に生まれたばかりのベヒモスベビーの女の子! 購入した時点でテイムされます。普段は温厚で川辺で草を食むのが大好き! ベタ慣れなので飼い主大好きちゃんに育ちます! ちょっと臆病で驚くと暴れる事がありますが、頭が良く指示にも従うため、複数飼育にもオススメです!”って書いてあります」
ペットショップによくこういうポップ飾ってあるなぁと思いながら説明を読む。
驚いたりすると暴れちゃうのかぁ、大変そうだなぁと思っていると、3人がとても静かな事に気付く。
不思議に思って3人を見回すと、頭を抱えていたグレンさんが口を開く。
「勝てる気がしねぇ」
「俺も無理だな。ベヒモスなんてSランクの中でも上位の魔物だし」
「と言うか想像でも戦おうと思う事に驚きですけど」
「ちなみに、ベヒモスの値段は?」
「金貨30枚だそうです」
「え、そんな安く買えるんですか?」
「他の子より全然高かったですよ」
そう言いながら他のページも見ていくと、白銀の毛色の子犬を見つけた。
フェンリルベビーと書いてあるのでページを開く。
「”今年の春に生まれたフェンリルの男の子! まだ夜鳴きをしてしまいますが、添い寝をすると収まります! 購入した時点でテイムされます。とても温厚でボール遊びと綱引きが大好き! ベタ慣れなので飼い主大好きちゃんに育ちます! 頭が良いので飼い主を喜ばせようと自発的に動きます! 仲間意識も強いためパーティーで行動する方にオススメです!”だそうですね。金貨11枚って書いてあります。」
書いてある事を読み上げると、とうとうバージルさんも頭を抱えてしまう。
「フェンリルもSランクだな。見た目が完全に子犬だけど……」
「でも大体購入した時点でテイムされるなら、チエさんも実質テイムスキル持ちみたいなものですね」
「何とか勝てる気がする……」
「冗談でしょう!? 厄災級の魔物ですよ!?」
グレンさんの呟きに、ジェラルドさんが珍しく声を荒げた。
二人の漫才の様なやり取りをのんびりと見ていると、何度か唸ったバージルさんは私の方を見ると、真剣な顔をして話し出す。
「チエ」
「はい? なんですか?」
「自分で飼うなら止めないが、他人には絶対に譲渡しないようにな」
「え、そんな危ない事しませんよ! 危ない魔物なんでしょう?」
「分かってるならいいんだ。ただ念のためな」
私の答えを聞いて安心したのか、バージルさんは置いてあったサンドイッチに手を伸ばして食べ始める。
確かにSランクの魔物と言われても、どれくらい強いのか私には分からないし、他の人がどれだけ脅威に感じるかも分からない。
きっと相当強いんだろうなぁとうすぼんやりと思うぐらいの知識しかないので、バージルさんが心配になるのもしょうがないと思う。
グレンさんとジェラルドさんも食べ始めたので、私もサンドイッチの他におにぎりやおかず、コップやお茶などを用意していく。
ひとしきりご飯を食べたところで、グレンさんが口を開いた。
「野営すんなら、あと4時間くらい歩くのか?」
「そうだな、陽が沈む前には野営の準備を終わらせたいな」
「いい場所があれば僕がまた洞窟を作りますよ」
「安全面で言えばそれはありがたいな。いい場所があるかどうかが問題だけど」
地図を取り出して野営の目標地を考えるバージルさん。
今はどれくらいの位置にいるんだろう。そう考えて横から地図を覗き込んでいると、バージルさんは地図を見えるように置いてくれた。
「今はこの辺りだな」
「よく私の考えてることが分かりましたね……」
ちょうどプレミリューまで半分といったところを、バージルさんが指差す。
徒歩でどれくらいかかるのかは距離を見ても分からないけれど、自分で想像してたよりも先に進んでいたので少し安心した。
私に合わせて移動してくれているので、遅れているんじゃないかとずっと不安があったから。
多分皆は気にしなくていいと言ってくれるだろうけど、やっぱり気になってしまうものは仕方ない。
「そろそろ出発しよう」
バージルさんのその言葉で、皆で昼食の後片付けをするとまた歩きだした。
特に魔物に襲われる事もなく、順調に進んでいる。
一応、所々壊れているが整備されている道なので、歩くペースもそこまで遅れてはいない。
途中で薬草を詰んだり、話をしたり、楽しい旅気分で歩いていると、ジェラルドさんが口を開いた。
「東から何か来ます」
「何か分かるか?」
「歩く音が人間や四足歩行の生き物ではないですね」
「チエ、少し離れてくれ」
皆が武器を構えたため、少し後ろに下がって距離を取る。
一体何が出てくるのかと目を凝らして森を見ていると、大きなムカデの様な生き物がのっそりと姿を現した。
あまりの大きさに、一瞬息を飲むと後ろに何歩か下がってしまい木にぶつかる。
気持ち悪い……! なにあれ、魔物!? 虫系の魔物!?
見た目の気持ち悪さと、動きのおぞましさに震えあがっていると、バージルさんが盾を構えて突進していく。
「ポイズンセンチピードだ! 毒に気を付けろ!」
バージルさんが盾でムカデに殴りかかると、グレンさんが大きく跳んで背中にナイフを突き立てようとするが、硬い胴体に弾かれてしまう。
戦法を変える事にしたのか、グレンさんは針を振り回す尻尾と胴の隙間にナイフを刺して、尻尾を切り離した。
少しの胴と一緒に切り離された尻尾は、何度か動いた後に動かなくなる。
「グレンナイスだ! ジェラルド、目を潰してくれ!」
バージルさんの指示に、すぐにジェラルドさんが弓を構えて矢を放つ。
勢いよく飛んだ矢は、ムカデの右目に深々と刺さるとそのまま止まる。
痛みでのたうち回るムカデの左目に、もう1本弓が刺さった。
ジェラルドさんはすぐにまた矢を番えると、口の中めがけて矢を射り続けていく。
あまりに一方的な戦闘に、おぞましさは残るけど、私はこの魔物そんなに強くないのでは? と気を抜いてしまう。
もう誰がどこに居るのかも分からないムカデは、身体をくねらせてがむしゃらに攻撃をしている。
けれど、バージルさんもグレンさんも攻撃に当たることなく、どんどんムカデが弱っていく。
「毒針だ! 気を付けろ!」
バージルさんの言葉に、ムカデの尻尾が急に動き出して針を何本も飛ばす。
皆当たることなく避けた事にほっと胸を撫でおろすと、一瞬右手の甲に痛みを感じた。
不思議に思って手の甲を見てみるが、特になんともなっていないため首を傾げる。
一瞬チクッとした気がしたんだけど、気のせいなのかな。
バージルさんが剣をムカデの頭ごと地面に突き刺すと、数秒のたうち回ってから動きが止まった。
それを見届けると、バージルさんは私の方を振り向く。
「チエ、もう大丈夫だ。何ともないか?」
「はい、大丈夫です」
「なんでここにポイズンセンチピードがいんだ?」
「最近魔物の動きが活発なせいだと思いますが、センチピード亜種は珍しいですね」
「まぁ何にせよ誰も怪我してないみたいで良かった。プレミリューについたらギルドに報告しておく」
ムカデの眼から矢を引き抜いたジェラルドさんがそう言うと、バージルさんも剣を地面から引き抜く。
ぴくりとも動かない魔物をアイテムボックスにしまうと、皆武器のチェックをしている。
一応、手の事もちゃんと言っておいた方がいいかもしれないと思い、剣を布で拭いているバージルさんに近づいた。
もし何かあったら、また迷惑をかけてしまう。
「バージルさん、あの」
「うん? チエどうした?」
「さっき毒針だ! って言った時に、右手の甲に痛みがあったんですけど大丈夫ですよね?」
私の言葉にぎょっとしたバージルさんは、私の右手を掴むと慌てて確認をする。
険しい顔をしたグレンさんとジェラルドさんも近づいてきて、私の右手を凝視していた。
赤くもなんともない右手を凝視されて、気にしすぎて痛いように感じたのかな? と恥ずかしくなってきた私は、手を引こうとする。
「気のせいかもしれないですよね、何もなってないし。ご迷惑をおかけしました」
「いや、ちゃんと言ってくれてありがとな。見た感じ何ともないが……」
「ですよね、すみません」
そう言ってバージルさんに握られた手を引こうとすると、急に膝の力が抜けて立っていられなくなった。
あれ、おかしいな? と思った時点でバージルさんが抱き留めてくれたお陰で転ぶ事はなかったけど、何回力をいれようとしても足に力が入らない。
頭が左右に振られているような、視界が定まらない感じがして背筋が寒くなってきた。
「チエ!? どうした!?」
力が入らないと口を開きたいのに、うまく力が入らないせいで何も話せない。
自分の身体に何が起きたか分からずに混乱していると、グレンさんの声が聞こえた。
「これか! 怪我してんぞ!」
「毒針が足にかすったのか!?」
「違ぇ! コイツだ!」
私のズボンの裾をまくっていたグレンさんが大きな声を出す。
右膝の裏に傷があるらしい。
そのままグレンさんが地面にナイフを突き立ててから持ち上げると、茶色の蜘蛛が串刺しになっていた。
それを見たジェラルドさんも顔色が変わる。
「ソウルイータースパイダーですよ! 早く解毒しないと!」
「チエ聞こえるか!? 傷の処置をするからな!」
「時間がねぇ! 傷縛れ! プレミリューまで俺が抱えて走る!」
頭がボーッとして、何を言っているのかも理解出来なくなってきた。
ああ、私このまま死ぬのかな、まだ秘境に行けてないのにな。
そう思いながら目を閉じる。
顔に当たる柔らかい髪の毛が気持ち良かった。




