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ニホンジンタウンへようこそ!!

作者: 奥森 類

 みなさま、混乱しているところ申し訳ないのですが。私の話を聞いていただけますか?

 そうですよね、分かります。分かりますよ。

 日常の中にいたはずなのに突然こんな洞窟のようなところに移動したんですから、何が何やら分からなくて当然ですよ。


 今回は九名の男女ですね。外見の特徴からすると全員ニホンジンかと思うのですが、私の言葉が通じない方いらっしゃいますか?

 あぁ大丈夫そうですね、英語は片言しかできないので助かりました。

 これから洞窟の入り口にある小屋でご説明をする予定なのですが、ひとまず先に大切なことを二点だけ伝えておきます。

 ここは日本ではありません、異世界です。

 そしてこの世界はあまり優しくありません、あなた方ニホンジンを利用しようとする人間が多く存在しています。

 ふふ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。私がみなさまをサポートしますから。

 それでは小屋へ参りましょう。



 ではみなさん、こちらにお掛けになってください。

 これから配る用紙は、いわゆる履歴書だと思ってください。この情報を元に後ほど個人面談をして今後の生活について相談する手はずになっています。

 記入しながらで構いませんので私の説明を聞いてくださいね。……あぁ、質問は個人面談にて伺いますので、申し訳ないですけど今はご遠慮ください、本当にすみません。手順なんですよ。


 さて、先程も申し上げたようにここは異世界です。昭和や平成生まれの方は想像しやすい人もいるかもしれませんが、いわゆる異世界転移っていうやつです。

 元号で言えば明治の後期頃から令和のごく初期までの間なんですが、ちょうど日本とこの町の空間がとても近づいていたようでして、ちょっとしたはずみで繋がってしまうんです。

 ただその繋がり自体も捻れているみたいで、年代もバラバラで一定数……大体10人くらいですかね、そのくらいの人数がまとまって先程の洞窟にポン! と出てくるんです。

 よく分からない? すみませんがこちらも調査の段階でして、詳しくは分かっていないのですよ。なんとなくそうなんだーって思っていただければ、と。

 大災害、たとえば大火事や大地震などですね、それが起きたときって大体行方不明者が出るじゃないですか。その中にはね、こうやって異世界に渡ってしまった人が含まれているのですよ。私の予想では神隠しに遭った子供も含まれていると思います。

 ただね、これは一方通行の落とし穴のようなもので元の世界、つまり日本に戻る方法というのは未だ発見されていないのです。ですから納得いかないでしょうけどここで暮らしていくしかありません。

 この小屋は洞窟から直接繋がっているのでまだ外を見てもらっていませんが、いわゆる中世ヨーロッパ風の町並みで、ここはとある国の首都です。外に出れば分かりますが、店番だったり職人だったり、首都の中では少数ですけれどニホンジンは色んなところで働いています。ただどうしても異国、いや異世界で同郷同士の方が落ち着くこともあり、職場はバラバラでもニホンジンの住居はわりと固まっています。ニホンジン向けの日本食に模した料理を売っている屋台もあるので、そこそこ安心できるでしょう。


 言語も文字も日本とは異なるので覚えるべきことはたくさんありますが、幸いにもこの異世界でもニホンジンというのは勤勉で真面目、と思われているので言葉さえ覚えてしまえば雇いたいと思う人間も多いのですよ。

 なので、個々に面談してどういう能力があるか確認しまして、それを元に言語を習得していただき、就職先に斡旋する。それが私のお仕事です。

 ええ、私もニホンジンなんですよ。北海道で教師をしていました。……え、そうは見えない? ふふ、異世界に来て混乱している人を相手にするのでとっつきやすい人間を演じている面はあるかもしれないですね。

 そうそう、この世界は魔法が存在しているのですが私たちニホンジンは魔法は使えません。体の構造が違いますからね、残念ですけどこの世界の人に見せてもらうくらいで我慢してくださいね。


 そろそろみなさん書き終わった頃ですかね。あぁ、まだの方もいらっしゃるか。

 では書きあがってるっぽいそこのあなた、ええそうです。あなたから順番に面談を始めましょう。

 どうぞこちらにいらっしゃってください。安心してください、個室ですけど怪しいことはしませんから。



 では履歴書拝見しますね。

 ふむ。宗教は特定の信仰なし、食べられない食べ物も少ない、いいですね。これはこちらに馴染みやすいでしょう。

 性格は、穏やかで争いごとは好まない、長いものに巻かれがち。あは! いいですねぇ。

 男女平等に関してどう思うか。平等である方が好ましいけれどもある程度の性差は仕方なし。

 政治に関して。興味なし。ふふふ。

 おお、素晴らしい。小学生の頃に算盤を習っていて、現在の職種は経理。ニホンジンの計算能力ってとても需要があるんですよ。商会や貴族家などでも通用しますよ、実務経験あるなら。こちらはあまり算術得意な方っていないんで。


 ふふ、ただ。ただね?

 ちょっと盛りすぎじゃないです? この履歴書。

 これはあからさま過ぎて逆に警戒されてしまいますよ、下手したらどこかの間者と思われても仕方が無い。ええ、あまりに無難過ぎますね。

 でも嬉しいですよ、私が最初にした二つの大切なこと。あれは殆どの方が真面目に聞いてくれませんから。これだけ警戒心の強い履歴書を見ることが出来て嬉しい。

 あなたの表情であったり目線の動き方、私に似ています。たぶん「前職」は私と似たようなものなんじゃないですか? あ、言わなくていいですよ。どうせ本当のことは言わないでしょう。

 信じるか信じないかは任せますが私は結婚詐欺で身を立ててたんですよ。やだな、そんなあからさまに納得したっていう表情しないでください。さすがの私もちょっとは傷つきます。

 こちらに来てから結構長いんです。最初はあなたみたいに自分の情報を適当に偽って無難に生活していたんですが、無難すぎて役人に目を付けられて今この仕事をさせられています。別に不満ではないんですよ、結構お給料が良いのですから。でもさすがに無難で目を付けられるって、何も信仰していないのにその時は神様を恨みましたよ。人を欺くことに関しては自信がありましたからね、もう心がずたずたです。

 だから、そんな目で見ないでくださいってば。


 ともかくあなたは合格ですよ。ちょっと履歴書直してもらいますけど、確実に商会くらいなら紹介できそうです。……いや、これ冗談になっちゃっただけで言おうと思ったわけではないのでこっち見ないで。

 ええと、履歴書のここと、あとここ。もうちょっとだけ書き直しておきましょうか。おお、いいですね。早速実践してちょっと無難から外してきましたね。さすがです!

 人を疑うことが得意なのに、柔軟に相手に合わせられる。私、あなたみたいな人タイプですよ。ここで結婚相手を探してもいいとは言われているんですが不合格者しかダメって言われていましてね、正直に言うと残念ですよ。あら、嬉しそうな顔してくれちゃって。


 ではね、これは仕事ではなく私からの忠告が二つ。合格者の中でも気に入った方にしか伝えていないことです。

 ニホンジンは体の構造のせいなのかもっと宇宙的パワーのせいなのか分かりませんが、この世界においては不老不死です。髪も爪も伸びるし傷だって入るし足がもげることもあるかもしれませんが、死ねません。死ぬためには教会に行ってお金を積んで、死ぬための魔法を掛けてもらうしかないです。ふふ、私その表情好きですよ。健やかに長生きするためにはもっと表情のコントロールをする方がいいです。

 あとね、もう一つ大切なこと。ニホンジンを信じてはいけない。貴族や王族、豪商も怖いですが、あなたを積極的に騙して利用するニホンジンは非常に多いのです。気が向いて助けてやったとしても、それは死ぬための金を奪うためだったりしますからね。忘れないでください。町で私と会ったとしても、話しかけてはいけませんよ。私が親切なのは今この瞬間だけですから。


 あなたはとてもいい、何よりも顔が無難。不細工でもないし美形でもない。虐げられる理由が一つでも少ないことは重要ですよね。美形、特に昭和中期ごろの美形は方々から需要がありますからね。面接自体しないです。なぜ昭和中期かって? 私には理解できませんが、ちょうどいいエキゾチック感があるらしいですよ。美醜は時代でも変わりますし、もしかしたらあなたの顔を欲しがる時代が来るかもしれませんけれど。


 ではこれで面談を終わります。あちらのドアから出て、待合所で待機してください。別の担当者が斡旋先との面談場所まで連れて行きますから。

 え、言語?

 ああ、ああ。一つ言い忘れていました。どういう仕組みか分かりませんが、普通に日本語を話せば相手に通じますし、相手の言葉も理解できます。ほら、魔法がある世界なんだからおかしいってことはないです。

 どこからどこまでが嘘なのか、真実は話しているのか? それはあなたがこれから自分で確認していくことですよ。まぁ、一つだけ、あなたの顔は無難だけどあなた自身は私のタイプの人間、これは本当です。

 だからその顔やめてください。


 もうお会いすることはないですが、どうぞ健やかに異世界ライフをお楽しみください。それでは。

ニホンジンタウンが存在しているのかどうかすら怪しい。

語り手は次に相手と出会って話しかけられたら、無理やり結婚相手にしそう。

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