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 ふと気づくと、絵里は祠の前に戻っていた。


「……よかった」


 ほっとする絵里に、「どうだった?」と少年が話しかけてくる。


「あんた、まだいたの」

「いるよ。おねえさんが祈りはじめてから、まだ一分も経ってないんだから」

「そうなの?」


 神さまが見せてくれたふたつの道。

 絵里にとっては実感を伴った長い夢だったが、現実では一瞬の出来事だったようだ。

 それでも絵里の心の中には、長い夢の中で蓄積された不快感が重みを持って蓄積されていた。

 だからこそ、「それで、どんな夢だった?」と少年から聞かれた時、胸につかえた重さを吐き出すように全てを話してしまったのだ。

 きっと酷い話だと同情してくれるだろうと思ったのに、少年は「ふうん」と気のない返事をした。


「それで、どっちを選ぶの?」

「どっちも選ばないわよ。不幸になるってわかってるのに、選べるわけないじゃん」

「不幸になるって……。おねえさん、わかってないなぁ」


 少年は呆れたように肩を竦めた。


「おねえさんすっごく恵まれてるんだからね。ふたつの道の入り口だけしか教えてもらえない人だっているんだから」

「入り口だけ?」

「そうだよ。おねえさんの場合の入り口は、離婚する際に父親か母親、どっちを選ぶかってところだよね。でも神さまは、その後のことを見せてくれたんでしょう?」

「そうよ。酷い目に遭わされたわ」


 絵里がむっとして唇を尖らせると、「でも、それってさ、おねえさんのせいでしょう?」と、少年はまた肩を竦めた。


「なんでそうなるのよ! 私は悪くないわ!」

「聞いた限りじゃ、おねえさんが悪いようにしか思えないけどなぁ。母方の祖父母の家でのあれは、おねえさんが田舎町を馬鹿にするような傲慢な態度ばかりを取っていたせいでしょ? 父方の祖父の家では、おねえさんが周囲の忠告に耳を貸さず、逆に相手のあら探しばかりして、楽な方に逃げ出しちゃったせいみたいだし。違う?」

「全然違うっ!」


 絵里は大声で怒鳴った。


「私は悪くない! そもそも私は、どっちの道も望んでいなかった」

「でも、現状だと、いずれはどっちか選ばなきゃならなくなるんじゃないの? だから神さまは、ふたつの道を選んだ場合のシミュレーションを見せてくれたんだよ」

「シミュレーション?」

「うん。今のままのおねえさんだったら、きっとこうなっちゃうよっていう疑似体験みたいな感じ。神さまから見せられた夢の中で、自分のなにが悪かったのかわかったんじゃない? どっちの道を選ぶにしても、失敗しないよう、もう一度反省してやり直しをする機会をもらえたんだって思えばいんだよ」


 なんとなくだが、少年が言っていることはわかるような気がする。

 でも、絵里は納得できなかった。


「なんで私が反省しなきゃいけないのよ。私は悪くないのに……」


 ふて腐れる絵里を見て、少年は眉をひそめた。


「おねえさんって性格悪いよね。傲慢で高飛車、世の中は自分を中心に回ってると思ってるでしょう?」

「うるさいっ! 子供のくせに生意気言うなっ!」

「おねえさんだってまだ子供のくせに……。母親は過保護で父親は厳格。どっちもおねえさんのことを思ってるみたいなのに、悪影響しか与えてない。足して二で割ったらちょうどいいのにね」


 少年は妙に大人びた仕草でふうっと溜め息をつくと、絵里をまっすぐ見上げた。


「それで、どっちを選ぶの?」

「どっちも選ばないわ」

「それは駄目だよ。神さまのせっかくの親切を無駄にしたら、神さまだってきっと怒るよ。ここの神さまは、本来は荒魂なんだって教えたよね? 長く封じられて退屈してるから、ちょっとしたお遊びで人間に親切にしてるだけなんだよ。甘く見ちゃいけないんだ」

「そんなの知らない。あんな嫌な目に遭うかもしれない道なんて選べるわけないじゃない。そもそもここの神さまって全然親切なんかじゃないわ」

「……お姉さんにとっての親切な神さまって、どんな道を選ばせてくれる存在なの?」

「そんなの決まってるわ。私を苛めた奴らがみんな不幸になる未来よ」


 ――そして私は、そんな奴らを見て、ざまあみろと笑ってやるんだ。


 そうだ。それこそが絵里の望みだ。

 自分を苛めた奴らが反省して後悔する姿を見たかったのだ。

 イジメから逃げ出した場所で、周囲の人間の顔色を伺いながら負け犬のように生きていくなんて真っ平だ。


 ――だって私は悪くないんだもの。


 きびすを返して祠に背を向けた絵里に、少年が声を掛ける。


「どっちの道も選ばずに帰っちゃうんだ」

「うん。でも、神さまには感謝してるわ。私の本当の望みに気づかせてくれたから……」


 ――私の望みは、あいつらに復讐すること。


 そして、ざまあみろと笑うこと。

 絵里は仄暗い笑みを浮かべながら、自転車に乗って夜の街を走って行った。

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