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「なによこれ! 助けてくれるなんて嘘じゃないっ‼」


 祠の前で意識を取り戻した和恵は、思わず大声で叫んでいた。

 夫から助けて欲しくて祈ったのに、二度とも夫の暴力で殺された。

 確かにふたつの可能性を示されたが、どちらを選んでも同じ結末なら選ぶ意味が無い。


「おねえさん、落ち着いて。大声出すと子供が起きちゃうよ」


 少年がしーっと人差し指で自分の唇を押さえている。

 確かに、こんなところで子供が目を覚ましたりしたら面倒だ。


「もしかしたら僕でもなにか助言できるかもしれないから、どんな夢を見たのか教えてくれない?」


 少年に促された和恵は、ダメ元でふたつの夢の話をしてみた。


「そっか……。おねえさん、酷い目にあったんだね」


 可哀想にと同情されて、少しだけ気持ちを持ち直す。


(本当に酷い夢だった)


 殴られた痛みも、夫の鬼のような形相も、死を間近に迎えたあの瞬間の恐怖や絶望も全て覚えている。

 あんな体験はもう二度としたくない。


「でもね、大丈夫なんだよ。あの夢は可能性であって、確定した未来じゃない。お姉さんの場合、神さまが示した人生の選択肢は、DVシェルターに入るか入らないかみたいだから、そのどちらかを選んだ後に夢とは違う未来に辿り着けるように頑張ればいいんだよ」

「頑張るっていったってどうしたらいいのかわかんないのよ」

「大丈夫。お姉さんは夢の中で神さまからヒントをもらってるよ」


 ひとつ目の夢の場合、DVシェルターに保護された後、かつての知人に会っても決して携帯番号や連絡先を教えなければいい。

 そしてふたつ目の夢の場合は……。


「ふたつ目はちょっと難しいかな。その場で児童相談所の人に助けを求めることはできるけど、子供が旦那さんに捕まってるんだもんね。旦那さんがやけを起こしたら厄介そうだし……。僕としては、ひとつ目の夢をお勧めするよ」

「ひとつ目の夢は、DVシェルターに助けを求めるほうか……」

「うん。たぶんおねえさんを助けてくれたDVシェルターって民間の施設だと思うんだ」

「民間? 国の施設のほうがいいんじゃないの?」

「違うと思う。僕のお母さん、仕事柄そういうことに詳しくて、民間のほうが自由度が高いんだって言ってたよ。公的シェルターだと、外の世界から完全に守るためにスマホを使えなくしたり、個人情報を知られないようにおしゃべりを禁止されたりするところもあるんだって。そういうの、ちょっとしんどいよね」

「そうね」

「民間のシェルターだとそういうことがないと思うから楽だと思うよ」


 確かに楽だった。たぶん、とてもいい所を紹介してもらえたのだろう。ひとつ目の夢の中の和恵は、守られていると感じながら穏やかに暮らせていた。

 

「僕はひとつ目の夢をお勧めするよ」


 もう一度少年が言う。


「……そうね」


 和恵は曖昧に頷き、ベビーカーに手を伸ばした。


「帰るの?」

「いいえ。休めそうな場所がないか探すわ。――色々とありがとう」


 ベビーカーを押しながら、鳥居の下をくぐり抜けようとした和恵に少年が声を掛ける。


「おねえさん、やけをおこさないでね。子供のためにも頑張って!」

「わかってる。じゃあね」


 和恵は振り返らずに、手だけ振って歩道に出た。


(子供のために頑張る?)


 頑張ってDVシェルターに逃げ込んで、息子とふたりで生きていく道を捜すのか?

 夫に見つからないよう、ずっと警戒し続けながら?


(冗談じゃない。そんな面倒な生き方は嫌)


 ――みっくんは? みっくんはどうなるの? ふたつ目の夢だと、あの男に殺されるのよ。


 心の中から悲しそうな声が沸き上がってきたが、あえて無視する。


(あの男に殺されるかもしれないと怯えて暮らす一生なんて真っ平)


 物心ついてからずっと暴力で支配されて生きてきた。

 自分だって、そろそろ自由に生きてもいいはずだ。

 そして和恵は、ふたつ目の夢を選んだ。

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