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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔術師の僕と藁人形の彼女

作者: 浅学

はいおはこんばんちわ、浅学です。

気分転換がてらに短編です。軽めのローファンタジー。

ひとまずは、本編をどうぞ。








 

 彼女は、戦う人形だった。

 彼女は、強かった。

 彼女は、戦うこと以外に無頓着だった。

 だから僕は、彼女の世話係として傍に付くことになった。




 この世界には、まだまだ不思議なことがたくさんある。現代科学では解析できないこと、常識では測れない出来事。魔術に妖怪、果ては外宇宙からの来訪者。人類は、意外と常に危機にさらされている。

 そういった常識外を狩るためには、相応に常識という皮を剥いだものを対応に回してやらなきゃいけない。

 そんな常識外れを造るために、裏では様々な外道が容易く行われる。そのなかでも今最もポピュラーなものが魔術的処理による戦闘機械の製造――通称『藁人形』。人が持つエネルギーを戦闘に特化させて、裏の仕事をさせようという至極単純な代物。僕が担当しているものは、その中でもとびっきりだった。何せ、人が持つ欲求の基礎の基礎、生理的欲求三種を、すべて戦闘のリソースにつぎ込んでいるのだから。

 僕の名前は夜辻満(よつじ みつる)。一人の女の子に、人間をやめさせた、特秘事象対策局の統括一族、夜辻の現当主だ。


 高校からの帰り、僕は下駄箱で件の女の子を待っていた。


「満さん、お待たせしました」

「いや、僕も今来たところだよ」


 そして、待ち人である藁人形が来た。名前は日向明(ひゅうが あかり)。人が持つ三大欲求を忘れた少女。彼女は、僕が許した時だけその生きるリソースをすべてつぎ込んだ戦闘欲求を開放する。

 小柄で器量の良い、黒髪を伸ばした乙女の姿だが彼女は基本的に生理的に必要なことができない。

 彼女は食事をとろうとしない。空腹になったと感じないから。空腹かどうかを聞けば、その時の胃の状況を答えてくれる。しかし、決して食べたいとは言わない、思わない。だから、僕が一緒に時間を取って食べることにしている。そうしないと、彼女は何も食べない

 彼女は睡眠をとろうとしない。眠くなったと感じないから。夜、隣にいる明にたして、僕は眠るようにいろいろと手を貸している。僕が眠るのは、決まって彼女が寝息を立ててからだ。

 彼女は排泄をしようとしない。身体にたまる排せつ物を出したいと感じないから。これが一番困る。わざわざ時間を作って、彼女と一緒にトイレに行くのは骨が折れる、というかむしろこっちが恥ずかしい。人の排泄する姿とは、何度見ても慣れるものではない。

 明は、僕がいないと何もしない。無論、日常生活を営むことはできる。しかし、今言ったような欲求に関する部分が欠落した生活を送る。だから僕が彼女のことを世話するのだ。


「今日はどちらに」

「中央駅のあたり。あそこらへんで妖が出てるって情報が入った」

「戦えそうですか」


 そばを歩く明を見れば、普段の物静かな様子からは想像もできないほど、爛々と目を輝かせた笑い方をしている。彼女の生きる欲求は、すべて戦闘というモノに入れ替わっている。共に過ごして数年、見慣れた顔ではあるが、この表情をする彼女に思うところがないわけではない。


「今回は既に二人被害者が出てる。討伐対象だよ」

「やった。楽しみです」


 彼女が見せる笑顔はとてもきれいで、無邪気なものだ。でも、やっぱりその笑顔の裏にあるモノが普通の女の子と違うと思うと、哀れみを感じてしまう。

 これは必要悪だ。政治屋にはどうしようもできない、純粋な暴力に対する対抗措置。もちろん分かっている。覚悟もしてきたつもりだった。でも、僕と同い年の女の子が、人としての尊厳を無理やり書き換えられていると思うとやるせないものがある。そして、その書き換えを行ったのが僕だというのが、彼女に対する思いを強くする。この真実を知っている僕が、彼女を思ってやらなくてどうするんだと。

 高校から家とは違う方向に歩くこと二十分。妖の被害が出ているという中央駅の近くに来た。

 雑多な人混み。制服やスーツ、私服の群れがそこらじゅうを歩いている。帰宅時間と被っているために、多くの人間がいる。

 この中で急に人が一人くらいいなくなっても、周囲は関心がないのだから気付かないだろうなと感じる。

 さて、どのように調査したものか。


「どうすれば見つかると思う?」

「手分けしてみるのが効率的ですよ」


 至極まっとうな回答だ。


「まあ、そうなるよね……僕は歓楽街に行くから、明は通りの方へ抜けてみてよ」

「分かりました」


 僕たちは次は一時間後に再び合流することにして別れる。

 被害者の二人はいずれも裏路地に腕や脚の断片が発見されているが、場所は固まっているわけではなく、ほぼ駅を挟んで反対側に位置している。正直、もう少し被害者が出てくれれば範囲も絞れるというモノだが。被害が少ないうちに事を収めろと言われている。

 通りを歩いていてもなにも発見がなさそうなので、素直に路地裏に入っていく。人の気配が一気になくなり、ごみと埃の舞う薄暗い景色が広がる。


「いやぁ、一本奥に行くだけでこうも景色が変わるとは」


 普段は山やら谷やら、見慣れた場所ではビル内であったり。そういう場所でドンパチしている。比較的閉鎖的であったり、人の気配がない場所での戦闘は行ってきた。こういう一本裏に入っただけの道には、存外縁がない。

 奥へ進むが、別段変わったところもない。なんとなく想像通りの薄暗い道を行く。

 長年日陰に面していた壁には黒いシミや苔のようなモノ。時折視界の端を動く虫らしき影。低く作動音を響かせる室外機の群れ。

 方向的には住宅地へと抜ける方向だろうか。その方面へと歩き、何もないことを確認する。横道にそれ、行き止まりを探し、なにがしかの痕跡を探して回る。


「何もない……」


 僕は結局、何も見つけることができなかった。四十分程度探し回って見つけたのは新しいショートカットの道くらいなものだ。

 踵を返して駅へ向かう。入り組んだ道を行くにはいまだにうろ覚えだ。明とさっさと話のすり合わせをしたい。

 そうして、道半ばまで戻ってきたところでだ。僕はその異常を見つけてしまう。

 それは怪しさと危うさを煮詰めたような横道。それがポツリと現れていた。ぽっかりと口を開けるようにある禍々しいその横道を僕は見た記憶がない。


「ここ、か……」


 汗が一筋、額から垂れる。魔術を扱っていると感じる禍々しい気配。妖や外宇宙の住人と相まみえてきた経験、危機感が警鐘を鳴らす。

 まずは、明と合流しないと。一人ではちょっと対処しきれない。僕はいったんその場を離れようとする。

 僕は意識の外に横道を追いやり急いで駅に向かおうとする。本格的な病床を見つけたのだから、後はソレを駆逐する藁人形を連れてくるだけだ。


「っと、すでにお出ましか……」


 しかし、一歩遅かったようだ。僕の目の前には蜃気楼のような揺らめきが立ち上る。振り返るが、反対側もしかり。


「鬼か」


 鬼。古来より生息する妖の一種。強大な力と比例するかのような長寿。妖術を操り、姿を隠しながら時折このように人里で被害を出す。二メートルはあろうかという偉丈夫、憤怒のような赤に染まった肌、そして額に聳える一本の角。


「ほう、我らを見ても怯えぬか」


 鬼が語る言葉はそれだけで一種の凶器だ。耐性のない人間はもとより、生半可な訓練を積んだ程度の人間でも、容易く金縛りにあう。人の本能を支配する一種の呪いだ。


「目の前にいる鬼よ、この後ろにいるのは式だな?」

「……貴様、ただの人間ではないな」

「ちょっとばかし、荒事に慣れているだけさ」


 懐から手袋を取り出し嵌める。こういった荒事には必需品だ。指紋はもちろん残さぬように。そして何より、僕の魔力を増幅してくれるこの手袋は様々な用途に用いることができる。


「だけど、君の相手は僕じゃない」


 僕は、地面をおもい切り殴りつけた。あからさまに意味の分からないであろう行動。

 しかしそれは、僕の魔力を地面伝いに藁人形におくる行為。さて、これを行うことによって明は文字通り僕の元へ飛んでくるだろう。


「気でも触れたか」

「ふん、上に気を付けた方がいい」


 反応はすぐに返ってきた。藁人形は、様々な術式を組み込んだ生ける魔導書のようなモノ。僕が必要な魔術のページをなぞってやれば、明はソレを起動して結果を起こす。

 例えば、今なぞってやった魔術は僕の座標を知らせて、その位置に転移してくる魔術。

 頭上から降ってくる明の手にはひと振りの刀。それを大上段に構え、重力を加えた一撃を鬼に打ち下ろした。明の降ってきた衝撃で轟音が鳴る。人がひとり降ってきた音だ、それなりに響く。しかし、それをかき消すように鬼が咆哮する。


「腕がああああああぁあぁぁアアァァァ!!」


 咄嗟に防ごうとした鬼の反応には感服した。だが、防ごうとした腕は肩のあたりまで真っ二つになっている。下手に斬り落とすよりも激痛だろう。背後に感じていた2匹目の鬼の気配も消える。案の定、鬼も妖術を使っていたようだ。

 しかし相手は藁人形。その中でも生存本能に繋がる欲求を戦闘リソースに全振りしている明だ、たかが人間となめられては困る。 


「満さん、大丈夫ですか」


 振り返り、こちらの状態を確認してくる明。目は心配しているようだが、どうにも口が緩んでいる。


「大丈夫だよ、さっさとソレ片付けちゃって」

「了解しました」


 明は僕の指示を聞くなり、鬼へと飛び掛かる。袈裟懸けに斬り捨てようとする明の一撃を避け、鬼は自らの断ち割かれた腕を締め上げる。するとそれは一瞬のうちに断面がふさがり、治癒してしまった。全くもって厄介。


「ちっ、陰陽師とも違う、なんだ貴様らは」

「単なるお国の掃除屋だよ。あんたらみたいなの専門だけどね」


 そして、再び明が斬りかかる。流石に先ほどの奇襲とは違い、鬼も相応に抵抗している。

 壁を伝い縦横無尽に動き回る明をとらえようと、鬼は容赦なく壁を粉砕し、瓦礫を飛び道具として投げつける。しかし、何合か打ち合ったのち、急に鬼が矛先を変えてきた。


「見たところ、貴様が術者の様子! ならば貴様を殺すのみ!」

「うわっ」


 面倒くさいことになった。流石に鬼の攻撃を防げるほどの術を使えない。

 鬼がこちらに投げてくる瓦礫を避けながら明に指示を飛ばす。


「明! さっさと片を付けろ!」

「了解しました。魔力を」

「ほら、もってけ!」


 僕のそばに来た明の背中に思い切り平手を打ち込む。掌から魔力を吸い出されていく感覚。

 急速に気力を抜かれる感触と共に、明の身体に妖しい光が灯る。


「補充完了、対象『鬼』殲滅します」

「斬魔刀、出力最大!」


 明の持つ刀は特別性だ。魔術で編んだ刀身に、僕の魔力が明の身体を伝って流れ込んでいく。

 飛び込み一閃、明は体に満ちる魔力を力に変えて解き放つ。鋼色の刀身は薄紫色に染まり、明の斬撃の軌跡を残した。

 鬼は反応もしない。それもそうだろう。明が刀を振り血を払うと同時に、鬼の身体は頭から股までを二つに分けられ崩れ落ちる。


「はい終わり」

「お疲れさまでした」

「本当にね、がっつり喰われたよ」


 疲労感が僕の身体を襲う。先程とは違うじっとりとした脂汗が出てくる。無理やり魔力を抜かれる感触というモノは、いつになっても慣れることはない。

 僕は携帯を取り出して特秘事象対策局に連絡を入れる。


「もしもし、夜辻です。……ええ、解決しました、鬼です。処理班を寄越してください」


 ちらりと死骸を見る。恨めしそうな表情のその眼には、未だに恨みがこもっているようにさえ感じる。

 それを見ながら会話していると、一瞬鬼の顔が歪んだ気がした。


「ッ!」


 咄嗟に顔をそらす。顔のそばを通ったソレは僕の皮膚を裂きながら背後の壁に小さな穴を穿つ。

 すぐさま動いた明は鬼の頭を細切れにした。感じていた恨みがましい視線は、物理的に消滅するに至る。というか普通に危なかった。


「ああ、いえ。ちょっとしたトラブルです。ええ、あとはよろしく、それでは」


 電話を切り、頬を撫ぜる。指先に付いた血は、あの最後の悪あがきが僕の命を奪うに十分な攻撃力を誇っていたことを知らせてくる。何を飛ばしたんだ、歯か。

 そんなマヌケをやらかした僕に寄ってきた明は、冷静な顔で聞いてくる。


「ケガは」

「大したことないよ」

「女の子が、顔の傷を大したことないというモノではありませんよ」


 そして、明は僕の顔をハンカチで拭くと、当然のようにポケットから出した絆創膏を貼ってくる。こういう所は、普通に女の子なんだなと感じた。


「さあ、帰りましょう。そろそろ夕食の時間です」

「ああ、そうだね。君も食べるんだよ」

「分かりました」


 そうして、僕たちは今日も課外活動を終えて帰宅の道につく。

 道中、そういえばと聞いた明のトイレの状況が割と切羽詰まっていたので、トイレの世話をしてやる。全く、戦闘に際しての頼もしさとのギャップにいつも困惑する。言わなければ、僕達の当たり前をこなせない。

 彼女は、少なくとも半分は人間をやめている。




 彼女は、戦う人形だった。

 彼女は、強かった。

 彼女は、戦うこと以外に無頓着だった。

 だから僕は、彼女の世話係として傍に付くことになった。










はい、ここまで読んでいただきありがとうございました。

楽しいですね短編。また気が向いたらこんなのもかいていきます。それでは!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 新着の短編小説欄で見かけて、読ませて頂きました。 内容は面白かったですよ。 ただ、戦闘に特化された日向明が哀れでしたが、実は百合展開だったとは……。 夜辻満には騙されました。(笑) [気…
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