悪魔編エピローグ
気がつけば昼の12時を過ぎていた。しかし未だに相談者は現れない。道に迷っているのだろうか?
「これが俺の全てだ」
俺は結局、話せる全ての事情を富士見に話していた。富士見は基本的に聞いているだけで質問はしてこなかった。とにかく全ての話を聞いてから判断する、そう言っていた。
「怪奇谷君」
富士見は久しぶりに声を出した。俺は反応しようと富士見に顔を向けようとしたが……
「いてぇ!!」
バチっとおでこに小さな衝撃を覚えた。再び富士見を見てみると、指を正面に向けていた。そのポーズから察するに、デコピンをされたようだった。
「な、なにすんだよー」
自分でもわかるが情けない声で富士見に質問する。
「まず最初にお仕置き。あなた、頑張りすぎよ」
富士見の声はいつもに増して、低いように感じた。
「頑張りすぎなのよ……なによ……悪魔と契約して、そして恋愛も出来ないなんて……それで貴方だけじゃなくて智奈も苦しんだのよ? わかってるの?」
智奈も苦しんだ。その言葉に関しては何も言えなかった。
あの時俺は恋愛など程遠いものだと感じていた。だから実際に智奈に好意を向けられた時は本当に申し訳なかった。期待に応えることができなくて。
そして何より、こんな俺を好きになってもらって。
「でも、それ以上に……もっと自分を大切にしなさい。それじゃあ、いつか貴方が先に壊れるわよ?」
「はは。富士見にだけは言われたくないセリフだな」
「わかってるわよそんなこと。それでもよ」
富士見の声はいつもに増して真面目だ。ふざけている様子もない。
「やっぱり富士見は反対か? 俺が……リリスを助けたこと。悪魔と契約したこと」
「悪魔っていうものが存在していること自体に驚きだけど、普通に考えればそれはおかしいってことぐらいわかるし、私も認めたくない」
それはそうだろう。実際、あの場にいた人間で冷静に考えて正しいことをした人間は果子義と真令なのだ。
「でも」
富士見はそれに付け加えて言った。
「私も怪奇谷君に賛成するわ。だって私もおかしいからね」
富士見も同じだと言った。正直に喜んでいいのかわからないが、俺の感覚としては嬉しい気持ちだった。
「ありがとう、富士見。人に話したのは初めてだけど富士見でよかったよ」
「ふん。私を誰だと思ってるの? 超絶美少女の私よ?」
いつもの調子に戻ってきた富士見。
「それに、私もヘッドホンさんのことは好きだし。消えて欲しくないからね」
富士見もヘッドホンのことを良く思っていてくれたのだ。それは素直に喜ぶことじゃないか。
「それじゃあ私として気になったことをいくつか質問するわね」
富士見の質問タイムが始まった。俺はそれに答えていった。まず神魔会はどうなったのか、について。
あの後不安堂は果子義、真令と合流して街を去ったようだ。不安堂は悪魔は始末したと報告したらしく、2人もあっさりと了承したらしい。不安堂の手にかかればあっさり始末出来る、そう思ったのだろう。
そしてリリスは付喪神になったことで気配も察知されない。ひとまず狙われる心配はなくなったのだ。
次に翔列について。翔列は不安堂に気絶させられていたのだが、俺が回収して家に連れ込んだ。
そのまま看病していたら眠ってしまい、朝起きたらいなくなっていた。ベッドのそばには置き手紙が置いてあり、俺とリリスに対する謝罪が書いてあった。ついでに借りた服は返さなくていいと言われ、燃えてしまった服の代わりは後日届けられた。
それ以降翔列には会っていない。今もどこかで除霊師として、妖怪殺しとして活動しているのだろう。
そしてリリス。結局なんとかリリスの話を聞いてごまかすところはごまかすことにした。
例えば俺たちの出会いの記憶が曖昧になっていた。ヘッドホンは俺がピンチになっているところを助けに入って出会った、という記憶になっているらしい。果子義の時のことを考えればあながち間違いではないが……このように話を合わせるようにしたおかげか、生活していく上で困ることはなかった。
ただヘッドホンの存在を出来るだけ人にバラさないようにする。その上で出来るだけ一緒に行動する。それだけを意識していた。
「あいつと常に一緒に行動していたのはそれが理由だ。一緒にいれば俺がうっかりと話してしまうこともないからな」
「そうね。ただのヘッドホンマニアの変態ってわけではなかったのね」
富士見は俺のことを物珍しそうに見つめる。
「智奈には、話さないの? それを話せば付き合えない理由も伝わると思うんだけど」
あの時はヘッドホンと一緒にいたから話せなかった。確かに話せば納得はしてくれる気もする。それでも。
「いや、話さない。俺は富士見だから話したんだ。この話は他の誰にも話さない」
智奈を信用していないわけではない。もちろん他の人もそうだ。役1名(自称可愛い先輩)を除いて基本的に信頼をしている。それでもだ。話さないと決めたのだ。
「これは俺自身の罰でもある。だから俺が背負うって決めたんだ。でも正直言うとやっぱりきつかった。誰にも話さないっていうのは。だからありがとな」
富士見だから話せたのだ。俺にとっても、全面的に信頼している富士見だからこそ。
「はぁ、ほら! そろそろいくわよ」
と、富士見はそそくさと立ち上がってしまった。
「行くってどこに?」
「冬峰さんを捕まえによ。早くしないと分解されてるかも」
「そ、それはまずい! って相談者はどうすんだよ」
「まあ遅れてるみたいだしちょっとぐらい席外しても問題ないでしょう」
富士見はドアの前に立ったまま動かない。それに表情も見えない。富士見は一体今、どんな顔をしているのだろうか?
「さあ、早く行くわよ。貴方の契約者さんを探しにね」
部屋に戻る。そこには壊れたヘッドホンが置いてあった。
「アンタ、何やってたんだ?」
ヘッドホンから声がする。つい先程まで部屋にいた銀髪の女と同じ声だ。
「それよりアタシ……少しずつだけど思い出してきたんだ。確かアンタは何者かに襲われていて……それをアタシが助けた? だっけ?」
よかった。俺のことは思い出してくれたんだ。出来事は少し変わっているが。
「そんで? アタシはなんなんだ?」
「付喪神だ。忘れたのか?」
「付喪神?? アタシはそういうもんなのか。ふ〜ん。でも名前が思い出せないんだよなぁ。なあ? アタシの名前ってわかるか?」
名前。わかるさ。忘れるはずもない。
「わからないな……まあでも無いのもわかりにくいし、仮の名前でそのまんまでヘッドホンってのはどうだ?」
「なんだそれ。まあ名無しも呼びづらいか。仕方ない、それでいいよ」
「お前こそなんで俺の名前呼ばないんだよ。忘れたわけじゃ無いよな?」
「え? ああ、わかるよ。うん……なんだか胸に残ってる……だけどなんか言えないんだよな。しっくり来ないというか……発しにくいというか?」
ヘッドホンが壊れているせいか、その辺りに支障があるのだろうか。あるいは、彼女に課せられた罰なのか。
「なあ、ヘッドホン。これから外行くけど一緒に来るか?」
俺はヘッドホンを取って首につける。本来なら音楽を聴くために耳に当てるだろう。しかしこのヘッドホンは用途が違う。だから首につけるのでいいのだ。
「アンタが行くならアタシも行くぞ。っていうかなんでかわからないけど行動を共にするべし! ってアタシの勘がそう告げてるぜ!」
約束を果たそう。たとえ記憶が無くても。忘れていたとしても。俺は覚えているのだから。
「ああ。見せてやるよ。この世界の素晴らしさをな」
そこには悪魔はいない。あるのは、僅かな希望を抱いてる男と、ただの希望に満ちたヘッドホンだけだ。
悪魔編 完




