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幽霊がいる世界  作者: 蟹納豆
悪魔編

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悪魔編プロローグ

 幽霊相談所は将棋部にあり、そこに俺たちは度々集まって幽霊事件を解決してきた。

 そして今、新たな事件が発生しようとしていた。


「さて、すき焼きか焼肉。どちらがいいかここで決めなさい」


 将棋部の部室に響く声。それは俺の前に座っている少女のものだった。


「いや待て。そもそもなんでどっちも肉なんだ? 他にもあるだろ? 鍋とかたこ焼きとかさ!」


「わかってないわね。これを見なさい」


 富士見はため息をつくと、スーパーのチラシを見せつけてきた。そこには。


『肉!! 全品50%OFF!! お買い得!!』


 と、大きく書かれてあった。


「なんだよこれ! 50%OFFって……こんなことあるのか?」


 確かにこれが本当ならかなりお買い得だ。それと同時に不安も抱いてしまうが。


「ね? となれば肉を使わないわけにはいかないでしょう」


 と、胸を張る富士見。


「それじゃあ買い出ししないとね。ちょっと待ってて」


 そう言って富士見は携帯を取り出して誰かと通話を始めた。

 8月31日。夏休み最終日。夏休みの後半は入院していて、ろくに遊ぶことは出来なかった。退院したのも3日前で、課題に関しては気合いで半分終わらせたところだった。


「ええ、そうなんですよー。だからこうしてお姉様に頼んでるわけです」


 富士見がお姉様と呼ぶ相手は1人しかいない。俺の姉である奏軸香だ。

 今回、食事会をすることになったのには理由がある。それは富士見の言葉がきっかけだった。


 夏休みも終わることだし、何かやらない? と。


 そして姉ちゃんと恵子は奏軸家へと明日帰る。それから俺の退院祝いも含めて、食事会をやろうと話が進んでいったのだ。


「そうなんです。ちょっと仕事が入ってしまって。だから買い出しをお願いしてもいいですか?」


 富士見はなぜわざわざ姉ちゃんに頼んでいるのか、これにも理由がある。

 現在時刻は午前11時。そして夏休み最終日にもかかわらず部室にいる。ということはつまり、相談者が現れたのだ。


「よし。買い出しのお願いは出来たわ。あとは参加者だけど……」


 そう言って富士見は指を使って数え始めた。


「私、智奈、冬峰さん、恵子さん、お姉様……あっ! あと私の目の前にいるあなたね!」


「おい」


 智奈もなんとか無事に退院出来た。結局俺と富士見は、智奈と普通に接している。そう感じているだけかもしれないが……


「ふじみー。アタシも忘れんなよな」


「あらごめんなさい。でもヘッドホンさんは食べられないでしょ?」


「匂いだ。匂いを感じるんだよ! それでアタシは満足さ!」


 冬峰は富士見がたまたま見かけて声をかけたらしい。他にも誘った人はいる。

 まず剛。俺の友達の1人だ。しかし用事があると断られてしまった。

 父親、怪奇谷東吾。しかし父も仕事で無理だという。そもそも誘う理由がないだろう。

 そして風香先輩。彼女も用事があるとのことだった。本人曰く。


『可愛い私は秘密がいっぱいなんだよ〜』


 とのこと。謎だ。


「それで怪奇谷君。この『幽霊相談所』のリーダーであるあなたが決めなさい。すき焼きか、焼肉か」


「そ、そうだな……それじゃあ」


 この際どっちでもいい。俺は適当に思い浮かんだ方を挙げようとした。


「おっ邪魔しまーーーーーーす!!!!」


 突然、勢いよくドアが開けられた。


「あれ? 怪奇谷君、もう退院したんだ」


 そこには浮遊霊の少女、冬峰紅羽と。指導霊が見えるうちの非常勤講師、同志辰巳が立っていた。


「冬峰。それに同志先生も。どうかしたんですか?」


「いやこの子がね。この辺りで1人で遊んでたから私が相手してあげてたのよ」


 なるほど。同志先生なら指導霊の2人がいるから冬峰を普通に見ることができるのか。


「とか言って、辰巳も年甲斐もなく結構はしゃいでなかった?」


「そうだぜドラコよ。ありゃー20超えた奴がやる様なもんじゃねぇぜ?」


 と、2人の指導霊が同志先生に向かって悲しそうな目を向ける。


「なっ……! う、うるさいわね! 変な誤解されるでしょ!」


 同志先生を見て富士見が立ち上がった。


「こんにちは、同志先生。怪奇谷君から話は聞いてます。私のことも聞いてるかと思います」


「ああ、あなたが富士見姫蓮さんね。生田さんと仲良くしてくれてるみたいね」


 そう言って2人は握手を交わした。と、その瞬間富士見は視線を同志先生の後ろに向けた。


「お? お嬢ちゃん、俺たちが見えるか」


「初めまして。僕は『ボク』と呼ばれています。こちらのオジサンが『オジサン』です。ネーミングセンスに関しては辰巳に聞いてください」


「初めまして。あなた達が指導霊ね。あなたはダンディ。そしてあなたは意外と可愛らしいのね」


 そういえば指導霊2人と富士見は今回が初見だったか。


「しかしまあ……お嬢ちゃん。()()はなんだ?」


 オジサンの言う()()とはおそらく不死身の幽霊のことだろう。


「私にもまだよくわかっていないんです。もしかしてあなた達ならわかるんですか?」


 オジサンとボクはお互い顔を見合わせたが、どちらもわからないと言った表情だった。


「現状ではわからない、としか言いようがないですね。でも……そうですね……なんだか僕たちに似たようなものを感じます」


「ああ。なんだか似たような……というより……近くにおんなじものを感じるというか」


 指導霊に似たようもの? となるとやはり守護霊なのだろうか? 

 実際富士見が怨霊に取り憑かれたときも、不死身の幽霊が守っていたらしい。だとすれば守護霊に近い存在なのかもしれない。


「ところで魁斗お兄さん!」


 気がつけば冬峰が近くに寄ってきていた。


「な、なんだ?」


「いつも付けてるそのヘッドホン。私にも見せてくれませんか?」


 ヘッドホンがビクッとしたのがわかる。俺も少し戸惑った。ヘッドホンを他人に渡したことはない。理由は簡単だ。()()()()()()()


「いいじゃない。見せてあげなさいよ。それとも何? 怪奇谷君ったらそれがないと生きていけないのかしら?」


 なぜか富士見が冬峰の味方をする。どうする。考えろ。渡しても大丈夫か?


「……」


 大丈夫。大丈夫だ。別に冬峰は悪い奴じゃない。それに、()()()()()()()()()()()()()


「ほらよ。見るだけだ……!」


 ぞ。と言おうとした。しかし冬峰はヘッドホンを奪うとやっほー! という掛け声と共に外へと飛び出してしまった。


「なっ……! ま、待ってくれ冬峰!!」


 俺は冬峰の後を追おうと立ち上がった。しかし、そこに予想外の障害が生まれた。


「富士見?」


 富士見がドアを閉めた。そして俺の前に立ち塞がったのだ。


「富士見。どいてくれ。冬峰を追わないと……ヘッドホンが!」


「怪奇谷君。話をしましょう」


 富士見は立ち塞がったままだ。


「話? 話ってなんだよ。そんなことより……」


「安心して。冬峰さんはヘッドホンさんに何かしたりはしないわ。ただ持っていってもらっただけだから」


 なんだ、その言い方は。それじゃあまるで。


「そうよ。私が頼んだの」


 富士見が冬峰にヘッドホンを奪うように頼んだ? 意味がわからない。なぜ? なぜそんなことをする?


「な、何が目的だ? もしかしてまたあれか? 風香先輩とつるんで何か計画してるのか? また怨霊がらみなのか?」


「落ち着きなさい。別に今回は怨霊も関係ないし、風香さんもいないわよ。私が独断で決めたことよ」


「だ、だったらなんなんだ? ヘッドホンを冬峰に奪わせて何がしたい?」


「……どうしてそこまで焦っているの?」


 富士見に言われ俺は気づいた。俺は、焦っていた。何を?


「ヘッドホンさんがここにいないだけで、そんなに焦ることがあるの?」


 違う。不安だったんだ。あいつがここにいないなんてことが。


「怪奇谷君。話してほしいの。あなたのことを」


 富士見はまっすぐ見据えて言った。富士見が言う話してほしいこと。それはつまり。


「考えてみれば私はあなたのこと全然知らないのよ。この前、智奈のことであなたに質問したでしょ? あの時もあなたは不自然なこと言っていた。その時の様子を見て思ったのよ。()()()()()()()()()()


 富士見は言葉を続けた。


「言いたくても言えない。前の私がその状況に置かれていた。それをあなたは助けてくれた。だから今度は私があなたを助ける番よ」


 確かに俺は富士見を助けた。だから次は富士見が俺を助ける。そう言いたいのだろう。


「もしかしたら……いえ。助けるなんて言っておいて何も出来ないかもしれない。でも話を聞くだけでも……それを知っている人が1人でもいるだけでも楽になるんじゃない?」


 俺の、話。この場にいる誰もが知らない俺の話。


「だからこうして2人っきりにさせてもらったの。ヘッドホンさんのことは謝るわ。だけどさっきの反応からすれば、ヘッドホンさんも関係してそうね」


 俺は、話していいのか? 今まで誰にも話していなかった。それでも。


「……よかったら、話を聞かせてくれない? あなたの、過去に何があったのか」


 そんな簡単には話せない。だけど……富士見はきっと折れることはないだろう。


「いいのか?」


「何が?」


「俺の過去の話は誰にも話したことはない。そして、それを聞いたら……俺のことを嫌いになるかもしれないぞ? それでも、聞きたいのか?」


「私が今更あなたのことを嫌いになると思う?」


 参ったな。俺も心のどこかで、こんな風に話を聞いてくれる奴が現れるのを期待していたのかもしれないな。


「わかったよ、全部話す。だけどこれだけは約束してくれ。俺のことを嫌いになっても、軽蔑してもいい。だけど、絶対に誰にも話さないでくれ」


 富士見は黙って頷いた。そして俺たちはイスに腰掛けた。俺がこれから話すのは過去。と言っても今年4月の話だ。

 いいのか? 本当に話しても。なかなか決心できずにいたが、大丈夫だ。うん、きっと大丈夫だ。富士見ならむしろ安心だ。

 俺は自問自答していた。首元にいつもいるヘッドホンはいない。それは、あの日あの時と同じだ。

 さあ、全てを話そう。あの日何があったのか、その全てを。

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