怨霊編その18
私はとある中学へと来ていました。今日は私が通う中学の男子バレー部の大会でした。女子バレー部に所属していた私たちは男子の応援に来ていたのです。
男子は常に県大会1位を取るなどいわゆる強豪でした。対戦相手はそんなに強いところではなかったと思います。
「ねぇ見てよー。相手中学のメンバー。ヒョロヒョロしたやつばっかじゃーん」
「ほんとだ〜! これなら応援もしなくても勝っちゃうかもね」
同じチームメイトはそんなことを言っています。ちょっと口が悪いんじゃないかと思います。
とはいえ、彼女たちの言葉には私も多少なりと同意していました。相手校は練習試合でもよく見かける所でした。それでもあんまり勝っているところを見たことがありませんでした。
私も内心、今回もうちの中学が勝つだろうと思っていました。
「あ! ちょっとあれ見てよー! あそこのアイツ! 1人でボール拾いしてるよ!」
「あっほんとだ! ハハハハハ!! なっさけないね〜」
「あれ対戦校じゃない? もう勝ち確でしょ」
相変わらず口が悪いです。でもそんな言葉が気になって私はその人を見てみました。その男の子は1人でボール拾いをしていました。みんなは馬鹿にしていました。それでも私には。
一生懸命に頑張ってるように見えたのです。
「……あ」
つい声が出ていました。
「ん? 智奈? どうかしたの?」
私はあまり声を出さないのでチームメイトが気になって声をかけてきました。
「あ……ううん……なんでもないよ……」
「そう? あ、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな? ジュース買ってきてくれない? 3つ! 頼める?」
私はお金を受け取って頷きました。そうです。これが私の仕事なのです。
私は自動販売機に向かう途中、さっきの男の子を見かけました。男の子はどうやら怒られているようでした。あんなに頑張っていたのに……私は見ていてなんだか悲しい気持ちになりました。
それから試合が始まってからも私は自分の中学の男子バレー部よりも、さっきの男の子を見ていました。男の子はベンチでした。レギュラーではありませんでした。
「いっけー! 頑張れー!」
「なんだかんだであんた応援してんじゃん!」
「えー? だって応援した方がイメージいいじゃん?」
理由はどうあれちゃんと応援しているのはいいことだと思います。私は恥ずかしくて拍手ぐらいしか出来ませんから。
結局試合は私たちの中学の勝ち。対戦校は惨敗といった結果でした。あの男の子は試合には出てすらいませんでした。
それから数日が経ちました。度々行われる練習試合や大会であの男の子を見かけました。
私は何度もその男の子のことを見ていました。理由は……わかりません。興味、だったのか……何か、私と似たようなものを感じたのか。それだったらかなり失礼ですね。
この日は練習試合で私は審判をしていました。私は審判が好きでした。試合全体を見ることが出来て、お互いの戦略を考えることが出来るのが楽しかったからです。きっと私はこういった頭を使うゲームなどが好きなのでしょう。近々手を出してみようかと思います。
私が審判を務めた試合の中学はなんとあの男の子の中学でした。もちろん彼もいました。ベンチに。
私はこの試合で1つだけミスをしてしまいました。あの男の子の中学側に誤審をしてしまったのです。その時はそちらの中学の方にボロクソに言われたのを覚えています。試合が終わった後も冷めた目で見られました。正直悲しかったです。
その日はもう用事がすんだのでその場を立ち去ろうとしました。
「あのさ」
私は声をかけられました。何か文句を言われるのだろうと思い、振り返りました。
「さっきの、気にしなくていいからね。君の審判いつも正確だけどたまにはミスだってあるしな」
その人物は、あの男の子でした。正直頭が混乱していました。なんで? なんで私なんかに話しかけたのか? それに、今なんて……?
「え、あ……い、いつもって……」
「え? あ、ああごめん。君が審判やってるのよく見るからさ。覚えちゃったんだよね」
嘘かと思いました。だけど嘘をついているようにも見えませんでした。それ以上に。
私を見てくれている人がいることが、嬉しかった。
「まー、それだけ」
男の子は立ち去ろうとしました。
「ま、待って! ください……」
「ん?」
つい、呼び止めてしまいました。こんないい機会、逃すわけにはいきません。って何を考えているんでしょうか私は……
「その……どうして……いつも……あんなに頑張れるんですか……1人でボール拾いをして……1人で怒られて……1人で後片付けも準備もして……試合にも出られなくて……それでもどうして頑張れるんですか?」
こんなに喋ったのは久しぶりでした。ちゃんと伝わったでしょうか?
男の子は一回そこで笑いました。そしてこう答えました。
「いやぁ恥ずかしいな! まああれだよ……俺って諦めが悪いんだ」
男の子はそのまま続けます。
「まあ確かにきついけどさ。そう簡単には諦めきれないんだよな。だってさ、希望があれば諦めきれないだろ?」
私はこの人の言葉をただ聞いていました。
「とはいえ諦めは肝心だぞ? 無理な時はきっぱりと諦める。それが俺の考えかな? 別に参考にしろとは言わないけどなー」
「私には……出来ないです……」
つい、言葉にしていました。
「私はすぐに諦めてしまいます……もうダメだなって思ったら……抵抗もせずに……反抗もせずに……嫌だとしても……すぐに諦めてしまいます……」
私は、この人のようにはなれない。こんな気持ちでいられない。
「……君も出来るんじゃない?」
「……え?」
「なんかさ、失礼かもしれないんだけど俺、君となんとなく似てるなって思ってたんだ。だからもしかしたら考えてることも同じかなって」
また、嘘かと思いました。こんなことってあるんですか?
「まああれだな。俺に出来たんだ。だから君も出来るよ」
なんてことない会話。だけど私にとってはこれは。この会話はとても大切なものになったのです。
「あの……」
この人と一緒にいれば……いや、この人のことが知れれば私も変われるかもしれない。
「お名前、聞いてもいいですか?」
私は、きっとこの人のことが。
「智奈? どうかしたのか?」
「いいえ……なんでもありません……」
「なんか、いつにも増してすごく笑ってないか? ……なにか企んでるのか?? だとするならそれは諦めてもらおう! 俺は諦めるのが得意なんだ」
「っておいアンタ! それ意味ねーじゃん!!」
「ふふ」
魁斗先輩。私は。
「智奈?」
「私が諦めると思っているんですか?」
もうあの時に、とっくに救われてるんですよ?
怨霊編 完




