怨霊編その5
今日は変な人間と関わることが多い。これも何かの呪いか、など考えていたらいつのまにか近くの公園へとたどり着いた。
「なあアンタ」
唐突にヘッドホンから声をかけられた。なぜか声が小さい。
「なんだ?」
「あんまりキョロキョロするなよ。いいか? さっきから誰かつけてるぞ」
ヘッドホンの言葉に驚き後ろを振り向こうとするが、あんまり目立つわけにもいかない。振り向きたいのをぐっとこらえた。
「おい、どういうことだ? いつからつけられてる?」
「最初に気づいたのはあの喫茶店だ。なんか誰かに見られてる気がしてな。その後は意識していたけどやっぱり誰かにつけられてるってよくわかった」
喫茶店の時から誰かにつけられている? ヘッドホンはそれを気にしていたから静かだったのかもしれない。
「なにもんだ?」
「そんなんアタシにわかるか。ただ気をつけろよってことだ。もしかするとふじみーをつけてるやつかも」
そうだ。富士見は今つけられる可能性があるんだった。まさかそのつけてるやつというのはそいつなのでは?
「……」
富士見は答えない。まさか本当につけられるとは思わなかったのだろう。
「富士見。そろそろ教えてくれないか? その男の特徴を」
「……」
富士見は黙ったままだ。しかし俺の顔を見てため息をついた。
「そうね。話す」
富士見は立ち止まると口を開こうとした。しかし、思わぬ邪魔が入った。
「よぉ。久しぶりだな。富士見姫蓮」
え? 誰だ?
「あ、あなたは……」
俺たちの目の前には1人の男が立っていた。年齢は俺と同じかそれ以上だと思われる。茶色のジャケットを着ていて、白いスカーフが目立っていた。
しかしそんなことはどうでもよかった。この男が放つオーラが普通ではなかった。そう感じてしまっているだけなのだろうか? 少なくとも俺はこの男は苦手だ。その男が富士見に久しぶりと声をかけた。知り合いなのか?
「おやぁ? なんだその目は。お前、そんな目出来たんか?」
なんだ。今のセリフだけで富士見とこの男の関係性が普通じゃないということがわかった気がする。
「あなたには言われたくないわね。音夜斎賀」
富士見は相手の男の名を呼んだ。音夜斎賀。そう呼ばれた男はニヤリと笑った。
「へぇ。俺の名前知ったのか。どこで知った? お前の親か? いや違うな。お前の親がそんなことするはずねぇもんな。ハハッそうか。知ったか」
男は不気味に笑う。富士見はそれを見て心底嫌そうな表情をする。
「私のことを……お前って呼ばないで……」
「ハハッそうだったな! お前はそういうやつだったな!」
状況がわからない。だが、このままではいけない気がする。少なくともこの男と富士見をこれ以上話させてはいけない。
「怪奇谷君」
俺は富士見の前に躍り出た。男はそんな俺を見て再び不気味に笑う。
「あぁ? なんだお前は? もしかして彼氏ってやつか? 悪りぃが邪魔しないでくれねぇか? 俺が用があるのはそこの女だけだ」
あくまで富士見が狙いらしい。誰だか知らんがこれ以上好きにはさせない。
「ああ、今デート中なんだ。お前こそ俺たちの邪魔をしないでくれよ。俺も用があるのは富士見だけだ。それが彼氏の役割ってもんだろ」
彼氏という内容自体を今は否定しない。偽だろうが今はこんなやつには邪魔はさせない。
と、後ろから肩に手が置かれる。
「富士見?」
「ごめんなさい。怪奇谷君。ここは私に任せてくれないかしら? それから今から言う人に連絡して欲しいんだけど……」
富士見は再び俺の前に出てしまった。まるでこの出会いがわかっていたかのように男と対峙する。
「そうか。お前、俺のこと知ったな?」
「悪いけど、これ以上あなたの好きにはさせない」
目の前で2人は俺のわからない会話を始めた。なんだ? なにが起こってる?
「いい? 怪奇谷君。今から言う電話番号に電話して」
富士見はそうして言葉を続けようとした。
「その人はあなたも……」
続けようとしたのだ。しかし。
「……っ!」
瞬間、富士見の動きがピタリと止まった。まるで時間が止まったかのように、富士見はそのまま言葉を続けることなく倒れた。
「……は?」
あまりに突然の出来事で俺は反応に遅れた。富士見が倒れた。なんの前触れもなく急にだ。
「……富士見? おい! しっかりしろよ! ど、どうしたんだよ急に!?」
俺は倒れ込んだ富士見を抱える。意識がない。だが息はある。最悪の事態は避けられたみたいだ。でも、なぜだ?
「と、とにかく救急車を……!」
俺は救急車を呼ぼうと携帯を取り出した。しかし俺はそこで気づいた。富士見の異変。普通の病気ではない。これは。
「ば、バカな……と、取り憑かれてる……!?」
富士見は別の幽霊に取り憑かれていた。
「ちょ、ちょっと待て。ふじみーはもう取り憑かれてるだろ? 不死身の幽霊に!」
ヘッドホンの言う通りだ。富士見はすでに不死身の幽霊に取り憑かれている。
「ああ。だからそれとは別だ。別の、幽霊が取り憑いてんだよ」
こんなことがあるのか? 俺も初めての経験だ。1人の人間に別々の幽霊が取り憑くなんて。
「な、なにが取り憑いた?」
「それがわからない……不死身の幽霊のせいもあってか何が取り憑いてるのかがわからない」
とにかく、これじゃあ救急車を呼んでも無駄だ。俺の力で吸収出来るのか?
「……っ! だ、ダメか! やっぱり不死身の幽霊が邪魔だ!」
どういうわけか不死身の幽霊は吸収することが出来なかった。そのせいで今回もそれが邪魔をして別の幽霊を吸収することも出来ないみたいだった。
「は、ハハ。ハハハハハ!! こりゃおもしれぇ!! こんなことあるんだな! バチが当たったな富士見!!」
そう言って音夜斎賀と呼ばれた男は去ろうとする。
「待て!!」
「あ?」
俺はこの男の仕業ではないかと思った。理屈はわからないが、この状況を見ても不思議に思わないこの男が怪しいと思ったのだ。
「お前、なんなんだ? お前が富士見に何かしたのか?」
男は笑いが堪えられないようだった。1人で勝手に大笑いし始めた。
「テメェ!!!」
俺はカッとして殴りかかろうとした。いや、実際に殴りかかったのだ。だが、それは無駄だった。
「っ!」
俺はたしかに顔面狙って殴りかかったはずだった。本来なら今頃奴の顔面にパンチをくらわせていただろう。
しかし、俺の腕は男の片腕に止められていた。手のひらでパンチを受け止めていた。
「俺は、富士見姫蓮を絶対に許さない」
そう言った途端、俺は男からただならぬ殺気を感じた。それどころじゃない。本当に負のオーラのようなものを感じた。そして俺はこの雰囲気を、知っている。忘れるはずもない。
「お前、怨霊に取り憑かれてるのか……」
『怨霊』生前に強い恨みを持った人間が死後に生者に対して災いをもたらす霊だ。
悪霊であり、取り憑かれた人間は普通の状態ではいられない。放っておくと死にも至るという。そのため、通常では除霊師に頼み早めの除霊を行うという。
「ほぅ。お前、こっち側の人間か?」
だと言うのに。この男、音夜斎賀は。
「お前の言う通りだ。俺は怨霊と共にある!」
ピンピンしていた。怨霊に取り憑かれてるとはまるで見えない様子だった。むしろ、富士見の方が怨霊に取り憑かれてるように見えた。
「……ま、まさか! お前が富士見に怨霊を!?」
可能性はある。この男が仮に霊媒師だとしたらありえなくもない話だ。霊媒師は霊界から幽霊を呼ぶことが出来る。そうやって富士見に取り憑けた可能性もある。
「そこんところはご想像にお任せするぜ。ま、面白いもんがみれたしな。俺は帰らせてもらう」
「ふざけるな! そんな簡単に帰らせるかよ!」
俺は再び男を睨む。きっとまた殴りかかっても結果は同じだろう。
「まあお前が相手したいってんならいいんだけどよ。そんな暇あったらそいつをどうにかしないとまずいんじゃねぇの?」
こいつに言われるのは相当癪だが、それは事実だ。今でも富士見は苦しそうにしている。こんな男の相手をしている場合ではない。
「クソッ!」
俺は公園の外を確認する。たまたまタクシーが通りがかろうとしているのに気づく。俺は急いでタクシーを止めに行った。
タクシーに待ってもらっている間に俺は携帯から急いで電話番号を見つけ出す。
『あ、魁斗? 今日の予定わかったの?』
相手は俺の姉、奏軸香だ。
『今日ねー、夕飯カレーにしようと思うんだけど。甘口か辛口、魁斗はどっちが……』
「悪い姉ちゃん。今それどころじゃないんだ。今から数分後に家にタクシーが来るからよろしく頼んだ!」
富士見を確認する。まだ苦しんでいる。気づけば音夜の姿はもうなかった。奴の存在も気にはなるが今は富士見をどうにかしなければ。
『ちょ、どういうこと? そんないきなりタクシーが来るからよろしくって……』
「すまん! 説明してる暇が惜しい。あとでちゃんと報告するからとりあえずは頼む!」
俺はそう言って一方的に電話を切った。相手を恵子じゃなくて姉ちゃんにしたのにはこれが理由でもある。恵子だったら間違いなくしつこく理由を聞いてくるからだ。
「えっと、病院に連れてかなくていいんですか?」
富士見をタクシーに乗せ、俺は自宅の住所を教えてそこに向かうよう運転手に言った。
「ええ。彼女、ちょっと特殊なんです」
タクシーの運転手は怪訝そうな顔をしていたが、とりあえずは納得したようで出発してくれた。
「……なんだよ、これ」
わからない。頭が追いつかない。今日1日変わった日ではあったが、最後の一瞬でイレギュラーなことが起きすぎだ。
「アンタ、どうするつもりだ?」
「クソ。どうすりゃいいんだ」
やはり音夜を追うべきか? あいつが原因は間違いないはずだ。となればやはりあいつを追うべきだ。
俺はとりあえず公園を出て音夜を追おうと走り出そうとした。その時、携帯がなった。出るべきか迷ったが、表示された名前を見てため息をついた。
『やあ魁斗君! 元気かなー?』
この無駄に元気で騒がしい声。1人しかいなかった。
「なんですか、風香先輩。今忙しいんです」
またいつものめんどくさいノリだったら速攻で切ってやろう。そう考えていた。
『おやおやー? 怨霊のこととか知りたくないのかな?』
切ろうとした俺の思考は一瞬で逆になった。あまりに予想外の答えで驚いた。それと同時に疑問も抱いた。
安堂風香。あなたは一体何者なんだ?




