ティーチャー編その13
倒れた子供はしばらくして目が覚めた。どうやら熱中症で倒れてしまったようだ。
「お姉さん、ありがとー」
子供は同志先生に笑顔を見せると去っていった。
「……」
そのまま無言で歩いていく。ただ、ひたすらに歩いていく。目的地はあるのか、それとも何も考えずに、ただ歩いているのか。俺はそれを見ていることしかできなかった。
やがて、あの地下へと続く階段へとたどり着いた。ここに用はない。自然とたどり着いてしまったのだろう。
「先生」
俺は、黙っていられなくて声をかけた。
「その、すいませんでした。……でも、ああするしか方法は無くて……」
「怪奇谷君は別に悪くないのよ」
同志先生は俺を見ずに、そう答えた。
「爆弾、だっけ? それが仕掛けられているかもしれないんだったよね。それを心配してくれたんだもの。攻めることなんて何もないわよ。むしろ感謝してる」
感謝、だなんて。とてもそんな雰囲気ではなかった。
「それでも、俺は結果として先生をオーディションに向かわせることが出来なかった……」
会場へと向かうバスはあれだけ。なぜなら次の時間を待っていたら集合時間を過ぎてしまう。だからあのバスに乗らなければならなかったのだ。
「もし俺が、あそこで声をかけていなかったら……それに、あのバスに爆弾なんて仕掛けられていなかったら……こんなことにはならなかったのに」
最悪だ。よく考えてみれば、繁華街を通るバスなんて山ほどある。その内の2つに仕掛けられたとのことだったが、そんな都合よくあのバスに仕掛けられているとは思えない。
むしろ、仕掛けられていない可能性の方が高かったんだ。
「俺の、せいです」
俺は正直、ここまで考えていなかった。バスに乗せないという事が、こういう結果を招くということを。
同志先生は答えない。代わりに、答えた人がいた。
「ボウズ。いつまでもくよくよしてんじゃねぇ。お前はドラコのためを思ってやったんだ。……確かにオーディションなんて簡単に受けれるもんじゃねぇし、次もあるかどうかわからない。でも、その時はその時だろ」
オジサンはそう答えた。確かにその通りだ。その通りなんだ。俺も、最初はそう思っていた。
だけど、同志先生がそこまでして女優を目指しているのか、それを知ってしまった。そう考えてからは、また次があるから頑張れでは済まされない気がしてたまらないのだ。
「ドラコはこんなところで折れねぇよ。だからお前もそんなにくよくよすんな。お前はドラコを守ったんだよ。ドラコも怒ってねぇよ。な? そうだろ?」
オジサンは同志先生に問いかけた。俺は、その答えを聞くのが怖かった。
「何言ってんの」
同志先生は、口を開いた。
「怒ってるに決まってるでしょ?」
ああ、それはそうだろう。俺があんな余計なことをしなければ、今頃同志先生は会場へと向かって、夢への一歩を踏み出していたかもしれない。
もしかしたら、今日がきっかけで女優デビューを果たしていたのかもしれない。そう考えると、俺は本当にとんでもないことをしてしまったのだと思う。
「おい、そりゃボウズがかわいそうだろ」
「だから言ってるでしょ。怪奇谷君は悪くないって」
「あ? じゃあお前何言って……」
「私はね。私自身に怒っているのよ」
同志先生は、そう言った。
「なにを、言ってるんですか? なんで、同志先生が自分に怒らなきゃいけないんですか?」
わけがわからない。なんでだ? なんで自分に怒る? そんな要素、どこにあったというんだ。
「ねえ、怪奇谷君。私昨日言ったよね。優しくしすぎるのはダメって。あれね。私自身にも言い聞かせてたんだ」
昨日言った言葉。冬峰も疑問に思っていた言葉だ。
「私の両親さ。私が幼い頃に死んじゃったからさ、あんまり覚えてないんだけどね。すっごく優しかったの。それはよく覚えているんだ。私が今まで出会った人の中でも、あの2人は1番優しかったと思う。それぐらい覚えてるんだ」
俺はその事実を知っている。昨日、聞いてしまったからだ。
「でもね。あの2人は優しすぎたんだよ……2人とも、それぞれ別の場所で、違う時間に死んじゃったんだけどね。2人とも、誰かのために死んだんだよ……お母さんは轢かれそうになった子供を助けようとして…お父さんは崩れた建物から子供を守るために……わかる? 優しすぎた結果、2人とも死んじゃったんだよ」
同志先生は、こちらを一切見ずに、語る。
「バカバカしいよね。優しくしすぎて死んじゃうなんて。ほんとおかしな話だよね。だから私は、ダメだと思うんだ。人に優しくしすぎてもいいことなんてないって」
指導霊の2人も声を上げない。ただ、同志先生の言葉を聞く。
「ダメだよね。仮にも先生なのにこんなこと言っちゃって……ほんと、なんでよ……あんな酷い目にあったって知ってるのに……」
同志先生の表情は見えない。それでも、今なにを思っているのか、想像がつく。
「なんで、私。助けちゃったのかなぁ……」
両親は人を助けるために死んだ。だから自分はそうはなるまいと行動していた。
だというのに、倒れていた子供を助けた。その矛盾に、そういう行動をした自分自身に怒っていたのだ。
「あの時ね。子供が倒れてるって気づいたよ。そしたらバスが来てね。このバス逃したらもうオーディションには間に合わないって思ったら……無視、しようと思ったんだ。だけど……無視なんてできるわけないじゃない! 気づいたら子供の元に駆け寄ってた。あの時点でもう間に合わないってわかってたの。だから怪奇谷君。あなたは本当に何も悪くないのよ。私が、私があの時……」
そして、同志先生はやっとこちらに振り返って言った。
「あの子供を、助けなければよかったのよ!!」
涙を流しつつも、そう叫んだ。オジサンが何か言おうとしているのがわかった。だけどその前に、アクションがあった。
「いい加減にしろよ!!! いつまで子供でいるつもりだ辰巳!!!」
それまで黙っていたボクが急に怒鳴りつけた。子供とは思えない声量だった。
「助けなければよかっただって?? 2度とそんなこと言っちゃダメだ!! じゃあもし? もしあそこで辰巳が助けに行かず、誰も助けなかったら? あの子はどうなっていたと思う?」
もしこの声が他の人に聞こえていたら、驚くだろう。それぐらいボクは声を荒げていた。まるで自分のことのように怒っていた。
「それにあの子は辰巳になんて言った? ありがとうってお礼を言っただろ? 感謝されてるんだよ。辰巳は人に感謝されるようなことをしたんだ。それは誇れることなんだ。僕もそう思うし、僕が辰巳と同じ立場でもきっと同じことをする」
ボクを見てオジサンも頷く。言いたいことは同じだったのだろう。
「ねえ、辰巳。辰巳はさ、本当に……助けなければよかったって思っているのかい?」
「……」
「ボクの知っている辰巳は、きっとこう答えるよ」
ボクは一旦間をおいて答えた。
「そんなわけないじゃない。助けられてよかった……ってね」
同志先生は答えない。
「さあ、辰巳。もう一度聞くよ。辰巳は本当に助けなければよかったって思っているのかい?」
全員が同志先生に意識を向ける。
「は、はは」
その顔から。
「ははははははははは!! ほんとボクは面白いね」
涙は消えていた。
「はぁ、あんたの言う通りね。この私が人を助けて、助けなければよかったなんて……思うわけないじゃない」
その顔には笑顔が戻っていた。
「はぁ……なにしてんのかなぁ私」
同志先生は自分の顔をパシッと叩くと、俺を見た。
「怪奇谷君。本当に迷惑かけてごめんね。それからありがとうね。助けてくれて」
俺は、それでも感謝される筋合いではない。
「ボウズ。ドラコもこう言ってんだ。お前も誇れよ。ドラコを助けたってことをな」
オジサンは言う。正直、納得はできない。だけど、同志先生も自分の功績を認めたんだ。なら、形はどうあれ俺も認めるべきだ。
「……わかりました。俺、先生を助けられてよかったです」
「そ……さあそれじゃあ帰りましょうか」
「にしてもお前、さっきは随分とキャラ違ったじゃねーか」
オジサンがボクに向かって言った。
「いやぁ。なんかここで言うべきって思ったんですよ。ほら、仮にも指導霊ですし」
「そうね。私にとっては貴方達が先生なのね」
俺の先生は同志先生だ。その同志先生にも2人の指導霊という先生がいる。誰しもがこうやって教える側と教わる側の関係になるのだ。
こうして、俺たちは待っている智奈や冬峰と合流するために、移動を始めたのだった。
『じゃあつまり、同志先生が喋っていた相手ってのは指導霊だったんだ』
「そういうことになります。指導霊の説明は……風香先輩ならいらなそうですね」
『え! なんでなんでよ! 聞きたいなー。魁斗君の説明』
俺は風香先輩に現状報告をしていた。智奈と冬峰にも大体説明はついた。
「それより、俺も聞きたいことが山ほどあるんですけどね」
『それはまた今度ねー。とにかくありがとう! これでモヤモヤが消えたよー、それじゃっ!』
「なっ……! あ、あの女〜〜!! 切りやがったな!」
「あいつ、絶対なにかあるよな」
ヘッドホンの言う通りだ。風香先輩は何か隠している。それはまた今度聞くことにしよう。
「魁斗先輩ー」
今日は昨日に引き続き夕食を同志先生が食べさせてくれるとのことだった。
ちなみに、風香先輩からの連絡によると爆弾は全て撤去されたらしい。あのバスに仕掛けられていたのか、それは誰にもわからない。
「ほほー! 美味しそうですー!」
「今日はね、ハンバーグにしてみたんだ」
そう言って出されたハンバーグは本当に美味しかった。昨日のコロッケも美味しかったが、それを超える美味しさだった。
「同志先生……このハンバーグ、とても美味しいです……」
「そう……? よかった。お父さんもきっと喜んでくれるかな……」
同志先生はポツリとそんなことを呟いた。
「ん? どういうことなんですー?」
冬峰がハンバーグを頬張りながら質問する。
「私のお父さん、ハンバーグ作るの好きだったんだ。それが美味しくてね。私もその血をやっぱり引いてるんだね……」
俺の脳内で、何か引っかかった。それはヘッドホン、オジサン、ボクも同じだったらしく。
「なにせ私のお父さんはね」
オジサンは驚き、ボクは納得したように頷いた。そうか。そういうことだったのか。俺は出来るだけ悟られないように、心の中で頷いた。
「プロの料理人だからね」
同志先生は笑顔でそう答えた。一度失われかかったが、もうそれも大丈夫だろう。彼女には、2人の先生がついているのだから。
ティーチャー編 完




